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■1498 / inTopicNo.1)  おうちへ帰ろう 〜Going home
  
□投稿者/ とむ -(2007/06/04(Mon) 23:51:40)
    目の前に広がるのは、横長でパノラマな黄金色の風景。
    夕暮れ近い晩夏の空は、優しいオレンジ色に綺麗に染まり、少年の影は金色に輝く薄(ススキ)の波上に長く長く伸びていった。
    ハイウェイと薄の草原を隔てる朽ちかけた木製の柵に、その少年はちょこんと腰掛け、もう何時間もの間を無言で目の前に広がる金色の波を眺めている。
    もう夏が終わる。季節はゆっくりと秋に向かっていく。
    薄の草原の向こう側には、収穫を終えたばかりの小麦畑。ところどころに、刈り取った小麦を寄せ集めて出来上がった小山が、ぽつりぽつりと点在するのが見えた。
    さわさわと薄の穂上を滑っていくアラミスの風をその頬に感じながら、その赤毛の少年は夏の名残の少し湿った空気を胸いっぱいに吸い込んだ。熱く、青臭い草の匂いが鼻腔をくすぐる。少し懐かしく切ないような気持ちになって、彼は今一度自分の周りの風景を見渡した。
    まるで一面がオレンジ色に切り取られた絵のようだ。
    オレンジの空、オレンジに照らされた薄の草原とその中に存在するたくさんの生命たち。自分さえも、いつの間にか周りに存在しているもの達と共に、このオレンジに取り込まれていくような錯覚を覚え、彼は一瞬目を瞬かせた。


    考えてみれば不思議な話だ。ほんの数年前までは、ククルの真っ暗な地下街から出ることなど一生叶わず、泥に塗れるように生きていくしかないと思っていた。自分の生きるテリトリーを、その都度変えながら唯生きるためだけに生きる日々。未来を夢見るなどありえない。きっと、一生モグラのように、地面の下で日の目を見ることもなく、どこかで野垂れ死にするまで這い蹲って生きていく。自分の人生などそんなものだと、ずっと信じて疑わなかったというのに。


    少年は、右手で弄んでいた薄の穂をポイと放り出したかと思うと、勢いをつけて柵から飛び降りた。足の裏にアラミスの温かい草原の感触が伝わる。草花の息吹、虫の蠢く気配、寛容な大地の営み。今、彼を取り巻いている全てのもの達。生命力に満ち溢れた力強く温かいもの。
    (あったかいなあ)
    少年は足の下の草を踏みしめながら、そう思う。
    数年前には決して有り得なかったこと。必死で地面の下から這い出して、この太陽の下にやってきた。たくさんの花々、たくさんの生き物たち、からだを撫でる風、大地の感触。昔憧れてやまなかった全てのものが、今ここにある。


    なのに。
    今日のように夕焼けがあまりにも綺麗だと、なんだか今の自分がウソの様に思えてしまい、かえって不安になる。こんなに綺麗でいいのかな。こんなに幸せでいいのかな。その生い立ちがそう思わせるのか、少年は今でも心の底から「幸福」を信じることができない。
    だって、昔はこんな夢を何度も見たから。何度も何度も夢に見て、夢から覚めるその度に、何度も何度も失望した。神様なんて信じない。願ったって無駄なのだ。どんなに助けてくれと願っても、周りではたくさんの仲間がいつの間にか消えていく。だから、この世には神様なんていやしない。その代わり、自分の力でどんなことをしても生きてやろうと決めたんだ。一日でも長く生き延びる為に生きる。そのためには手段を選ばない。
    あの頃は確かに、そう、思っていた。
    だから、この網膜に映っている世界が夢なのではないかと、今の自分は思ってしまう。こんなに幸せでいいのかな。こんな風景の中に俺らなんかがいて本当にいいのかな。幸せであるのに申し訳ないような変な気持ち。満たされているのに満たされてはいけないようなモヤモヤした気持ち。
    (ああ、そうだ。ここに来るといつもこうなっちまう)
    なんだか不意に涙が出そうになって、彼は唇をかみ締めながら立っていたその場所に腰を下ろした。そのまま膝を抱えて小さく蹲る。そして瞳をぎゅっと閉じて、自分を守るように身を固くしたまま、じっと動かなくなった。



    そんな時。
    彼の後方のハイウェイから、エアカーのドアを閉める音が小さく聞こえてきた。視界の端で音の方向を見ると、蹲った彼の小さな影の横に、いつの間にかスラリと伸びる長い影が見える。その影はゆっくりとこちらに近づいて、彼が少し前に飛び降りた柵の前でピタリと止まった。彼の小さく蹲った影の横に、草原の向こうまで真っ直ぐに伸びる長い影。

