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■1077 / inTopicNo.1)  惑星アラミスの黒い罠
  
□投稿者/ りんご -(2006/05/31(Wed) 23:59:35)
    <まえがき>

    話の中に、つじつまの合わない所や、おかしな設定が出てきます。
    また、原作と違う箇所がありましても、私の想像の中でのストーリーなので、その点はご容赦ください。
    今回、目次(見出し)を用意してみました。ご参考ください。


    <目  次>

    プロローグ

    第一章 天才ハッカーと謎の男 

    第二章 プリンセス・アルフィン 

    第三章 惑星アラミス

    第四章 クラッシャー技能競技会

    第五章 アラミスタワー崩壊

    エピローグ


    (注)第二章のプリンセス・アルフィンという記述は、あくまで敬称です。


引用投稿 削除キー/
■1078 / inTopicNo.2)  Re[1]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/01(Thu) 00:02:13)
    プロローグ


    豪華客船<オルフェウス>号の船長モーガンは、瞬きもせず、前方のスクリーンを見つめていた。
    ここは、船の最上階にある操舵室。
    正面中央にメインスクリーンを配し、その左右に、いくつもの小さなスクリーンがあった。それら全てが、艦内の様子を映し出している。

    「まるで、地獄図だ・・・・」モーガンが呟いた。
    スクリーンに映っているのは、激しい炎から逃げ惑う乗客の姿だ。
    一つのスクリーンに、小さな男の子が映っていた。母親とはぐれたのか、熊のぬいぐるみを抱きしめ、泣き叫んでいる。
    そして、迫りくる炎に顔を引きつらせた次の瞬間、巨大な炎に飲み込まれた。
    この惨劇を目の当たりにしても、モーガンは魅入られたように、スクリーンを凝視している。
    この船は、お終いだ・・・。

    この<オルフェウス>号は、地球から、射手座宙域にある惑星ポルトスにむけ旅立った。
    今回が、処女航海だった。
    この客船は、船主であるウォルガング社が誇る、銀河系史上最大の豪華客船だ。
    乗客乗員あわせて、4000人という、今までの常識を覆すものだった。
    しかし、その大きさが災いして、客船の製造工期に遅れが生じた。予定していた、処女航海の日までに、建造は不可能と、現場から声があがった。
    だが、すでに乗船チケットは売り切っており、出港の延期は不可能だった。
    ウォルガング社の強硬な主張によって、突貫工事が行われ、なんとか<オルフェウス>号は期日までに完成した。

    そして、晴れの日を迎え<オルフェウス>号は地球を飛び立った。
    客船の中では、夢のような世界が繰り広げられた。
    夜毎開かれる、晩餐会にダンスパーティ。着飾った男女が、深夜まで、客船の大広間で踊り続けた。
    だが、地球を飛び立ってから、5日目、事件が起こった。
    船の最下層で、小さな火災が起こった。配線工事のミスによる漏電だった。だが、その小さな火が機関部に、火災を引き起こした。
    そのせいで、機関部が停止し、船のスケジュールに遅れが生じた。
    遅れを取り戻すため、<オルフェウス>号は、スピードをあげ宇宙空間を航行した。
    今度は、その無理がたたって、船が悲鳴を上げた。
    しかし、その声は、乗組員には届かなかった。まるで、蛇にかまれた毒がゆっくり全身を駆け巡るように、<オルフェウス>号を蝕んでいった。
    そして、突如牙を剥いて襲い掛かってきた。
    電気系統がショートし、船内のいたるところで火災を引き起こした。

    この火事で、<オルフェウス>号の内部工事のずさんさが露呈した。
    まず、火災を認識する警報装置が、作動しなかった。
    そのため、大勢の乗客が煙にまかれ、命を失った。
    そして、スプリンクラーと防護シャッターが、当初予定されていた数の半分しか設置されいなかった。
    乗り組み員は、懸命に消化作業に従事した。だが、こっちを消せば、あっちで火の手があがるという、いたちごっこになった。
    乗組員だけで、対処できると思い、救難信号の発信もすぐにはされなかった。
    そして、火災発生から4時間後、船長のモーガンは、外部に向け救難信号を発信した。

    その、信号をキャッチし、救助に2隻の宇宙船が駆けつけた。
    しかし、それも徒労に終わった。
    じわじわ広がった火災を食い止めることは出来ず、ついには、船全体に火の手が上がった。

    「船長!女性と子供達を乗せた避難用カプセルが、本船を離脱しました!」
    一等航海士のティムが、操舵室に駆け込んできた。顔はすすだらけで真っ黒だ。右肩からは、血が流れている。
    「そうか・・・」
    緊急避難用カプセルで、脱出できたのは、わずか1736人。半分にも満たない。
    他の乗客は、助けることは出来ない。
    だが、1736人の命は、助かる。それは、救助に駆けつけた、勇敢な男達のおかげだった。
    「ティム。救助作業のために、本船に残った船員は、全員緊急避難用カプセルに乗船し、<オルフェウス>から離れるよう指示を出せ!」
    「はい。直ちに伝えます」
    ティムは、船内スピーカーのスイッチを入れ、船長の言葉を伝えた。
    アナウンスを終えたティムは、ほっと息を吐いた。
    その場に立つティムに、モーガンは声を掛けた。
    「何をしている、ティム」
    「は?」
    「私は、全員脱出するよう指示を出したはずだぞ」
    そう言って、モーガンはティムの目を見た。
    「船長・・・」
    モーガンの真意を悟って、ティムは息を呑んだ。
    船長は、この船と逝くつもりだ・・・。
    「わ・・私も、船長のお供をします」
    ティムの声が震えた。
    「ならん!辛いつとめだが、君は生き残り、この船で起きた事を公にする義務がある」
    「船長・・・」
    ティムの目から、涙が零れ落ちた。
    一体何故、こんなことになったのか・・・。
    乗組員は、自らの危険を顧みず、救助作業にあたった。中には、救助作業中、命を落とした者や怪我をした者が、大勢いる。
    なのに、それをあざ笑うかのように、火は燃え広がった。そして、ついには、船を捨てなければならない!

    「さあ、行きたまえ!」
    ティムが、のろのろと歩き出した。その背に、モーガンが声を掛けた。
    「ティム。本船の救助に駆けつけてくれた、勇敢な男の名を教えてくれ」
    「はっ。クラッシャーダンとクラッシャーエギルです」
    「そうか・・・彼らに、私がくれぐれもよろしく言っていたと、伝言を頼む」
    「はっ!」
    ティムは、モーガンに敬礼をした。モーガンも敬礼を返した。そして、ティムは操舵室を出て行った。
    モーガン一人だけになった。

    <オルフェウス>号の最上階にある、この操舵室にも、煙が立ち込め始めた。
    ドアの向こうから、鈍い爆発音も聞える。
    モーガンは、首にかかっているペンダントを取り出した。
    それは、卵形のロケットで、ふたを開けると、中に写真が入っていた。
    そこには、彼の家族が写っている。
    仕事で宇宙を飛び交うモーガンに、お守りにと、息子のロルフがプレゼントしてくれたものだ。
    モーガンはその写真を、そっと撫でた。
    モーガンの妻は、7年前に他界し、家族は息子のロルフだけ。自分が死ねば、ロルフは一人ぼっちになってしまう。
    だが、彼は信じている、ロルフならばその逆境に屈せず、たくましく生きていってくれると。

    背後で大きな、爆発音がして、ドアが吹っ飛んだ。
    さよならだ、ロルフ・・・。
    火災発生から、26時間後。豪華客船<オルフェウス>号は宇宙の塵となった。

引用投稿 削除キー/
■1079 / inTopicNo.3)  Re[2]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/01(Thu) 00:04:01)
    夕暮れ迫る郊外の墓地に、少年は一人たたずんでいた。
    目の前には、たった一人の肉親である父の名を刻んだ、墓石がある。
    しかし、その墓石の下は空っぽだ。埋葬したくても、遺品一つ残っていない。
    父親は、宇宙船の事故で帰らぬ人となった。
    愛する父は、この世から消えた。母もいない。少年は、一人ぼっちだ。

    少年は、全てに絶望していた。
    事件の日から、安穏とした暮らしとは、無縁になった。
    鳴り響く、抗議の電話。昼夜問わず、激しく叩かれる玄関のドア。
    そして、窓という窓からは、石を投げ込まれ、家はめちゃくちゃになった。
    少年は、一人毛布を被って、じっと耐えるしかなかった。
    しかし、もうそんな心配も無用だ。
    唯一彼を庇護していた小さな家は、昨日火事にあい、その姿を消した。
    放火だった。
    彼に残されたのは、肌身離さずつけていたペンダントだけ。そう、父の写真が入ったロケットだけだ。

    世間は、事故の責任を彼の父親一人に押し付け、激しく糾弾している。事故究明委員会は、まだ何の発表もしていないというのに・・・。
    父親が加入していた生命保険会社の対応は、素早かった。世間体を重んじて、一方的に、契約解除を通告してきた。
    勤務先のウォルガング社も、事故原因の真相が明らかになるまでは、彼とのコンタクトを一切取らないと、弁護士を通じて連絡してきた。
    誰も彼もが、自分と父を憎んでいる。
    それとは逆に、勇敢に救助に向かったクラッシャー達には、惜しみない賛辞が送られていた。
    くそくらえだ!
    少年は、破棄捨てるように呟いた。
    自分から、全てを奪った世の中も、英雄扱いされているクラッシャーどもも・・・。
    すべて、くそくらえだ!!!
    白くなるまで、拳を握り締めた。

    少年は、ズボンのポケットから一通の手紙を取り出した。
    それは、児童福祉局から送られてきた通知書だ。彼に孤児院に行くよう記されている。
    しかし、彼は、孤児院に行くつもりなど、もうとうない。
    彼は、その手紙をびりびりに破くと、宙に放り投げた。
    破れた手紙は、まるで風に舞う花びらのように、墓石に振り注がれた。

    彼は、墓石をそっと撫でた。
    「さようなら、父さん・・」
    そう言うと、背を向け歩き出した。決して、振り返らなかった。
    そして、この日を境に、少年の消息は、ぷっつりと途絶えた。

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■1080 / inTopicNo.4)  Re[3]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/01(Thu) 00:05:48)
    第一章  天才ハッカーと謎の男


    テッドは、湾曲したデスクを背に、目の前に座る男を眺めていた。
    そして、右手の人差し指で、ぐるぐると腕時計を振り回している。
    ここは、テッドのオフィス件住居をかねた、彼の家だ。
    小さな事務所が詰め込まれた、雑居ビルの一角に、そこはあった。
    このビルで、住居を兼ねているいる人間は、おそらくテッド一人であろう。
    休日ということもあり、ビルの中は静まり返っている。

    テッドの後ろにある大型のデスクの上には、7台のパソコンが鎮座していた。
    そして、その周りには、、アニメのポスターがべたべたと貼られている。
    テッドの正面の安っぽい椅子に、テッドの依頼人が腰掛け、小さな携帯用パソコンを操作している。
    その作業が終わったと同時に、テッドの真後ろにあるパソコンにメールが届いた。
    テッドが口座を開設している、ミリオン銀行からのメールだった。

