| 「お前は知っていたのか?アルフィンが、こ、このような…」 先ほどまで顔面蒼白だったハルマンV世だったが、今は激昂で真っ赤になっていた。 どうやら怒りで言葉が続かないらしい。
アルフィンがクラッシャーになって以来、両親の元にはほとんどコンタクトはない。 そのことについては、ハルマンV世も妻のエリアナも理解しているつもりだった。 クラッシャーになることを許した以上、娘には苦しくても辛くても、投げ出さず初志を貫徹して プロとしてのクラッシャーの道を歩んで欲しかった。 だから、ピザンに残っている自分たちの身を案じてもらうことなどは露ほどにも望まなかった。 便りが無いのは元気な証拠。 事故が起きれば、否が応でも報告がくるはずだ。 毎晩の就寝前、ハルマンV世が娘の無事に感謝していることをエリアナは知っている。
確かにこれは「無事な証拠」をきっちり証明する良い映像だ。 しかもクラッシャーの道をしっかり歩んでいる確かな証拠。 だが、自分が知りたいと望んでいたものとは対極の位置にある「証拠」だった。 「あまりにも酷すぎる…。このような水着で…これがクラッシャーの仕事の一環だと言うのか? だとしたら、アルフィンには即刻ピザンに戻るように命じろ。私は、このような破廉恥を 許した覚えはない。」 怒りで声が震えていた。 「落ち着いて下さい、あなた。」 妻のエリアナは落ち着いて夫を諭す。 今は何も投影していない3Dモニタを指差し、彼は続けた。 「お前は何故、そんなに落ち着いていられるのか?あの映像を見たか?見たならば、そんな態度は とれないはずだ。アルフィンは…アルフィンは…あのような娘ではなかった…」 ハルマンV世は、両手で顔を覆い、ガックリとソファに崩れ落ちた。 まるでこの世の終焉を迎えたかのように。
「ええ、見ましたよ。それも最後まで。」 エリアナは微笑んだ。だが、その笑みには、微量の寂しさも混ざっていた。 「アルフィンは私たちが思っていた以上に、クラッシャーとしての道をしっかり歩んでいるよう ですね。確かに親として、あの水着姿は目も当てられないものですが、それでもあの娘の全身から 出ている生き生きとした輝きに気付きましたでしょう?あんなに堂々しているあの娘を見たことは ありません。きっとそれも、この1年であの娘が成長した部分の一つなのでしょう。」
エリアナは自身の想いを言葉にしながら、それはまるで自分に言い聞かせているようでもあった。 「充実している人生を送っている、そう実感しましたわ。私たちのそばにいないのは、とても 寂しいことですけれど、でも、あの映像を見て、私はアルフィンから元気をもらいました。 そして、心の底から本当に安堵しました。あの娘は大丈夫ですね、私たちがいなくても。」 ハルマンV世は少し顔を上げて、妻の顔を見た。 「確かにそうかもしれない。だが…」 エリアナは彼の隣にきて、そっとハルマンV世の背中を撫でた。 「見守ってやりましょう、あなた。あの娘ももう17です。」 言い終えると、エリアナはおもむろに立ち上がり部屋から出て行こうとした。 お紅茶でも淹れて参ります。見たくないかもしれませんが、どうぞコンテストを最後まで ご覧になって下さい。あなたもきっと理解されることでしょう。 ハルマンV世は、ひとり部屋に残された。
しばらくの間、彼は彫像のように微動だにしなかった。 が、深いため息をつき、それがまるで合図だったかのように丸めた背中をまっすぐに伸ばした。 彼は意を決して3Dモニタをオンにして、録画の再生を始めた。 映像は、先ほど彼がストップさせたところから始まった。
アルフィンの姿は既にモニタ上から消え、新しい出場者の紹介に入っていた。 ルーとかいうコンテスタントらしい。刺激的なコスチュームが、彼女の肢体の肉感を更に高めていた。 堂々たるイオノクラフトの操作とポージングである。どうやら彼女が最後の出場者のようだ。 自身の紹介ナレーションが流れると同時に艶然と微笑むルー。 が、瞬時に笑顔が消えたと思ったら、猛スピードで舞台上から消え去った。 何があったのか? ハルマンV世は目をすっと細めた。
