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■200 / inTopicNo.1)  Re[26]: A.D.2169
  
□投稿者/ まあじ -(2002/10/04(Fri) 11:33:35)

    さらにミス・・・。
    件数増やして失礼しました。

    ということで「済」を、ぽちっとな。
fin.
引用投稿 削除キー/
■199 / inTopicNo.2)  Re[25]: A.D.2169
□投稿者/ まあじ -(2002/10/04(Fri) 11:32:14)

    涙・・・。
    見直して気づきました。
    <ミネルバ>が駐機した場所は、メンテ用の「ドック」です。
    「ドッグ」だと「犬」・・・。

    あー、ごめんなさい。誤字です。
引用投稿 削除キー/
■198 / inTopicNo.3)  Re[24]: A.D.2169
□投稿者/ まあじ -(2002/10/04(Fri) 11:26:55)

    <あとがき>
    長々とおつきあいくださいまして、ありがとうございました。
    クラッシャーネタで、ちゃんと書き上げたのは今回が初めてです(かな?)。
    原作者の設定が、ほんともう、しっかりされているので、途中から勝手に
    キャラクターが動き始めてくれました(^^;)。

    劇場版ビデオをおさらいで観た時に「ジョウって19才に見えないわあ」と
    思ったのがネタのキッカケです。
    どうせなら、育児もさせてしまえ!とは考えましたが、
    まさか夫婦の危機にまで発展するとは(笑)。

    今後も精進し、さらにこんな長文でもよろしければ、
    また新作を書かせていただきたいと思います。
    ありがとうございました。
fin.
引用投稿 削除キー/
■197 / inTopicNo.4)  Re[23]: A.D.2169
□投稿者/ まあじ -(2002/10/04(Fri) 11:21:02)
     銀河標準時間で1400時間が経過した。
     <ミネルバ>は、第十七惑星メランコリでの護衛任務を終え、とっくにおおいぬ座宙域を去っていた。ワープ飛行を続け、次の仕事先まで3分の1の距離を残したポイントで停泊する。時間調整のためだ。
     丁度その頃、アルフィンからレター映像が届いていた。ブリッジのメインスクリーンいっぱいに、腕白に磨きがかかったジルの姿と、アルフィンの姿が投じられていた。
     この時期の子供の成長は早い。毎日が変化の連続。その意味がありありと伝わってくる。
    「ジルがいると、アルフィンも退屈しなさそうね」
     空間表示立体スクリーンのボックスシートから、ミミーが微笑みながら言った。
    「仕事の疲れも吹っ飛びますな」
     タロスも満足げだ。年齢的にいえば、これくらいの孫がいてもおかしくはない。すでにタロスにとってジルは、もうそういう存在に近い。
     ジョウも優しい眼差しでスクリーンの映像に見入っていた。
    「あら?」
     ジョウの背後でミミーが呟く。
    「どうした」
    「追伸があるみたい。メッセージだったら映像で送れるのにね」
     コンソールのキーを叩くと、メインスクリーンがブラックアウトする。文字がタイピングされた。
     短い。
     しかし衝撃のメッセージだった。
    「うっ?」
    「おおっ!」
    「ほえっ!」
    「まあ!」
     4人それぞれの感嘆が一斉に上がった。
    「こりゃすげえや!」
     タロスがぱちんと指を鳴らす。
    「兄貴って分かりやすいなあ……」
     ジョウの顔面が沸騰したように赤くなる。
    「ミミー! 映像を消せ」
     ジョウが狼狽えながら怒鳴った。
    「やだあ照れちゃって。……うちのリーダーったら可愛いんだから」
    「ちぇっ!」
     ジョウは居たたまれなくなり、副操縦席から立ち上がった。
    「どこへいくんでさあ」
    「放っとけ!」
     ぴりぴりしたオーラを露わにしながら、ブリッジを出ていった。ドアが閉じると、残された3人は肩をそびやかす。実に嬉しそうな顔で。
     ジョウは、足音を必要以上にたてながら一路キッチンへ出向く。そして気持ちを落ち着かせるためにコーヒーを煎れる。しかし手が震えて、粉は飛び散り、熱湯を自分の足にかけてしまう始末だった。
    「私ガ煎レ直シマショウカ。キャハハ」
     キャタピラの音が近づく。
     見かねたドンゴがジョウの元にやってきたのだ。
    「俺に構うな!」
    「キャハ? じょうノ心拍数ニ異常」
    「やかましい!」
     ドンゴのボディを蹴った。案の定、痛みを負ったのはジョウだけだった。あまりの剣幕に、ドンゴは過去のデータから、退散、という最善の答えを弾き出した。
     キッチンに一人残されたジョウは、ゆっくりと息を吐く。そして熱いコーヒーをすすった。強い苦みが、血の上った頭を少しずつ冴えさせていった。
     カップから半分ほどコーヒーが減った頃。
     ようやくジョウの胸にひしひしと喜びが広がった。抑えても、抑えても、口元から笑みがこぼれてしまう。
    「……そっか」
     小さく呟いた。
     追伸で送られてきたメッセージが、鮮やかに脳裏に映し出される。
     “ジョウ、二人目ができたわ”
     その文字から、アルフィンの輝く笑顔までもが浮かんでくるようだった。

    <END>


引用投稿 削除キー/
■196 / inTopicNo.5)  Re[22]: A.D.2169
□投稿者/ まあじ -(2002/10/04(Fri) 11:19:21)
     出発の日。
     ドッグのゲートに直通する送迎フロアに、<ミネルバ>の乗員4人と、ジルを連れたアルフィンがいた。
    「やっぱりアルフィン、顔色良くないよ」
     リッキーが心配そうに訊く。
     アルフィンをアラミスに一人残すのだ。当然の配慮だった。
    「そんなことないわよ」
    「そうかい? まだ兄貴と闘争中ってことはないよね」
    「気づかってくれてありがとう。でも平気。単なる寝不足だから」
     その発言にミミーは気づいた。
     余計なこと訊くものじゃない。そういう意味合いの肘鉄をリッキーの脇腹に入れた。が、痛がるばかりで当のリッキーは分かっていなかった。
    「近くに仕事で来たら、ぜひ寄ってね」
     アルフィンが満面の笑みをこぼす。
    「そんな健気なこと言われたらねえ。……長い休暇が取れればちょくちょく顔を出しますぜ」
     タロスがにやりと笑った。
    「でも今回は残念だったわ。ジルったら、ジョウのこと結局ダディって呼ばなかったし」
    「無理もないさ。たった数日で呼んでもらおうなんて虫が良すぎる」
    「謙虚ね」
     再会の時にはなかった余裕が、ジョウから漂っていた。
    「ジョウ、お名残惜しいですが」
     タロスがクロノメーターに目を落としてあっさりと言い放つ。
     別れ際を少しでも湿っぽくしないためだ。
    「ああ」
     そしてジョウはアルフィンからジルを抱くと、頬に口づけをする。
    「ジル、マムを頼んだぞ」
     ジルは指をくわえたまま、きょとんとしていた。別れを理解するには、まだ幼すぎた。そしてアルフィンの肩を引き寄せると、その唇にも触れた。
    「わわわっ!」
     リッキーが赤面する。
     なにせ人前でジョウがこんなことをするのは、初めてだ。
    「……変わったねえ、兄貴」
    「もう夫婦なんだぜ」
    「夫婦だとさ……」
    「うるさい!」
     やり慣れないジョウは、やはり顔をぐしゃぐしゃに赤く染めた。
     そんな背後で、ミミーがほうとため息をついた。
    「やっぱり、クラッシャーの男は最高ね」
     小さな呟きだったが、リッキーは聞き漏らさなかった。
    「だろ! やっぱミミーは見る目あるぜ」
    「でもリッキーとは限らないかもよ」
    「そりゃ酷いや……」
     5人は笑った。
     ジルもつられて声を上げて笑っていた。
    「……じゃあ、気をつけて」
     アルフィンはしっかりとした口調で別れを告げた。また会えるのだ。哀しい気持ちは一片もない。それに何かあれば、ジョウをすぐに呼び寄せられる。ジョウもそれを望んでいる。この数日でアルフィンは、はっきりとその気持ちを確かめることができた。
    「今度会うまでに、ジルにはタロス、リッキー、ミミーの名前も覚えさせておくわ」
     その言葉に4人は頷いた。
     笑顔を絶やさないまま、クルーはドッグの直通ゲートを抜けていった。
     それからしばらくして。
     銀色に輝く<ミネルバ>が滑走路を駆け抜け、大空へと舞い上がった。送迎フロアの窓から、アルフィンとジルは機影が光点になり、それすらも消えるまで、じっと見送った。


