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■1636 / inTopicNo.1)  おクスリ〜J version
  
□投稿者/ とむ -(2007/12/16(Sun) 15:42:20)
    子供の頃から何でも一人でカタをつける性質(タチ)だった。
    スクールの勉強、同級生との喧嘩、親父に纏わるあれやこれや、仕事に関わるもろもろのこと。
    別に好んで抱え込もうとした訳じゃない。
    気がつけば母親はもういなかったし、生きている父親なんざそれ以上。
    仕方ないというか、周りがそういう状態だったモンだからこれは「不可抗力」ってヤツなのだ多分。 


    なのに、それを責め立てられている今の状況は言ってみれば「理不尽」という一言に尽きるのではないか。
    ジョウは、熱に浮かされながら少しばかり温くなってしまった額のタオルを、疲れた腕で身体を支えつつ洗面器に戻す。そして、目の前で小さな椅子に腰掛けながら船を漕ぐ彼女を起こさぬよう、そろそろとベッドにもぐりこもうとして、気配を察知して目覚めた彼女と目が合って顔を歪めた。
    ヤバイ、と思ったが、残念ながら時は既に遅い。
    みるみるうちに怒りで一杯になった青い瞳がこちらをねめつけた。

    「…ジョォオオオオオオ!!」
    「いや。ごめん。その、なんだ、よく眠ってたか ら、」
    「なんかして欲しいことがあったら、ちゃんとあたしに言って、って言ったでしょ??」
    「いや、でも、気持ちよさそうに寝てたから、」
    起こしちゃ気の毒だと思ってさ、とジョウは言いかけたがそれは言葉にはならず。
    いきなり胸倉をつかまれたかと思った途端、右の頬に軽いパンチ。
    目の前を星が瞬く。
    と、次の瞬間には腕を捻りあげられ背後に回りこまれヘッドロックにくる。

    …ちょっ、
    オイコラちょっと待てコレはいったい何の真似だ。
    新手のギャグかなにかか。

    頭の中でバカな突込みをしつつアルフィンの攻撃をかわそうとするも、哀しいかな39℃の高熱ではそれも無理というものだった。空しく宙を切るその両手はアルフィンに叩き落され、ジョウはなんなく首をとられた。

    「どぉ?しっかり入ってるでしょ。こっから抜けられるかしらね?ジョウ?」
    なんってったってチームリーダー直伝だもんね、とその細腕でぎりぎりと容赦なく首を締め上げつつ悠然と微笑むアルフィンに(見なくても分かる。絶対ほくそえんでいるはずだ、この声は)、ジョウは息も絶え絶えになりながら目の前の白い壁に向かってギブギブ、と掠れた声で呟いた。
    アルフィンの右腕が熱で乾ききった喉に当たって気管を締め上げる。
    ゴホ、と咳をしながら
    「ぉぃ…。いいかげん、に、しろ、よ…。ア、ルフィ、ン」
    と、やっとのことで声を絞り出した。
    「はいー?」
    「…手、を、」
    「手をー?」
    「は、なせ…!」
    「離してください、でしょ」
    勝ち誇った声が頭の上から落ちてくる。
    バカヤロウふざけんな
    と思いつつ、振り絞るように
    「…は、なして、くださぃ…」
    とジョウはどうにかこうにか言葉を乗せた。
引用投稿 削除キー/
■1636 / inTopicNo.2)  おクスリ〜J version
□投稿者/ とむ -(2007/12/16(Sun) 15:42:20)
    子供の頃から何でも一人でカタをつける性質(タチ)だった。
    スクールの勉強、同級生との喧嘩、親父に纏わるあれやこれや、仕事に関わるもろもろのこと。
    別に好んで抱え込もうとした訳じゃない。
    気がつけば母親はもういなかったし、生きている父親なんざそれ以上。
    仕方ないというか、周りがそういう状態だったモンだからこれは「不可抗力」ってヤツなのだ多分。 


    なのに、それを責め立てられている今の状況は言ってみれば「理不尽」という一言に尽きるのではないか。
    ジョウは、熱に浮かされながら少しばかり温くなってしまった額のタオルを、疲れた腕で身体を支えつつ洗面器に戻す。そして、目の前で小さな椅子に腰掛けながら船を漕ぐ彼女を起こさぬよう、そろそろとベッドにもぐりこもうとして、気配を察知して目覚めた彼女と目が合って顔を歪めた。
    ヤバイ、と思ったが、残念ながら時は既に遅い。
    みるみるうちに怒りで一杯になった青い瞳がこちらをねめつけた。

    「…ジョォオオオオオオ!!」
    「いや。ごめん。その、なんだ、よく眠ってたか ら、」
    「なんかして欲しいことがあったら、ちゃんとあたしに言って、って言ったでしょ??」
    「いや、でも、気持ちよさそうに寝てたから、」
    起こしちゃ気の毒だと思ってさ、とジョウは言いかけたがそれは言葉にはならず。
    いきなり胸倉をつかまれたかと思った途端、右の頬に軽いパンチ。
    目の前を星が瞬く。
    と、次の瞬間には腕を捻りあげられ背後に回りこまれヘッドロックにくる。

    …ちょっ、
    オイコラちょっと待てコレはいったい何の真似だ。
    新手のギャグかなにかか。

    頭の中でバカな突込みをしつつアルフィンの攻撃をかわそうとするも、哀しいかな39℃の高熱ではそれも無理というものだった。空しく宙を切るその両手はアルフィンに叩き落され、ジョウはなんなく首をとられた。

    「どぉ?しっかり入ってるでしょ。こっから抜けられるかしらね?ジョウ?」
    なんってったってチームリーダー直伝だもんね、とその細腕でぎりぎりと容赦なく首を締め上げつつ悠然と微笑むアルフィンに(見なくても分かる。絶対ほくそえんでいるはずだ、この声は)、ジョウは息も絶え絶えになりながら目の前の白い壁に向かってギブギブ、と掠れた声で呟いた。
    アルフィンの右腕が熱で乾ききった喉に当たって気管を締め上げる。
    ゴホ、と咳をしながら
    「ぉぃ…。いいかげん、に、しろ、よ…。ア、ルフィ、ン」
    と、やっとのことで声を絞り出した。
    「はいー?」
    「…手、を、」
    「手をー?」
    「は、なせ…!」
    「離してください、でしょ」
    勝ち誇った声が頭の上から落ちてくる。
    バカヤロウふざけんな
    と思いつつ、振り絞るように
    「…は、なして、くださぃ…」
    とジョウはどうにかこうにか言葉を乗せた。
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■1637 / inTopicNo.3)  Re[1]: おクスリ〜J version
□投稿者/ とむ -(2007/12/16(Sun) 23:13:12)
    不意にすっと息が軽くなり、自由になった肺が新鮮な空気を求めて膨張する。
    げほごほと咳き込み涙目で後ろを振り返ると、アルフィンがにんまりとした顔でこちらを見ている。
    ジョウは右手で締め付けられた首筋をさすり、恨めしそうな目でアルフィンを見上げた。
    「…この…。なんてこと、すんだよ。…病人に向かって…!」
    まだ、喉の違和感が治まらない。
    ガラガラとしゃがれた声は風邪などのせいじゃない、断じて。
    見上げれば、そこにはグンカンドリのように胸を張り偉そうに仁王立ちになったアルフィンの姿。
    そして、さらに彼女はあろうことかジョウの言葉を聞くや否や、躊躇いもせずおまけの一発を今度はジョウの左頬にお見舞いしたのだった。

    これにはさすがのジョウもキレた。
    「…アルフィン!」
    目に怒りを湛えながらジョウが吼える。
    が、それにも一向に動じることなく、アルフィンはなおも一層声を張り上げて
    「怒るな!」
    と、喝を入れるように言い放った。
    「だいたい怒ってるのはこっちの方なのよ!!」
    圧倒的な威圧感を持って、ジョウをビシ!と指差す。
    「ずっと熱があったこと隠しといて何を偉そうに!今更病人ぶったって優しく看護なんかしてやるもんですか!!」
    その両目は怒りの為か青白くゆらめき、黄金の髪はまるでメデューサのそれのように逆立っている。そのあまりの迫力にジョウはあっけに取られ固まるしかない。
    あの逆立つ髪の毛1本1本が凶暴な蛇だとしたら、己の余命はどれ程か。もともとはただの風邪だったはずなのに、蛇に噛まれて失血死など馬鹿馬鹿しいことこの上ない。もちろんそれはそれで冗談なのだが、実際「蛇に睨まれたカエル」とはさぞや恐ろしい思いをしたことだろうと、ジョウはほとんど自己憐憫に似た感情をカエルに抱くことになった。

    …しかし何故だ。
    何故、ここまでアルフィンが怒り狂わなきゃならないのか。
    確かに体調を崩して熱に浮かされながら仕事をやるハメになったことは認めるが、それがここまで怒るようなことか?

    そうしている間にもアルフィンの追撃は続く。
    「まったく、ジョウはいっつもそう。体調が悪いことを内緒にして自分ばっかりしんどいことになっちゃって」
    「しょうがないだろ仕事なんだ。仕事のために体調を管理するなんて基本中の基本だ。多少身体に無理をしたって、我慢しなけりゃならないときもある。プロなら当然だろ」
    「…バッカみたい」
    「なんだぁ?」
    「プロだったら仕事までにきっちり体調を合わせてくるわよ。どうせその熱の原因だって、この前やってた深夜のサッカーの試合を観てたせいでしょ」
    「…アレは、朝方の試合だ。夜じゃない」
    「ジョウ、あなた五十歩百歩って言葉知ってる?」
    「似たように見えるけど、実際は全然違うってことだよな」
    「…口の減らない」
    「お互い様だ」
    ジョウとアルフィンは無言のままベッドの中と外で睨み合った。

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■1637 / inTopicNo.4)  Re[1]: おクスリ〜J version
□投稿者/ とむ -(2007/12/16(Sun) 23:13:12)
    不意にすっと息が軽くなり、自由になった肺が新鮮な空気を求めて膨張する。
    げほごほと咳き込み涙目で後ろを振り返ると、アルフィンがにんまりとした顔でこちらを見ている。
    ジョウは右手で締め付けられた首筋をさすり、恨めしそうな目でアルフィンを見上げた。
    「…この…。なんてこと、すんだよ。…病人に向かって…!」
    まだ、喉の違和感が治まらない。
    ガラガラとしゃがれた声は風邪などのせいじゃない、断じて。
    見上げれば、そこにはグンカンドリのように胸を張り偉そうに仁王立ちになったアルフィンの姿。
    そして、さらに彼女はあろうことかジョウの言葉を聞くや否や、躊躇いもせずおまけの一発を今度はジョウの左頬にお見舞いしたのだった。

    これにはさすがのジョウもキレた。
    「…アルフィン!」
    目に怒りを湛えながらジョウが吼える。
    が、それにも一向に動じることなく、アルフィンはなおも一層声を張り上げて
    「怒るな!」
    と、喝を入れるように言い放った。
    「だいたい怒ってるのはこっちの方なのよ!!」
    圧倒的な威圧感を持って、ジョウをビシ!と指差す。
    「ずっと熱があったこと隠しといて何を偉そうに!今更病人ぶったって優しく看護なんかしてやるもんですか!!」
    その両目は怒りの為か青白くゆらめき、黄金の髪はまるでメデューサのそれのように逆立っている。そのあまりの迫力にジョウはあっけに取られ固まるしかない。
    あの逆立つ髪の毛1本1本が凶暴な蛇だとしたら、己の余命はどれ程か。もともとはただの風邪だったはずなのに、蛇に噛まれて失血死など馬鹿馬鹿しいことこの上ない。もちろんそれはそれで冗談なのだが、実際「蛇に睨まれたカエル」とはさぞや恐ろしい思いをしたことだろうと、ジョウはほとんど自己憐憫に似た感情をカエルに抱くことになった。

    …しかし何故だ。
    何故、ここまでアルフィンが怒り狂わなきゃならないのか。
    確かに体調を崩して熱に浮かされながら仕事をやるハメになったことは認めるが、それがここまで怒るようなことか?