    素早く、メールを開くと、そこには、入金を知らせる文字が並んでいる。
    これは、ミリオン銀行の無料サービスの一つだ。
    振り込まれた金額に、テッドは、おもわずにんまりした。
    これだけあれば、大好きなアニメキャラクターのレア物も買い放題だ。心がうきうきした。
    机においてあった炭酸飲料のボトルをとると、一気にがぶ飲みした。

    そんなテッドの様子を、男は楽しそうに見ている。

    しかし・・・テッドは、目の前に座る男をまじまじと眺めた。
    こんな、大金。よく、この男が払えるもんだ。
    自分で、吹っかけておきながら、テッドは改めて、この依頼人について、何も知らないことを思いだした。
    男は、三ヶ月ほど前、ネット仲間の紹介だと仕事を依頼してきた。
    だが、テッドの仕事は、闇の商売だ。素性の知れない奴の仕事は請けない。

    テッドは、名うてのハッカーだった。
    コンピュータへの不正アクセスをして、報酬を得る。
    テッドの愛用のマシンは、ピッコーリ社のウィング2130。
    それを使って、依頼を受けたコンピュータに侵入し、データの奪取や破壊、改竄などを主にしている。
    だが、仕事の好き嫌いもあって、金を積めば何でもするということはなかった。
    テッドは、男の依頼内容もきかずに断った。

    しかし、どうやって調べたのか、一週間後、男は直接テッドの元を訪れ、仕事を依頼してきた。
    そんな、非常識さを疎ましく思ったテッドだったが、男が手土産に持参した、フィギュア人形をみて、気が変わった。
    それは、テッドが喉から出るほど欲していた、銀河戦隊ピーチレディの主役、ソフィーだった。
    人形にほお擦りしながら、とりあえず仕事の内容だけは、きいてやることにした。
    どうせ、どこぞの芸能プロダクションのサーバに侵入して、アイドルの住所やメールアドレスが知りたいだの、下らない件に違いない。

    しかし、男が口にした依頼は、テッドの度肝を抜いた。
    あまりに、自分の住む世界と違う特殊機関の名をあげたからだ。
    その意外性から、テッドは仕事を引き受けた。

    正式に引き受けてからのテッドの行動は早かった。速やかに、侵入を開始した。
    しかし、目当てのホストコンピュータの守りは堅かった。鉄壁の備えだった。

    おもしろい!まるで、連合宇宙軍並みだぞ!
    その、完璧さに、テッドは熱中した。
    少しづつ、守りを打ち破った。
    進入開始から1ヵ月後、ついに相手は降伏した。テッドに、全てをさらけ出したのだ。
    テッドは、思う存分欲しいデータを引き出した。
    そして、依頼人に渡すため、そのデータをコピーしたディスクを用意した。
    もちろん、自分用に内緒でコピーを取るのも忘れない。

    テッドは、どうしてこんなデータがほしいのか、まったく理解できなかった。
    そこでは、もうすぐ大掛かりな、イベントが行われる。
    だからと言って、この情報が何の役にたつのか?
    しかも、目の前の男が来ている、スペースジャケットは・・・。
    テッドは、侵入したホストコンピュータから、いろんな事を学んでいた。
    そう、あの宇宙の何でも屋の星のことは、テッドほど詳しく知る者は、いないと言っても過言ではない。

    「あんた、このデータをどうするんだい?」
    喉元まで出掛かったこの質問は、言葉として発せられることはなかった。
    男が、持参した袋から細長い箱を取り出し、テッドに手渡してきたのだ。
    テッドは、すぐさま箱をあけた。中には、腕時計が入っていた。

    「あんたの、その腕時計、時間が遅れて困るって言ってたから、俺からのささやかなプレゼントさ」
    そう言って、目の前の男が笑った。
    腕時計のフェイスでは、テッドのアイドル、ピーチレディが決めのポーズをしている。
    「おおー!こいつは、番組関係者に配られた、限定50個の激レアじゃないか!」
    テッドは、興奮のあまり、目が飛び出しそうだ。
    男は、苦笑しながら言った。
    「こっちは、契約金の他に、あんたへの手土産も用意したんだ。だから約束は守ってくれよ」
    「ああ、わかってる」
    ちっ!そのことか!テッドは、内心舌打ちした。

    彼はハッカーだ。、それを仕事にしている。
    だから、テッドが侵入した痕跡を残してはいけない。足が着くからだ。
    だが、それでは、自分がシステムを破った事を、知らしめることが出来ない。
    矛盾するようだが、足が着くのは困る、しかし、自分が侵入した形跡は残したい。
    そえゆえ、テッドは、侵入した相手には、ちょっとした仕掛けをするのだ。
    プログラムをほんの少し書き換えておく。
    例えば、いきなりスプリンクラーが作動して、部屋が水浸しになるとか、端末が一斉に使えなくなるとか、色々だ。
    ただし、それは、いつ起こるかわからない。1ヵ月後かもしれないし、1年後かもしれない。
    だが、その時に、相手は、システムに侵入者があった事に、気づく。
    これはテッド特有のお遊びだ。
    しかし、今回の依頼人は、その事を知っていて、テッドに約束をさせたのだ。
    例のイベントが終わるまでは、仕掛けを作動させないと。
    渋々、テッドはその条件を飲んだ。

    男は、テッドに別れを告げると、その部屋を出た。

引用投稿 削除キー/
■1081 / inTopicNo.5)  Re[4]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/01(Thu) 00:07:23)
    そして、雑居ビルを背にし、大通りへと足を進めた。
    しばらく歩くと、小さなカフェがあった。男は店に入り、コーヒーを注文した。
    カウンターの中の女性店員は、彼の姿に頬をそめながら、コーヒーを手渡した。
    男は、雑居ビルの方向が見える、窓側のカウンター席に腰を下ろし、コーヒーを飲み始めた。
    店はそれほど込んでなく、カウンター席は男一人だった。

    テッドに支払いをしたので、彼の懐はかなり寂しくなっていた。
    送金した金額は、この三年間で貯めた男の全財産だった。
    しかし、そんなはした金は必要ない。彼には、するべきことがある。
    コーヒーを半分ほど飲み終えたとき、男は自分の腕時計を見た。
    あと、1分。
    男は、楽しそうにカウントダウンを始めた。
    あと、40・・・30・・・・10・・・・・5、4、3、2、1。ドッカーン。
    男が呟いたその瞬間、爆発音がした。
    「何だ、今の音は!」
    店内にいた何人かの客が、何事かと通りへ飛び出していく。
    店の前を、サイレンを鳴らした、消防車が走り去った。
    男はコーヒーを飲み終えると店を後にし、楽しそうに口笛を吹きながら、通りを歩き出した。
    そして、古い知り合いに会うために、待ち合わせ場所に向かった。
    そこは、大通りから少し奥まった所にある、緑豊かな公園だった。

    会うのは、随分久しぶりなので、お互いすぐわかるようにと、待ち合わせ場所を決めてあった。
    公園中央にある大きな噴水。その、近くのベンチで、落ち合うことになっていた。
    今日は、絶好の行楽日和。公園には、大勢の人がいた。
    小さな男の子を肩車した家族連れが、男の横を通り過ぎた。
    すれ違った時、男はふっと懐かしむような視線を向けた。
    その時、ベンチに座る中年の男性の姿が見えた。
    待ち合わせ時間には、まだ15分はあるというのに、もう男のことを待っているのだ。
    その律儀さに、思わず男の口元が緩んだ。


    男は、いきなり腰を落とした。
    中年の男性は、訝しげな表情で、男を見た。
    男は、にこっと笑った。
    「お久しぶりです」
    相手の男は、はっとしたように隣の男を見つめた。
    いたずらっぽく輝く瞳。その瞳は、彼がよく知っていた男のそれだ。
    そして、男性の目に、見る見るうちに涙が溢れてきた。
    「・・・良かった・・・・良かった」何度もその言葉を繰り返した。

    男は知っていた。自分のために涙を流すこの男性が、自分の行方を懸命に探していたことを。
    だが、今日まで、一切コンタクトは控えてきた。
    「今日は、今までのお礼を言いにきました」力強く男が言った。
    「お礼?」
    中年の男性は、その意味を図りかねていたが、男の真摯なまなざしを受け、その意味を理解した。
    彼は、勘違いしている。本当に礼をいう相手は、自分ではない!
    思わず、そう、口にしそうになって、慌てて口を閉じた。
    その事を言うことは出来ない。堅く口止めをされているのだ。
    男は再度礼を述べ、胸ポケットから、小切手を取り出した。
    「これは、いままで送金してくださった分です」
    「・・・・」
    「あなたが、ずっと親父の口座に送金してくれたおかげで、なんとか生きてこれました。だから、これを受け取ってください」
    そう言うと、男が男性の手に、それを握らせた。
    「いや、しかし・・」
    男性は、なんとか返そうとするが、男は頑なに拒否する。
    真実を告げることも出来ず、しかたなくそれを受け取った。
    「俺は、これから長い・・・長い旅に出ます。だから・・あなたに・・・今までのお礼を言いたかったんです」
    男がまっすぐな瞳で見つめてきた。
    二人はがっちり握手をかわした。
    男は別れの言葉を述べ、席を立って歩き出した。
    残された中年の男性は、遠ざかる男の背中をいつまでも見送っていた。

    男が公園を出たところで、左手首から、着信音が流れた。
    立ち止まって、なにやら、それに向かって話していたが、用件は短かったらしく、すぐ切れた。
    再度歩き出したとき、通りにポストがあるのに気がついた。ポケットから手紙を取り出すと、投函した。
    男は、仕事でしばらくは、宇宙空間をさまよわなければならない。
    だから、いつもより早めに、ラブレターを出すことに決めた。
    彼が恋しくて恋しくてたまらない二人へ。

    男は、腕時計を見た。
    残念だが、もう、戻らねばならない。
    もう一つ、仕掛けておいた花火見物に行きたかったのだが、それはかなわない。
    急遽、出発の予定が早まったのだ。
    だが、男にはわかっていた、それが失敗などしないことを。
    男は、足早に歩き出した。すれ違う、女たちが、振り返って彼を見ている。
    そんな熱い視線を無視して、彼は歩き続けた。

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■1082 / inTopicNo.6)  Re[5]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/01(Thu) 00:09:26)
    「えー!アルフィン出かけてていないの?」
    画面の向こうで、ジェニーがかわいらしい頬を膨らませた。
    「うん。なんでも、パーティーで着るドレスが必要だからって、張り切ってデパートに出かけたんだ」
    楽しそうにリッキーが答えた。
    ここは、<ミネルバ>のブリッジ。
    リッキーは、顔馴染みのクラッシャーである、ジェニーと通信中だ。
    ジェニーは、ジョウの幼馴染のクラッシャーケリーの妹で、このチームとは、最近一緒に仕事をしたばかりだった。

