| 「そうねえ…。思い返せば、まだあたしが10歳の時よ。彼はお父様があたしに初めてお付けになった家庭教師で、見た目は栗色の髪、涼しげな瞳、端正な口元。それはそれは見目麗しい美青年だったわ。確か20歳そこそこだったと思う。性格も折り目正しい真面目な人間だった。きっと、そんなところがお父様のお眼鏡に適ったのね。教え方も丁寧で誠実で、理路整然と筋道立てて勉強をあたしに教えてくれた」
「ふーーーん」
「わたしが理解できないところは、じっくりと腰を据えて、ね。よく侍従の女の子達に羨ましがられたものよ。アルフィン様、いいですねえ。あんな素敵な家庭教師の先生で、って」
「ほおぉ」
「家柄もいい人だったの。着ている服も趣味がよくって。持っている小物だってセンスのあるものばかり。いつも使っている万年筆は、ピザン一のブランドのものだった」
「へぇー…」
「でもね、一つ難点があったのよ」
「難点?」
「そう」
「どんな…?」
「洒落が分からない、という点よ」
「「「…………は…………?」」」
「思い起こすのも馬鹿馬鹿しいわ。ちょっとした悪戯心だったのよ。その日は理科の授業だったから、珍しくあたしだって予習と言うものをするんだってことを見せてやろうと思ったわけ」
「「「はあ……」」」
「庭でたくさん捕まえたのよ。毛虫やムカデ、巨大グモなどいろいろ。それを彼のデスクの中に入れておいたの。驚くだろうとは思っていたけど、まさか泣いて逃げ出すとは思ってなかったわ」
「「「………」」」
「まったく情けないったらありゃしない。男たるもの、そんなことくらいで泣くなってのよ。そう思わない?リッキー」
「ノーコメント」
「おまけに、その事件を嫌みったらしくお父様に言いつけて。子供の純真な心を理解しようとしない男なんて、もともと教師になんてなる資格ないわよ」
「…あの、な。アルフィン」
「だから、それからというものアイツの授業の時には、その度、違う虫をデスクの中に入れてやったの。主に毛虫の類よ。集めるの、ほんと大変だったんだから。あ、でも誤解しないでね、ジョウ。もちろん、あたしはサシでも喧嘩は負けたことなかったわよ。やる時は正々堂々の女だったんだから」
「あ、そう」
T「…最初は、何を告白するのかと思ってたんですがね」 R「そうそう。”懐かしい話だ”って言うから、てっきり初恋かなんかの話かと思ったよ。俺ら」 J「それに、もはや告白というよりは自白だろ」
3人は顔を突き合わせ「いかにもやりそうだ」と妙に納得した。
でも。
「そんなアルフィンが好きなんだよな」と、彼女に気付かれないように小さく笑いあったことも秘密の秘密である。
|