    そうしている間にもアルフィンの追撃は続く。
    「まったく、ジョウはいっつもそう。体調が悪いことを内緒にして自分ばっかりしんどいことになっちゃって」
    「しょうがないだろ仕事なんだ。仕事のために体調を管理するなんて基本中の基本だ。多少身体に無理をしたって、我慢しなけりゃならないときもある。プロなら当然だろ」
    「…バッカみたい」
    「なんだぁ?」
    「プロだったら仕事までにきっちり体調を合わせてくるわよ。どうせその熱の原因だって、この前やってた深夜のサッカーの試合を観てたせいでしょ」
    「…アレは、朝方の試合だ。夜じゃない」
    「ジョウ、あなた五十歩百歩って言葉知ってる?」
    「似たように見えるけど、実際は全然違うってことだよな」
    「…口の減らない」
    「お互い様だ」
    ジョウとアルフィンは無言のままベッドの中と外で睨み合った。

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■1638 / inTopicNo.5)  Re[2]: おクスリ〜J version
□投稿者/ とむ -(2007/12/18(Tue) 17:55:06)
    暫くの間、蛇とカエルの睨み合いが続いた後。

    ジッと無言でこちらを見ていたその蛇は、ふーと肩の力を抜き恨みがましい目でつくづく侘びしい息を吐いた。そのまま、あーもう、などとぼやきながら首を振る。こちらを見ては溜息をつき、そうかと思うと洗面器に入っているタオルをつまみ改めて水の中に叩き込む。その度に洗面器から飛び散った水の滴が無遠慮なまでに傍にいるカエルの顔を直撃し、カエルはカエルで顔にひっかかった水滴を釈然としない思いで払いのけた。

    「…あのな」
    「なによ」
    「ちょっと聞きたいんだが、アルフィンはこの部屋にダムかなにかを造るつもりか」
    「なんで」

    アルフィンはこれでもかというくらい長い溜息をわざとらしく吐き出して、それでも尚こちらを見ようとはしない。

    「なんでじゃないだろ」

    もはやジョウの堪忍袋も爆発寸前である。

    「水!見てみろ、この惨状!ビシャビシャビシャビシャ威勢よくもでかい水溜りばかり作りやがって!俺は病人だぞ。何が悲しくて熱で寝込んでいる人間が水浸しなんだ。オカシイだろこの状況!!」

    先程のお返しとばかりにジョウはメディカルルームの水浸しのフロアを指差し吠え立てるが、当のアルフィンは冷たい一瞥を返すのみ。

    そして、
    「あとでちゃんと拭いとくわよ」
    それで文句ないでしょと形の良い腰にその手を当てた。

    この冷静すぎるほどの冷たい態度。
    おかげ様にて、どうしようもなく上昇しまくっていた怒りのラインは急激に下降線を辿る。いくら自分の主張が正当性を持っていようと(そのはずだ)、怒りの対象である相手に会話のパスボールをこれでもかと叩き落しまくられると、あたかも自分の方が間違っている気がしてくるこの魔可不思議。
    もともと出会った頃から世の中の常識というものがことごとく当てはまらない女であったが(王女という身分をかなぐり捨ててクラッシャーになるなどは、その筆頭だ)、長年付き合っても−−−むしろ、いわゆる「お付き合い」−−−というものを始めてからはその不可解さに一層力が入ってきているように思われる。
    ミラクルすぎて、もはや理解不能。

    はあ。
    なんなんだ。
    どうして俺はこのような謂れのない態度を、恋人と呼んでいい女にとられなきゃならないのか。

    げんなりして頭の中で投げた匙の音が、チャリンとジョウの脳内に涼しく響き渡ったその時、問題の”生きるミステリーサークル”の女は俯きながらぼそり、と聞き取れるか聞き取れないかという何かを口にした。

    「…しょ」

    …は?

    「なんだって?」

    ジョウは思わず素に戻って聞き返す。
    アルフィンはその長い睫を床に向けなにやら口の中でぶつぶつ呟いていた。その声は小さくか細くてジョウの耳には届かない。

    「アルフィン」

    不審に思ってジョウが声をかけるも彼女の顔は伏せられたままで、その細い金色の髪の隙間からもその表情をうかがい知ることは出来ない。
    仕方なくジョウはアルフィンの身体をその身に引き寄せ、ぽんぽんとその小さい背中を叩いてやる。過去の例から、こうしてやると彼女の心が落ち着いて、きちんとその心を目の前にいる相手に向けてくることをジョウは知っている。

    我ながら理不尽な振る舞いを受けている病人の立場で律義なことだ。
    パブロフの犬でも、褒美の餌でもなければここまで主人に忠実ではあるまいに。

    …いやいや。流石に犬っていうのはあんまりか。

    虚しい突込みを己に入れつつジョウは駄々っ子をあやすように再度アルフィンに向き直った。そして、やれやれと熱で疲れた身体を無理やり移動させ、アルフィンの口元に自分の顔を近づける。

    「どうした?もう一度言ってみろよ」

    限りなく優しく、そして辛抱強くジョウはアルフィンを促した。

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■1638 / inTopicNo.6)  Re[2]: おクスリ〜J version
□投稿者/ とむ -(2007/12/18(Tue) 17:55:06)
    暫くの間、蛇とカエルの睨み合いが続いた後。

    ジッと無言でこちらを見ていたその蛇は、ふーと肩の力を抜き恨みがましい目でつくづく侘びしい息を吐いた。そのまま、あーもう、などとぼやきながら首を振る。こちらを見ては溜息をつき、そうかと思うと洗面器に入っているタオルをつまみ改めて水の中に叩き込む。その度に洗面器から飛び散った水の滴が無遠慮なまでに傍にいるカエルの顔を直撃し、カエルはカエルで顔にひっかかった水滴を釈然としない思いで払いのけた。

    「…あのな」
    「なによ」
    「ちょっと聞きたいんだが、アルフィンはこの部屋にダムかなにかを造るつもりか」
    「なんで」

    アルフィンはこれでもかというくらい長い溜息をわざとらしく吐き出して、それでも尚こちらを見ようとはしない。

    「なんでじゃないだろ」

    もはやジョウの堪忍袋も爆発寸前である。

    「水!見てみろ、この惨状!ビシャビシャビシャビシャ威勢よくもでかい水溜りばかり作りやがって!俺は病人だぞ。何が悲しくて熱で寝込んでいる人間が水浸しなんだ。オカシイだろこの状況!!」

    先程のお返しとばかりにジョウはメディカルルームの水浸しのフロアを指差し吠え立てるが、当のアルフィンは冷たい一瞥を返すのみ。

    そして、
    「あとでちゃんと拭いとくわよ」
    それで文句ないでしょと形の良い腰にその手を当てた。

    この冷静すぎるほどの冷たい態度。
    おかげ様にて、どうしようもなく上昇しまくっていた怒りのラインは急激に下降線を辿る。いくら自分の主張が正当性を持っていようと(そのはずだ)、怒りの対象である相手に会話のパスボールをこれでもかと叩き落しまくられると、あたかも自分の方が間違っている気がしてくるこの魔可不思議。
    もともと出会った頃から世の中の常識というものがことごとく当てはまらない女であったが(王女という身分をかなぐり捨ててクラッシャーになるなどは、その筆頭だ)、長年付き合っても−−−むしろ、いわゆる「お付き合い」−−−というものを始めてからはその不可解さに一層力が入ってきているように思われる。
    ミラクルすぎて、もはや理解不能。

    はあ。
    なんなんだ。
    どうして俺はこのような謂れのない態度を、恋人と呼んでいい女にとられなきゃならないのか。

    げんなりして頭の中で投げた匙の音が、チャリンとジョウの脳内に涼しく響き渡ったその時、問題の”生きるミステリーサークル”の女は俯きながらぼそり、と聞き取れるか聞き取れないかという何かを口にした。

    「…しょ」

    …は?

    「なんだって?」

    ジョウは思わず素に戻って聞き返す。
    アルフィンはその長い睫を床に向けなにやら口の中でぶつぶつ呟いていた。その声は小さくか細くてジョウの耳には届かない。

    「アルフィン」

    不審に思ってジョウが声をかけるも彼女の顔は伏せられたままで、その細い金色の髪の隙間からもその表情をうかがい知ることは出来ない。
    仕方なくジョウはアルフィンの身体をその身に引き寄せ、ぽんぽんとその小さい背中を叩いてやる。過去の例から、こうしてやると彼女の心が落ち着いて、きちんとその心を目の前にいる相手に向けてくることをジョウは知っている。

    我ながら理不尽な振る舞いを受けている病人の立場で律義なことだ。
    パブロフの犬でも、褒美の餌でもなければここまで主人に忠実ではあるまいに。

    …いやいや。流石に犬っていうのはあんまりか。

    虚しい突込みを己に入れつつジョウは駄々っ子をあやすように再度アルフィンに向き直った。そして、やれやれと熱で疲れた身体を無理やり移動させ、アルフィンの口元に自分の顔を近づける。

    「どうした?もう一度言ってみろよ」

    限りなく優しく、そして辛抱強くジョウはアルフィンを促した。

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■1646 / inTopicNo.7)  Re[3]: おクスリ〜J version
□投稿者/ とむ -(2007/12/23(Sun) 00:16:39)
    すると。
    「…でしょ」
    アルフィンが低くくぐもった声で、再び何かを呟いたような気がした。
    「うん?」
    なんだって?
    ジョウはその眉にシワを寄せつつ、さらにその耳をアルフィンに寄せる。アルフィンはそままじっとしたまま動かない。

    −−−落ち着け。
    ココで癇癪を起こしたら負けである。
    こういう場合は犬のように従順に、辛抱強く相手のペースに合わせてやる方がよい。せっかくここまで姫のされるがままにひたすら耐え忍んだと言うのに、再度機嫌を損ねて本格的に黄昏るなんて真っ平ゴメンである。しかし、このままアルフィンの言葉を待つ間ずっと中腰のままというのも辛い感じだ。

    なんといっても熱がある。
    39℃だそういえば。
    うっかり忘れるところだった。
    半ば祈るような気持ちでアルフィンの顔を覗き込むと、微妙にその視線がこちらをゆるりと舐めるように通り過ぎた。そしてジョウの右手をそっと掴み、すりすりと暖めるようにさすり始める。
    まるで大事なものを優しく暖めるように。
    大事なものを零し落とさないように。

    そうして、暫くの間ジョウの手のひらをさすっていたアルフィンは、ゆっくりとジョウの顔を見返したかと思うと観念したように長すぎる溜息をその口に乗せた。

    「…昨日の仕事はあたしの担当だったでしょうよ」
    なんとも切なげな声で言葉を出したもんだから、ジョウはうっかり聞き逃しそうになる。
    「…なに?」
    「だから、昨日のあたしの仕事は、ジョウがわざわざフォローするほどのことじゃなかったでしょって言ってるの」
    風邪でいつものペースじゃないあなたが来るまでのことじゃないわよ、少なくとも。
    アルフィンはその金髪をさらさらと赤いクラッシュジャケットに落としながら、ジョウの方を見ないまま溜息混じりに呟いた。その表情は硬く、ようやく搾り出したと言っても言いすぎではないほどの低い声である。

    一方。
    ジョウはジョウで、一体何を言われているのか分からない。
    昨日アルフィンのフォローに入ったことと俺の自己管理の不手際と何の関係がある?
    それに加えてアルフィンが何ゆえに、アレだけ激しく自分に憤っていたのかはそれ以上に分からない。
    なにより先程までの激昂ぶりとは打って変わった、あまりにもしおらしいこの態度。それが一層ジョウの中で疑問符を生む。

    なんだこれは。
    なにかの罠か。
    まさかとは思うが、またしても新たなる火山噴火の前触れか。
    戦々恐々としながらも、ジョウは恐る恐る恋人の顔を改めて覗き込んだ。

    「あのな、アルフィン。それがコレとどういう…?いや、そもそも俺は一体何が原因でこんなに責められてるんだ?」
    「ば…!あたしは責めてるんじゃないわよ。あたしはジョウを責めたことなんか、ただの一度もないんだから」
    嘘をつけ。 
    言葉にしない方が無難であろう突っ込みは、この際、喉の奥にとどめておく。

    一方、アルフィンのテンションはジョウにはお構いなく徐々にヒートアップしていった。

    「あたしは分かってるのよ。ジョウがどんなに頑張っているかってこと。あたしたち<ミネルバ>のクルーのために、したくもない我慢をしたり無理をしてくれてるってこと。毎日毎日仕事漬けなのに、それでもあたしたちのオフを確保する為にバカみたいに走り回っちゃって、涼しい顔の下でぼろぼろに疲れちゃってるってことくらいちゃんと知ってるの!」

