| 「ちょっとぉ!なに、この匂い!」 「兄貴、荷物にナニいれてるんだよ」 「これは・・・ピクルスですかい?」 「親父が・・・自家製だからって」
親父が普段アラミスで何をやっているかってのは一応知ってるつもりだった。 クラッシャー評議会議長、ではあるものの普段はアラミスで農作業。余生を楽にすごす金は十二分に稼いだあとなので、その農作業ってのも、つまるところは家庭菜園ってやつだろう。 俺と入れ替わりにクラッシャーを引退して9年。親父がそれ以上に普段何をしているかなんて俺が知るはずもなかったし、知ろうって気もなかった。
俺たちチームがはじめて四人そろってアラミスに足を踏み入れたのは俺が19、アルフィンが17、タロスが52、リッキーが15の時。ド・テオギュールの一件がおちついて少したってからのことだった。 まぁ、派手な事件だったし、その少し前ピザンで殉職したガンビーノのこともあったし、自然な成り行きで俺たちはアラミスに降り立った。 なんとなく居心地の悪かった俺以外はなんだか皆浮かれて楽しそうに見えた。アラミスは地味な惑星だし、娯楽施設もないので普段ならアルフィンもリッキーも真っ先に文句を言うパターンだったが、クラッシャーたちの故郷であり、余生を過ごす地であること、何より(俺は迷惑だったが)俺の生まれたところというところでアルフィンとリッキーは興味津々、タロスは俺同様9年振りのアラミスの変容ぶりにやっぱり浮かれているように見えたし、そのうちの一晩はガンビーノを偲んで親父と飲み明かしていたようだった。 とにかく本当に2、3日のことだったからばたばたと終ってしまった休暇だったのだが、驚いたことに出発間際、親父は俺を呼び出して二人の時間を作ったのだ。正直びっくりした。親父とさしで向かい合うのも9年ぶりだった。親父は泰然として言った。 「ジョウ」 「はい」 「これはわしが作ったものだ、皆で食べてくれ」 「は?」 「ま、持って行け。なかなか難しい物でな。しかしモノを作り出すということは今までにない経験だ。楽しいものだ」 「はぁ・・・」
会話はそれだけだった。なんだかわからないまま俺はその包みを持ってミネルバに戻り、リビングに放置したまますっかり忘れていた。 で、リッキーとアルフィンに異臭をかぎつけられたというわけだ。 皆で恐々として開封したそれは・・・・親父のつくった沢庵だった。正体についてはアルフィンがお得意の銀河ネットワークで検索して割り出した。 匂いの割にそれは好評で、俺たち四人はポリポリと齧ってみた。タロスとアルフィンは親父に感想等のメールを送っていたみたいだったけど、俺は照れくさいので放って置いた。だけど、親父が畑を耕したり、大根を樽に漬けたりしている姿を想像するのはなんだか愉快だった。
それから数十年後の今。親父もタロスもとうに亡い。 アルフィンと俺はクラッシャーを引退して、お互い他に職はあるものの、共にアラミスで暮らしている。子供たちはとっくに一人前のクラッシャーだ。 リッキーはそのお目付け役として同じ船に乗ってくれている。未だ現役だが、先日アルフィンのところに『もう腰が痛い』とメールが来たらしい。リッキーもそろそろ引退したっていい時期よ、とアルフィンはしんみり呟いていた。あいつミミーとはどうなったのかなと俺が言ったら、ジョウったらいつの話してんのよ、とアルフィンはボケ老人でも見るような目で俺を見た。
この春から俺たちは家庭菜園を始めた。そして今日が初収穫。 「きゃあ。ジョウ、どうしよう!これ・・・」 アルフィンの悲鳴を聞いて振り返ると、年を経ても未だ(俺にとっては)可憐な彼女が持っていたのは・・・俗に言うエッチ大根。大笑いしている俺を見てアルフィンは顔を真っ赤に染めて喚いた。 「ちょっと!笑わないでよ!」 彼女は自身の太腿にも似た艶めかしいそれを自分が握り締めていることで俺が笑っているんだろうと思っているようだが、そうじゃなかった。 その時俺の脳裏にはミネルバのリビングで皆で開けた包みの中身がそれとそっくりの、やっぱりエッチ大根でつくられた黄色い沢庵だったことがはっきり蘇ったからだった。 俺たちやリッキーがまだまだ若くて、タロスが元気で、親父がその形状なんて気にすることなく樽に漬け、久しぶりに会った息子に糞真面目な顔で手渡したそれを皆で囲んだ、あの日の光景が浮かんでいたのだった。
「アルフィン、俺たち昔も今も幸せだよな」 俺がそういうとアルフィンは顔を真っ赤に染めたまま「どういう意味よ!」とまだ怒鳴っていた。
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