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■1739 / inTopicNo.1)  Runners
  
□投稿者/ MIO -(2008/10/22(Wed) 19:41:47)
    「…おい、いい加減にしろ」
     ダンの不機嫌そうな文句が、より一層タロスの腹を捩らせた。
     先ほどから笑い続けて、タロス本人ですら苦しくて止めたいと思うのだが、息絶え絶えになりながらも壊れたおもちゃのようにばか笑いは止まってくれなかった。
     その、原因は。
    「この星は、ヘリウムが多いんだ。誰でもこうなる。薬を飲むまで、どうにもならないんだよ」
     平静を保っているようだが、やはりいつもに比べてその語気は弱かった。ダン自身も、内心は気恥ずかしいのだろう。
     当たり前である。
     自分の声が、ドナルド・ダックのような甲高い声色に変質してしまっているのだから…。
     ヘリウムガスを吸って遊ぶおもちゃがあると知ってはいるが、その手のお遊びから一番遠そうなダンがドナルド声で喋るなど、タロスにとっては青天の霹靂であった。
     無論自分の声も変質しているのだが、そんなことは棚上げでタロスの腹筋は盛んに波打つ。
     ちっ、と吐き捨てさっさと歩くダンの背中に、ぜぇぜぇ言いながらタロスが縋った。
    「ま、待ってくれよ、おやっさん。置いてかねえでくれってば」


     ダンと出会い、家出どころか地球を飛び出してしまった12歳の少年タロスは、15歳となっていた。
     惑星改造やデブリ回収など、様々な仕事を数多くこなし、ダンとタロスは名実共に『相棒』となっていた。
     悪童として名を馳せていた少年は、その年齢では考えられぬ程世知に長けており、また、機械類の操縦に天賦の才能があったため、下手な成人より余程役に立った。
     基本的な技術の催眠学習を受けただけで宇宙船の操縦をもマスターしてしまい、ものの半年も経たないうちに、ダンが安心して操縦桿を握らせる程の腕前に成長したのである。
     アステロイドベルトなどの複雑な航路もタロスは、むしろ嬉々として操縦し、また、パイロットに必要とされる長時間に渡る緊張に耐え得るタフネスさを心身共に備えていた。
     しかし勿論、順調なことばかりではなかった。
     命のやり取りなども既に幾つも経験し、瀕死の重傷を負ったこともある。風土病に冒され、重篤な事態に陥ったこともあった。
     けれどタロスは、自分が宇宙に出たことを一度たりとも後悔したことが無かった。
     無限の世界を翔べること、極度の緊張を伴う仕事を達成する充実感、心底尊敬出来る相棒から信頼される喜び、それら全てがタロスを魅了して止まないからだ。
     それだけで彼は満足しきっていた。他に欲しいものなど、思い付かなかった。
     この星に、来るまでは――。