    ジェニーと話すリッキーが、楽しそうなのには、理由があった。
    アルフィンの買い物に、付き合わされずに済んだからだ。
    ジョウのチームは、一仕事終え、この惑星に資材調達の為、立ち寄った。
    今日は、頼んでいた荷が届くので、立ち会わなければならない。
    それゆえ、アルフィンは一人で出かけてくれた。

    「でも、パーティーでドレスなんて、着るんだっけ?」ジェニーが首を捻った。
    「おいらも、そう言ったんだけど、用意だけはしておかないとって、きかなくってさー」
    「ふーん」
    「それより、ジェニー仕事はどう?終わりそうかい?」
    リッキーの質問に、ジェニーが悲しそうな表情を浮かべた。
    「だめ・・・ぜんぜん、進まなくて。この調子じゃ、大会までに終わらないかも・・・」
    「なんだよー。不参加なのかい?こんなチャンス、滅多に無いってのに」
    リッキーの言葉に、ジェニーの表情は、ますます悲しげになった。

    彼らクラッシャーを統括する、惑星アラミスで、7年ぶりのクラッシャー技能競技会が開かれることになった。
    銀河中を忙しく駆け回るクラッシャー達のスケジュールを調整し、競技会にメンバーを集めるのは、至難の業を極めた。
    だが、評議会本部スタッフ一丸となってその難問をクリアし、6日間に渡って、競技会が行われる。
    ただし、出場できるのは、Aランク以上となっている。
    競技会開催の知らせに、クラッシャー達はすでに、お祭り騒ぎだ。

    「ちょっと、ジェニー。いつまで、休憩してんの、仕事始めるわよ!」
    ジェニーの背後から、ケリーの声が響いてきた。
    「今行くー。ごめん、リッキー。そろそろ仕事に戻るわ。アルフィンによろしく言っておいてね」
    「オッケー」
    通信が切れた。

    「なんだ、なんだー。お坊ちゃんは、仕事さぼって、お友達と通信かぁ?随分余裕があるじゃねか、リッキー」
    ブリッジにタロスがやってきた。
    「おいら、別にさぼってたわけじゃないさ!」
    リッキーが口を尖らせた。
    「アルフィン宛に、ジェニーから通信が入ったんで、代わりにちょっとおしゃべりしてただけだい」
    「おっ、ジェニーか。どうだ、チャン教授の仕事は終わりそうか?」
    「ううん。なんだか、さらに状況がひどくなったみたいだぜ」

    クラッシャーケリーチームは、以前警護の仕事をした、プロフェッサー・チャンから、実験動物の保護を頼まれて、捕獲作業をしている。
    チャン教授は、遺伝子組み換えを専門にしているのだが、彼が作り出した、実験動物が逃げ出し、とある無人島に逃げ込んでしまった。
    そして、こともあろうに、そこで繁殖をはじめてしまったのだ。
    その動物は、カラスに似た鳥なのだが、動きは素早いし、頭も良くて、なかな捕まえることが出来ない。
    しかも、大切な実験動物なので、傷ひとつつけずに、教授の元に戻さねばならない。
    作業は、遅々として進んでいない。

    「それで、ジェニーが言うには、新兵器を作ってるって、言ってた」
    「新兵器?なんだそりゃあ?」タロスが訊いた。

    「なんでも、シャボン玉を頑丈にしたようなやつで、実験鳥を一網打尽にするんだってさ」
    「ほー」
    ジェニーは、年はリッキーより若い。だが、メカにも強く、色々と怪しげな武器や小道具を作っている。
    「えっとね・・・名前は、確か<ミラクルバルーン>って、言ってたよ」
    「<ミラクルバルーン>?なんだ、それ?」
    ジョウが、ブリッジに姿を見せた。

引用投稿 削除キー/
■1083 / inTopicNo.7)  Re[6]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/01(Thu) 00:13:33)
    「あっ、兄貴。もう、荷物は届いたのかい?」
    「ああ。搬入は終わった。ところで、さっきのは何の話だ?」
    「ジェニーが開発中の新兵器のことさ。なんでも、実験鳥を捕まえる、すっごいやつなんだって」
    「相変わらず、妙なものをつくってるんだな」笑いながらジョウが言った。
    「みたいだね」リッキーも同意するように、笑った。

    ジョウは、ブリッジを見渡した。
    「アルフィンは、まだ戻ってないのか?」
    「そう、みたいですな」タロスが答えた。
    「アルフィン、やたら張り切ってるからなー。買い物に夢中になってるんだよ」
    リッキーの言葉に、ジョウが渋い顔をした。

    アルフィンは、クラッシャー技能競技会の開催が決まってから、物凄く張り切っている。
    この競技会は、現役のクラッシャー達には絶好の腕試しになる。また、新米クラッシャー達には、トップクラスの技に触れるいい機会だ。

    だが、アルフィンは完全に勘違いしてる・・・ジョウは、内心ぼやいた。
    その証拠に、競技会最終日にパーティがあるのだが、そのときに着る服が必要だと言い出し、朝から買い物に出かけてしまった。
    パーティーと言っても、どこぞの社交クラブではないので、出席する現役クラッシャーたちは、制服であるクラッシュジャケットを着用することになっている。
    ジョウは、その事を説明した。だが、アルフィンは譲らない。急にドレスを着ることになったら、対応できないと!
    今日は、頼んでいた資材の搬入があったが、根負けしたジョウが、アルフィンのみショッピングを許可したのだ。
    アルフィンとのやり取りを思い出して、ジョウは溜息をついた。

    それに、もう一つ、ジョウを悩ませていることがあった。
    競技会が終わったら、ジョウの家に行きたいとアルフィンが、言い出したのだ。
    これに、ジョウは難色を示した。
    確かに、自分の家だ。だが、もう何年も帰っていない。今は、ジョウの父ダンが、一人で住んでいる。
    なので、今回、ジョウは家に立ち寄るつもりはない。
    今のジョウにとって、家とは<ミネルバ>なのだ。
    だが、アルフィンはジョウの意見に耳を貸さない。彼女の中では、競技会終了後に、全員でジョウの家を訪問するという、プランが出来上がっている。
    なんで、そんなに、家に行くことにこだわるのか、ジョウにはわからなかった。

    だが、ジョウにとって、大したことでなくても、アルフィンにとっては、とても重要なことだった。
    ジョウが、生まれ育った家をみたい。どんな家で、そこでどんな風に過ごしたのか、少しでも知っておきたいという、乙女心だった。
    それは、今回の大会にやってくる、クラッシャーダーナのチームも大きな原因だ。
    そこの二女、ルーはジョウの古くからの知り合いだ。
    アルフィンが知らない、少年時代のジョウを知っている。その差は、小さくない。アルフィンはそう思っていた。
    だから、その差を少しでも埋めるため、今回の競技会は絶好の機会だった。

    ブリッジで、三人があれやこれや雑談をしていると、コンソールデスクに通信が入った事を知らせる、LEDが点滅した。
    「あれれ、また通信だよ」
    リッキーが回線を開き、相手からの通信を受信した。

    ジョウとタロスの話題は、競技会のことに移った。
    そのとき、リッキーが大声を出した。
    「大変だよ、兄貴!」
    「どうした?また、ジェニーか?」タロスがのんびりした口調で言った。
    「違う、救急医療センターから連絡が入った・・」
    早口でリッキーが言った。その顔は真っ青だ。
    「救急医療センター?どういうことだ?」
    ジョウが、訝しげな表情を浮かべた。
    「アルフィンが・・・アルフィンが爆発に巻き込まれて、救急医療センターに運び込まれたって」
    「何だって!」
    思わず、ジョウが大声をあげた。

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■1084 / inTopicNo.8)  Re[7]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/01(Thu) 00:14:43)
    おおいぬ座宙域に属する惑星アラミス。
    全てのクラッシャーを統括する組織、クラッシャー評議会がそこにある。

    クラッシャーダンとクラッシャーエギルは、議員会館のバーにいた。
    二人は、ボックス席について、グラスを傾けている。
    ここ最近の二人は、会期が押し迫った、クラッシャー技能競技会の準備に忙殺されていた。
    しかし、その準備も整った。あとは、大会に参加するクラッシャー達をむかえ、厳かに競技会を行うのみだ。
    だが、二人の顔には、そんな浮かれた様子はなかった。

    「また、ラブレターが届いた。これで、8通目だ」
    エギルが、テーブルの上に、ポンと手紙を放り投げた。
    ダンは、ちらりと見ただけで、口元にグラスを運んだ。
    「ダン、おまえのとこにも、また来てるんだろう?」
    確認するように、エギルが訊いた。
    「ああ。昨日届いていた」
    二人は、黙って、グラスを口に運ぶ。

    最近、二人の元に、手紙が届いている。差出人の名は書いてない。
    <審判の時は来た。奢る者には、地獄の業火を!神の鉄槌は、今振り落とされん>
    8通とも、全て同じ文面だ。

    「しかし、俺とおまえに、こんな熱烈なファンがいたとはな・・・まだ、俺達も捨てたもんじゃないってわけだ」
    そう言って、エギルがにやりとした。
    ダンは、苦笑しながら言った。
    「心当たりがあるのか?」
    「実の所、ありすぎてわからん」
    エギルが、かぶりを振った。ダンも同意見だった。

    二人は、元クラッシャーだ。常に危険と背中合わせの人生を送ってきた。
    そのなかで、知らず知らずのうちに、人に恨まれるよな事があったのかもしれない。
    「しかし、気になるのは・・・」
    ダンが、言いかけた言葉を切った。
    「なんだ?」
    「この手紙が届き始めたのは、競技会の開催が正式発表されてからだ」
    「確かに・・・まさか、こいつは、その期を狙ってやってくるってのか?」
    「かもしれん」
    ダンの言葉に、エギルが瞳をぎらつかせた。
    「おもしれー。俺達に喧嘩を売るとはなー。ますます、競技会が楽しみになった」

    「ダーナ達は、いつアラミスに着くんだ?」
    ダンが訊いた。
    「明日だ。うちの娘達は、早く競技会で、力試ししたくて、うずうずしているらしい。ジョウはいつだ?」
    「明後日の予定だ」
    「よし、それじゃ、二つのチームの健闘と、俺たちのファンの活躍を祈って、乾杯しよう」
    二人のグラスが合わさり、軽やかな音を立てた。

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■1085 / inTopicNo.9)  Re[8]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/01(Thu) 14:45:23)
    第二章  プリンセス・アルフィン


    アルフィンは、3件の大きなデパートのドレスコーナーを見て回った。
    しかし、なかなか、気に入るものが見つからない。
    3件目で、まあこれでもいいかと思うドレスもあったのだが、買わなかった。
    何故なら、妥協という言葉は、今日のアルフィンには存在しない。
    クラッシャー技能競技会に、絶対に負けられない相手がやってくるのだ。
    4件目のデパートで、ついにイメージ通りのドレスを見つけたときは、小躍りしそうになった。

