| アルフィンは自室に向かってがつがつと早足で歩きながら、涙でにじんできた目を拳でぐいっと拭いた。 「なによ、ジョウの唐変木! 鈍感! バカっ!」 毒づきながら、部屋のロックを解除する。 入るなり、サンダルを蹴り上げて放り出し、ジャケットをソファへ脱ぎ捨てると、そのままベッドへ思いきり倒れこんだ。 「・・・訳わかんないのはジョウのほうじゃない」 天井見つめて唇をかんだ。 あたしの気持を知っているくせに。 ジョウと一緒にいたかったから、あたしの居場所を見つけたから、密航してきたのに。 ・・・・どうしてこう、もどかしいんだろう。 「ジョウだって・・・」 言いかけて、訳もなく悔しくて、涙がまた滲んでくる。 枕を壁に投げつけたら、跳ね返って顔の真上に落下した。 アルフィンは、顔に被さった枕をぎゅうっと抱きしめて、固く目を閉じた。 「・・・・・」 眠ろうとしたが、どうにも気が収まらない。 しばらくして、まだ着替えも済んでいないし、メイクも落としていないことに気がついた。シャワーを浴びれば少しはすっきりするかも知れない。そういえば、あのときジョウに投げつけたバックは、キッチンに置いてきたままだ。 アルフィンはむくっと起き上がった。
シャワーを使ったあと、アルフィンはバックを取りにキッチンへ向かった。標準時間で午前3時過ぎ。キッチンの隣のリビングから灯りがもれていた。覗くと、ジョウとフランキーがいる。 気配に気がついたフランキーが振り返った。 「あら、アルフィン?」 「フランキー? ・・・!」 言いかけて、アルフィンは息をのんだ。グラスを持ったままのジョウが、テーブルにつっぷしている。かなり酔っ払っているようだ。隣に座るフランキーがいたずらっぽく微笑んだ。彼女も、かなり酔っ払っている。上機嫌だ。 「うふ。ジョウを潰しちゃった」 見ると、テーブルの上は空になったボトル数本と、グラスが散乱している。こっちへ来なさいよ、とフランキーがひらひらとアルフィンを手招きした。 フランキーの隣に腰を下ろしながら、アルフィンはジョウを覗き込んだ。酒に強いジョウが、こんなに泥酔することはめったにない。テーブルに転がっている空になったサンダ・テキーラのラベルを見たら、アルコール度47%とあった。 ・・・ストレートで何杯飲んだんだろう。 「こっぴどく言ってやったわよ。全く女心がわかっちゃいないヤツだから。ねぇ?」 ジョウの方へ顎をしゃくって、勝ち誇った笑みを浮かべた。フランキーは人に飲ませるのが、やたら上手いのだ。 「この男、今ならなんでも喋るわよ」 そう言ってジョウの肩をつつくと、しばらくして「・・・うぅ」と呻き声をあげた。 「・・・こんなに酔っ払ってるの、久しぶりに見たわ」 アルフィンは、ジョウが手にしていたグラスを取って、テーブルにそおっと置いた。 「そりゃ、あんだけ飲めばねぇ。って、あたしが飲ませたんだけどさ」 カラカラとフランキーは笑い、いよいよジョウはテーブルに深く沈み込む。アルフィンはジョウの顔色を確かめながら、声をかけた。 「大丈夫? ジョウ?」 「・・・・」 ジョウの背中を少し揺すったが、顔を上げる気配はない。 「水、持ってこよっか?」 「・・・・」 答える気力が残っていないようだ。
「あ〜ぁ。まったく焼けるわねぇ。あんた達はいっつも一緒でさ! あたしなんかダーリンと、もう半年も会ってないんだから!」 ふたりの姿を見て、フランキーは両手で大きく伸びをしながら、小さく笑った。 「クラッシャーみたいな商売してるとさ、毎日が緊張の連続だし、命がけなことも結構あるでしょ?」 グラスの底に写った自分の顔を見つめながら、フランキーは話し出した。 「体は疲れているのに、頭の中でアドレナリンが噴出しちゃって、やたらに目がさえちゃって眠れないことってない?」 アルフィンは、うん、と頷いた。 要人の護衛や宇宙空間での危険な作業、海賊に追っかけられたこともあったし、現実にあった事とは思えないような不思議な体験もたくさんした。仕事を終えて、疲れた体を休めようとしても、意識が高ぶって眠れない夜も多かった。宇宙空間に身を置いていると、不思議と感覚が鋭くなってしまうような気がするのだ。 「そうゆう時、あたしはね、ダーリンの写真を引っ張りだして「おやすみなさい」って言うことにしてる。そうすると、少しだけ落ち着いて眠れる気がするのよねぇ」 ちょっと照れくさそうに、フランキーはアルフィンに笑った。 「今日も無事に生きのびることができました…ってね。写真の中に向かって笑うのよ。 あんた達はいいわよ、毎日いちばん大好きな人に、おやすみって言ってあげられるんだもの」 そう言って、フランキーは突っ伏したままのジョウを見た。手にしていたグラスの中の氷が、からりと音をたてる。 「宇宙で無事に目覚めた時も、いちばん大好きなひとに、いちばん最初に、おはようって、言えたらいいなぁ…とかね、思うのよねぇ」 「・・・・・」 アルフィンはじっとフランキーの大きな黒い瞳を見つめたままで、何も言えなかった。 「あはは、いやぁね〜。なんだか年寄りくさいこと言っちゃったわね」 いつも軽口ばかり叩いているせいか、妙に照れまくってしまったフランキーは、グラスに残ったバーボンを飲み干した。 「あんた達、幸せよ」 照れくさそうにフランキーが微笑えむと、アルフィンは小さく頷いた。