    「なにやってんだ、こんなところで」
    凛として張りのあるその声は、少し呆れ、それでいてどこか安堵したような響きを含んで、少年の頭の上から降ってきた。少年は顔を上げて振り返り、もうすっかり見慣れてしまったアンバーの瞳を見つめ返す。
    「兄貴」
    「アルフィンがカンカンだぞ。もうメシの時間だってのに、リッキーがいつまでも帰ってこないってな。お陰で、俺はさっさとお前を見つけ出して連れ戻せとのお達しを受けた」
    クラッシャージョウがその両手を腰に当て、苦笑しながらリッキーを見下ろしていた。そして、目の前の柵にその右手をついたかと思うと、一気に体の重心を掛けヒラリとその柵を飛び越える。両手を叩いて手についた埃を払い、そのままリッキーの頭もポンと叩いた。
    「…たく、3時間も帰ってこないから、どこに行ったかと思ったぜ」
    両腕を組み柵によりかかりながら、ジョウはリッキーに話しかけた。
    「…今夜のメニューはなんだって?」
    リッキーが、薄の波を眺めながら聞く。
    「ビーフシチュー。出来立ての美味いとこを食いたけりゃ即行で戻って来いとさ」
    「スゲエ。俺らの大好物」
    「だろ?俺も好物だ。だからできれば、これ以上お姫様の機嫌を悪化させることは避けて通りたい」
    「ごもっとも」
    「よし。じゃあ、暗くならないうちに戻ろうぜ。今日は昼から評議会に呼ばれて、お偉いさんの相手で疲労困憊だ。早くメシを食ってゆっくりしたい」
    ジョウは、うんざりしながらそう話し、今来た道を戻るべく体の方向を変えた。そして、寄りかかっていた柵に手を掛けて、それを飛び越えようとしたところで、リッキーが一向に立ち上がらない様子でいることに、ふと気がついた。
    「どうした」
    ジョウは、両手を柵にかけたまま頭だけをリッキーの顔に向けていぶかしんだ。リッキーは一向に動く気配を見せない。膝を抱えて蹲ったままだ。
    「リッキー?」
    ジョウは、リッキの顔を覗き込むようにして柵からその体を離し、彼の横にしゃがみこむ。そこには、どこか決まりの悪い顔をして、目の前の草原を見つめるリッキーがいた。
    「リッキー」 
    ジョウは、もう一度リッキーの傍らに腰を下ろし、横から彼の顔を覗き込んだ。夏の夕暮れがそろそろと近づき、遠く地平線にはオレンジに燃える空の上に薄青紫色の夜が覆い被さろうとしている。

    すると。

    「…だと、思ってたんだ」
    不意に、聞き取れるか聞き取れないかという小さな声でリッキーが話し始めた。
    「なに?」
    ジョウはリッキーの話した声が聞き取れず、耳を彼に近づけながら問い返す。
    「俺らククルにいた時、自分のことをまるでモグラだって、思ってたんだ」
    リッキーは、少しおどけるような声で、そう言った。
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■1501 / inTopicNo.2)  Re[1]: おうちへ帰ろう 〜Going home
□投稿者/ とむ -(2007/06/05(Tue) 22:52:10)
    夕暮れが深まる草原は、次第にオレンジの色彩から仄暗い濃紺の世界に変わろうとしている。
    「…モグラ?」
    ジョウは、リッキーの顔を見つめながら注意深く問い返した。夜のベールがそろそろとリッキーの顔を覆い始め、その表情は見えにくい。
    「うん」
    リッキーは抑揚なく答え、
    「どうして」
    と、ジョウもリッキーからその視線を外し、目の前に広がる草原を遠く眺める。
    「だってモグラってさ、生まれてからずっと一人で生きていくんだ。死ぬまで一人っきりで、ひたすら穴だけ掘って生きるんだよ。食べる為だけに穴掘って、毎日毎日穴を掘ってさ。そんでもっていつか寿命が来て死んじまう」
    リッキーは、その手でさっき放り投げた薄を弄びながら呟いた。
    「昔の俺らみたいだろ?」
    「………」
    「俺らもそうだった。生まれてすぐに捨てられて、ずっとククルでかっぱらいをやって生きてきた。毎日毎日その繰り返しさ。そうすることしか知らなかった。食うためにそうしてきた。そうしなきゃ生きてこられなかった。モグラだって一緒だ。あいつらだって、土を掘ることしかできないもん」
    「………」
    ジョウは、何も言わずに聞いている。
    「あいつらって目がないしさ。地上に出たいなんてことも思えないんだ。そんなこと考えて表に出たらお終いさ。上の外敵に見つかって殺される。あっという間だよ、きっとね。敵が迫ってることすら分からないんだから、どこにも逃げるなんてできない。だから、一生土の中で生きるしかないんだ」
    すっかり暗くなった辺りを見回しながら、リッキーはこう続けた。
    「俺らもずっとそう思ってた。兄貴達と会うまではね。…なんて、どこに行ってもモグラはモグラのままなんだけど」
    少し自嘲気味に笑って、リッキーはジョウの顔を見上げた。なんだか、少し泣きたい気分だ。そんな風に思いながら。
    「ほんとは、俺らだってこんなとこにいちゃいけないのかも」
    溜息をつくように、リッキーは小さく呟いた。