    だが、値段をみて、一瞬手が止まった。かなりの高額だ。
    このドレスを買ったら、しばらく買い物は我慢しなければならない。
    店員に、試着を勧められ、試着室に入った。
    クラッシュジャケットを脱ぎ、ドレスに袖を通した。
    この段階では、あまり似合わないから・・・と、断りの文句を考えていた。
    着替えが終わって、外にでてきたアルフィンを見て、店員は感嘆の声を揚げた。
    「お似合いですよ、お壌様。このドレスは、あなた様のように、素敵な方でないと、こうも上品に着こなせませんわ」
    店員は、そうアルフィンを褒め称えた。
    アルフィンも、大きな鏡に自分の姿を映し、思わずクルリと回った。
    それは、黒いごくごくシンプルなワンピースドレスだ。
    胸元のスクエアカットの位置が絶妙で、アルフィンの華奢な鎖骨を、際立たせる。裾のレースも華美過ぎないのが、いい。
    「これ、頂くわ」
    思わず、鏡に映る自分にぽーっとしながら、そう言った。

    大きな包みをもって、アルフィンは、一階に降りた。
    一階には、婦人用の靴売り場がある。
    ドレスに合う、靴を探そうと歩いているときだった。
    目の前に、突然緑の空間が現れた。
    そこは、このデパートの憩いの場所だった。
    天井まで吹き抜けになった広々とした空間。中央に小さな噴水があり、その周りにたくさんの観葉植物が置かれている。
    そして、噴水を囲むようにベンチが置かれていた。
    買い物の途中で、休憩している何組かの家族連れやカップルの頭上には、ドーム型の天窓から、優しい光が降り注いでいる。
    アルフィンも、ちょっと休もうと、空いているベンチに腰を下ろした。

    その時、よちよち歩きの女の子が目に入った。
    その子の両親は、アルフィンの近くのベンチに座っている。二人とも話に夢中で、女の子が歩きだしたのに、気づいていない。
    女の子は、噴水までやって来ると、水を触ろうと手を入れ始めた。
    「危ないわよ」
    アルフィンが、無邪気に水と戯れる女の子の体を支えたとき。
    ドカーン!!
    アルフィンの後ろで、大音量と共に、噴水が爆発した。


    急を受けた、ジョウ、タロス、リッキーの三人は、市内にある救急医療センターに駆けつけた。
    受付で、アルフィンの病室を確認し、部屋に急いだ。
    「アルフィン!」ドアを開けたと同時に、ジョウが叫んだ。
    小さな、病室のベッドに、頭に包帯を巻きつけた、アルフィンが横になっている。
    「アルフィン・・・」ジョウは、ベッドに近づいた。
    青白い顔したアルフィンは、規則正しい寝息を立てている。
    「ご家族の方ですか?」背後で声がした。
    三人が振り向くと、白衣の男性が立っている。どうやら、ここのドクターらしい。

    「先生、アルフィンは・・・彼女の容態は?」
    ジョウが早口で訊いた。
    「大丈夫です。頭部に裂傷を負いましたが、すでに縫合も終わりました。綺麗にぬってありますから、傷も残りませんよ」
    「良かった」
    ジョウは、肩の力を抜いた。
    「ねえ、先生。爆発に巻き込まれたって訊いたけど、何があったのさ?」リッキーが訊いた。
    ドクターが顔をしかめながら、答えた。
    「今日、2件の爆発事故があったんです。この患者さんは、そのうち、デパートで起きた爆発事故のせいで、負傷しました」
    「爆発事故?」タロスが眉間に皺を寄せた。
    「ええ。何者かが、デパートの噴水に爆弾を仕掛けておいたそうです」
    それを訊いて、ジョウがぎりっと、唇を噛んだ。

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■1086 / inTopicNo.10)  Re[9]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/01(Thu) 14:47:53)
    「そうそう、ご家族がいらしたら、お礼を言いたいという方がいますので、お呼びしてきます」
    そう言うと、ドクターが部屋を出た。
    「お礼?なんのことですかね、ジョウ?」タロスが言った。
    「わからん」
    すぐに、ドクターは戻ってきた。若い両親と小さな女の子が一緒だ。女の子は、頬に絆創膏をはっている。
    「ほんとうに、ありがとうございました」男が頭を下げた。
    「この方が、庇ってくれなかった、エミーは・・・」感極まって、女は口を押えている。
    女の子だけは、わけもわからず、きゃあきゃあ騒いでいる。

    「どういうことですか?」訳がわからず、ジョウが尋ねた。

    父親がデパートでの、いきさつを話してくれた。
    話に夢中になって、子供から目を離してしまったこと。娘のエミーが、噴水に近づいて、落ちそうになったのを、アルフィンが抱きかかえたこと。
    そして、その時、噴水が爆発して、アルフィンが、その女の子を庇ったことなど。
    「本当に、ありがとうございまいした」両親は、深々と頭を下げた。
    「事情はわかりました。頭を上げてください」ジョウが、二人に言った。
    「きっと、アルフィンも、エミーが無事だと知れば喜びます」
    そう言って、ジョウは、ベッドに横たわるアルフィンに目をやった。

    「あう・・あう・・」エミーが、とことことアルフィンに近づいた。
    そして、ポケットから何かを取り出した。
    エミーは懸命に背伸びをして、アルフィンの枕元に、それを置こうとしている。
    ジョウが、ベッドに近づきエミーの手を覗き込んだ。
    その手には、小さなシールが握られている。

    「これを、お姉さんに渡したいのかい?」
    ジョウが、身をかがめてエミーを見た。
    エミーは、満面の笑みを浮かべた。
    「わかった。必ず渡すよ」
    ジョウは、そのシールを受け取った。流れ星の形をしたシールだ。星が、ニコニコしている。
    エミーとその両親は、もう一度丁寧に礼を言い、病室を去った。

    「ねえ、先生。アルフィンは、頭の怪我のほかは大丈夫なのかい?」
    親子がいなくなると、真っ先にリッキーが口を開いた。
    「ええ。打撲の症状がありますが、これは特に問題はありません」
    「じゃあ、目が覚めたら、一緒に帰れるのかい?」
    これに、タロスが苦笑した。
    「おい、リッキーそうがっつくな」
    「だって、タロス。アルフィンだって、病院にいるより、<ミネルバ>に戻ったほうが、いいに決まってるよ!」
    「いえ、頭部を強打していますので、念のため、今日は入院していただきます」
    「わかりました。よろしくお願いします」ジョウが言った。
    ドクターは、軽く会釈をして部屋を出て行った。

    タロスとリッキーは、小さなソファーに腰を下ろした。
    「きっつ!おい、タロス。もちょっと、端によってよ。狭いじゃん!」
    リッキーが口を尖らせた。
    「あん?年寄りに席を譲る。これは、銀河系の常識だぞ」
    涼しい顔をして、タロスが答えた。
    「何言ってんだよ。そういう問題じゃなくて、少し端に寄れって言ってんの!」
    「はあ?聞こえねえな」
    「あっちに、行けよ」リッキーは、むきになって、タロスを押した。
    「止めろ二人とも!」
    ジョウが大声を出した。
    「病人の前だぞ、ふざけるのもいい加減にしろ」
    ジョウの目が完全に釣りあがっている。
    だが、ジョウの声に刺激を受けたのか、アルフィンが、「う・・う・・」とうめき声を出した。
    「大丈夫か、アルフィン?」
    ジョウが、アルフィンの顔を覗きこんだ。

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■1087 / inTopicNo.11)  Re[10]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/01(Thu) 14:50:53)
    ゆっくりと、アルフィンが目を開けた。
    タロスとリッキーも、ベッドの側にやってきた。
    「気がついたか、アルフィン」ジョウが優しく声を掛けた。
    アルフィンは、ぼうっとした表情で、ジョウを見ている。
    何度か瞬きしているうちに、青い瞳に生気が戻ってきた。

    「ここは?」掠れた声で、アルフィンが訊いた。
    「病院だ」ジョウが答えた。
    「病院?」その答えに、アルフィンが眉間に皺を寄せた。
    「そう、アルフィンは爆発に巻き込まれて、怪我をしたんだ。でも、もう大丈夫。傷の手当てもしてあるし、あとは、良くなるだけだ」
    ジョウがゆっくりした言葉で説明した。
    だが、アルフィンは何も答えない。
    じっと、ジョウを見ている。その瞳には、いつもジョウに向ける優しい色はない。
    「どうしたアルフィン、傷が痛むのか?」
    なんだか様子がおかしい。ジョウは胸騒がした。
    そして、ゆっくりと、アルフィンが口を開いた。
    「・・・あなた、誰?」
    ドキン。ジョウの心臓が跳ねた。
    「なーに言ってんだよ、アルフィン。ジョウじゃないか。悪ふざけは止めなよ」
    リッキーがおどけて言った。

    「ジョウ?」アルフィンの唇が、ゆっくりとその名を発音した。
    「そうさ。おいら達のチームリーダー、クラッシャージョウさ」
    それを聞いて、アルフィンの口から、悲鳴がこぼれた。
    「どうして・・・どうして、ならず者のクラッシャーがここにいるの?」
    アルフィンは、恐怖におびえた表情を浮かべた。

    ならず者と呼ばれたクラッシャー達は、その場に凍りついた。

    同じだ・・・誰もが、そう感じた。
    ピザンで氾濫が起きたあの時。エマージェンシー・シップから助け出したと時のアルフィンとまったく一緒だ。
    「ジョウ・・・これって、まさか」
    思いもかけないことに、こわばった声で、タロスが言った。
    「ああ・・・俺の勘がはずれてなければ、ここにいるのは、クラッシャーアルフィンじゃない・・・・プリンセス・アルフィンだ!」
    「おいら、ドクターを呼んでくる」
    リッキーは、すぐさま部屋を飛び出した。

    すぐに、ドクターとナースがやってきた。
    診察をするからと、ジョウ達は部屋を追い出された。
    その間、三人は、廊下に置かれている、椅子に腰を下ろした。

    「ねえ、兄貴?アルフィンどうしちゃったんだろ?おいら達の事をわからないのかな?」
    リッキーの問いに、ジョウは答えない。床に視線を落としたままだ。
    「落ち着けリッキー。それは、診察が終わってからだ」タロスが言った。

    「だってタロス」リッキーが食い下がろうと、口を開きかけたとき、病室のドアが開いて、ドクターが出てきた。
    弾かれたように、ジョウが立ち上がった。
    「ドクター、アルフィンは」
    「詳しいことをお話しますので、こちらにいらしてください」
    ドクターの後について、三人は歩き出した。
    エレベータで、下の階に降り、ナースステーションの隣の部屋に、案内された。
    こじんまりした部屋で、テーブルとソファーセットが置かれているだけだ。

    腰を下ろすのも、もどかしく、ジョウが口を開いた。
    「先生、アルフィンはどうなったんです?」
    ドクターは神妙な面持ちで言った。
    「アルフィンさんは、記憶障害です」

    「はあ?何さそれ?」リッキーが訊いた。
    「まあ、わかりやすく言えば、記憶喪失です」ドクターが言った。
    「記憶喪失・・・」ジョウが呆然と繰り返した。
    「そうです。爆発のショックで、ここ一年ほどの記憶が飛んでしまったのです」
    ドクターの言葉に、三人の表情が凍りついた。