    感情の高ぶりにつられて、アルフィンの碧い瞳からはぽろりと小さな涙が零れ落ちる。ぎょ、とジョウは思わず目を剥いた。
    まずい。

    「いや、あの。アルフィン、ちょっと待て」
    あたふたとジョウはアルフィンの背中をぽんぽんと叩く。
    が、アルフィンの暴走は止まらない。
    「どうせあたしは、いつまでたっても半人前よ」
    「いや、そんなことは」
    「昨日だって確かにあたしはヘマをした」
    「いや、ちょっと話を聞けって」
    「でも、ジョウがわざわざ苦しい身体を引きずってまで来るほどのこと?」
    「あれは、だな」
    「そんなにあたしには仕事を任せられない?」
    「ちょっと、」
    「人を馬鹿にするのも大概にしてよ」
    「バカになんか」
    「あたしはね、」

    アルフィンは言葉を一つ一つかみ締めるように、涙を飲み込もうとするようにジョウに言葉を叩きつけた。

    「守って欲しいわけじゃない。背負って欲しいわけじゃない。ただ、あなたと対等に同じ前を見て、まっすぐ生きていきたいだけなのよ」
引用投稿 削除キー/
■1646 / inTopicNo.8)  Re[3]: おクスリ〜J version
□投稿者/ とむ -(2007/12/23(Sun) 00:16:39)
    すると。
    「…でしょ」
    アルフィンが低くくぐもった声で、再び何かを呟いたような気がした。
    「うん?」
    なんだって?
    ジョウはその眉にシワを寄せつつ、さらにその耳をアルフィンに寄せる。アルフィンはそままじっとしたまま動かない。

    −−−落ち着け。
    ココで癇癪を起こしたら負けである。
    こういう場合は犬のように従順に、辛抱強く相手のペースに合わせてやる方がよい。せっかくここまで姫のされるがままにひたすら耐え忍んだと言うのに、再度機嫌を損ねて本格的に黄昏るなんて真っ平ゴメンである。しかし、このままアルフィンの言葉を待つ間ずっと中腰のままというのも辛い感じだ。

    なんといっても熱がある。
    39℃だそういえば。
    うっかり忘れるところだった。
    半ば祈るような気持ちでアルフィンの顔を覗き込むと、微妙にその視線がこちらをゆるりと舐めるように通り過ぎた。そしてジョウの右手をそっと掴み、すりすりと暖めるようにさすり始める。
    まるで大事なものを優しく暖めるように。
    大事なものを零し落とさないように。

    そうして、暫くの間ジョウの手のひらをさすっていたアルフィンは、ゆっくりとジョウの顔を見返したかと思うと観念したように長すぎる溜息をその口に乗せた。

    「…昨日の仕事はあたしの担当だったでしょうよ」
    なんとも切なげな声で言葉を出したもんだから、ジョウはうっかり聞き逃しそうになる。
    「…なに?」
    「だから、昨日のあたしの仕事は、ジョウがわざわざフォローするほどのことじゃなかったでしょって言ってるの」
    風邪でいつものペースじゃないあなたが来るまでのことじゃないわよ、少なくとも。
    アルフィンはその金髪をさらさらと赤いクラッシュジャケットに落としながら、ジョウの方を見ないまま溜息混じりに呟いた。その表情は硬く、ようやく搾り出したと言っても言いすぎではないほどの低い声である。

    一方。
    ジョウはジョウで、一体何を言われているのか分からない。
    昨日アルフィンのフォローに入ったことと俺の自己管理の不手際と何の関係がある?
    それに加えてアルフィンが何ゆえに、アレだけ激しく自分に憤っていたのかはそれ以上に分からない。
    なにより先程までの激昂ぶりとは打って変わった、あまりにもしおらしいこの態度。それが一層ジョウの中で疑問符を生む。

    なんだこれは。
    なにかの罠か。
    まさかとは思うが、またしても新たなる火山噴火の前触れか。
    戦々恐々としながらも、ジョウは恐る恐る恋人の顔を改めて覗き込んだ。

    「あのな、アルフィン。それがコレとどういう…?いや、そもそも俺は一体何が原因でこんなに責められてるんだ?」
    「ば…!あたしは責めてるんじゃないわよ。あたしはジョウを責めたことなんか、ただの一度もないんだから」
    嘘をつけ。 
    言葉にしない方が無難であろう突っ込みは、この際、喉の奥にとどめておく。

    一方、アルフィンのテンションはジョウにはお構いなく徐々にヒートアップしていった。

    「あたしは分かってるのよ。ジョウがどんなに頑張っているかってこと。あたしたち<ミネルバ>のクルーのために、したくもない我慢をしたり無理をしてくれてるってこと。毎日毎日仕事漬けなのに、それでもあたしたちのオフを確保する為にバカみたいに走り回っちゃって、涼しい顔の下でぼろぼろに疲れちゃってるってことくらいちゃんと知ってるの!」

    感情の高ぶりにつられて、アルフィンの碧い瞳からはぽろりと小さな涙が零れ落ちる。ぎょ、とジョウは思わず目を剥いた。
    まずい。

    「いや、あの。アルフィン、ちょっと待て」
    あたふたとジョウはアルフィンの背中をぽんぽんと叩く。
    が、アルフィンの暴走は止まらない。
    「どうせあたしは、いつまでたっても半人前よ」
    「いや、そんなことは」
    「昨日だって確かにあたしはヘマをした」
    「いや、ちょっと話を聞けって」
    「でも、ジョウがわざわざ苦しい身体を引きずってまで来るほどのこと?」
    「あれは、だな」
    「そんなにあたしには仕事を任せられない?」
    「ちょっと、」
    「人を馬鹿にするのも大概にしてよ」
    「バカになんか」
    「あたしはね、」

    アルフィンは言葉を一つ一つかみ締めるように、涙を飲み込もうとするようにジョウに言葉を叩きつけた。

    「守って欲しいわけじゃない。背負って欲しいわけじゃない。ただ、あなたと対等に同じ前を見て、まっすぐ生きていきたいだけなのよ」
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■1652 / inTopicNo.9)  Re[4]: おクスリ〜J version
□投稿者/ とむ -(2008/01/15(Tue) 12:17:15)
    言いたいことを言い切って気が済んだのか、アルフィンは大きく息を吐いて一息つくとズズ、と小さく鼻をすすり上げた。そして恨めしそうな目でジョウを見つめ、はあ、と長く長く息を吐く。いつもなら輝くように澄んだ碧眼が、涙で充血して厚ぼったく腫れている様が痛々しい。

    ………これは俺のせいだろうか。

    ジョウは思わず振り向きざまアルフィンに見えないよう首を傾げ、眉間にうっすらをシワを寄せた。釈然としない思いで、ちくしょうわからねえ、とぼそりと呟くものの、再度改めてアルフィンと向き合う格好をとる。
    もう完全に訳が分からないが、こうなるともうどうしようもない。
    こんな姿を見せられたらお手上げなのだ。
    だって、そんな必死な顔をされて、涙目になりながら鼻をすすり上げられたりしたら、たとえ自分のどこに非があるのか分からなかったとしても一応謝っておくのが礼儀ってもんだろう多分。万が一、見当違いの大振りをしているとしても、その結果がどうなろうと、もう知ったことか。

    「…アルフィン」
    「ほっといてよ」

    無理だって。
    そんな情けない顔をされたまま放っておけるほど、自分のポジションがまだ安泰ではないことくらい分かってる。恋人と呼ばれていいであろう付き合いを始めて早一年。そろそろお互いのことも分かってきたつもりでいたのに、涙ひとつ零されただけでこの様だ。あたふたするだけで何も出来ない。なんでこんなにエキサイトしているかも分からないのに、泣かれた日にはにっちもさっちもいかなくなる。
    ああ、そういや付き合う前もずっとこんな感じだったよなあ、とふと胸に去来するものもあったが、それはもうこの際別の話だ。

    ベッド横に置いてあったティッシュボックスからティッシュを取り出し、赤くなった瞳をぐいと擦りあげるように涙をぬぐったアルフィンに、他に術はないというようにジョウは肩を落とし呟いた。

    「その…。すまない」
    「なにがよ」

    今の今までしおらしく泣いていた人物とは思えない程、とげとげしい声がティッシュを顔に当てたままのアルフィンから飛んでくる。

    「いや、だから。…そんなに心配かけて」

    ジョウはなんとなくいた堪れずにベッドの縁に腰掛けて、心持ち小さくなりながら自分の足元に視線を落とす。アルフィンはそんなジョウの姿を鼻を鳴らして見ていたが、

    「…心配?」

    と、低く地を這うような声を返してきた。

    「俺がしっかり体調管理をしていれば」
    「……、は?」
    「皆に心配をかけて、迷惑をかけて、申し訳ないと思ってる」  
    「………」
    「アルフィンを庇った時に、ちいとばかり体が重いかなとは思っていたんだが」
    ハハ、と乾いた笑いをするもののソレは全く黙殺される。
    「………」
    「まさか熱があったとは気づかなかったぜ」
    「…だから?」
    「だから、…その、すまなかった。せっかく明日からオフだってのに余計な心配を」
    「………」
    「クスリを飲んできっちりと今日中に治す。明日にはリザーブしてあるホテルにチェックインして、約束だった買い物にでもなんでも付き合うからさ」
    「だから?」
    「いや、だからさ」
    いい加減に機嫌を直せよ。
    な?とジョウはアルフィンを抱きしめるべく両腕を広げてその肩に手を伸ばそうとした。その唇にどうにかこうにか笑みらしきものを乗せて。

    しかし。その刹那だった。

    アルフィンは手元に落ちていたびしょ濡れのタオルをぐわしと掴み、避ける間もなくジョウの顔面に叩き込んだ。さらに、なにやら持っていた小さなガラスの小瓶までジョウの顔面に向かって投げつけ、鬼のような形相で「バカ!」と言い放った。
    「………ぃってええええ!!」
    「もぉおおおお!!ひとり相撲もいい加減にしなさい!」
    「なにすんだ、この」 
    「もういい!もういいから薬を飲んで早く寝なさい!」
    「薬ィ?」
    「足元に転がっているそれだ!もうそれを飲んで一日中寝ていろ!」
    「転がってるって…。今、顔面めがけて投げなかったかコレ!」
    「それがなによ。特Aクラッシャーなら”へ”でもないでしょ。あれくらい」
    「ば…!痛えに決まってんだろ。顔を直撃しなかったからいいもんの!」
    「だから、それがなんだってのよ!いいからしばらくそこで頭を冷やせ!バカ!!」
    「バカだ?!なんだよその言い草。他に言うことは!」
    「勘違いオトコ!」
    「はあ?!」
    「いいから、とっとと寝てしまえ!」
    「おい、ちょっと待て。アルフィン!」

    もうバカじゃないのとか信じられない、などと言いながらアルフィンはジョウを無理やりベッドの中へ押し込み、華奢な腕一杯に掴んだ大型ブランケットを力技で宙に広げた。そして、それがジョウの体をすっぽり充分に覆ったのを確かめると今度はくるりと踵を返しドカドカと足音荒く歩を進め、ドアの前で足を止める。そして、後ろを振り向いて「大バカ」とダメ押しの一言もご丁寧に付け足しては、空気圧縮ドアを開けたかと思うと、プシュというドアの閉まる無機質な音と共にジョウの前から姿を消した。
    一陣の風とともに。




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■1652 / inTopicNo.10)  Re[4]: おクスリ〜J version
□投稿者/ とむ -(2008/01/15(Tue) 12:17:15)
    言いたいことを言い切って気が済んだのか、アルフィンは大きく息を吐いて一息つくとズズ、と小さく鼻をすすり上げた。そして恨めしそうな目でジョウを見つめ、はあ、と長く長く息を吐く。いつもなら輝くように澄んだ碧眼が、涙で充血して厚ぼったく腫れている様が痛々しい。

    ………これは俺のせいだろうか。

    ジョウは思わず振り向きざまアルフィンに見えないよう首を傾げ、眉間にうっすらをシワを寄せた。釈然としない思いで、ちくしょうわからねえ、とぼそりと呟くものの、再度改めてアルフィンと向き合う格好をとる。
    もう完全に訳が分からないが、こうなるともうどうしようもない。
    こんな姿を見せられたらお手上げなのだ。
    だって、そんな必死な顔をされて、涙目になりながら鼻をすすり上げられたりしたら、たとえ自分のどこに非があるのか分からなかったとしても一応謝っておくのが礼儀ってもんだろう多分。万が一、見当違いの大振りをしているとしても、その結果がどうなろうと、もう知ったことか。

