| 15th MARCH(8日目)
「はあ・・・。やっと一息つけたね」 ミネルバのリビングルーム。リッキーがソファにあぐらをかき、リビングの壁に埋め込んである38インチモニタ画面のスイッチを入れた。 アラミスからの要請で請け負ったプルトニウム輸送が予定より早く終わり、クラッシャージョウのチームはゆったりとした時間を過ごしていた。
大犬座宙域の第5惑星フルドから、くじら座宙域の惑星ロスまでの長い航路。予定では10日かかるはずだったが、多少無理なワープを入れて7日間の旅に短縮することができた。 ジョウのチームにとってはいつものことであるが、超の付く売れっ子である彼のチームには、次から次へと仕事の依頼が舞い込んでくる。比較的簡単な物資の輸送・著名人の護衛、面倒なものでは惑星改造・宇宙ステーションの建設・小惑星の爆破など多種多様だ。命の危険に晒されることも多く、常に身体・精神ともに極度の緊張を強いられる。 今回は、プルトニウム輸送のみだったから、ジョウ達にとっては朝飯前の仕事といってもよい。しかし、ここ半年の間ろくに休みをとっていないジョウ達にとっては、かろうじて残しておいた精気を奪い去っていくには充分であった。 ジョウ自身、かなりの疲労が溜まっており、断りたいのは山々だったがアラミスの上層部からの直々の依頼となれば、当然断れるはずもない。鬼のように荒れるアルフィンとリッキーを散々なだめすかし、やっと引き受けることにしたのである。
が。 ジョウはさすがに条件をつけた。 ”この仕事のあと10日間の休暇を確約すること” この条件を呑まなければこの依頼は受けない。ジョウにしては珍しく強固なまでの態度でアラミスに要請を出し、果たしてアラミスはその条件を呑んだのだった。
そして現在、休暇までの静かなひと時を、ミネルバは白鳥座宙域を目指し自動制御航行している。ジョウ・タロス・リッキーはリビングで思い思いの時間を過ごしていた。 ジョウは、ノート型パソコンをリビングまで持ち込み、終了したばかりの仕事内容をレポートにまとめ始めた。パソコンの右横には豆から挽いたブルーマウンテン。いつもは時間短縮のため、簡単にインスタントコーヒーで我慢しているが、なにせ明日からは久し振りのまとまった休暇だ。多少贅沢な時間を過ごしても罰は当たらない。そして、リビングのセンターテーブル横にはドンゴが控え、ジョウの指示するデータをあれこれピックアップしている。次々と出されるジョウの要求に的確に応え、データ表やグラフを作成しジョウに渡す。いつもなら決まってアルフィンが邪魔に入るため自室で行う作業だが、彼女が留守の今は心置きなくリビングに居座ることができる。 明日からは仕事を早く片付けた分、約2週間の長期休暇が待っている。1日たりとも無駄にはしない。何が何でも今日中にアラミスへレポートを送り付け、休暇中は死ぬほど惰眠を貪ってやる。 面白いようにレポートが片付いていく状況に、ジョウは心の底からニンマリした。
一方、タロスはミネルバを自動航行に切り替えたあとリビングへやってきて、先にきていたリッキーと仲良くソファに腰掛けギャラクティカル・ニュースを見ていた。ちょうどモニタにはスポーツニュースが流れている。なんと言うこともなくリッキーがリモコンでチャンネルを切り替えようとした時、 「あ、バカ!チャンネルを元に戻しやがれ」とタロスがリッキーにすかさず拳骨を振り下ろした。 「・・・ってええ」 リッキーは両手で頭を抱える。 タロスはりっきーからリモコンを奪い取り1つ前のチャンネルに切り替え、食い入るようにモニタを見つめる。どうやら贔屓のフットボールチームの試合結果が流れていたようだ。モニタの中で試合を見ていた観客の大歓声が響き渡る。それを見たタロスは、大きくガッツポーズを作ったあと、満足そうにコーヒーをすすりながら 「よーし、レッドフォックス2連勝か。これで単独首位だ。今シーズンはいただきだぜ」 と上機嫌でリッキーに向き直ろうとした。 が、その時。 「痛えじゃねえかよ。おいらのデリケートな脳みそが破壊されたらどうすんだ」 リッキーが手元にあったチャンネル表を掴み取り、それを手の中でくるっと丸めたかと思うと迷わずタロスの頭めがけて振り下ろした。 バキ!! 鈍い音とともに、タロスは頭を直撃されて蹲った。全身の8割がサイボーグ化されたタロスといえども、頭は数少ない生身の部分。じんじんと鈍い痛みが頭全体に響き渡る。 「・・・ってええ。テメエ!何しやがる!! 何がデリケートな脳みそだ。お前の脳みそなんかせいぜいサイコロ大くらいしかないだろうが。ねずみ程度のおつむのくせにデカイ口叩くんじゃねえ!!」 涙目になりながらタロスが吠える。 「ペッペッペ、バカ言ってんじゃねえよ!ミネルバで待機しかできないジーさんに言われたかねえや。おいらは兄貴のコパイと宇宙での船外修理と大変だったんだ。頭も体もタロスの100倍は使ってらあ!貢献度ってもんが全然違うんだよ!!」 「あんだとお!?」 (また始まった・・) ジョウは不毛な二人の会話を聞きつつ、軽くため息をついた。 いつもなら、この二人の争いに「いいかげんにしなさいよ!!」とアルフィンが割ってはいるところだ。自分がジョウに構って欲しい時には、どれだけジョウが忙しかろうが、眠かろうが猫のようにしつこく纏わりついてくるくせに、自分以外の人間がジョウに不利益になるとみなすや怒りの鉄拳を振り下ろす。タロスとリッキーにしてみれば不条理極まりないのであるが、そのような理屈は通用しない。アルフィンが白といえば白、黒といえば黒、これがミネルバの掟なのだ。 しかし、幸か不幸か今彼女は不在。
仕方なくジョウが間に入る。ギャアギャア言い争っている二人に 「いいかげんにしろ!気が散ってしょうがねえっ!!」 バン!とテーブルを叩き一喝した。 一瞬、二人の動きが止まる。 そお〜っとリッキーがジョウに向き直る。ギラリとした目のジョウと目が合った。 「だあってさあ、兄貴。このジーさんが・・」 リッキーがおたつきながらタロスを指差した。 「誰がジーさんだ、コラ。先輩に向かって口の聞き方ってもんを知らねえのか!」 「ホントのことだろ。ほとんど生きた化石のジーさんはすっこんでろ!」 「やかましい!黙れっ!!」 ブチ切れたジョウが叫んだ。りっきーは飛び上がり、タロスの背後に身を隠す。タロスも小さくなってソファに座り直す。 その様子を見たジョウは、ため息をつき 「・・・ったく。こっちはしっかり休みをとるためにレポート必死で作ってんだ。ちったあ気を遣えよ・・」 ぶつぶつ言いながら再びキーボードを叩き始める。 「「すいません」」 タロスとリッキーが小さくなりながら、ソファの上で声を揃えた。
|