引用投稿 削除キー/
■195 / inTopicNo.6)  Re[21]: A.D.2169
□投稿者/ まあじ -(2002/10/04(Fri) 11:18:36)
     アルフィンはジョウの温もりを感じながら、心がほぐれていくのが分かった。
     そして日々の生活、目先のことにとらわれて、大切なものを置き去りにしたことを痛感する。
     アルフィンにとってはただ一人の男性を、ジョウと決めただけだった。しかしアラミスに降りてから、ジョウがただの男性ではないことを思い知る。
     楽観的ではいられなかった。妻として、母としての責任の重圧。それを果たすだけで精一杯だった。必死だった。
     しかし今ジョウに包まれていると、あがいた日々が慰められていく。ジルは生まれながらにして、クラッシャー稼業の後継者という声も大きい。だが突き詰めれば、愛する人の子であるだけだ。その発端をアルフィンは忘れていた。
     ジルは大切だ。
     しかし、ジルがいるのはジョウがあってこそ初めて叶う。本当はジョウだけを責められない。自分も悪いのだ。アルフィンは申し訳なさと、ジョウを失わずに済んだ安堵から、涙が溢れてきた。
     それをジョウに気づかれないよう、指先でそっと拭った。
     そして残された休暇。
     たった一日の休暇が訪れた。
     ジョウとアルフィンは休む間を惜しむようにして、3人で早々から出かけた。
     ジルの好きなアニマル・パーク、アルフィンの好きなショッピング。ジョウは二人が喜ぶ顔が見られれば何処ででも良かった。初めての家族だけの時間。
     短くとも、幸せに満ちていた。
     そして夜が更けると、ジョウとアルフィンは互いを求め合った。何度も抱き合い、何度も愛し合う。ジルもそれを分かっているのか。実に大人しく立場を弁えていた。
    「……も、もう駄目」
     アルフィンがジョウの身体を両手で拒んだ。ちらりとジョウの視線が、ベッドサイドの置き時計に移った。
    「早いな。明け方まであと4時間しかない」
    「うそ……徹夜するつもりなの?」
    「仕方ないさ。いくら抱いても足りないんだぜ」
     アルフィンの制止を聞かず、ジョウは身体を擦り寄せた。
    「それに明日から、またしばらく会えない」
     寂しげなジョウの言葉。
     アルフィンの胸は、きゅっと苦しくなった。
    「けど……」
    「けどは、もういい」
     アルフィンの形のいい耳を、ジョウは唇で弄んだ。
    「だけどお……」
    「だけども、もういい」
    「ジョウったらあ……」
     結局、アルフィンはジョウの強引さに負けた。本当に朝まで寝かせてくれなかった。白い肌のいたるところに、ジョウの愛した形跡が散らされた。


引用投稿 削除キー/
■194 / inTopicNo.7)  Re[20]: A.D.2169
□投稿者/ まあじ -(2002/10/04(Fri) 11:17:41)
     夜の帳が下り、ジョウとアルフィンはリビングでくつろいだ。
     ソファで、ジョウの隣に座るアルフィンはおしゃべりだった。
     ずっと話せなかったこと、溜まっていたこと。それら全てを吐露するかのように。
     ジョウはアルフィンの話を心地よく聞いていた。だが内容までもが全部入っている訳ではない。アルフィンの声、独特の口調、そして話すときの表情。眺めているだけで楽しい。隣室にジルが寝ているせいで、声を潜めてながらではあるが、充分に互いの気持ちは通じ合っていた。
     何故あんなにもめたのだろう。
     ジョウはアルフィンを見つめながら、目まぐるしかったこの数日を思い返す。随分酷いことを言った。ジョウも本気で傷ついた。昨日までは壊れる寸前まで来ていた。
     しかし今ここで、アルフィンのくるくる変わる表情を眺めていられる。きっとこの先も、こういうことがあるんだろう。ジョウはそんな事をふと考えた。
     だがその後にはきっと、今のように満たされた時間が必ず訪れる。アルフィンとなら、それを信じられる気がした。
    「……んもう、ジョウったら」
    「え?」
    「あたしの話し、全然聞いてないでしょ」
    「聞いてるさ」
    「じゃあ応えてみて。あたしがさっき話したこと」
    「確か……ライナスと初めて会った時の話し、かな」
    「全然聞いてないじゃない。ひどいわ」
     つん、とアルフィンがそっぽを向く。
     ジョウの顔がふっと優しく和らいだ。
    「ひどいのはそっちだぜ」
    「なんでよ」
    「忘れてるだろ。大事なこと」
    「なによ、大事なことって」
     アルフィンは拗ねたまま振り向きもしない。だからジョウは動けた。長い間あの碧眼と離れていたのだ。まだ真正面から見るには、少し、刺激が強すぎる。
     ジョウは背中からアルフィンを抱きすくめた。
     細い肩、シャワー上がりの香り、柔らかな感触。ジョウはその腕により力を込めた。
     あ、とアルフィンの小さな声が聞こえた。震えている。ジョウの腕の中で、アルフィンが身体を固くしているのが分かった。
    「……びっくりするじゃない」
     アルフィンがそろりと、ジョウに向き直した。少し怒ったような、でも嬉しげな、複雑な顔で上目遣いをする。
     たまらなかった。
     アルフィンのその甘い表情が、ジョウの胸を苦しいくらいに締めつける。
    「大事なことって、このこと?」
    「ずるいなアルフィン。そうやって俺をじらして」
    「じらしてなんかないわ。ただ、ジョウはアルコールが入ってるもの。あたしは、素面、だし……」
    「ちょっと今夜は飲ませられないな」
    「少しくらい駄目?」
    「豹変されたら手に負えない」
    「……ひど」
     言い終わらないうちに、その唇をジョウは塞いだ。互いに伝わる、熱い感触。深く、長く、いつまでも堪能していたい思いにジョウはかられた。手のひらに伝う、アルフィンの頬、首筋、胸元の感触。
     よく2年間もこの手触りがない中で生きられた。
     そう芯から思った。
    「……静かにね。ジルが起きちゃうわ」
     ジョウに抱き上げられベッドへ運ばれたアルフィンが、恥ずかしそうに呟いた。
    「自信ないなあ……」
    「それに、ケガにも良くないでしょ」
     アルフィンを組み敷いたジョウは、言葉では応えなかった。愛し合うこと以外に、答えがないからだ。それにジョウはもう止められなかった。
     止めるつもりもなかった。


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■193 / inTopicNo.8)  Re[19]: A.D.2169
□投稿者/ まあじ -(2002/10/03(Thu) 11:48:39)
     ジョウ達が家に辿り着いたのは、もう夕方に近かった。帰りはライナスが自ら、タロス達のエアカーに乗り込んだ。そのライナスも至福の笑みを讃えて、ジョウ達を絶賛した。
     自分は家族を守りきれなかった。だがその悔しさをバネにし、次に守るべきものをつくる勇気を教わった。そう、ライナスは最後に告げた。
     応急処置が効いたせいか、家に着く頃にはジョウもかなり回復していた。もともと鍛え抜かれた肉体である。最低限の休養が加味されれば、調子は元に戻る。
    「庭の穴、もう埋めたんだな」
    「そうよ。だってジルが落ちたりしたらことじゃない」
    「うーん……」
     ジョウは腕の中で眠るジルを見て、続けた。
    「しかし、この程度でピーピー泣いてたら世話ないぜ」
    「そうねえ……」
     アルフィンも人差し指を顎に当て、少し考えた。
    「男の子だもの。もっとアバウトにするわ」
     アルフィンの口調がくだけていた。と同時に神経質さがすっかり消えた。その変わり身の早さにジョウは内心驚く。てっきりまたがみがみと怒られるのかと覚悟はしていた。何がそう変えたのかは、ジョウには見当がつかない。だがアルフィンの、、クラッシャー時代のがさつさが少し垣間見えて可笑しさがこみ上げた。
    「やだ、なんの含み笑い?」
    「気にするな。アバウトにいくんだろ」
    「そうだけど」
     アルフィンは腑に落ちなかった。少し頬を膨らました。
     その仕草もジョウにとっては眩しかった。
     3人は連れ添って家に入った。
     心底ほっとした。
     ジョウはやっとこの家でのくつろぎを見い出せたのだ。安心できる、落ち着ける。室内は何ら変わった所がないというのに、住み慣れた家特有の空気を感じることができた。
     ジョウは寝室へ向かうと、ジルをベビーベッドに寝かしつける。身体が間取りを覚え始めた。
    「……可愛いわよね」
     アルフィンがジョウの隣で、うっとりとした表情で呟く。
    「俺に似たからな」
    「あら、男の子は母親に似る方が幸せになれるのよ」
    「そんなの迷信だ」
    「本当よ!」
     ふと、二人の視線が絡み合った。
     ジョウの鼓動がどくんと力強く打つ。
     アルフィンもそうだった。
    「……ど、どっちでもいいか」
    「……そ、そうよ!どっちもいいのよ」
     もう夫婦だというのに。
     二人は昔のようにどきまぎしながら寝室を出た。
    「ねえ、ドライブスルーで食べちゃったから、あんまりお腹空かないわよね?」
    「そうだな。ビールでも飲りたい気分だ」
    「あーあ。ジョウには全然、あたしの手料理食べてもらえないわね。残念……」
     小首を傾げたせいで、金髪がさらりと揺れた。
     ジョウがいつも胸をときめかせていた、アルフィンの愛らしい仕草だった。
    「まだ時間はあるさ。シャワーでも浴びて、ゆっくりしようぜ」
    「そうね。簡単なもの作るから、お先にどうぞ」
     明らかにアルフィンははしゃいでいる様子だった。懐かしい。いや、今でもその姿をいいと思える。お互いの呼吸が、リズムが、ようやく元に戻った感じだった。