    「…アルフィン」
    「ほっといてよ」

    無理だって。
    そんな情けない顔をされたまま放っておけるほど、自分のポジションがまだ安泰ではないことくらい分かってる。恋人と呼ばれていいであろう付き合いを始めて早一年。そろそろお互いのことも分かってきたつもりでいたのに、涙ひとつ零されただけでこの様だ。あたふたするだけで何も出来ない。なんでこんなにエキサイトしているかも分からないのに、泣かれた日にはにっちもさっちもいかなくなる。
    ああ、そういや付き合う前もずっとこんな感じだったよなあ、とふと胸に去来するものもあったが、それはもうこの際別の話だ。

    ベッド横に置いてあったティッシュボックスからティッシュを取り出し、赤くなった瞳をぐいと擦りあげるように涙をぬぐったアルフィンに、他に術はないというようにジョウは肩を落とし呟いた。

    「その…。すまない」
    「なにがよ」

    今の今までしおらしく泣いていた人物とは思えない程、とげとげしい声がティッシュを顔に当てたままのアルフィンから飛んでくる。

    「いや、だから。…そんなに心配かけて」

    ジョウはなんとなくいた堪れずにベッドの縁に腰掛けて、心持ち小さくなりながら自分の足元に視線を落とす。アルフィンはそんなジョウの姿を鼻を鳴らして見ていたが、

    「…心配?」

    と、低く地を這うような声を返してきた。

    「俺がしっかり体調管理をしていれば」
    「……、は?」
    「皆に心配をかけて、迷惑をかけて、申し訳ないと思ってる」  
    「………」
    「アルフィンを庇った時に、ちいとばかり体が重いかなとは思っていたんだが」
    ハハ、と乾いた笑いをするもののソレは全く黙殺される。
    「………」
    「まさか熱があったとは気づかなかったぜ」
    「…だから?」
    「だから、…その、すまなかった。せっかく明日からオフだってのに余計な心配を」
    「………」
    「クスリを飲んできっちりと今日中に治す。明日にはリザーブしてあるホテルにチェックインして、約束だった買い物にでもなんでも付き合うからさ」
    「だから?」
    「いや、だからさ」
    いい加減に機嫌を直せよ。
    な?とジョウはアルフィンを抱きしめるべく両腕を広げてその肩に手を伸ばそうとした。その唇にどうにかこうにか笑みらしきものを乗せて。

    しかし。その刹那だった。

    アルフィンは手元に落ちていたびしょ濡れのタオルをぐわしと掴み、避ける間もなくジョウの顔面に叩き込んだ。さらに、なにやら持っていた小さなガラスの小瓶までジョウの顔面に向かって投げつけ、鬼のような形相で「バカ!」と言い放った。
    「………ぃってええええ!!」
    「もぉおおおお!!ひとり相撲もいい加減にしなさい!」
    「なにすんだ、この」 
    「もういい!もういいから薬を飲んで早く寝なさい!」
    「薬ィ?」
    「足元に転がっているそれだ!もうそれを飲んで一日中寝ていろ!」
    「転がってるって…。今、顔面めがけて投げなかったかコレ!」
    「それがなによ。特Aクラッシャーなら”へ”でもないでしょ。あれくらい」
    「ば…!痛えに決まってんだろ。顔を直撃しなかったからいいもんの!」
    「だから、それがなんだってのよ!いいからしばらくそこで頭を冷やせ!バカ!!」
    「バカだ?!なんだよその言い草。他に言うことは!」
    「勘違いオトコ!」
    「はあ?!」
    「いいから、とっとと寝てしまえ!」
    「おい、ちょっと待て。アルフィン!」

    もうバカじゃないのとか信じられない、などと言いながらアルフィンはジョウを無理やりベッドの中へ押し込み、華奢な腕一杯に掴んだ大型ブランケットを力技で宙に広げた。そして、それがジョウの体をすっぽり充分に覆ったのを確かめると今度はくるりと踵を返しドカドカと足音荒く歩を進め、ドアの前で足を止める。そして、後ろを振り向いて「大バカ」とダメ押しの一言もご丁寧に付け足しては、空気圧縮ドアを開けたかと思うと、プシュというドアの閉まる無機質な音と共にジョウの前から姿を消した。
    一陣の風とともに。




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■1653 / inTopicNo.11)  Re[5]: おクスリ〜J version
□投稿者/ とむ -(2008/01/17(Thu) 10:56:06)
    メディカル・ルームの真っ白い壁にもたれかかりながら、その若いエンジニアはぼりぼりと景気のいい音を立てながら菓子を貪っていた。久方ぶりの大型台風が<ミネルバ>のメディカル・ルームを席巻した後、そのエンジニアは両手一杯に大量の菓子を抱えながらドンゴと一緒にやってきて、これも飲んどけってアルフィンが、とドンゴに持たせてきたコーンスープをはいよとジョウに差し出した。ジョウはサンキュウと言いながらそれを受け取り、(自分で)メイキングしなおしたベッドにゆっくりとその身を預ける。
    白く暖かい湯気が立ち上るそれは、先程の嵐の置き土産とは思えぬ程のぬくもりと優しさを伝えてくる。
    ジョウは無言でスープを口元に運び、一口、口の中へ含んだ。

    「うまい」

    思わず言葉に出てしまう。
    喉元からゆっくりと体の中心に落ちていくその液体は、身体の心を温め停止していた思考力を呼び覚ます。先程の激しい嵐とは打って変わった暖かさでジョウをふんわり包み込む。じんわりとその暖かさに身を浸しながら柔らかい笑みを口の端に浮かべたジョウは、ふと、たった今口走った台詞がリッキーの耳に届いてやしないか気に掛かり、やや紅潮した頬のままちらりとリッキーを盗み見た。リッキーはなにやら銀色の袋を小脇に抱え、口いっぱいにスナック菓子を頬張りながらサッカーマガジンを読んでいる。彼の周りには菓子の小さな屑がいくつもいくつも落ちていて、そのうち蟻が行列をなして来ようものなら、小規模ながら集落でも作れそうな勢いだ。
    ああ…、また掃除しないと、と遠い目になりながら、それでもだらしなく緩んだ今の自分の顔を見られずに済んだらしいとわかり、ジョウは「ほ」と胸を撫で下ろした。

    が。

    「そら美味いだろうなー。アルフィンの愛情入りだもん」

    と壁に寄りかかったままのリッキーから、いきなりの速球が飛んできた。

    ぶは。

    見事にストライクゾーンに入ったその速球によって、口に入れたスープを吐き出したジョウは、ごほごほと背中を丸めて咳き込む羽目になる。熱に冒されて弱くなった器官にねっとりとした液体が入り込み、息が出来ない。

    「…お前………」

    息も絶え絶えになりながら恨めしそうな目で睨んでくるジョウに、リッキーは「何を今更、焦ってんのさ」と半ば呆れながら答える。

    「そろそろお付き合いを始められてから一周年のアニバーサリーじゃないの?」
    「うるせえな」
    「未だにそんなに動揺しちゃうなんて」

    兄貴って結構、じゅーんじょー、だよね。
    からかうようにリッキーはこちらを見て、ヒヒと笑った。
    チ、とジョウは赤くなりながら軽く舌打ち。

    昔からこうだ。
    リッキーはなにかと周りの人間の状況に聡い。アルフィンの気持ちには誰よりも早く勘付いていたし、自分のアルフィンに対する気持ちも見事に見透かされた。ことあるごとに二人の間に入っては、あれこれありがたい助言を繰り出しては世話を焼いてくれ、恐らく今、二人がめでたく恋人同士として向き合えるのは紛れもなく彼のお陰と言ってよい。
    まったくご苦労なことだ。
    ある時はアルフィンに殴られ、ジョウにどつかれ、割りに合わないこともあっただろうに。
    でも、こいつはそういうことを一向に気にしていないように見える。
    むしろ、そういう状況を楽しんでいるように思えることさえあって。
    そんな姿が、たまに不思議でならなかった。
    多分、自分はそういうことがとことん不得手だから。
    母親が小さい頃に亡くなったためか、それとも父親がちっとも家にいなかったためかはよく分からないが、自分は心の中にある面倒な事柄を、自分ひとりの、それも心のかなり奥底に仕舞い込み、ひっそりと片付けることが多かった。仕事に関するあれやこれやは、何を気にするまでもなくチームの仲間に振ることができるのに、例えばずっと抱えてきた父親へのコンプレックスだったり、初めて経験する甘酸っぱい感情の正体については、何故だか、なかなか誰にも打ち明けることはできなかった。そこにあることはずっと分かっていたくせに、心の奥底に押しやって見ない振り。そうではなければ、自分で抑えられなくなるまで放置するかのどちらか。だいたいにして、そんな自分の心の有り様に気づいたのが、アルフィンへの淡い想いを自覚したことがきっかけというのだから情けない話だ。それまではむしろ、「自分は器用な人間だ」と思っていたのには、もう笑うしかない。

    ふう、と小さい溜息を口から洩らし、ジョウは何気なくベッド横で胡坐をかいているリッキーを見遣る。
    きっと今、目の前で無心な顔で菓子を頬張る彼は、そんなことはないのだろうとジョウはぼんやりと思う。あのククルで小さいながらもギャング団を束ねていた彼のことだ。常に周りの人間に気を配り、心の動きを気にかけてあれこれ世話していたに違いないのだ。
    恐らくたった今、自分にしているのと同じように。

    ああ。

    −−−−−そうか。


    目を一瞬瞬かせたジョウは、改めてリッキーを見る。
    ここまで思いを廻らせて、ひたすら雑誌を読むのみで特に用もなさそうなリッキーが、いつまでもここに留まる理由にやっとジョウは思い当たった気がした。
引用投稿 削除キー/
■1653 / inTopicNo.12)  Re[5]: おクスリ〜J version
□投稿者/ とむ -(2008/01/17(Thu) 10:56:06)
    メディカル・ルームの真っ白い壁にもたれかかりながら、その若いエンジニアはぼりぼりと景気のいい音を立てながら菓子を貪っていた。久方ぶりの大型台風が<ミネルバ>のメディカル・ルームを席巻した後、そのエンジニアは両手一杯に大量の菓子を抱えながらドンゴと一緒にやってきて、これも飲んどけってアルフィンが、とドンゴに持たせてきたコーンスープをはいよとジョウに差し出した。ジョウはサンキュウと言いながらそれを受け取り、(自分で)メイキングしなおしたベッドにゆっくりとその身を預ける。
    白く暖かい湯気が立ち上るそれは、先程の嵐の置き土産とは思えぬ程のぬくもりと優しさを伝えてくる。
    ジョウは無言でスープを口元に運び、一口、口の中へ含んだ。

    「うまい」

    思わず言葉に出てしまう。
    喉元からゆっくりと体の中心に落ちていくその液体は、身体の心を温め停止していた思考力を呼び覚ます。先程の激しい嵐とは打って変わった暖かさでジョウをふんわり包み込む。じんわりとその暖かさに身を浸しながら柔らかい笑みを口の端に浮かべたジョウは、ふと、たった今口走った台詞がリッキーの耳に届いてやしないか気に掛かり、やや紅潮した頬のままちらりとリッキーを盗み見た。リッキーはなにやら銀色の袋を小脇に抱え、口いっぱいにスナック菓子を頬張りながらサッカーマガジンを読んでいる。彼の周りには菓子の小さな屑がいくつもいくつも落ちていて、そのうち蟻が行列をなして来ようものなら、小規模ながら集落でも作れそうな勢いだ。
    ああ…、また掃除しないと、と遠い目になりながら、それでもだらしなく緩んだ今の自分の顔を見られずに済んだらしいとわかり、ジョウは「ほ」と胸を撫で下ろした。

    が。

    「そら美味いだろうなー。アルフィンの愛情入りだもん」

    と壁に寄りかかったままのリッキーから、いきなりの速球が飛んできた。

    ぶは。

    見事にストライクゾーンに入ったその速球によって、口に入れたスープを吐き出したジョウは、ごほごほと背中を丸めて咳き込む羽目になる。熱に冒されて弱くなった器官にねっとりとした液体が入り込み、息が出来ない。