いっこうに起き上がろうとしないジョウを、しばらく二人は眺めていたが、ふとアルフィンが、少しだけ酒が残っていたそこらのグラスを、くいっと一気飲みした。 喉がすこしヒリヒリした。深呼吸で息を整える。 アルフィンは、ジョウのほうへ向き直って、落ち着いて、ゆっくりと言った。 「ね、あたしがミネルバを降りてピザンに帰りたいって言ったら、どうする?」 すると、ジョウはテーブルに伏せたまま、乾ききったガラガラの声で答えた。 「・・・だめだ」 「だめ?」 「だめ」 「それじゃ、ピザンのほうからあたしを迎えにきたら、どうする?」 「・・・断る」 「宇宙軍が迎えにやってきたら?」 「逃げる」 「ミネルバで?」 「うん」 こくりと頷く。 「・・・ジョウ」 かすれた声でつぶやいた。 フランキーはなにも言わず、グラスを傾けている。 アルフィンは、しばらくジョウのくせっ毛の頭をじっと見つめていたが、顔を覗き込むようにして、言った。 「・・・ね、あたしのこと好き?」 「・・・・・」 突っ伏したまま、ジョウは頷いた。 「ほんとに?」 「・・・うん」 「どのくらい好き?」 「・・・むちゃくちゃ」 「むちゃくちゃ?」 「・・・むちゃくちゃ好きだ」 まだ伏せたままのジョウの頭を、アルフィンはゆっくりと抱え込んで、優しくこめかみに口びるを当てた。 「あたしも、むちゃくちゃ好きよ、ジョウ」
翌朝、ジョウとアルフィン、フランキーの三人は、サンダ宇宙港の出国ゲートに立っていた。フランキーが「お見送り」を要求したのだ。タロスとリッキーは、朝早くからふたりで「備品の仕入れ」に出かけて「お勤め」から逃れた。いつも喧嘩ばかりしている二人だが、こうゆう時のコンビネーションは抜群にいい。 宇宙港は行き交う人々でごったがえしていた。 「また手が必要になったら呼んでちょうだい。ジョウんとこなら喜んで助っ人に行くわ」 フランキーが満面の笑顔でジョウに言った。缶ビールを手にしている。 「いや、今度は自分達でなんとかする」 ジョウの返事は、ぶっきらぼうで固い。 「あら、冷たいのねぇ」 フランキーはカラカラと笑いながら答えた。 「あたしとジョウのチームは、腐れ縁なのよ、覚悟なさい」 「・・・う」 眉間にしわを寄せ、あからさまに嫌な顔を作るジョウを見て、フランキーはニヤニヤしながら、アルフィンの耳元へささやいた。 「アルフィン、賭けてもいいわ。昨夜のこと、ジョウは覚えてるわよ」 「えっ?」 ホントに?と、アルフィンが目で問い掛けると、フランキーはウインクして答えた。 「さて、おなごり惜しいけど、そろそろ行かなくちゃ」 フランキーはジョウに向き直ると、缶ビールをジョウに押し付けた。まだ半分ほど残っている。 「そうそう、タロスとリッキーにもよろしく言っといてね! と・く・に、タロスに!」 アダっぽい流し目で、悩ましげにしなを作った。アルフィンは、たまらず噴出した。 「フランキー、ありがと」 「ん。アルフィン、そのうち、また一緒にショッピングしたいわね」 アルフィンと握手をしながらフランキーは笑顔で頷いた。続いてジョウも右手を差し出しだした。 「ギャラはすぐに振り込まれると思うから」 「サンキュ! そいつで何処かのリゾートへしけこむわ」 フランキーは大きく手を振って人ごみの中を、ゲートへ向かって歩き出した。 「またね! 仲良くすんのよ、お二人さん!」
フランキーの大きな背中を見送ったあと、ややあってアルフィンがつぶやいた。 「・・・ねぇジョウ、昨夜、あたしに喋ったこと覚えてる?」 「昨夜のこと?」 「うん」 「すげえ酔っ払ってたから、覚えてない」 首を左右に傾けながら、ジョウはしかめっつらで言った。 「ホントに?」 アルフィンはジョウの顔を見上げて、じっと覗き込んだ。彼の深いアンバーの瞳が、どこかいたずらっぽい気がする。 「俺、なんか言ったか?」 「ん〜〜〜」 「なんだよ?」 ジョウは相変わらず、渋い顔を作ったままだ。 「・・・ま、いいわ」 かすかに微笑んでアルフィンは肩をそびやかした。 「さ、ミネルバに帰ろ」 くるりと踵をかえして歩き出した。 タロスとリッキーが帰ってきたら、すぐに出航だ。次の仕事の打ち合わせの為に、ミネルバは惑星ニールへ向かう。 ジョウは歩き出したアルフィンのばらく後姿を見ていたが、やがて手にしたビールを一気に飲み干し、缶をくしゃりと握りつぶして、大またで歩き出した。
END
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