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■1475 / inTopicNo.1)  最後の一段、拡がるのは新しい宇宙
  
□投稿者/ 舞妓 -(2007/05/11(Fri) 23:22:17)
    新色の口紅のCFが、目の前の巨大なビジョンに映っている。
    モデルは、去年のミス・ギャラクシーの、カレンなんとかという美女だ。
    リッキーはベンチに腰掛け、アイスキャンディーを舐めながらそのCFを無感動に眺めていた。
    やっぱ、おかしいよなあ。
    と、自分でも思う。
    ミス・ギャラクシーの、きわどいドレスに扇情的な潤んだ唇が映っても、何を思うわけでもない。それどころか、ミス・ギャラクシーを、美しいとも思えないのだ。
    どんな大女優でも、スーパーモデルでも。

    アルフィンのほうが綺麗じゃん。

    リッキーが思うことはいつも同じだ。

    アイスキャンディーが溶けて下に垂れそうになって、慌ててリッキーは残ったアイスを一口で口の中に放り込んだ。

    アルフィンは、綺麗だ。金髪も、白い肌も、何よりあの独特の蒼い瞳も。
    身のこなしも、手の仕草も、戦うときの視線も、凛とした声も。

    15歳の時から、絶世の美女と言ってもいい女性と寝食を共にして早5年が経った。
    最初はうんと低かった身長も、いつの頃か追いつき、追いついたと思ったらあっという間に追い越した。
    力も強くなった。もうコレでアルフィンの爪に引っかかれることもない、と、アルフィンのつむじを初めて見下ろしたときにそう思ったものだ。

    「リッキー!!お待たせ〜!」
    遠くからはしゃいだ声が聞こえてきて、リッキーははっと視線を移した。
    手を振って、ミミーとエリンが走ってきた。
    「お帰り。楽しかったかい?」
    「うん!すっごく!!お兄ちゃんどうしてやらないの?バンジーすっごくすっごく、楽しかったよ!!」
    「…うん、お兄ちゃんはね、そういうの怖いんだ」
    リッキーは肩をすくめて笑って言った。
    「かっこ悪いなあ、お兄ちゃん。それでもミミーお姉ちゃんの彼氏?」
    「そうだねえ、かっこ悪いよなあ」
    にこやかに笑って、エリンに応対するリッキーに、ミミーはちょっと申し訳なさそうに言った。
    「リッキー、エリンが今度はホラーハウスに行きたいって言うのよね。どうする?」
    「いいよ、二人で行ってきなよ。俺は遠慮する」
    「またあ。お兄ちゃん弱虫!」
    本当は一緒に遊びたくて抗議するエリンを、ほら行こう、とミミーは連れて行く。
    振り返ってリッキーを見て。
    リッキーはそんなミミーに、気にするなよ、と手を振った。

    もちろんリッキーがバンジーをやらないのは、仕事中のリアルなダイブに比べれば何のスリルもない遊園地のバンジーに金を払う気にはなれないからだし、
    ホラーハウスに入れば、手は無意識にレイガンがあるはずの腰の辺りを探ってしまうし気配で仕掛けもすぐにわかってしまうしで、
    要は遊園地の絶叫系というものは殆どがリッキーにはコドモダマシなのだった。それにせっかく休んでいるのに仕事のことなど考えたくもない。わざわざ仕事モードに入るような真似はしたくない。
    それなら、メリーゴーランドに延々と乗っているほうが何倍もいい。癒される。


    ミミーはローデスを離れ、大学に進学していた。
    大学の近くにある遊園地に三人は来ている。
    リッキーの来訪は、突然だった。ある日、「明日行ってもいいかい?」とリッキーから電話が来て、宇宙一忙しいチームの彼がそんなことあるわけないわと高をくくっていたミミーの前に本当に翌日現れた。
    ところがミミーには先客がいた。エリンという6歳の少女で、世話になっているシュガー・ロイの姪っ子だ。
    ミミーとリッキーだけなら遊園地には行かないが、つまりはエリンのお供だ。ミミーは「ごめんね、せっかく滅多にない休みなのに」と申し訳なさそうにしていたが、リッキーは別にそんなことは構わなかった。

    あの場にいたくなかっただけだ。
    逃げ出したかっただけ。

    遊園地は快晴で、子供たちの楽しそうな歓声があちこちから響いている。
    楽しい音楽が流れ、ポップコーンの匂いがし、風船が空に揺れている。
    噴水の側のベンチに座り、リッキーはぼんやりと空を見た。
    白い雲が、ふわふわと漂っている。
    また、ビジョンではミス・ギャラクシーが濡れたような唇を半開きにしている。