     牡牛座宙域にある惑星ゴルテュンは、改造度2まで進んだ星である。
     新たな開発計画が始動し、その一端を担う為ダン達はこの星にやって来た。一番最初の改造にダンも加わっていたという縁で、今回も声が掛かったのだ。
     気候が安定したのを見計らい、クライアントが植物層の充実を依頼して来た。
     地球に本拠地がある研究機関が発明した、魔法のように速く成長する植物の種を、空中から大陸全域に渡って散布するのが今回ダン達に依頼された仕事であった。
     芽吹けば僅か一年程で大木となり、しかも世代交代したあとは地球のそれと変わらぬ成長速度になるという、ラボの説明書を読んでもその理屈が想像つかぬ代物である。
     だが、そんなことは知ったことではない。
     自分達のやるべき仕事、所定の位置への種の散布という依頼をきっちりこなすことだけが、ダンとタロスにとって重要であった。
    「すげー量だなあ」
     巨大な倉庫にぎっちりと積み上げられたコンテナの数々を見上げ、タロスは思わず声を上げてしまった。その声がまだドナルド声なので、ハッとして苦い顔となる。
    「ここにあるだけで千個だ。船に積めるのは、この大きさなら一回に付き10個だな」
     説明するダンもまた同じく愉快な声なので、気が抜けること夥しいが、二人きりでもあるし、筆談などは更に間抜けなのでやむを得まい。気を取り直し、意識を仕事に集中させる。
    「天候に左右されるから、早めに予定を組むぞ」
     タロスがぐっと頷く。
     気候が安定したとは言え、あくまでもそれは惑星規模での話である。温暖化の懸念が叫ばれていた頃の地球と同程度、いや、もっと脅威的な気象に見舞われるかも知れないのが、産声を上げたばかりの惑星の現実だ。
     その中での仕事である。予定を立てても、スムーズに行くとは限らない。
     タロスがダンと一緒に行動するようになって以降、類似の仕事を幾つか経験していた。
     荒れ狂う気候のせいで、船を飛ばすことすら叶わぬ日々が続き、どう計算しても期日までに仕事が終わらぬであろうと思っていた案件もあった。
     同じ仕事を請け負っていた同業者の意見も概ね同じで、三か月の予定が上手く行って最低二月は延びると、皆諦め顔であった。
     そして業者連中は互いに連携を取り、クライアントに対して延長された日々への、更なる支払いを求める交渉に入った。
     待機中の経費も馬鹿にならないと知っているタロスは、彼らの意見に頷いたものである。
     しかし、ダンは違った。
     団体交渉の話には一切耳を貸さず、ただひたすら仕事をすることを選んだのだ。
     夜間であろうが明け方であろうが、天候が少しでも穏やかになると素早く船を飛ばし、積み荷をどんどん片付けて行った。
     乗組員の疲労などを勘案すれば、一日平均二回が限度の飛行を、五回も六回も敢行する日もあった。
     無論、タロスも一緒である。
     腹から信じている相手がそう決めたのだからとタロスに不満は無かったが、疑問は感じていたのでダンに尋ねてみた。
    「何で、皆と同じようにしないんだ?」と。
     その時のダンの言葉は、今でも鮮明にタロスの胸に残っている。
    「俺達は安定した身分の会社員じゃない。ぐずぐず言ってる間に見限られ、他の奴が後釜に座るのがオチだ。四の五の言ってる暇があったら、仕事をこなすことに全力を注ぐだけさ。それに、受けた仕事が期日までに終了しないと困るのは、俺達業者側も同じことだ。仮に今回の延長分を支払って貰ったところで、全く関係の無い、次に予定してる別のクライアントからの仕事がずれることには変わらない。となると、信用されなくなる恐れがある。下手したら、仕事そのものをキャンセルされる可能性だって十分ある。俺達みたいな、うさん臭い何でも屋がそれでも食って行かれるのは、開拓期のどさくさだからだ。だからと言って、今この時期にいい加減な仕事をしてみろ。やがて開拓が落ち着いた頃には、すっかり忘れ去られちまう。そん時どうする。名前を変えて、他人の振りでもして仕事を探すか? 俺はごめんだぜ。てめえの名前を隠して生きるような恥ずかしい真似だけは、絶対にしたくねえ。あいつなら、あいつらなら信用出来る。いい加減なことは絶対しねえからと、仕事を託されたい。そのためには、多少だろうが沢山だろうが、無茶も無理もするさ。お前はそう思わねえか、タロス」
     この言葉は、タロスにとっても終生忘れることのない『仕事』というものに対する心構えとして、刻まれたのだっだ。


     段取りの最終確認をするというダンを船に残し、タロスは買い出しに出た。
     ごく初期の入植は済んでいるので、宇宙港周辺には辛うじて町と呼べる規模の賑わいがあった。
     食糧の手配を済ませた後は、雑貨の買い出しだ。
     医薬品や嗜好品、その他生活に必要な様々な物品購入もタロスの仕事である。
     買い出しメモを確認しながら、タロスは先ほどダンが言っていた『薬』も忘れずに買っておかねばと肝に銘じていた。
     声が変質するだけなので実際のところ特段の支障はないのだが、大の男達がわあわあドナルド声で喋るなど、情けないにも程がある。
     ダンがあの声で喋ることで、(薬を服用している)他の輩に笑われるのだけは勘弁ならない。面子に関わるというものだ。無論それはタロス自身にも言える話だが、まずはダンの面子だ。
     目に付いた雑貨屋に入り、酒や煙草、その他諸々を籠に放り込む。男性用避妊具もあったので、そういや切れてたなと二つ三つ買う事にした。
     件の薬とやらは棚に見当たらなかったので、店員に尋ねた。
     元気よく跳ねた赤毛の細っこい少年店員は、レジの下から小さな箱を幾つか取り出した。
    「こっちの赤いのが、1錠で半日、青いのが丸一日。効き目の長い方が高いよ」
     そう、ドナルド声でタロスに説明した。
     ん?と、タロスは訝しむ。なるべく低い声で尋ねた。
    「あんたは、薬飲んでないのか?」
     住人は気にしないのだろうか。この間抜けな状態を。
    「金掛かっからね。別に不自由ないし」
    「ふうん。そんなもんかい」
     俺はごめんだぜとタロスは金を払ったその場で薬を服用し、店を後にした。
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■1740 / inTopicNo.2)  Re[1]: Runners
□投稿者/ MIO -(2008/10/22(Wed) 20:08:22)
     仕事は、幸いなことに順調に捗った。
     好天に恵まれ、予定されていた以上のスピードで進んでいた。
    「魔法だな、こりゃ」 
     一月前に種を散布した大地上空を愛機イカロスで飛んでいる最中、タロスはボソリと呟いた。
     以前は荒涼と茶色かった大地に、うっすらと緑色の絨毯が敷かれているのが見えたからだ。
     ダンがその後に被せる。
    「植物だけじゃない。これが終わったら投入される予定の微生物や動物達にも、成長促進剤が打たれている。そうでなきゃ、テラフォーミングなんて実現しないからな」
     本来ならば数十年、数百年はかかる話を、人間の叡智は一足飛びに実現させていた。
     そして勿論、無茶をさせた報いとして自然に逆襲されることも、ままある話であった。
     地質によっては恐ろしい動植物の畸形を生み出し、ようやく形作られた人間社会に牙を向くこともある。
     しかしそれでも、人類にもう後戻りは許されない。
     人口爆発、イデオロギーのぶつかりあい等によるテロの多発、宗教戦争、人種差別、環境劣化と、ありとあらゆる問題解決を地球から脱出することに活路を見出した人類は、もう決して後戻りは出来ないのだ。
     乏しくなった資源を奪い合って殺し合うより、新天地でやり直す。老人となった地球に鞭打つよりも、赤児の未来に賭けてみよう。
     惑星開拓はこうした気運が高まり、進歩した科学技術の後押しもあって実現したのだ。
     移住先の星でそれぞれに苦難はあるが、それに立ち向かうのは住民達の宿命だ。ある程度のお膳立てが整ったあとは、外部の手を借りることはあっても、主力の開拓者はその国家の住民である。
     その覚悟がなければ国は滅びるしかなく、また、国家を名乗る資格も無い。
     人類黎明期と同様、宇宙世紀初頭の現在もまた生きることが厳しく、しかしだからこその夢があり、やり甲斐があった。
     覚悟を決めた者にとっては、今はそういう時代であった----。


