| <ミネルバ>の副操縦席に就いたまま、ジョウは難しい顔をしていた。ぶつぶつと独り言を言ったかと思うと、深い溜息をつく。 今夜しかないというのに。その焦りが、さらに思考を撹拌させる。 昨日の夕方遅く、くじら座宙域にあるコロニーへと<ミネルバ>は降り立った。わずか48時間だけの休暇ができたのである。昨夜は<ミネルバ>の船体チェック、今日は午後まで、燃料や弾薬、生活雑貨の補給に費やされた。 これまでであれば、あとは出発までのんびりするだけだった。しかし今のジョウにとっては、そうはできない。このチャンスを逃すと、またしばらく仕事が立て続くのだ。 アルフィンとの時間を、どうしてもつくりたい。 そのことで頭の中がはち切れそうになっている。 なにせパンドーラでの初めての一夜以来、まったくもって接触がない。つまり身体が、アルフィンを求めて求めて仕方がないのだ。腰の辺りがずっと疼いて、落ち着かない。 とはいえ甘い快感を知ったジョウは、自分にひとつの戒律を立てた。チームリーダーとして、<ミネルバ>の秩序を保つために。 <ミネルバ>の中では、決してアルフィンと関係を持たない。宇宙生活者であるクラッシャーにとって、これはかなり勇気のいる決断だった。 家でもあり、仕事場でもある<ミネルバ>だ。クルー全員が気持ちよく生活できる配慮を欠かしてはならない。ジョウとアルフィンの船室を、こっそりと行き交うことが可能だとしても、それがなあなあになってはモラルもへったくれもなくなる。 ジョウはそれを危惧した。 だからこそ休暇で、<ミネルバ>を降りられる機会をつくり、アルフィンと外で落ち合う。この時だけに、アルフィンと関係を持つことに決めた。 ある意味、その方が気楽でもあった。周囲の気配を察しながら抱き合うのも後ろめたく、何よりもその最中に気を配れる自信がない。 思いきり、気兼ねなく。アルフィンと肌を合わせるには、外で時間をつくることが最善の対処と思われた。
しかし。 ジョウは困惑していた。こういう誘いを、どう切り出せばいいのかと。 パンドーラでの一夜は、きっかけと弾みがあった。なにせジョウ自身、いきなり関係が持てると思っていなかった。それはアルフィンも同じだろう。 まさに、神からのご褒美としか言いようがない。 だが何度もご褒美が続く訳もなく、次からは自力で機会を生み出さなければ。ムードを演出しようにも、ここは開放的なリゾート地でもなければ、ロマンティックな観光地でもない。惑星から溢れた宇宙移民者の居住コロニー。 しかもアルフィンをその気にさせるだけの時間もない。だがストレートな誘い出しでは、いやらしい、と拒否されるのがおちだ。まずジョウ自身、露骨なくどき文句も持ち合わせていなかった。 「参ったなあ……」 一人愚痴るばかりで、堂々巡りを続ける。 「なにが参ったんだい? 兄貴」 「うわっ!」 ジョウの背後から、リッキーがひょっこり顔を出した。 「……お、驚かすな!」 胸に手を当て、早鐘のような動機を抑える。ひやりとした。こんな妄想をちらちらと覗かせている姿を、リッキーに見られたことが恥ずかしい。 やや顔が上気する。 しかしリッキーはその赤面を、いつものジョウの剣幕だと捕らえていた。まさか一人で悶々と、チームリーダーがやましい妄想にかられているとは。 想像すらしなかった。 「なんか用か……」 ジョウは決まり悪い表情のまま、ぶっきらぼうに訊く。 「外で飯を食おうってさ、タロスが」 「飯?」 クロノメータに視線を落とすと、コロニー時間で午後5時を指していた。些か早い気もするが、早めに食事をして後はゆっくりしよう。そういう意味にも取れた。 だがジョウとしては、残り少ない時間を皆でのんびり会食している訳にもいかない。 「……行ってこいよ」 つい渋ってみせた。 しかしリッキーは譲らなかった。 「兄貴を絶対連れ出せって言われてんだよ、俺ら。何か話がしたいみたいだぜ」 「話なら、飯を食わなくてもできるだろ」 「分かんないけど。……改まった話なのかも」 そんな素振りがあれば気づくだろうに。ジョウは親指を噛むと、しばし考えた。 そして迷った。 身体の誘惑に負けて、大事なクルーの話をないがしろにするのはチームリーダー、いやそもそも人として頂けない。そのうえ相手はタロスだ。 ジョウの心はぎしぎしと、諦めへと傾く。 今回のチャンスは、見送るしかなさそうに思えてきた。 「……分かった、行くよ」 「じゃ、10分後」 それだけ言い残すと、リッキーはブリッジを出た。 人気がなくなった所を見計らい、ジョウは一人大きな溜息をつく。身体の中に、ぽつぽつと火照りがまだ灯っている。 「……抱きてえなあ」 その欲望を胸の中に抑え込むように、少し姿勢を屈めた。そうやって、ただひたすらに若い肉体を持て余すしかなかった。
|