| 「ねぇ。ちょっと思ったんだけど。」 <ミネルバ>のリビング。 アルフィンはマグカップを両方の手の平で抱えていた。 「?」 ジョウとタロスが視線を移した。 「リッキーってば、少し背が伸びた?」 わずかに首をかしげ、その愛らしい瞳を二人に向ける。 「なんか、目の高さっていうか・・・違ってきたかなぁって。」 いつもの生活ではそれほど感じなかっただろう。 しかし、武器庫で在庫のチェックを行っていたアルフィンは、一緒に作業していたリッキーを見ていてふと思ったらしい。 以前は手が届かなくて、思い切り背伸びをしてした棚だったはずだが、今日はその姿がない。 もちろん、全然余裕というわけではなかったが、あのつま先立ちではなかった。 その棚にあるケースを、アルフィンが代わりに取って手渡すこともしばしばだった。 それを思い出しつつ、リッキーの隣に立ってみると、『何か違う・・』そう思った。目線が変わっているのだ。そうとしか考えられなかった。 「そりゃ、あいつだって背は伸びるさ。」 ジョウもそれは感じていた。確かに平均的に言って、リッキーはその歳の少年にしては背が低い。 しかし、誰だってある年に急激に成長することもある。今がその時期なのかもしれないと思っていた。 「ん――。それはそうなんだけどォ。」 不満そうだった。唇をわずかに尖らせる。 「なんだよ。」 何が言いたいのかさっぱり分からない。 まぁ、彼女の思考は分からないことだらけなのだが。 そしてもちろん、タロスも同様のことを言いたいらしい。 「いつか、あたしより背が高くなっちゃうのかしら。」 「!?」 ジョウとタロスは顔を見合わせた。 そしてどちらからともなく笑い始める。 「そうですなぁ・・・そいつは面白れェ。」 まだ笑いは止まらない。 背が伸びたリッキーが、どうしても想像できないタロスは笑う以外になかったのである。
「そういや、ジョウもそうでしたなぁ。」 やっと笑いを収めたタロス。 懐かしそうに目を細めた。 「背が伸び始めたと思ったら、あっと言う間に・・って感じでした。」 10歳から毎日見続けてきた少年。 あっという間に立派な青年になっていた。 自分も歳を重ねているはずなのだが、この少年だけ早く時が進んでいるのではないか、そう思うときすらあるほどに。 「俺は、あっという間なんて思ってなかったさ。」 両手を頭の後ろに回し、ジョウはソファに体を預けた。なんとなく天井を見上げる。 「早く大きくなりたい・・っていつも思ってた気がする。」 年齢は仕方がない。しかし、少しでも早く成長して、体力的にも充実したクラッシャーになりたかった。 確かに小さい体でも仕事は可能ではあるし、小さいからこそ可能だった仕事もあった。 それでも、次々と舞い込む困難な依頼を遂行するには、それなりの体力は必要であることも痛感していた。
あれはまだクラッシャーになって数年しか経っていない頃。 自分の頭に乗せられ、ポン・ポンと軽く2回叩く手の平。 ガンビーノは、ごくたまにこれを自分に行う。 子ども扱いされているような気がして、その手を振り払ったこともしばしばだった。 しかし、いつの間にか、それはなくなっていた。 そう。背がガンビーノを追い越してしまったから。 ジョウはそう気づいた。 嫌がっていたことも、なくなってしまうと少し寂しい。自分勝手だなぁと自分ながらに思った。 思い返してみると、あれはいつも自分への言葉が詰まっていたような気がした。 いろいろな言葉が。 不眠不休が続いた仕事をやり遂げたとき。 相手に子供だと侮られたとき。 危険に陥ったクライアントを助け出したとき。 命を落さなくてもいい人が、その命を散らしたとき。 クライアントの家族の絆を見て、一瞬だけ両親のことを思ったとき。 決して何を言うわけでもない。ガンビーノは、ただ、自分の頭に手の平を置いた。
「ふーん・・やっぱり男の人って、背の高さとかって気にするの?」 「そうですなぁ。人にもよるでしょうが・・・・リッキーは少し気にしてるかもしれませんなぁ。」 「それは、タロスが“チビ、チビ”っていうからでしょ?」 呆れたようにアルフィンは肩をすくめた。絶対にそうだと思う。 やっぱりタロスは全然悪びれていない。 確かに二人のコミュニケーションの一つではあるだろうが。 「仕方ありやせん。あっしにとっちゃぁ、あいつはいつまでもチビですから。そもそも、あっしよりデカくなるはずはありませんからなぁ。」 今度はジョウとアルフィンが顔を見合わせた。 「そりゃそうだ。」 「そりゃそうね。」 二人の声が重なる。 3人の笑い声がリビングに広がった。
そして。 おそらく、いつかはアルフィンの背を追い抜くであろう少年の成長を楽しみに思った。
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