| そろそろ深夜になる頃。 ジョウとアルフィンは、ソファに寝そべるように座って、テレビモニターを見ていた。 「あちょーー!!」 スクリーンの中のアクション俳優が叫んでいる。 ぶんぶんと音を立ててヌンチャクを振りまわしながら、次々に敵をなぎ倒していく。実に気持ちのいい、見事な戦いっぷりだ。 画面に映し出されているのは、アルフィンの好きな何世紀か前のエキゾチックなB級アクション映画である。マーシャル・アーツの使い手が、たった一人で巨大な悪の組織に立ち向かうというストーリィだ。 お姫様育ちのくせに、どうゆう訳かアルフィンは、この手のB級映画が大好きなのだ。真夜中に、恋人と鑑賞するタイプの映画とは言いにくいが。
ここは<ミネルバ>の中のジョウの船室である。シンプルなこの部屋にはあまり物がない。ソファとデスクにベッドだけ。だが、片側の壁一面には、ご自慢の高性能のオーディオシステムがはめ込まれている。 アルフィンにとって、映画を見るにはジョウの部屋かリビングがベストだった。自分の部屋のスクリーンは小さい。それは、ショッピングが趣味の彼女が持ち込んだ荷物が増え続けているからなのであるが。 「ふあぁ」 手のひらを口にあてて、アルフィンがあくびをした。映画に飽きてきたらしい。 「ねむ〜い」 脚を投げ出してソファに横になっていたジョウが、アルフィンに向き直った。 「もう眠るか?」 「うん」 眠たげに、唇を尖らせてコクリと頷く。ジョウは、その仕草に「可愛いなぁ」と思わず口元を緩めた。 目をこすりながら、アルフィンはくるりと向きを変えた。ソファの向こう側には、ベッドがある。 眠くて自分の部屋に帰るのも面倒だし、今夜はこのままジョウのベッドで寝てしまおう。 部屋着と寝間着を兼用しているキャミソールとフレアパンツ姿のアルフィンは、ソファを乗り越えて猫のようにベッドによじ登った。 ブランケットを捲ってもぐりこむ。ジョウの匂いがする枕を抱き寄せて、アルフィンは微笑んだ。 「うふ」 明日の午前中まではオフである。<ミネルバ>はメンテナンス中なので、寝坊したってOKだ。休日の朝寝ほど幸せな時間はない。ましてやジョウが隣にいれば。 「ん?」 ごろごろと体を回転させたら、ブランケットの中で何かが足首にひっかかった。 「あら?」 起き上がって、ブランケットの中を探ってみる。なにやら手触りのいい布が手に巻きついたので、引っ張り出してみた。 「きゃぁ! なによう、これ!」 「どうかしたのか?」 アルフィンの甲高い声に、ソファのジョウは何事かと振り返った。 「・・・な、なんだ、そりゃ?」 ジョウは息を呑んだ。 ブランケットの中からひっぱり出されたものは、ふんだんにレースがあしらわれた薄いピンク色のベビードール。高級シルク製らしく、向こう側がぼんやりと透けている。 「ど、どうしてそんなものが・・・」 実は、ジョウにはこのベビードールに見覚えがあった。 アルフィンがまだメンバーじゃなかった頃だ。フランキーが<ミネルバ>にヘルプとして乗っていた時に、宴会の席で酔っぱらったあのオカマが、このべビードールを着てリビングのテーブルの上に乗り上がり、おぞましくも「セクシーなダンスと歌」を、ジョウ達に披露したのである。 あのダンスを見て喜んでいたのは、ガンビーノ爺さんくらいなものだ。あまりの強烈なインパクトに、未だにジョウはメモリーからなかなか削除できないでいる。きっとタロスやリッキーも同じだろう。 アルフィンは赤く頬を染めて、少しだけ上目使いでジョウを見た。眠気はどこかへ飛んで行ってしまったらしい。 「ジョウったら、こんなの隠しておくなんて!」 「・・・うへぇ」 ジョウは頭を抱えて深いため息をついた。 昨日、フランキーはミネルバに遊びに来ており、ジョウ達よりも一足早く、今日ドルロイから旅立って言った。いったい、いつの間にこんなものを仕込んでいたのだろう。 (これがオチかよ・・・) まったくおせっかいなオカマである。いや、おせっかいと言うより、これではおもちゃにされているようなものだ。なにせフランキーは百戦錬磨のオカマ。ジョウには百年かかっても太刀打ちできない相手なのかもしれない。 口の中でぶつくさと文句を並べるジョウを尻目に、さっそくアルフィンはベビードールを広げて胸元に当ててみた。彼女だって年頃の女の子らしく、可愛いランジェリーは大好だ。 「これ、ジョウが買ってくれたの?」 「ま、まさか!」 ジョウは目を丸くして答えた。 