| つい今まで回想していたアルフィンの顔が、瞬く間に脳裏に蘇る。知らず硬い声になり、ジョウはリッキーに向き直って顔を上げた。 「…何のことだ?」 「ん?」 リッキーがいつの間にかジョウの背中に手を回し、ベッドに横になるようにジェスチャーしている。 彼はジョウの問いに目をぱちくりとさせたが 「まぁ…。まずは横になりなよ。まだ本調子じゃないんだろ」 と、のほほんとした言いっぷりでベッドを叩きながら親指でここに頭を置けと促した。 その態度は、一見ついさっきまでと同じおどけた態度の、軽くてどこか浮ついた素振りにも見える。 いつもと同じ。 何も変わってない。
−−−でもどこか。 こちらを気遣いつつも、どこか当たり障りの無い言葉を探しているような−−−、そんな気もする。
ジョウは思わずリッキーの手首を掴み、真っ直ぐに彼の顔を捉えると 「かわいそうってなんだ」 と問うた。 「え、」 「アルフィンがかわいそうって言ったな。お前」 「…」 「お前、俺達の喧嘩の原因を知ってるのか」 「え…?」 「アルフィンからなにか聞いたのか」 「いや、べつに。これといってなにも聞いてないけどさ」 「じゃ、なんだ。何を知ってる。言っとくが俺達の喧嘩なんて、お前が想像しているようなそんな大したハナシじゃないぞ」 ジョウがそう言ったところで、リッキーが一瞬眉を上げたように見えた。 が、すぐにそうと分からないように瞳を伏せて、ジョウの体をゆっくりベッドに横たわらせる。 「大したハナシじゃない…ねぇ」 小さく呟いたリッキーが、ジョウの身体にブランケットをふわりとかけた。 そして、リッキーは伸びるようにして2,3歩ふわりとベッド横にあるサイドボードに歩み寄り、ちんまりとそこに鎮座していた透明のガラスの瓶を何気なくひょい、と摘みあげた。リッキーがその手を左右に小さく振ると、じゃらり、と乾いた音が二人の上から落ちてくる。 「おい」 ジョウはリッキーをやや斜めに見上げながら、じっとその様子を見つめている。
−−−お前、ほんとうは何を言いに来たんだ?
ジョウの視線は、そう告げる。
「………」 しばらくジョウを無言で見つめ返したリッキーだったが、はぁ、と俯きながら長い息を吐いて頭を掻いた。そうしたかと思うと、すたすたと部屋の奥に押し付けてあった椅子を取りに歩き出し、改めてベッドの横に持ってきては、おもむろにストン、と腰をかけた。 やがて、ふぅ、と肩から力を抜くようにしてから椅子の両端に手をついて、 「…まったく兄貴のその強情さには、ほとほと感心するよね。俺ら」 と苦笑しながら呟いた。 まったくしょうがねえなあ、と。
「………?」 ジョウの眉間には僅かなシワが寄る。 その顔は見るからに、きょとん、という擬音がぴったりのそんな顔だ。 「っていうか、負けず嫌いっていうのかな。まあ、昔から仕事の時はそんな調子だったけどさ。最近はちょいとばかり度が過ぎていた気がして心配してたんだ俺ら達」 「…なんのことだ」 「分からない?」 「さっぱりな」 きっぱりと答えるジョウに、ウウムどうしたもんか、とリッキーは考え込む。 「うーーーん。流石と言えば流石なんだけどね」 リッキーが顔の前でじゃらじゃら言わせているのは、先ほどアルフィンがジョウの顔面に叩きつけたクスリの瓶。 なんとブルーとピンクのカプセルという、どうにも気色の悪い色合いのカプセルで、コレを飲んだら病気が治るというよりは「もういいから、そのままずーーーっとお休みなさい」と止めをさされそうな代物にも見える。 が。 まあ、それはさておき、リッキーはそのガラスの瓶を再びサイドボードにコトリと置くと改めて口を開いた。 「…だからさ」 「うん?」 「最近の兄貴、なんだかすごく無理してたように見えてたんだよね」 「…俺が?」 「うん」 「そうか?」 「そうだよ」 「…こんなの普通だろ。何言ってんだお前」 「ふつー、ねぇ…」 うーんと唸りながら腕を組むリッキーを尻目に、あまりにも拍子抜けのことを指摘されたジョウは、ぐたりとベッドに脱力する。
−−−なにを今更。 呆れて口をあんぐりと口を開けそうになったが、かろうじてそれは封じ込めたジョウであった。
そもそも、この稼業をやっていて仕事が絶え間なくやってくるのはいつものことだ。 アラミスからは特Aクラッシャーである以上、好む好まざるを関係なく優先的に仕事の照合が入ってくる。オフだろうがなんだろうが、指名で振られた仕事に関してはよほどのことが無い限り断ることなどしない。アラミスへの面子があるのはもちろんだが、なによりこの仕事に賭けている自身のプライドが先に出る。クラッシャーにとって身体のコンディションを常に整えておくのは常識、よしんば多少体調が悪かろうとも請け負った仕事に向けて体調を上げていくのは、この仕事をするものの義務でさえあるとジョウは思っていた。 この仕事で食っていこうと誓って以来。 そういう状況になること自体が誇らしいことだと、ジョウは密かに思ってもいる。 体調がどうのこうのといっている暇も無いほど仕事が舞い込んでくるこの状況−−−。 9歳でチームリーダーになってからというもの、ずっと「クラッシャーダンの息子のチーム」「サポート役が優秀だからもっているチーム」とか言われるたび、心の中でぎりぎりと自分を苦しめてきたもの。そんな声を必死な思いで蹴散らしてやっと手に入れたこの場所を、ジョウは決して手放す気などなかったのであった。
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