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■1088 / inTopicNo.12)  Re[11]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/01(Thu) 14:53:59)
    その日の夜遅く、3人は<ミネルバ>に戻ってきた。
    記憶が混乱しているアルフィンを、むやみに刺激しないようにと、ドクターから言われたので、アルフィンには会っていない。
    そして、興奮状態にあるアルフィンは、鎮痛剤で静かに眠っているはずだ。
    三人は、朝一番で、アルフィンの病室を訪れることにしている。

    三人は疲労の濃い顔で、リビングのソファに腰を下ろした。
    誰も喋らなかった。沈黙が流れた。
    「アルフィン・・・どうなっちゃうんだろ?」ぽつりとリッキーが言った。
    「バーカ。先生も言ってただろ、何かのきっかけでひょっこり戻ることもあるって」タロスが答えた。
    「でもさ、問題は、これからのことさ。今のアルフィンは、おいら達のことなーんにも覚えてないんだぜ。アルフィンにとっちゃ、おいら達は他人も同然。
    なんてったって、今のアルフィンはお姫様なんだ。それに・・・」
    いいずらそうに、リッキーは、言葉をつづけた。
    「ピザンの時とは違うんだぜ・・・・なんで好きこのんで、<ミネルバ>に帰ってきて、クラッシャーをやるっていうんだよ」

    「ジョウがいるだろうが」
    「なーるほど!って・・・あのね、タロス。アルフィンは、ジョウのことも覚えてないんだぜ。それなのに、<ミネルバ>に帰ってくるかなんて、わからないじゃ
    ないかよ!それに、こんなんで、競技会出場なんてどうするんだよ?」
    これに、タロスが切れた。
    「・・・ガキがべらべらほざきやがって。ちったあ、口を閉じやがれ!」

    「いや・・・リッキーの言うとおりだ」
    それまで、押し黙っていたジョウが口を開いた。
    「ジョウ・・・」タロスがジョウをみた。

    「アルフィンは、俺たちのチームメイトだ。しかし、今の状況で船に戻るよう強制はできない・・・だから、アルフィンに決めてもらおう」
    「兄貴!」
    驚いたように、リッキーがジョウをみた。
    「もし、アルフィンが<ミネルバ>に帰らないって言ったら、どうすんだよ。ピザンに戻っちまってもいいのかよ!」
    興奮したように、リッキーが叫んだ。
    「・・・仕方あるまい」苦々しい口調でジョウが言った。
    「そんなー・・・冷たいよ、兄貴は・・・」
    「・・・馬鹿。一番辛いのは、ジョウだ」
    リッキーの目にうっすら涙がうかんだ。

    その晩、三人は眠れぬ夜を過ごした。

    そして、次の日、重い足取りで、三人はアルフィンの病室を訪れた。
    そこには、意外にも、クラッシュジャケットを着込んだアルフィンが、三人を待ち受けていた。

    「昨日は、失礼なことを言って、すみませんでした」アルフィンは、開口一番三人に謝罪をした。
    そんな、他人行儀の姿に、改めてここにいるのは、クラッシャーアルフィンではないと、思い知らされる。
    「ねえ、これ見てよ、アルフィン」
    リッキーは、<ミネルバ>から、持ってきた。ポケットアルバムを取り出した。
    そこには、ジョウと仲が良さように腕を組むアルフィンが映っている。
    また、他のページには、リッキーとタロスと映っているのもあった。

    アルフィンは、懸命にその写真をみて、何かを考えている。
    「どう?何か思い出した?」
    リッキーが、勢い込んで訊いた。
    「すみません・・・何も、思い出せません」
    申し訳なさそうに、アルフィンが答えた。

    病室に、重苦しい空気が流れた。

    「おっと、自己紹介がまだでしたな。あっしは、タロス。この、ちっこいのはリッキー」
    わざと、おどけたようにタロスが言った。
    「ちっこいのは、よけいだろ!」
    「ちっこいから、ちっこいと、言ったんだ。なあ、チビ助」
    そう言って、タロスがリッキーの頭を撫でた。
    「チビ助だぁ?ジェイクが言うのも、頭くるけど、タロスまでそれを言うなー!」
    リッキーの顔が真っ赤になった。
    そんな、二人のやり取りを見て、アルフィンが、くすっと笑った。

    アルフィンの笑顔を見て、ほんの少し、ジョウの気分が軽くなった。

    「アルフィン。訊いて欲しいことがあるんだ・・・」
    ジョウは、昨日の夜。皆で話し合ったことを、アルフィンに話し出した。

    それは、今後のアルフィンのことについてだった。
    これから、自分達は、クラッシャーの本拠地惑星アラミスに向かい、クラッシャー技能競技会に出場する。
    アルフィンも一緒に行動するか、もしくは、故郷のピザンに一度戻るか、どうしたいのか、教えて欲しいと。

    それを聞いて、しばらくアルフィンは考え込んだ。
    ほんの1、2分と短い時間だったが、ジョウには、ひりひり焼け付くような痛みを感じる、時間だった。
    「あたくし、<ミネルバ>に参ります。みなさんと、一緒にいさせてください」
    その返事に、三人の表情が明るくなった。
    「そう、こなくっちゃ!」リッキーが指をぱちんと鳴らした。
    「大丈夫、きっと<ミネルバ>に行けば、何か思いだせまさぁ」
    嬉しそうに、タロスがうんうんと頷いた。
    ぎこちない表情で、アルフィンは笑ってみせた。そんな、アルフィンの姿に、ジョウの胸は痛んだ。

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■1089 / inTopicNo.13)  Re[12]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/01(Thu) 14:56:39)
    病院で、もう一度検査をしてから、アルフィンは正式に退院となった。
    四人で、<ミネルバ>に戻った。
    予定が押しているので、すぐさま、出港準備が始まった。
    アルフィンは、怪我をしているので、自室に案内され、しばらく休むことになった。
    自分の部屋だと案内された船室を見て、アルフィンは目を丸くした。
    物凄く、狭い。ピザンで自分が使っていた部屋とは、比べようもない。多分、衣服を収めていたクローゼットよりも狭いだろう。
    だが、その小さな部屋は、初めて入ったというのに、なんだか懐かしい気がした。
    小さなベッドに腰を下ろし、アルフィンはふーと、溜息をついた。

    そして、ぼんやりと、昨夜の事を思い出した。
    ドクターの指示だからと、鎮痛剤を打とうとするナースに、注射を打たないようにアルフィンは懇願した。
    自分の置かれた状況を考えたいと!
    診察を受けたとき、自分の時間が1年以上食い違っていることを知った。
    とても、大きなショックだった。
    昨日まで、ピザンの王宮で父と母と暮らしていたはずなのに、今は見ず知らずの星にひとりぼっち。
    しかも、自分がクラッシャーの仲間だなんて、寝耳に水だ。
    落ち着いて、考えなければならない。そんな状況で、ゆっくり寝てなどいられない。
    アルフィン担当のナースは、アルフィンの状況に大いに同情してくれた。そのナースは、ピザン出身者だったのだ。
    そこで、彼女はアルフィンの頼みを聞き入れ、鎮痛剤を打たなかった。
    おまけに、内緒ですよと、アルフィンに携帯用パソコンを貸してくれた。
    これに、アルフィンは心から感謝をした。

    そして、明け方まで、アルフィンはギャラクティカ・ネットワークでピザンのこと、そしてクラッシャージョウチームのことを調べた。
    そこには、驚くべきことが載っていた。
    ピザンの氾濫だ。
    そんな、大変な事件があったなんて・・・。でも、お父様もお母様もご無事でよかった。
    涙ぐみながら、アルフィンは胸をなでおろした。

    そして、ジョウの活躍には、目を見張った。
    銀河系を震撼させるような大きな事件を、いくつも解決に導いている。
    しかも、そのメンバーの中には、自分の名も連なっていた。
    だが、その実感はない。それどころが、検索した新聞記事に自分が映っていた。だが、それをみても、ぴんとこない。
    まるで、違う世界の出来事のようだわ。それが、アルフィンの率直な気持ちだった。
    だが、現実の自分は、ピザンを出て、今はクラッシャーをしているという。
    それは、何故なのか・・・アルフィンは考えた。そして、一つの答えを導き出した。
    チームリーダーと名乗った、黒髪のあの人。クラッシャージョウ!彼の存在が大きく関与しているに違いない。
    精悍な面差しを思い出して、思わずアルフィンの口元が緩んだ。

    そんなことを思い出している時、部屋の隅の小さなドレッサーに気がついた。ドレッサーには、引き出しがついている。
    何が入っているのか興味が湧いた。引き出しを開けると、小さな本があった。
    何かしら?
    ページをめくって、驚いた。日記帳だった。
    自分が、クラッシャーになってから付け始めたのだろう。1枚目のページには、クラッシャーになれて、喜んでいる様子が書いてある。
    それはアルフィンの日記帳だが、書いた記憶はない。他人の秘密を盗み見るような気分がして、なんだかどきどきする。
    ベッドに腰掛け、ゆっくりと読み始めた。

    あらかた読み終えると、ドレッサーに腰を下ろし、アルフィンはペンを取った。
    自分も日記を書くことにしたのだ。
    書き出しは、こうだ。
    「初めまして、クラッシャーアルフィン。あたしは、もう一人のあなた、プリンセス・アルフィンです」

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■1090 / inTopicNo.14)  Re[13]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/01(Thu) 16:26:33)
    <ミネルバ>は、アラミスに向けて、一路宇宙空間を飛んでいた。
    退院の手続きや、出港などが重なり、みんな昼食はとっていない。
    時刻は、地球標準時刻で16時を指している。

    「ねえ、兄貴。夕飯どうする?」
    リッキーがジョウに訊いた。
    「そうだなー」
    「今日は、リッキー、おめえが作れ」
    ジョウに代わってタロスが答えた。
    「えー、おいらが作くんの?」
    「そうだ、おめえしか、いないだろ」

    「あたくしに、やらせて下さい」
    ブリッジの入り口に、アルフィンが立っていた。
    「いいのかい、アルフィン?」
    思わぬ救世主の出現に、リッキーの顔がほころんだ。
    「はい、少しでも早く、ここでの生活に慣れたいんです」
    そう言って、アルフィンが微笑んだ。とっても、優雅な笑顔だ。
    「じゃあ、リッキー。アルフィンをキッチンに案内してやってくれ」
    ジョウが言った。
    「あいよ!こっちだよ、アルフィン」
    リッキーは、アルフィンの腕を取り、走り出した。

    キッチンに着くと、またもや、大きな衝撃が、アルフィンを襲った。
    小さいのだ。想像以上に。
    まるで、物語に出てくる、小人さんのキッチンね・・・・内心、アルフィンは苦笑いをした。
    「じゃあ、食事が出来たら、そこにある船内スピーカーのスイッチを入れて、教えてね」
    「わかりました」
    「じゃあ、よろしく!」

