| ・・・・は?
と思った瞬間、横にいるアルフィンの顔が俺の目のすぐ前に近づき、ほんの少し開かれた濡れた唇が、俺の唇に、触れた。
(−−−−−−−−−−−−−−−、!!!)
その瞬間、俺の頭の中にはザア、という波の音だけが張り付き、世界は、風や音や色は、一瞬で俺の周りから消失した。 ただアルフィンの唇の触れた場所だけが熱を持ち、次第にその熱が体中にじわじわと広がっていった。 固まったまま動けない俺を、少しいたずらっぽく眺めながらアルフィンは言う。
「ジョウ、お誕生日おめでとう」
「・・・やったな」
俺は、アルフィンとつないだ手とは反対側の手で口元を覆いながら呟いた。
ああ、そうか。 アルフィンが言っていたたくさんの当たり前。 世界には晴れの日もあれば曇りの日もある。雨の日もあれば嵐の日も。 このデカイ海も広い空もいつもそこにあって。 毎日毎日、新しい日がめぐってきてもそこには昨日と同じ日が続くだけだったり。 日常は。 そこで暮らす人々の、たくさんの当たり前が積み重なった中に存在する。この星には四季があるように、ある星ではそれがない。でもそこで暮らす人々にはそれが当たり前で、そんな中に嬉しいことや辛いことがバラバラと散らばっている。それが生活だ。 そして、きっと稀に。ごくごく稀にではあるが、そんな日常が「シアワセ」なんだと思い知る日がやってくるのだ。
「・・まいったな」 「ジョウったら、誕生日のことすっかり忘れてたでしょう」 「ご明察」 「ちゃんと、バースディパーティのお料理も用意してるからね」
得意気に話すアルフィンを俺は左手でぎゅっと胸元に引き寄せる。
愛しい。
2年前にミネルバに密航してクラッシャーになったアルフィン。今では当たり前になった彼女に存在に俺は胡坐をかいていたのかもしれない。ずっと俺を追いかけてきてくれた彼女。いつもその時の精一杯で、アルフィンはチームに食らい付いてきた。俺は、いつの間にかそんなアルフィンが傍にいて当たり前だと思っていた。でも、それもこれもアルフィンが元王女という身分をかなぐり捨てて俺の元へ飛び込んできてくれた結果だった。俺だけの日常ではそんなことは起こりえない。彼女の、俺には想像もできない行動力が、俺の日常の中にアルフィンを呼び寄せてくれた。 俺はそれを思い知る。
アルフィンの小さな金色の頭が、俺の胸の中で小さく動いた。 「ほんとうだな」 「うん?」 「寒い時の方が、くっついた時にシアワセだって思うかも」 「でしょ?」 「暑い時はウザイだけだ」 「コラ」 「アルフィン」 「はい?」 「サンキュウ」
今度は俺から、アルフィンに小さく啄ばむようなキスを。
当たり前の毎日に、今の君がいてくれること。君の傍に俺が存在できること。 その日常に感謝する。
君に王位継承の適正がなくてほんとうによかった。
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