    「イカロスのダンて、あんたか」
     季節労働者で賑わう食堂でダンとタロスが食事を摂っていた時、そう声をかけて来た男がいた。
     年の頃はダンと同じくらい、しかし男前なダンに比べると随分むさ苦しい、四角い顔の厳つい男であった。
    「そうだが。あんたは」
    「俺はガルラホフカのエギルだ。よろしく」
     男は、この頃の主流である自分の船名を看板にした自己紹介をしながら、ダンに右手を差し出した。
    (舌噛みそうな船名だな)
     しかし、賢明にもタロスはその感想を口にはしなかった。相手が喧嘩を売って来るまでは、その対応はリーダーたるダンの采配だと弁えている。
     せっかちなのか、エギルはいきなり用件を切り出した。
    「あんた、フランドル社の植物散布を一手に引き受けてるんだよな。おれはその散布が終わったらサトウ・ラボラトリの微生物散布を行うことになってるんだが、明後日にもそのコンテナが入港するんだ。で、相談なんだが...」
     どうやら純粋に仕事の話らしいと判り、タロスはエギルに席を譲ってやった。
    「おやっさん、俺、先に船に戻りやすんで」
     年若いことを舐められぬよう、タロスはそんな男臭くざっかけない口調を他人の前でわざわざ使う。
     後にこれがすっかり彼の癖となるのだが、今はまだ意識して使っている最中だ。
     なので、まだどこか板についていなかった。
    「すまねえな、兄ちゃん」
     席を譲って貰った礼を言うエギルという男も、多分にそれを見透かしたような、何やら面白がる顔となった。
     馬鹿にされたのかとタロスは顔色を変えたが、ダンの一瞥で抑えられた。
    「帰りがけにビールを頼む」
     強い口調でそう言うダンに、しぶしぶ頷くしかなかった。

    「お前はどうも、喧嘩っぱやくていけねえ」
     日頃から、ダンにはそう窘められていた。
    「必要な時に臆病な奴は話にもならねえが、そうしょっちゅう誰にでも噛み付くのは単なるガキだ。いい加減、それを理解しろ」
     ダンの理屈は判るし、表面上は言うことを聞くが、だからと言ってまだまだ腹から納得出来ぬ年頃であった。
     見掛けも技能も立派で、本人もつい忘れがちだが、何と言ってもタロスはまだ15歳の思春期真っ盛りの少年だ。当然と言えば、当然の話であった。
     くさくさした気分を持て余しながら、タロスはそれでもダンの言い付け通り、ビールを買う為に雑貨屋へ行った。
     そこへ。
    「どろぼーーーっっ!」
     店から男が飛び出し、その後を店員が追って来た。先日のドナルド声の店員だ。
     二人の後ろから、タロスはダッシュした。
     そして易々と追い着く。
     逃げる男の襟首をガシッと捕まえ、地面に引き倒した。もがく男の胸と首に膝を乗り上げ、ぎっちりと体重をかけて捕獲する。
     その鮮やかさ、圧倒的な力の差に、男は毒っ気を抜かれたように抵抗をやめた。
    「助かったよ! 有難う!」
     嬉々として叫んだ店員は、男のポケットからジャーキーやチョコクッキーを取り返した。
     その品々を見て、タロスが呆れ顔になる。
     男は、見ればなかなかに立派なスペースジャケットを着ていて、髪もこざっぱりと刈り上げている。僅か4、5百クレジットが払えぬとも思えない風体だ。
    「へへ、すんません。つい出来心で...」
     卑屈に詫びる男の呼気は、アルコール臭かった。ばかっと、タロスがその顔を殴る。
    「セコい真似してんじゃねーよ」
     警察に突き出すかとタロスが尋ねたところ、店員は首を横に振った。
    「いいよ、どうせこいつ出稼ぎだし。万引き程度じゃ、お廻りもろくな対処しやしないよ」
     そう言いながら、しかし店員の眼は物騒に光った。
     いつの間にか手にしていたナイフを男の頬にピタピタと当てて、凄む。
    「流れ者の軽犯罪をうやむやにする代わり、この辺のお廻りは住民の暴行にも寛大でね。1リットル程度の血が流れても気にしやしないんだよ。...お前、今度うちの周りをうろつくんなら、輸血を覚悟しとくんだな」
     思いも掛けぬ啖呵に、タロスはヒューと口笛を吹いた。


