| 【白闇】
モロトフの右手が白い布を掴んだ。少女の動きが無理矢理止められた。 「いい加減にしなさい、ネネト」 そう言いながら、手を白い布から離し、今度は両手でネネトの身体を抱えた。 「何度言ったら分かるんだ。勉学もネネトにとっては必要なことなのだ」 ネネトは口を尖らせて、モロトフに反抗した。 「だって、つまらない!机に向かって本を開いて。そんなの絶対つまらない!じっとしていることなんてもっと出来ない!」 何とかモロトフの両手から逃れようと、身体を捻(ねじ)ったが、やはりモロトフの力の方が強い。 「離して。離してってば!」 「こんなに言っても分からないのならば…」
モロトフは、ネネトの左腕を掴み、引きずるように移動した。 「痛い、痛いってば!」 ネネトはささやかに抵抗するが、状況は変えられない。ずるずると引きずられながら廊下を進む。そして、ある部屋の前まで来ると、モロトフの歩みは止まった。 何だ、ここ? 今まで何度もこの部屋の前を通っていたけれど、実際に入ったことはなかった。気にはなっていたけれど、深く考えずにいた。 ネネトは首をかしげる。
「ここ、何?」 「ここは…」 モロトフが、部屋のノブを回した。 まず最初に目に飛び込んできたのは、真っ白な壁だった。部屋の中には、調度品の類は一切置かれていない。そして無人だ。何もないのと壁の白さで、部屋の大きさが瞬時には掴めなかった。まるで、異次元の空間のようだ。だが、目を凝らしてよく見ると、それはただの小部屋だというのがネネトにも分かった。 「ここは、ネネトが今までの行いを反省する場所だ!」 モロトフはそう言うのと同時に、ネネトの身体を部屋に押し込んだ。 唖然とするネネトの後ろで、ドアが乱暴に閉められた音がした。
「待って。待ってったら、モロトフ!!」 ネネトは、ドアをどんどん叩く。重厚な作りのせいか、その音はひどく鈍い。 数瞬の間を置いて、鍵がガチャリと掛けられた音がした。 「げっ」 ネネトは蛙が潰れたような声を上げ、更にドアを強く叩く。 「出せ、出せったら───」
ドアの反対側からは全く反応がない。 ドアを叩く手を止め、ネネトはそうっと後ろを振り返った。 真っ白くて、何もない。奇妙な空間がぱっくりと口を開け、ネネトを待ち受けている。 いきなり、恐怖で全身がすくんだ。 なんなんだよ、この部屋! 慌てて、ドアに向き直った。 こんちくしょう!ドアまで真っ白だよぉぉ…。 「出して!出してよぉおお」 ネネトの目に涙が滲む。 「お願いだからぁああ!」 真っ白な空間に、ネネトの声が短くこだまする。だが、その声はどこにも届かない。 「ここは、ネネトが今までの行いを反省する場所だ!」 モロトフの言葉が蘇る。 ふん。反省なんか絶対してやるもんか。 自分を奮い立たせるために、下唇をぎゅっと噛む。 ネネトの両膝は今にも笑い出しそうになっている。 負けるもんか。泣くもんか。
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