| あたしは、振り返ることができなくて。 じっと、地上に広がるイルミネーションを見るしかできなかった。今日はジョウの誕生日。そして、バースデイ休暇で得られた、たった24時間の自由時間。 いつの間にかジョウに騙されて、第3コロニーに降り立っていた。 そしてここはコロニーの中心地が一望できる、インペリアルタワーという名の超高層ホテル。その最上階のスイートに。 あたしと……ジョウがいる。 天井まで届く大きな窓ガラスに、あたしはずっと鼻先を擦るようにして夜景を見ていた。すると後ろから。
「お気に召したかな」
いつものジョウらしくない、少し仰々しい口調が届いた。だけどあたしは、ええそうね、なんて短くしか応えられなかった。 緊張しすぎて。 それ以上言葉にしたら、声が震えそうだったから。 コロニーに着いてから、ジョウはあたしの我が儘をいっぱい聞いてくれた。今日の主役はジョウなんだけど、その方がいいっていうから。甘えてみた。 ショッピングに映画、そしてさっきまでこのホテルの中階にあるレストランにいた。大切な自由時間を、もう充分すぎるほどあたしのために使ってくれた。 プレゼントのお礼だなんて言ってたけれど。初めてのキスは、あたしにとってもプレゼントだった。 だからどう考えても、ジョウの方が損してる。 けれどここに来て分かった。ジョウがいつの間にか、こんなホテルをリザーブしてたなんて。もう子供じゃないんだもの。その意味は分かってる。 あたし、今夜……。 ジョウと寝るんだわ。
「こうすると、よく見えるぜ」
するとジョウは、部屋の明かりを消した。ふっ、とローソクの炎を吹くようにして。確かにイルミネーションがずっと鮮やかになったけれど。 それ以上に、窓ガラスに映るジョウの姿が気になった。 あたし、気づかないふりをしているけれど。見えてるの。ジョウが一歩ずつ、近づいてくるのが。もうあたしの心臓は、慌てふためいてる。 覚悟は、しているつもり。だけどまだ少し、距離を置きたい気持ちもある。 そんなあたしの気を知ってか、知らずか。ジョウはそっとあたしの肩に、手をかけた。でもそれは手すりのようなもので、隣でジョウも夜景に見入った。 まだ平気、これくらいなら。でも身体は自分の意志通りに、うまく動かせなくなってきてる。
「……逃げたいか」
ふいに、ジョウが思いがけないことを訊いてきた。
「無理強いはしないさ。嫌ならいいぜ……逃げても」
そんな意地悪な質問をしてくる。逃げたい訳、ないじゃない。ジョウは待ってるの? あたしが自分の口から、抱いて、って言うのを。 でもそれって、初めてのあたしにはちょっと酷だと思う。 だったらジョウが力づくで、あたしが逃げられないようにして欲しい。こっちの気持ちは充分すぎるほど知ってる筈なんだもの。 今度は、今夜は。 ジョウの気持ちを教えて欲しい。 だからあたしからは何も、応えたくはなかった。
「……じゃ、こうしようか」
またジョウが、遠回しなことを言い出した。
「アルフィンがノーと言ったら……そこでストップだ」
あたしをとても、困らせることばかりを言う。仮にそう言ったとしたら、ジョウは本当にそこで止められるの? そんなに簡単に、気持ちを切り替えられるの? それって、それほど。あたしのこと、求めてくれてないってことかしら。つい、そんなことを考えてしまう。 けど。 黙っていると。 ジョウが、あたしに。今度は、ぶっきらぼうな口調で言ってきた。
「……こっち向けよ、アルフィン」
でもあたしは。振り向かなかった。 今こんな間近でジョウを見たら、きっと動けなくなるだけ。 それに応えないってことは、イエスってことでしょ。だから黙ったままでいた。 すると、しばらくして。 ジョウの手が……。 あたしに、触れてきた。
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