| 「…優しい人だったわ。とても、穏やかな生活だった。この子たちのDNA鑑定の結果が出た、その次の日にはもういつもの彼に戻って、優しく笑ってくれた。 誰かを愛することで、こんなにも穏やかな気持ちになれるんだって…あたし、ジョウを愛してても、そんな気持ちになったことはなかったの。いつもひりひり乾いていて、あなたに愛されたくて愛してる気持ちでいっぱいで、壊れそうだった」 ひとしきり泣いた後、涙声で、アルフィンが呟くように語りだす。 「仕事してても、ジョウのことばかり考えてた。だから、あたしはクラッシャー失格だったのよ。降りて、よかったと思うわ。あたしがいなくなって、ジョウはますます活躍してるの、ネットで見てたわ。お荷物がなくなって、よかったんだって思った」 「それは、ちょっと違うな」 ジョウは苦笑した。 「まあいい。続けてくれ」 「苦しんだの。すごく。ジョウが好きで、自分から降りたくせに会いたくてたまらなくて、でもジョウの活躍を見てると、戻れなくて。仕事中すらジョウのことばっかり考えてる自分も大嫌いで、どうしたらいいのかわからなくて。 …あたしは、彼に、救ってもらったようなものよ。 こんな風に、人を愛することもできるって、教えてくれた。 あたしは彼を愛してた。そうね…すごく、静かに」 アルフィンは、墓石を見つめながらそう語って、溜め込んだ思いを全て吐き出したのか、静かな表情に戻って、涙を拭いた。 「いい男だな」 ジョウが言った。 「アルフィンを、モノにするだけはある」 アルフィンに手を貸して、立ち上がらせた。 「旦那は、アヴリルとネージュを、俺の子供だって分かっていても、大切に慈しんでここまで育ててくれた。感謝しても、したりないくらいだ。 三年前、アルフィンがグレーブに来てくれたとき」 ジョウが続ける。 「俺は誓った。必ず、幸せにすると。 今ここで、改めて、アルフィンの旦那に誓う。 俺の生涯をかけて、きみときみの愛するものを、愛する。 アルフィンが死んでも、俺が死んでも、ずっと、その先の未来までも」
ひらひらと、雪のように花が散る。
二人は、静かに、見つめ合った。 出逢って十余年、こんなに静かにお互いの顔を見たことがあっただろうか、と考えた。 その間、恋人だったのは、わずか半日。 最初の五年は、側にいながらひりつく想いを故意に見ずに過ごし、 後の七年は、側にいないお互いを心から欲して過ぎた。 そして、今日という日が、ここにある。
「…時間がかかるかもしれないわ」 アルフィンは、風に乱れる金髪を耳にかけた。 「構わない。いつでもいい」 「ショーンは」 初めて、アルフィンは夫の名前を口にした。 「ショーンは、今すぐでも許してくれるんだろうけど。… あたしが、自分を、許せる日が来たら。そのときは、連絡するわ」 「待ってるよ。ずっと」
青い空に、雲が流れていった。 花弁の雪の中でまっすぐに立ち、アルフィンは、その空の高みをじっと見詰めていた。 亡き夫と会話しているように。 そして墓前の花を整えて、墓石にキスをした。 アヴリルとネージュを呼んで、同じように墓石にキスをさせた。 おじちゃんはちないの?というネージュの言葉に、いや俺は遠慮するよ、と苦笑してジョウが言った。 アルフィンが笑った。 変わらない、鈴が鳴るような声で。
墓地を後にして、歩き出す。 花弁で白くなった階段を下りるとき、ジョウはアルフィンに手を貸した。 「もう7ヶ月だから、結構重いのよね」 と言いながら、アルフィンは素直にその手を借りた。 階段を下りきっても、ジョウは手を離さなかった。 「許してくれるか?」 いたずらっぽい、どこか少年のような表情。愛してやまなかった、この顔。 アルフィンの胸が、きゅっと痛む。 懐かしい想いに、切なく。 「…ショーンが?」 「旦那はいい男だからな、許してくれる。アルフィンが、さ」 「…手だけならね」 「了解」
ひらひらと、雪のように花が散る。
手をつないで、並んでゆっくりと歩いた。 アヴリルとネージュが、走って行っては戻り、二人の足につかまって、いないいないばあを繰り返している。
アルフィンは、やっぱり思い出す。あのククルのマドックの屋敷の中。手をつないで歩いた事。愛しい人の手の温もり。 この闇が永遠に続いて欲しい、そうすればあたしたちは永遠に一緒だ、と思ったこと。
でも、ここは青空の下で、もう闇ではない。
いつかあたしが、自分を許せる日が来たら。 つないだ手を、離さないでいよう、と思った。 ジョウが果てしない宇宙のどこにいても、 そのとき自分が、どこにいても。
この手と手は、きっと、つながっている。
15年後、ショーンはジョウのチームから独立し、クラッシャーショーンのチームを持った。 それから数十年、祖父を越え、父親を越え、ショーンは名クラッシャーとして、クラッシャーの歴史にその名を刻むことになる。
FIN
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