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■192 / inTopicNo.9)  Re[18]: A.D.2169
□投稿者/ まあじ -(2002/10/03(Thu) 11:47:46)
     準備がよかった。
     ジルに細心の注意を払ってきたアルフィンゆえに、エアカーのトランクにはクラッシュパックが入っていた。中身は<ミネルバ>でも使っている救急セット一式である。
     タロス、リッキー、ミミーが、ジョウとジルを連れ帰り、すぐさま応急処置が施された。ジョウが負った痛手はかなり大きい。血染めのシャツから推測すると、800ミリリットルは流血していた。
     傷の消毒、無針注射器で皮膚再生剤と増血剤、さらに抗生物質も投与した。ライナスが持参したデッキチェアが簡易ベッドとなった。
     ジョウとジルが発見されたのを確認すると、ダンは早々に身を引いた。父親がのこのこと出てくることをジョウは嫌う。ダンとて忙しい身だ。息子の意識が戻るまでは待っていられなかった。
     陽が、最も高い位置に達した時。ジョウから呻き声が漏れた。
    「みんな! ジョウが!」
     ずっとそばについていたアルフィンが、ジョウの覚醒を告げた。アルフィンはジルをしっかり胸に抱き、ぴくりと動きはじめた瞼を凝視する。
     全員が顔を揃えた。ライナスもすっかり復活している。
     少し苦しげな息の下から、ジョウはジルの名を呼んだ。その姿に、アルフィンは両手で口元を覆い、碧眼にいっぱいの涙を溜めた。
     ゆっくりと瞼が開いた。まだ少し力の弱い、アンバーな瞳が広がった。
    「……ここは」
     ジョウの第一声を聞き、我慢の頂点に達したアルフィンが大声で泣き出した。ぼんやりとしながらも、ジョウはそれで助かったことを理解する。
    「……死んじまったみたいな泣き方、するな」
    「だって……だって……」
     しゃくり上げながら、アルフィンは顔を両手で覆ってさらに勢いを増して泣く。その姿につられたのか、何故かジルまで泣き出した。
    「お、こいつも感動してやがる」
     タロスが嬉しげに口を挟んだ。
    「……違うな。アルフィンの声に驚いたか、腹が減ったのを思い出したんだろ」
    「分かるんですかい?」
    「分かるさ」
     ミミーが腕時計を見る。
    「あら、ほんとだわ。もうお昼を大分過ぎてる」
    「こいつにはまだ、感動なんて高等な感情はない」
    「……の、わりには嬉しそうですぜ、ジョウ」
     ジョウはのったりと腕を伸ばすと、アルフィンの前髪を掻き上げてやった。唯一ジョウができた、アルフィンへの感情表現だ。
     その懐かしい感触に、アルフィンは少しずつ泣きやんだ。そして素直に今の気持ちを伝える。
    「……ありがとう。本当にありがとう、ジョウ」
     ジョウは口元に小さな笑いを浮かべた。
    「礼はいらん」
    「……けど」
    「当然のことさ」
     父親として。ジョウはその満足感をひしひしと噛みしめていた。守るべきものがあることで、新たに奮い立たされる自信。ジルがアルフィンに宿った時、沸き上がったあの感情。それは今もこうしてジョウの中に脈々と流れていた。
     実感できた、ようやく。
     自分は紛れもなくジルの父親であることを。


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■191 / inTopicNo.10)  Re[17]: A.D.2169
□投稿者/ まあじ -(2002/10/03(Thu) 11:46:24)
     巨木の幹で、ジョウはジルを抱いたまま休んでいた。しかし一睡もしていない。
     薄いシャツから伝わるジルの体温、鼓動、そして安らかな寝息。ジョウの顔が自然とほころんでいった。
     天空を仰ぐと、枝葉の隙間から空の色が変わり始めたのが分かる。まもなく夜が明ける。その色の変化を見渡し、ジョウはどこから朝日が昇るのか把握できた。
    「そろそろ動くか」
     だが身体が軋んだ。背中の皮膚がひきつれ、激痛が走る。
     出血は止まったものの、まだ皮膚の内側はぐずぐずと柔らかい。けれどもジョウにしてみれば、大したことではなかった。ジルの存在が、ジョウの根底から気力をみなぎらせる。
     アルフィンの元へ戻ってみせる。その決意がさらに高ぶった。
    「ジル、マムの所へ帰るぞ」
     巨木に引き寄せておいた蔓を、手でたぐり寄せる。そしてジルを肩に負ったまま、ジョウの片手は蔓を掴み、木のうろなどのでこぼこを足で探りながら下りた。
     ジルの眠りはよほど深いのか。ジョウが歩く揺さぶりにも、一切ぐずることがない。
    「こいつ、いい神経してるぜ」
     小さいながらも、頼もしく思えた。
     しかし30分も歩くと身体が酷く重くなった。大量の出血のせいらしい。
     仕方なくジョウは休み休み進むことにした。もしここでエウーダに襲われたらひとたまりもない。
     しかし元々人間を恐れているエウーダだ。再び現れないことを祈りつつ、神経だけは張り巡らして歩を重ねた。
     4度目の休憩で、ジルが目を覚ます。また空腹らしかった。ジョウは休む時間を返上し、食べられそうなものを探しながら進む。朝露を溜めた大葉が茂っている場所に出た。ジョウはそれを少しずつ口に溜め、ジルに与える。
     自分の乾きは一向に癒えないが、ジルだけなら充分間に合う。
     さすがにめぼしい木の実はもう見つからなかった。とりあえず乾きが潤ったジルは、ぐずることなくジョウに大人しく抱かれている。
     だがいつ暴れ出すか分からない。何せジョウ自身、喉も胃もからからだった。
     かさり、と何かが耳朶を打つ。
     ジョウの神経がきりりと巻き上がった。エウーダかもしれない。
     やはり願いは空しくも届かなかったのか。
     まずは出来るだけ逃げることが先決だ。ジルを隠せる適当な場所もなく、このままで戦う訳にはいかない。簡単にやられるつもりは毛頭ないが、相打ちは考えられる。しかしこんな森の中で、ジョウを失ってはジルも終わりだ。
     走った。
     しかしその足取りは、いつもに比べれば遙かに遅い。身体のキレも鈍い。貧血のツケがこんな時に回ってきてしまった。
     ジョウの緊迫感を感じたせいか。ジルが突然泣き出した。
    「ば、馬鹿……」
     慌ててジョウはジルの口を覆う。
     自分たちの居場所がエウーダに知られてしまうのはまずい。
     しかし遅かった。
     忍ばせるような足音だったのが、明らかに大きくなった。生い茂る雑草をかき分ける音が、だんだん迫ってくる。エウーダのあの長い腕が、ジョウの脳裏に浮かんだ。
     とにかく逃げた。また方向感覚を失うかもしれない。だがここは逃げる方が得策だ。ジョウは音がする方角を背にして無我夢中で走った。
    「-----ジョウ!」
     はたと足が止まった。聞き慣れた低い声。
    「迎えに来ましたぜ! ジョウ!」
     タロスだ。
     するとがっくりと力が抜けた。ジョウを動かしていたのは気力だけだった。
    「こ……こっちだ」
     座り込んだ態勢でジョウは応じた。しかし喉が乾き、嗄れて、大声がうまく出せない。タロス、リッキー、ミミーの声も聞こえた。3人の声が離れていく気がする。遠くなる。
     だがそれはタロス達と行き交っている訳ではない。ジョウの意識が薄れていったのだ。ジルの口元を抑えていた手が、だらりと下がる。そしてそのままジョウは、大地にくたりと倒れる。
     ジルが泣いた。
     異変を感じ、全身を震わせて泣いた。
    「こっちよ! ジルの泣き声!」
     草陰の向こうでミミーが誘導する。
     そしてやっと3人は合流した。
    「兄貴!」
     血染めのシャツにリッキーは目を剥いた。ぐったりと倒れたままのジョウ。そしてジルは泥だらけだが無傷である。
     一目で、ジョウが身体を張ってジルを守ったことが分かった。