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■1741 / inTopicNo.3)  Re[2]: Runners
□投稿者/ MIO -(2008/10/23(Thu) 20:56:17)
    「なかなか、やるじゃねえか」
     万引き男を(鼻血を吹かせてから)放免してやったあと、ビールを買いに店に入ったタロスは、自分より頭二つは小さい小柄な店員にそう伝えた。尤も、タロスの身長は既に190cmを越えているので、小柄とは、あくまでもタロス視点での話である。
     それでも華奢であることには間違いない赤毛の少年店員は、誉められてもひょいと肩を竦めるクールさでいなした。
    「こんな土地だからね。最低限の自己防衛は必要なんだよ」
     そりゃそうだと同意しながら、タロスはビールを買った。
     支払いを済ませた後、その買い物袋に先ほど奪い返したジャーキーなどを店員は入れてしまった。
    「おい?」
    「お礼。捕まえてくれたから」
    「...別に、そんなつもりじゃなかったのによ」
     感謝を素直に受け取れず、タロスは渋った。
     ニカリと、店員が白い歯を見せる。
    「いいんだよ。持ってってくれ。それに俺、あんたのこと気に入ってんだ」
    「はぁ?」
     思わずタロスは頓狂な声を出した。そんなことを言われる覚えが無かったからだ。
     ハッとした。もしやこいつ、噂に聞くおかまの類いか。
     警戒するタロスの顔色を読み取ったのであろう。
     店員はケラケラと手を振りながら、笑ってその理由を説明した。
    「変な意味じゃねーよ。あんたさ、最初に来た時コンドーム買ったろ? あれ見て好感持ったんだよ。ああこいつ、ちゃんとしてるなぁってさ」
     癖なのか、髪の先を指で弄りながら店員は先を続けた。
    「流れ者は特に、行きずりの女相手に雑なセックスするからさ。商売女なら心得てピルで予防もしてっけど、素人はなかなかそうは行かないじゃん? 堕胎もダメな土地だと、結果として父親(てておや)知らずのガキんちょが増えるっつうのが、デフォじゃん。だからあんたみたいに、きっちりしてる奴には好感持てんだよ。ただ、そんだけの話」
    (別に、俺一人が使う訳じゃねえけどな)
     内心、そう呟きながらタロスはその件にはそれ以上触れなかった。
     ただ、世間話よりちょっと踏み込んだ会話をしたせいか、いつになくお節介な気分となる。話題を逸らす意図も手伝って、タロスは尋ねてみた。
    「ところであんた、ナイフで本気でやり合ったことあんのか?」
     真面目なその声音に、店員は素直に首を振った。
    「ないよ。持ってる理由は主に護身用だし」
     見るからに格闘に向かない体格の少年は、案の定そう答えた。
    「なら、教えといてやる。ガタイのいい奴相手にナイフは返ってマズい。あっさり奪われて、自分がやられるのがオチだ。あんたみたいに肉弾戦に不向きな奴は、敵との間合いをよくとってから、ダガーの要領でナイフを使うのが効果的だ。今持ってるバタフライでなく、メスのように鋭く小さいナイフを何本も持つようにしろ。腕を磨いて敵の急所を狙う方が、華奢な奴には向いてる戦法だ」
     店員は大きく目を見開いた。
    「言われてみりゃその通りだ。あんた、いい奴だな! 教えてくれて有難う。判った、それで練習してみるよ!」
     素直に忠告を受け入れてくれたことに気を良くしたタロスは、先ほどまでの苛立ちをきれいさっぱりと忘れ、悪くない気分で帰途についたのであった----。


    「ういーすっ。戻りやしたー」
     タロスが船に戻ったところ、既にダンがリビングで寛いでいた。
    「随分遠くの店まで行ったんだな」
    「や、ちょっとあって」
     ゴニョゴニョとぼかしつつ、テーブルに品物を置く。
     深追いされぬよう、タロスは先手を打ち、ダンに別の話を振った。
    「あのエギルって男、何ですって?」
    「予定より早く荷物が届くんで、出来ればすぐにでも仕事に取り掛かりたいらしい。だから、俺達の散布状況の画像データをくれないかと頼まれた」
    「...へえ。で、おやっさんの返事は?」
    「クライアントにまず訊いてからなと答えておいた。普通の種じゃないから、発芽してすぐに微生物を投入しても問題ないか、俺に判断出来ることじゃない。クライアントの意向を訊いて、OKが出たら奴にデータを渡すと答えた」
     ニヤッとタロスは笑った。臨時雇いの荒くれ男達には珍しい、ダンのこうした筋を通す律義さは、時として諍いの種になることを知っているからだ。
    「で、奴(やっこ)さんは」
    「渋ってはいたが、結局は納得した。あの男、なかなか話が判るぜ」
     くちびるをへの字に曲げ、タロスは鼻を鳴らした。
    「何でい。喧嘩になったんじゃねえのか。っつっても、俺のいないところでの喧嘩じゃ、面白さは十分の一だけどよ」
    「お前はすぐそれだ。...ところで何だ、これ。ジャーキーは判るが、チョコクッキーなんて、お前好きだったか?」
     秘密にするつもりは無かったが、話す程のことでもあるまいとタロスは判断した。何となく、気恥ずかしかったのかも知れない。
    「...ゲームの、おまけっス」
     片眉を上げただけで、ダンはそれ以上追及しなかった。