    あれから、2時間がたった。
    リッキーの腹からは、グーグー音がする。
    「腹減ったよー。まだかな、飯は」
    リッキーが、コンソールデスクに突っ伏した。
    「初めてのキッチンなんだ。我慢しろ」ジョウが言った。
    「だって兄貴ー、おいら・・・」

    その時、船内スピーカーから、食事の用意が出来たことを伝える、アルフィンの声が流れだした。
    「やっほー!飯だ。飯だ!」リッキーは、一目散にブリッジから飛び出した。
    苦笑いしながら、ジョウとタロスが後に続いた。

    食堂では、大きな驚きが三人を待ち受けていた。
    テーブルの上に、もの凄く手の込んだご馳走が、所狭しと並んでいた。
    そして、各人に沢山のナイフとフォークが用意されている。
    それは<ミネルバ>のどこに、こんなに隠してあったんだという数だ。

    「こ・・・これ、アルフィンが作ったのかい?」
    思わず、リッキーの声が震えた。
    「はい。初めてのキッチンなので、時間がかかってしまってすみません」
    申し訳なさそうに、アルフィンが言った。
    「どうぞ、召し上がってください」
    あっけに取られていた三人だったが、気を取り直して、食事をすることにした。
    リッキーとタロスが並んで座り、アルフィンの横にジョウが座った。

    「いっただきまーす」
    リッキーがスプーンを取り、勢いよくスープを飲み出した。
    ズズズーーー。
    「うん、旨いよアルフィン」
    ズズズーーー。リッキーの口元から、豪快な音がする。
    アルフィンがチラリとリッキーを見た。
    それに、リッキーの手が止まった。
    いつものアルフィンだったら、「もう、スープの時には音をさせないの。しょうがないわねー」とか、言うだけなのに。
    さっきの視線は、明らかに好意的なものじゃない。そう、リッキーは受け取った。
    リッキーの目の前で、アルフィンは、静かにスープを飲んでいる。
    固まっているリッキーの横で、こともあろうに、タロスがお上品にスープを飲み始めた。
    あっけにとられたリッキーだったが、あわててそれにならった。

    こうして、<ミネルバ>初となる、静かな晩餐会が始まった。

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■1091 / inTopicNo.15)  Re[14]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/01(Thu) 16:30:36)
    食事が終わり、ジョウ、タロス、リッキーの三人はリビングルームに移動した。
    後片付けは、アルフィンが引き受けてくれた。
    「はあー。アルフィンには、悪いけど、なんだか味がわからなかったよ」
    リッキーは、ソファーの背にもたれかかって、げっそりした表情を浮かべた。

    「確かに・・・」タロスも渋い顔で同意した。
    タロスは思った。食事の時に、何故あんなにナイフとフォークが必要なのかと。未だにわからない。
    「ねえ、兄貴。明日もこの調子じゃあ、飯食った気しないよー。どうにかしてよ!」
    リッキーがジョウの腕をとって、懇願した。
    「どうにかって、言われてもなー」困ったように、ジョウが頭をかいた。

    「そうだ、リッキー。おめえ、アルフィンの教育係りになれ」
    タロスがぽんと膝を叩いた。
    「教育係り?」リッキーの目が丸くなった。
    「そうだ、ピザンの時も、最初おめえ、アルフィンの世話焼いてやっただろ?」
    面倒を押し付けられそうになって、リッキーの顔がひきつった。
    「な、何いうんだよ。そんなの、兄貴の方が適任だよ。ね、兄貴?」
    「いや・・・それは、名案だなタロス」
    「じゃあ、決まりですな」
    タロスがにやりとして、リッキーを見た。
    「ええ?」
    リッキーが情けない声を出した。


    後片付けを終えたアルフィンを、リッキーが、リビングルームに連れてきた。
    ソファに腰を下ろすと、リッキーが喋り出した。
    「えっとね、アルフィン。さっきの食事なんだけど・・・」
    「お口に合いませんでしたか?」さっと、アルフィンの表情が曇った。
    「そんなこと、ないよ!美味しかったよ、とっても」
    慌ててリッキーが否定した。
    「本当ですか?」
    「うん。ただ・・・ちょっと、お上品な料理ばっかりだから、もうちょっと簡単なのでいいんだよ」
    恐る恐るリッキーが切り出した。
    「簡単ですか?」アルフィンが首を捻った。
    「うん」
    「わかりました。次は、もうちょっと簡単な料理にしてみます」
    その言葉に、リッキーはほっとした。いつものアルフィンにこんなこと言ったら・・・。
    「リッキーあたしが作った料理に、あんたけちつける気!」と、散々絡まれたあと、びんたが飛んでくる所だ。
    だが、今のアルフィンは違う。ちょっと、拍子抜けするリッキーだったが、もう一つ、気になっている事を口にした。

    「えっと・・・それとね、アルフィン」
    「はい、なんでしょう?」
    「あのー、言葉遣いなんだけど、なんていうか・・・もっと砕けた感じの方がいいと思うんだ」
    「砕けた・・・ですか?」
    思わぬ要求に、アルフィンは面食らった。
    「うん。おいら達は、宇宙をまたにかけるクラッシャーだよ。お上品な物言いは、似合わないかなぁー・・・・なんてさ」
    探るように、リッキーがアルフィンをみる。
    「わかりました。直します・・・でも、どうしたらいいんでしょうか?」
    困ったようにアルフィンが訊いた。

    「そうだね」リッキーが天井を見上げた。
    「よし!ちょっくら練習をしてみよう。おいらをルーだと、思ってしゃべってみなよ」
    「ルー?」アルフィンは、その名に覚えがあった。最近の、日記によく登場している女性の名だ。

    「じゃあ、まず、挨拶だ。やってみて」
    「初めまして、アルフィンです」
    優雅に笑って言った。
    「違う!違うよ!二人は前に会ったことあるから、それはだめだよ」
    大げさにリッキーが手を振った。
    「は、はい。じゃあ、こんにちは、ルー」

    「うーん。なんか平凡だな。ちょっと、おいらの真似をしてみて」
    「はい」
    コホン、リッキーは咳払いをした。
    「まあ、ルーじゃないの。久しぶりね。仕事でドジ踏んで、今回の競技会、間に合わないんじゃないかって、心配してたのよ」
    アルフィンは、あっけに取られて、リッキーを見た。
    「ほら、アルフィンやってみて」
    「は・・はい」意を決したように、アルフィンは、リッキーの言葉を繰り替えした。
    「うーん。もうちょっと、いやみっぽく言ってみて」
    リッキーの注文に、アルフィンの目が丸くなった。
    「いやみっぽくですか?」
    「そう。二人は、兄貴を巡るライバル同士なんだから、仲良さそうに言っちゃ駄目だよ。さあ、もう1回!」
    渋々、アルフィンは、リッキーの指示に従った。
    「まあ、ルーじゃないの。久しぶりね。仕事でドジ踏んで、今回の競技会、間に合わないんじゃないかって、心配してたのよ」
    「お!いいんじゃない、アルフィン」
    「本当ですか?わあ、うれしい」アルフィンとリッキーは手を取り合って、喜んだ。

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■1092 / inTopicNo.16)  Re[15]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/02(Fri) 18:13:05)
    第三章  惑星アラミス


    クラッシャー技能競技会の開催前日、<ミネルバ>は、アラミスのオベロン宇宙港に到着した。
    「うー、おいら喉が痛くなってきちゃったよ」
    苦しそうにリッキーが首を押えた。
    オベロン宇宙港に着いたジョウの一行は、出口に向かって歩いているのだが、なかなか出口にたどり着けない。
    顔見知りのクラッシャー達が、ひっきりなしに、ジョウ達に話しかけてくるのだ。

    「でも、オベロン宇宙港って、地味なとこかとおもったら、結構賑やかなんだね」
    宇宙港のロビーを見渡しながら、リッキーが言った。
    ロビーは、大勢の人でごった返していた。
    「ったりめえだ。明日から、競技会が始まるんだ。出場するクラッシャー達も大勢やってきてるし、一般の見物客もいるだ」
    タロスが言った。
    「なるほどねー」感心したように、リッキーが頷いた。

    おおいぬ座宙域にある惑星アラミス。ここは、クラッシャーの星だ。
    居住しているのは、元クラッシャーだった者と、その家族。
    いつもは、静かなオベロン宇宙港も、このときばかりは、大変な賑わいを見せている。

    「おい、タロス!」
    背後から、男の声がした。
    振り返ると、そこにはタロスがよく見知った顔がいた。
    「おっ!マーカスじゃあねえか!なんだなんだ、とっくに地獄に行ったと思ったやつが、まだ生きてやがるぜ」
    「言ってくれるなー」
    楽しそうに、マーカスは笑った。
    この、クラッシャーマーカスは、危険物輸送を主に取り扱っている男で、年は42歳独身。浅黒い顔に四角い顔をしている。
    背はあまり高くないので、ジョウとタロスを見上げるように、話をしている。
    このチームは、4年前、三角座宙域でエンジントラブルで船が立ち往生した時、ジョウのチームが助けたことがあるのだ。
    「いやあー、あのときは、ほんとに助かった」
    マーカスが、人の良さそうな笑顔を、ジョウとタロスに向けた。

    「困ってるときは、お互い様さ」ジョウが答えた。
    「ここにいるってことは、あんたも参加するんだな、マーカス?」
    「ああ。強力なメンバーを引き連れての、参戦だ。今から、うずうずするぜ」
    鼻息も荒く語るマーカスの後ろには、二人の男が立っている。
    「マーカス、俺達のこと紹介してくれよ」
    二人のうちの一人、背の低い30歳くらいの男が、口を挟んできた。顔つきは、マーカスに似ている。
    「おっ、そうだ忘れてた」マーカスが頭をかいた。
    「ひどいですね。話に夢中になって、僕達のことを忘れるなんて」
    もう一人の背の高い男が、苦笑いしながら言った。

    「この、イケメンはアベルって言って、3年前、俺のチームに加わった男だ。そして、もう一人が、俺の従弟のジャンだ」
    二人は口をそろえて、ジョウ達に挨拶の言葉を述べた。
    「俺がジョウ。そっちがタロス。そして、リッキーとアルフィンだ」
    ジョウが自分のチームを紹介した。
    ふと、アルフィンはアベルと目があった。
    「よろしく、アルフィン」
    アベルがアルフィンに手を差し出した。
    「こちらこそ、アベル」アルフィンもその手を握り返した。

    「おいおい、アベルは手が早いから、お嬢さん気をつけなー」
    冷やかすように、マーカスが言った。
    「失礼ですね、マーカス。僕は、そんなことしませんよ」
    「そうだよ、叔父さん。アベルが手をだすんじゃなくて、女の方がほっとかないんだよ!」
    羨望か混ざった声で、ジャンが言った。
    「おう、そうだったな」
    アベルという青年は、年はジョウと同じか少し上。柔らかな栗色の髪に、澄んだグレイの瞳。
    まるで、御伽噺の絵本から抜け出してきた王子さまのような風貌だ。

    「マーカス達は、どの競技に参加するの?」
    リッキーが訊いた。
    「俺たちは、操船の部と爆発物解体の部に出る予定だ」
    「爆発物解体?へー、面白そうな競技だね」
    「ああ。大会初日にやるから、よかったら見に来てくれ」

