| まとまった休暇が取れると、アルフィンは美容院に行く。 クラッシャーとは言え、アルフィンは青春真っ只中の乙女。 お洒落だって、美容だって気になるのだ。 特に、この仕事をしていると、日焼けはするし、かすり傷や打撲は絶えない、火傷だってするし、自慢の金髪もパサつくのだ。 お肌の方は気になるとはいえ、まだ17歳という若さから、そんなに真剣にお手入れはしていなかったが、髪だけは美容院で切りそろえてもらい、トリートメントをしてもらう。 髪がキレイになるだけではなく、そうやって大切に髪を扱ってもらうことで、自分が女の子であることを自覚するのだ。 クラッシャーという家業は死ぬか生きるかという瀬戸際に立つことも多く、女だからと甘えてはいられない。 仕事をする時は無理をしてでも弱音を見せないようにしていたが、、たまにはこんな女の子らしい時間を持つことが、1つの息抜きになっていた。
少し纏まった休暇が取れた今、アルフィンは例によって美容院に行くことにした。 ジョウ・タロス・リッキーの3人は、いつものごとくビーチでゴロゴロ昼寝タイムだ。 行きつけの美容院は、銀河系全土にチェーン店を展開している<サロン・アフロディテ>。 顧客には、それぞれの担当者が決まってついており、もし違う星に行ったとしても、ハイパーウェブを使って担当者と綿密なコンサルティングを行い、その担当者の指示にしたがって、各支店の美容師がカットやパーマ、トリートメントを行う。 「アルフィン様、お久しぶりです」ピザンにいる頃からの担当のシルフィスと、アルフィンはハイパーウェブで、いつものようにコンサルティングを開始した。 「髪の調子はいかがですか?今日はいつものようにトリートメントで?」 いつもは「ええ、それでお願い。」というアルフィンだったが、今日の彼女は違った。 「今日は、集中ケアのフルコースでお願いしたいの。」 何か決心するように、アルフィンはそう言い放った。 <サロン・アフロディテ>はヘアだけでなく、女性の美を全身からトータルケアする専門店であり、エステサロンでもあった。 髪だけでなく、全身マッサージ、フェイシャル、全身トリートメント・パック・サウナなどさまざまなコースがある。 3日間かけての宿泊美容コースもあるほどのこの店での、アルフィンは一日でケアする<集中ケアフルコース>を注文した。 「まあ、今日はなんだか気合入っておりますのね。まだお若いのでそこまでされなくても良いと思いますけど。」 「いいえ、若さに甘えていてはいけないわ。もっときれいになりたいの!」 アルフィンは、強い決心を胸に秘め、そういい切った。 いつもより気合の入ったアルフィンの迫力に、シルフィスも少し圧倒された様子だったがそれはこちらもプロ、すぐに笑顔になった。 「承知いたしました。本日の担当者に連絡させましょう。あとはお肌の調子などによって、アルフィン様専用の集中ケアコースを考えさせていただきますわ。」
かくして、アルフィンは一日がかりで集中ケアフルコースを終えた。 アルフィンが店にやってきたのが開店と同時の10:00、終わったのが閉店と同時の21:00だった。 本当に<集中ケアフルコース>だった。 サウナから始り、身体の凝りをほぐすためのオイルマッサージ→昼食→髪のカット&トリートメント→足ツボマッサージ→午後のお茶タイム→リラックスのためのフラワーバス→フェイシャルスチーム→フェイシャルマッサージ→フェイシャルパック→夕食→二度目のフラワーバス→全身マッサージ・・・という気の遠くなるようなスケジュールだ。 アルフィンも超リラックスし、「これで完璧にきれいになったわ!」と満足の様子だった。 「これでもう、大人の女にも負けないわっ!」 そう、アルフィンは、なぜか大人の女にモテるジョウにヤキモチを妬いていた。 最近のテュポーンの一件では、ウーラという大人の女性と怪しげな雰囲気になっていた(と勝手に彼女が思いこんでいる)ジョウ。 ジョウは本当は年上が好きなのかも!?と不安になったアルフィンは、大人の女性のようにエステのフルコースをやってみることによって、少しは自分にも大人の女の色気が出るのではないかと考えたのだ。 いかにも短絡的な考えで、アルフィンらしいといえばらしいのだが・・・