    そうだ、どこに行ってもモグラはモグラだ。
    いつもアラミスに来ると、自分がここにいることが間違いのような気がするのは、自分が場違いなところにいる気がするのはそのせいだ。どこへ行っても、自分が変わったわけじゃない。生きる環境が変わっただけで昔のままの自分がここにいる。
    身分不相応。
    そんな言葉が頭の中でぐるぐる回る。
    目の見えないモグラが間違って地上に出てしまったのと同じように、自分がとてつもない勘違いをしている気がして居た堪れない気持ちになった。
    相変わらず、何も言わないままのジョウからリッキーは目を外し、その足元に生えている草に視線を移す。
    (兄貴に話したってどうにもならないのに、な)
    苦笑いをして草をむしる。
    今まで生きてきた過去は消せない。自分の生い立ちは一生消えることはない。思い出したくないことも、記憶から抹消したいことも、この体に染み付いてなくなることはないのだ。
    リッキーは、諦めたように小さい溜息を唇から零した。


    すると不意に。
    「…バカだな」
    それまで一言も発することなく、リッキーの言葉を聞いていたジョウが口を開いた。
    「え?」
    「ばぁか」
    ジョウは、そう言ったかと思うとすっくと立ち上がり、腰についた草をポンと払い落とした。そして、リッキーに向かって一言だけ、
    「帰るぞ」
    と言った。
    そして、そのままヒラリと目の前にあった柵を飛び越えて、リッキーを振り返ることもなくハイウェイの路肩に止めてあったエアカーに向かって歩き出す。
    「え?え、 と、兄貴?」
    リッキーが慌ててジョウの後を追うようにその腰を上げた。あたふたと柵を乗り越えてジョウを追いかける。
    「あの、さ。兄貴?」
    息をきらせながらエアカーのドアに手を当てて、リッキーはジョウの顔を仰ぎ見た。すっかり茜色の夕日は地平線の彼方へ埋没し、薄紫色のグラデーションがその代わりに広がっている。オレンジ色の夕景は、うっすらと地平線の縁にその名残を残すのみ。
    リッキーが戸惑いながらジョウを見ていると、ジョウは無言のままエアカーの運転席に腰掛け、真っ直ぐ一本に伸びるハイウェイを見ながらエンジンをかけた。
    「乗れ」
    ジョウは、顎をしゃくりながらリッキーに声をかけると、そのまま前方に顔を向ける。
    「う、うん」
    おどおどした動きのままリッキーは素直に言葉を返してしまう。ぎこちない手つきで、助手席に腰を下ろしシートベルトを装着する。
    無言のままゆっくりとエアカーを走らせたジョウの顔を、リッキーは恐る恐る覗き見た。
    すると。
    「間違ってる」
    突然、何の前触れもなくジョウは言った。
    「え、 」
    リッキーは一瞬何を言われているのかを理解できず、装着したシートベルトに手を掛けた。壊れたブリキのオモチャのような動きでベルトの位置を確認する。
    それを見たジョウは、呆れた顔をして
    「そっちじゃない。モグラの話の方だ」
    と言った。
    「は?」
    リッキーは、シートベルトを締めながら訳が分からないという様子でジョウに聞き返す。話の展開に全くついていけない。
    スピードを上げたエアカーの少し開いていたパワーウィンドウから湿った風がたなびいて、リッキーの赤毛が顔に纏わりつく。
    「モグラ? の、なにが?」
    顔に纏わりついた髪をはらいながら、リッキーは間の抜けた声で聞き返した。
    「だから、一生一人だっていった件(くだり)」
    「え?」
    「一生一人って訳がないだろ。あいつらだって」
    ジョウはハンドルを繰りスピードを上げてエアカーを走らせる。
    「え、」
    リッキーは、そんなジョウを見て呆けたように口を開けた。
    「確かにやつらには目がないし、一生穴を掘って生きているが」
    「う、ん」
    「ちゃんとコイツだっていう伴侶を見つけるんだよ。目も見えないくせにいっちょ前にな」
    「え」
    リッキーは、心底驚いた様子で目をぱちくりさせた。