引用投稿 削除キー/
■190 / inTopicNo.11)  Re[16]: A.D.2169
□投稿者/ まあじ -(2002/10/03(Thu) 11:45:06)
    「丁度良かった。俺達に援護させてもらえますかい?」
    「いいでしょ? クラッシャーは仲間の危機を最優先するものよ」
    「俺ら猟銃借りてきた。兄貴のチームだと、顔が利いて楽勝だぜ」
     3人が3人とも、一度期にダンに迫った。
    「……止めても無駄だろう」
     タロス達は狂喜乱舞した。
    「ただし、無益に森の生物を殺すのではないぞ」
    「了解!」
     3人の声がぴたりと合った。そしてすぐさま雑木林へと消えていく。
    「相変わらず威勢のいい」
     ダンは見送ったあと、アルフィンに視線を落とした。
    「……お前が自分を責めることはない」
    「でも、あたしが全て……」
    「それは思い上がりだ。ジョウにも果たすべきことがある。一人で抱えることではない」
     アルフィンは見上げたまま、何も応えられなかった。
     するとダンは優しい表情で言葉を続ける。
    「……似ているな」
    「え?」
    「私の妻とだよ。彼女もよく、ジョウのことで自分を責めていた」
     ダンはアルフィンを焚き火の方へと連れ出した。その場に並んで座り、ぽつりぽつりと過去を話した。それは恐らく、息子であるジョウにも話していないことだ。
     気丈ではあったが身体はそれほど強くなかったユリア。ジョウを身ごもったことで民衆を湧かしたこと。ユリアにとってプレッシャーだったこと。そしてダンの場合は、ほとんど身重のユリアを気遣えなかった。時代はクラッシャーの発展期。創始者の一人として、手が抜けない状況にいた。
     そして、ジョウを産み落として半年後。ユリアの死。
    「私が独り者でいれば、妻の人生はもっと長かったと思う」
    「そんな……」
    「今でも悔しく思う日もある。もう孫がいる年になったとしてもだ。……ユリアは賢すぎる女性だった。私に我が儘を言うことを恐れていた。しかし、それは男の器量が狭いということでもある」
    「けど分かります、お義母様の気持ち」
    「ジョウの気持ちは分からんのだろう?」
     一瞬言葉に詰まった。
     少し置いて、ええ、とだけアルフィンは小さく呟いた。
    「あれも私に似て、仕事以外にはとんと疎い。言われなければ分からないことが多すぎる。いや、男とは得てしてそういうものなのかもしれんが」
     ダンが苦笑した。
     その笑顔はやはり、ジョウと重なる。
    「家族のことで、もっとジョウを困らせてやりなさい」
    「そんな……」
     アルフィンは首を横に振る。金髪がたなびくほどに。
    「それはできません。お荷物みたいなこと、あたしには」
    「荷物がある方が、男は踏ん張りが利く」
    「え……」
    「荷物を背負ってこそ、初めて男は自分の足で歩き出せるのだよ。アルフィン、妻となる前は随分とジョウを振り回したらしいじゃないか」
    「そ……それは、あの……」
     青白かった頬に、うっすらと赤みがさした。
    「思い出すだけでもいい。もっと自分に素直に、してもらいたいことは遠慮なく伝える。それに応えるか応えないかは、あれ次第だ」
     アルフィンの瞳に、明かりが射した気がした。
     実際、白々としていた空に、もう朝日が昇り出している。
    「お義父様……」
    「それで駄目な男だったら、お前から捨てるがいい。例え仕事ができたとしても、人間的にはその程度というだけだ」
     アルフィンはくすっと笑う。
     その顔は、赤いクラッシュジャケットをまとっていた頃の、時折見せる愛らしい表情だった。
    「お義父様ったら。息子の嫁に、言っていいのかしらそんなこと」
    「言わなければ分からないことが、世の中には多すぎる。私はユリアを亡くしてから、ようやく気づいた。お前達にはその失敗を、繰り返して欲しくない」
     ダンの重みのある言葉。
     ジョウよりももっと、険しい時代を生き抜いた男の言葉だ。
    「……有り難うございます。お義父様」


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■187 / inTopicNo.12)  Re[15]: A.D.2169
□投稿者/ まあじ -(2002/10/02(Wed) 10:29:22)
     空が白み始めた。朝は冷える。
     毛布を頭からすっぽりと被ったアルフィンの吐息が、少しだけ白味を帯びた。
     ウェルチー湖の湖畔には、警察と機動隊の人間で溢れていた。一般道から入れないようにロープを張られ、3棟の簡易テントが建ち、一晩中火が焚かれている。
     ライナスが通報したためだ。
     タロス、リッキー、ミミーとしては、ありがた迷惑な状況である。警察や機動隊の目がある場所では、指揮は彼らが執る。直感で動くクラッシャーとして、非常にやりづらい。ただまんじりとジョウの帰りを待つしかなかった。
     一睡もしていない。
     ライナスだけは緊張が続いたせいか、日付が変わった頃に倒れた。あの根性ではクラッシャーにはなれない。彼が農学に進んだのも頷けた。
     アルフィンは何も話さなかった。
     ジルを案じ、ジョウを案じ、時折うつむいては嗚咽を漏らす。
     恐らく、自分を責めている。
    「何かしてあげられないかしら」
     焚き火の前で座り込む、ミミーが呟く。アルフィンはジョウが去った場所に、一番近いところで、3人から離れて背を向けて座り込んだままだ。
    「一人にさせてやりなせえ」
     タロスは低い声でそれだけ言った。
     アルフィンの元に、一人の隊員が近づいていくのが3人から見えた。
    「ミセス・アルフィン」
     ゆっくりと顔を向ける。この隊の指揮を執る、ニース隊長だ。口ひげを生やし、腹も迫り出している。しかし顔つきからいえば、まだ40代そこそこだ。
    「あと2時間後に、機動隊が森林へ突入します。ご了承願いたい」
    「それって……」
     状況を静観していたのは、エウーダを下手に暴れさせないためだった。しかしジョウとジルは戻らない。機動隊の結論で、二人は絶望視された。
     せめてその亡骸でも捜索する。そういう意味だった。
    「待って! もう少し待ってください」
    「しかし……」
     ニースは渋った。というより、もう決定は下したのだ。
     そんなもめる二人の元に、一人の影がすぐそばにいた。進入禁止の筈の一般道から、当然のように現れた。そして声が放たれた。
    「そんな物はいらんよ」
     渋いバス。
     アルフィン、タロス、リッキーが声の主に気づいた。細身のスーツをまとい、丁寧に撫でつけられた銀髪。ダン。クラッシャー評議会議長だった。
     ニースはその顔に引きつった。
    「し、しかし……このままでは」
    「大方どこかで道に迷ってるだけだ。発煙筒の1本でも上げてやればいい」
    「ですが、すでに行方を断ってから……」
    「侮っているのかね、クラッシャーを」
     ダンの双眸がニースを射抜く。
    「い、いいえ! とんでもないです!」
    「ならば、このご大層な一個隊を連れて帰るがいい」
     ニースはダンに一蹴された。
     そそくさと場を去ると、アルフィンがそろりと立ち上がった。
    「お義父様」
    「……そんなに疲れた顔をして。少し、休みなさい」
    「ご……ごめんなさい、お義父様。ごめんなさい」
     アルフィンはダンの前で、両手で顔を覆い、泣き伏した。
    「お前が謝ることではないだろう」
    「でも、あたしがいながら、ジルも……ジョウも……」
    「あれが、たかだか巨獣くらいでくたばるものかね」
     アルフィンはそっと手のひらを下ろした。
     涙で濡れた碧眼をダンに向ける。
    「お義父様は、信じていらっしゃるのね」
    「信じる?」
     ふっ、とダンは口元を緩ませた。
    「ジョウは、クラッシャー評議会が特Aクラスに認定した。ただ、それだけのことだ」
    「おやっさん!」
     アルフィンとダンの背後に、タロス達が駆け寄ってきた。