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■1476 / inTopicNo.2)  Re[1]: 最後の一段、拡がるのは新しい宇宙
□投稿者/ 舞妓 -(2007/05/11(Fri) 23:23:21)
    7ヶ月前。
    地球標準時、1月12日午前0時30分。
    リッキーはアルフィンがまだ起きてるかなあ、と思いつつ、アルフィンの部屋をノックした。
    「だあれ?」
    「おいらだよ」
    「どうぞー」
    ドアが開いて、部屋の中にはベッドに腰掛けてパジャマ姿のアルフィンがいた。
    「寝てた?」
    「ううん、まだよ。なあに?」
    「これ、22歳の誕生日おめでとう」
    リッキーが差し出したのは、小さな包みだった。
    アルフィンの顔が、ぱあっと明るくなる。そして、嬉しそうに、笑う。
    「ありがとう!開けていい?」
    「もちろん」
    リッキーは思う。この嬉しそうな笑顔。こっちの胸が苦しくなるほど、愛らしい。
    こうも思う。兄貴はバカだ。自分だったら、この笑顔を見るためなら、何だってする。

    包みから出てきたのは、マニキュアの小さな瓶が3本。
    高級ブランドの新色だ。
    とは言っても、マニキュアなのでもちろん大した金額ではない。
    「ありがとう…かわいい、すごくいい色!」
    「明日くらい塗っときなよ。誕生日なんだし」
    「そうね。塗ってから寝る!ありがと、リッキー」
    アルフィンは、どの色にしようかなあと迷っている。リッキーは少し逡巡したが、気になっている事をやはり言う事にした。
    「アルフィン、本当にいいのかい?」
    「…いいのよ。もう決めたの」
    アルフィンは瞬時に表情を変えた。
    誕生日だとジョウに教えないで欲しい、もしジョウが誕生日を忘れていたらあたしはアラミスのファクトリーに行く、と決心を告げられたのが一ヶ月前だ。
    「色、自分で選んでくれたの?それともミミー?」
    アルフィンは、そばに立つリッキーを見上げた。
    それは笑顔だったけれど、どうしようもなく悲しそうな笑顔だった。
    「自分で。ネットでね。こないだ補給に寄った宇宙港で受け取りにしといたんだ」
    「そう。ほんとにありがと。気に留めてくれてて」
    リッキーは思った。
    そんな悲しそうな笑顔で言う言葉の裏には、「気に留めてて」くれないチームリーダーの影がある。いつもいつも、離れずに。
    「じゃあお休み」
    「うん、明日の朝食、卵オマケするわね」
    リッキーは嬉しそうやったあ、と言って、笑って部屋を出た。
    そして、閉まったドアに、背中をもたれて溜息をつく。
    ささやかな金額のプレゼントをし、卵一つで喜ぶ弟を演じる事。
    それもアルフィンのためなのか、と。
    そして思う。
    自分だったら。
    自分だったら、こんな悲しそうな笑顔をアルフィンにさせたりはしないのに。


    「半年後、必ず迎えに行くよ」
    と、アルフィンが言って欲しかったのは自分じゃなく、ジョウだ。
    そんな事は解っていた。でも、言わずにはいられなかった。
    「…ありがと。あんた大好きよ」
    アルフィンは泣きそうな顔で言う。
    いつもいつも、アルフィンの中では。
    リッキーの行動の裏に、ジョウの影。「してくれない」チームリーダーの影。

    一発殴ってやりたい。と心底思った。
    自分のせいで出て行かれたのも知らず、勝手に不機嫌になっているチームリーダーをアホだと思った。
    自分が言わなければ、誰が言う。
    いったん口を開くと、ジョウを責める言葉はいくらでも溢れ出た。

    だってなあ、兄貴、知ってるか。
    うつむいたアルフィンの顔を知ってるか?
    兄貴はアルフィンより大きいから、知らないだろ?
    でも俺は知ってる。アルフィンより小さかったから、知ってる。うつむいたアルフィンが、どんな表情をしてるか、俺だけはちゃんと知ってる。