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■1502 / inTopicNo.3)  Re[2]: おうちへ帰ろう 〜Going home
□投稿者/ とむ -(2007/06/06(Wed) 21:30:43)
    「当たり前だろ。でなきゃ、とっくに絶滅しちまってる」
    リッキーを見てジョウは呆れ顔で溜息をついたが、すぐに薄い笑いをその唇に乗せてそのまま語り続ける。
    「…あいつらの寿命は、せいぜい4年かそこらだ。土の中で毎日毎日穴を掘りながら、一生懸命食って食って食いまくって生きている。大抵、生まれて1年くらいで自立して、巣を作り、伴侶を見つけて子孫を残していくんだが、」
    ジョウは、一語一語、記憶を探るようにゆっくりと言葉を繋いだ。
    「すげえよな。お前の言うとおり目も見えないくせに、やつらしっかり方向だって覚えてるんだぜ。あっちは南、こっちは北。そっちに行けば美味いメシがある、なんてな」
    「…なんでそんなこと知ってんのさ、兄貴」
    ジョウの真意を掴みきれないまま、リッキーは間抜けな顔で問い返す。
    「習ったんだよ。確か、昔スクールで。まあ、アラミスは農耕惑星だしやつらは農民にとっては害獣だしな。ちゃんと敵の姿を知っておけってことだろ」
    「…ふーん…」
    リッキーはジョウからその視線を外し、今はすっかり真っ暗になったエアカーの外を見る。
    ジョウの真意が分からない。
    ジョウはエアカーのハンドルを切り、目の前を猛スピードで流れていくハイウェイを見ている。遠く地平線まで続く草原の間をぬう様に、どこまでも一本に流れていくハイウェイを、暫く二人は黙ったまま目で追いかけた。

    すると、ジョウは唐突に再度口を開く。
    「…驚くぜ。目も見えず、自分がいる位置すら分からないような真っ暗闇にいるってのに、発情期になるとしっかり相手を見つけちまう。多分、これが生命力ってやつだろうな」
    「…へえ」
    「たいしたもんだ」
    ジョウはエアカーの後方をサイドミラーで確認したあと、手元に視線を戻しカーラジオにスイッチを入れた。ラジオからは、今アラミスで流行のポップスが流れてくる。

    「…そういや生命力って言えば、昔よく爺さんも言ってたぜ」
    「爺さん、って。…ガンビーノ?」
    「ああ」
    ジョウはその瞳に柔らかな光を乗せふと口角を上げる。

    −−−−−−−−−ガンビーノ。

    リッキーが<ミネルバ>に密航した時から、彼を鍛え上げてくれた好々爺。白いクラッシュジャケットを身に纏ったジョウのチームのご意見番。ジョウの父親であり、現クラッシャー評議会議長であるダンの元チームメイトで、ダンに対して物怖じをせずに意見を言えた数少ない人物。
    そして、<ミネルバ>に密航してきたリッキーを、ジョウのチームのエンジニアにするようジョウに強く進言してくれた人物でもあったと知ったのは、ピザンの事件が起こる少し前だった。

    「…なんて?」
    リッキーは懐かしい故人の顔を脳裏に浮かべ、同時に興味津々の顔でジョウに答えた。するとジョウは、お前笑うんじゃねえぞと前置きをしながらこう答えた。
    「”道端に咲く花が、この世では一番うつくしい”とさ」
    「は?」
    リッキーが素っ頓狂な声を上げると堪らずジョウは、ぷはと吹き出した。
    「似合わねえ台詞だろ。あのギャンブル好きの爺さんには」
    ジョウは、その宇宙焼けをした精悍な顔を可笑しそうに破顔させて、くくと口の中で笑う。
    「一体、何を言い出すのかこのジジイって思ってたさ。いつもな」
    「へえ…」
    「てんで似合わねえ。オフって言えば競馬だロトだって大騒ぎしてたくせに、説教だけは理屈っぽくて」
    「兄貴でもガンビーノに説教されることなんてあったんだ」
    「まぁな。…悩みもあったし」
    「兄貴も?」
    そりゃあ一応それなりにな、とジョウは少し照れたように唇の端を上げ肩をすくめる。
    「あの頃は、勝手に親父と自分を比較してはその度クサクサしてた」
    「…ふうん」
    「で、ガンビーノに言わせれば」
    「うん」
    「その辺の道端に咲いている花が一番なんだとさ」
    「はあ…」
    「つまり。道端にへばりつく様に咲いている花は、今自分が生えている場所より、他にいい場所があるかもしれないなんてことは考えないんだと」
    「………」
    「多少日当たりが悪かろうが、水はけが悪かろうが、その場所で思いっきり日の光を掻き集めて上へ上へと伸びていく。そうしているうちに、いつの間にかコンクリートを突き破り、高く空に向かって花を咲かせる。それが命の力強さだとよく聞かされた。ジョウ、お前も他人と自分を比べる暇があるようじゃあ、まだまだ真剣味が足りねえ証拠だぜ、とよく説教された」
    ジョウは、昔を懐かしむように口唇を緩め笑う。その瞳は優しい光を宿し、まるで記憶の中のガンビーノと会話を楽しんでいるかのようにも見えた。


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■1503 / inTopicNo.4)  Re[3]: おうちへ帰ろう 〜Going home
□投稿者/ とむ -(2007/06/07(Thu) 22:51:09)
    「何故だか、今、突然思い出した」
    「………」
    柔らかい笑みを浮かべ言葉をつむぎだすジョウを暫くリッキーは無言で眺めていたが、やがて再びその視線を自分の膝の上に落とした。そのまま、じっと自分の手のひらを見つめる。

