| レイラが目配せをした。 その教室に居る数人の少女たちが、一様に頷く。 ターゲットは最前列、教壇の前に座る黒髪の少年。 授業終了のチャイムが鳴り響く。 間髪入れずに、少女たちがターゲットを取り囲んだ。
最初に少年の腕を掴んだレイラが焦って後ろ振り返り、叫んだ。 「やられた!逃げたわ!」 彼女が掴んでいるのは、カバンにジャケットをひっかけただけのダミー。 頭部のあたりには、ご丁寧に黒髪のウィッグが付けてある。 いつのまに?と慌てて周囲を見廻す少女たち。 と、教壇の下から小さな黒い影が飛び出し、教室の出口を目指した。
「緊急配備!ジョウが脱出!」 レイラが左手首の通信機に鋭く言った。 ここクラッシャーの養成スクールでは、通信機付きのウォッチは珍しくない。 これで、全学年の少女たちに状況を連絡できる。 とは言え、少女の割合は決して多くは無い。学年全体の2割程度15〜6人である。 命知らずのクラッシャー稼業。勧んで養成スクールに入れる親はあまり多くはない。 その果敢な少女たちのターゲット。ジョウは教室から廊下へ飛び出した。
今年9歳になったジョウは、学年でも小柄な方であった。 この年代は、概して少女の方が精神的にも肉体的にも成長が早い。 確かに少女たちはジョウよりも体格がよく、口も達者なようだ。 おまけにクラッシャーを目指す、お転婆揃い。ゲーム感覚で始めた「男子捕獲作戦」は、実戦さながらであった。 獲物はもちろん、学年でも人気のある男子だ。 背はまだ小さいが、均整のとれた身体。やんちゃだが少し大人びた端正な顔立ち。強く光るアンバ−の瞳。おまけにクラッシャーの創始者ダンのひとり息子とくれば、少女たちの人気がない訳が無い。 そのずば抜けた身体能力と類まれな戦闘センスで、ジョウは幾度となく少女たちの手を潜り抜けてきた。 そして、今日も。 少女たちとの戦いが始まる。
廊下の突き当たりの階段に向けて、ジョウは猛然とダッシュしていた。 最初の逃走で引き離す距離が、勝敗を分ける。 と、階段を長身の男性教師が下りてくるのが見えた。 神経質そうな白い細面の顔に、ストレートの長めの黒髪がかかる。ちょっと女っぽい。 (やばい!言語学教師のドーリアだ!) ジョウは舌打ちする。 それが聞こえたかのように、ドーリアは叫んだ。 「ジョウ!廊下を走るんじゃない!」 そして続けて言った。「それと、この前のふざけたレポートの再提出はどうした!?」 うんざりして、ジョウは素早く踵を返す。階段の突破は諦めた。 当然ながら、追ってきた少女軍団と鉢合わせになる。 ジョウの目が左手の窓の位置を確認した。が、それよりも早くレイラが窓を閉める。 「逃がさないわよ!」 ジョウは着ているトレーナーのフードを瞬時にかぶり、左腕で顔を庇うようにして肘から窓に飛び込んだ。 派手なガラスの割れる音と共に、小柄な身体が窓の外へ消えた。
「ちょっと、まじ!?」 レイラをはじめ、少女たちが慌てて窓にへばりつく。 下をみると、庭の造成に来ていたトラックの荷台にひらりと降り立つジョウが見えた。 いくら二階からの落下といえども、地面の状態によっては危険すぎる。 ジョウはあらかじめ車のある位置を確認して覚えていたらしい。逃走経路の確認も、実戦では重要事項なのだ。 ドーリアが窓から身を乗り出してヒステリックに叫んだ。 「ジョウ!学校を壊すな!!」
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