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■1097 / inTopicNo.21)  Re[20]: 惑星アラミスの黒い罠
  
□投稿者/ りんご -(2006/06/02(Fri) 18:29:41)
    エギルの部屋を一足先に出たダーナとベスは、評議会総本部ビルの地下駐車場へとやってきた。
    そこに、レンタル契約してあるエアカーを止めてある。
    二人は、これから郊外にある、自分達の家に帰るところだった。
    競技会の開催に合わせて、ダーナのチームは三週間の休暇に入る。その間、家に戻り、父のもとで過ごすつもりだった。

    長期で休暇をとるため、仕事は分刻みの正確さでこなしてきた。緊張を強いる仕事だった。
    それは、ひとえにチームリーダーのダーナに比重がかかった。
    ルーに頼ることもできたが、自分は姉でありチームリーダーであるというプライドが、それを許さなかった。
    ダーナは疲れきっていた。明日から、始まる競技会のために、少しでも休息を取りたい。
    そして、それは、ルーとベスも同じ気持ちだった。

    ダーナとベスは、エアカーに乗り込んだ。運転席にダーナ、隣の助手席にベス。
    二人を乗せたエアカーは、軽やかに発進すると、地下駐車場を出て、明るい日差しが降り注ぐ、一般道に出た。
    目的地をセットし、操縦をオートマティックモードに切り替えた。
    「ふー」自然と溜息が、ダーナの口から漏れた。
    「大丈夫、おーねえちゃん?」心配そうにベスがダーナを見た。
    「ええ。さっき、お父様のところで少し休んだから」
    ダーナが、無理やり笑顔を作った。

    「そういえば、さっきお父様のところで会った、あのアベルって人、男の割りに気の利く人だったね」
    思い出したようにベスが言った。
    その言葉に、ダーナは、父エギルの部屋での騒動を思い出した。

    父の部屋で、ダーナ、ルー、ベスがくつろいでいたとき、クラッシャーマーカスのチームが、挨拶にやってきた。
    お茶を運んできた、職員のマーサがアベルをみて、うっかりカップを割ってしまったのだ。
    すかさず、アベルという、あの優男が片づけを手伝い、率先して、自分達にコーヒーを配った。
    ダーナは、ああ言うタイプの男は嫌いだった。なんとなく、虫が好かない。

    そんなことを、考えているうちに、バイパスに入った。
    市内に向かうのとは逆方向に走っているせいか、車の数はそう多くない。
    なんだか、瞼が重くなってきた。
    ダーナは、あくびを一つすると、目を閉じた。

    どれくらい寝ていたのか、顔に当る風を受け、ふっとダーナが目を開けた。
    その時、とんでもないものが目に飛び込んできた。
    大きなコンクリートの壁だ。ダーナとベスの乗るエアカーがコースを外れ、物凄いスピードで、道路わきの大きなコンクリートの壁に突っ込んでいく。

    慌ててブレーキを踏んだ。が、減速しない。操縦レバーもいうことをきかない。
    隣の助手席を見ると、ベスがすやすやと寝息を立てて寝ている。
    一瞬の猶予もない!ダーナはベスを抱えて、エアカーを飛び出した。
    次の瞬間、エアカーがコンクリートの壁に激突し、爆発した。
    爆風にふわりと二人の体が浮いた、と思った瞬間、道路に叩きつけられた。
    物凄い衝撃が二人の体を貫いた。

    「うっ・・」うめき声をあげ、ベスが目を開けた。
    割れた額から血が流れ出して、目に入った。
    視界が真っ赤になった。
    「おーねえちゃん?」
    なにがあったの?ベスは、そう言いたかった。

    だが、ダーナは、自分の横でぴくりとも動かない。
    ベスは震えた。
    「お・・・おーねちゃん?」
    そして、血溜りの中、あらぬ方向にむいているダーナの右腕をみて、ベスが絶叫した。
    遠くから、サイレンの音が響いてきた。

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■1098 / inTopicNo.22)  Re[21]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/02(Fri) 18:35:53)
    タロス、リッキー、アルフィンとエギルはロビーにやってきた。
    四人は、入り口の近くのソファに腰を下ろした。
    エギルとタロスは、さっきから昔話に花を咲かせている。
    しかたなく、リッキーは付き合っているという態だ。
    だが、アルフィンは上の空だった。

    ジョウはあの人と、何の話をしているんだろう?さっきから、そればかり、考えてしまう。
    アルフィンは、何だか情けなかった。
    自分は、こんな些細なことで、心が揺れる小さな人間だったのか・・。
    でも、少し前から、わかっていた。クラッシャーアルフィンの日記を読んだときから。
    ううん。たぶん、病室で彼と会ったときから・・。

    ジョウは、記憶がなくなって、プリンセスに戻ってしまった自分のことを、色々気遣ってくれた。
    それは、はっきりした態度や物言いではない。でも、アルフィンは、それを肌で感じ取っていた。
    例えば、今日、宇宙港からここまで来るときも、ジョウは安全運転を心がけてくれた。さりげなく。
    そんな所が、とても素敵だと思った。

    そう・・・クラッシャーアルフィンがジョウに恋をしているように、プリンセス・アルフィンもまた、ジョウに恋をしていた。

    「ちょっと、失礼します」
    そう三人声を掛けて、アルフィンは立ち上がった。
    ジョウを迎えにいこうと思ったのだ。

    そして、エレベータの前で、アベルにぶつかった。
    「すみません、アルフィン。大丈夫ですか?」心配そうにアベルがアルフィンの顔を覗き込んだ。
    「こちらこそ、すみません。ちょっと、急いでいたので」
    「ジョウを探しに行くんですか?」
    「え?どうしてそれを?」
    びっくりして、アルフィンがアベルを見つめた。
    「それくらい分かりますよ。ロビーで退屈そうにしているあなたを見ればね」
    茶目っ気たっぷりに、アベルにそう言われて、アルフィンは顔を赤らめた。

    「女性は、追うよりも追いかけさせなきゃ駄目なんですよ」
    「え?」
    「さあ、だから、探しに行くのはちょっと我慢して、反対にジョウに探しに来て貰うよう、あっちのソファーに座りましょう」
    そう優しく微笑みながらアベルに言われて、ついうなずいた。

    二人は、エレベータの側にある、ソファーに並んだ座った。
    「・・・さっきの・・・やっぱり、そうなんでしょうか?」
    ぽつりと、アルフィンが言った。
    「?」
    「女性は、追うよりも追われるほうがいいって?」
    「うーん。そうですね・・・結構難しい問題ですね。でも・・・追うって行為は、相手を追い詰めてしまうこともあるから、ちょっと加減が難しいですね」
    「加減ですか?」
    「ええ、そうです。例えばこうです。あるお姫さまのもとに、騎士がやってきて毎日、言うんです。結婚してくださいって」
    「毎日ですか?」
    「ええ、そうです。毎日言われたら、プロポーズの言葉も色褪せてしまう」

    「・・・おっしゃるとおりですね。で、そのお姫様と騎士はだめになったんですね・・・」
    「いえ、とんでもない。ある日、ピタリと騎士がこなくなったんです。そうすると、お姫さまは落ち着かない。怪我でもしたのか、病気になったのかってね」
    「それで、どうなるんですか?」
    「ある日、お姫様は城を飛び出して、騎士のもとに出かけていくんです。プロポーズの返事をしにね」
    「まあ、それでハッピーエンドですね!」
    「さあ?実は、その後の話は知らなくて・・・」
    困ったように言うアベルの様子が、まるで少年のようで、アルフィンは思わず笑い出した。
    「やっと、笑いましたね」
    アベルがにっこりした。
    この人は、私を元気付けようとしてくれたんだわ。その、優しさが、ささくれたっていたアルフィンの心に染みた。
    「ありがとう、アベル」
    「いえいえ。僕でお役に立つことがあったら、遠慮なく言ってくださいね」

    「あっらー、なんだかあの二人、いい感じじゃない?」
    エレベータでジョウと一緒に降りてきたルーが、アルフィンとアベルを目ざとく見つけて、そう言った。
    「まるで、絵本から抜け出てきた、王子さまと王女さまね。っと、アルフィンはもともと王女さまだから、宇宙の荒くれ男よりも、ああいうタイプの方が
    お似合いかもね」
    ジョウは二人の様子を、硬い表情で見ていた。

    ジョウに気づいたアルフィンが、腰を浮かし、ジョウの名を呼んだ。
    ふと、ルーはアベルと目が合った。
    その時、ルーは見逃さなかった。アベルの目に驚きの色が走ったのを。
    なんだろう?また、会ったから、びっくりしたのかしら。
    だが、次の瞬間、ルーの頭からは、そんなことはすっかり消え去った。
    「あら、アルフィン。怪我の具合はいかが?その様子じゃ、あなただけ、競技会は見学かしら?」
    ルーが、にっこりと笑いながら言った。

    このルーの言葉は、宣戦布告だわ!アルフィンは、そう理解した。ならば。
    「まあ、ルー。お気遣いありがとう。でも、あたしも心配してたのよ。仕事でドジ踏んで、今回の競技会、間に合わないんじゃないかって」
    そう言って、アルフィンもにこやかに笑った。
    アルフィンとルー、二人の間で目に見えぬ火花が、ばちばちと飛んだ。
    「じゃあ、僕はお先に」アベルは、そそくさとこの場を後にした。

    「おーい、兄貴!」リッキーが、ジョウを見つけて走ってきた。
    「もう、待ちくたびれたよ。タロスとエギルったら、今の若いもんはって、ずっとおいらにお説教するんだぜ」
    うんざりしたように、リッキーが言った。
    「用は済んだ。<ミネルバ>に、戻るぞ」
    リッキーの話には耳も貸さず、ジョウはそっけなくそれだけを言った。

    「そろそろ帰るか、ルー」
    エギルとタロスの二人もやってきた。
    「じゃあ、明日の開会式で」
    ルーが皆に言った。
    リッキーが、アルフィンに小声で言った。
    「ほら、アルフィン。ルーに別れの挨拶して」
    「え?」
    「威厳たっぷりに、言ってやってよ」
    楽しそうにリッキーがウィンクした。

    別れの挨拶?そんなの、練習してなかったけど・・・。威厳たっぷりとね。よし!
    そして、アルフィンは、優雅に微笑むと、ルーとエギルに向かって言った。
    「それじゃあ、みなさん。御機嫌よう!」
    ルーとエギルの目が点になった。
    リッキーは、ずっこけた。

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■1099 / inTopicNo.23)  Re[22]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/03(Sat) 21:35:58)
    第四章  クラッシャー技能競技会


    翌日。
    クラッシャー評議会総本部ビルに、大勢のクラッシャー達が集まった。
    クラッシャー技能競技会の開会式が行われるのだ。
    開会式会場は、評議会ビル10階だ。この階は、全ての壁が自動収納方式を取っているので、ワンフロアーぶち抜きで利用できる。

    今日より、6日間の日程で、クラッシャー技能競技会が始まる。
    初日は、今回特別に設けられた、危険物輸送エキスパート達による、爆発物解体だ。
    それは、20キロほど離れた場所にある、アラミス・スタジアムが会場となっている。
    明日から2日間が操船。残り2日間が射撃となっている。そして、最終日の午前中が表彰式と閉会式。その後、パーティとなる。
    ジョウのチームは、操船と射撃に出ることになっている。
    競技は、それぞれのランクに分かれて進む。

