| 「……そうか。――いや。ありがとう」 通信が切れた後も、ダンは珍しくまんじりともせずに、しばらくじっと、沈黙した画面へ視線を落としていた。 やがて、ダンの口から微かにため息が漏れた。 ただし、いま口をついて出たそれは、安堵のそれだ。 ダンはスーツに包まれた両肘を執務机に突くと、軽く指を組んだ。 庭から差し込む午(ひる)下がりの日差しが、マホガニー色の執務机を斜めに切り取っている。 ダンの視線が、ふと、執務机の隅に立てられているフォトスタンドの方へ流れた。 「…………」 ダンは座ったまま、腕を伸ばした。 ボタンの切り替えひとつで、立体(ホログラム)にも平面にも替えられる、ごく一般的なタイプの、飾り気のないフレームの中には、生れたばかりのジョウを抱いた妻が、柔かく微笑んでいる。 ――19年か。 写真の中の妻は、あの当時のまま、自分ばかりが年齢をとった。 自分がおよそ写真の類(たぐい)は撮らない性分なので、必然的に妻の写真もほとんど残っていない。 ダンの手元に残っているのは、これ一枚だけだ。 この時、家族三人で撮ったもう一枚の写真の方は、妻が逝く時、持って逝った。 「…………」 つい先頃、息子の顔を見たばかりだと云うのに、今もダンの脳裏に浮かぶジョウは、不思議なことに、何故か彼がクラッシャーになる前の幼い頃の姿ばかりだ。 と言っても、当時にしてもダン自身仕事ばかりで、ほとんど構ってやれなかった。だのに―― ……今頃になって、やけに鮮明にあれこれ思い出す。 『……ほら、あなたにそっくり』 『…………そうか』 腕の中のジョウをあやしながら、そう言って柔かくダンへ微笑んだ彼女。だが、妻を知る者は、ジョウの顔を見ると、みな口を揃えて、息子は母親似だと言ったものである。 「……あれの最後の手術が、無事すんだそうだ。回復は本人の体力次第だそうだが……経過は順調らしい」 言葉を切って、ダンは、妻を見つめた。 「……お前なら」 ――お前だったら、あの時、なんと言っていただろう。やはり、反対したのだろうか。 ジョウが、クラッシャーになると言った、あの時。 それとも―― 「……今も反対しているか」 呟いて、ダンは微かに苦く笑った。詮無い(せんない)ことだ。 ダンは、写真を元の場所へ戻すと、ペンを取り上げた。執務机に嵌め込まれたコンソールボタンを弾く。 間を置かず、ブラックアウトしていた画面が立ち上がる。 ――そして再び、ダンの目は忙しく画面を追い始めた。
おわり
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