| 長い間重ねていた唇をやっと離すと、アルフィンは顔をジョウの胸に埋め、震える身体をどうしていいか解らない様子できつく抱きついてきた。 やがて、微かな涙声が聞こえてくる。 「…ジョウの馬鹿」 「バカだな、確かに」 ジョウは、くすりと笑った。 「長いこと、悪かった」 「…いつからなの?」 甘えるような、咎めるような。あの愛らしい上目使いが、ジョウを見る。 「最初からさ」 肩をすくめて答えるジョウの頬を、アルフィンが軽くつねった。 「ホントに馬鹿ね」 ジョウは愛おしさに、アルフィンを抱く腕に力をこめた。 そして先程、自分が吸い取ってしまったアルフィンの言いかけの言葉を、思い出す。
「…もし、あれが俺じゃなかったら?」 金髪を優しく撫でながら、ジョウは低く訊いた。 「そうね。あたしは死んでて、ピザンもないか…さっきのパソコンの写真の人と、結婚してたかも」 アルフィンは胸の中でちょっと笑った。 「何?」 ジョウが不機嫌な声を出した。 「お父様が送ってきたのよ。あたしに求婚してくる人がいるんですって。ピザンの救国の英雄クラッシャージョウのチームでクラッシャーをしてるって返事しても、激務だからそう長く続くはずはない、退職してピザンに帰ってきたら是非、って。結構いるらしいのよ、そういう人。それで一応、情報として送ってくるの」 「国王は、クラッシャー辞めろって言ってんのか?」 ややビビりつつジョウは言った。 「まさか。あくまで、情報としてよ。そういう人がクライアントになったら、困るでしょ?」 「…そう、だな」
絶対に手は届かないはずだった、姫君。 それが今、ここにいる。この腕の中で、自分だけをその美しい瞳に写して笑っている。
「ちなみに、さっきの男は何者なんだ?」 「ふふーーーん」 アルフィンはいたずらっぽく笑った。 「何だよ」 「気になる?」 「…」 ジョウはぐっと言葉に詰まる。 「ねえ、気になる?」 「…ああ、なるね」 観念したように答えるジョウを見て、アルフィンは満足げに微笑んだ。 「銀河連合の、幹部」 ピュー、とジョウは口笛を吹いた。 「すげえな」 「そうね。この前は、某大統領の息子とか」 「…そっちが、いいか?」 やや真剣に、ジョウは訊いた。 「命の危険もない。何もしなくても左団扇だ。安定した生活で一生困らない」 「ふふ」 アルフィンはジョウを見上げて、微笑んだ。 「悪くないわね。でも、あたしは、ジョウじゃなきゃ、駄目」 ジョウの胸に頬を寄せる。ジョウの匂いがする。目を閉じる。 「…あたしは、行先を間違ったり、しない」 「そうだな…」 ジョウは金髪を撫でながら、白い雪が舞い続ける夜の空を見上げて、思った。
自分が待っていたのは、この蒼なのだろうと。 銀河の中では泡粒の一つに過ぎない自分が、たった一つ自らよりも大切に想うもの。 その想いの果てしなく広がる大きさを受け止めるように。 この壊れもののように儚い奇跡が、壊れてしまわないように。
この奇跡を、腕の中の蒼を、抱き締めた。
二人の上にも、 雪待貝の小さな生命を抱いた海にも、雪はまだ、降り続いている。
FIN
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