    厳かに開会式も終わり、アラミス・スタジアムに移動しようとしたとき、マーカスが声を掛けてきた。
    「よう、ジョウ」
    「やあ、マーカス。今日、出番だろ」
    「ああ。なんてったって、うちには、アベルって言うエースがいるから、今日のトップはうちに決まりさ」
    マーカスが胸を叩いた。
    そして、その隣にいたアベルが、暗い表情でジョウに言った。
    「聞きましたかジョウ、ダーナとベスのこと?」
    「ダーナとベス?そういえば、ダーナのチームは誰もいなかったな。エギルも姿を見ていないし。何かあったのか?」
    「昨日、事故にあったらしいですよ」
    「事故?」ジョウの顔を険しくなった。
    「ええ。ダーナとベスの乗ったエアカーが、暴走してハイウェイの壁に激突したそうです」
    「それで二人の容態は?」
    「ダーナはかなりの重症でまだ意識は戻ってないそうです。ベスも足を骨折したようですが、命には別状はないみたいで・・・ほんと、たいしたことなくて
    良かった」
    アベルが小さく笑った。


    アラミス・スタジアムは、すり鉢場の競技場で、収容人数は5万人。
    屋根は、自動開閉式で、今回は競技のため、屋根は空いた状態となっている。
    フィールドの真ん中に特設舞台が設置されている。そこで、爆発物解体の処理能力を競い合うのだ。
    競技場には、いくつもの、仮想スクリーンが浮かんでいて、その画面で、詳しい様子を見ることが出来る。

    まず一人目の競技者が現れ、チーム名と名前がコールされた。
    仮想スクリーン一杯に、出場者の顔が映し出された。
    クラッシャーブライアンチームのカートだ。
    特設舞台には、一対の机と椅子が用意されていた。机の上には、爆弾が置いてある。ただし、爆弾といっても、本物ではない。
    爆破プログラムを組み込んだ、ただのプラスチックケースだ。
    因みに、爆破プログラムは、高層ビル解体の際に使われている、グランドオベイ社のものを改良したものだ。

    制限時間は、ひとり15分。
    その時間内に、爆破プログラムを解除しなければならない。
    フィールドに持ち込めるのは、パソコンのみ。ロボットを使うのは、禁止されている。
    あくまで、爆破プログラム解除の能力を競うのである。

    カートは、持参したパソコンとダミーの爆弾をつないだ。
    大会役員が、それを確認すると、右手を高くかざした。その瞬間、競技が開始された。
    真剣な面持ちで、カートがパソコンを操作していく。
    その表情は、仮想スクリーンに大きく映し出された。

    一分、また一分と時間が過ぎていく。観客席からは、早くしろー!吹っ飛ばされるぞーなどと、いい加減な野次が飛び交う。
    制限時間残り、あと58秒。額に脂汗を流しながら、カートがこれだ!と、パソコンのキーを叩いた。
    その瞬間、プラスチックケースから、赤い液体が噴き出して、カートの全身が真っ赤に染まった。
    仮想スクリーンには、<You Die>と無情の文字が現れ、観客席から、爆笑が起こった。
    すごすごと、カートが引っ込んだ。

    競技は順調に進み、21人が終了した。
    そのなかで、解除できたのは13人。どれも時間ぎりぎりだった。
    そして、最終競技者の名がコールされた。
    クラッシャーマーカスチームのアベルだ。
    アベルの顔が、仮想スクリーンに映ると、客席から黄色い声が上がった。

    悠然と、フィールドに現れたアベルは、愛用のパソコンをダミーの爆弾につないだ。
    競技が始まった。
    アベルの真剣な表情がスクリーンに映し出されると、女性客から溜息がもれた。
    これには、おおいに野次が飛び交った。
    「おい、二枚目野郎。さっさと、解除しろー」
    「お前も、ぶっ飛んじまえ」

    そして、それは、いきなり終わった。
    競技開始から、5分とたっていない。
    仮想スクリーンに<You win>の表示がされた。
    これには、客席が一瞬静まり返った。そして、次の瞬間、割れんばかりの歓声がアラミス・スタジアムにこだました。
    アベルが最短タイムでプログラムを解除したのだ。
    客席でこの様子を見ていた、ジョウ達もおしみない拍手を送った。
    「凄いじゃん、アベル」興奮したように、リッキーが言った。
    「本当、優勝はアベルですね」アルフィンも、感心した様子で言った。


    その夜、ジョウ達はダーナを見舞うため、病院へと向かったが、面会謝絶のため、会うことは出来なかった。
    ただし、エギルとルーに会うことが出来た。
    二人とも、昨日からほとんど寝ていないらしく、疲れ切った顔をしていた。
    そんな二人に、お見舞いの言葉を述べると、早々に病院を後にした。

    「でも、運が悪かったね。事故を起こすなんてさ」
    帰りのエアカーの中で、リッキーが言った。
    「そうだな。せっかくの競技会だってのに、指をくわえてみてなきゃならんから。ルーも、くやしいだろうさ」
    タロスも同情するように言った。
    「ダーナ達の分も、俺たちが最高のテクニックを披露してやろうぜ!」
    ジョウの言葉に、全員が力強く、うなづいた。

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■1100 / inTopicNo.24)  Re[23]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/03(Sat) 21:40:17)
    クラッシャー技能競技会も順調にすすみ、今日は3日目。操船の部、最終日だ。
    競技は、ランクが下の者から行うので、ジョウのチームは最終競技者だった。
    オベロン宇宙港で、<ミネルバ>は、そのときを待っていた。
    すでに、日は大きく傾き、空も青から薄紅色へと変わろうとしている。
    「エントリーbP27<ミネルバ>は、飛行エリアへの発進を許可します」
    競技会本部より、待ちに待った通信が入った。

    「行くぞ、みんな!」
    ジョウが張りのある声で言った。
    その言葉に、アルフィンの心臓が異常なまでに、早鐘を打つ。
    口から心臓が飛び出しそうだ。
    空間表示立体スクリーンの前で緊張しているアルフィンに、ジョウが声を掛けた。
    「少しの間、頑張ってくれ。すぐに片をつける」
    ジョウの頼もしい言葉に、アルフィンが小さくうなずいた。
    「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ!兄貴やおいら達がいるんだからさー。かるーく行こうよ。かるーくね」
    アルフィンの緊張をほぐそうと、おどけた調子でリッキーが言った。
    「終わったら、みんなで旨い物でも食いにいきやしょう」タロスもアルフィン気遣った。
    「はい!」
    みんなに励まされ、アルフィンの顔に笑顔が戻った。
    「リッキー、動力起動」
    「あいよ!」
    リッキーが、動力装置のスイッチを入れた。
    「発進!」ジョウが叫んだ。
    炎を噴射して、<ミネルバ>が上昇し、一路、操船部門の飛行エリアに向かった。

    そこは、赤茶けた大地が広がる、訓練スペースになっていた。
    50キロ四方草一本生えていない。
    唯一目に付くのは、飛行を確認する管制塔が立っているだけだ。
    その管制塔には、操船の部を取り仕切っているエギルの姿があった。
    エギルは、そっと自分のスーツを撫でた。
    「素敵な、スーツですね。エギル議員」
    評議会ビルを出るとき、女性職員がエギルの姿をみて、そう声を掛けてくれた。
    「おっ、わかるかね?」
    嬉しそうにエギルが言った。
    このスーツは、彼の娘達が特Aクラスに昇格した記念に、エギルにプレゼントしてくれたものだ。
    オリオン座にある惑星ヌリアス。質のいいシルクの取れる惑星だ。そこで、わざわざあつらえてくれた。
    クラッシャー技能競技会、この晴れの日のために、エギルは袖を通さず、大事にしまっておいた。
    娘のダーナ達も、本来なら今日の操船部門に出場しているはずだった。
    だが、事故にあって、競技会は欠場となってしまった。
    「くっそう!」
    思わず、やり場のない怒りが口から漏れた。

    コンソールデスクに座る係員が、ちらりとエギルをみた。
    「お疲れのようでしたら、少し休まれたほうが・・・」恐る恐る、声をかけた。
    「心配はいらん。大丈夫だ!しかし、なんだなんだ、さっきの体たらくは。あれで特Aかぁ?あんなんじゃあ、宇宙海賊に出会ったら、一瞬でやられち
    まうぞ!」
    エギルは、つい先ほど、競技を終えた、クラッシャーフレディチームをあからさまにののしった。
    「bP27最終競技者の<ミネルバ>確認」
    係員がエギルに報告した。
    「おっ!やっと、おでましか。どれ、お手並み拝見」
    ジョウの登場で、目に見えて、エギルの機嫌が良くなった。

    <ミネルバ>が飛行エリアに侵入すると、地上より、目もくらむビーム砲が束になって、襲い掛かってきた。
    「真下からよ!」アルフィンが上ずった声で叫んだ。
    「タロス、急上昇だ」ジョウが言った。
    タロスは操船レバーを大きく引いた。<ミネルバ>はその巨体を鮮やかにひねった。
    機体をひねりながら上昇し、ビーム砲をかわしていく。
    タロスは、クラッシャーの中でも、腕前比類なしと謳われた名パイロットだ。
    ビームをぎりぎりのところでかわす、その神業のような操船に、アルフィンは舌を巻いた。
    凄い!タロスって見かけは恐いけど、パイロットの腕は一流なんだわ。

    空間表示立体スクリーンに、赤い光点が光った。
    「ジョウ。今度はミサイルが発射されたわ!」アルフィンが叫んだ。
    上空を旋回する<ミネルバ>に、大量のミサイルが発射された。
    「きたな」
    嬉しそうにそう言うと、ジョウは、冷静に照準スクリーンで狙いを定める。
    「もらった!」
    ジョウの指が、トリガーボタンを押した。
    <ミネルバ>の両舷側の一部が三角形に開いた。
    四基の多弾頭ミサイルが発射された。弾頭が分裂して、数十基となった。
    そして、地上から発射されたミサイルをことごとく打ち落とした。
    間髪をおかず、再度ミサイルが襲い掛かってきた。
    だが、それを、あっさりとジョウが迎撃した。
    この程度の攻撃、常に修羅場に身を投じているジョウにとっては、痛くも痒くもないのだ。

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■1101 / inTopicNo.25)  Re[24]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/03(Sat) 21:42:09)
    しかし、この様子は、評議会ビルの特設会場で見ている観客を酔わせた。
    そして、操船の部を取り仕切っている、エギルもだ。
    「ちっくしょう。やるじゃねえか!」
    嬉しそうに、エギルが言った。
    若い頃を思い出して、エギルの背中はさっきから、ぞくぞくしっぱなしだ。
    「おい、お代わりだ」
    興奮したように、エギルが叫んだ。
    「は?」職員はその意味が分からない。
    「お代わりを出してやれ。あれぽっちじゃあ、あいつらも腹がふくらまんだろう」
    エギルは、顎に手を当て、ニヤニヤしている。
    「しかし、エギル議員。競技会規定で、発射するビーム砲とミサイルの数は決まって・・・」
    「いいからやれ!!!」
    耳元でエギルに怒鳴られ、びっくりした係員は、思わず発射ボタンを押してしまった。