    「…お前………」

    息も絶え絶えになりながら恨めしそうな目で睨んでくるジョウに、リッキーは「何を今更、焦ってんのさ」と半ば呆れながら答える。

    「そろそろお付き合いを始められてから一周年のアニバーサリーじゃないの?」
    「うるせえな」
    「未だにそんなに動揺しちゃうなんて」

    兄貴って結構、じゅーんじょー、だよね。
    からかうようにリッキーはこちらを見て、ヒヒと笑った。
    チ、とジョウは赤くなりながら軽く舌打ち。

    昔からこうだ。
    リッキーはなにかと周りの人間の状況に聡い。アルフィンの気持ちには誰よりも早く勘付いていたし、自分のアルフィンに対する気持ちも見事に見透かされた。ことあるごとに二人の間に入っては、あれこれありがたい助言を繰り出しては世話を焼いてくれ、恐らく今、二人がめでたく恋人同士として向き合えるのは紛れもなく彼のお陰と言ってよい。
    まったくご苦労なことだ。
    ある時はアルフィンに殴られ、ジョウにどつかれ、割りに合わないこともあっただろうに。
    でも、こいつはそういうことを一向に気にしていないように見える。
    むしろ、そういう状況を楽しんでいるように思えることさえあって。
    そんな姿が、たまに不思議でならなかった。
    多分、自分はそういうことがとことん不得手だから。
    母親が小さい頃に亡くなったためか、それとも父親がちっとも家にいなかったためかはよく分からないが、自分は心の中にある面倒な事柄を、自分ひとりの、それも心のかなり奥底に仕舞い込み、ひっそりと片付けることが多かった。仕事に関するあれやこれやは、何を気にするまでもなくチームの仲間に振ることができるのに、例えばずっと抱えてきた父親へのコンプレックスだったり、初めて経験する甘酸っぱい感情の正体については、何故だか、なかなか誰にも打ち明けることはできなかった。そこにあることはずっと分かっていたくせに、心の奥底に押しやって見ない振り。そうではなければ、自分で抑えられなくなるまで放置するかのどちらか。だいたいにして、そんな自分の心の有り様に気づいたのが、アルフィンへの淡い想いを自覚したことがきっかけというのだから情けない話だ。それまではむしろ、「自分は器用な人間だ」と思っていたのには、もう笑うしかない。

    ふう、と小さい溜息を口から洩らし、ジョウは何気なくベッド横で胡坐をかいているリッキーを見遣る。
    きっと今、目の前で無心な顔で菓子を頬張る彼は、そんなことはないのだろうとジョウはぼんやりと思う。あのククルで小さいながらもギャング団を束ねていた彼のことだ。常に周りの人間に気を配り、心の動きを気にかけてあれこれ世話していたに違いないのだ。
    恐らくたった今、自分にしているのと同じように。

    ああ。

    −−−−−そうか。


    目を一瞬瞬かせたジョウは、改めてリッキーを見る。
    ここまで思いを廻らせて、ひたすら雑誌を読むのみで特に用もなさそうなリッキーが、いつまでもここに留まる理由にやっとジョウは思い当たった気がした。
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■1654 / inTopicNo.13)  Re[6]: おクスリ〜J version
□投稿者/ とむ -(2008/01/19(Sat) 21:48:58)
    「…おい」
    ジョウはベッドに凭れ掛かり、軽く肩から力を抜いてリッキーに声をかけた。
    すっかりリラックスした雰囲気に、知らずいつもの皮肉な笑みがその口の端に乗る。
    「うん?」
    バリボリと口いっぱいに菓子を詰め込んだままリッキーがこちらを向く。
    「さっきから何食ってるんだ。ぼろぼろぼろぼろとカスを飛ばしやがって」
    ああこれ?とリッキーは銀の袋を顔の前に翳し、
    「クッキー。前のオフで中華レストランで貰ったヤツさ。あの後、例によって飛び込みの仕事が入っちまっただろ?食うのすっかり忘れてた」
    と笑う。
    いや、俺が聞きたいのは散らかし放題のこの部屋を一体誰が掃除するのかってことなんだが。
    苦笑して心の中で突っ込むものの、とりあえずはそれをスルーすることに決めて再度リッキーに向き直る。
    「それはもう3ヶ月も前の話だろ?一体、どこに突っ込んであったんだソレ」
    「んーーー…。さっき、アルフィンが兄貴んとこからリビングに帰ってきたと思ったら、いきなり掃除を始めてさ。なんだか纏わり付いてる空気が怪しいとは思ってたんだけど」
    …耳の痛い台詞だ。
    眉根をひくつかせ明後日の方向に顔を向ける。
    「どうしたの?って聞いても”うっさいボケ!”としか言わないし。こりゃあ触らぬ神になんとやらで、なるべく刺激しないようにと放っといたら、」
    「………」
    「なんか食器棚を引っ掻き回してる内にコイツが出てきたらしくて、”これ片付けな”って俺らにくれたんだよね」
    コレと持ってきた袋を指差しては、きょろり、とした瞳をこちらに向ける。
    「…片付けろってのは、その場合、ひょっとしなくても”捨てろ”ってことじゃねえのか」
    ジョウはもはや同情というより憐れみに似た思いに駆られながら、溜息のように言葉を返す。
    「んー?そうかな?でも美味いよコレ」
    ジョウの言葉を一向にきにすることなく、相変わらずあっけらかんと話す彼に、ジョウはやれやれと肩を竦めながら小さく首を振った。そして手元に残っていたスープをおもむろに飲み干すと、凭れ掛かっていたベッドに深くその身を預け、今度はゆっくりとそのアンバーの瞳を閉じたのであった。


    ◇ ◇ ◇


    アルフィン手製のコーンスープを飲み干し、一息ついて落ち着いた頃。
    「そーいえばさ」
    リッキーがジョウの額を指差し、
    「どうしたのさソレ?」
    と言った。
    「ん?」
    「おでこ。少し赤くなってるぜ」
    ああ…、そういえば。
    「聞くな。天災というものは、人の都合なんざお構いなしにやってくるものと相場が決まってる」
    ジョウがそう答えると、リッキーはそのどんぐり目をさらに丸くして、暫くしてから「なるほど」と呟いた。
    「兄貴もイロイロ大変ね…」
    憐れむような視線をこちらに向けながら、リッキーはうやうやしく胸の前に十字を切る。そして手近にあったボードを探り、中からバンドエイドを取り出してはジョウに「はいよ」と手渡した。ジョウはそれを受け取ると、少々腫れている額を恐る恐る探りながら、その小さなテープをささやかな傷に貼り付けた。
    「ホントにアノヒトは一度怒るとどうにもこうにも手が負えないからねえ」
    「全くだ。その怒りのポイントと言うものが未だに訳分からん」
    「んーーー。女心はヒジョーに複雑なのよ」
    「フクザツすぎて、たまに宇宙の果てに放り投げたくなるぜ」
    ふぅ、とかなり本気の溜息をつきつつジョウは答える。
    「またまた。そんなこと絶対しないくせに。兄貴、アルフィンにベタ惚れだもんねー」
    「なんじゃソラ。俺のこのツラ見て、よくそういう台詞がでてくるなお前」
    「だーってさぁ。仕事となればバズーカだろうがレーザーだろうが、ひょいひょい避けては相手をうすら笑ってる兄貴がだよ?アルフィンの鉄拳だけは避けられないって話だもん。そーゆーのって、かなり笑える話だと自分で気が付かないのかい?」
    そんなリッキーの言葉に、ジョウは一瞬呆けたように目を丸くさせていたが、みるみる赤くなった顔を微妙に俯かせるとむすくれたような表情で言った。
    「…たまに、お前も本気で外に放り出したくなるよな。まったく」
    そっぽを向きながら小さく呟くジョウに、辛抱たまらなくなったリッキーはいよいよ本格的に噴き出した。
    そして、改めて拗ねるように自分を睨みつけるジョウをまじまじと見ては、もう一度盛大に大笑いをしたのであった。





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■1654 / inTopicNo.14)  Re[6]: おクスリ〜J version
□投稿者/ とむ -(2008/01/19(Sat) 21:48:58)
    「…おい」
    ジョウはベッドに凭れ掛かり、軽く肩から力を抜いてリッキーに声をかけた。
    すっかりリラックスした雰囲気に、知らずいつもの皮肉な笑みがその口の端に乗る。
    「うん?」
    バリボリと口いっぱいに菓子を詰め込んだままリッキーがこちらを向く。
    「さっきから何食ってるんだ。ぼろぼろぼろぼろとカスを飛ばしやがって」
    ああこれ?とリッキーは銀の袋を顔の前に翳し、
    「クッキー。前のオフで中華レストランで貰ったヤツさ。あの後、例によって飛び込みの仕事が入っちまっただろ?食うのすっかり忘れてた」
    と笑う。
    いや、俺が聞きたいのは散らかし放題のこの部屋を一体誰が掃除するのかってことなんだが。
    苦笑して心の中で突っ込むものの、とりあえずはそれをスルーすることに決めて再度リッキーに向き直る。
    「それはもう3ヶ月も前の話だろ?一体、どこに突っ込んであったんだソレ」
    「んーーー…。さっき、アルフィンが兄貴んとこからリビングに帰ってきたと思ったら、いきなり掃除を始めてさ。なんだか纏わり付いてる空気が怪しいとは思ってたんだけど」
    …耳の痛い台詞だ。
    眉根をひくつかせ明後日の方向に顔を向ける。
    「どうしたの?って聞いても”うっさいボケ!”としか言わないし。こりゃあ触らぬ神になんとやらで、なるべく刺激しないようにと放っといたら、」
    「………」
    「なんか食器棚を引っ掻き回してる内にコイツが出てきたらしくて、”これ片付けな”って俺らにくれたんだよね」
    コレと持ってきた袋を指差しては、きょろり、とした瞳をこちらに向ける。
    「…片付けろってのは、その場合、ひょっとしなくても”捨てろ”ってことじゃねえのか」
    ジョウはもはや同情というより憐れみに似た思いに駆られながら、溜息のように言葉を返す。
    「んー?そうかな?でも美味いよコレ」
    ジョウの言葉を一向にきにすることなく、相変わらずあっけらかんと話す彼に、ジョウはやれやれと肩を竦めながら小さく首を振った。そして手元に残っていたスープをおもむろに飲み干すと、凭れ掛かっていたベッドに深くその身を預け、今度はゆっくりとそのアンバーの瞳を閉じたのであった。


    ◇ ◇ ◇


    アルフィン手製のコーンスープを飲み干し、一息ついて落ち着いた頃。
    「そーいえばさ」
    リッキーがジョウの額を指差し、
    「どうしたのさソレ?」
    と言った。
    「ん?」
    「おでこ。少し赤くなってるぜ」
    ああ…、そういえば。
    「聞くな。天災というものは、人の都合なんざお構いなしにやってくるものと相場が決まってる」
    ジョウがそう答えると、リッキーはそのどんぐり目をさらに丸くして、暫くしてから「なるほど」と呟いた。
    「兄貴もイロイロ大変ね…」
    憐れむような視線をこちらに向けながら、リッキーはうやうやしく胸の前に十字を切る。そして手近にあったボードを探り、中からバンドエイドを取り出してはジョウに「はいよ」と手渡した。ジョウはそれを受け取ると、少々腫れている額を恐る恐る探りながら、その小さなテープをささやかな傷に貼り付けた。
    「ホントにアノヒトは一度怒るとどうにもこうにも手が負えないからねえ」
    「全くだ。その怒りのポイントと言うものが未だに訳分からん」
    「んーーー。女心はヒジョーに複雑なのよ」
    「フクザツすぎて、たまに宇宙の果てに放り投げたくなるぜ」
    ふぅ、とかなり本気の溜息をつきつつジョウは答える。
    「またまた。そんなこと絶対しないくせに。兄貴、アルフィンにベタ惚れだもんねー」
    「なんじゃソラ。俺のこのツラ見て、よくそういう台詞がでてくるなお前」
    「だーってさぁ。仕事となればバズーカだろうがレーザーだろうが、ひょいひょい避けては相手をうすら笑ってる兄貴がだよ?アルフィンの鉄拳だけは避けられないって話だもん。そーゆーのって、かなり笑える話だと自分で気が付かないのかい?」
    そんなリッキーの言葉に、ジョウは一瞬呆けたように目を丸くさせていたが、みるみる赤くなった顔を微妙に俯かせるとむすくれたような表情で言った。
    「…たまに、お前も本気で外に放り出したくなるよな。まったく」
    そっぽを向きながら小さく呟くジョウに、辛抱たまらなくなったリッキーはいよいよ本格的に噴き出した。
    そして、改めて拗ねるように自分を睨みつけるジョウをまじまじと見ては、もう一度盛大に大笑いをしたのであった。