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■186 / inTopicNo.13)  Re[14]: A.D.2169
□投稿者/ まあじ -(2002/10/02(Wed) 10:27:49)
     気が進まない。
     エウーダがジョウの肉体を餌食にしようとも、殺すことは躊躇われた。
     ならば逃げるしかない。
     ジョウは傷ついたエウーダに向かって、気を引きつける。エウーダの子供の鳴き声に気づけば、逃げる獲物であるジルは、この場で一気に片づけられてしまう。
     わざとエウーダに接近した。長い両腕であれば、充分に捕獲できる距離にまで。エウーダは填った。ジョウの身体に掴みかかるよう腕を伸ばす。
     が、ジョウは消えた。
     エウーダの長い腕は、空振りし、自らの身体に巻き付いた。
     ジョウはエウーダの両足の間からすり抜け、瞬時にジルを抱き上げた。
     そのまま逃げる。
     しかしエウーダの片腕がしなった。振り返りざまに。
    「がっ!」
     ジョウの背中を真一文字に、その鋭い爪がばっさりと裂いた。
     ジルを抱えながらジョウは横転する。
    「くっ……」
     傷が深い。
     生暖かいものがどくどくと背中を湿らせていくのが分かる。
     ジョウは歯を食いしばり、身を奮い立たせた。やられる訳にはいかない。満身の力で大地を蹴る。エウーダが追ってきた。ジルを抱いた状態ではもう応戦できない。
     闇雲に走った。わざと大木が密集している方角に向けて。
     巨獣のエウーダは大木が邪魔をして突進しきれない。走った。鼓動が激しくなるごとに、血の滴りが増加する。それでもジョウは足を止めなかった。
     一体、何分間森を彷徨ったのか。
     ぐらりとジョウの身体が倒れた。頭の芯が冷たい。貧血だ。ぬかるんだ大地に突っ伏した。
     荒い息の中で、意識がふうっと遠のきそうになる。
     駄目だ。
     ジョウは気力で引き戻す。背中の激痛がそれを助けた。
     泥だらけになった上体を起こすと、腕の中のジルはまだベソをかいている。だがさっきまでのような泣き方とは違った。止みそうな気がした。
     ジョウは肩で息をしながら天を仰ぐ。陽光が覆うような木々の葉に乱反射し、太陽の位置すら分からない。完全に方向感覚を失った。エウーダからジルを救出したものの、森に迷っては元も子もない。
     気を張り巡らせた。エウーダの気配はない。振り切れたようだった。
     しかしエウーダ以外にも獰猛な動物がいる可能性がある。ふらつく足元でジョウは立ち上がると、手頃な巨木を探した。
     太い幹を何本も生やし、丁度腰を据えられそうな巨木があった。幹までの高さおよそ6メートル。自力で上れなくはない。ジルを抱えてどう昇るか。ジョウは少し考えていた。
    「んま……」
     ジルはすっかり泣きやんだ。両手足をばたつかせて、何かを訴えている。
    「な、なんだよ」
     ジョウは訳が分からず、ただジルを宥めようとした。
     するとジルは、泥にまみれたジョウの指にくらいついたのだ。
    「いってえ!」
     慌てて引き抜いた。
     きれいに生えそろった歯形が、ジョウの指に残った。
    「腹壊すだろ!」
     そこではたと感じた。
     ジョウ自身も喉の渇き、そして空腹を感じていることに。
    「……そっか、腹が減ったのか」
    「まんま……」
     言葉の意味は知らずとも、少しずつジルの意志が読めてきた。とはいっても、こんな場所である。子供の口に合うものがあるのか。ジョウは暴れるジルを抱いたまま、辺りを歩き出した。
     すると運良く、赤い、ピンポン玉大の実が成っている蔓を見つけた。先にジョウが毒味する。固いが、さくさくとした食感で甘い。悪くなさそうだ。
     ジョウはそのひとつをジルに渡す。
     小さな手からすれば、林檎大に見えた。ジルは口を近づけたものの、食べなかった。
    「今はこれしかないんだ。贅沢言うな」
     ジョウはジルの口に、木の実を押し当てる。一向に囓ろうとしない。
     その理由が分かった。口が小さすぎるのだ。
    「まだ、丸齧りできないのか」
     ジョウはジルを地面に降ろすと、しゃがみ込み、目の前で木の実を割ってやった。半分なら随分と囓りやすくなる。しかしこれもジルは受け付けなかった。噛む仕草は見せても、そこで終わりである。
     ベソをかきだした。
     目の前に食べ物があるのに、食べられないもどかしさから。
     ジョウは、母親に世話をされたことがない。どうやって子供に食事を与えるのか、さっぱり分からないのだ。だが、無理にでも食べさせなければジルの体力が落ちる。いつ助かるかは不明だ。ジョウは思案した。どうすればジルは食べてくれるのかと。
    「あ……」
     ひとつ浮かんだ。
     たぶん木の実が固いのだ。あれだけの歯形を残せるからと、見落としていた。ジョウは手にある木の実を口に入れ、噛み砕く。ジルを引き寄せると口移しで与えてみた。
    「……ん」
     食べた。
     ジルの喉を木の実が伝うのが分かった。
     ジョウの全身に、嬉しさがこみ上げた。
    「まんま」
     ジルがジョウにせがんだ。
     これでいい。そう確信できた。
    「よし、待ってろよ」
     ジョウはありったけの木の実を摘むと、あぐらをかき、ジルを膝に座らせた。少しずつ、噛み砕いては与え、噛み砕いては与え。それを繰り返してやった。
     ジルの機嫌がよくなった。
     声を上げて笑うようになる。
    「調子いい奴め……」
     ジョウは悪態をつきながらも、ジルの世話が楽しくなってきた。愛おしいという思うが、涸れた大地に降り注ぐ雨のように。ジョウの胸を急激に満たしていくのだった。


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■185 / inTopicNo.14)  Re[13]: A.D.2169
□投稿者/ まあじ -(2002/10/02(Wed) 10:26:51)
     ピグミー大学の、森林再生技術は実に素晴らしい。伸びきった大木、生い茂る雑草、じっとりと湿り気を含んだぬかるむ大地。このジャングルがかつて火山地帯だとは、誰も想像しないだろう。
     だがその有り難い技術は、今のジョウにとっては厄介だった。
     ジル救出に動き出してから、もう2時間は経つ。
     エウーダの気配、鳴き声が、時折ジョウの耳朶を打った。どんどん森の奥へと向かっているのが分かる。ただ、木々に反響していまひとつ確かな方角が分からない。
     しかし右往左往しながらも、ジョウの足は確実にエウーダへと向かっていた。研ぎ澄まされた感覚が、じりじりと標的を追いつめていく。
    「……!」
     ふいに聞こえた。微かだが間違いない。
     ジルの泣き声だ。
    「いいぞ!」
     やはりジルはエウーダに捕らえられていた。
     大人達が話しに白熱している間、ジルは好奇心にくすぐられて、ふらりと雑木林に足を踏み入れた。奥へ、そのまた奥へ。降り注ぐ陽光が遮られ、辺りは薄暗いというのに。ジルは怯える様子もなく、どんどん歩を進めていった。
     そこで出くわした。丸一週間、腹を空かせたままのエウーダに。エウーダはジルを捕らえたものの、その場で食いちぎることをしなかった。理由はただひとつ。住処で子供達が待っている。エウーダの母性による強硬手段だった。
     ジルを追うジョウは、そんなことを知るよしもなかった。
     ただ一心にジルを救う。それだけだ。
     そしてジルの鳴き声が徐々に大きく届いてくる。近い。ジョウは右手に掴んだ電磁メスに、スイッチをいれた。身構えながら大股で歩を進めていく。
     行く手を阻んでいた大木が、突然途切れた。丸い緑の絨毯を敷いたような場所。左方には山肌が見える。洞窟になっていた。ジルの鳴き声の発信源はそこだ。
     まずい。ジョウは直感した。ここがエウーダの住処だ。ジルが獲物にされるのも時間の問題となる。ジョウは賭けた。洞窟に飛び込み、騒ぎ立てた。
    「エウーダ!」
     人間の声を発することで、危機感を与える。邪魔者がいる場所では、ゆっくりと獲物をはむことはできない。
     ぎい。
     応えた。ジョウは洞窟の外に誘い出すことにする。暗闇では明らかにこっちが不利だ。手当たり次第に岩の欠片を洞窟へと投げ込む。いくつかはエウーダにヒットした。感触でそれが分かる。
    「さあ! 出てこいよ」
     緑の絨毯のど真ん中で、ジョウは洞窟を凝視する。
     来る。
     空気が動き、獣特有の匂いが辺りに広がりだした。
     尖った2つの頭部が、四つん這いになって出てくる。それぞれの頭部にある単眼が、真っ赤に染まっていた。学識がなくても分かる。エウーダは興奮状態にあった。
     立ち上がる。3メートルどころではなかった。目測でタロスの2倍。かなりの大物である。
     ジョウの背中に冷たいものが走った。
     だらりと下がった腕の先には、鍬のように長い爪。片腕ずつに6本。あの鋭い爪先では、柔らかなジルの肌などひと突きにできる。
    「俺の方が、獲物としちゃでかいぜ」
     極限の飢餓状態から、エウーダは人間への恐怖を忘れていた。別の獲物が自らかかってきた。そう本能がエウーダをそそのかす。
     ぎいいいいいい。
     ガラスを掻くような嫌な鳴き声に変わった。長い腕がしなる。ジョウは背後に跳び去った。鼻先で空を切る。遠心力で腕が伸びる仕組みらしい。
     難しい。懐に飛び込むタイミングを読みづらい。電磁メスでは接戦しか戦術がない。
    「ちっ!」
     凶器である両腕をエウーダが振り回し始めた。ジョウはそれを間髪で避ける。エウーダが疲れるまで粘るか。それとも一気に始末にかかるか。ジョウはエウーダの攻撃をかわしながら錯綜する。
     エウーダの腕が巨木に当たる。一瞬にして内層までえぐられた。飛び道具として、ジョウは足場に転がる岩の欠片を次々と投げつける。ダメージにはならないが、完全に気をジョウに向けさせることにはなる。洞窟へ逃げ込むことだけは、決してできない。
     だがエウーダはわずかに知能があった。ジョウの飛び道具から、新たなことを学んだ。ごろりと石塊を両手で捕まえる。ジョウの頭より三回りも大きい。それを投げた。
    「痛っ!」
     大木に当たり石塊が砕け散る。直撃でなくても、その破片が四方に散らばりジョウに命中する。怪力の成せる業だ。この攻撃に味をしめ、エウーダは片っ端から投げつけた。
    「くそったれ!」
     ジョウは苦戦した。
     しかし、それが功を奏す。辺りに石塊がなくなると、エウーダは探す挙動を見せた。ふとした瞬間、背中をジョウに見せる。チャンスだ。電磁メスの刃を下に持ち替え、両手で握り締める。屈んだエウーダの背に頭上から振り下ろした。
     ぎいいいいいいい!
     跳ねとばされた。背中からジョウは大地に叩きつけられる。電磁メスは離さなかった。見れば、エウーダの左肩の付け根から、緑色の血が溢れた。
     致命傷ではない。しかし怯ませるには充分な痛手だ。
     身をよじりながら、エウーダはジョウに接近してくる。あとはのど笛だ。懐に飛び込み、一気に勝負をつける。
     が、それができなかった。
     エウーダの太い足の間から、何かが動いているのが見えた。
     洞窟から這い出たジルだ。背後から、ジルと大きさの変わらない小さなエウーダが二匹。きいきい泣きながら追っている。
    「まー!まー!」
     ジルはアルフィンを呼んでいた。
     そしてエウーダが親子であることにジョウは気づいた。