    「ジョウ。また、ミサイルが来るわ!」アルフィンの顔は、信じられないという表情だ。
    「何だって?」
    競技会規定でミサイルの数は決まっている。それは、すべて、打ち落としたはずだった。
    しかし。
    ジョウが大胆不敵な笑みを浮かべて、タロスをみた。隣でタロスも、にやっと笑っている。
    訳がわからず、呆然とするアルフィンを尻目に、ジョウが言った。
    「迎撃するぞ!」
    「そうこなくっちゃ!」リッキー嬉しそうに言った。
    <ミネルバ>は、しなやかに身をひるがえすと、猛禽のごとく獲物に向かって飛んだ。

    規定外のミサイルに動じる様子もなく、を次々に打ち落とす<ミネルバ>を、エギルは瞬きもせず見つめた。
    「あのひよっこだったジョウも、一人前になりやがって・・」
    嬉しそうには呟いた。
    そして、喉の渇きを覚え、部屋の隅に用意してあるコーヒーサーバーの所に行って、カップを手に取った。

    クラッシャージョウチームの2度目の、競技が終わった。
    「さて、どうしやす?」タロスがジョウに訊いた。
    「俺たちのために、わざわざ2回も競技をとりしきってくれてんだ、それなりの挨拶をしなきゃならんだろう」
    ジョウの言葉に、タロスがにやりとした。
    「わかりやした」
    そう言って、タロスが操船レバーを引いた。

    操船の部の競技を終えた船は、管制塔の周りを一周してから、宇宙港に戻る。そう、競技会規定で決まっていた。
    エギルが、カップに熱いコーヒーを注いでいると、背後で慌てふためく職員の声がした。
    「エ・・エギル議員。ミ・・・ミネルバが・・」それだけ言って絶句している。
    「<ミネルバ>がどうした?」
    カップにコーヒーを注ぎ終わり、エギルが振り向いた。
    すると、そこには、窓一杯に<ミネルバ>の姿が広がっていた。こともあろうに、<ミネルバ>が、管制塔に向かって、突っ込んでくるのだ。
    「おお!」びっくり仰天したエギルがコーヒーをこぼした。「あっちっち」

    あわや衝突という瞬間、すんでのところで<ミネルバ>がその切っ先をかわして、身をひねった。
    そして、悠々と飛び去っていく。
    その様子に管制室にいた全員が脱力した。
    エギルは、思い出したように自分のスーツをみた。
    胸一面に、コーヒーのシミが広がっていた。
    「くっそう!俺の一張羅が!」
    エギルが悪態をついた。


    その夜、満点のスコアをたたき出した、ジョウ達は、<ミネルバ>の食堂で祝杯を挙げていた。
    夕食は、アルフィンが腕を振るった。
    皆疲れているから、外で食事をしようとジョウが提案したのだが、アルフィンは自分が作ると譲らなかった。
    今日の競技の時、アルフィンは役に立てなかったのを気にしていたのだ。
    だから、せめて、夕食はおいしいものを作って、みんなの労をねぎらいたい、そんな気持ちだった。

    浮かれ気分で、食事が進む中、船内スピーカーからドンゴの声が響いた。
    「ジョウに通信です。キャハ」
    「わかった、今行く」
    三人を食堂に残し、ジョウはブリッジに向かった。
    ジョウの姿をみたドンゴが言った。
    「通信は、バードからです。キャハ」
    「バードから?」
    ジョウの表情に緊張が走った。

    「よお、ジョウ。聞いたぞ。満点のスコアをだったらしいな」
    通信スクリーンの向こうで、バードが満面の笑みを浮かべた。
    「ああ・・・そんなことより、用件を聞こう」
    「おっと、そうだったな。実は、ロルフの潜伏先がわかった」
    「ロルフの?」ジョウが大きく目を見開いた。
    「そうだ。これから、奴の身柄を拘束しにいく」
    そう言って、バードがにやりと笑った。
    「そうか、気をつけろよ、バード」
    「ああ。何か動きがあったら、また連絡する」
    「そうしてくれ」
    通信が終わって、スクリーンがブラックアウトした。

    ロルフの身柄が押えられれば、親父とエギルへの嫌がらせはなくなるはずだ。
    しかし、ジョウの気持ちは晴れない。何か、引っかかるものがある。
    ジョウがそれまでの事を整理しようと、目を閉じ、考え始めた。
    だが、それはリッキーの登場で破られた。
    「もう、兄貴がいなきゃ、つまんないよ。ほら、早くー」
    ジョウの腕をとって、引っ張った。
    「わかった。わかった」
    ジョウは席を立って、リッキーと一緒に食堂へ向かった。

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■1102 / inTopicNo.26)  Re[25]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/03(Sat) 21:44:17)
    クラッシャー技能競技会5日目。射撃の最終日。
    射撃の会場は、競技会初日の爆発物解体が行われたのと同じ、アラミス・スタジアムだ。
    この会場に入れなかった者は、評議会ビルの特設会場に、大型スクリーンがもうけられているので、そこでも競技を鑑賞できる。
    射撃の部は、観客の安全のため、バリヤー発生装置が用意されていて、客席を覆う仕組みになっている。

    通常の部は、地上での射撃だ。だが、特Aクラスになると、難易度が上がる。
    背中にハンドジェットを背負っての、空中戦だ。
    その際、ラビットと呼ばれる射撃の的が打ち上げられる。丸い形をしており、自動推進装置が組み込まれているので、自由自在に空中を飛びまわる。
    大きさは、人間のこぶし大だ。
    ジョウのチームは、ジョウ自身とタロスが出場する。

    ジョウの出場番号は189番。タロスは190番。
    選手控え室で、ジョウとタロスに、声を掛けてから、アルフィンとリッキーは、競技を鑑賞するため、席を探し始めた。
    だが、すでに満席で、なかなか空きが見当たらない。
    二人で、きょろきょろしていると、上方から声がした。
    「アルフィン。リッキー!」
    見上げると、アベルが手を振っている。
    「アベルだわ。行きましょう、リッキー」
    アルフィンとリッキーは階段を上って、スタジアムの一番上の段まで、やってきた。

    「マーカスとジャンが来れなくなったので、丁度二人分あいてるんです」
    アベルが、自分の隣の席を指差した。通路から三つ並んでいる。
    「わあー、助かるよ。ぜんぜん、あいてなくってさー」
    嬉しそうにリッキーが言った。
    「すみません、アベル」
    「いいんですよアルフィン。さあ、すぐにジョウの競技が始まりますよ」
    二人は慌てて、席に座った。
    通路側にアベル。その隣にアルフィン、リッキーの順で座った。

    アナウンスが、次の競技者はジョウだ!と、コールすると、会場から割れんばかりの声援が起こった。
    フィールドにジョウが出てきた。手には、愛用の無反動ライフルを持っている。
    そして、背中のハンドジェットを点火し、空中高く舞い上がった。
    間髪をおかず、ラビットが発射された。大会規定で、一人50匹と決まっている。
    一定の高度で、ラビットがぶんぶんと、飛びまわりだした。

    ジョウは、照準を定めると、次々にラビットを撃ち落とす。
    赤い火の玉が、夕暮れの空に浮かびあがった。
    ラビットの一群が、急降下した。すかさず、ジョウがその後を追う。
    二連射で、5匹のラビットが砕け散った。
    正確かつ冷静な射撃に、観客から感嘆の声があがった。
    そして、最後のラビットを打ち落とすと、客席から大歓声が上がった。
    ジョウはゆっくりと、下降して地面に着いた。
    客席に向かって、右手を上げた。
    観客は、スタンディングオベーションでこれに答えた。

    拍手をしながら、アベルが言った。
    「さすがジョウですね。クリアした時間も、トップだし。ミスがまったくなかった」
    「あったぼーさ!なんてったって、おいら達のリームリーダーだぜ!」
    自慢げにリッキーが胸をそらした。
    その様子を、楽しそうにアベルは見つめた。
    そして、アルフィンも瞳をきらきら輝かせて、拍手をしている。
    アルフィンの耳元で、アベルがそっと囁いた。
    「ジョウは、あなたのヒーローなんですね・・」
    驚いて、アルフィンはアベルを見たが、素知らぬ顔でアベルは正面を向いている。

    観客が落ち着くと、タロスがフィールドへ現われた。
    ハンドジェトを操り、タロスの体が浮きあがった。
    さすが、クラッシャー暦40年。ジョウに引けを取らぬ、腕前で、次々にラビットがしとめていく。
    タロスから逃げようと、右手に集中していたラビットに狙いを定めたその時、それが起こった。

    タロスの背から、ハンドジェットの炎がふっと消えたのだ。
    一瞬、観客は何が起こったのかわからなかった。
    だが、次の瞬間、タロスの体が地面めがけて、落下した。
    客席から、悲鳴が上がった。
    鈍い音をたてて、タロスが地面に叩きつけられた。
    「タロス!!」
    アルフィンとリッキーが大声で叫んだ。
    ジョウと大会役員が、フィールドに飛び出してきた。

    観客が総立ちになった。
    アルフィンとリッキーは、真っ青になって席を立ち、階段を駆け下りようと通路に向かった。
    その時、すっと手が伸びた。まさに、階段を降りようと足を前に出した瞬間、その手がリッキーの背を押した。
    「わっ」
    バランスを崩して、リッキーが急な階段を転げ落ちた。
    「リッキー!」
    アルフィンが金切り声を上げた。
    急いで、階段を駆け下りた。
    倒れているリッキーのそばに膝まずいて、リッキーの体を抱き起こした。
    「しっかりして、リッキー!!」
    リッキーの顔が鮮血で染まっている。
    「リッキーーー!!」

    フィールドの事故と会場での事故に、アラミス・スタジアムは騒然となった。

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■1103 / inTopicNo.27)  Re[26]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/03(Sat) 21:49:59)
    タロスとリッキーは、市内の病院に搬送された。
    二人は緊急に手術をうけるため、手術室に入ってすでに1時間は、たっている。
    病院の手術室前にアルフィンがいた。
    心細い顔をして、一人で椅子に座っている。
    「どうしてこんなことに・・・」
    アルフィンは泣きはらしたのか、目が真っかだ。
    ジョウは、事故の現場検証の為、会場に残っていて、まだ病院には来ていない。
    ああ・・早く来てジョウ!アルフィンが両手をぎゅっと握った。

    「アルフィン!」
    不意に名前を呼ばれ、アルフィンが顔を上げた。
    そこにはアベルが立っていた。
    「大丈夫ですか?ジョウはまだ来れないから、心配で来てみたんです」
    「ああ、アベル」
    知り合いの顔を見て気が緩んだのか、アルフィンの目から涙がこぼれた。

    アベルは、アルフィンの隣に腰をおろした。
    「泣かないで。タロスとリッキーは大丈夫。彼らはクラッシャーなんですよ。あなたが考えてるより、ずっと頑丈なんですから」
    そう言って、優しくアベルが微笑んだ。
    アルフィンは、両手で顔を覆って激しく泣き出した。アベルの言葉に、張り詰めていた緊張の糸が切れたのだ。
    アベルは、そっとアルフィンの肩を抱き寄せた。
    「一人で、不安だったんですね・・・」

    エレベータを降り、足早に手術室にやったきたジョウの足が止まった。
    目の前で、アベルがアルフィンの肩を抱いている。
    仲間の負傷にショックをうけたアルフィンを、アベルが慰めている。そう、頭では理解した。
    だが、胸の中で沸き起こる何かが、ジョウの感情を支配した。
    「遅れてすまない」硬い声で、ジョウが言った。