    ずっと、見てきたんだ。

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■1477 / inTopicNo.3)  Re[2]: 最後の一段、拡がるのは新しい宇宙
□投稿者/ 舞妓 -(2007/05/11(Fri) 23:24:33)
    「ただいまあーーーー!」
    エリンが楽しそうに走ってきた。
    「お腹すいた!」
    がしっとリッキーの足にしがみつくと、きらきらと光る瞳で見上げて言う。
    「よし、じゃあ飯行こう」
    「行く!お兄ちゃん、肩車してよ!」
    うっ、と詰まった。
    「エリン、体重は何キロある」
    「んーとね、18キロくらい!」
    「…18キロ…」
    まあ、仕方がないか、と思った。クラッシュパックだと思えばたいしたことはない。
    「仕方ねえなあ。ほら」
    リッキーは屈んで、エリンを背中に乗せた。
    「すっごーーーーーーい!たかーーーい!!」
    エリンは大喜びだ。
    高い、か。とリッキーは苦笑した。
    リッキーは今176センチある。12歳までロクな栄養を取らずに育ったので、よく伸びた方だ、と思う。
    「ホント、高くなったわよね。ククルの事件のときは、あたしより低かったのに」
    ミミーが眩しそうに、リッキーを見上げて言った。
    ミミーの髪は本来の栗色になっていて、ふわりとウェーブがかかって長く揺れていた。
    けばけばしく三色に染め分けたのもとうに卒業した。
    耳のピアスだけは、変わらない。きらきらと、光を受けて綺麗に光る。

    先程エリンが、リッキーの事をミミーの「彼氏」だと表現したときに、ミミーは一瞬さっと目を伏せた。
    リッキーはリッキーで、胸に思うものがあった。

    ククルで出会って5年、メールのやりとりは続いているし、休暇になればミミーが来たり、リッキーが行ったり、交際は切れ間なくある。
    ただその5年と言っても、実際に会えたのは年に数回、数日ずつだ。
    その間に、お互いに「気持ち」を確かめるという手順を踏んでいるかといえば、答えはノーだった。
    ミミーは可愛い。愛しい、とも思う。会いたい、とも思う。多分ミミーも同じ気持ちでいると、思う。
    じゃあ何で今の今まで、確認作業を怠っているのかと言えば、自分のほうには思い当たる理由があった。
    それが、アルフィンだ。

    アルフィンに対する気持ち。
    正直、それが何なのかリッキーにもはっきりしない。
    アルフィンはリッキーにとって、母であり姉であり慕う女性でもあった。
    慕う気持ちが、恋愛感情なのかどうかと問われると、なかなか答えは難しかった。
    幸せになって欲しい、と思う。
    アルフィンが命を懸けて愛しているのはジョウだし、
    ジョウがアルフィンをそれ以上に愛しているのも、解っている。
    そして、
    アルフィンが決して自分を「そういう」対象としては見ないことも知っていた。

    ジョウがアルフィンに対して一線を引いているのは、チームリーダーとしての立場、責任、様々な事が背中にずっしりと乗っかっているからなのも、理解できる。
    それでも、あんまりだ。
    だから、言った。
    「兄貴、もう5年だ。もう時効さ」

    苦しいのはアルフィンだけじゃない。兄貴だけじゃない。
    俺も苦しいんだ。
    早く幸せにしてやってくれよ、兄貴。
    早く俺を楽にしてくれよ。


    「リッキー?」
    ミミーの声がはっと思考を破った。
    「あ、ああ、何?」
    「お兄ちゃん、パスタとオコノミヤキはどっちがいい?って聞いてるのに!」
    エリンがぷううう、と頬を膨らます。
    「あー、ごめんごめん。オコノミヤキがいいなあ」
    「わかった。じゃそうするわ」
    そして大声で、ご機嫌にでたらめな歌を歌い始めた。
    ミミーが、ちらりとリッキーを見上げた。そして、小声で話しかける。
    「リッキー、元気ないね。何かあったの?」
    図星を指されて、ドキリとする。
    「え…いや、別に、何もないよ」
    ミミーは透き通るように笑い、そう、とだけ言って、それ以上は何も言わなかった。
    まいったなあ、とリッキーは思う。
    お見通しだ。
    しかしその「何か」の中身を言う事は出来なかった。絶対に。