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■184 / inTopicNo.15)  Re[12]: A.D.2169
□投稿者/ まあじ -(2002/10/02(Wed) 10:25:43)
    「ジル!」
     切迫したアルフィンの声。白い肌が蒼白になった。2才になる子供は好奇心の塊だ。ライナスにも恐怖が去来する。3才の娘が遊覧船から落ちたのも、好奇心を野放しにしたせいだ。
    「さ、探そう!」
     がくがくとした口調で、ライナスは号令をかけた。だが湖畔の周りは、短い草が生い茂るだけで視界は拓けている。一望しても、湖に異変はない。
    「……森だ」
     タロスとアルフィンの背景に広がる雑木林。そこにジョウは目をつけた。
     すると。
     ぎい、という音が微かに耳朶を打った。
     木の幹が擦れ合うような音。林の奥から聞こえてくる。
    「ま……まさか」
     ライナスがへたりと座り込んだ。その音に聞き覚えがあるらしい。
    「こ、こんな所まで下りているのか……」
    「あれは何だ!」
     ジョウの声が跳ねた。
    「……エウーダだ」
     平均身長3メートルにも及ぶ巨獣だ。2つの尖った頭から、がっしりとした下肢にかけて、裾広がりの体躯をしている。全身を長い灰色の毛が多い、二足歩行をする。本来は山奥に生息する動物で、気性は穏やかだ。しかし繁殖期や飢餓が伴うと豹変する。
     雑食で、昆虫や果実を好んで食べる。しかし今年は、ピグミー大学でも話題になっているが、産物の収穫が落ちた。野鳥や猿が下山しているという報告もあった。しかしエウーダは人間を恐れる動物でもある。人里に下りてくることは、学識上ではありえない。
     だが目の前で、あり得ない筈の現実が起こった。
    「エウーダはあまり鳴かない……。な、鳴くのは気が立っている証拠だ」
    「も、もしかして」
     リッキーがへたり込んだライナスを抱え上げた。
    「ジルを獲物と間違えた可能性がある……」
    「冗談じゃねえや!」
     タロスは左腕の機銃を使う素振りを見せ、森へ突き進もうとした。
    「待て!」
     ジョウが制止する。
    「もしそうなら下手に撃つとジルに当たる。ライフルじゃなけりゃ駄目だ」
    「しかし……」
    「騒ぎ立ててより興奮させてもまずい」
    「くっ!」
     タロスは大地を蹴った。地表がえぐられる。
    「俺が行く。こいつで何とか仕留めるさ」
     ジーンズのポケットから電磁メスを出した。民間人として滞在する間は、原則として武器を所持できない。電磁メスはぎりぎり護身用にと認められていた。
    「エウーダがどう出てくるか分からん。リッキーとミミーは、武器になるものを調達してこい。タロス達は撤収作業をしながら待機だ」
    「待ってくれ!」
     ライナスの声だ。
    「凶暴化したエウーダに、ナイフ1本で挑むのは無理だ!それに鳴き声は遠ざかっている。山奥なんかに引き込まれたら、エウーダの思う壺だ。忘れるな!奴は雑食だ!」
     ジョウはにやりと笑う。
    「待つのは俺の性分に合わない。可能性はゼロじゃないんだ。まあ、見ててくれ」
     そしてジョウは雑木林へと突進する。
    「ジョウ!」
     アルフィンの声だ。
    「お願い!ジルを!」
     ジョウは振り向きざまに、親指を立てた。
     緑深い雑木林に、ジョウの背中は消えていった。


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■181 / inTopicNo.16)  Re[11]: A.D.2169
□投稿者/ まあじ -(2002/10/01(Tue) 10:22:35)
    「僕は、そんな決断を訊くために話した訳じゃない」
    「同じことさ」
     ジョウは両手を広げ、大袈裟に肩をそびやかす。
    「子供ができた責任を取るのと、家庭を築くことは違う。俺が甘かった」
    「あなた達の間で、ジルはきっかけになった筈だ。そんな言い方はアルフィンが哀れすぎる」
    「最低だ。そう罵ってもいいぜ」
    「ジョウ!」
     ライナスは掴みかかろうとした。
     しかし背後から、聞き慣れた声がそれを遮断する。
    「……ほんと、最低ね」
     ジョウとライナスは、ほぼ同時に身体を翻した。アルフィンが戻っていた。タロスはジルを肩車から降ろすと、じっとジョウを凝視する。
    「いけねえぜ、ジョウ。やけになるのも大概にしなせえ……」
     えらく低い声だ。
     もう引き返せなくなった。ジョウは努めて笑顔をつくり、アルフィンに近寄った。
    「気づいてるだろアルフィンも。俺より、ライナスの方が分かり合える」
    「……そうね」
     アルフィンも受けて立った。
     そういう感じだ。
    「だけどあたしは、ジルをそんな風に思ったことはないわ。一度も」
    「無理しなくていいぜ。お互い弾みだったんだ。認めた方がずっと楽になれる」
    「それはジョウだけでしょう?」
     アルフィンの表情は、哀しみより、怒りが色濃かった。
    「今でもはっきり覚えてる。ジルを授かった時の嬉しかった気持ち。ジョウにとっては責任でしかなかったなんてね、初めて知ったわ……」
     アルフィンの語尾が震えていた。
     ジョウも確かに覚えている。両の頬を染めて、少しおどおどした様子で打ち明けられた日のことを。そのいじらしさ、愛らしさに、力一杯抱きしめた。
     だがあれは一種の感傷と思うしかない。でなければ、今の情けない自分を説明できないでいた。
    「せめてもの償いだ。何でも注文してくれていいぜ。俺を一生奴隷に扱ってもな」
    「……馬鹿じゃない?」
    「どうせそうさ」
    「馬鹿馬鹿しくて、涙も出てこないわ」
    「今気づいたのが幸いだったな」
     ジョウはさらに一歩踏む出す。
     そしてアルフィンに向かい、諦め顔で続けた。
    「ジルはまだ、俺のことなんか分かっちゃいない。ラッキーだぜ。今ならライナスを親父に……」
     ジョウの言葉が途切れた。
     アルフィンの平手が、ジョウの頬を激しく打った。
    「……ってえ」
     ジョウはぐいと拳で頬を拭う。
     湖畔がしんと静まりかえった。
     するとリッキーとミミーが遅れて戻ってきた。立ち尽くしたまま身じろぎもしない、4人の姿を捕らえる。慌てて駆け寄った。
    「一体どうしたのさ」
     リッキーが口出しした。向かい側にいるタロスが、ぎりっと歯を剥き出す。怪物のような顔が、一層険しくなった。うっ、とリッキーは息を飲む。
     相当に緊迫した状況。それだけ分かれば充分だった。
    「ジョウ……」
     アルフィンが押し殺すように静寂を切った。
    「あたし達、離れていた時間や距離が、問題だった訳じゃないのね。最初から食い違ってた。そういうことでしょ?」
    「そういうことなんだろ」
     可能性がゼロでなければ、何でもできる。ジョウはそう思っていた。だが家庭は仕事ではない。及第点に満たなければ、ゼロと同じなのだ。そのことをジョウは痛感した。
    「ちょ、ちょっと待って!」
     ミミーが話に割ってきた。
    「邪魔しちゃ駄目だ、ミミー」
     リッキーが制する。ミミーはその手をはねのけた。
    「違うの! ……ジルはどこ?」
     えっ。全員の口から漏れた。
     辺りを見渡す。いない。ジルの姿が忽然と消えていた。