     大きなトラブルも事故もなく、日々は過ぎて行った。
     丸裸であった大地が、自分達の仕事の成果で薄緑のベールを全身に纏って行くのを見るにつけ、タロスは言い様の無い喜びを感じた。
     隣りの、操縦席に座るダンを見る。
     その厳めしい横顔には、一見すると何の感慨も浮かんではいなかった。
     しかし、タロスには判っていた。
     奥深くしまわれたその胸の底では、恐らくタロス以上の想いが満ちているのであろうことを。

     星を、造る。
     そう言ったダンに魅かれ、タロスは船に乗った。
     実際の仕事は、その多くが宇宙で行う土建業であったが、ダンは選り好みをせずに大概の仕事を引き受けた。
     中には、果たしてこれは俺達がやるようなことかと首を傾げる仕事もあったが、ダンがゴーサインを出すものは不思議とどれもやり甲斐があったのだ。
     というより、どんな類いの仕事であろうと、精度を高めようと意識を集中すれば、どれもこれもが『やり甲斐』という、数字にならない報酬をもたらしてくれるのだと、タロスはぼんやりとながらも理解するようになっていったのだ。
     宇宙ステーションの建設、火山の鎮火活動、人命救助、物資の輸送。仕事の内容は多岐に渡っており、正しくダンとタロスは『何でも屋』であった。
     こんな世界があるなど、タロスは地球にいた頃は夢にも思わなかった。
     何も無かった空間に、人間達が様々なものを生み出して行く。0から1、1から100になっていく過程に携わる喜び。その一端を担うからこそ本当に実感出来る、人間の技に対する素直な畏敬の念。
     そうして、時として痺れるほどにスリリングな、体中が熱くなる場面に出くわすこともある。
     その刹那を生き抜く途方もない高揚感は、どんな麻薬より強烈な多幸感で、魂を鷲掴みにして離さない。
     他人の称賛が欲しい訳では無かったが、真心の籠った謝意を示されたりすることもあり、そんな時は柄にもないと思いつつ、温かい潮のようなものが胸の隅々まで潤していくのを感じたりもする。

    (俺は、これが欲しかったんだ)
     自分は生きているという、確かな手応え。
     同じような日々を澱んだ目で過ごしていた昔とは、全く違う今の生活。
     鏡に映る顔も違って来た。
     自分自身を嫌悪していたような少年の顔は、もうそこにはない。
     来るなら来いと、いつも誰かに挑戦しているような、鏡の向こうにある遠い何かに己れの魂を突き付けているような、そんな不敵で生き生きとした顔が、今のタロスの眼に映るのだ。
    (悪くないぜ)
     二枚目だなんだとよく誉められるが、女でもあるまいし、顔の造作などどうでもいいとタロスは思っている。
     要は、面構えだ。
     自分が信用出来るか常に疑いながら、目一杯引き算をしたあとそれでも残ったものに、本当の自信が持てるかどうか。
     男の顔で、大事なことはそれだけだ。
     そう、ダンから教えられたと信じるタロスは、今の自分を嫌いではなかった。

     ふと、あの少年の顔を思い出した。
     ドナルド声が一層ファニーな印象を与える、まるで漫画のキャラクターそのもののような少年店員が、垣間見せたあの鋭いまなざし。
     ギラリと炯った瞳は、彼の命の煌めきだ。
    (あいつも、闘ってるんだよな)
     それぞれが、自分の持ち場で必死に生きている。
     この宇宙では、そんな印象を強く与える人間達に沢山出逢う。そのことも、タロスは気に入っていた。
     命を燃やして、今日という日を生きている。明日という日を夢見て、懸命に歯を喰いしばっている。
    (俺だって、負けるかよ)
     自分の半分も体重が無さそうな少年相手に敵愾心を燃やし、タロスは目の前の仕事に集中した。