    ガンビーノ

    思えば、ガンビーノにはいろいろなことを教わった。ベッドの整え方から始まり、服の洗濯の仕方、風呂の掃除の仕方、簡単な料理のレシピをいくつか。普通であれば、家庭生活の中で自然に身について育ってくるものであろう日常の雑事。かっぱらいや食い逃げなど、ありとあらゆる「悪事」はククルで日常的にやってきたが、ごくごくふつーの、当たり前の生活というものこそ、リッキーは<ミネルバ>に密航してくるまで一切経験したことがなかった。
    そういえば、エンジニアとして<ミネルバ>での生活に慣れ始めた頃も、一度、ランドリーを回している時にいきなり背後から殴られたことがある。
    「なにすんだ、このジジイ!」
    と、涙目でガンビーノに噛み付いた時は、
    「柄物と無地のものは一度にランドリーに突っ込むなと教えただろうが!こんな簡単なことくらい一度で覚えんか、この脳足りんの小僧が!!」
    と、さらに頭のてっぺんからごつい鉄拳をお見舞いされた。
    よく言うぜ、自分だっていつもは平気で柄物だろうがなんだろうが一緒に、ガッコンガッコン洗ってやがるくせになどと反論した途端、今度は「そこに座れ」と目の前で胡坐をかかれ、くどくど長い説教を始めて無事に開放されるまでの間、正座をさせられ時間を費やした記憶が脳裏に蘇った。
    (…ったく、ガンビーノのやつ)
    苦々しい思い出だが、何故だか腹も立たず懐かしい気持ちで満たされるのは、その相手があの好々爺であるが故か。リッキーはガンビーノとの馬鹿馬鹿しくも温かい記憶にその身を委ね、ふと微かな笑みを唇に浮かべた。


    すると。
    「…お前にはクラッシャーの仕事を一生続けていく覚悟があるのか」
    いきなり何の前触れもなく、ジョウは前方を眺めながらリッキーに問いかけてきた。
    「え?」
    話の流れとは違う問いを向けられて、思わずリッキーは面食らって聞き返す。ジョウはいつの間にかエアカーをハイウェイの路肩に止め、ハンドルに両腕を乗せながら、そのアンバーの瞳をリッキーにまっすぐ向けていた。
    先程まで故人を偲んでいた和やかな空気はふつりと消え、彼を見つめるジョウの瞳は真剣で、どこか挑みかかるような気配も漂わせている。
    「お前に<ミネルバ>のエンジニアとしての誇りはあるか」
    「そ、そりゃあ」
    「どうなんだ」
    真っ直ぐに自分を見つめるジョウの瞳。彼の瞳は澱みなく澄んでいて、心の奥底まで見つめられているような気になる。もちろんさ、そう答えるべく口を開こうとした瞬間にリッキーはわずかに躊躇した。
    …こんな自分が、このままここにいていいんだろうか。
    もちろん、自分はここにいたい。ずっと、兄貴のチームで皆と一緒に宇宙を駆け巡りたい。

    でも。

    今思い起こしたククルでの記憶が、自分をここに居続けるのは「不適切」と言っているようで、彼はつい言葉を詰まらせた。
    すると、しばらく無言でリッキーの顔を見ていたジョウが唐突に口を開いた。
    「…お前、そんなに自分に自信がないのか」
    「……!」
    図星を指されてリッキーは思わず黙り込む。
    「そんなに、昔の自分が恥ずかしいのか」
    「………」
    「俺が、お前を仕方なくチームに置いているとでも思ってるのか。身寄りのないお前を可愛そうに思ってチームにいさせてやってるって?」
    「………」
    リッキーは言い返す言葉も見つからず、ただジョウの言葉に翻弄される。
    「この世界は、同情や哀れみだけで余計なメンバーを飼っておけるほど甘くないぞ」
    「分かってる…。分かってるよ、けど」
    「あの時、元ギャング団でクラッシャーの知識など何もなかったお前を、エンジニアとして拾った俺が人よしの男でラッキーだったとでも思ってるのか。でも、そろそろいつまでこのままでいられるのか不安になってきた?」
    「そうじゃないよ、けど」
    「それともなにか。この仕事をやってきたのは、あのローデスから抜け出す為の手段だったとでも言うのか」
    「違う!」
    思わずリッキーは叫んでいた。

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■1504 / inTopicNo.5)  Re[4]: おうちへ帰ろう 〜Going home
□投稿者/ とむ -(2007/06/08(Fri) 22:06:02)
    「違うって。俺らはクラッシャーの仕事に命をかけてるんだ。この仕事は俺らの誇りさ!」
    リッキーは叫ぶようにジョウに言い返すと、知らず両手で握り締めていたシートベルトから手を離した。そしてのろのろとシートベルトを外し大きく一つ深呼吸をする。
    もうすっかり日は暮れて、エアカーのすぐ近くからも小さな虫の声が聞こえてくる。その虫の声を聞きながら、リッキーは小さな、ほんとうに小さな声で話し始めた。