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■1663 / inTopicNo.15)  Re[7]: おクスリ〜J version
□投稿者/ とむ -(2008/01/25(Fri) 06:45:15)
    「…まあ、でもさ。思いのほか元気そうだし安心したよ」
    それまで凭れかかっていた真っ白い壁からその身を引っぺがし、リッキーはジョウのベッドの横でストレッチに余念がない。右を向いたかと思えば腕を回してぐるぐる。左を見てはぐるぐる。
    ずっと壁際でじっとしてたもんだから、身体が固くなっちまったよ、とかなんとか言いながらえっちらおっちらと身体を伸ばす。リッキーがこの部屋に来てから、そろそろ1時間が経過する模様。
    こいつはまさか、せっかくの休憩時間をだらだらとここで過ごす気だろうか。
    ジョウは少々気の毒な気分になり「お前一体いつまでここにいるつもりだ」とリッキーに声をかけた。
    が。
    「あれ、なにさその言い方。こっちは心配してきてあげてるのに」
    当の本人はジョウの意図するところとは全く別の含みの言葉として受け取ったらしい。
    つくづく言葉ってのはムズカシイ。
    ジョウは読んでいた雑誌を胸元に置いて、改めてリッキーに向き直った。

    「その割には、さっきから見ていればクッキーを食ったり雑誌を読んでただけだろうが。せっかくの休憩時間がなくなるぞ」
    ぺらぺらとお気に入りの選手のインタビュー記事を探しつつ、ジョウはチラリと赤毛の少年を見る。
    「そんなことは気にしなくていーの。アルフィンと喧嘩して、ずっとこの部屋に一人じゃさびしいだろうと思って俺らはここにいるんです。兄貴もホントは寂しがり屋のクセに無理しないの」
    「バカか。そっちこそ、いつまでもこんな所にいるよりも、もっと自分の好きなことに時間を投資しろ。クラッシャーなんて、ほとほとプライベートもクソもない仕事なんだ。このままじゃホントに枯れた10代を送ることになるぞお前」
    「あらま。お言葉ですけど、もともと俺らはちゃんとした使命をもってここに来たわけ。ホントだったらアルフィンが持ってくるはずだったスープを、喧嘩しちゃった二人のために身を捨てて持ってきてやったんじゃん。もしアノヒトがこの部屋にくることになってたら、またしっちゃかめちゃかの内に第二ラウンドがスタートしてたの間違いなしだよ?恋人がいたって、こーいう状態の人もいるんだから俺らの枯れそうな青春の心配なんて必要ないの」


    ぺらぺらと流れ出てくるリッキーの言葉に、ううむと唸ってジョウは黙り込むしかない。
    まったくああ言えばこう言うヤツラばっかりだ。
    口の勝負では勝てる気がしねえ。
    一体いつの間に<ミネルバ>は口から生まれ出たようなヤツラ達に占領されてしまったのか。
    肩を落とし小さく溜息。
    すると、
    「だいたいさ、」
    と、お次は縄跳び運動を始めたらしいリッキーが、ちらりとジョウを意味ありげに見遣った。
    「兄貴は昔っから水臭いんだよ。いろんなことを自分で抱え込んでいっぱいいっぱいになっちまってさ。アルフィンとのことだって、俺らとタロスは”さっさとくっつけよ”って何度思ったかしれないもん。こーいう仕事でチームリーダーなんてしてりゃあ、考えなきゃいけないことはたくさんあるんだろうけどさ、なんつーか、もっとらくーにシフトチェンジすりゃあいいのに、っていつも思ってたよ」





    −−−−−それが出来りゃあ苦労しなかったんだがな。





    リッキーの言葉に僅かに口角を上げたものの、無言のままジョウは再びその体をベッドに預けた。
    アルフィンが船に加わってから最初に勃発したトラブルと言えば、男連中の中に女が入ったために起こるすったもんだだった。
    今思い返せば、あんな騒動はまるっきりマンガである。
    風呂に入った後は必ずドアは開けておけとか、リビングでは絶対に煙草は吸うなとか、使った食器はとにかく忘れずにシンクの中に叩き込めとか、微笑ましくもアホらしい、たわいもないことばかり。今では懐かしくて、皆でリビングに集まるたび酒の肴にするくらいだ。
    しかし、やがてアルフィンが<ミネルバ>の生活に溶け込み始め、彼女への想いがジョウの中で本格的な領土拡大をし始めるにつれ。
    ジョウにとっては二度目の、しかも最大級の悩みどころが降ってきた。



    −−−−こんな泥臭い仕事。
    こんな危険な仕事にアルフィンを引き込んでしまったという悔いがじわりじわりとジョウの胸を突いてきた。
    比較的単純なものでも物資の輸送や要人警護という塩梅だ。もっと面倒なものになると宇宙での危険な作業を伴う老朽化した宇宙ステーションの撤去とか惑星改造などはザラにある。自分にとっては天職と思っているクラッシャーの仕事だが、こんな命を秤にかけるような仕事に果たして自分の大事な人間をつかすことができるものだろうか。もともとピザンの王女という彼女を預かるというだけでも、アラミスではかなりの数の反対意見が出たと聞く。アラミスのピザンへの対面という少々ややこしい問題も関わってこざるを得ない状況で、現クラッシャー評議会議長の息子である自分が、のほほんとアルフィンと付き合うなどとは言語道断だった。

    好意を寄せられたことに嬉しくなかった訳では決してない。
    ただそこには戸惑いや不安、驚き、後ろめたさ、焦燥、そういう余計なものたちが余りに高い配分で配合されていてどうにもこうにも身動きが取れなかった。自分の置かれている状況や男としてアルフィンを守りきりたいと思う男の意地。
    いろんなことがごちゃ混ぜの中、それらを何とか言葉に乗せて「今はまだ無理だ。付き合えない」と告げようと、自分の中のあらゆる引き出しをひっくり返してみるものの上手い言葉は見つからない。破壊的な口下手を自覚している自分のことだ。きっと上手く伝えようとすればするほど地雷を踏む。
    いくら女心に疎くて鈍感なトウヘンボクといえども、好意を持っている相手に対してそんな肝心要のところを間違えない。
    なによりアルフィンを傷つけることだけはしたくない。

    だから仕方なく口を噤むことを選んだだけだ。
    彼女の気持ちを受け入れられないなら、せめてずっとこのままで、と願っていただけだった。
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■1663 / inTopicNo.16)  Re[7]: おクスリ〜J version
□投稿者/ とむ -(2008/01/25(Fri) 06:45:15)
    「…まあ、でもさ。思いのほか元気そうだし安心したよ」
    それまで凭れかかっていた真っ白い壁からその身を引っぺがし、リッキーはジョウのベッドの横でストレッチに余念がない。右を向いたかと思えば腕を回してぐるぐる。左を見てはぐるぐる。
    ずっと壁際でじっとしてたもんだから、身体が固くなっちまったよ、とかなんとか言いながらえっちらおっちらと身体を伸ばす。リッキーがこの部屋に来てから、そろそろ1時間が経過する模様。
    こいつはまさか、せっかくの休憩時間をだらだらとここで過ごす気だろうか。
    ジョウは少々気の毒な気分になり「お前一体いつまでここにいるつもりだ」とリッキーに声をかけた。
    が。
    「あれ、なにさその言い方。こっちは心配してきてあげてるのに」
    当の本人はジョウの意図するところとは全く別の含みの言葉として受け取ったらしい。
    つくづく言葉ってのはムズカシイ。
    ジョウは読んでいた雑誌を胸元に置いて、改めてリッキーに向き直った。

    「その割には、さっきから見ていればクッキーを食ったり雑誌を読んでただけだろうが。せっかくの休憩時間がなくなるぞ」
    ぺらぺらとお気に入りの選手のインタビュー記事を探しつつ、ジョウはチラリと赤毛の少年を見る。
    「そんなことは気にしなくていーの。アルフィンと喧嘩して、ずっとこの部屋に一人じゃさびしいだろうと思って俺らはここにいるんです。兄貴もホントは寂しがり屋のクセに無理しないの」
    「バカか。そっちこそ、いつまでもこんな所にいるよりも、もっと自分の好きなことに時間を投資しろ。クラッシャーなんて、ほとほとプライベートもクソもない仕事なんだ。このままじゃホントに枯れた10代を送ることになるぞお前」
    「あらま。お言葉ですけど、もともと俺らはちゃんとした使命をもってここに来たわけ。ホントだったらアルフィンが持ってくるはずだったスープを、喧嘩しちゃった二人のために身を捨てて持ってきてやったんじゃん。もしアノヒトがこの部屋にくることになってたら、またしっちゃかめちゃかの内に第二ラウンドがスタートしてたの間違いなしだよ?恋人がいたって、こーいう状態の人もいるんだから俺らの枯れそうな青春の心配なんて必要ないの」


    ぺらぺらと流れ出てくるリッキーの言葉に、ううむと唸ってジョウは黙り込むしかない。
    まったくああ言えばこう言うヤツラばっかりだ。
    口の勝負では勝てる気がしねえ。
    一体いつの間に<ミネルバ>は口から生まれ出たようなヤツラ達に占領されてしまったのか。
    肩を落とし小さく溜息。
    すると、
    「だいたいさ、」
    と、お次は縄跳び運動を始めたらしいリッキーが、ちらりとジョウを意味ありげに見遣った。
    「兄貴は昔っから水臭いんだよ。いろんなことを自分で抱え込んでいっぱいいっぱいになっちまってさ。アルフィンとのことだって、俺らとタロスは”さっさとくっつけよ”って何度思ったかしれないもん。こーいう仕事でチームリーダーなんてしてりゃあ、考えなきゃいけないことはたくさんあるんだろうけどさ、なんつーか、もっとらくーにシフトチェンジすりゃあいいのに、っていつも思ってたよ」





    −−−−−それが出来りゃあ苦労しなかったんだがな。





    リッキーの言葉に僅かに口角を上げたものの、無言のままジョウは再びその体をベッドに預けた。
    アルフィンが船に加わってから最初に勃発したトラブルと言えば、男連中の中に女が入ったために起こるすったもんだだった。
    今思い返せば、あんな騒動はまるっきりマンガである。
    風呂に入った後は必ずドアは開けておけとか、リビングでは絶対に煙草は吸うなとか、使った食器はとにかく忘れずにシンクの中に叩き込めとか、微笑ましくもアホらしい、たわいもないことばかり。今では懐かしくて、皆でリビングに集まるたび酒の肴にするくらいだ。
    しかし、やがてアルフィンが<ミネルバ>の生活に溶け込み始め、彼女への想いがジョウの中で本格的な領土拡大をし始めるにつれ。
    ジョウにとっては二度目の、しかも最大級の悩みどころが降ってきた。



    −−−−こんな泥臭い仕事。
    こんな危険な仕事にアルフィンを引き込んでしまったという悔いがじわりじわりとジョウの胸を突いてきた。
    比較的単純なものでも物資の輸送や要人警護という塩梅だ。もっと面倒なものになると宇宙での危険な作業を伴う老朽化した宇宙ステーションの撤去とか惑星改造などはザラにある。自分にとっては天職と思っているクラッシャーの仕事だが、こんな命を秤にかけるような仕事に果たして自分の大事な人間をつかすことができるものだろうか。もともとピザンの王女という彼女を預かるというだけでも、アラミスではかなりの数の反対意見が出たと聞く。アラミスのピザンへの対面という少々ややこしい問題も関わってこざるを得ない状況で、現クラッシャー評議会議長の息子である自分が、のほほんとアルフィンと付き合うなどとは言語道断だった。

    好意を寄せられたことに嬉しくなかった訳では決してない。
    ただそこには戸惑いや不安、驚き、後ろめたさ、焦燥、そういう余計なものたちが余りに高い配分で配合されていてどうにもこうにも身動きが取れなかった。自分の置かれている状況や男としてアルフィンを守りきりたいと思う男の意地。
    いろんなことがごちゃ混ぜの中、それらを何とか言葉に乗せて「今はまだ無理だ。付き合えない」と告げようと、自分の中のあらゆる引き出しをひっくり返してみるものの上手い言葉は見つからない。破壊的な口下手を自覚している自分のことだ。きっと上手く伝えようとすればするほど地雷を踏む。
    いくら女心に疎くて鈍感なトウヘンボクといえども、好意を持っている相手に対してそんな肝心要のところを間違えない。
    なによりアルフィンを傷つけることだけはしたくない。