一日掛かりのエステが終わり、最後にもう一度担当者のシルフィスと連絡を取る。 「集中ケアフルコースいかがでした?」シルフィスがアルフィンにきく。 「うん、良かったと思うわ。」アルフィンは満足気に答えた。 「アルフィン様、私からプレゼントがあるんです。今日初めてエステをやっていただいた記念ですわ。」 今日、一日コースの担当者だったエステティシャンの女性が、小さな包みを持ってきた。 「空けてみてくださいな。」シルフィスの言うとおり、その小さな包みを空けてみる。 中にはピンクのきれいな小瓶が入っていた。 「これは?」アルフィンが、小首を傾げてシルフィスに聞く。 「私が、アルフィン様の雰囲気に合わせて選んだ香水です。いざという時にお使い下さい。」 シルフィスは、少しいたずらっぽい笑顔を浮かべてそう言った。 「急に集中ケアをするなんておっしゃるんですもの。どなたか大切な方のためでしょ?」 ピザンでの王女時代から、アルフィンの担当をずっとしているだけあって、シルフィスにはお見通しのようだった。 元は王女だったアルフィンだが、香水など今まで使ったことがなかった。 その小瓶は、なんだか魔法でもかけられているようにキラキラしていて、見ているだけでもドキドキしてきた。 「早速使ってみてもいいかしら?」 「もちろんどうぞ。」シルフィスは、にっこりとそう言った。
「ただいまー」ホテルに帰ってきたアルフィンは、ご機嫌だった。 「お帰り、アルフィン。遅かったじゃないか。いつもは2、3時間で帰ってくるのにさ。 あれ?なんかいい匂いがするなあ。どうしたんだよ?」 変なところでカンの鋭いリッキーがそう言った。 「うるさいわね!ねえ、ジョウはどこ?」 「兄貴なら、あっちの部屋にいるよ。」 リッキーの言葉か終わるか終わらないうちに、アルフィンはジョウを求めて走っていった。 「どうしたんだい?アルフィン?」 「さあな、女心は難しいんだよ。お前にはまだわからんだろ。」 「あんだと!!そういうタロスだって、女とつきあったことなんてないくせにっ!」 「うるせー!マセガキ!」 リビングでは、またこの二人のケンカが勃発していた・・・
「ジョウ!ねえジョウ!」シャワーを浴びようかと思っていたジョウの元に、アルフィンが飛びこんできた。 「帰ってたのか、アルフィン。今日は遅かったじゃないか?」 「うん、なんか私、いつもと違わない??ねえねえ?」 アルフィンは、ジョウの前でクルっと一回転してみた。 「髪の手入れをしに行ったんだろ?いつもよりサラサラになったって言いたいんだろ?」 なんだ、いつものことじゃないか、とジョウはそう言う。 「違うわよ!お肌の調子とか、その他私のそばでクンクンしてみて!」 そういうと、アルフィンはジョウのそばに急接近した。 「クンクン?」ジョウはそう言いながら、アルフィンの匂いをかいでみた。 「うっ!なんだ!?なんか臭いぞっ!」 ジョウはそう言うと鼻をつまんで、顔をしかめた。 さっと風のように通り過ぎたリビングのタロスとリッキーにはわからなかったかも知れないが、こんなにも近くにいるジョウにはわかった。 たぶんこれは、香水の匂いだ。それも、かなりつけすぎてる。 女性特有のこの香水の匂いに、ジョウは頭がクラクラしてきた。 「何よっ!臭いだなんてひどいわ!せっかく初めての香水をつけたのに。エステしてお肌だってツルツルになったのにっ!」 アルフィンは、何だか怒るより、悲しくなってきた。 一日かけて、女を磨いてきたと言うのに、この言われようは一体何なのか。 やっぱり自分には、女の魅力がないのだろうか・・・・ そう思うと、なんだか涙がでてきた。 そんなふうに下にうつむき、涙ぐんだアルフィンの額に、暖かいものが触れた。 ジョウは軽くアルフィンの額にキスをすると、そっと彼女をそっと抱きしめた。 「エステなんてしなくったって、香水なんてつけなくったって、アルフィンはアルフィンさ。そのままが一番好きだよ。」 ジョウは顔を真赤にして、そっぽを向きながらそう言った。 「ホント?でも、私がきれいなほうが、ジョウだって嬉しいでしょ?」 ジョウの行動に嬉しさを感じながらも、アルフィンは照れ隠しに憎まれ口を叩いた。 「そりゃ、綺麗に越したことはないけど、そのままのアルフィンがいいよ。」 (そっか、私は私でいればいいんだわ。)アルフィンは、少し吹っ切れたような気持ちがした。 なにより、こうして自分をジョウが抱きしめてくれているのが嬉しかった。 そしてアルフィンは、ジョウの背中に手を回し、ギュっと抱きつきながらこう思った。 (大人になるのは、ちょっとずつ、時間をかけながらでいいわ。)
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