    アルフィンとアベルが、ジョウに顔を向けた。
    「ジョウ!」
    ぱっと、アルフィンが立ち上がってジョウの側にやってきた。
    ずっと泣いていたのだろう、泣きはらした目をしている。
    慰めてやらなくては・・・だが、ジョウの口からでたのは、正反対の言葉だった。
    「しっかりしろ、アルフィン」
    口調も、いつになく厳しい。
    「・・・はい・・・ごめんなさい・・・」
    消え入りそうな声で、アルフィンが答えた。
    ジョウの言葉に、アルフィンは自分を恥じた。
    怪我をしたのは、タロスとリッキーで、自分ではない。
    おろおろしているだけでは、ジョウの足手まといになってしまう・・・。
    そう思ったら、また大粒の涙が流れた。
    「これを使って下さい」
    アベルがハンカチを差し出した。
    「ありがとうございます・・・」
    アルフィンは、礼を言って受け取り、そっと涙をぬぐった。
    しかし、そんなアベルの気遣いは、よけいジョウの癇に障る。

    「アベル。心配してくれる、気持ちは嬉しいが、ここは俺たちだけで、大丈夫だ」
    暗に、立ち去れということだ。
    アベルは、気を悪くした様子もなく、ジョウとアルフィンに別れをつげ、その場を立ち去った。
    だが、このジョウの態度に、アルフィンは憤慨した。
    「今のは、ちょっと酷いんじゃないですか?アベルは、心配して来てくれたのに」
    それには、ジョウは何も答えない。
    さっきまで、アルフィンが座っていた椅子に、どしんと腰を下ろすと、腕を組んで、堅く目を閉じた。
    アルフィンも、少し距離をとって腰を下ろした。
    ジョウとアルフィンの間は、ほんの30センチ。だが、二人の心の距離は、今とても遠い・・・アルフィンは、そう感じた。

    しばらしくて、手術中を示す赤い文字の点灯が消えた。
    ストレッチャーに乗せられた、タロスとリッキーが出てきた。
    その後ろから、ドクターらしき人物が現れた。
    「ああ。タロス、リッキー・・・」
    アルフィンが、二人のストレッチャーに取りすがった。
    「先生。二人の容態はどうなんです」ジョウが訊いた。

    「タロスさんは、頭部裂傷に右手首骨折。それと、全身打撲ですね。リッキーさんも、頭部裂傷に鼻骨骨折。肋骨にひびがはいってました。まあ、事故の
    様子からして、怪我の程度が軽いですね。さすが、鍛えられたクラッシャーですな」
    感心したように、ドクターが言った。
    「ありがとうございました」ジョウとアルフィンが声をそろえて言った。

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■1104 / inTopicNo.28)  Re[27]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/03(Sat) 21:57:35)
    タロスとリッキーは、同じ部屋に入院となった。
    二人とも麻酔が効いているので、まだ目を覚ましていない。
    病室の小さなソファーに、ジョウとアルフィンは座っていた。だが、二人とも堅く口を閉じたままだ。

    ドアが叩かれ、一人の女性が入ってきた。ルーだった。
    「どう、タロスとリッキーの様子は?」
    ダーナとベスも、この病院に入院しているのだ。
    「手術が終わって、今は寝てる。命に別状は無い」そっけない声で、ジョウが言った。
    「そう・・・」
    ルーがちらりと、アルフィンを見た。
    「悪いんだけど、ジョウに話があるの。席を外してもらえる?」
    「え?」
    ルーの言葉に、ジョウはぴんと来た。脅迫状の件に違いない。
    「二人には、俺が付き添うから、アルフィンは帰って休んでくれ」
    その言葉に、アルフィンは傷ついた。私だって、チームメイトなのに・・・。
    「・・・わかりました。あと、よろしくお願いします」
    そう言って、アルフィンは部屋を後にした。
    廊下を歩くアルフィンの足は、いつの間にか、早足となった。

    アルフィンが出て行ってから、ルーが口を開いた。
    「ダーナとベスの事故なんだけど、どうやら、エアカーに仕掛けがしてあったらしいの」
    「仕掛けが?」
    「ええ。まさか、お父様をねらっている奴の仕業かしら?」
    「可能性はあるな」ジョウが唇を噛んだ。
    「でも、地下駐車場の監視カメラの映像をみせてもらったけど、怪しい奴が近づく様子なんて映ってなかったのよ」
    「本当か?」ジョウが訊いた。
    「間違いないわ!」ルーが断言した。
    「すると・・・もっと、前から仕掛けてあったのかも知れんな」ジョウが顎に手を当てた。
    「でも、どうやって?」
    「それは、わからん」
    はっとしたように、ルーがジョウをみた。
    「・・・まさか、タロスとリッキーの件も?」
    「だとしたら、奴には大きなつけを払ってもらわないとな!」
    そう言って、ジョウは横たわるタロスとリッキーに目をやった。

    病室を出たアルフィンは、病院のエントランス付近をうろうろしていた。
    二人のことが気になって、病院を立ち去りがたかったのだ。
    かといって、病室に戻る勇気も無く、なんとなく病院に併設されている温室に足を向けた。

    と、その時、声を掛けられた。
    「アルフィン!」
    声の主はルーだった。
    「ルー!」
    二人はお互いを見つめあった。
    「ちょっと、話がしたいの。付き合ってくれる?」
    そう言うと、ルーがさっさと温室の方へ歩き出した。
    仕方なく、アルフィンはその後を付いていった。

    温室の中は、華やかな色をした花々が咲き乱れていた。
    その花達は、自身に満ち溢れたルーのようで、何だかアルフィンは落ち着かない。
    「んー。いいにおい」
    ルーは花に顔を近づけ、その香りを楽しんだ。
    「話って、なあに?」
    沈黙に耐え切れず、アルフィンが口を開いた。
    ルーは、視線をアルフィンに戻すと、ゆっくりと口を開いた。
    「アルフィン。あなた、記憶が無いんですって?」
    思わぬ言葉に、アルフィンの呼吸が止まった。なんで、この人が知ってるの?

    「どうして、そんなこと言うの?」冷静を装って、アルフィンが言った。
    「さっき、ジョウに聞いたのよ」
    そう言って、ルーが笑った。
    アルフィンは頭を殴られたような、ショックを受けた。
    ジョウが話した?自分を追い出した後、そんな話をしていたの?軽いめまいがした。
    「・・・そうですか。ジョウが話したんですか・・・」アルフィンの声が震えた。

    その言葉に、ルーは、内心ほくそえんだ。
    さっきのは、アルフィンに鎌を掛けたのだ。ジョウに訊いてみたが、はぐらかされていた。
    だが、自分の推理は間違っていなかった!
    ルーは、腕を組み胸をそらせた。
    「お姫様がクラッシャーをするのって、大変なんじゃないの?困ったことがあるなら、相談に乗るわよ」

    「ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」
    悔しさを押し殺して、アルフィンが言った。
    「でも・・・ジョウは大変ね」
    「え?」
    「だってそうでしょ?タロスもリッキーも怪我をして入院中。おまけに、あなたは記憶喪失。こんなに、お荷物が一杯で、ジョウがかわいそうだわ」
    そう言って、ルーがアルフィンを見た。
    お荷物!その言葉に、アルフィンの体が震えた。
    「あたし・・・用事があるので、失礼します」
    アルフィンは、逃げるようにその場を立ち去った。

    いつしか、夜になっていた。上空には、見事な丸い月が浮かんでいる。
    アルフィンは、大通りを歩いていた。青い瞳からは、大粒の涙が流れている。
    そんなアルフィンを、道ゆく人たちが驚いてみたが、気にしなかった。
    お荷物・・・ルーの言うとおりだと思った。
    あたしは、なんの役にもたたない。競技会だって、ただシートに座っていただけ。
    これが、記憶を失う前のクラッシャーアルフィンだったら、そんな無様なことはしなかったはずだ。
    そう思うと、余計に記憶がないのが、口惜しい。
    くやしくて・・・惨めで、アルフィンの涙は止まらない。
    月明かりの中、アルフィンは、いつまでも歩き続けた。

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■1105 / inTopicNo.29)  Re[28]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/04(Sun) 22:59:56)
    第五章  アラミスタワー崩壊


    競技会最終日。大勢のクラッシャー達が、評議会ビルの会場に集まっていた。
    10時から表彰式を兼ねた閉会式が開催される。
    そして、12時で閉会。その後、パーティとなる。

    ジョウは、評議会ビルを目指して、市内のメインストリートを歩いていた。
    昨日は病院に泊り込んだのだ。
    病院から評議会ビルまでは、およそ4キロ。タクシーは利用しなかった。気分転換したかったのだ。
    昨日、病院で、アルフィンと気まずい別れ方をした。ジョウはその事を気に病んでいた。
    左腕の通信機を睨んだ。
    アルフィンを呼び出そうと思うのだが、何故かそれが出来ない。

    そうこうしているうちに、評議会ビルが近づいてきた。
    その時、ジョウの左手首で、通信機の呼び出し音が鳴った。
    「アルフィンか?」早口で、ジョウが言った。
    一拍おいて、相手が答えた。
    「・・・すまんな、アルフィンじゃなくて」
    バードだった。
    ジョウは思わず、顔を赤らめた。
    「何の用だ?」照れ隠しに、思わず大きな声になった。
    「ロルフの身柄を拘束した」
    「そうか・・・で、バードは今どこだ?」
    「<ドラクーン>にいる。もうすぐ、アラミスだ。着いたら、そっちにむかう」
    なんだか、バードの声が緊迫している。
    「何か、あったのか?」
    「大変なことがわかった、実は・・」
    ジョウが、評議会ビルのエントランスをくぐった。
    突然、ノイズが走り、通信が途切れた。
    「バード?」
    再度、通信してみたが、繋がらなかった。
    諦めて、エレベーターに向かって歩き出した。
    「ジョウ!」突然、背後から声を掛けられた。

    通信が途切れて、バードはあせった。
    「評議会本部に連絡を入れろ!」バードが、部下に怒鳴った。
    「だめです。何度やっても応答しません」
    通信士のクマリが報告した。
    「ちっ!」バードが舌打ちした。
    通信が切れてしまったので、ジョウに大切な事を伝えていない。
    バードは、逃走中のロルフの身柄を拘束した。
    そして、バードの尋問に対し、奴はとんでもないことを、吐いたのだ。
    自分は、ロルフ・フリードでは無いと。
    3年前に、戸籍をある人物に売って、入れ替わったのだと。
    バードの目の前に、惑星アラミスが広がった。
    「間に合ってくれよ!」
    心の中で、そうバードは願った。


    ダンは、評議会ビル最上階にある自分の部屋で、閉会式が始まるのを待っていた。
    窓からは、天高くそびえる、アラミスタワーが見えた。
    ダンは、一通の手紙を読んでいた。それは、2、3日前に着いていたのだが、忙しくて開封するのを忘れていたのだ。
    差出人は、彼の知っている男からだった。
    封筒には、短い手紙と一枚の紙切れが入っていた。

    コンコン。ノックと同時に、ドアが開き、エギルが入ってきた。
    さっと、ダンが胸ポケットにそれをしまった。
    「なんだ、用って?」
    そう言うと、エギルはソファに腰を下ろした。
    「なんのことだ?」ダンが訊いた。
    「お前が、閉会式の前に大事な話があるって、伝言をもらったんだぞ」
    呆れたように、エギルが言った。
    「そんな伝言頼んだ、覚えはないぞ」
    二人が不審そうに顔を見合わせたとき、ドアが開いて、男が入ってきた。