    「…俺らが<ミネルバ>に密航したのは、ほんとの意味で自分の力で生きていくためだよ」
    「………」
    ぽつりぽつりと、自分の気持ちを乗せるにふさわしい言葉を選びながら、リッキーは慎重に話を始めた。
    「ローデスにいた頃、俺らはずっと自分の力で生き抜いてきた。かっぱらいや汚いことをしてもそれは全部生きるためだった。しょうがなかったんだ。そうしなきゃ生きられなかった。ガキだったしボスの言うがままにするしか金を稼ぐ術なんて知らなかったんだ。でもさ、それでも俺らは貧しいヤツラからは金を盗ったことなんかないぜ。それは俺ら達のプライドだ。どんなに盗みをしたとしても、地上の金持ち達に踏み倒されたヤツラからは金は盗らない。そう決めてたんだ。ほんとだよ、誓ってもいい」
    「………」
    ジョウは、リッキーの言葉にただ黙って耳を傾けている。
    「兄貴だって知ってるだろ。ククルの惨状をさ。あんな状況で俺ら達は必死に生きてきたんだ。理不尽な事だらけだったよ。生まれてからずっと。でも、俺ら踏み潰されたまま終わるもんかっていつも思ってた。
    いつか、地上に這い上がってこんな間違った世界を変えてやる。ずっとそう思ってきた。だから、俺ら達を踏みつけていい思いをしている奴等から金を盗ったって、なにも悪いことなんかじゃないって思ってたんだ」
    「………」
    「でもさ。…結局どんな言い訳をしたって、盗みは盗みさ」
    「………」 
    「だんだん”これって間違ってるんじゃないのか”って思うことが増えてきちゃってさ」
    「………」
    「ほんとに、このままでいいのかってさ。そんな時だったんだ。<ミネルバ>がローデスに来たのは」
    「………」
    「<ミネルバ>に密航しようとした時も、皆が止めたよ。きっと放り出されるのがオチだって。俺らのような素性もわからないようなチビを好んで引き取ってくれるわけないって」
    「………」
    「俺らもそう思ってた。きっと、放り出される。きっと無理に決まってる」
    「………」
    「うまくいって、船に潜り込めたとしてもモノになるかなんて分からない。モノにならなかったら、構わず途中で放り出されるだろうって」
    「………」
    「でもさ」
    リッキーは真っ直ぐな目でジョウを見ながら言った。
    「何もしないで諦めるよりは、ずっと、ずっとマシだって、俺ら、そう思ったんだ」




    リッキーの言葉をじっとハイウェイを眺めながら聞いていたジョウは、暫く何も言葉を発しなかった。しかしその表情はいつの間にか穏やかになり、彼を取り巻く空気も静かで落ち着いたものとなっていた。ずっと開け放していたパワーウィンドウから、ほんの少し夜の空気に覚まされた風が顔の側をすり抜けていく。夜空の星がさっきより数を増やしていったように見えるな、とリッキーはぼんやり思った。

    「…なんだ」
    「…え?」
    「ちゃんと、お前分かってんじゃねえか」

    晩夏の夜の湿った空気を割って、ジョウの言葉が静かにリッキーに届いた。

    「………」

    リッキーが静かすぎるジョウの面をゆっくり見上げると、そこには苦笑しながらこちらを見ているアンバーの瞳があった。ジョウは右手でリッキーの額をポンと叩き
    「…ったく。無駄な時間を取らせやがって。アルフィンが怒り狂ってたらお前がきっちり責任取れよ」
    と言い、エアカーのエンジンを再びかけたのだった。






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■1509 / inTopicNo.6)  Re[5]: おうちへ帰ろう 〜Going home
□投稿者/ とむ -(2007/06/10(Sun) 23:23:05)
    エアカーをハイウェイに滑り込ませたジョウは、再度、カーラジオのスイッチをオンにした。そこからは、透明感のある澄んだソプラノの女性の声が、この夏の空気に溶け込むかのように静かに流れてくる。リッキーは、この歌をどこかで聞いたことがあると思いつつ、隣でエアカーのハンドルを繰るジョウの焼けた両手を見た。浅黒く力強い両腕。銀河髄一のクラッシャーとの称号を持つ、誇り高い手だ。どんな危険な仕事でも、どんな難関な仕事でも、妥協することなく成功させてきたその手。きっと、数々の試練を潜り抜け、それでもそうと気づかせないよう静かに沈黙する大きな手だ。触るとごつくて力強く、そして温かいことをリッキーは知っている。

    すると。
    「…じゃあ、お前クラッシャーの仕事をこれからも続けていくんだな」
    エアカーを運転しているジョウが、目の前を流れていくハイウェイを目で追いながら口を開いた。エアカーのバックミラーに写ったジョウの双眸が、彼の横にちょこんと座るリッキーを確認する。
    「…そりゃ、そうしたいさ」
    たった今、ジョウに伝えた言葉には嘘偽りはない。心の底からクラッシャージョウのチームの一員でいたいと願っている。

