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■1138 / inTopicNo.1)  点描 ――アラミス
  
□投稿者/ 遠州屋小吉 -(2006/06/10(Sat) 20:37:21)
    「……そうか。――いや。ありがとう」
     通信が切れた後も、ダンは珍しくまんじりともせずに、しばらくじっと、沈黙した画面へ視線を落としていた。
     やがて、ダンの口から微かにため息が漏れた。
     ただし、いま口をついて出たそれは、安堵のそれだ。
     ダンはスーツに包まれた両肘を執務机に突くと、軽く指を組んだ。
     庭から差し込む午(ひる)下がりの日差しが、マホガニー色の執務机を斜めに切り取っている。
     ダンの視線が、ふと、執務机の隅に立てられているフォトスタンドの方へ流れた。
    「…………」
     ダンは座ったまま、腕を伸ばした。
     ボタンの切り替えひとつで、立体(ホログラム)にも平面にも替えられる、ごく一般的なタイプの、飾り気のないフレームの中には、生れたばかりのジョウを抱いた妻が、柔かく微笑んでいる。
     ――19年か。
     写真の中の妻は、あの当時のまま、自分ばかりが年齢をとった。
     自分がおよそ写真の類(たぐい)は撮らない性分なので、必然的に妻の写真もほとんど残っていない。
     ダンの手元に残っているのは、これ一枚だけだ。
     この時、家族三人で撮ったもう一枚の写真の方は、妻が逝く時、持って逝った。
    「…………」
     つい先頃、息子の顔を見たばかりだと云うのに、今もダンの脳裏に浮かぶジョウは、不思議なことに、何故か彼がクラッシャーになる前の幼い頃の姿ばかりだ。
     と言っても、当時にしてもダン自身仕事ばかりで、ほとんど構ってやれなかった。だのに――
     ……今頃になって、やけに鮮明にあれこれ思い出す。
    『……ほら、あなたにそっくり』
    『…………そうか』
     腕の中のジョウをあやしながら、そう言って柔かくダンへ微笑んだ彼女。だが、妻を知る者は、ジョウの顔を見ると、みな口を揃えて、息子は母親似だと言ったものである。
    「……あれの最後の手術が、無事すんだそうだ。回復は本人の体力次第だそうだが……経過は順調らしい」
     言葉を切って、ダンは、妻を見つめた。
    「……お前なら」
     ――お前だったら、あの時、なんと言っていただろう。やはり、反対したのだろうか。
     ジョウが、クラッシャーになると言った、あの時。
     それとも――
    「……今も反対しているか」
     呟いて、ダンは微かに苦く笑った。詮無い(せんない)ことだ。
     ダンは、写真を元の場所へ戻すと、ペンを取り上げた。執務机に嵌め込まれたコンソールボタンを弾く。
     間を置かず、ブラックアウトしていた画面が立ち上がる。
     
     ――そして再び、ダンの目は忙しく画面を追い始めた。 

                                     おわり
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