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■1742 / inTopicNo.4)  Re[3]: Runners
□投稿者/ MIO -(2008/10/23(Thu) 21:56:17)
    「いらっしゃい!」
     件の店で、愛想良くタロスは出迎えられた。どうやらすっかり『馴染み客』と認定されたらしい。
    「よう」
     タロスも軽く手を上げた。
    「なあ、新しい銘柄のビール入荷したよ。人気らしくて、結構売れてんぜ」
     そう言いながら、後ろに貼ってある新銘柄のポスターを示した。水着の女が、赤地に白いロゴの入った缶ビールに頬ずりをしている図柄だ。
     しかし、タロスは肩を竦めた。
    「あー、悪いがいいや。うちのボスはそういうの煩くてね。外じゃなかなか拘れない分、船で呑む酒は絶対変えねえんだよ。折角だけど、いつものでいい」
    「ふうん。そうなんだ」
     別段気を悪くした様子もなく、店員は相槌を打つ。どうやら、ただ話掛けるきっかけが欲しかっただけのようだ。
    「それはそうとさ!」
     目をきらきら輝かせ、少年は身を乗り出して叫んだ。
    「見てよ、これ!」
     Tシャツの上に着込んだベストの内側から、何本もの細身のナイフを取り出してタロスに披露して見せた。ナイフというより、両刃のカッターのような代物である。
    「おう、早速手に入れたのか」
     タロスも笑顔になった。親切心が報われるというのは、やはり嬉しいものだ。
    「こんくらいなら安いから、幾つも買えたよ。でもって、暇見ちゃ板切れ的に練習してる」
     言うそばから、シュッとカウンターと壁に囲まれた辺りにナイフを投げ付けた。タロスが覗き込むと、およそ50cm四方の板切れが置いてあり、今投げたナイフは中心に書かれた赤い丸近くに刺さっていた。
    「ま、頑張れや」
     励ましつつ、タロスは喧嘩の先輩として更なる忠告をしてやる。口調も、一段砕けたものとなった。
    「ただお前、相手が集団の時は諦めろよ。品物や金盗まれても、命取られるよりゃマシだ。下手に捕まって殴る蹴るやられたら、お前の体格じゃ死にかねねえからな」
     少年は、ぎゅっと眉をしかめて素直に頷いた。
    「判ってる。丸太みたいにぶっとい腕した奴等を相手にしたら、俺なんかイチコロだもん」
     しげしげと、タロスは少年の体を見た。
     細い首や、タロスの親指と人指し指で掴めそうな程華奢な腕など、どれをとっても荒事には向いていない。
    「せめて、もう少しウエイトがありゃあな...」
    「無理無理。俺は食っても肉つかねえ質だから。つーか、あんたみたいなガチムチとは、生まれた時から種類が違うんだよ。同じ人間っつっても、ライオンタイプ、兎タイプ、みたいな」
     タロスは呆れた。太い眉毛が八の字になる。
    「兎ってお前、情けねえなあ。男の癖にそんなこと言うなよ。こないだのお前は、ちゃんと見所あったぜ?」
     ふっと、少年は笑った。何故か、妙に哀しげな笑いだった。
    「兎にだって意地がある。ただ、そんだけの話だよ」


    「明日は、三時間早めて出発するぞ」
     ダンにそう告げられ、タロスは黙って頷いた。ダンが続ける。
    「明日飛ぶ予定の大陸沿岸で、大型の台風が発生している。強風が吹くだろうから、高度をかなり下げないと散布自体無駄になっちまう。腕の見せ所だぞ。だが、多分まともにこなせるのは昼頃までだ。だから早いうちに終わらせるよう、夜が明けたらすぐに出発だ」
    「了解」

     翌日、ダンの予測以上の早さで天候が悪化した。
     10時過ぎには、空一面に黒い雲が立ち込め、稲妻が大地を攻撃し始めた。
     宇宙船にとって雷など脅威でも何でもないが、強風にはやはり、神経を使う。
     本日最後のコンテナを、予定されたポイント上空で開き、ゲルコーティングされた種を散布するのも、かなりの苦労だ。
     風に揺さぶられる機体を維持しながら、風速と高度を計算する。コンピューターが最適な開封ポイントを教えてはくれるが、そこをきっちり捕まえられるかどうかは、パイロットの腕次第だ。
     今日のパイロットは、ダンが務めている。その横顔は、まるで戦場の兵士のようにビリビリと張り詰め、それでいてその瞳はどこか楽しげであった。

     実際のところ、多少の誤差があったところで、クライアントは問題にしない。
     要は規定の量を、ある程度自分達の希望に沿った散布が成されていれば、それで良しとするのがセオリーだ。クライアントの手の者が現地調査にすら来ない今回の仕事など、その典型であろう。
     しかし、ダンは拘るのだ。
     クライアントが作成した完成予想図に極力沿うよう、ダンは執拗に拘った。
    「ご苦労なこって」
     そう揶揄する同業者は、沢山いる。聞こえる範囲で嗤った奴等は、タロスが----時にはダンも----拳にものを言わせ黙らせて来たが、それでもそんな奴等が後を絶たないことを、ダンもタロスもよくよく承知していた。
    「言いたい奴には言わせとけ」
     青く腫れた頬でそう諭すダンを、同じように腫れた顔のタロスが「よく言うぜ」と、笑ったものである。
    「俺は、自分に恥ずかしくない仕事をするだけだ」
     ぶっきらぼうな、しかしその魂の在り様がストレートに判るそんな言葉を吐くダンが、タロスはとても好きだった。心の底から、尊敬していた。
     だから、タロスもそれに倣う。
     自分に厳しいこの男の側にいる資格を持ち続けるには、まず、己の心に適う男でいなければならないのだと、タロスは固く信じていた。