    「お二人とも、お揃いですね」
    微笑む姿は、まるでファッションモデルのようだ。
    「アベル・・・おまえさん、何でここに?」驚いたように、エギルが言った。

    「・・・君が、この席をセッティングしたのかね?」
    ダンがアベルを見た。
    「ええ。その通りです。エギル議員には、僕があなたの名を騙ってここへきてもらったんです」
    悠然と答えると、アベルは窓際に立って、窓の外を眺めだした。

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■1106 / inTopicNo.30)  Re[29]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/04(Sun) 23:03:33)
    「どういうことだ?俺には、さっぱりわけがわからん」エギルが首を振った。
    「簡単なことですよ。お二人と、少々昔話がしたくなりましてね」
    窓を背に、アベルがダンとエギルに顔を向けた。
    「昔話?」
    「ええ・・・昔の出来事をね」アベルが薄く笑った。

    「昔っていっても、おまえと俺達は、ついこの間会ったばかりだぞ」
    「そうです、エギル議員。僕とあなた達は、つい最近会ったばかりです。でも、僕の父のことは、多分、昔からご存知だと思いますよ」
    「あんたの父親ねー・・・」エギルが天を仰いだ。
    「さあ、思い出してください。あなた方が、脚光を浴び、英雄だと褒め称えられた事件を」
    「なんだ、そいつは?そんなの、覚えが・・・」と、言いかけ、エギルがはっと息を呑んだ。
    一つだけある!そう、記憶の奥底に何十にも蓋をしたはずの、苦い思い出が顔を覗かせた。

    「おや・・・さっきのヒントで、思い出していただけましたか?」
    からかうようにアベルが言った。
    「まさか・・・おまえさん・・・」
    エギルの言葉を遮って、アベルが言った。
    「さあ、僕の正体よりも、閉会式の会場がどうなっているか、見てみましょう」
    アベルは、胸ポケットから、携帯用パソコンを取り出し、何やら操作を始めた。
    すると、ダンの部屋の壁に設置されているスクリーンのスイッチが勝手に入り、閉会式会場の様子を映し出した。

    「こりゃあ、どうしたことだ!」
    エギルがびっくりして言った。
    「さて、ここに集まっている人たちは、そのままこの会場に待機してもらいましょう。そして、職員の人達もね」
    そう言って、アベルがキーを叩いた。
    「どういうことかね?」ダンが訊いた。
    「このビルのセキュリティーシステムを作動させ、それぞれの部屋を施錠しました。このビルの中で、自由に出入りはできるのは、この部屋一箇所のみに
    したんです」

    「馬鹿言うな。そんなことできるはずが」呆れたように、エギルが言った。
    「それが出来るんですよ。このビル並びに、クラッシャー評議会のシステムは僕が完全に制圧しました。今や、僕がここの支配者です」
    瞳を輝かせながら、アベルが言った。
    「いい加減にしろ!」アベルの法螺に腹を立てたエギルが、勢いよく席を立った。

    「おっと、座っていてください。僕を怒らせると、たちどころに、このビルが吹っ飛びますよ!」
    「・・・・・」
    エギルが胡散臭そうに、アベルを見た。
    「おや・・・嘘だと思うんですか?もう、すでにショーは始まっているんですよ。そう、あなたの大切な家族が乗ったエアカーを簡単に激突させたように、
    このビルを爆破したら、信じて頂けますか?」
    その言葉に、エギルの顔が真っ赤になった。
    「まさか、あの事故は・・・」
    「ええ。僕がやったんです。ちょっとした、余興でしたが、お楽しみいただけましたか?」
    「きさまー!!」
    アベルに飛び掛ろうとしたエギルを、ダンが押しとどめた。
    「離せダン。こいつは、うちのかわいい娘達を!」
    「落ち着け、エギル!まずは、彼の話を聞こうじゃないか」
    ダンの目が、エギルに訴えかけた。冷静になれと。
    「さすが、議長。話がわかるらしい」
    「くそーーー!!」
    眉間に青筋を立てたまま、エギルはソファに腰を下ろした。

    「で、君はどうしたいんだね?」ダンが訊いた。
    「あなたは、どう思われますか?」楽しそうに、アベルが切り返した。
    「そうか!あの手紙の差出人は、お前か!」突然、エギルが叫んだ。
    「ようやくわかりましたか?」
    鈍くて困るといわんばかりの顔で、アベルが言った。
    「では、君の狙いは、我々二人の命だろう。ならば、他の関係のない者達には、手を出さないで欲しい」
    ダンの言葉に、アベルがぷっと吹き出した。
    「何が可笑しいんだ?」赤い顔したエギルが睨みつけた。

    「ああ、すみません。あなた方二人の命のために、こんな馬鹿げたことはしませんよ」
    「じゃあ、嫌がらせだっていうのか!」
    「まあ、待ってください、エギル。種明かしには、あと二人ゲストが来ないと」
    そう言って、アベルは腕時計を見た。

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■1107 / inTopicNo.31)  Re[30]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/04(Sun) 23:07:48)
    アラミスタワーの最上階。ガラス張りの展望台にアルフィンはいた。
    アラミスタワーは、全長1300メートル。展望台は、1000メートルの所に、四層構造となって設けられている。
    アルフィンは、その四層構造の一番上の特別展望台から、市内を見下ろしていた。
    正面に、八角形の形をしたタワーが見えた。
    「あそこが、評議会ビル・・・」アルフィンが呟いた。
    昨日、病院でジョウとギクシャクしていたアルフィンは、今日の閉会式を欠席したのだ。
    最初、タロスとリッキーを見舞うため、病院に行こうかとも思ったが止めた。
    きっと、ジョウと上手くいってないのを悟られてしまう・・・。

    評議会ビルの前で、所在なく立ちすくんでいたアルフィンに、アベルが声を掛けてきた。
    いっそのこと、閉会式は止めて、アラミスタワー見物に行きましょうと。
    渡りに船で、アルフィンはすぐさま同意した。
    だが、待ち合わせ時間は、とっくに過ぎているのに、まだアベルが来ない。
    「遅いわ・・」
    アルフィンは、腕時計をみた。

    今頃、ジョウは何をしているんだろう・・・。
    まさか、またあの人と!嫌な考えが浮かんで、アルフィンはかぶりを振った。
    その時、なんの前触れもなく、アラミスタワーが大きく振動した。アルフィンは思わず、近くの手すりにしがみついた。
    「な・・・何?」アルフィンがあたりを見回すと、窓の外、左手方向から、黒煙が見えた。
    火災?
    とっさに非難しようと、エレベーターの所に行った。だが、ボタンを押しても、なんの反応もしない。
    「どういうこと、故障?・・・そうだわ、下に降りる階段があったわ!」
    アルフィンはすぐさま走って、展望台の中にある、非常階段の所に行った。通常開け放たれている扉が、何故か扉が閉まっていた。
    扉を開けようとしたが、それは堅く施錠されていて開けることが出来ない。

    一瞬頭が白くなった。が、すぐに打開策が浮かんだ。
    「そうよ。通信機!」
    アルフィンは、左腕の通信機でジョウを呼び出した。
    が、電波が乱れているのか、ノイズがきこえるだけで、繋がらない。
    何なの、これ?・・・・アラミスタワーに閉じ込められた?
    そう思い当たったとき、アルフィンの背中に嫌な汗が流れた。

    次の瞬間、近くで爆発が起こって、アルフィンが吹き飛ばされた。


    コンコン。誰かが、ダンの部屋をノックした。
    ドアが開いて、ジョウとルーが顔を出した。
    「ジョウ。ルー!」エギルの目が大きく見開かれた。
    「閉会式前の忙しいときに、あたし達を呼び出して、どういうこと?」
    ジョウとルーが不審そうに、部屋を眺めた。

    「まあ、お掛けください」
    アベルが、二人にソファを指さした。
    しかし、ジョウとルーの二人は立ったままだ。
    「これは、どういうことだ?」ジョウが訊いた。
    それには答えず、アベルが言った。
    「さて、これで役者が揃いましたね・・・見てください。今日は、快晴。ほら、アラミスタワーからの眺めは、さぞ素晴らしいでしょうね」
    アベルは、窓から見えるアラミスタワーを、ちょんと突いた。

    「そんなことは、どうでもいい。一体これは、なんなんだアベル?」いらいらした様子でジョウが言った。
    「あなた方と、昔話をしたいんです」
    「昔話?」
    「ええ。昔、昔、銀河に散った大きな船の話をね」
    まるで御伽噺をするように、アベルが言った。
    だが、その言葉にジョウの表情がこわばった。
    「まさか・・・」
    「何?船って?」訳がわからず、ルーがジョウに訊いた。

    「豪華客船<オルフェウス>号のことだ」ダンが言った。
    「!」ダンの言葉に、ルーも全てを悟った。
    「皆さん、覚えていてくださったんですね。親父も喜びます」アベルがにっこり笑った。
    「さあ、メンバーが揃ったんなら、お前の要求を言え!」叫ぶように、エギルが言った。

    「まあ、落ち着いてください・・・僕があなた達に会うために、9年の月日がかかりました。それに比べたら、少し待つ位どうってことないでしょう?」
    アベルが窓に視線を移した。
    窓辺にたって背を向けているアベルに、ルーがじりじりと近づいた。
    「変な動きはしないでください、ルー。僕の奥歯には、起爆装置が貼り付けてあります」
    その言葉に、ルーの動きが止まった。
    「だから、ちょっとでも僕に危害を加えると・・・・あの、閉会式会場の皆さんが吹っ飛びますよ」
    スクリーンに映っている大勢のクラッシャーを指さした。
    会場にいるクラッシャー達も、異常に気づき、騒ぎ出している様子だ。

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■1108 / inTopicNo.32)  Re[31]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/04(Sun) 23:11:46)
    「こんなことをして、逃げられると思ってるのか?」怒りをあらわにして、ジョウが言った。
    「僕のことなんて、どうでもいいでしょう、ジョウ」
    振り向くと、アベルはまっすぐにジョウを見た。
    「クラッシャージョウ。ランクは特A。クラッシャーの中でも、超一流。そんな、立派な息子は、さぞご自慢なんでしょうね、議長」
    ちらりと、アベルがダンを見た。
    「おい、ぐだぐだ言ってないで、目的を言え。俺たちの命が欲しいんじゃないなら、何がお前の望みなんだ!」
    痺れをきらして、エギルが言った。

    「・・・望み。それは、たった一つだけ・・・あなた方に僕と同じ人生をプレゼントしてあげたいんですよ」
    「どういうことだ?」ジョウが訊いた。
    「愛する者が、突然いなくなる虚ろな人生・・・まあ、エギル、あなたの娘の命は奪えませんでしたけどね」

    「あんたが、あの事故を仕組んだの!」ルーが叫んだ。
    「そう。本来なら、あなたも病院にいるはずなのに・・・まったく悪運の強い人だ」アベルが、くすくす笑った。
    ルーの体が震えた。今すぐ、目の前の男の首をへし折ってやりたいのを、懸命にこらえている。

    「タロスのハンドジェットとリッキーの件もお前か!」
    「そうですよ、ジョウ」
    「どうして、俺を狙わない。あいつらは関係ないだろう!」ジョウが吼えた。
    「あの二人は、たんなる目くらましですよ。言ったでしょう、愛する者が、いなくなる虚な人生をプレゼントするって、まだわからないんですか?」
    アベルがジョウの目を覗き込んだ。

