| ──畜生。 俺は腹を抱えてうずくまり、さっきくらった一撃のせいで胃液を吐いた。 厚底の、つま先に鉄の仕込みをされたブーツで、どいつもこいつも好き放題に踏み潰しやがって。俺は毒づきながら、狭くなりかけた視界を無理矢理こじ開けた。群がった足はざっと見、10数人。 てことは残り40人くらいは、無様な俺を高見の見物らしい。 「けっ。他愛のねえ」 頭上からダミ声と一緒に、唾を吐きかけられた。避けようとして、俺は反射的にコンクリの床に顔をなすりつけた。ざり、と反対の頬が擦り切れた。 「ラダムの兄貴。こんな小僧っ子に、招集はやりすぎじゃねえですか?」 ダミ声の主が、横倒しになった俺の肩を踏み、体勢を仰向けに転がした。でけえ足。40センチはゆうにある。馬鹿の大足とはよく言ったもんだ。 下から見上げると盛りあがった腹が邪魔をして、顔が拝めない。ついでに、さっきの重い一撃はこいつの足だとわかった。この大男をはじめ、連中は揃いのスペーススーツを纏っている。両肩に牙をイメージしたデザインで、けばけばしい原色。趣味が悪い。 「油断するな。そのせいで先代は、ビースト・ウォリアーズを壊滅間際に追い込んだ。そうだったな、クラッシャージョウ」 地の底を這うような低音。俺を知ったような口振り。 声のする方向に顔を向けると、さっと連中の足が左右に開けた。はったりな野郎だ。声に似つかわしくない、青白い小太り男がソファでふんぞり返ってやがる。がらんどうの廃墟では場違いな、ブラックスーツを着ていた。 スキンヘッドで、頭皮の裾だけ長髪を残した50代そこそこの男。中途半端な野郎だ。禿げるか、伸ばすかどっちかにしろ、と俺は舌打ちする。 初めて見る人物。だが記憶の断片に、ビースト・ウォリアーズの名はかろうじてひっかかっていた。違法武器を製造していた研究所の取り巻きに、そういやそんな名のちんぴらがいたっけな。先代てことは……。用心棒もまともにできない残党が、性懲りもなく再結成したらしい。 「……ようは、お礼参りか」 殴り倒され、顔の左半分が腫れ上がった俺の声はくぐもっていた。 「クラッシャーに刃向かうとは、いい度胸だぜ」 「おうよ。俺たちがお前さんの、最初で最後の敵討ちってことになるだろうさ」 ラダムとかいうドンではなく、ダミ声の男が応えた。 よほどの出しゃばり好きらしい。 「ジャミエル。お前は黙ってろ」 持っていた杖を、ラダムはダミ声のジャミエルに投げつけた。 ほらな、言わんこっちゃない。まんまどんぴしゃで、俺は鼻で嗤った。 「ぬかせっ!」 「──がっ」 顎にジャミエルのつま先が入った。喉を反らし、俺は数メートル飛んだ。蹴飛ばされ落ちた先は、ラダムの足元からほど近い。 仰臥したまま、食いしばって顎を引く。目玉がひっくり返りそうだ。ちかちかしやがる。俺は、二三強くかぶりを振った。 「──ジョウ!」 悲痛な叫びが飛んできた。俺はすぐ起きあがれず、どうにか上体だけ捻って振り返った。 アルフィン。 ドンの側近らしい男に、後ろ手に回されて捕らわれていた。側近はラダムに対抗してホワイトスーツ姿。そしてすぐ横に居座るラダムは、俺とアルフィンを交互に見て、にやにやと実に愉しげでいる。 「休暇中といわず、永遠に眠らせてやってもいいんだぞ」 胸ポケットから葉巻を出し、先端を囓って吐き捨てると、ラダムはにやついた口元でそれをくわえた。 休暇中。 俺たちは2週間の休暇で、惑星ペリアに一昨日降りたばかりだった。タロスとリッキーは、プライベートビーチでのんびりしたいと腰が重く、結局俺だけ、アルフィンのショッピングにつき合った。 毎度のごとく、休暇中のスケジュールは行き当たりばったり。それなのにこいつらは、俺たちの足取りを嗅ぎつけた。ずっと監視していたのかもしれない。だとしたら随分と暇な連中だ。 なにせビースト・ウォリアーズが絡んだ任務は、4ヶ月も前に終了した。惑星シャフロクでの任務。ペリアからは10万光年ほど離れてる。 