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■1743 / inTopicNo.5)  Re[4]: Runners
□投稿者/ MIO -(2008/10/24(Fri) 13:03:49)
    「手間ぁ取らせて、悪かったな」
     強風の中、早々に仕事を切り上げ宇宙港に戻った時のことである。
     ブリッジの操作パネルに通信の知らせが点滅し、相手の表示を確認するとガルラホフカとあった。先日声を掛けて来た、エギルである。
     回線を開くと、開口一番厳つい男はダンにそう礼を言った。
     タロスは知らなかったが、どうやら早々にダンがクライアントと連絡をとり、その結果をエギルに伝えていたらしい。その件でエギルは礼を述べたのだ。
    「おかげで、予定していたより随分早く仕事に掛かれる。助かるぜ。で、礼と言っちゃなんだが、一杯奢らせてくれないか。あんたとゆっくり話もしてえし」
     ダンに異存はなく、その晩は双方のチームで宴会という段になった。

    「15かよっ! デカいなぁ、おい」
     エギルの二人いる仲間のうちの一人、ケビンという男がタロスの年齢を知って大きな声を上げた。
     ダンとエギルが、互いのやって来た仕事の話など、一通り済んだ後で話題がタロスに移った時のことである。
    「12の頃から一人前の体つきだったからな。こいつは、まだまだデカくなるさ」
     そう言うダンに、タロスはどうも尻が落ち着かない気分になった。
     普段のクールさが弛み、時折こうした父性のようなものがダンから零れ落ることがある。そんな時タロスはいつも、嬉しいような悔しいような、複雑な気分になってしまうのだ。
    「よく12を仲間にしたな」
     多少の揶揄もあったが、何故という疑問が主に感じられるエギルの言葉に、ダンは包み隠さず答えた。
    「正直、迷った。だが、俺と殴り合っても曲げない決意を持ってやがったから、根負けした」
    「おやっさん、もう勘弁して下さい」
     俺を肴にしないでくれと訴えるタロスの希望など、知ったことではないとばかりにケビンが再びタロスを話を振った。
    「しっかし、男前だよなあ。あんたもそうだが、こっちの若いのはまるで、俳優みたいに甘いマスクをしてやがる。畜生め、さぞかしモテやがるんだろうなぁ!」
    「嫉くな嫉くな。悪いな、こいつフラれたばかりなんだよ」
     エギルがダン達に説明した。
    (知るかよ)
     馬鹿馬鹿しいと気分を害したタロスは、店の外へと目をやった。
     この辺りでも天候が悪化し、午後から雨が降り出していた。
     九時を過ぎた今、雨足は更に強くなっている。店の大きなガラスは、滝のような雨で通りを歪ませていた。
    (ん?)
     ガタっと、タロスは立ち上がった。
    「どうした?」
    「すいやせん、抜けますッ」
     一応きちんとエギル達にも挨拶をし、タロスは店を飛び出して行った。
    「なんだ、どうしたんだ?」
     ポカンとしたエギル達に、ダンは苦笑した。
    「すまない。うちの鉄砲玉は、いつ飛び出すのか予測困難でな」
     そう詫びるダンの顔に「そこも気に入ってるのだ」と書いてあることはエギル達全員が読み取り、一同はニヤリと共犯めいた笑顔となった。

    「おいっ」
     篠つく雨の中、傘も差さずに歩くほっそりした背中にタロスは声を掛け。
     振り返ったその顔は、やはり店員の少年であった。
     全身ずぶ濡れとなり、特徴的なその赤毛も力なく、頭と顔にぺったりと張り付いている。こうした姿は、少年を一層細く頼りなげに見せていた。
     タロスを認めて、ぼんやりとしていたその瞳が、俄かに焦点を結ぶ。
    「……っ」
     何か言うつもりで開きかけたその口は、しかし言葉を飲み込んでしまい、無言のままだ。
    「何やってんだよ、グショグショじゃねえか」
     そう言うタロスもすっかり濡れてしまった。とは言え、被害は頭だけだ。スペースジャケットを着ているタロスの体に、雨は染み込まない。
     けれど少年は、ごく普通の服装である。全身濡れそぼり、このままでは風邪を引く。
     と、言うより…。
    「おい、どうしたんだよ。聞こえてるか?」
     少年の様子は、明らかにおかしかった。
     タロスが知る、弾けるような元気さが微塵も無い。魂がどこかに行ってしまったかのように、虚ろな風情だ。
    (うぇっ)
     タロスの首筋から背中に雨が入り込んだ。不快さにぶるっと身震いがする。
     どこかに避難する場所は無いか、タロスは辺りを見回した。仕事でもないのに、雨に打たれる必要など全く無い。
     ダン達のいる酒場に戻るかという考えは、一瞬で捨てた。少年との関係を、説明するのが面倒だ。
    「こっちだ!」
     タロスは、目についた安宿に少年を引っ張って行った。