    でも。
    自信がない。

    いつものように仕事が立て続けに入ってきて夢中で仕事をしている時には、こんな風に思い滞らないのに、アラミスの自由で穏やかな風に吹かれてしまうと、どうしてもそう思ってしまう。ここは自由で、明るくて、そして幸せすぎる。
    (こんな俺らでほんとうにいいのか?)
    リッキーはこの期に及んで、ぼそりと小さく答えるのが精一杯だった。

    するとジョウは
    「…そうしたいだぁ?」
    と低い声で呟き、今度は心底呆れた顔でリッキーを見た。その顔には、オイオイいい加減にしろよという気持ちがありありと顕れていて、流石にリッキーもバツが悪くなり言い訳などをしてみることとなる。
    「…だってさ。俺ら、元ギャング団のリーダーで元かっぱらいだぜ」
    「何を今更」
    「兄貴達みたいにクラッシャーのスクールになんか通ったことないし」
    「…お前、アルフィンが密航してきた時、『俺らも密航してクラッシャーになった』とかなんとか、偉そうに言ってなかったか」
    「そんなこと言ったって。…そうだよ、アルフィンは密航したって言っても元王女様じゃないか」
    「アルフィンー!?それこそ、ありゃ特殊中の特殊だろ。早々、あんなケースがあってたまるか。だいたい人と比べること自体が間違いだ」
    「だってさ…。ほんとに俺らなんかが兄貴のチームにいていいのかよ」
    「あほ。クラッシャーの中にだって、お前のようにスクールに行ってない奴なんざゴロゴロいる。そんなくだらん事をいつまでもぐだぐだと。いい加減にしろよお前」
    「…だってさ」
    はあ、とジョウは溜息をつく。リッキーの顔を呆れたようにチラリと見遣り、その首に右手をあててゆっくりと首を回した。そして、そのまましばらく考え込んでいたが、やがて再びこう口を開いた。
    「…モグラで結構」
    「…は…?」
    「さっきからモグラモグラって勝手にいじけていたが」
    「…だって、ほんとにそう思ってたんだよ」
    「グジグジと暗いツラして話しやがって。あいつらにだって無礼ってもんだ」
    「は?」
    「あいつらの方がよっぽど度胸が据わってるって言ってんだよ。まったくこのバカ」
    「すいません」
    「謝るな。
    …ったく、結構じゃねえか。モグラで結構。そうだな、お前はモグラだ」
    「………」
    「ずっと暗い穴を掘ってた」
    「………」
    「生きるために穴を掘って掘って掘りまくった」
    「………」
    「そしてククルから飛び出して仲間を見つけたんだろ。一人じゃなくて三人も」
    リッキーは小さく息を呑み、思わずジョウを振り返った。そんな彼に構うことなくジョウは話を続ける。
    「地上を飛び出してからもお前は仲間の手をしっかり掴んで離さなかった」
    「あ、にき」
    「そして、今飛び出した宇宙で誇りを持ってクラッシャーをやってる。そうだな?」
    「兄貴」
    「お前はそういうモグラだろ」
    「………」
    「自信がないとお前は言うが、俺だって自信なんかないさ」
    「………」
    「いつも自信なんてないんだよ。それこそガンビーノが生きていた頃から、親父の影から抜け出そうと必死でもがいてたんだからな」
    「………」
    「今でもそうだ」
    「………」
    「だが、最近俺は思うぜ。自分に満足しちまったらそこで終いだ。そこでなにもかもパア」
    「………」
    「自分に満足した瞬間に、俺は一生、親父の影から抜け出すことは出来なくなる。その時点で、今度こそ俺は親父に負ける」
    「………」
    「多分、ガンビーノがいつも言っていたのは、そういうことだと俺は思う」
    「兄貴…」
    リッキーは隣で静かに話すジョウを見つめると、ずっと自分の中にあったモヤモヤがウソの様に晴れていくのを感じていた。
    今、ジョウが語ったその言葉は。
    リッキーの胸にコトリと落ちた。

    急に風が気持ちいい。夏の湿った夜の風が無性に嬉しく思えてくる。
    ああ、そうだ。俺らはずっとこういう気持ちになりたかったんだ。心から自分を認めてくれる誰かに会いたくて、あの日、ククルの街を飛び出した。


    「それにな」
    言葉を失ったまま、ひたすらジョウを見つめるリッキーに、ジョウは一呼吸置いてこう言った。
    「そもそも、お前が<ミネルバ>にふさわしい奴かどうかは、お前が決めることじゃない」
    「え?」
    リッキーは、そのどんぐり目をぱちくりさせてジョウを見る。
    ジョウは、そんなリッキーを見ながらニヤリと笑い、告げた。

    「それは、俺が、決めるんだよ」



    リッキーは、ジョウの言葉を聞いた瞬間、頭の中でいくつのも光が幾重にも瞬くような錯覚を覚えた。まるでバラバラだったジグゾーパズルが全て繋がって、初めて一枚の絵が浮き上がってくるのと同じように。
    そして、突然思い出した。

