| ゆらり・・・ゆらり・・・
目の前を、眼に鮮やかなショッキング・ピンクがゆっくり揺れる。 彼女の足先を鮮やかに彩るそれは瞳の奥に貼り付いて、倒れそうな程にあった彼の眠気を一枚一枚きれいに剥ぎ取っていく。
ついさっき、彼女は隣のデッキチェアに腰掛けながら足の爪先を色づけた。 昨日、近くのショッピング・センターで購入したその店一番の人気色。おそらく持参したビキニの色に合わせて購入したと思われるそれは、彼女の健康で明るい雰囲気によく合っていて好感が持てた。 ビタミンがはちきれそうな果実色のそのマニキュアは、ガラスのボトルに入っている時は可愛らしいアクセサリーのように控えめに彼女の手の中にちんまりと納まっていたものを。
ゆらり・・・
サングラス越しに見えるピンクの足先はやけに生々しくて彼の鼓動を早くする。
それは多分、久しぶりのおしゃれを楽しみたいという可愛らしい乙女心。 思う存分好きな時間を好きなことで過ごしたいという彼女なりのストレス発散方法。 そして、まさか隣に横たわっていた彼が覚醒していたとは夢にも思わず、だからこそ、彼女は無防備にも彼の隣のデッキチェアでその足先にそのピンクを色づけたのである、が。
ゆらり・・・・
その無防備な彼女の姿を焼き付けてしまった彼の双眸は、彼の意思とは関係なくサングラス越しにピンクの足先を追う。
いつもならば、彼女のビキニ姿など見飽きるほど見ていたのに。 いつもならば、彼女の視線がファッション雑誌に釘付けで、一向にこちらを見ようとしないことに何の苛立ちも感じなかったのに。 そして、ビーチを通り過ぎる男達の視線が彼女に集中することに優越感すら覚えていたのに。
何故だか、今日は。 彼女の姿を正視できず。 彼女の視線が隣で眠る自分よりもファッション誌を優先していることに嫉妬して。 彼女を舐めるように見ていく男達の視線が癪に障る。
そしてなにより、彼女を見ているだけで、何か切羽詰るような思いが胸の奥から泡のようにこみ上げてどうにもこうにも落ち着かない。
(・・なん、だ。これ)
彼は初めて経験する想いに混乱し、こんな訳の分からない思いに振り回されるのはごめんと再び瞼を閉じようとする。しかしながら一度覚醒して冴えてしまった頭では眠りの国の深淵に辿り着くことは困難で。
・・・ゆらり
また、目の前でピンク色がゆらゆらゆらと揺れ始める。 それは彼女の白い足を際立たせ、うずくような甘い香りを放ちながら一層彼を刺激する。
(・・・はぁ・・・)
彼は口の中で小さく溜息をつき、諦めたように起き上がる。 そして、あたかもたった今起きましたというフリで「ちょっと露出しすぎだろ」と理由を付けて、昨日までは全く意識もしていなかった彼女の肢体を自分のタオルで隠すことにしたのだった。
|