| あれからもう、やがて二十年が経とうとしている。
花を生ける自分の手には深い皴が刻まれ、髪は白くなり、キッチンの小さな鏡に映る自分の顔は、もう正直あまり見たくない。 子供たち二人は独立し、それぞれ子供も生まれている。夫の定年はもう少し先だから、まだ自分の果たすべき責務は残っている。
ねえ、ジョウ。あたし、もう「おばあちゃん」なのよ。 孫が三人いるの。可愛いわよ。 子供たち、なんとかまっとうに育ったわ。夫も、元気よ。健康に、定年まで勤められそう。仲良く暮らしてるわ。 あたし、きちんと生きたでしょう? まだ先は長そうだけどね…
アルフィンは、花瓶に生けた花を見ながら、ハッピーバースデーのメロディーをハミングした。 お誕生日おめでとう、ジョウ。 ミネルバを降りてからずっと、一年だって忘れたこと無いわ。長い間会えなくても、あなたが逝ってしまった後も、今日は11月8日だって。不思議だけど、あなたの命日じゃなくて、誕生日。あたしがあなたをこんなにも想うのは。 あたしをあんなに愛してくれた、あなたが生まれた日。
もう少ししたら。もう少しして、神様が「もういいよ」って言ってくれたら。 あたしも、宇宙に行くわね。 もう夫と子供には話してあるの。あたしは宇宙葬にしてって遺言もしてあるから大丈夫。
ミネルバに乗って、宇宙に還ってくあなたをちゃんと見送ったのよ。 だからあたしも、宇宙に還る。
その時は、迎えに来てくれる? こんなおばあちゃんになっちゃったけど、わかるかしら。 わかるわよね。 あなただもの。
宇宙でまた逢えたら、次も同じ時代に産まれよう。 そしてきっと。
また、愛し合えるよね…。
アルフィンは、キッチンの椅子に座り、花瓶の前で夢見るように目を閉じた。 その皺深い頬には微笑が浮かんでいる。 秋晴れの平日、静かな住宅街の瀟洒な二階建て、小さな庭には、花が風に揺れている。 一番多い、小さな青い花。 彼女が一番好きな、秋咲きのその花の名前は、「シューティングスター」と言った。
ふいに強く風が吹いて、花瓶に生けたシューティングスターを揺らした。 その花々は、目を閉じるアルフィンの頬を撫でるように揺れ、 アルフィンは驚いたように目を開けた。 まじまじと、青い花を見る。 それから、ふと笑い。
青い花に、キスをした。その顔は、まるで。
あの頃の、17歳の少女のように。
Happy Birthday、 Joe FIN
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