映像が急に会場全景に切り替わった。 出場者も観客も何が起こったかよく理解していない状況がこちらにも伝わる。 アルフィンがいるはずの舞台上手に目を凝らす。ズームアウトされたせいで、彼女を認識するのが 難しい。それでも、彼女の輝く金の髪はよく目立つ。映像の端で、機動隊員と格闘しているのが 見て取れた。細かな動きは遠すぎてよく分からないが、確かに彼女はテロを阻止しようと 戦っていた。テロリストたちの正体は、会場の警備にあたっていた本物の警官隊だったと聞き及んでいる。 観客席でも、何か動きがあったようだ。 時折、舞台と観客席の間から閃光がチラチラ見え隠れした。 ───銃撃戦。 ハルマンV世は思わず目をつぶる。なんてことだ。娘がこんな戦場にいるなんて… 先ほど、アルフィンの水着姿を見た時に流れた汗とは別種の汗がじんわりと滲み出た。 ───どうぞ、娘をお守り下さい。 これは録画だ。既に戦いの帰趨は知れているのだが、彼は本気で神に祈った。 映像が会場の全景に切り替わったことで、アルフィンの仔細が見て取れない。 娘の白兵戦を間近で見るのは、父親として手足をもがれるような苦痛が伴う。 映像の視点が切り替わり、彼は心底有難いと感じた。 これはフィクションでも夢でもない。紛れもない現実だ。 自分はなんという世界に愛娘を放り込んでしまったのだろう。 耐えられない。娘が危険に晒されている様を黙って見ていられる親がどこにいる。 連れ戻そう、アルフィンを。ピザンに連れ戻して、あの頃と同じように、妻と娘と一緒に 穏やかな日々を再び過ごすのだ。 ハルマンV世は、ぎりりと奥歯を噛み締め、その目は揺らぎのない決意の色に染まっていた。
すると、会場右手の壁に異変が起きた。壁が壊れ、轟音と共に何かが突き出していた。 ビーム条の閃光が会場を焼く。同時に、青年の、硬質な声が地上甲装車のスピーカーを経由して 部屋の中の空気を震わせた。 ハルマンV世がはっとする。この声は。
「諦めろ。テロリストは、すべてロックオンした。もう逃れられない。武装解除して、降伏しろ」
ハルマンV世は、ゆっくりとソファのバックレストに身を埋めた。 全身の力が抜けて、無意識に腕や足を投げ出していた。 そうだ、この声だ。忘れる訳がない。 全てを射抜く漆黒の瞳。意思の強さが見て取れる精悍な顔立ち。長身で均整の取れた体躯。 困難を目の前にしても決して諦めることのない、強靭で不屈の精神を宿す青年。 この青年が、我が国ピザンを崩壊の寸前から救い出し、反乱者を倒し、平和を取り戻してくれたのだ。 そして、娘はこの青年に心を盗まれ、私の元から去っていった。 そうだった。忘れていた。 娘は、あのクラッシャージョウのチームの一員なのだ。。 彼に全幅の信頼を寄せているからこそ、娘を彼の元へと送り出せたのだ。 そしてアルフィンは彼に心を寄せている。娘が見初めた男だ。祖国の恩人を、娘が心から慕う男を 信じずにして何を信じればよいのだろう。 彼ならば、愛する娘の身に何が起ころうとも全身全霊をかけて彼女を守り抜いてくれるだろう。
頑張っているな、アルフィン。 すぐには会えぬ愛娘の顔を瞼の裏に浮かべ、彼は静かに微笑した。 思い切りやるといい。自分が納得いくまで、やり抜くといい。
気付くと映像は「調整中」という文字の点滅に変わっていた。 どうやら、放送局サイドもようやく事態の異常に気付いたらしい。 放送を中断、調整中の文字に差し替えた。 点滅する文字をボンヤリ見つめながら、ハルマンV世は思った。 全く、女親というものは肝が据わっているな。あれを動揺せずに最後まで見ていられたとは。 妻が紅茶を準備していることを思い出し、口の端だけで苦笑しながら彼はソファから立ち上がった。
しかしアルフィン、あの水着はやはりどうかと思うのだがね。 首を小さく左右に振りながら、彼は妻の元へと向かった。
<了>
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