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■180 / inTopicNo.17)  Re[10]: A.D.2169
□投稿者/ まあじ -(2002/10/01(Tue) 10:21:20)
     唐突すぎて、ジョウはライナスの横顔を見る。
    「家族旅行のリゾート惑星で。水難事故でした。遊覧船から娘が誤って落ち、それを助けようとした妻。僕も海に飛び込みました。……でも、助けられませんでした。そして昨日がその一周忌でした」
     まだ話すには生々しいのか。
     ライナスは時折苦悶の色を顔に浮かべた。
    「自暴自棄になりましてね。もちろん後追いも。そんな時にアル……いえ、奥さんが」
    「……アルフィンでいい」
     ジョウなりの気遣いだった。
     ライナスがジョウの方に振り向く。反射的にジョウはそっぽを向いた。
     だがライナスはふっと微笑み、言を継いだ。
    「……アルフィンは妻との知り合いでした。残された僕を案じてね、よくジルを連れて励ましにきてくれたんです。つまり単なる、それ以来のつき合いなんですよ」
     誤解を解きたい。ライナスの気持ちが、ジョウにも届いた。
    「それなら……」
    「なんですか?」
    「それならアルフィンも隠さず話せばいいんだ。変に勿体ぶりやがって」
    「違いますよ。僕に気を遣ってくれたんです。……本当に、心優しい女性です」
     ライナスの言葉をまんま信じれば、ジョウのわだかまりはひとつ消えることになる。伝わったが、受け入れた訳ではない。
     ライナスは真面目すぎる。それがまた新たな不安として、ジョウの胸をざわつかせる。
     夫や父親というのは、こういう人間が適している。そんな考えが浮かんだからだった。
    「あなたは、アラミスでどれほど有名か自覚してますか」
     いきなり話が跳んだ。
    「……さあてね。所詮親父の七光りだろう」
     ライナスは大きくかぶりを振った。
    「随分と無関心、いえ呑気というか……」
     ライナスはこちらを向こうともしないジョウに、姿勢を正す。
    「赤の他人までもが、あなたの二世誕生を心待ちにする。そういう存在なんですよ、あなたは。そのプレッシャーを少し、想像してみてくれませんか」
    「想像しろと言ったって……」
     想像がつかない。
     自然と口ごもってしまう。
    「アルフィンは、たった一人でそれに耐えてきました。ジルが生まれる前も、その後も」
     <ミネルバ>での生活。それは与えられた任務を遂行し、気心の知れた仲間とだけの生活。最善を尽くした数々の結果が、名声へと姿をかえてもジョウ達が関知することではない。
     煩わしい称賛や、周囲からの勝手な尊敬。<ミネルバ>にいれば完全にシャットアウトできた。自由でいられた。そういう時間はジョウにとって欠かすことができない。
     その点アラミスは、気楽だが、少し息が詰まる。昨夜も適当に入ったバーだというのに、すぐタロスに見つけられてしまった。
     しかし宇宙へ戻れば、この絡みつく視線からも解放されるのだ。
     ジョウにはそんな逃げ場があった。
     だがアルフィンはそれすら失っている。
    「あなたが生まれた時は、相当の出来事だったらしい。なにせ創始者の一人、クラッシャーダンの息子なんですから」
    「くだらんな……」
    「とは言え、当時の民衆は酔いしれたようです。そして事件が起きた。これは一部で囁かれていたことですが、ユリアさんの産後の肥立ちが悪かったのは、そのストレスらしいと……」
    「なんだって……」
     ジョウにとっては初めて耳にする内容だ。
     ようやく、ライナスの顔をジョウはまともに見た。ライナスはジョウの視線をしっかり捕まえて、ゆっくりと言を継ぐ。
    「その悲劇を繰り返さないために、ジルの誕生はとても自重されてました。でも、消えた訳ではない。見えないプレッシャーはありました。アルフィンはそんな環境で、あなたの子を育てているんです。……少し神経質なのも理解してやれませんか」
     ジョウは何も応えなかった。
     いや、言えなくなっていた。
     ジョウの脳裏に蘇る、アルフィンから<ミネルバ>に送られてきたレター映像。変わらずの明るさ、変わらずの気丈さ。それを全面に映し出していた。あたし達は元気よジョウ。何も心配しないで。ジルがいれば千人力だわ。アルフィンから送られてきた、数々のメッセージ。
     鵜呑みにしていた。
     隠されていた本音を、何一つ見抜いてやれなかった。
     そしてアラミスに戻った、この数日の自分はどうだろう。家から逃げ、酒に逃げ、アルフィンやジルからも逃げていた。
     情けない。
     もっと自分を叱咤したくとも、それ以外の言葉も浮かばない。どうしようもないな、俺は。自嘲気味に、ジョウの口元に嗤いがつくられた。
     ライナスは隣で、じっと出方を待っていた。ややあって、ジョウは大きく息を吐く。苦笑を浮かべ、ライナスと向き合った。
    「……よく分かったよ、おかげですっきりした。礼を言う」
    「分かっていただけたんですか、アルフィンのことを」
     ライナスの白い歯がこぼれる。
     安堵。そういう表情だった。
    「ああ」
     ジョウはゆっくりと立ち上がった。
    「今回は思い知った。俺がとんだ役不足だってことがさ」
    「あなたが悪いという訳でもないんです」
    「いや……」
     ジョウはかぶりを振る。
    「失格さ。潔く身を引いた方がよさそうだ」
     ライナスの顔色が一変した。慌てて立ち上がる。
    「ちょ、ちょっと待ってください! 勘違いもいいところだ」
     ライナスの声が、静かな湖畔に響き渡った。


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■179 / inTopicNo.18)  Re[9]: A.D.2169
□投稿者/ まあじ -(2002/10/01(Tue) 10:20:03)
     その日は朝から快晴だった。
     アルフィンのエアカーには、ジルとライナスが同乗する。ピグミー大学へ立ち寄り、ライナスとバーベキューセットをピックアップしたためだ。
     行き先はアラミス中心地より、片道三時間はかかるウェルチー湖。いわゆるカルデラ湖だ。火山岩に囲まれているどころか、周りは鬱蒼とした森林が再生している。
     この再生技術は、50年前にピグミー大学が研究テーマとして着手した結果だ。殺伐とした大地さえも、バイオ技術によって見事に豊かさを吹き返した。
    「ああ、自然に帰ってきたって感じ」
     レンタルのエアカーで久しぶりの長距離ドライブだった。ミミーはうんと伸びをして、深呼吸をする。空気が異常においしかった。
     ウェルチー湖を提案したのはライナスだった。理由は訊かずとも、何故ここを選んだのかは誰もが分かる気がした。とても開放的になれる。心が大きくなる。そして再生した森に包まれていると、生まれ変われる気さえする。
    「さ、ランチの準備は僕に任せて。みなさんは適当に散策でも楽しんでください」
     ライナスはアウトドアに関しても得意分野であった。
    「甘えちゃっていいのかい?」
     リッキーが訊く。
    「みなさんの休暇をお手伝いできる。こんなに喜ばしいことありませんよ」
    「じゃあランチ期待してるぜ!」
     親指を立てたリッキーは、ミミーを連れて湖畔沿いを歩き出した。
    「ジョウとアルフィンも、出かけてきなせえ」
     タロスが促した。
     アルフィンは少しもじもじしながら、ジルを抱く。タロスと話し合ったあと一晩考えた。ジョウときちんと向き合わなければと。
     それはジョウも同じだった。だからこそ、ライナス同伴という状況でもついてきた。
     しかし。
     ジョウの心は定まらなかった。頭では分かっていても、思うように自分を動かすことができない。今アルフィンとジルの3人だけになって、一体何を話せばいいのか。まったく懐かないジルを抱くことすら怖い。そしてアルフィンの本音を聞くのも怖かった。
    「いや、俺は残る」
    「ジョウ……」
     タロスの声には、呆れの色が混じっていた。
    「俺に構わんでくれ」
     さらに念を押した。
     タロスとしては首根っこを捕まえてでも、アルフィンとの時間をつくってやりたかった。だが、今無理をしても逆効果かもしれない。そう読んだ。
     そして折角勇気を奮い立たせたアルフィンといえば、ジョウのその言葉で意気消沈していた。
     初っぱなからつまづいてしまった。
    「じゃあ、あっしとそこらをうろつきましょう」
     タロスはアルフィンからジルを抱き上げる。
     肩車をしてやった。ジルは2メートルを超える初めての視界に、興奮気味に喜んだ。
    「おっ、恐がりもしねえ。……こりゃクラッシャーの血ですぜ」
     そしてアルフィン共々、その場から離れていった。
     残されたのは、バーベキューの準備をするライナスと、黙ったまま湖畔に腰を下ろすジョウだけだ。至近距離にいながらも、互いに一言も会話をしない。端から見たら異様な光景だった。
     ところが、その沈黙も30分と続かなかった。
     準備を終えたライナスが、ジョウの隣に突然腰を下ろしたのである。ジョウは驚いた。そして身体の位置を無意識のうちに少しずらす。
    「こんな爽やかな場所で、無愛想は似合いませんよ」
    「……悪かったな」
    「でもまあ、原因は僕にあるんでしょう」
     ライナスはいきなりど真ん中を突いてきた。
    「実は僕、1年前に妻と3才の娘を亡くしました」
    「え……」


