| 新色の口紅のCFが、目の前の巨大なビジョンに映っている。 モデルは、去年のミス・ギャラクシーの、カレンなんとかという美女だ。 リッキーはベンチに腰掛け、アイスキャンディーを舐めながらそのCFを無感動に眺めていた。 やっぱ、おかしいよなあ。 と、自分でも思う。 ミス・ギャラクシーの、きわどいドレスに扇情的な潤んだ唇が映っても、何を思うわけでもない。それどころか、ミス・ギャラクシーを、美しいとも思えないのだ。 どんな大女優でも、スーパーモデルでも。
アルフィンのほうが綺麗じゃん。
リッキーが思うことはいつも同じだ。
アイスキャンディーが溶けて下に垂れそうになって、慌ててリッキーは残ったアイスを一口で口の中に放り込んだ。
アルフィンは、綺麗だ。金髪も、白い肌も、何よりあの独特の蒼い瞳も。 身のこなしも、手の仕草も、戦うときの視線も、凛とした声も。
15歳の時から、絶世の美女と言ってもいい女性と寝食を共にして早5年が経った。 最初はうんと低かった身長も、いつの頃か追いつき、追いついたと思ったらあっという間に追い越した。 力も強くなった。もうコレでアルフィンの爪に引っかかれることもない、と、アルフィンのつむじを初めて見下ろしたときにそう思ったものだ。
「リッキー!!お待たせ〜!」 遠くからはしゃいだ声が聞こえてきて、リッキーははっと視線を移した。 手を振って、ミミーとエリンが走ってきた。 「お帰り。楽しかったかい?」 「うん!すっごく!!お兄ちゃんどうしてやらないの?バンジーすっごくすっごく、楽しかったよ!!」 「…うん、お兄ちゃんはね、そういうの怖いんだ」 リッキーは肩をすくめて笑って言った。 「かっこ悪いなあ、お兄ちゃん。それでもミミーお姉ちゃんの彼氏?」 「そうだねえ、かっこ悪いよなあ」 にこやかに笑って、エリンに応対するリッキーに、ミミーはちょっと申し訳なさそうに言った。 「リッキー、エリンが今度はホラーハウスに行きたいって言うのよね。どうする?」 「いいよ、二人で行ってきなよ。俺は遠慮する」 「またあ。お兄ちゃん弱虫!」 本当は一緒に遊びたくて抗議するエリンを、ほら行こう、とミミーは連れて行く。 振り返ってリッキーを見て。 リッキーはそんなミミーに、気にするなよ、と手を振った。
もちろんリッキーがバンジーをやらないのは、仕事中のリアルなダイブに比べれば何のスリルもない遊園地のバンジーに金を払う気にはなれないからだし、 ホラーハウスに入れば、手は無意識にレイガンがあるはずの腰の辺りを探ってしまうし気配で仕掛けもすぐにわかってしまうしで、 要は遊園地の絶叫系というものは殆どがリッキーにはコドモダマシなのだった。それにせっかく休んでいるのに仕事のことなど考えたくもない。わざわざ仕事モードに入るような真似はしたくない。 それなら、メリーゴーランドに延々と乗っているほうが何倍もいい。癒される。
ミミーはローデスを離れ、大学に進学していた。 大学の近くにある遊園地に三人は来ている。 リッキーの来訪は、突然だった。ある日、「明日行ってもいいかい?」とリッキーから電話が来て、宇宙一忙しいチームの彼がそんなことあるわけないわと高をくくっていたミミーの前に本当に翌日現れた。 ところがミミーには先客がいた。エリンという6歳の少女で、世話になっているシュガー・ロイの姪っ子だ。 ミミーとリッキーだけなら遊園地には行かないが、つまりはエリンのお供だ。ミミーは「ごめんね、せっかく滅多にない休みなのに」と申し訳なさそうにしていたが、リッキーは別にそんなことは構わなかった。
あの場にいたくなかっただけだ。 逃げ出したかっただけ。
遊園地は快晴で、子供たちの楽しそうな歓声があちこちから響いている。 楽しい音楽が流れ、ポップコーンの匂いがし、風船が空に揺れている。 噴水の側のベンチに座り、リッキーはぼんやりと空を見た。 白い雲が、ふわふわと漂っている。 また、ビジョンではミス・ギャラクシーが濡れたような唇を半開きにしている。
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