    そうだ。あの歌は。

    さっき、ラジオから流れてきたあの曲は。


    −−−−−−−−−−賛美歌だ。


    確かモズポリスの夕暮れ時に、街中に溢れるように流れていた。荘厳で、厳粛で、生きていることを喜び讃える歌。自分のようにククルの街を這い蹲って生きる人間には、まったく不似合いだった神を讃える歌だ。

    あの頃は。
    神様なんか信じちゃいなかった。賛美歌を聞くたびに吐きそうになる思いだった。
    この世は所詮、力があるものの遊び場だ。胸くそが悪くなり、悪態をつき、いつもこの歌を聞くたびに心の中で叫んでいた。

    だから、<ミネルバ>にも自分の力だけで密航した。自分の力だけを信じて俺らはククルを抜け出した。今でも俺らはそう思ってる。


    でも。


    じゃあ、あの日、あの時刻に<ミネルバ>がローデスに降り立ったのは本当に俺らだけの力なのか。

    あの日、いつもならば鼠一匹通さないほどの厳重な警備の宇宙港に潜り込めたのは、本当に俺らだけの力なのか。


    ほ ん と う に ?


    リッキーは改めて、隣の運転シートに深く腰を掛け、エアカーを繰っているチームリーダーの姿を垣間見る。漆黒の髪、アンバーの瞳、決して普段から口数が多い方ではない。でも、仕事には人一倍プライドを持ち、一瞬の隙も許さない。それでいて、仕事以外のこととなると意外に不器用で優柔不断で短気だ。今まで自分に語り聞かせた言葉の数々を、一体彼はどんな思いで紡ぎ出したのだろうか。

    リッキーは軽くなった心のまま、頭上に果てしなく広がる星空を珍しく神妙な面持ちで仰ぎ見た。たくさんの星星が、その瞬く光を静かに地上に降り注いでいる。


    もしかしたら。


    もしかしたら、神様はいたのかもしれない、とリッキーは思う。


    もしかしたら、神様はこの広い宇宙のどこかで自分を見ていて、ククルで這い蹲るように生きてきた自分に、最初で最後のプレゼントを投げてくれたのかもしれない。


    あの日、あの時にたった一度だけ。


    俺らの人生の中で、ほんとうにたった一度だけ。








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■1510 / inTopicNo.7)  Re[6]: おうちへ帰ろう 〜Going home
□投稿者/ とむ -(2007/06/10(Sun) 23:52:43)
    でも、もう今となっては。

    (神様がいようがいまいが、どっちでもいいや)

    吹っ切れたように笑いながらリッキーは隣のジョウを見つめる。
    ジョウはなんだ?と言いたげな目でこちらを見たが、すぐに前方のライトで赤々と照らされたハイウェイにその視線を戻した。そんなジョウからリッキーも視線を外し、助手席からみえる星空を静かに見上げた。


    神様なんかよりもっと強く、もっと信じることが出来る人が、



    今、ここに。



    リッキーはこの思いを、ジョウにどのように伝えようかとも思ったが、すぐにそれは言葉で告げても意味がないと思い直した。
    きっと、恐らく。
    それは言葉で伝えるよりも、これからの自分の行動で示し続けるべきものだとリッキーは思う。だいたいにして、このむず痒いような気持ちを伝える術を、自分が持ち合わせているはずもないのだ。


    だから。

    「兄貴」
    リッキーは、ジョウに向かって声をかけた。
    「ん?」
    ジョウは、ハンドルを繰りながらリッキーに答える。
    「そんなに言うんだったら、仕方がないから俺らがずっと<ミネルバ>の面倒をみてやるよ」
    にやり、と不遜な笑みを浮かべてリッキーは言った。ジョウは、一瞬呆けて彼の顔を見ていたが、
    「…上等だ」
    と笑って答えた。
    「思いっきりしごいてやるから覚悟しとけ」
    「望むところさ」



    目の前には、アラミスの宇宙港の明かりがぽつりぽつりと見え始めた。辺りはすっかり暗くなり、いつの間にか薄の草原も、エアカーが走っているハイウェイの側から姿を消した。目の前に遠く見えているのは宇宙へ続く広大な宇宙港の滑走路だ。
    あの小さな瞬く光の群れの中に、青と黄色の流星マークが輝く白いデルタの機体が待っている。


    銀色のエアカーは、スピードを上げて宇宙港に向かって疾走する。風を切って、真っ直ぐに、一直線に、帰るべきところへ帰っていく。


    リッキーは、窓の外を流れる景色を見つめながら考える。


    俺らの仲間、俺らの家族は、あそこに、いる。ずっと、ずっと、あそこに、いる。


    ずっと、ずっと、俺ら達は一緒だ。


    きっと、この命が続く限り。




    リッキーは、頭上に広がる星空を見ながらジョウに言った。







    兄貴。






    …さあ、うちへ帰ろう














                                                                                   「おうちへ帰ろう 〜Going home」


fin.
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