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■178 / inTopicNo.19)  Re[8]: A.D.2169
□投稿者/ まあじ -(2002/10/01(Tue) 10:19:00)
    「ええ……。でも」
     アルフィンはタロスから視線を外す。
    「ジョウにはタロス達がいるわ。けどジルを最終的に守るのは、母親のあたしだけ。どうしてもジルに気持ちが傾いちゃうわね。ジョウはそこも、面白くないんでしょうけど……」
     アルフィンはカップを指でもてあそぶ。
    「久しぶりに会って思ったの。ジョウはジョウのままなんだって。心が父親になりきれてないの。……昨日のことも、そう。ジルがアートフラッシュをおもちゃにして、危ないところだった。けどそれはこっちの不注意なの。ジルは分からずにやってることなんだから」
     タロスはじっとアルフィンの言葉を聞き入る。
     両眼を閉じて。
    「ジョウが変わってないのは、一緒に生活していないから。仕方のない事よ。でも分かっていても、凄くもどかしいの。<ミネルバ>にいた頃の、阿吽の呼吸でいられないの。今のジョウにはいちいち説明が必要だわ。それがこんなに、しんどいなんてね」
    「確かに、手間はいりますな」
    「だからと言って、ジョウをアラミスに縛り付けることはできないわ。あの人は生粋のクラッシャーだもの。それに銀河系全土は、ジョウを待ってる」
    「どうすりゃいいんでしょうな。あたしも答えが出ませんぜ」
    「あるわ、答えは。……ひとつだけ」
     アルフィンは大きく息をつく。
    「ジョウとあたし達、それぞれの人生を歩むことよ」
     タロスの双眸が見開いた。
    「でも、それはしたくないの。できれば、ううん、できる限り」
     アルフィンは頬に両手をあて、軽くかぶりを振った。
     考えたくもない。そういう仕草に見えた。
    「それは、ジョウも同じでさあ」
     タロスの大きな手が、ぽんとアルフィンの肩を叩いた。
     お互い堂々巡りなのだ。それだけはタロスにも分かった。そしてもうひとつ収穫があった。ジョウの心の襞に引っかかっていた、ピグミー大学の助教授は無関係だと。
     しかしそれをタロスの口から伝えたとしても、ジョウが素直に信じるとは思えない。すべてにおいて、自分の目で、感覚で、物事を判断するジョウだ。一番必要なのはやはり、2人がじっくりと互いの気持ちをさらけ出す時間だ。
     そこでタロスは一計を案じた。
    「明日、アルフィンの都合はどうですかい」
    「あたしは、特別ないわ」
    「でしたら久しぶりに仲間とどこかへ出かけやしょう。ついでと言っちゃなんですが、その、大学助教授も誘ってくれますかい?」
    「……ライナスを?」
     アルフィンの碧眼が見開く。
    「もしかして、そのこともジョウは愚痴ってた?」
    「ゼロとは言いませんが」
    「ね、いちいち説明することが多いでしょ。そんなんじゃないのに……」
    「だからといって、このままとはいかねえでさあ。ジルの情操教育にも悪影響ですぜ」
    「悪影響?」
    「両親の仲違いってのは、子供にとって一番よくない」
    「……そうね」
     しばらく考えて、アルフィンは頷いた。
     そしてすぐさまリビングから離れると、キッチンの傍らにある電話に出向く。
     思い立った後の行動が早い。
     もうライナスとのアポイントメントがとれたのだった。
    「でも、ジョウが来るかしら」
    「なあに、任せてくだせえ」
    「それに今日、帰ってくるかも分からないわ」
    「どこにいようが、すぐ見つかる。なにせここはアラミスだ。ジョウを知らねえ奴はいねえ」
    「……そうね」
     アルフィンは力無く頷いた。
     そして夜。
     やはりジョウは帰宅しなかった。
     タロスの言った通り、居所はすぐに判明したらしい。そして明日は連れて行くとの連絡が、アルフィンに入った。


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■177 / inTopicNo.20)  Re[7]: A.D.2169
□投稿者/ まあじ -(2002/10/01(Tue) 10:17:57)
     夕日が沈みかけている頃、アルフィンはエアカーを駆って家に戻った。ジルは助手席で静かな寝息を立てている。
     すると家の前の通りから、人影が現れた。
     はっとアルフィンが振り向く。ジョウかと思った。
     だが違う。巨漢のタロスがレンタルのエアカーから降りてきた。
    「お帰りなせえ」
    「もしかして、待たせたかしら」
    「いや、あちこちブラブラしながらでさあ。ここら辺はドライブするだけでも爽快なんで」
    「……どうぞ、入って」
     タロスが単身でわざわざ出向く。
     遊びに、という空気でない。アルフィンも察していた。
     ジルを寝室のベビーベッドに寝かしつけたあと、アルフィンは手早くコーヒーを煎れ、リビングのテーブルを挟んでタロスと向き合った。
     タロスはしげしげと室内を見回る。その目を細め、にやりと笑った。
    「さすがは元王女だ。こだわりのある、いい部屋だ」
    「王女でなくても、これくらいはできるわ」
     笑った。
     だがその微笑みはすぐに消えた。
    「……ジョウ、昨日の夜は大分荒れたんじゃない」
     早速アルフィンから切り出した。
     察しているのなら話は早い。だからタロスも包み隠さず、ジョウの様子を語った。アルフィンとどう接すればいいのか。少し混乱してやけになっていることなど。
     本当はジョウ自身の言葉で、アルフィンに伝えることが大事なのだが。それを待っていては、あっという間に休暇は終わってしまう。
     そしてアルフィンも自分の気持ちを語った。タロスの感想で言えば、まるっきりジョウと同じ悩みを抱えている様子だった。
    「今では信じられないの。自分も、危険なクラッシャーをやってたなんて」
    「かなり派手にバズーカもぶっ放してましたな」
     タロスが愉快そうに笑う。
     アルフィンもつられて笑った。そしてまた真顔に戻る。
    「地上に降りて2年も経つと、宇宙生活の日々がとても怖く感じるわ。これも、魂が引力に引かれたってことかしら」
    「ま、人間の誕生はそこからですからねえ。悪いこっちゃないと思いますが」
    「価値観が、違ってきちゃったんだと思うの……」
     タロスは当初、アルフィンと話し合い、必要とあらば説得しようと考えていた。だが、それは諦めた。齢を重ねただけの老人の言葉で、納められる出来事とは思えない。そう判断した。
     そしてアルフィンの様子から、昔のある出来事をふと思い出す。
    「ひとつ野暮な話、いいですかい?」
    「ええ。なにかしら」
    「実は昔、惚れた女がおりやしてね。クラッシャー時代のバードと競ったんでさあ」
    「初耳だわ」
     アルフィンは興味深げに身を乗り出した。
    「その女の父親が、交換条件を持ち出しましてね。あっしとバード、クラッシャーを辞めた方になら娘を託すと」
     タロスは少し照れくさくなったのか。
     アルフィンの背後に移る、窓ガラスの景色に目線を移した。
    「最初、女の父親を恨みましたねえ。……なんてクソ条件を出しやがるんだ、と」
    「男性にとって一生の仕事は、天秤に乗せることもできないそうね」
     ジョウもそういう男だ。
     アルフィンも重々承知している。
    「しかし今になって、ようやくその言葉の意味が分かりましたぜ。最初は単純に、大事な娘を守りきれねえ男にゃ、任せれねえってことかと思ってやした」
    「……何が分かったの?」
     タロスはコーヒーを一口含む。
     そしてゆっくりと言を継いだ。
    「女の父親は、同じ男として俺達のことも考えてくれてた。そういうことです」
    「意味がよく分からないわ」
    「……ジョウを見て、それが分かりやした」
     タロスは何度も頷いた。今はもう会うこともない、ケイの父親の顔を思い浮かべながら。
     家族と離れて、命を張った仕事を続ける。守りの姿勢からくる恐怖、そばにいられないもどかしさ、焦り、疎外感。これらをたっぷり味わうことになる。そして宇宙生活者と地上人との間に生まれる、どうしようもない溝。
     タロスは真剣にケイを愛していた。その真っ直ぐさを見抜いた父親だからこそ、その後に待ち受ける事態も簡単に想像ができたのだろう。
     そしてジョウとアルフィンは、まさにその渦中にいる。
    「世間様で言やあ、結婚てのは2人の人間を一組にくくる。しかし、クラッシャーはそうはいかねえ。離ればなれの生活が常だ。頼りになりたい時、肝心な相手はそばにいない。逆に孤独でしょうな」
     アルフィンはじっとタロスの言葉に耳を傾ける。
    「子供ができりゃあ、生活圏の違う父親と母親。ギャップも広がるってもんでしょう」
    「親子より、上司と部下の絆の方が強いわ。義父さまとジョウも……」
    「因果な稼業でさあ、クラッシャーってのは」
     タロスは両の腕を組んで黙した。
     そしてアルフィンがこちらを振り向くのを待つ。少し踏み入ったことを訊くためだ。
     やがて、アルフィンの瞳をとらえた。
    「……まだ、ジョウへの気持ちはありますかい?」
     説得はできなくとも、確認だけはしておきたかった。


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