違法製造の証拠を入手するのが第一の依頼で、ブツを運び出すのに多少手荒な仕事をした。だがクラッシャーに依頼するてのは、暗黙の了解でもある。奴らの会話の前後を繋ぎあわせると、その抵抗勢力として、こいつらの先代が指揮っていたビースト・ウォリアーズがいたことになる。 ただそれだけのことだ。 雑魚がいくら集まっても、俺たちの相手じゃない。喧嘩を売る相手を間違えたことに、さっさと気づかない方が間抜けだ。自業自得。 それをお礼参りとはな。ラダムが最前線で俺たちと真っ向勝負していれば、もしくはもう少し頭がキレてりゃ、恥の上塗りなんぞやらかず筈はない。 足りない頭で必死に捻り出した策が、俺たちの完全なオフを狙うこと。しかも手口が姑息だった。海岸沿いをエアカーで通過中、道ばたで男が苦しげにうずくまっていた。アルフィンがそれをめざとく見つけた。 救助しようとしたところ、大挙を成して俺たちは連行されてしまった。つまり人の温情に漬け込むやり方。いい死に方しないぜ。 だが、散々罵ったところで、結局まんまと罠に嵌っていたりするから立つ瀬がない。 しかもアルフィンも巻き添えだ。 休暇中で少しばかり気を抜いていたとはいえ、俺もどじを踏んだもんだ。 「ジョウにこんなことして! ただじゃ済まないわよ!」 「どう済まないのかな? お嬢さん」 何食わぬ顔で、ラダムは指を鳴らした。 俺は全身に警戒が疾った。アルフィンの元へ飛び出そうとする。しかし察した連中の幾人かが、俺の背や腕、そして足までも踏みつけた。この能なしめ。踏んだくる以外ないのか。 俺はまた砂の浮いたコンクリに突っ伏し、張りつけとなる。 わずかに面は上げられた。するとアルフィンは、側近の男に押しやられ、つんのめりながらラダムの前を横切る。左から右へ、俺の目線は流れた。 「離しなさいよ!」 ほんの一瞬。側近より先を歩くアルフィンは、くるりときびすを返し片足を蹴上げた。スリップドレスの裾がひるがえる。しなやかな足先の狙いは、男の急所と読めた。 が。 側近は彼女の足裁きを、いとも簡単に平手で払う。 「きゃっ」 バランスを崩し、アルフィンは呆気なく尻餅をついた。その隙に、側近は拳を振りかざした。血走ったまなこ。俺はぞくりと凍る。 同時に叫んだ。 「アルフィンよけろ!」 「────!」 両腕を交差し、彼女は顔をガードした。 だが。 側近は拳を振り下ろさなかった。 「……それでいい。拳を痛めずとも、傷物にする方法はある」 別の側近が、ラダムの葉巻に火をつける。たった一服で、大量の紫煙を吐いた。たるみきった青白い皺面が、濃い紫煙で雲がかった。 それを片手で一刀両断し、ラダムは口を開く。 「クラッシャージョウ。これだけの包囲網では、さすがのお前も手足が出せまい。かと言って、大人しく命乞いをするとも思えん。ま、そうやすやす殺すのも、つまらんと思っている」 「……なにが言いたい」 俺は食い入るように、ラダムを睨めつけた。 「お前のおかげで、わしらの名声はがた落ちだ。ビースト・ウォリアーズを再結成させたところで、汚名返上を計らねばならん。つまり、だ。それ相応の実績が物を言う。たとえクラッシャージョウであっても、手痛い代償を払わされるという証拠をな」 「代償? ……ふん。えらく自分を、高値でぼったくりやがる」 「てめえ!」 「──ぐっ」 背中のど真ん中に、ジャミエルの足がどかんとめり込んだ。肋骨がきしみ、肺が圧迫される。くそったれ。覚えてやがれ。 「ほどほどにしておけ。ショータイムのVIPだ、この男は」 ショータイム。 むさ苦しい男でひしめき合う空間で、紅一点はアルフィンだけだ。俺の脳裏にまずい予感がかすめた。だが、俺は意に反して表情を固く引き締める。 狼狽え、焦りをみせれば、ますますラダムの機嫌をよくするだけだ。
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