| メ・ルォンはしばらく沈思すると、やがて思いついたように、机横にあるボタンを押した。何もなかった机上がコンソールに変化する。あらわれたボードをいくつか操作して、モニタ画面に画像を入れた。赤いジャケットを着た、金の髪を持つ少女が床に座り込んでいる様子が映し出される。先ほど、自分が案内した小部屋の内部映像だった。小部屋には、超小型カメラが設置されているため、どのような角度からでも室内の様子を見て取ることが出来る。
仲間には、あのように言って説得したものの、自信はなかった。どのように、彼らに協力を仰ぐのか。全てを話してもなお、彼らが協力を拒んだら?…最悪の事態もありえるのかもしれない。メ・ルォンは、頭を小さく振り、悲観的な予想を頭から追い出した。しかし、憂いと緊張は身体にしつこく居座った。何よりも、2万年もの間ずっと、誰にも語られることのなかった、自分たちの境遇を自らさらけ出すことになるのだから。
メ・ルォンに自信はなかったが、それでも何とかいくのではないかという漠然とした希望はあった。それは、仲間にも話したように、クラッシャージョウの真っ直ぐな瞳の輝きだった。
我ながら、随分と心もとない希望だな。
思わず苦笑が漏れ、メ・ルォンの口元が僅かに緩んだ。 だが、モニタ画面に目をやった瞬間、口元の苦笑は消え、彼の目がすっと細くなった。画面を凝らすように見入る。
あの“ドウットントロウパの子”は…
画面には、アルフィンとジョウの二人が映し出されていた。 ジョウはまだ、意識を取り戻していない。 アルフィンは、ジョウの頭を自分の膝に乗せていた。 左手はジョウの胸の上に置き、右手は彼の黒みがかったセピアの髪を何度も何度も、慈しむように優しく梳いていた。 アルフィンの長い金髪が時折、ジョウの顔の上でさらさらと揺れる。 ジョウの髪をそっと愛撫するアルフィンの表情は、どこまでも温かく、唇にはかすかな微笑を浮かべ、自分が置かれている状況さえもひょっとしたら忘れているように見えた。
母の顔?それとも恋人の顔?
メ・ルォンは、柔和で聖母のような表情を浮かべているアルフィンに茫然とする。そして、思った。
…どちらだっていい。彼女はやはり…あの男、ジョウを愛しているのだ。
心理的訓練を積み、人類のメンタリティを研究していたメ・ルォンだったが、それはあくまでも机上のことであったり、人類との数少ない接触の機会を通してのことだった。人類にも「愛」という感情が存在しているのは分かっていたが、実際の姿をこの目で見たのは初めてだった。あれが、人類の「愛」か。
そして、不安は自信に変わった。
大丈夫だ。 最初は恐らく激怒するだろう。協力などとは勝手な言い草なのだから。 だが、きっとあの男は、我々の状況を理解し、協力してくれる。 なぜなら…。なぜなら、あの男は、彼女からの愛を浴びるほどに受けているから。愛を知っているはずだから。
メ・ルォンはそこまで考えると、自分の思考が少々感傷的過ぎることに気付き、自身に失笑した。「愛」と、自分たちへの協力は別次元の問題だ。 だが、そうでも考えないと、自分の判断が再び揺らぐように感じてしまうのだった。ほんの小さなことにでも縋(すが)ろうとするのは、結局のところ、自分はやはり不安なのだろう。
画面を見ると、どうやらジョウは意識を取り戻したようだった。アルフィンがそっと、ジョウの後頭部にそっと触れている。
いよいよだ。
メ・ルォンは、机の上に置いてあったマスクを手に取り、再び装着した。青白い顔が隠れ、頭からつま先までが闇の色に覆われた。表情は見て取れないが、マスクの下で、彼は口元を引き締める。自分の説得次第で彼らの行動が決まり、それは銀河系最後の秘宝の行く末にも繋がるという責任の重さ。 数瞬の間、瞑目した。そして、静かに席を立った。
小部屋の扉前に立った。小窓から、二人の姿を確認する。 重責がメ・ルォンの肩にのしかかる。自然と、顔が強張った。自分はきっと無表情な顔をしているのだろう。 口を開いた。
「わたしが全てをお話ししましょう」
二対の視線が、メ・ルォンに注がれた。
<了>
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