    その意味を悟って、ジョウの顔から血の気が引いた。
    「まさか・・・」
    「やっと気がつきましたか。あなたの大切な人は、僕があるところに招待しています」
    ジョウの様子に、アベルの顔に満足そうな表情が浮かんだ。
    「なんだ、どうしたんだ」エギルがわめいた。

    「今頃、アラミスタワーからの眺めを楽しんでいますよ。あそこのシステムも僕の思いのままなので、彼女のために、今日は貸切にしてます」
    ジョウがアベルに掴みかかった。
    「アベル!!」
    その時、ドーンと言う爆発音がした。窓の外を見ると、アラミスタワーから黒い煙が立ち昇るのが見えた。
    「やめろ、アルフィンに手を出すな!!」必死の形相でジョウが叫んだ。

    「あなたの父親ダンは、僕の父を見殺しにし、あまつさえ英雄と称えられた」
    暗い瞳で、アベルが言った。二人は、火花を散らして、にらみ合った。
    しかし、アベルは、すぐに笑顔を取り戻した。
    「・・・あなたにチャンスをあげましょう、ジョウ」
    「どういうことだ?」
    「あなたはこれから、アラミスタワーに向かって、アルフィンを救助するんですよ。もし、それが出来たらな、このビルに仕掛けた爆弾は作動させません」
    「・・・本当だな?」
    「ええ、約束しましょう。ただし、急がないと、アラミスタワーはあと1時間の命。要所要所に仕掛けた爆弾で、1時間後には、瓦礫の山となりますよ。
    それと、ルー。あなたも、お手伝いしてあげてください」
    ルーは、無言でアベルを睨むと、ジョウと一緒に駆け出した。

    二人が出て行くと、エギルが口を開いた。
    「はん。お前さんの、復讐とはこんなもんかい?ジョウとルーが救助に行くんだ。助かるに決まってる」
    「僕は、そんなにお人よしじゃあ、ありませんよ」
    「なにい?」
    「アルフィンは助かりません」
    アベルが断言した。
    「さっきの爆発で、エレベーターはストップしました。そのあと、次々に、退避ルートが爆発でふさがれます。まあ、奇跡でも起きなければ、彼女は生きて
    帰れないでしょうね」

    「では、何故、二人を救助に向かわせた」ダンが言った。
    「絶望をあじわってもらうためですよ、ダン」
    アベルがダンの目をまっすぐみた。
    「父親のせいで、ジョウは愛する人を目の前で失います。そうしたら、ジョウはどうするでしょうね?あなたを、父親として愛することはできなくなるでしょう」
    「・・・・・・・」
    「僕の望みはだたひとつ。これからの人生を憎しみと後悔で埋め尽くして欲しいんですよ」
    そう言って、楽しそうにアベルが笑いだした。
    その様子に、ダンとエギルは、アベルの心の闇をみた。
    「それほど、俺たちが憎いのか?」ぽつりと、エギルが言った。
    「憎い?そうですね。憎いんでしょうね・・・・・あの時、あなた達は、自分達可愛さに<オルフェウス>号を見限って逃げ出した。大勢の乗客を見捨ててね」
    さげすむように、アベルが言った。

    「それは、違うぞ。アベル!」
    「へー、何が違うんですか、エギル?」
    「俺もダンも、あの時大きな怪我を負った・・・これを見ろ」

    エギルが上着を脱いで、左腕の袖をたくし上げた。それは、義手だった。
    「あの事故でおれは、左腕を失った。そして、ダンは右足をなくして、今はロボット義肢だ。大きな事故だったんだよ。あんたが思ってるよりも。
    あれ、以上・・・どうにもならなかったんだ・・・」
    苦虫を噛み潰したように、エギルが言った。

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■1109 / inTopicNo.33)  Re[32]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/04(Sun) 23:13:58)
    「でも、あなた方は生きている。それも、英雄としてね」ぴしゃりと、アベルが跳ねつけた。
    「すまなかった」
    突然、ダンが謝罪を口にした。
    「おい、ダン!」
    エギルが咎めるように、ダンを見た。
    「我々は、怪我を負ったため、マスコミの報道を訂正するのに時間がかかったんだ。そのせいで、君を辛い目にあわせた」
    ダンはアベルを見つめた。その眼差しは、父を失い悲観にくれる少年にむける、それである。
    「うるさーい!」アベルが大声で叫んだ。
    「なんだ、その哀れみの目は!俺がほしいのは同情じゃない!俺の前にはいつくばって、許しを請うお前たちの姿だ!」
    興奮したように、アベルが肩で息をした。
    「・・・かわいそうな奴だ・・」ぽつりと、ダンが言った。
    「なにぃ!」アベルが憎悪に満ちた目で、ダンを睨んだ。
    「君のお父さんは立派な船乗りだった。その息子がこんな愚かだったとは・・・」
    「愚かだったらどうだって言うんだ」
    「こうだ」
    つかつかとダンがアベルに近づいた。そして、アベルの頬を叩いた。

    アベルの頬が真っ赤になった。
    「君の父上にかわって、今やるべきことをやっただけだ」
    「・・・きっさまー」
    目をぎらつかせ、アベルがダンの胸元を掴んだ。
    その時、ダンの胸ポケットから、一枚の紙切れが床に落ちた。
    ふと、アベルの視界にそれが入って、思わず、拾い上げた。
    「こ・・これは・・・」
    まるで雷に打たれたように、アベルの体に衝撃が走った。
    「何故だ・・・何故あんたがこれを持っているんだ・・・」
    食い入るように、アベルがダンを見つめた。


    エアカーを猛スピードで運転して、ジョウとルーの二人は、アラミスタワーまでやってきた。
    すでに、大勢の野次馬がタワーを見上げている。
    そのとき、二度目の爆発音がした。今度は、タワー中腹付近からだ。
    頭上から、雨のようにガラスの破片がふってきた。野次馬達が悲鳴を上げながら、その場を逃げ出した。

    タワーに近づこうと、人ごみを掻き分け、ジョウとルーが前に進むと、消化活動に当っている消防士に行く手を遮られた。
    「駄目です。ここから先は、立ち入り禁止です」
    「離してくれ!中に人がいるんだ!」
    ジョウが怒鳴った。
    「人が?」消防士が驚きの表情をうかべた。
    「しかし、今日は、一斉点検の日で、中に人がいるはずはありません!」消防士が言った。
    やられた!何もかも、最初から仕組まれていたんだ。
    ジョウは、心の中でアベルを呪った。
    「状況はどうなってるの!」ルーが訊いた。
    「現在、一発目の爆弾のせいで、アラミスタワーのエレベーター機能がストップしてます。そして、さっきの二発めで、展望台への非常階段ルートがたたれ
    ました」
    「くっそう!」ジョウが拳を握りしめ、アラミスタワーをみあげた。

    「ちょっと、ジョウ」
    ルーがジョウを引っ張り、エアカーの所まで戻ってきた。
    「これを使って」
    ルーが、後部座席から、ハンンドジェットを差し出した。
    すぐさま、ジョウがハンドジェットを装着した。
    「あたしは評議会ビルに戻って、みんなの救助に向かうわ」
    「頼んだぞ」
    エアカーに乗り込みながら、ルーが言った。
    「ちゃんと、お姫様を助けてきてよ!」
    ジョウは、無言でうなずくと、ハンドジェットを点火させ、大空に向かって、飛び立った。


    「う・・・」頭を押えながら、よろよろとアルフィンが起き上がった。
    耳ががんがんする・・・
    非常階段の扉の前には、大きな瓦礫の山が出来ていた。
    これでは、逃げ出すことも出来ない・・・
    体の力が抜けて、アルフィンが床にへたりこんだ。

    その時、左腕の通信機から音声が流れだした。
    「・・フィン!・・・・きこ・・・・か。こ・・・・ジョウだ」
    途切れ途切れだが、通信機からジョウの声がした。
    「ジョウ!!」アルフィンが通信機に向かって、大声でジョウの名を呼んだ。
    助けに来てくれたんだ・・・
    アルフィンの目から涙が零れ落ちた。慌てて、アルフィンは涙をぬぐった。

    「今ど・・・いる・・だ」
    しかし、音声の状態はあまり良くない。
    「最上階の特別展望台です。爆弾が爆発して、非常階段がふさがれました」
    「わかった・・・・し・・待って・・・・くれ」
    通信が切れた。
    アルフィンは、胸の前で通信機を握り締めた。

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■1110 / inTopicNo.34)  Re[33]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/05(Mon) 10:27:27)
    アベルは、愕然とした表情でダンを凝視している。
    「これは、ティムが私に送ってきたものだ。自分は受け取れないとな」ダンが言った。
    アベルが手にしていたのは、一枚の小切手。
    自分に送金し続けてくれた、ティムに渡した小切手だ。間違いない。自分のサインも入っている。

    「どういうことだ!」
    アベルは混乱した。何故、ティムに渡したものを、この男が持っているんだ?
    「わからないのか。ダンは、モーガンの息子にずっと送金していたんだ」
    エギルの言葉に、アベルが真っ青になって、震え出した。
    「ば・・馬鹿な・・・そんな、馬鹿な!」
    自分をずっと支え続けていたのが、父の部下のティムじゃなかっただと?
    憎んで、憎んで・・・9年分の恨みを晴らそうという相手が、俺を支えていただと?
    まるで殴られたように、頭がガンガンする。アベルが頭を抑えた。
    「アベル・・・いや、ロルフ。馬鹿な真似はやめて、罪を償うんだ!」
    「うるさーい!!」
    目を血走らせたロルフが、パソコンのキーを叩いた。

    「なにしやがった!」
    「・・・今、評議会ビル爆破プログラムを作動させた」
    抑揚の無い声で、ロルフが言った。
    「なんだと!」エギルの顔が真っ青になった。

    「これは、使いたくなかったんですがね・・・閉会式の12時にあわせて、このビルは爆発します。もう、誰にも止められませんよ」
    ダンとエギルが壁の時計を見た。
    時刻は11時50分。
    「止めろ!今すぐ止めろーー!」
    エギルが、ロルフの胸元をぐっと掴んだ。
    「無駄ですよ・・・このビルのホストコンピュータと連動してますからね・・・誰にも、止められません」
    虚ろな目をしたロルフが答えた。

    「あと、何分だダン?」上ずった声で、エギルが訊いた。
    「10分だ」
    「くっそうーーー!!」
    エギルが自分の頭をくしゃくしゃにした。


    ジョウは、ハンドジェットで、ぐんぐんアラミスタワーの最上階へと近づいた。
    が、あともう少しという所で、ハンドジェットの動きが鈍くなった。
    メーターをみると、燃料の残量がほとんどない。
    「くっそう、こんなときに!」
    ジョウは、最上階から3層下の外板に飛びついた。でこぼこした突起がるので、何とかそれに、しがみついているといった格好だ。
    また、爆発音がして、すぐそばの外板の一部が、飛び散った。

    だが、それは、ジョウに幸運をもたらした。
    中に入れそうな、穴が開いたのだ。
    ジョウは、一瞬のためらいもなく、その穴に飛び込んだ。


    三度目の爆発音がして、アルフィンの足元が大きく揺れた。
    ジョウ!
    アルフィンは、こみ上げてくる不安と懸命に戦った。

    「アルフィン!」
    通信機から、ジョウの声がした。
    「ジョウ!」
    「聞えるか?今、非常階段の前にいる。ドアを押したが開かない。何か障害物があるのか?」
    非常階段のドアを挟んで、ジョウとアルフィンが向かい合った。
    「ドアの前には、瓦礫の山が出来ていているの」アルフィンが説明した。
    「とりのぞけるか?」
    「無理だわ。とても、人の手で動かせる大きさじゃないの・・・」アルフィンの声には、絶望が溢れている。
    「あきらめるな!これから、何とか救助に向かう」
    その時、更に大きな爆発音が響いてきた。
    今度は、アルフィンの側の壁がガラガラと崩れてきた。
    と、床がゆっくりと傾き出した。
    「キャアーーーー!!」
    アルフィンが絶叫した。

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■1111 / inTopicNo.35)  Re[34]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/05(Mon) 10:28:40)
    ダンの部屋から、ロルフはアラミスタワーを見ていた。
    タワーのあちらこちらから、煙が噴出している。
    これで、いい・・・・これで、全てが終わるんだ・・・・。
    ロルフが、そっと胸元のペンダントを握り締めた。

    その時、バッと、部屋の明かりが消えた。閉会式会場を映し出していたスクリーンもブラックアウトした。
    「なんだ、どうしたんだ?」エギルがわめいた。
    「これは、一体?」
    信じられないと言う様子で、ロルフは自分の腕時計をみた。時刻は11時59分。

    慌てて、パソコンを操作したが、何も反応しない。
    完璧だったはずだ。なのに何故だ!!
    ロルフは混乱した。
    その時、ロルフの脳裏に、テッドの顔が浮かんだ。
    アラミスのシステムに侵入を依頼した男。仕掛け好きの、あのハッカー!

