| 「何だそれ?」 突然の後ろからの声に、アルフィンの心臓が軽く跳ねた。 「ああ、びっくりした」 もう、驚かせないでよ。そう言いながらアルフィンは少しだけ睨むポーズをしてジョウを振り返った。
「びっくりしたって…アルフィンが熱中しすぎなんじゃないのか?」 言いがかりだといわんばかりにジョウは濃いセピアの瞳を瞠った。 「それはそうかもしれないけど…まあ、いいわ。許してあげる」 ジョウの方は少し得心がいかない風情だったが、アルフィンに逆らうのも無駄だということを熟知していたためか結局反論はせず、別の言葉を唇にのせた。 「そんなに熱心に何作ってたんだ?」 「かぼちゃプリンなの。今日はハロウィンだから」 「ふうん、ハロウィンか」
アルフィンが乗りこむまで典型的な男所帯だったミネルバでは、そういった季節行事にはまったく疎く、クリスマスでさえも何かしたことはない。 ガンビーノが各自の誕生日に好物を作ってくれて、皆で祝ったくらいのものだ。 だからハロウィンと聞かされたジョウが、少しばかりイメージが湧かないといった風情なのも仕方ないといえよう。
「そうよ。やっぱりこういう行事はちゃんとしないとね」 それでも、そう言いながら飾りの生クリームを絞っているアルフィンの真剣な横顔を見ていると、何だかこういうのもいいもんだな、と思えてくるから我ながら単純だな、とジョウは微かに苦笑する。 そうこうしているうちに生クリームを絞り終えたアルフィンは、プリンを冷蔵庫にしまった。
「これでよし。流石あたし、バッチリの出来栄えね」 腰に手をあて、胸を反らして満足げにアルフィンは言った。 折角の行事なんだから、リッキーには勝手に食べないように念を押さなきゃ。 そんなことを考えていると、キッチンから出て行きかけていたジョウが、ふと思い立ったように踵をかえしてまた戻ってきた。
「トリック・アンド・トリート、だったっけ」 「えっ? …やだあ、ジョウ」 アルフィンは思わずぷっと吹きだした。 「それを言うならトリック・オア・トリートじゃない」
だがジョウはそんなアルフィンの揶揄いも気にとめず、後ろから彼女の細腰に両手を回し、軽く笑った。 「俺はプリンも食べたいし、悪戯もしたいからな」 「え…ちょっ、ジョウ?!」 不穏な響きに慌てた時にはもう手遅れだ。 アルフィンはがっちりと逞しい腕のなかに収められてしまっていた。
「プリンの前にまずは悪戯、だな」 そう言って、ジョウはアルフィンの耳朶をそっと噛んだ。 アルフィンはたまらず声をあげそうになったが、息を詰めて何とか堪える。
「やっ、ん…リッ…キ…、とタロスが……っ」 「あの二人なら気を利かせてくれるだろ…」 「あっ……」 顎を捉えられて後ろを向かされ、上半身だけ捻る形になったアルフィンは近付いてくる唇を前に、その碧玉を閉じた。
いつものジョウよりも少しその強引な口づけに応えながら、アルフィンは腕がさりげなく緩められたことに気付き、するりと体を回して、ジョウと向かいあった。 背中に這わされる熱い掌を感じながら、自分もまたジョウのかっちりと筋肉のついた背に掌を滑らせる。
自然と熱くなる吐息が漏れる。 唇から、掌から、密着している躯の部分から。 どこもかしこも全部。
互いの熱に、侵食されていく。
ようやく唇を開放されたアルフィンがほう、と熱いため息を漏らすと、ジョウがアルフィン、と熱に浮かされた声で呟いた。 それを聞いたとたん、ぞくりとアルフィンの背を電気が駆けあがる。
いくらなんでも、このまま流されるのはマズい。 ここはキッチンで、タロスやリッキーにいつ見つかるか分らない。 「も、これ以上は…ダメ」 「…………」 「リッキー達が来ちゃう。…ね、ジョウ?」 「…………そうだな」 ジョウもそう思ったのか、渋々といった様子ではあったがアルフィンから離れた。 が、離れぎわ、もう一度かるく唇を重ねてきた。
「普通にトリック・オア・トリートでも良かったな」 「え?」 「その……。今のも、充分甘かった」 頬をうっすらと染めた彼自身さえ無自覚な声の艶かしさに撃沈され、アルフィンはただジョウの胸に顔を埋めた。
「なあ、タロス。気がつかない振りも楽じゃないよな」 「ああ……ほんと楽じゃねえな。おい、そろそろいい頃合いだ。お前、ちょっとジョウ呼んでこい」 「ええっ! やだよ! 俺らがこないだヤな役やらされたんだから、今度はタロスの番だぜ!」 「何言ってやがるクソチビ! こういうのは下っ端の役目だろうが!」 「何だと! ……でも何でもいいから早く出てきてくれないかなあ……」 「…ああ、同感だ」 祈るような気持ちで中の二人に呼びかける凸凹コンビだった。
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