「じゃ、なんでこんなとこにあるのよぉ」 「・・・それは」 フランキーが、自分が着ていたやつを勝手にベッドに仕込んだとは、言いづらい。 「それは?」 「う」 二の句が続かず、ジョウはバツが悪そうに肩をすくめてしまった。どうしても言いたくないらしい。 「ふぅん。ま、いっか」 もしかしたら何か裏があるのかも知れないが、聞き出すのは明日でもいいやと、アルフィンはこれ以上追求するのはやめた。 よく見るとこのベビードールは、テラ産のシルクらしく、なかなか上物のようだ。 「可愛いかも、これv」 「可愛くない」 ジョウは顔を歪ませ、小声でつぶやいた。あの時のフランキーが重なるようで、いくらアルフィンとはいえ、可愛いとは思えない。 「ちょっとあっち向いてて」 どうやら着てみるつもりらしい。ソファで体を捻じって振り返っていたジョウは、しぶしぶながらスクリーンの方に向き直った。天井を見上げ、ゆるくかぶりを振る。 (ったく、あのオカマは! 今度会ったらタダじゃすまねぇからな) 背中でしばらく、さらさらと絹のふれあう音がする。 「ね、どお?」 着替えが済んだらしい。ジョウはのろのろと振り返った。 「ちょっと大きいみたい」 「・・・」 ジョウはその姿をまじまじと見つめてしまった。 アルフィンは少し恥ずかしそうに、肩紐がずり落ちそうになるのを手で抑えている。フランキーが着ていたのだから、大きいのは当然なのだ。きゃしゃなアルフィンからすれば、フランキーのサイズは3Lと言っていいだろう。 またしても、あの時の「裸踊り」がジョウの脳裏をよぎる。このままじゃ悪夢にうなされそうだ。眉間に縦皺を作ってジョウは言った。 「・・・もういいよ」 「これ、似合わない?」 不満そうなジョウの声に、アルフィンは唇を尖らせる。 「せっかく着替えたのにぃ」 「・・・そうじゃないって」 フランキーのお古のランジェリーをアルフィンが着ているのが、ムシズが走るくらい嫌なのである。ジョウは言い放った。 「それ、もう脱げよ」 アルフィンはぱちくりと大きな瞬きをした。ジョウに面と向かって「脱げ」と言われたのは、初めてだった。 「いきなり脱げなんて、ジョウのえっち!」 赤くなったアルフィンは体を伸ばして、ソファに座るジョウの背中を拳ではたいた。 ぽかぽかぽか。 「あてっ」 「えっちー!」 ぽかぽかぽか。 「やめろって」 そうゆう意味じゃないつーのに。 そのうち、腕を上げるアルフィンの肩からストラップが外れてしまい、高級シルクの下には、ほっそりとしたシルエットと、形のいいバストが浮かびあがる。 「ジョウのすけべっ!」 ぽかぽかぽか。 「うー」 ジョウはソファの上に立ち上がった。 「ちっ」 小さく舌打ちして、ソファの背をひょいと跨ぎ、ベッドへ飛び乗る。 「だあ゛ぁぁーーーーーっ」 もうやけくそだ。訳のわからない擬音を叫びつつ、アルフィンに襲い掛かった。 「きゃん」 両手をやんわりと押さえ込んで、組み敷いた。アルフィンは脚をパタつかせるが、抵抗するそぶりだけで、じゃれているのと同じである。 「こら!」 「きゃぁ〜v」 ジョウはいまいましげに、べビードールを脱がせにかかった。ぶかぶかなので、もう半分は脱げかかっている。こんなのを着ているままじゃ、フランキーに覗かれているような気がして、胸くそ悪い。あっという間に、ソファの向こうに放り投げた。自分の部屋着もとっとと脱ぎ捨てる。 あらわになったアルフィンの白い肌と、サイドにリボンのついた赤いショーツに、ジョウは僅かにほくそ笑んだ。男なら、結ばれたリボンをほどいてみたくなるのが、偽らざる心情だ。ジョウはそおっとリボンを引っ張った。 「れ?」 だが、リボンはほどけたがショーツの形はそのまま。サイドは縫いとめられていたのだ。 ジョウの胸の下で、アルフィンが見上げる。 「うふふ。このリボンは飾りなの。ほどけると思ったんでしょ!」 「・・・・」 「ホントにえっちなんだからぁ!」 ベッドに突いていた腕の力が抜けて、ジョウはガクっとずっこけた。 「ちぇ」 アルフィンはクスクスと笑いながら、しかめっ面のジョウの首に腕を回して言った。 「今度は、ほどけるのをはいてあげよっかv」 「ほんと?」 「えへへ」 はにかむアルフィンに、ジョウはゆっくり唇を重ねた。
という訳で、オアツイ夜となったわけだが。 例のベビードールは、翌日、ジョウがダストボックスへ処分してしまったらしい。
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