| それから、十余年の月日が流れた。 モズポリスに設立されたストリートチルドレンのための施設は、「空の家」という名前になったらしい。 今やローデス全土に広がり、たくさんの子供たちがそこで暖かい食事と寝床と愛情を得て成長している。 ミミーと結婚したリッキーは二人の子供に恵まれ、久しぶりの休暇でローデスを訪れた。 宇宙港には、ミミーと子供たちが首を長くして待っているはずだ。 今日、ミネルバには久しぶりに、アラミスに住むアルフィンと子供たちが乗っている。 家族そろってローデスで休暇を過ごそうと、やってきたのだった。 タロスはすっかり目じりを下げて「孫」の世話で楽しそうだ。 ジョウとアルフィンの子供たちもだが、特に本当の祖父母のいないミミーとリッキーの子供たちが、タロスになついている。 久しぶりに会えるので、タロスも嬉しそうだ。
「入国査証のナンバーを申告してください」 タロスが孫にべったり、ジョウはアルフィンとべったりでブリッジにすらいないので、仕方なくリッキーが応答した。 「登録船名ミネルバでーす。ナンバーは…えーとちょっと待って」 アンドロイドだと思いいい加減に対応していたリッキーに、突然その入国審査官が声をかけた。 「失礼ですが、ミネルバといえば、リッキーさんですか?クラッシャーの」 「え?そうだけど、何だい?つか、人間だったのか」 「そうです。入国審査官の、ビル・コナーといいます。唐突ですが、私は、貴方を知っています」 「ああ?俺は知らないよ。どっかで会った?」 リッキーは、入国査証ナンバーを探しながらどこかで仕事で会っただろうか、などと考えていた。 「十年以上前、モズポリスのスラムで。クリスマスの夜に。」 リッキーは、はっと顔を上げた。
「…あの時、私は、あの場にいました。12歳でした。クリスマスなんて、気恥ずかしく思いながらも、温かい食事と小さなプレゼントが欲しくて、妹とそこにいました。そこであなたの話を聞きました。… あれから2年後に施設ができました。ジェレミーさんの世話で、入所しました。奨学金を受けて学校に入り、今の職につくことができました。 ジェレミーさんとミミーさんと一緒に、今も活動しています。あなたが、本当に忙しくてクリスマスに来られることは無いけれど、毎年たくさんのプレゼントを贈ってくださっていることも知ってます。施設に多額の寄付をしてくださっていることも。 あなたのことを、ジェレミーさんから聞きました。クラッシャーリッキーって、ピカ一のクラッシャーだって。リッキーさん、私は宇宙へは行けませんでしたが、今こうして宇宙と関わる仕事を得ました。 あの時、あなたは、夢を持て、と教えてくれました。自分はまだ何にでもなれるんだと。 だからがんばれたんです。この生活から抜け出そう、妹のポン引きになるような真似だけは、絶対にすまいと。 いつも、空を見ました。 どこかを飛んでいるだろうあなたを思って、歯を食いしばりました。 あの時、私はあなたに何も言えなかった。だから、今、お礼を言います。それと…ものすごく時期はずれですが。 メリークリスマス。」 「…」 リッキーは、胸が詰まって、何も言えなかった。 今も、ローデスのどこかで、あのクリスマスが生きている。
「ところで、査証ナンバーはまだですか?」 ビルが笑うのに、助けられるように笑う。 いつのまにか、タロスが後ろにいて、査証ナンバーを申告した。ありがとう、がんばれよ、と声を詰まらせて俯くリッキーの肩を、タロスがポン、と叩いた。
時が流れて、時代は変わる。 遠く、彼らの時代が過去になり、タロスも、ジョウも、アルフィンも、リッキーも、ジェレミーも、ミミーも、皆宇宙に還ってしまった後も。 ローデスの、モズポリスでは、こう言われている。
サンタさんの名前はなんていうの? アリスのお兄ちゃんが、ほんとはセント・クラウスって人だって言ってたよ。
違うよ。ここではね。モズポリスのこの地域ではね、サンタは二人いる。 セント・ジェレミー、セント・リッキー。それからね、もう一人、忘れちゃいけない人がいる。セント・リッキーの奥さん。 セント・ミミーって言うんだよ…。
FIN
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