| 落ち着いたか? 彼はじっと正面からあたしを見据えながら声をかけてきた。慰めるわけでもなく宥めるわけでもなく、ただあたしの正面で静かにこちらを見下ろしている。まるで王宮にいた頃、芝生の庭で小さな虫を観察していた時の自分の姿のようだったので、ちょっとムッとしながら「見ないで」と言ったら、小さくフンと笑われたような気がした。本当は睨んでやろうかと思った。でも、それもなんだか子供じみている気がして、悔しいからそのままにしておいた。 怖がっていたなんて思われたくない。ほんとは逃げ出したかったなんて知られたくない。なにより後悔しているかも、なんてとんでもない誤解もされたくなかった。
でも。 「これ落ちてたぜ。大事なものだろ?」 彼の大きな掌には耳に付けていたはずのパールピアスが一つ乗っていて、あたしは一瞬しゃくり上げるのを忘れてしまった。 一体いつの間に。
お母様、お母様、大事な贈り物を落としてしまってごめんなさい。大事な贈り物を付けたままこんなところにいてごめんなさい。ずっと長いこと帰らないままでごめんなさい。親不孝ばかりしているかもしれないあたしを許して。
つい俯いて無言のままピアスに見入っていたあたしに「いいんだぜ。そろそろこの辺でクラッシャーに見切りをつけてピザンに帰っても」とタロスが言う。「こんなへっぽこの仕事で音を上げているようじゃ見込みがねえ。おまけに仕事場までこんな耳飾をちゃらちゃら付けてくるなんざ論外だ。心配しなくてもジョウには俺から言ってやる。心おきなくお家に帰りな」 まるで畳み掛けるような台詞に、つい頭に血が上った。 「冗談じゃないわよ。それ返して!」 顔を高潮させながらピアスをタロスからひったくる。そして二度と失くさないようにと、クラッシュジャケットのファスナーにそっとしまい込んだ。 そして、 「そっちこそ余計なお世話よ。こんな失敗の一つや二つ、どうってことないんだから。あたしの不始末はあたしがきっちり始末をつける。庇ってなんか頂かなくて全然結構。そんなことより、いつまでもこんなところでグズグズしてていいの?タロスこそ、その大きな体を的にされないようにせいぜい気をつけなさいよ」 と、吐き捨てるように言い放って後ろを向いた。
ああ、我ながら可愛くないって思うけど。 もっと素直にならなきゃとも思うけど。 だってしょうがないじゃない、これがあたしだもの。誰になんと言われようとあたしはあたしの道を行くしかない。後悔しても納得だけは出来るように生きたいの。だから、絶対みんなについていく。置いてけぼりになんてされたりするもんか。 暫くそんなあたしをタロスは黙って見てたけど、「…ああ、そうかい」と言いながら小さく笑った。まぁせいぜい頑張りな。そう呟いて、そのままガトリング砲を開いて敵の様子を確認する。
と。 「…そういや、パールってのはな」 「…なに」 「海の中の栄養ばかりじゃなく、ゴミとかくずとか汚ねえものまでたんまり吸い込んじまったアコヤ貝が、自分の体液でそれらを一つに纏めて、長い時間をかけてぴかぴかに磨き上げた結晶なんだぜ」 「…え?」 「知ってたか?」 「………」 「そうだってよ」 「………」 なんの抑揚もない声だ。 なんの感情も込められていないような声だった。 あたしはその声に驚いて顔を上げる。 するとそこでは、もうこちらを振り返ろうともしないタロスが「ジョウだ。援護するぞ」と走り出すところだった。
あれから何年たったのかしら。 あたしの耳には今日もパールが揺れている。 涼やかに、軽やかに揺れて、あたしの心を軽くする。
今でもたまに思い出す、あれはまだあたしが少女だった遠い日の思い出。
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