| プロローグ
豪華客船<オルフェウス>号の船長モーガンは、瞬きもせず、前方のスクリーンを見つめていた。 ここは、船の最上階にある操舵室。 正面中央にメインスクリーンを配し、その左右に、いくつもの小さなスクリーンがあった。それら全てが、艦内の様子を映し出している。
「まるで、地獄図だ・・・・」モーガンが呟いた。 スクリーンに映っているのは、激しい炎から逃げ惑う乗客の姿だ。 一つのスクリーンに、小さな男の子が映っていた。母親とはぐれたのか、熊のぬいぐるみを抱きしめ、泣き叫んでいる。 そして、迫りくる炎に顔を引きつらせた次の瞬間、巨大な炎に飲み込まれた。 この惨劇を目の当たりにしても、モーガンは魅入られたように、スクリーンを凝視している。 この船は、お終いだ・・・。
この<オルフェウス>号は、地球から、射手座宙域にある惑星ポルトスにむけ旅立った。 今回が、処女航海だった。 この客船は、船主であるウォルガング社が誇る、銀河系史上最大の豪華客船だ。 乗客乗員あわせて、4000人という、今までの常識を覆すものだった。 しかし、その大きさが災いして、客船の製造工期に遅れが生じた。予定していた、処女航海の日までに、建造は不可能と、現場から声があがった。 だが、すでに乗船チケットは売り切っており、出港の延期は不可能だった。 ウォルガング社の強硬な主張によって、突貫工事が行われ、なんとか<オルフェウス>号は期日までに完成した。
そして、晴れの日を迎え<オルフェウス>号は地球を飛び立った。 客船の中では、夢のような世界が繰り広げられた。 夜毎開かれる、晩餐会にダンスパーティ。着飾った男女が、深夜まで、客船の大広間で踊り続けた。 だが、地球を飛び立ってから、5日目、事件が起こった。 船の最下層で、小さな火災が起こった。配線工事のミスによる漏電だった。だが、その小さな火が機関部に、火災を引き起こした。 そのせいで、機関部が停止し、船のスケジュールに遅れが生じた。 遅れを取り戻すため、<オルフェウス>号は、スピードをあげ宇宙空間を航行した。 今度は、その無理がたたって、船が悲鳴を上げた。 しかし、その声は、乗組員には届かなかった。まるで、蛇にかまれた毒がゆっくり全身を駆け巡るように、<オルフェウス>号を蝕んでいった。 そして、突如牙を剥いて襲い掛かってきた。 電気系統がショートし、船内のいたるところで火災を引き起こした。
この火事で、<オルフェウス>号の内部工事のずさんさが露呈した。 まず、火災を認識する警報装置が、作動しなかった。 そのため、大勢の乗客が煙にまかれ、命を失った。 そして、スプリンクラーと防護シャッターが、当初予定されていた数の半分しか設置されいなかった。 乗り組み員は、懸命に消化作業に従事した。だが、こっちを消せば、あっちで火の手があがるという、いたちごっこになった。 乗組員だけで、対処できると思い、救難信号の発信もすぐにはされなかった。 そして、火災発生から4時間後、船長のモーガンは、外部に向け救難信号を発信した。
その、信号をキャッチし、救助に2隻の宇宙船が駆けつけた。 しかし、それも徒労に終わった。 じわじわ広がった火災を食い止めることは出来ず、ついには、船全体に火の手が上がった。
「船長!女性と子供達を乗せた避難用カプセルが、本船を離脱しました!」 一等航海士のティムが、操舵室に駆け込んできた。顔はすすだらけで真っ黒だ。右肩からは、血が流れている。 「そうか・・・」 緊急避難用カプセルで、脱出できたのは、わずか1736人。半分にも満たない。 他の乗客は、助けることは出来ない。 だが、1736人の命は、助かる。それは、救助に駆けつけた、勇敢な男達のおかげだった。 「ティム。救助作業のために、本船に残った船員は、全員緊急避難用カプセルに乗船し、<オルフェウス>から離れるよう指示を出せ!」 「はい。直ちに伝えます」 ティムは、船内スピーカーのスイッチを入れ、船長の言葉を伝えた。 アナウンスを終えたティムは、ほっと息を吐いた。 その場に立つティムに、モーガンは声を掛けた。 「何をしている、ティム」 「は?」 「私は、全員脱出するよう指示を出したはずだぞ」 そう言って、モーガンはティムの目を見た。 「船長・・・」 モーガンの真意を悟って、ティムは息を呑んだ。 船長は、この船と逝くつもりだ・・・。 「わ・・私も、船長のお供をします」 ティムの声が震えた。 「ならん!辛いつとめだが、君は生き残り、この船で起きた事を公にする義務がある」 「船長・・・」 ティムの目から、涙が零れ落ちた。 一体何故、こんなことになったのか・・・。 乗組員は、自らの危険を顧みず、救助作業にあたった。中には、救助作業中、命を落とした者や怪我をした者が、大勢いる。 なのに、それをあざ笑うかのように、火は燃え広がった。そして、ついには、船を捨てなければならない!
「さあ、行きたまえ!」 ティムが、のろのろと歩き出した。その背に、モーガンが声を掛けた。 「ティム。本船の救助に駆けつけてくれた、勇敢な男の名を教えてくれ」 「はっ。クラッシャーダンとクラッシャーエギルです」 「そうか・・・彼らに、私がくれぐれもよろしく言っていたと、伝言を頼む」 「はっ!」 ティムは、モーガンに敬礼をした。モーガンも敬礼を返した。そして、ティムは操舵室を出て行った。 モーガン一人だけになった。
<オルフェウス>号の最上階にある、この操舵室にも、煙が立ち込め始めた。 ドアの向こうから、鈍い爆発音も聞える。 モーガンは、首にかかっているペンダントを取り出した。 それは、卵形のロケットで、ふたを開けると、中に写真が入っていた。 そこには、彼の家族が写っている。 仕事で宇宙を飛び交うモーガンに、お守りにと、息子のロルフがプレゼントしてくれたものだ。 モーガンはその写真を、そっと撫でた。 モーガンの妻は、7年前に他界し、家族は息子のロルフだけ。自分が死ねば、ロルフは一人ぼっちになってしまう。 だが、彼は信じている、ロルフならばその逆境に屈せず、たくましく生きていってくれると。
背後で大きな、爆発音がして、ドアが吹っ飛んだ。 さよならだ、ロルフ・・・。 火災発生から、26時間後。豪華客船<オルフェウス>号は宇宙の塵となった。
|