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■1093 / inTopicNo.17)  Re[16]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/02(Fri) 18:14:35)
    マーカスのチームと別れたジョウ達は、競技会に正式エントリーするために、クラッシャー評議会総本部ビルがある市内に向かった。
    すでに、評議会から競技会開催の知らせを受けたときに、仮登録は済んでいる。が、規定上、大会に参加するクラッシャーは、評議会ビルに設けられた、
    競技会開催本部に出向き、正式な手続きをしなくてはならない。

    オベロン宇宙港からは、あらかじめエアカーの予約を入れていたので、スムーズに移動が出来た。
    明日からのクラッシャー技能競技会のため、エアカーは、すでに予約で一杯だった。
    もし、予約をしていなかったら、込み合うシャトルバスに乗るか、タクシー待ちの長い行列に並ぶしかない。

    エアカーは、ジョウが運転した。
    スピードは300キロ。、ジョウにしては、安全運転だ。
    これは、まだ頭の傷がいえない、アルフィンを気遣ってのことだ。
    「アラミスって、農業惑星なんですね」
    ジョウの隣に座るアルフィンが、外の風景を眺めながら、言った。
    ハイゥエイの周りには、緑の草原が広がっている。そのほとんどが、農園か牧草地である。
    「ここは、引退したクラッシャーが住む星でね、引退して農業をはじめる人間が多いんですよ」タロスが説明した。
    それは、宇宙空間を所狭しと活躍した剛の者達が、最後に大地との絆を求め、自然に帰ろうとするのだろうと、アルフィンは思った。

    市内に入ると、ひときわ背の高い建物が見えてきた。
    「ねえ、兄貴、あれなんだい?」
    リッキーがその建物を指さした。
    「ああ、あれはアラミスタワーだ」
    「アラミスタワー?」アルフィンが聞き返した。
    「この星で、一番高い建物なんだ」
    「眺めが良さそうですね」
    「タワーの周りは、でっかい公園になってるんだ。競技会が終わったら、皆で行ってみよう」
    ジョウの言葉に、嬉しそうにアルフィンが頷いた。
    実の所、記憶のないアルフィンにとって、クラッシャー技能競技会は大きなプレッシャーでしかない。
    だが、それが終わったら、ジョウと一緒にアラミスの市内をみてまわれる。
    楽しみが出来て、アルフィンの胸が弾んだ。

    アラミスタワーを通り過ぎ、目指す、クラッシャー評議会総本部ビルが見えてきた。
    ジョウの運転するエアカーは、通称オクタゴン、評議会総本部ビルの地下駐車場へと、滑り込んだ。
    そして、空きスペースをみつけてエアカーを止めた。
    「さあ、手続きに行こう」
    四人は、エレベータで、まず1階ロビーに向かった。

    受付に座っているアンドロイドに、エントリー手続きをするために来た旨をつげ、競技会開催本部の場所を訊いた。
    「手続きは、24階の競技会開催本部でお願いいたします」
    抑揚のない声で、アンドロイドが教えてくれた。
    四人は、エレベータに向かって歩き出した。

    「よお、みんな!これから、エントリーか?」
    聞き覚えのある声がした。
    そこには、バードが立っていた。

    「おや、初めて会う顔だな。リッキーおめえ、誰だか知ってるか」わざとらしく、タロスが言った。
    「うーん。クラッシャーじゃないみたいだから、きっと、宇宙軍の人じゃないかな?」
    嫌味っぽく、リッキーが答えた。
    それを聞いて、バードが顔をしかめた。

    「おいおい、もう許してくれよ。何度も、謝ったじゃないか」
    バードも絡んだ、ハルストン工業を巡る騒ぎの際、<デスエンジェル>という細菌兵器によって、ジョウが死にかけたのだ。
    大切なチームリーダーが生死の境をさまよったので、二人はバードのことを、まだ許していなかった。

    「謝っただぁ?おい、リッキーおめえ、それ聞いたことあるか?」
    「ううん。おいら、一度も聞いたことないよ」
    二人のそんなやり取りを聞いて、バードは、大きなため息をついた。

    「悪かった。謝る。すまなかった」バードが言った。
    「うん?何か聞えたか、リッキー?」
    「さあ。蚊の鳴くような声で、聞えなかったよ。もっと、大きな声でいってくれなきゃ!」
    バードは、顔を赤くして叫んだ。

    「すまなかった!!勘弁してくれ!!もうこれで、いいだろう!」
    ロビーに、バードの大声が響き渡った。

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■1094 / inTopicNo.18)  Re[17]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/02(Fri) 18:18:46)
    「ちょっと、困りますよ。大きな声を出されては!」
    バードの声を聞きつけた、ここの職員らしき男が足早にやってくるのが見えた。
    「なんだぁ、あいつは?」タロスが言った。
    「ちっ!うるさいやつに見つかった」バードが顔をしかめた。
    「おめー、アイツのこと知ってんのか?」
    「ああ。事務方の人間で、堅物スミスだ」
    「堅物スミス?なんだぁ、そりゃあ?」
    「ただの、ニックネームだよ。ただ、規則にうるさくて、あいつに捕まると、1時間は絞られるぞ」
    確かに、大またで近づいてくる男は、いかにも杓子定規な感じを漂わせている。

    「あなた方、ここで何をなさってるんですか!今回、競技会を観に、一般の方も大勢来るんです。ただでさえ、ならず者だの、柄が悪いだのと、
    世間から言われてるんですから、それを訂正するいい機会なんですよ。なのに、あなた方のように、公共の場所でマナーが守れないようでは、
    困ります。またイメージが悪くなるじゃないですか!」
    有無を言わせぬ調子で、お小言が始まった。

    「いえいえ、ちょっと、世間話をしていたら、うっかり大声をだしちまっただけでして」
    タロスが揉み手をしながら、スミスに言った。
    「そうなんです。まことにもって、失礼しました。今後、気をつけます」
    バードも腰を低くして、謝った。
    「世間話ですか?そうは見えませんでしたが?」
    スミスは、かけている銀縁の眼鏡を直しながら言った。
    「いやあー、あっしら大の仲良しで。なっ、バード?」
    「おっ。そうだな、タロス」
    二人は仲良さように、がっちり肩を組んだ。
    その様子に、スミスは、フンと鼻を鳴らした。
    「大声をださないよう、気をつけてくださいよ」と言って、元来た場所に帰って行った。

    その姿を見送って、タロスとバードが安堵の溜息をついた。
    そして、はっとしたように、腕を振り解いた。
    「もう、そのへんで許してやれ、タロス、リッキー」ジョウが言った。
    「仲直りしようや、なあタロス」
    バードがタロスを見た。
    「ふん。チームリーダーの言葉には、逆らえん」明後日の方を向いて、ぼそっと、タロスが言った。

    「で、どうしてここにいるんだ、バード?」ジョウが訊いた。
    「皆に情報を持ってきた」低い声でバードが答えた。
    「どういうことだ?」ジョウが眉をひそめた。
    「向こうで、話そう」
    バードが、ロビーに用意されている応接セットの一つを指差した。

    腰を下ろすと、バードが切り出した。
    「使命手配GB18009を覚えてるか?」
    「覚えてるとも」ジョウが答えた。
    「アイツが、どうしたのさ?」リッキーが訊いた。
    「刑が確定して、収監のため移送中・・・脱走しやがった」
    バードの言葉に、ジョウ、タロス、リッキーが、顔をしかめた。
    ただ一人、アルフィンは何の話だか、わからない。困ったような表情のアルフィンに気がついて、ジョウが口を開いた。

    「使命手配GB18009は、あるテロリストの番号なんだ」
    「テロリスト?」
    「うん、おいら達少し前に、太陽系国家ゴーフリーで仕事をやったんだけど、その前に、ぱぱっと片付けたのが、そいつなんだよね」
    リッキーが、少し頬を染めながら教えてくれた。

    「無差別テロを繰り返していたやつで・・・名前は確か・・・」タロスが顎に手をあて、首をひねった。
    「ロルフだ。ロルフ・フリード」ジョウが言った。
    「そう、テラの銀河連合郵政局のビル爆破や、惑星ウォンカで大きな製菓工場を吹き飛ばしたやつだ」バードが続けた。
    「あいつ、兄貴に捕まったとき、絶対復讐するから、覚えてろって!わめいてたよね」
    「ああ」
    ジョウは自分に向けられた、憎しみのこもった目を思い出した。

    「・・・で、そいつが脱獄して、俺たちを狙ってるってことか?」
    ジョウがバードを見た。
    「ああ」バードがうなずいた。
    タロスが思わず噴出した。
    「おめえー、そんなくだならい話を教えるために、わざわざアラミスにやってきたのか?」

    「そんな、簡単な話じゃないんだ」
    いつになく、バードの表情は真剣だ。
    その様子に気づいたタロスは、軽口をやめた。
    「どういうことだ、バード」
    ジョウがバードの顔をみた。

    「ジョウ。豪華客船<オルフェフス>号の事故を覚えてるか?」
    その船の名前に、ジョウとタロスの眉が、ぴくりとした。
    「なんだい、その<オルフェウス>号って?」リッキーが訊いた。
    「それは、俺がクラッシャーになるきっかけの事故だった」ジョウが言った。
    「・・・ああ。そいつは、とんでもねー大事故だった・・・」ぽつりと、タロスが言った。
    タロスが、静かにその事を話し出した。
    9年前に、宇宙の塵となった悲しい客船の話を。

    「・・・じゃあ、救助に向かってトラブルにあったジョウのお父様を、ジョウが助け出したんですね?」
    「ああ。俺が行ったとき、<オルフェウス>は爆発寸前。親父とエギルを助けるのが精一杯だった・・」
    「あの事故で、二千人以上の乗客が亡くなったんでさあ」
    人事のようにタロスが言った。しかし、ジョウは知っている。あの事故の際、タロスも心と体に大きな傷を負ったことを。
    「それで、その事故とやつは、何か関係があるのか?」ジョウが訝しげに訊いた。
    「ロルフ・フリードは、<オルフェウス>号と逝った、船長モーガンの一人息子だ」
    「何だって!!」バードの言葉に、ジョウとタロスが合唱した。
    あまりのことに、口を開いたままだ。

    「ロルフは、クラッシャーを憎みきっている」バードが低い声で言った。
    「なんでだよ!兄貴のお父さんは、困っている船の救助に向かったんだろ?感謝されるとこなのに、なんでクラッシャーを逆恨みするんだよ!」
    バードの言葉に、リッキーの鼻息が荒くなった。
    「それは、マスコミのせいだ・・・・事故究明委員会の正式発表の前に、誤報が銀河中を駆け巡った。事故の責任は、船長のミスだとね。
    そのせいで、感情を高ぶらせた暴徒が、ロルフに嫌がらせを繰り返し、ついには、家を焼き払ったんだ。だが、実際はそうじゃない。
    手抜き工事の欠陥船だったんだ、<オルフェウス>は。だが、その発表は、随分後になってからされた・・・・そして、その間、マスコミは、親っさんと
    エギルのことを、英雄だと褒め称えた」
    バードの言葉に、リッキーとアルフィンは、表情を曇らせた。

