| …いっそ、このまま二人だけで。
サー………………
頭の中を後から後から流れ落ちる水音が、ただひたすらに、静かに、通り過ぎていく。 俺は信じられない思いで、眼前にある白く透き通る肌をぼんやりと見つめていた。彼女は少しうつむき加減になりながら、その整った胸を両腕で覆っていたが、俺が呆然とその姿に魅入られている間に、流れるように俺の傍らをすり抜けてすぐ横のバスタブにその身を沈めた。 …まるで覚悟を決めたみたいに。
現実感とはかけ離れた感覚。頭全体には白く霞がかかっていて自分がちゃんと立てているのかさえ自信がない。 バスルームの中の視界はまるで雲の中のようで、白い水蒸気に隠れて彼女の黄金の髪もよく見えない。 でも。 彼女の白い肌はそんな中でもとても綺麗で。彼女はその背中をこちらに向け、一向にこちらを向こうとはしないのに彼女の息遣いだけはこの熱い空気にエコーして、まるで肌を合わせているくらいに近くで感じることができる。
眩暈がする。
この白い肌に赤い花を咲かせたい。
いくつものたくさんの赤い花。
そして、その時の君の顔はきっとどんな花より綺麗だろう。
ほんの冗談だった。 短いオフの二人だけのドライブ。 突然の雨にエアカーの故障。 仕方なく修理が到着するまでの休憩のつもりで入ったホテル。 それはいわゆる場末のラブホテルという感じで、雨に濡れてチカチカ光るライトがひどく彼女と不釣合いだった。
「…入るか?」
冗談だった。ほんとうにこんなつもりじゃなかった。
なのに。
コクン、と小さくうなずいて君は俺に着いて来た。
その瞬間。
駄目だ。もう止められない。
長い間必死で守ってきた決壊が切れた音がした。
「アルフィン」
ビク、と体を震わせて君は俺の声に反応する。 指で君の背中のラインをなぞると君は震えながら体を固くした。
ああ。頭がどうにかなりそうだ。クラクラして心臓が跳ね上がる。君を求める気持ちが先走り、クッと喉が鳴る音がした。
「アルフィン」
君の肩に手を回してこちらを向かせると、実は震えているのは自分も同じであることに気づく。 君はそんな俺に気づき、身を固くしながらも少し驚いた顔で俺を見上げる。 そして俺はこんな自分に苦笑しながら、静かに君を抱きしめる。
「…ほんとにいいんだな」 「…う、ん…」 「やっぱりなしっていうのは、無理だぜ」 「…うん」 「…好き、だ………」 「…………!うん……」
俺は熱い息のまま彼女の口腔内に潜り込み、ゆっくり彼女を絡めとる。 逃げられないように。 俺の中に取り込むように。
ああ。
なんだかもう雲の上にいるみたいだ。 体が宙に浮いたようで何も考えられない。
もう、キスだけで天国へいけるほど。
でも、もうそれだけでは終わらせることもできないから。 膨れ上がって一杯いっぱいの思いを止めることはできないから。
どうかこのまま。二人だけで。
−−−−−−−−−−いっそ、このまま時が止まってくれれば。
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