    突然、ロルフが笑い出した。大爆笑している。
    そんな様子をあっけにとられたように、ダンとエギルがみつめた。
    しばらく笑い続けたあと、呼吸を整え、ロルフが口を開いた。
    「まったく、あの男は・・・大会が終わるまで何もしないって約束したのに・・・それじゃあ、自分の侵入に気づいてもらえないと、閉会1分前にシステムを
    ダウンさせるなんて」
    その言葉に、爆発の危機がさったことを、二人は悟った。

    「警察に出頭するんだ、ロルフ」ダンが言った。
    「・・・いいえ。自分の引き際はわかってます」
    そういうと、ポケットから、小さなガラスのビンを取りだした。
    中身は綺麗なピンク色の液体が入っている。

    ロルフがそれをあおろうとした瞬間、ダンが大声で叫んだ。
    「逃げるのか?」
    ロルフの頬ぴくっとした。
    「逃げるですって?」
    ロルフがダンを見た。
    「そうだ。お前は、自分の罪を直視できず、逃げ出そうとしている。だがな、ロルフ・・・君の父上は違う。燃えさかる船を置いて、我先に救難カプセルに
    飛び乗るような臆病者ではなかった」
    「・・・・・」
    「君は、あの勇敢な宇宙の男、モーガン・フリードの息子だろう!それに、知っているかロルフ?」
    ダンは窓の外をちらりとみた。そして、窓の向こうにいる誰かにも聞かせるように、語り始めた。
    「死んだ者は、生きている人間の思い出の中でしか、生られない。お前が生きて、彼のことを思い出してやらなくてどうするんだ。辛くても、生きろ!
    現実から逃げるな!そして、モーガンの分まで、生きるんだ。ロルフ!!」
    ダンの姿に、一瞬父モーガンの姿が重なった。
    「生きろ、ロルフ!」父の声がこだました。
    そのとき、一筋の涙が、ロルフの瞳から伝った。
    ロルフの心を縛り付けていた憎しみの鎖を、ダンが断ち切った瞬間だった。

    「僕の・・・いえ、あなたの勝ちです。クラッシャーダン」
    ロルフは目を閉じた。きつく閉じた目から、止め処も無く涙がこぼれ落ちる。
    「なんでえ、なんでえ。目にごみが入ったぜ」
    そう言って、エギルが腕で目をこすった。

    ドアが開いて、バードが入ってきた。後ろには、バードの部下も控えている。
    「ロルフ・フリード。アラミスタワー爆破、並びに評議会ビル占拠の容疑で逮捕する」
    バードが手錠をかけようと、ロルフへ腕を伸ばした。
    その手を、ダンが押えた。
    「その必要はない。彼は逃げんよ」
    ダンに言われて、バードは首をすくめた。
    「よし、連行しろ」
    バードの部下が、ロルフの両腕をがっちり掴み、部屋の外へと連れ出した。
    「今日は、これで失礼します。また、いずれご挨拶に伺います」
    バードはにやりと笑うと、部屋を出て行った。

    バードを見送るダンをみて、エギルは思った。
    この男のことだ。ロルフの裁判が始まれば、刑の減軽を求め奔走するに違いない。
    クラッシャーダン。こいつは、そういう男だ!
    エギルは、ポケットからティッシュを取り出すと、盛大に鼻をかんだ。

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■1112 / inTopicNo.36)  Re[35]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/05(Mon) 10:30:32)
    緊張の連続で、アルフィンが錯乱状態に陥った。
    「落ち着け、アルフィン」
    なんとか、落ち着かせようと、ジョウが声を掛けるが、アルフィンは悲鳴をあげ続けている。
    「頼む、静かにきいてくれ!」ジョウが通信機に向かって、大声で怒鳴った。
    この声に、ぴたりとアルフィンの悲鳴が止まった。

    そして、通信機からは、すすり泣くアルフィンの声が流れ出した。
    「ご・・・ごめんな・・さい」
    ジョウは、静かに息を吐いた。そして、ゆっくりと喋り出した。
    「大丈夫だ、アルフィン・・・俺が側にいる。アルフィンは一人じゃない」
    「ジョウ・・・」
    そして、心を込めて言った。
    「・・・俺たちは、いつも一緒だ・・・」
    通信機から、嗚咽にも似た、すすり泣きの声が響く。
    「・・・ジョウ。ごめんなさい・・・あたしが、勝手なことをしたばかりに・・・」
    「気にするな」
    「いいえ!」強い調子で、アルフィンが否定した。
    「私・・・・嫉妬したんです。昨日、ジョウがルーと喋っている時に・・・だから、二人の姿を見たくなくて・・・」
    アルフィンが、自分の胸のうちを告白した。
    やられた!ジョウはそう思った。
    アルフィンの不意打ちに、ジョウは小さく笑った。
    「・・・俺もなんだ」
    「え?」
    「俺も、嫉妬した。アルフィンとアベルに・・」
    ジョウも素直に自分の心情を吐露した。
    「ジョウ・・・」
    また、アルフィンの忍び泣きが聞えた。

    「でも・・・ジョウ」
    「うん?」
    「私の記憶は、もう戻らないかもしれません・・・あなたの知ってるクラッシャーアルフィンじゃないんです、私は!!」
    胸の奥底でしこりとなっていた思いを吐き出し、アルフィンは激しく泣き出した。
    「アルフィン・・・」
    ジョウはショックを受けた。そんな風に考えていたなんて・・・。
    ジョウは非常ドアにもたれかかって、天井を見上げた。
    俺は馬鹿だ・・・親父や競技会のことに気を取られて、アルフィンの気持ちに気づいてやれなかった。
    記憶を無くし、心細くないはずがなかっのに・・・・。
    アルフィンに甘えていたんだな、俺は・・・。

    ジョウが、ぽつりぽつりと、喋り出した。
    「どうだって、いいじゃないか・・・そんなこと・・・」
    「え?」
    顔を覆って泣いていたアルフィンが、面を上げた。
    「俺とアルフィンは、今ここに生きてるんだ」
    ドアの向こうを見つめて、ジョウが言った。アルフィンもドアの向こうを見つめた。
    「記憶がなくなってしまったのなら・・・これから一杯、二人で思い出を作っていこう!」
    ジョウの力強い言葉に、アルフィンは、胸が詰まって声が出ない。青い瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。

    下の階から、爆発音がした。
    ジョウがいる非常階段に煙が立ちこめはじめた。
    もう、一刻の猶予もない!
    「よし、アルフィン。アートフラッシュで瓦礫の山を吹き飛ばす」
    「アートフラッシュで?」
    「そうだ」

    タイミングを合わせて、ジョウとアルフィンがアートフラッシュを投げた。
    大音響と共に、扉が吹っ飛んだ。
    立ち込める煙の中から、人影が飛び込んできた。
    「ジョウ!」
    アルフィンは、ジョウに飛びついた。
    「アルフィン!!」ジョウもアルフィンを抱きしめた。
    二人は固く抱き合った。

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■1113 / inTopicNo.37)  Re[36]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/05(Mon) 10:32:24)
    また、大きな爆発音がした。今度の揺れは大きい。床に大きな亀裂が走った。

    「ジョウ!アルフィン!」
    通信機から、タロスとリッキーの声がした。
    窓の外を見ると、<ファイター1>が展望台のそばを旋回している。
    「おまえ達、病院を抜け出してきたのか!」
    驚いて、ジョウが言った。
    二人とも大怪我だ。本来なら、病室で寝ていなければならない。

    「チームリーダーの一大事。大人しく寝てなんかいられませんぜ」
    タロスがにやりとした。
    だが、タロスとリッキーは体中包帯だらけ。
    おまけに、パイロット席のタロスは、右手首を骨折している。

    「おいら達が来たから、もう大丈夫!」リッキーが自分の胸を叩いた。
    「ぐ・・があ」思わず、ひびの入った肋骨を叩いたので、リッキーが変な悲鳴を上げた。
    「ばーか。調子に乗るからだ」冷ややかに、タロスが言った。

    「タロス。アラミスタワーは崩壊寸前だ」
    「へい」
    「時間がない。残りのアートフラッシュで窓を吹き飛ばす」
    「それで、おいら達は?兄貴?」
    「収容フックを降ろしてくれ、それに飛び移る」
    ジョウのアイディアにタロスとリッキーは顔を見合わせた。そして、無言でうなずいた。

    ぐらりと、アラミスタワーが大きく傾きだした。
    「行くぞ!」
    ジョウがアートフラッシュを投げた。窓が吹っ飛んで、強風が流れ込む。
    それに逆らい、ジョウとアルフィンは、窓のところにたどり着いた。
    「大丈夫か、アルフィン」ジョウがアルフィンの顔を見た。
    「ええ。ジョウと一緒だから、恐くありません」
    二人は互いの顔を見合わせて微笑んだ。

    「行きますぜーーー」
    旋回していた<ファイター1>がジョウ目掛けて飛んできた。
    ジョウとアルフィンが身構えたその時、<ファイター1>がバランスを崩した。
    片翼を下げた状態で、ジョウとアルフィンの目の前を駆け抜けた。
    「大丈夫か、タロス!」ジョウが叫んだ。

    苦痛に顔を歪めたタロスが返事をした。
    「すいません・・・」
    旋回して、<ファイター1>の体制を整えた。
    「もう一回いきますぜ!!」
    その時、操縦桿を握るタロスの手に、リッキーの手が重なった。
    タロスがリッキーを見た。
    リッキーが力強く、頷いた。
    <ファイター1>が再度アラミスタワーへ飛んだ。

    「今だ!」
    アルフィンを抱えたジョウが、展望台の窓枠を蹴って、大空へ飛び出した。
    <ファイター1>から垂れ下がった、収容フックをジョウが掴んだ。
    「やったー!!」
    リッキーが歓喜の声をあげた瞬間、アルフィンがジョウの腕から抜け落ちた。