    「そのとき、ロルフはいくつだったんですか?」アルフィンが訊いた。
    「ジョウと同じ、10歳だったはずだ」
    「10歳・・」
    その年齢を聞いて、アルフィンの胸が痛んだ。年端もゆかぬ少年が、父をなくした悲しみを癒すまもなく、冷たい世間の風にさらされたなんて・・・。
    アルフィンは、ロルフという少年に、心から同情した。
    「そっか・・・おいらは、生まれついての、孤児だけど、急に親がいなくなるのも、つらいんだろな・・・」しんみりと、リッキーが言った。
    硬い表情で、ジョウが口を開いた。
    「だが、犯罪は犯罪だ。あの男は、何の罪のない人たちを、面白半分に爆弾で吹き飛ばした」
    「ジョウの、言うとおりだ」力強く、バードがうなずいた。
    「そして、やつは脱走する前に、同じ移送船の奴にこういっていたらしい。惑星アラミスで、面白いことが起こるってな」
    バードの言葉に、全員が押し黙った。
    ジョウの胸に、どす黒いシミが渦舞いた。

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■1095 / inTopicNo.19)  Re[18]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/02(Fri) 18:24:14)
    バードと別れ、ジョウ達は正式エントリーに向かった。
    24階に設けられた競技会開催本部で、手続きを終えたジョウ達は、エレベータへと歩き出した。

    「ジョウ、親っさんの所へ寄らないんですか?」タロスが訊いた。
    「どうせ、明日の開会式で顔は見れる。着いたからと言って、いちいち行く事もない」
    めんどくさそうに、ジョウが言った。
    「それはいけないわ、ジョウ。お父様は、きっと心配なさってるわ。近くにきたのなら、やっぱり、顔を見せてあげないと」
    アルフィンが諭すように、ジョウに言った。その姿は、さすが一国の王女、堂々としており、やんわりとだが有無を言わせない。

    うーと、唸るジョウをエレベータに押し込み、タロスはダンの部屋がある、38階のボタンを押した。
    最上階である、38階に着くと、四人は広々とした廊下を歩き、一番奥にある、クラッシャー評議会議長の部屋へとやってきた。
    不貞腐れた様子で、ジョウがドアをノックした。
    「ジョウだ」それだけ言うと、ジョウはドアを開けて、中に入った。

    「久しぶりだな」
    自分のデスクに座ったままで、ダンがジョウとタロスに顔を向けた。
    「ご無沙汰しれおりやす」タロスが挨拶した。
    「あれー?」リッキーが素っ頓狂な声を出した。
    そこには、意外な顔が揃っていた。
    クラッシャーマーカスのチームが、ソファーに座っていたのだ。

    「なんだ、マーカス。ここに来てたのか?」
    「そうなんだ、ジョウ。競技会の前に、親っさんに挨拶しようと思ってな」
    「お前たちも、立っていないでかけたまえ」ダンが言った。

    ちょっと顔を出したら、さっさと帰る目論見がはずれて、ジョウの機嫌が悪くなった。
    親父のとこに来たって、話す事なんて、何もない。ジョウは内心毒づいた。

    ジョウ達が腰を降ろすとすぐ、部屋がノックされ、トレーに飲み物を載せた女性が入ってきた。
    そして、用意してきた数より、来客の数が増えているのに、気づいた女性が一瞬、困った顔をした。
    女性が、首からさげた、IDカードの名をパッと見て、アベルが声を掛けた。
    「僕達は結構ですよ、ナタリーさん。さっき、エギル議員のところで、ご馳走になりましたから」
    「いえ、すぐお持ちしますから」
    ナタリーと呼ばれた中年の女性は、にっこり微笑むと、持って来た分をジョウ達に配り、追加の分を作るため、素早く部屋を出て行った。

    「まったく、アベルにかかると、どの女性も目がハートになっちまうな」
    呆れたように、マーカスが言った。
    「本当ですよ。エギルさんのとこにお茶を持ってきてくれた人なんて、アベルに見とれてカップを落とすし」
    ジャンが言った。
    「違いますよ。僕に見とれたんじゃなくて、手が滑ったんですよ、マーサさんは」
    「なんだおめーら、そっちにも行ってたのか?」タロスが口を挟んだ。
    「ああ。エントリー手続きをしてたら、エギル議員がいたんで、ちょっとお茶をご馳走になったんだ」
    マーカスが答えた。
    「でも、ダーナさん・・・なんだか、顔色が優れませんでしたね」
    思い出したように、アベルが言った。
    「ダーナが?」ジョウが訊いた。
    「ええ。なんだか、疲れがたまっているように見えましたけど」

    「確かに、ダーナのチームは、キツイ仕事が、終わったばかりだって話してたな」マーカスが言った。
    「まあ、休暇を取りたくても評議会からの仕事が回ってきたら、断れねー、因果なもんよ」
    「それは聞き捨てならんな、マーカス」今まで黙っていたダンが、口を開いた。
    「いっけねー!ここは、その評議会議長の部屋だった。うっかり口がすべったぜ!」
    そう言って、マーカスが自分の広いおでこを叩いたので、みんながどっと笑った。

    「そういえば、爆弾テロに巻き込まれたそうだが、怪我の具合はどうだねアルフィン?」
    突然、ダンに話しかけられ、アルフィンはドキッとした。
    「はい、おかげさまでよくなりました」
    そう言って、アルフィンは笑って見せた。
    しかし、その場にいる全員は、そんなことは信じないだろうと、ジョウは思った。
    アルフィンの頭には、傷を保護するため、包帯が巻かれている。
    しかもアルフィンは、記憶障害だ。なんとなくアンバランスな雰囲気をかもし出している。
    それは、たおやかなプリンセスが、精一杯背伸びをして、クラッシャーの振りをしている。そのせいなのかも、しれない。

    「そうそう、その爆弾テロがあったときって、俺たちもその星にいたんですよ」ジャンが言った。
    「え?そうなの」リッキーが目を丸くした。
    「ああ。丁度、物の受け取りがあってな」マーカスが言った。

    しばらく話に花を咲かせて、ジョウとマーカスのチームはダンの部屋を出た。
    マーカスのチームは、船のメンテがあるというので、そこで別れた。

    そして、ジョウ達が廊下を歩いていると、ある部屋のドアが開いて、エギルとルーが出てきた。

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■1096 / inTopicNo.20)  Re[19]: 惑星アラミスの黒い罠
□投稿者/ りんご -(2006/06/02(Fri) 18:27:18)
    「まあ、ジョウじゃないの。久しぶりね、元気だった?」
    ジョウに会えた喜びで、少し頬を上気させたルーが言った。
    「ああ。ルーこそ元気そうじゃないか」
    あのまま、ダーナ達と帰らなくて、正解だったわ。心の中で、ルーが呟いた。

    この人がルー・・・。
    アルフィンが、こっそりと観察を始めた。
    自分達のクラッシュジャケットとは違う、派手なセパレーツタイプの服を着ている。しかも露出度がたかい。
    そして、男の視線を吸い寄せるあの胸!
    会った瞬間から、アルフィンはなんだかルーに好意を持てなかった。

    「よお、ジョウにタロス。相変わらず、派手に仕事をしてるようだな」
    エギルがにやりとした。
    「おひさしぶりです」ジョウが挨拶した。
    「よせよせ、そんな他人行儀な挨拶は」
    笑いながら、エギルがジョウの肩を叩いた。
    「かわりませんな、エギル議員も」
    皮肉とも取れる口調で、タロスが言った。
    「おうさ、こちとら、泣く子も黙る評議会委員。そして、あしたから始まる競技会の実行委員だ。せいぜい、辛口で点数つけてやるから覚悟しとけよ」
    嬉しそうにエギルが言った。

    「そうだわ、お父様。私、ジョウに話があるの。後から行くから、ロビーで待っててください」ルーが言った。
    「わかった」
    「ちょっと、ジョウを借りるわね」
    そう言うと、ルーは強引にジョウの手を引っ張り、エレベータとは反対の方向に歩いていった。
    「よし、俺たちはロビーで二人を待つとするか」
    エギルに促されて、タロス、リッキー、アルフィンはエレベータに乗り込んだ。

    アルフィンの胸中は複雑だった。
    二人で何の話をしているのかしら?

    ルーに腕を引っ張られて、人気のない会議室に連れ込まれた。
    「なんだ、話って?」
    ルーのペースに巻き込まれて、むっとしながらジョウが言った。

    「例の手紙の件なんだけど」
    低い声で、ルーが用件を切り出した。
    「手紙?何のことだ?」
    ジョウの言葉に、今度はルーが面食らった。
    「手紙よ。このところ続けざまに届いてる、脅迫状のことよ!」
    「脅迫状?なんだそれは?誰のところにきてるって?」
    呆れたように、ルーがジョウを見た。
    「ジョウ・・・あなた、本当に知らないの?」
    「ああ」
    ルーはポケットから、一通の手紙を取り出し、ジョウに差し出した。
    「このところ、お父様の所に、こういう手紙が届くのよ」
    ジョウは受け取って、中を読んだ。

    <審判の時は来た。奢る者には、地獄の業火を!神の鉄槌は、今振り落とされん>

    「エギルあてに・・・」
    「そう、もう8通ほど。届いてるわ」
    「そうか。一体誰がこんなものを・・・エギルは心当たりがあるのか?」
    「ないって言ってるわ。でも、そんなことより、ジョウ。これとまったく同じ手紙、あなたのお父さんのダンの所にも届いているのよ」
    「なんだって!」


    来客が帰った後、ダンは書類に目を通していた。
    バタン!いきなりドアが開いて、ジョウが飛び込んできた。
    「どうした、忘れ物か?」
    ジョウは、デスクに座っているダンの顔を、思いっきりにらみつけた。
    「どういうことだ?」ジョウが言った。声がわずかに、震えている。
    「何のことだ?」
    「どうして俺に言わないんだ。脅迫状が届いてるってことを!」
    拳でダンのデスクを叩いた。怒りのために、ジョウの顔は真っ赤だ。

    「そのことか」
    それだけ言うと、ダンは再び書類に目を落とした。
    あまりの無関心さに、ジョウの怒りが頂点に達した。
    ダンの手から書類をひったくると、宙に投げ捨てた。
    ダンがジョウを見据えた。
    「今の書類は、明日からの競技会の大切な資料なんだぞ」
    席を立つと、ダンは書類を拾い始めた。

    「なんで・・・どうして、あんたはいつもそうなんだ・・・俺の事には介入してくるくせに、自分のことは話さない・・・」
    ジョウが、肩を震わせた。
    「手紙の件は、たいしたことじゃない。だから、お前には話さなかった。それだけで、他意はない」
    ダンが静かにジョウの目を見た。
    ジョウは、ダンが拾おうとしていた最後の一枚を掴むと、デスクに叩きつけ、部屋を出ていった。

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