    だから仕方なく口を噤むことを選んだだけだ。
    彼女の気持ちを受け入れられないなら、せめてずっとこのままで、と願っていただけだった。
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■1667 / inTopicNo.17)  Re[8]: おクスリ〜J version
□投稿者/ とむ -(2008/01/31(Thu) 23:02:11)
    「まぁ…。こっちにもいろいろ都合ってもんがあったからな」
    曖昧に言葉を濁しながら、ジョウは手元の雑誌に改めてその視線を落とす。
    つらつらとただ字面だけをアンバーの瞳で追い−−−が、しばらくするとまたリッキーに向かって顔を上げこう言った。
    「お前にもいろいろ気遣いをさせたけど、まあなんと言うか、あの時は自分でもおかしなスパイラル思考に陥っちまってたんだ。今だったら、自分一人で空回りして雁字搦めになっていただけと分かる。−−−悔しいけどな」
    ほんの少し自嘲気味の笑みをその唇に乗せる。
    今となっては懐かしいような気もする、あのすったもんだの日々。

    が、すかさず。
    「…今とどこが違うのさ」
    天晴れ過ぎる切り替えしに、バッサリと己のカラダが両断される。
    痛すぎて反論することすら忘れてしまうこの有様。
    …心底感服もんだ。どうすりゃあ、こんな口達者になれるのか教えてもらいたい真剣に。
    ほとほとお手上げ状態で、それでも空しい抵抗とばかりにジョウはいつの間にか傍らで佇んでいたリッキーの右腕にデコピンをお見舞いした。予期せぬささやかな攻撃に、いってぇ、と声を上げたリッキーが、腕を庇いながらこちらをきろりと睨んでくる。そして、涙目のまま部屋の奥にあったイスを引っ張り出しては、それをズリズリとベッドの横まで持ってきて、ドカと腰を下ろしてワザとらしく腕をさすりながら言った。

    「…暴力反対」
    「五月蝿い」
    「自分の都合が悪くなるとすぐこうだ」
    「別に都合なんて悪くないが」
    「意地っ張りも大概にしなよ」
    「なんのことやら。それよりお前、こんな所で油売ってる間に、そろそろファイターの修理を上げとけよ。この前、被弾したエンジンの辺りはもうやっつけたのか」
    「あ、きたね。仕事の話を持ち出されちゃ、俺ら太刀打ちできないの分かってるじゃん」
    「太刀打ちできないってのはどういうことだ。まさか、まだやってないとかぬかすんじゃないよな」
    「…やってない」
    「リッキー」
    「なんだよ、せっかく明日から少ないけど貴重なオフだってのに、仕事の話なんて野暮だぜ兄貴」
    「ああ、ちゃんと今日中に上げられたら、まるまる5日のお休みだな。出来なきゃ、ただでさえ少ないオフが更に削られる。ああ気の毒に」
    「…こーいう正論を話す時は、ほんとに強いね兄貴」
    「う・る・せー」
    ジョウが親指を下に向けながら早くやれとジェスチャーする。
    リッキーはそんなジョウをぶうタレながら眺めたが、やがて反撃もここまでと踏み、軽くその肩を竦めた。
    「まあ、いいけどネ。紆余曲折を経てくっついたんだから、せめて仲良くやって欲しいと俺らは願っているだけさ。出来るならば末永く。俺らとタロスの食糧事情改善のためにも是非」
    「なんだそりゃ」
    訳分からんという素振りでジョウがリッキーを振り返る。
    対するリッキーは心底うんざりした顔で小さく呟いた。いかにも迷惑そうに。
    「…アルフィンたらさ、兄貴がいないとめっきり食事当番へのモチベーションが上がらないとか言って、レトルトばっかり食わすんだよ。お陰様にて昨日からというもの、俺らとタロスの腹に入っているのは全部レトルトカレーです。夜はビーフ、朝はチキン。具は変わるけど味は同じ、全部カレー。今万が一、<ミネルバ>が事故にあって俺らが死んだとしたら解剖後の胃の残留物は全てカレーだ。情けないったらありゃしないぜ。兄貴にはちゃんと早起きしてスープなんか作ってやがるくせに、こーいう差別はどうかと思うよ。ほんと困る」
    手間は一緒なんだからこっちにも回してくれたっていいのにさ、とブチブチ文句を言うリッキーに、
    「そりゃ気の毒したな」
    とジョウはニヤリと笑い、可愛らしいほど小さな優越感に浸りながら、コレ片付けろ、とスープの皿を差し出したのだった。


    ◇◇◇◇◇


    「じゃあ、俺らはこの辺で部屋に戻るよ。気分が悪くなったら俺らでもタロスでも声をかけて。アルフィンは今からの時間は当直だから」
    ドンゴにスープ皿を持たせて、ジョウから受け取った体温計を振りながらリッキーはサイドボードにある薬の処方箋を確認する。
    「38℃あるかないかか…。下がったといえば下がってきてるよね」
    「ああ…。体がだいぶ楽になってきた感じだ」
    お陰さまで頭も少し動くようになりました。
    「ちゃんと兄貴は食うもん食ってるから力も戻るよ。もともと基礎体力は常人じゃないもん。…逆に俺らが倒れるかもね…。これ以上、兄貴の回復が遅れると」
    遠い目で真面目に呟くリッキーに、おいおいと言いながらジョウが声をかける。
    「ほんと今回は皆に心配をかけることになって悪かった。お前だって、せっかくの休憩時間がなくなっちまったしな」
    「いいんだってば。もともと何をするって訳でもないんだし。早く兄貴が治ってくれないと、こっちも困るしお互い様なの」
    散々食い散らかして出来た蟻のコロニーも綺麗さっぱり片付けて、リッキーはやり残したことがないかのチェックに余念がない。あちらを見てはOK,こちらを見てはOKと指差し確認をする彼を見て、ジョウは密かに口を緩めた。
    根本的に優しいのだ。
    ああだこうだとからかいはするものの、肝心のところはほっかりと暖かい。
    口が悪かろうと、少々アルフィンとのことに介入しすぎるところはあろうとも、それが全て好意から来るものである事は分かってる。そんな彼だからこそ憎めない。

    そう。
    大事なのは決してアルフィンだけじゃない。
    彼だって。
    この若い口達者のどんぐり眼のエンジニアも、ジョウの中では未来永劫なくしたくない唯一の存在だ。
    本当に、気づかないうちに、いつの間にかに。

    −−−この気持ちを兄弟愛と言うのか師弟愛と言うのか、一体全体どういう括りで呼べばいいのかは分からなかったけれど。
引用投稿 削除キー/
■1667 / inTopicNo.18)  Re[8]: おクスリ〜J version
□投稿者/ とむ -(2008/01/31(Thu) 23:02:11)
    「まぁ…。こっちにもいろいろ都合ってもんがあったからな」
    曖昧に言葉を濁しながら、ジョウは手元の雑誌に改めてその視線を落とす。
    つらつらとただ字面だけをアンバーの瞳で追い−−−が、しばらくするとまたリッキーに向かって顔を上げこう言った。
    「お前にもいろいろ気遣いをさせたけど、まあなんと言うか、あの時は自分でもおかしなスパイラル思考に陥っちまってたんだ。今だったら、自分一人で空回りして雁字搦めになっていただけと分かる。−−−悔しいけどな」
    ほんの少し自嘲気味の笑みをその唇に乗せる。
    今となっては懐かしいような気もする、あのすったもんだの日々。

    が、すかさず。
    「…今とどこが違うのさ」
    天晴れ過ぎる切り替えしに、バッサリと己のカラダが両断される。
    痛すぎて反論することすら忘れてしまうこの有様。
    …心底感服もんだ。どうすりゃあ、こんな口達者になれるのか教えてもらいたい真剣に。
    ほとほとお手上げ状態で、それでも空しい抵抗とばかりにジョウはいつの間にか傍らで佇んでいたリッキーの右腕にデコピンをお見舞いした。予期せぬささやかな攻撃に、いってぇ、と声を上げたリッキーが、腕を庇いながらこちらをきろりと睨んでくる。そして、涙目のまま部屋の奥にあったイスを引っ張り出しては、それをズリズリとベッドの横まで持ってきて、ドカと腰を下ろしてワザとらしく腕をさすりながら言った。

    「…暴力反対」
    「五月蝿い」
    「自分の都合が悪くなるとすぐこうだ」
    「別に都合なんて悪くないが」
    「意地っ張りも大概にしなよ」
    「なんのことやら。それよりお前、こんな所で油売ってる間に、そろそろファイターの修理を上げとけよ。この前、被弾したエンジンの辺りはもうやっつけたのか」
    「あ、きたね。仕事の話を持ち出されちゃ、俺ら太刀打ちできないの分かってるじゃん」
    「太刀打ちできないってのはどういうことだ。まさか、まだやってないとかぬかすんじゃないよな」
    「…やってない」
    「リッキー」
    「なんだよ、せっかく明日から少ないけど貴重なオフだってのに、仕事の話なんて野暮だぜ兄貴」
    「ああ、ちゃんと今日中に上げられたら、まるまる5日のお休みだな。出来なきゃ、ただでさえ少ないオフが更に削られる。ああ気の毒に」
    「…こーいう正論を話す時は、ほんとに強いね兄貴」
    「う・る・せー」
    ジョウが親指を下に向けながら早くやれとジェスチャーする。
    リッキーはそんなジョウをぶうタレながら眺めたが、やがて反撃もここまでと踏み、軽くその肩を竦めた。
    「まあ、いいけどネ。紆余曲折を経てくっついたんだから、せめて仲良くやって欲しいと俺らは願っているだけさ。出来るならば末永く。俺らとタロスの食糧事情改善のためにも是非」
    「なんだそりゃ」
    訳分からんという素振りでジョウがリッキーを振り返る。
    対するリッキーは心底うんざりした顔で小さく呟いた。いかにも迷惑そうに。
    「…アルフィンたらさ、兄貴がいないとめっきり食事当番へのモチベーションが上がらないとか言って、レトルトばっかり食わすんだよ。お陰様にて昨日からというもの、俺らとタロスの腹に入っているのは全部レトルトカレーです。夜はビーフ、朝はチキン。具は変わるけど味は同じ、全部カレー。今万が一、<ミネルバ>が事故にあって俺らが死んだとしたら解剖後の胃の残留物は全てカレーだ。情けないったらありゃしないぜ。兄貴にはちゃんと早起きしてスープなんか作ってやがるくせに、こーいう差別はどうかと思うよ。ほんと困る」
    手間は一緒なんだからこっちにも回してくれたっていいのにさ、とブチブチ文句を言うリッキーに、
    「そりゃ気の毒したな」
    とジョウはニヤリと笑い、可愛らしいほど小さな優越感に浸りながら、コレ片付けろ、とスープの皿を差し出したのだった。


    ◇◇◇◇◇


    「じゃあ、俺らはこの辺で部屋に戻るよ。気分が悪くなったら俺らでもタロスでも声をかけて。アルフィンは今からの時間は当直だから」
    ドンゴにスープ皿を持たせて、ジョウから受け取った体温計を振りながらリッキーはサイドボードにある薬の処方箋を確認する。
    「38℃あるかないかか…。下がったといえば下がってきてるよね」
    「ああ…。体がだいぶ楽になってきた感じだ」
    お陰さまで頭も少し動くようになりました。
    「ちゃんと兄貴は食うもん食ってるから力も戻るよ。もともと基礎体力は常人じゃないもん。…逆に俺らが倒れるかもね…。これ以上、兄貴の回復が遅れると」
    遠い目で真面目に呟くリッキーに、おいおいと言いながらジョウが声をかける。
    「ほんと今回は皆に心配をかけることになって悪かった。お前だって、せっかくの休憩時間がなくなっちまったしな」
    「いいんだってば。もともと何をするって訳でもないんだし。早く兄貴が治ってくれないと、こっちも困るしお互い様なの」
    散々食い散らかして出来た蟻のコロニーも綺麗さっぱり片付けて、リッキーはやり残したことがないかのチェックに余念がない。あちらを見てはOK,こちらを見てはOKと指差し確認をする彼を見て、ジョウは密かに口を緩めた。
    根本的に優しいのだ。
    ああだこうだとからかいはするものの、肝心のところはほっかりと暖かい。
    口が悪かろうと、少々アルフィンとのことに介入しすぎるところはあろうとも、それが全て好意から来るものである事は分かってる。そんな彼だからこそ憎めない。

    そう。
    大事なのは決してアルフィンだけじゃない。
    彼だって。
    この若い口達者のどんぐり眼のエンジニアも、ジョウの中では未来永劫なくしたくない唯一の存在だ。
    本当に、気づかないうちに、いつの間にかに。