    今頃、ローゼ・ド・ロジーヌがジョウの待つ惑星に到着し、アルフィンはジョウの腕の中にいることだろう。

    アラミスのファクトリーに行ってしまったアルフィンに、ジョウがついに気持ちを伝えたであろうことは分かっていた。背中を押したのは他でもない、自分なのだから。
    これでいいんだ、と思った。
    ジョウはファクトリーの短期養成コース修了に合わせて休暇を組み、アラミスにアルフィンを迎えに行った。
    それでいいんだ、と思っていたのに、やっぱり何かが胸につかえて、ダンの誘いをいいことに日の高いうちから酒をかっくらっていた。
    そのうちに、ジョウから早々と電話が来た。宇宙港に来い、と。

    そこにいたのは。
    髪を切って眩しいほどに凛々しく美しい、アルフィン。

    一瞬、どこかへ飛んで行って、もう手の届かない女性になってしまうんじゃないかと、リッキーは思った。
    不思議に寂しくて、行かないで欲しいと捕まえたくもなった。

    ところが、ジョウはといえば。
    アルフィンが操るローゼ・ド・ロジーヌが飛び立つその瞬間のジョウの顔には、祝福と歓喜以外の色はなかった。紛れも無く。
    自分の腕を離れて、飛び立っていくアルフィンを、心から祝福していたんだと、思う。

    自分がジョウだったら、こんな顔で送り出すことができるだろうか、とリッキーは考えた。

    その時、今更ながらに、リッキーは二人の絆の強さを思ったのだった。
    お互いが、お互いの全てを信じているからこそ。

    これでいいんだ。
    全てを納得した、はずだったのに。
    アルフィンがアンジェリーナチームの助っ人を終えて帰ってくる予定の前の日に、リッキーは保養先を逃げ出した。
    いられなかった。
    今度こそ、アルフィンはジョウのものになる。
    その場になんて、いられなかった。同じ夜を、過ごせなかった。どうしても。

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■1478 / inTopicNo.4)  Re[3]: 最後の一段、拡がるのは新しい宇宙
□投稿者/ 舞妓 -(2007/05/11(Fri) 23:26:05)
    エリンはその日の夜の定期便で、ローデスに帰る予定だった。
    宇宙港まで送ると、ローデスから、一見かたぎに見えるがミミーとリッキーには一目でその筋の人間と分かる男が迎えに来ていて、ミミーとリッキーに丁重過ぎるほど丁重に挨拶をして、エリンを連れて船に乗り込んでいった。

    「…ふう。ごめんね、せっかくの休みなのに、子供のお守りさせちゃって」
    「いいよ。楽しかったよ、気分転換にもなったし」
    宇宙港の展望デッキで、缶コーヒーを飲みながら二人は話した。
    夜風が優しく吹いている。
    「明日、行っちゃうの?」
    ミミーが少し寂しげに言った。
    「ああ、ホントにちょっとで悪かったよ。もう明日は定期便に乗らないと、仕事に遅れるから」
    「そうよね。…今度はいつ、会えるのかな」
    また一隻の宇宙船が、離陸していった。
    全宇宙が開発されている時代とは言え、宇宙船定期便の運賃は決して安くはない。世の中には自分の住む惑星から出た事がない人間の数の方が、多いのだ。
    宇宙と地上は、遠い。
    それが現実だった。

    「あのさあ、ミミー」
    手すりに腕と顎を乗せて、自分の思いに沈んでいた様子だったリッキーが、不意に改まって声をかけた。
    「何?」
    「ミミーは、大学で何の勉強してるんだい?」
    「どしたの、突然」
    ミミーは笑った。
    「何の勉強してるのか、教えてくれよ。何せ、俺は生まれてこの方学校ってところに行ったことがないからさ」
    それは単純に、興味だった。アルフィンは、あれほどの決意を持ってファクトリーに行った。宇宙船操縦ライセンスを取得した。それはクラッシャーとして、生きるためだった。
    じゃあ、今の自分はなんなんだろう、と思い。
    そして、大学というところで学んでいるミミーの心中はどうなのかと、聞いてみたくなっただけだった。
    「…」
    ミミーは、微妙な表情で微笑んだ。
    「あのね、あたしは、社会福祉を勉強してるの。それと、政治と経済」
    「それを勉強して、どんな仕事につきたいんだい?」
    ミミーはふと、きりりとした表情になった。
    「ローデスに戻るわ」
    「…何のために?」
    意外だった。ミミーは、もうローデスに戻る気はないのだろうとばかり思っていた。

