| 「眠る」という言葉は、あたしの中で今、一番幸福に思える言葉だ。トロトロと眠る、うとうとと眠る、すやすやと眠る。「眠り」は、一日の疲れを癒すことでもあるし、自分の心を自由に開放してくれる場所でもある。夢の中で、あたしはあたしに都合のいい夢を見て幸福になる。決して現実が辛いとは思ってはいないけど、たまに、ごくたまにではあるが、なにもかも放り出したい気分になることもあるのだ。 だってそうでしょ、あたしだって生身の女だもの。元王女とかクラッシャーとか関係ない。もともとは、ごくごく普通の、青春真っ盛りの悩み多き乙女なのよ。心が疲れてどうしようもない時だってあるの。 そんな時は、アロマでも焚いてゆっくり手足を開放して眠りにつく。体の全部を放り出すのって、宇宙に抱かれているみたいでとても好き。「眠り」という言葉は、ほんとうにその言葉の響きも佇まいも、蕩けそうに静かで暖かくて、まるで夢みたい。 だから、あたしは「今一番したいことは?」と聞かれたら、きっと「眠ること」と答えるし、加えて、「眠っている人を見ること」と答えるでしょう。 …と、言っても一番好きなのは、今あたしの膝枕で眠っている人の寝顔を見ることなんだけど。 彼の寝顔は、とても無防備で、安らかで、きゅっと抱きしめて守ってあげたくなるくらい可愛らしい。 いつもはあたしが守られてばかりなのに「変だな」と思うけど、こんな時は本当にそう思うのよ。
「ジョウ、あまり無理しないでね。あたしがちゃんと守ってあげるから」
そっと、そんなことを呟いて彼のクセのある黒髪を撫でてやる。 お伽噺の中では、王子様がお姫様を守るのが常だけど、たまにはこういう話もいいよね、とか思いながら。 『ずっと眠り続けている王子に向かって、通りがかったお姫様は「おはよう」のキスをしました。すると、王子はゆっくりとそのアンバーの瞳をあけてこちらを見たのでした』 なんてね。 多分、うちの王子の場合、真っ赤になって怒るかもしれないけど、それはそれでとても甘くてほのぼのとしたお話になるはず、とあたしはジョウに気づかれないように小さく笑った。
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