    −−−この気持ちを兄弟愛と言うのか師弟愛と言うのか、一体全体どういう括りで呼べばいいのかは分からなかったけれど。
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■1668 / inTopicNo.19)  Re[9]: おクスリ〜J version
□投稿者/ とむ -(2008/02/03(Sun) 17:14:30)
    額にペタリと貼り付けたアイスパックの位置を直し、ジョウはもそもそとした動きでベッドの中にもぐりこんだ。
    時刻は、そろそろ標準時間にして夜の10時を回った頃合か。
    解熱剤を飲んだせいか、今日一日体にまとわりついていたフラフラと浮遊するような感覚は幾分かマシになった。ずっと視界に下りていた薄いベールのような膜が晴れ、眼前に存在するモロモロの物体はくっきりとした輪郭を成している。熱に浮されていた時にはまるで早鐘のように頭の中で響いていた<ミネルバ>の動力音も、今ではそれほど気にはならない。
    メディカル・ルームの白く無機質な天井を見上げて、やっとジョウは一息をついた。


    −−−多分、この調子で朝まで大人しくしていれば、すぐに普段通りに動けるようになるはずだ。いや、普段通りとはいかないまでも皆に己の体調を気取られないような動作は出来る、と思う。

    何と言ってもオフなのだ。

    ここのところ酷使しすぎた肉体を休めるには絶好のチャンスである。
    まずはさっさと<ミネルバ>の入国許可を取り付けて、リザーブしていたホテルに直行すべし。あいにく、全くと言っていい程荷物はまとめられていないが、テキトーにその辺にある衣類を突っ込んでいくことにすれば問題ない。この点についてだけは、煩いのはアルフィンただ一人。おそらく今のままであれば、アルフィンが自分の荷物をチェックしにくることはないだろう。
    いや、来れないと言うべきか。コレを喧嘩と呼ぶのかどうかは分からないが、ここに出向いてきたとしても、先程の勢いじゃお互いにとって楽しいことにはならないことは確実である。ここは、早々にホテルに移動して彼女の機嫌を直すことに全力を注入するべきだろう。
    長い溜息を吐いて、ジョウは改めて真っ白い天井を凝視した。


    −−−−アルフィン


    ベッドの中で両腕を頭の下に敷いた格好のままジョウは天井を睨みつける。
    その頭の中は今再び混乱の中に叩き落され、ランドリーの渦さながらぐるぐると回り始めている。
    何をそんなにぐるぐるしているのかと聞かれれば、原因は夕方のアルフィンの怒りっぷりである。
    ここ何日かのアルフィンの様子。
    先程の自分に向けた言葉の数々。
    今更ながら先程の騒動の流れをつぶさに思い返してみても、あれだけ彼女が怒り狂う理由がジョウにはさっぱり分からなかった。

    初めは冗談だとさえ思っていた。
    病人の自分に向かって少々荒っぽすぎるだろと言いたくなるヘッドロックは、こういう時でもなければなかなか二人きりになれない自分への、キテレツながらもイジラシイじゃれ付きなのかと思ったりもした。だからこそ、さしたる抵抗をすることなく彼女のされるがままに身を預けていたのであるが。
    しかし。
    −−−流石に本気で気道をふさがれそうになった時、ジョウは今自分に振りかかっている状況が、そんな可愛らしくもスウィートな気持ちからきたものじゃあないことを自覚した。

    そりゃそーだ。
    もともと裏表がなく一本気。
    大リーグの投手にたとえれば、ノーヒットノーランをやらかすか大乱調でぼろぼろ負けかのどちらかのタイプだ。人付き合いにおいて裏で何かを計算する性格ではない。良くも悪くも正直者−−−それが、ジョウのアルフィンに抱いている人物評価であった。

    しかし。
    夕方このメディカル・ルームで唇をかみ締めながらクスリの瓶を自分に投げつけてきたアルフィンは。
    あの顔は怒りとは何か違った別の感情を隠しているように見えた。
    眉間にシワをくっきりと刻ませて唇をかみ締めるその姿は、たとえるならば親に叱られた子供が自分の言い分をぶちまけたいのに、それを乗せる言葉が見つからず苦悩する様に似ている。
    ”そんなこと言ったって、パパとママだって僕の気持ちなんて分からないクセに”
    そんな感じである。


    『もういい!もういいから薬を飲んで早く寝なさい!』


    ジョウはアルフィンの台詞を思い出しながら、溜息に乗せながら呟く。
    「…なんだってんだ…」
    そろそろ付き合い始めて1年目。
    いろいろ話し合ってきたと思っていた。自分が心の内をうまく開くことが苦手な分、アルフィンの話を聞きアルフィンの心に沿ってきたつもりだった。
    時には無理を承知で、けんか腰になりながら話し合うこともあったのに。


    それなのに、ここのところあれ程分かりやすいと思っていたアルフィンの気持ちが分からない。どこかしら、すれ違っているように思えて心もとない。
    「…クソ」
    すっかり寝癖のためにぼさぼさに絡まった髪を掻きまわし、ジョウはあぁ…、と力無く呟くしかなかった。


    その時。

    「お取り込み中悪いんだけどさ、」
    てっきり、とっくの昔に出て行ったと思っていたリッキーが、ヒョイとその顔を自分の眼前に突き出してきた。
    「ぉわっ!」
    いきなり回想を寸断され、ジョウは思わず大声を上げて腰を浮かせた。
    そのまま上体を起こし、右腕で体重を支える格好になりリッキーを凝視する。別にやましい事を考えていたわけではないのに、寝起きの場面に踏み込まれたカップルのような気恥ずかしい気持ちになるのはナゼだろう。
    (いや、そもそも未だにそーいう関係にもなっていないのだが)
    動揺しているジョウを、暫くリッキーは無言で見つめていたが、やがてニヤリとしながら
    「…アルフィンならよかった?」
    と言った。
    「バカヤロウ。何言ってんだお前」
    空いている左手で勢いよく拳骨をリッキーの頭にお見舞いする。
    「…てぇ…」
    「なんなんだ。いきなり目の前にそのツラがでてきたら驚くだろうが」
    「ひでえな。ひとつ忘れもんがあったから戻ってきたのに」
    「…忘れもの?」
    「そう。言わなくてもいいかな、とも思ったんだけど、やっぱりさ。…アルフィンもかわいそうだし」
    「−−−アルフィン?」
    意外な名前を出され、ジョウは真剣な顔になってリッキーを見た。


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■1668 / inTopicNo.20)  Re[9]: おクスリ〜J version
□投稿者/ とむ -(2008/02/03(Sun) 17:14:30)
    額にペタリと貼り付けたアイスパックの位置を直し、ジョウはもそもそとした動きでベッドの中にもぐりこんだ。
    時刻は、そろそろ標準時間にして夜の10時を回った頃合か。
    解熱剤を飲んだせいか、今日一日体にまとわりついていたフラフラと浮遊するような感覚は幾分かマシになった。ずっと視界に下りていた薄いベールのような膜が晴れ、眼前に存在するモロモロの物体はくっきりとした輪郭を成している。熱に浮されていた時にはまるで早鐘のように頭の中で響いていた<ミネルバ>の動力音も、今ではそれほど気にはならない。
    メディカル・ルームの白く無機質な天井を見上げて、やっとジョウは一息をついた。


    −−−多分、この調子で朝まで大人しくしていれば、すぐに普段通りに動けるようになるはずだ。いや、普段通りとはいかないまでも皆に己の体調を気取られないような動作は出来る、と思う。

    何と言ってもオフなのだ。

    ここのところ酷使しすぎた肉体を休めるには絶好のチャンスである。
    まずはさっさと<ミネルバ>の入国許可を取り付けて、リザーブしていたホテルに直行すべし。あいにく、全くと言っていい程荷物はまとめられていないが、テキトーにその辺にある衣類を突っ込んでいくことにすれば問題ない。この点についてだけは、煩いのはアルフィンただ一人。おそらく今のままであれば、アルフィンが自分の荷物をチェックしにくることはないだろう。
    いや、来れないと言うべきか。コレを喧嘩と呼ぶのかどうかは分からないが、ここに出向いてきたとしても、先程の勢いじゃお互いにとって楽しいことにはならないことは確実である。ここは、早々にホテルに移動して彼女の機嫌を直すことに全力を注入するべきだろう。
    長い溜息を吐いて、ジョウは改めて真っ白い天井を凝視した。


    −−−−アルフィン


    ベッドの中で両腕を頭の下に敷いた格好のままジョウは天井を睨みつける。
    その頭の中は今再び混乱の中に叩き落され、ランドリーの渦さながらぐるぐると回り始めている。
    何をそんなにぐるぐるしているのかと聞かれれば、原因は夕方のアルフィンの怒りっぷりである。
    ここ何日かのアルフィンの様子。
    先程の自分に向けた言葉の数々。
    今更ながら先程の騒動の流れをつぶさに思い返してみても、あれだけ彼女が怒り狂う理由がジョウにはさっぱり分からなかった。

    初めは冗談だとさえ思っていた。
    病人の自分に向かって少々荒っぽすぎるだろと言いたくなるヘッドロックは、こういう時でもなければなかなか二人きりになれない自分への、キテレツながらもイジラシイじゃれ付きなのかと思ったりもした。だからこそ、さしたる抵抗をすることなく彼女のされるがままに身を預けていたのであるが。
    しかし。
    −−−流石に本気で気道をふさがれそうになった時、ジョウは今自分に振りかかっている状況が、そんな可愛らしくもスウィートな気持ちからきたものじゃあないことを自覚した。

    そりゃそーだ。
    もともと裏表がなく一本気。
    大リーグの投手にたとえれば、ノーヒットノーランをやらかすか大乱調でぼろぼろ負けかのどちらかのタイプだ。人付き合いにおいて裏で何かを計算する性格ではない。良くも悪くも正直者−−−それが、ジョウのアルフィンに抱いている人物評価であった。

    しかし。
    夕方このメディカル・ルームで唇をかみ締めながらクスリの瓶を自分に投げつけてきたアルフィンは。
    あの顔は怒りとは何か違った別の感情を隠しているように見えた。
    眉間にシワをくっきりと刻ませて唇をかみ締めるその姿は、たとえるならば親に叱られた子供が自分の言い分をぶちまけたいのに、それを乗せる言葉が見つからず苦悩する様に似ている。
    ”そんなこと言ったって、パパとママだって僕の気持ちなんて分からないクセに”
    そんな感じである。


    『もういい!もういいから薬を飲んで早く寝なさい!』


    ジョウはアルフィンの台詞を思い出しながら、溜息に乗せながら呟く。
    「…なんだってんだ…」
    そろそろ付き合い始めて1年目。
    いろいろ話し合ってきたと思っていた。自分が心の内をうまく開くことが苦手な分、アルフィンの話を聞きアルフィンの心に沿ってきたつもりだった。
    時には無理を承知で、けんか腰になりながら話し合うこともあったのに。


    それなのに、ここのところあれ程分かりやすいと思っていたアルフィンの気持ちが分からない。どこかしら、すれ違っているように思えて心もとない。
    「…クソ」
    すっかり寝癖のためにぼさぼさに絡まった髪を掻きまわし、ジョウはあぁ…、と力無く呟くしかなかった。


    その時。

    「お取り込み中悪いんだけどさ、」
    てっきり、とっくの昔に出て行ったと思っていたリッキーが、ヒョイとその顔を自分の眼前に突き出してきた。
    「ぉわっ!」
    いきなり回想を寸断され、ジョウは思わず大声を上げて腰を浮かせた。
    そのまま上体を起こし、右腕で体重を支える格好になりリッキーを凝視する。別にやましい事を考えていたわけではないのに、寝起きの場面に踏み込まれたカップルのような気恥ずかしい気持ちになるのはナゼだろう。
    (いや、そもそも未だにそーいう関係にもなっていないのだが)
    動揺しているジョウを、暫くリッキーは無言で見つめていたが、やがてニヤリとしながら
    「…アルフィンならよかった?」
    と言った。
    「バカヤロウ。何言ってんだお前」
    空いている左手で勢いよく拳骨をリッキーの頭にお見舞いする。
    「…てぇ…」
    「なんなんだ。いきなり目の前にそのツラがでてきたら驚くだろうが」
    「ひでえな。ひとつ忘れもんがあったから戻ってきたのに」
    「…忘れもの?」
    「そう。言わなくてもいいかな、とも思ったんだけど、やっぱりさ。…アルフィンもかわいそうだし」
    「−−−アルフィン?」
    意外な名前を出され、ジョウは真剣な顔になってリッキーを見た。


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