| 〔想定外 その1〕
「うわあああああ!!!!」
ミネルバのブリッジ。副操縦席で、アラミスへの仕事の報告書をレポートにまとめていたジョウが叫び声をあげた。信じられないものを見るかのようにその目は大きく見開かれ、叫び声をあげたその口はあんぐりと開いたまま閉じることができない。思わず席から立ち上がり、コンソールパネルのキーボードを物凄い勢いで操作し始めた。
「なに!?どうしたの??」 「兄貴!?」
アルフィンとリッキーが尋常ではないジョウの様子に驚いて、自分の席を飛び越えるように駆け寄ってきた。 「うわ〜〜、ウソだろ〜〜〜!!」 ひとしきりキーボードを操作したあと、ジョウはしばらく呆けてつぶやき、ヨロヨロと脱力したように副操縦席に倒れこむ。 「なによ、ジョウったら。もう、コレを保存しちゃえば完成でしょ。アラミスへのレポート」 「・・・なんだよ。まさか、データ消しちゃったわけじゃないだろ、兄貴」 レポート作成を手伝ってくれていたアルフィンとリッキーが矢継ぎ早に口を開く。リッキーは、なにか嫌な予感があるのか恐る恐るジョウを覗き込みながら聞いてくる。 副操縦席に倒れこんで両手で顔を覆っていたジョウは、しばらく沈黙した後低くくぐもった声で 「・・そのまさか」 と答えた。 「え”・・・・」 と、アルフィンは鳩が豆鉄砲を喰らったように棒立ちになり、リッキーは 「・・げーーー」 と、うんざりしたようにフロアに倒れこみ大の字になった。 「うっそでしょう!?あと保存しちゃえばアラミスへ送信するだけだったじゃない。全部消えちゃったの?」 アルフィンは副操縦席のコンソールパネルに身を乗り出し、消えたデータを呼び出しできないか操作すべくキーボードを叩き始めた。いつもならばアルフィンに身を寄せられたりしたら、一気に血液が逆流し顔が真っ赤になってしまうところだが今はそれどころではない。ぐったりと副操縦席に身を預け右側の肘掛に腕をついて、こめかみの辺りを人差し指と中指で支える。 何せ夕食の後3人がかりでやっと完成させたレポートだ。完成させるまで2時間かかった。もともとノート型パソコンで途中までのデータを作成していたため全滅は免れたものの、メインコンピュータに取り込もうとしていた今回の仕事内容への考察と反省の弁は、見事に吹っ飛んだ。 だいたい、文章を書くことなど性に合わない。 それだけにあれやこれやと試行錯誤してやっと搾り出した文章のうち、一番無くしたくない箇所が消失したのだった。
ジョウの横では、身を乗り出してキーボードをあれこれ叩いていたアルフィンが 「何コレ。メインが落ちちゃってるじゃない」 と悲痛な声をあげた。 「ジョウ、どっか変なところ押しちゃったんじゃないの?」 「んなわけあるか。普通にいつもどおり保存しようとしたら、いきなりブチっと切れてブラック・アウト」 ジョウはうっすらと目を開けたものの、視線は足元に落としたまま抑揚なく答えた。もう精も根も尽き果てたという感じだ。 「・・なんなんだよ。よっぽどのことがなけりゃあ、メインなんて落ちないぜ」 ジョウが打ちのめされながらつぶやいた。 「でもさあ、ミネルバのメインにアクセスできるのってタロスか兄貴だけじゃん」 リッキーがフロアに横になりながら口をはさむ。ジョウ同様、両手で目の辺りを覆って軽く両瞼を押さえている。 しかし、タロスは右腕のメンテナンスのため外出しており今は不在だ。タロスが原因ではないことは明白だった。 「・・俺は何もしてないって。通常の作業をやっただけだ」 一応反論はしたが、ジョウの声に力はなかった。アルフィンとリッキーの手伝いが入る前から黙々とレポートを作成していたジョウだ。実務が終了してすぐレポート作成に取り掛かったせいで、ほとんど睡眠を取れていない。実際かなりの疲労がたまっていた。もしかしたら無意識に何か誤った操作をしてしまったのかもしれない。自分の行動に自信がもてない状況に心底うんざりしながら、ジョウは隣でメインコンピュータを再起動させようとしているアルフィンに目をやった。
ーーーーと。
”ヴィ・・” いきなり真っ黒だったコンソールのモニタ画面に初期画面が戻ってきた。いくつかの画面が瞬時に開き、たくさんの数字の羅列が出現する。そして、その数字の列がすごい勢いで画面の上をすべるように流れていく。 「何、コレ!?」 アルフィンが素っ頓狂な声をあげてモニタを食い入るように見つめている。 すでにジョウが座っていることなど気にも留めず、ジョウの席の左側の肘掛に腰をおろしコンソールの上に覆い被さっている状態だ。 「なに」 ジョウは、席に深く体を預け目を閉じたままアルフィンに声をかけた。もはや首を動かすことも億劫だ。 アルフィンは右手をその小さな顎に当てながら画面をしばらく見つめていたが 「ジョウ?」 と、視線をモニタ画面に置いたまま声をかけてきた。 「・・なんだよ」 と、ジョウが答える。 「・・・・いたわよ」 「なにが」 「あと一人、メインコンピュータにアクセスできるヤツ」 低い声でアルフィンがつぶやいた。右手でジョウの右腕をひっぱる。 「誰」 「今、格納庫からメインにアクセスしてる」 「はあ?格納庫??」 ジョウはアルフィンの体に触れないように、ゆっくりと上体を右側にずらしながら彼女と一緒にコンソールのモニタを覗き込む。 そして、そんな二人のやり取りを寝転びながら聞いていたリッキーも、のろのろとフロアから身を起こしアルフィンの左横からモニタに目をやった。 すると。
「「「!!!!」」」
そこには、おそらく100%この騒動のキーパーソンであろうものの名前が表示されていた。 D・O・N・G・O と。
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