    「ローデスの子供たちが、全員、学校に通えるように」

    ミミーが、リッキーを真っ直ぐに見る。

    「飢えないように、かっぱらいをしなくてもいいように、生きるためにギャングの三下にならなくて済むように。みんながまっとうに生きられるように。あたしは、ローデスをそうしたいの」

    リッキーは、言葉を失った。

    一瞬、自分が泣いてしまうのではないかと思った。

    生きることだけに必死だったあの頃を、ありありと思い出す。何の夢も無く、何の目標も無く、いつも飢えていて、与えられる愛情なんか生まれたときから無くて、ただ腹の飢えを満たすために人の金を盗む事なんか当然だとすら思っていた、どうしようもなく乾いていたあの頃。
    これがどれだけ続くのかと。
    自分の人生はこうやって日の光も指さない地下で一生這い回って終わるのかと。
    希望なんか、何も無かった。
    地上も、宇宙も、ただの夢物語。

    あの、心臓を突き刺すような、どうしようもない絶望感。

    「あたしはククルのボスの娘だった。お金で困った事なんか一度も無かったわ。いつも美味しい物をたくさん食べて、欲しいものは何でも手に入った。パパが死んでからも、シュガー・ロイはまたボスだったし、同じように何も困らなかった。
    でもね、あたし思ったの。
    リッキーは自分の身体一つで、自分のお金を稼いでる。そのお金であたしに会いに来てくれる。あたしのお金は、みんなパパから貰ったもの。それだって、親もいない学校にも行けない子供たちからのアガリが、まわりまわってあたしのお財布に入ってるだけ。エリンがこんな遠い星まで来られるのも、遊園地でいっぱい遊べるのも、あたしが大学で学べるのも、同じ事。
    あたし、リッキーに会って初めて、それがどんなに恥ずかしいことなのか、分かったの。これでも今は、仕送りなしでやってるのよ。奨学金とバイトで生活してる」
    ミミーはちょっと恥ずかしそうに、微笑んだ。
    「リッキーは、ジョウたちに逢って、自分で道を切り開いたんでしょう?
    でもまだ、ローデスには昔のリッキーみたいな子供たちがたくさんいる。ククルが崩壊して、モズポリスにも住む所がなくて、サラチナに流れてきた人たちもいっぱいいる。
    あたしが今まで何の不自由も無く生きてこられたのは、そんな人たちのおかげ。だからあたしは、その人たちのために、力を尽くしたい。一生懸命勉強して、ローデスを良くするために働くの。今まで与えてもらったものを、何倍にもして返してあげたいの」

    リッキーは、言葉も無くミミーの顔を見つめていた。
    そして、こんなにきれいなミミーの顔をみたことがない、と思った。

    「リッキーのおかげよ。
    リッキーに会えて、…好きになって、あたし、色んなことがわかった」

    駄目だ。泣くな。

    そう思ったけれど、涙腺の緩みはどうしても止まらなくて。

    リッキーは腕で顔を覆い、ぼろぼろと流れてくる涙を必死に押さえ込もうとした。

    「リッキー」
    ミミーがそっと、肩に手を置く。
    そんなミミーの声も、少し鼻声に聞こえた。
    「…ごめん、ミミー…俺…男のクセに…みっともねえよなあ…」
    「そんなことないよ。そういうリッキーだから…好きなの。それに、何かあったんでしょ。疲れてるのよ」
    ミミーはそっと、手すりに顔を伏せるリッキーの背中を撫でた。

    背中にミミーの温かい手を感じながら、リッキーは思った。
    クラッシャー評議会議長の一人息子、サラブレッドのジョウ。ピザンのプリンセスだった、アルフィン。
    ひがむ気持ちはとうにない。
    それでも、あの胸を突き刺すような絶望は、彼らには決して理解できないだろう、と思った。
    そして、自分がミミーに想いを繋げていたのは、
    彼女が「ローデス」を、自分の根底を、理解してくれているからなんだと、不意に悟る。
    今の自分は、AAAのクラッシャーで金持ちで背も高く何の不自由も無く生きている。でもそれが全部じゃなく、
    根底にはローデスが、ククルが、あの飢餓が、絶望が、今も癒えることなく。

    「ミミー…」
    「なあに?」
    「俺、ミミーが好きだ」
    好きだと口にした瞬間、胸に何かがはじけたような気がした。
    とんでもなく、温かくて優しくて切ない気持ちが、心臓から身体一杯に流れ出てきた。
    そしてその想いが、アルフィンを慕う感情とは全く別のものだと、リッキーはその時はっきりと理解した。
    切なくて、愛しくて、全てが欲しくて全てを守りたくて全てを捧げたい。