    「きゃああーーー」
    悲鳴をあげ、アルフィンが落下する。
    「アルフィン!!!」三人が絶叫した。

    次の瞬間、ぱっとジョウが宙を舞った。掴んでいた収容フックを離したのだ。
    これに、タロスとリッキーが目を剥いた。
    「ジョウーー!!!」

    落下していくアルフィンをジョウが追った。
    ジョウの方が体重が重い分、落下速度が速い。
    風圧に逆らって、ジョウが腕をアルフィンに伸ばした。
    アルフィンも懸命にジョウに手を差し出す。

    二人の指先が絡まった。

    「ジョウ!!」
    ジョウに引き寄せられながら、アルフィンが泣いた。
    「どうして・・・どうして、こんな馬鹿なことを・・・」
    ジョウが、そっと笑った。
    「言っただろう・・・いつも一緒だって・・・」
    「ジョウ・・・」
    アルフィンの涙が風にのって、飛んでいく。
    ジョウがきつくアルフィンを抱きしめた。

    二人の体は、加速を増し、落下していく。
    みるみる地表が迫ってきた。
    二人は固く目を閉じた。

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■1114 / inTopicNo.38)  Re[37]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/05(Mon) 10:34:04)
    突然、落下が止まった。
    目を開けると、ふわりと二人の体が、宙に浮かんでいる。
    透明なバルーンが二人の体を包み込んでいた。
    「ヤッホー。ジョウ、アルフィン!」
    通信機から、ジェニーの声がした。
    「ジェニー!」ジョウがジェニーの名を呼んだ。
    「どう?あたしの作った<ミラクルバルーン>は?結構素敵でしょ?」
    楽しそうに、ジェニーが言った。
    ジョウとアルフィンを包み込んでいるのは、大きなシャボン玉。これはジェニーが作った<ミラクルバルーン>だ。
    すぐ横を、クラッシャーケリーチームの搭載艇のトリトンが飛んでいた。
    コパイ席から、ジェニーが二人に手を振っている。

    「おっと、余計なことしちまったかな」
    操縦席にいる、ジェイクが言った。
    思わず笑顔になって、ジョウが答えた。」
    「いや、助かった。感謝のキスをしてやりたいくらいだ」
    「・・・相手が違うだろうが・・」
    気持ち悪そうに言うジェイクに、ジョウとアルフィンが声をたてて笑った。

    そして、風に乗った<ミラクルバルーン>が評議会ビルに向かって飛んでいく。
    ゆっくりと、地表に近づいた。
    評議会ビルの周りには、助け出された大勢のクラッシャーたちが、空を見上げいた。
    みんな、二人に向かって歓声を上げている。

    そして、一人のクラッシャーがジョウに向かって、敬礼をした。
    アラミスの危機を、そして、命をかけてチームメートを救ったジョウに、敬意を表すためだ。
    それは、一人、また一人と、その思いが伝染し、その場にいるクラッシャー全員が、ジョウに敬礼をした。
    みんなの思いが一つになった、まるで夢を見ているような光景が、眼下にひろがった。
    「ジョウ!」
    アルフィンがジョウをみた。
    「ああ」
    ジョウの胸も熱くなった。

    そして、二人が地表に到着した。

    「はいはい、ちょっと、どいてどいて」人ごみを掻き分けて、ジェニーとジェイクがやってきた。
    その後ろから、タロスとリッキーも続く。
    「消化液をかけるから、二人とも耳を塞いでいて。かなり、大きな音がするから」
    ジェニーがそう指示をだすと、ジョウとアルフィンは耳を塞いだ。
    ジェニーがポケットから、小さなスプレー缶をとりだすと、中身を<ミラクルバルーン>にかけた。
    バーン!と、まるで爆発音のような音をたてて、<ミラクルバルーン>がはじけた。
    これは、実験鳥を捕獲するために、ジェニーが作ったものだ。
    バルーンを壊すときに、ある一定の周波数が出るように作られていて、実験鳥を気絶させるのだ。
    だが、人間にとってもかなりの不快を伴う音量だった。

    「耳が、じんじんするな。アルフィン」
    顔をしかめながら、ジョウがアルフィンをみた。隣にいるアルフィンが、ゆっくりと崩れた。
    「アルフィン!」
    ジョウが慌ててその体を支えた。


    エギルの部屋に、二人の人影があった。
    エギルとルーだ。二人は、並んで窓の外を見ている。
    下の様子を見ていたエギルが、ルーに言った。
    「ジョウのことは、諦めたほうが、いいんじゃないか?」
    それに対し、ルーは、にっこり笑って言った。
    「あら、お父様。人の心は移ろい易いんですよ。この先、どうなるかんて、誰にもわかりませんわ」
    「そうかね」
    呆れたように、エギルが首をすくめた。
    うちの娘達は負けん気が強くて、とことんやらなくては気が済まない性質だ。
    この先、それが災いして、壁にぶつかることもあるだろう。
    まあ、それも人生。生きていればこそだな。
    そう心の中で呟くと、エギルはにやりと笑った。

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■1115 / inTopicNo.39)  Re[38]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/05(Mon) 10:36:06)
    システムも完全復旧し、慌ただしい日々がクラッシャー評議会に戻ってきた。
    ただ、残念なことに、今回行われた競技会のデータは、元に戻らなかった。きれいさっぱり、無くなってしまっていたのだ。
    バードを通じ、ロルフにどういうことか尋ねたが、「僕にはわかりませんよ」と笑って答えただけだった。
    結局、データが消失したので、今回の競技会は幻と化した。
    だが、それを知ったクラッシャー達から、苦情が出ることはなかった。
    何が起こったのか、それぞれが、知っている。それで、十分なのだ。
    そして、競技会に参加した者達は、すでに仕事を再開し、忙しく宇宙を飛び回っている。


    柔らかな午後の日差しが差し込むダンの部屋に、一人の女性が座っている。
    クラッシャーケリー。ダンの後輩である、クラッシャージェームズの娘である。
    ケリーは、評議会議長の前だというのに、特に緊張する様子もなく、秘書が持ってきたコーヒーを、優雅に口に運んでいる。
    二人は、ソファに腰を下ろし、向かい合っていた。

    「呼び立ててすまなかったね」
    ダンが言った。
    「いえ。おかげで、おいしいコーヒーをご馳走になれましたから」
    くったくなく笑うケリーの姿に、ダンは目を細めた。
    「ジョウの件では、すまなかったね」
    「とんでもない。お役に立てて嬉しいです」

    「ところで、君の弟のジェイクだが・・・元気がいいようだね。私のところにも、色々報告があがってきているよ」
    その言葉に、ケリーが顔を赤らめた。
    「すみません・・・ジェイクには、よーく言っておきますので」
    ケリーの弟のクラッシャージェイクは、腕はたつが、依頼主とのトラブルが絶えず、問題ばかり起こしている。

    「ジェイクといえば・・・ジェニーは、例のことは知ってるのかね?」
    ふと、ダンが訊いた。
    「いえ。ジェニーはジェイクが実の兄だと思っています。まあ、血が繋がっていないと知っても、気にする子じゃ、ありませんが」
    そう言って、ケリーが笑った。
    「そうかね」

    「ところで・・・お話って、今の件ですか?」
    「いや。実は、太陽系国家アルゾーナから、内々で私のところに打診があった」
    その名を聞いて、ケリーの顔に緊張が走った。
    「まだ、正式決定ではないが、15年ぶりに、例の惑星で学術調査が行われる。その際に、護衛としてクラッシャーを派遣して欲しいと」
    弾かれたように、ケリーが席を立った。
    「行きます!いえ、行かせてください!あの惑星をよくって知っているのは、あたし達のチームです!!」
    頬を赤くし、興奮気味にケリーが叫んだ。
    そんな様子のケリーを、ダンは静かに見つめた。
    「正式依頼の前に君の気持ちを聞いておきたくてね・・・ただし、正式に依頼があった場合は、評議会にかけ、どのチームを派遣するかを決定する。
    ただし・・私としては、君達のチームを推薦するつもりだ」

    「ありがとうございます!」
    ケリーが頭を下げた。そして、込み上げてくる闘志を押さえつけるように、ぐっと拳を握り締めた。
    その様子を、ダンは静かに見つめた。
    不思議な縁だ。ジェイクとケリーの一家を引き合わせたあの惑星が、今度は家族の絆を試すように、呼び寄せている。

    ダンは、窓の外を見た。そこには、アラミスの海が見える。海は、太陽をあびて、キラキラ輝いていた。そして、そのむこうには・・・

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■1116 / inTopicNo.40)  Re[39]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/05(Mon) 10:39:25)
    エピローグ


    オベロン宇宙港に向かうエアカーの中に、クラッシャージョウチームの姿があった。
    運転席にジョウ。隣にアルフィン。
    そして、後部座席にタロスとリッキー。二人は、相変わらず、口げんかの真っ最中だ。
    「つめろよ、タロス!」リッキーがタロスの体を押した。
    「病人と年寄りを大切にするのは、銀河系の常識だぞ」
    右手首に、包帯を巻きつけたタロスが、悠然と言った。
    「おいらだって、まだ病人なんですけど?」
    リッキーが鼻のテープを指差した。
    「おっ、これか」
    タロスが勢いよく、テープを剥がした。
    「いってーーー」リッキーがのけぞった。

    後ろの騒ぎを無視して、ジョウがアルフィンに声を掛けた。
    「本当にいいのか、寄らなくて?」
    「うん。仕事だって押しちゃうし。いいの。次の機会にするわ」
    そう言ってアルフィンは、ハイウェイの周りに広がる田園風景を眺めた。

    クラッシャー技能競技会の開催前、アルフィンは、ジョウの家に立ち寄ることを楽しみにしていた。
    だが、アルフィン自身から、その話を断ったのだ。
    アルフィンは、記憶を取り戻していた。
    ただし、病院で目覚めたとき、ここ一週間程の出来事は思い出せなかった。
    記憶障害になって、プリンセス・アルフィンとして過ごした記憶と引き換えに、クラッシャーアルフィンは帰ってきた。
    でも、何が起こったのか、アルフィンは知っていた。
    彼女が日記をつけていてくれたのだ。

    <ミネルバ>での生活。ジョウのことや、競技会のこと。詳しく記されていた。
    それは、慣れないクラッシャーの生活に勇敢にトライした姿だった。

    だから、あたしは彼女に敬意を表したい。
    頑張ったのは、彼女なんだもん。
    多分、このことをジョウに言ったら、変な顔をするだろう。
    二人とも、アルフィンじゃないかって・・・・。
    でも、そうじゃない。
    彼女は、もう一人のあたし、プリンセス・アルフィンだ。
    自分の代わりに、<ミネルバ>に留まり、頑張ってくれた。
    だから、ご褒美をもらうとしたら、あたしじゃないの・・・。

    丘の向こうで、小さな家の屋根が光った。
    あれが、ジョウの家かしら・・・。
    名残惜しそうに、アルフィンが目で追った。
    本当は、とっても行きたかったのよ。あなたの家に。
    隣で運転するジョウをこっそり見た。

    でも、今の私には、これで十分。
    アルフィンは、ポケットからそっと、あるものを取り出した。
    小さなエミーがくれたシールだ。キラキラ輝いて飛ぶ流れ星。
    アルフィンはシールを握り締めた。
    ありがとうエミー。そして、もう一人のあたし・・・。
    その時、アルフィンの側で、誰かが笑った気がした。

    宇宙港が近づいてきた。
    その先にある宇宙を思い、アルフィンの胸が高鳴った。


    <END>

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