    愛しさは、身体に入りきらなくて、この身体から溢れてしまいそうで。

    「ミミーが好きだ」
    喘ぐように、繰り返し、言った。

    目の前で、ミミーが目を見開いてびっくりした顔をしている。

    「ずっと中途半端で…悪かったよ。でもずっと、好きだった。ミミーは俺の、支えだった」
    素直に、言った。
    そして自嘲する。
    なんてこった、兄貴を責める資格なんかない。俺も兄貴と同じじゃないか。
    「アルフィンでしょ」
    唐突に、ミミーが言った。
    「えっ!?」
    驚愕し、リッキーはうろたえた。
    ミミーはいたずらっぽく微笑んで、からかうような口調だ。
    「隠しても無駄よ。分かってるわよ、そんな事。あんなに綺麗な人と一緒に暮らして四六時中顔をつき合わせて、平気な人なんかいないわよ。年上っていっても、たった二つだし。全然許容範囲だもの」
    「…」
    リッキーは声もない。
    「だからあたし、アルフィンみたいに綺麗になりたいって努力した。悪ぶるだけじゃなくて、アルフィンみたいにきちんと生きようって。
    いつかきっと、リッキーは、」
    いたずらっぽい笑顔が、だんだん堪えきれないように泣き顔になってくる。
    「あたしだけを見てくれるようになるって…」
    ミミーは両手で顔を覆って、うつむいてしまった。
    細い五本の指の間から、真珠のような涙がぽろぽろと落ちてくる。

    「ミミー」
    胸をつかれて、リッキーは、ミミーを抱き寄せた。
    「俺の、彼女になってくれるかな、ミミー。
    俺はクラッシャーで、いつ死んだっておかしくない。ほとんど会えない。毎日メールとか、土日はデートとかも無理だ。先のことも、…何の約束もできない。それでも、俺の彼女でいてくれるかい?」
    「…もちろんよ、リッキー」
    ミミーがぽろぽろと涙をこぼしながら、笑顔で言った。
    「いいのよ、土日ごとにデートなんかしてたら勉強できないわ。夢が叶わなくなっちゃう。あたしはそんな彼氏がほしいんじゃない。リッキーと、つながっていたい。それだけよ。…大好きだから」
    ミミーがしゃくりあげる。
    「ずっとずっと、大好きだったんだから」

    胸で泣くミミーを抱き締めて、栗色の艶やかな髪を撫でながら。

    リッキーは自分が今、長い長い階段の最後の一段を上ったんだと、思った。

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■1479 / inTopicNo.5)  Re[4]: 最後の一段、拡がるのは新しい宇宙
□投稿者/ 舞妓 -(2007/05/11(Fri) 23:27:08)
    「ところでさ」
    腕の中で少し落ち着いた様子のミミーに、訊いてみる。
    「ミミーは、兄貴じゃなかったのかい?」
    「ジョウ?そうねえ」
    鼻を赤くして、ミミーはくすりと笑った。
    「ステキだと思うわよ。そう思わない女の子はいないんじゃないの?でもあたしが好きになったのは、背が低くて力も弱くて、それでも必死になってあたしを守ろうとしてくれたリッキーよ。ジョウじゃない。そんなの理屈じゃないわ」
    ミミーが、背伸びして頬にキスをしてきた。
    「宇宙一、カッコいい。リッキー」

    このやろう、とリッキーは思う。
    俺が先にキスするんだ。
    それに、それは俺の台詞だ。

    ミス・ギャラクシーよりも、どんなスーパーモデルよりも、大女優よりも、

    そして、アルフィンよりも。

    きみが一番綺麗だ、ミミー。


    キスをする二人の向こうに、また宇宙船が光を輝かせて離陸していく。
    地上と宇宙は果てしなく遠いけれど、見つめるものが同じなら、きっと距離は縮んでいく。
    未来は君と重なっているだろうか。
    望めば叶う、そんな未来を君と作っていけるだろうか。
    ローデスの子供たちが見上げる空にも、未来を映せるだろうか。


    リッキーは、ミミーを腕に抱いて、夜空を見上げて思った。


    上ったのは、最後の一段。
    そこに拡がるのは、新しい宇宙。




    ミミー、いつか、必ず。



                              FIN
fin.
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