     部屋に入ると、自分はタオルで頭だけを拭きながら、タロスは少年をバスルームに押し込んだ。
     その間に、ルームサービスを頼む。
     頼んだ品が来てから20分以上も、少年はバスルームから出て来なかった。
     気になって声を掛けようか迷い出した頃、ようやくカチャリと扉が開いた。
     生乾きの頭にガウンを着たその姿は、やはり弱々しい。熱いシャワーを浴びても、精気は復活していないようだ。
     ふっと、タロスが眼をすがめた。一瞬で何かを把握し、腹に収める。
    「…あったまったか? これも飲んどけよ」
     タロスが差し出したカップに、少年は物問いたげな瞳になった。
    「あっためたワインとジュースのカクテル。つーか、パンチか? よく知らねえが、体あっためるにはもってこいだぜ。…っても、だいぶ冷めちまったけどよ」
     そう言う自分は、ウイスキーをストレートで飲んでいる。飲酒の年齢制限など、どこ吹く風だ。
     少年はペコリと頭を下げカップを受け取ると、タロスの座る椅子の向かい側には座らず、ベッドの端に腰掛けてチビチビとぬるくなったカクテルを啜り始めた。
     その様子を暫く見つめていたタロスは、静かな声で、一言だけ尋ねた。
    「俺に、助けられることはあるか?」
     ぴくりと、少年は固まった。
    「………」
     返答のないまま、しばし時が過ぎた。
     くいっと残りのウイスキーを流し込み、タロスは返事を諦めて立ち上がる。
    「支払いは済ませとく。じゃあな」
     背を向け、部屋を出ようとしたタロスのジャケットの裾が、はっしと掴まれた。
     振り返ると、少年が必死の面持ちでタロスを見上げている。
     口を開きかけて何かを言おうとはしているが、言葉は出て来ない。
     先に、タロスが口を開いた。
    「お前、女だったんだな…」
     びくっと、少年――いや、少女は再び固まった。
     やがて、息を吐き出すように彼女は囁いた。
    「気が、ついてたの…?」
     それは、ドナルド声でなく、ごく普通の娘らしいアルトであった。
    「薬飲んでんのか。だから喋らなかったんだな、バレると思って。…気がついたのはさっきだ。幾ら細くてもそんな姿になりゃ、男か女かくらい判るぜ」
    「そっか…」
     少女は、吹っ切れたような調子で続けた。
    「とにかく、有難う。色々親切にしてくれて。それと、今日は持ち合わせないから無理だけど、今度店に来てくれた時にここの支払い分、返すよ」
     別に構わないと出かかった言葉を、敢えてタロスは飲み込む。
    「…了解」
     そして、用は済んだ。
    「俺、行くわ。ゆっくり寝とけよ」
    「……待って! あたしは、シャーリー。あんたは?」
    「タロス」
     ぶっきらぼうな返答に、それでもシャーリーはホッとしたように微笑んだ。
    「有難う、タロス。…おやすみなさい」
     耳に甘く残る挨拶を最後に、扉は二人を隔てた。


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■1744 / inTopicNo.6)  Re[5]: Runners
□投稿者/ MIO -(2008/10/24(Fri) 13:49:39)
     翌日も、雨は止まなかった。
     風速も衰えることはなく、この新しい大地にいささか手厳しい恵みを与え続けている。
     もう少し優しいコンタクトであれば、準備された命や開拓者達の詩情なども膨らもうが、こうも激しい有り様だと、そのどちらもが引き籠もってしまうばかりである。

     ダンの船、イカロスも今日は仕事を見合わせていた。
     元々余裕を持ってスケジュールを組んでいる。一日や二日休んだところで、何の支障も無かった。
     こんな日は、いつも船内メンテに時間を費やす。ドックに入れて総点検するのは一年に一回程度で、普段の整備は自らの手で行うのが自営業者のセオリーである。
     灰色の作業用ツナギに着替え、黙々と機関室で二人が作業をしていた時、唐突にタロスがダンに尋ねた。
    「なあ、おやっさん。あんた、女と初めて寝たのは幾つん時だ?」
    「...なんだ、いきなり」
     ダンが振り返っても、タロスは背中を向けたまま、作業の手を止めない。そして、珍しく自分の話をしだした。
    「俺ぁ、11歳の時だった。親父にフラれた女が、腹いせかなんか知らねえが俺に言い寄ってきてさ。キスされて、あちこち触られてるうちにむずむずし出して、気がついたら上に乗っかられてた。それが最初。マスかき覚えるより、先だった」
    「.........」
    「暫くは、馬鹿みてぇに夢中になったよ。気持ちいいからな。その女とはそれっきりだったけど、まあ、ちょっと探せばいくらでも相手はいたからさ」
     エギルの仲間が聞いたら、本気で泣きそうなことをタロスは淡々と続けた。
    「今にして思えばアレだ。母親がいないことの埋め合わせとかって、そんな意味もあったかもしんねえ」
     そう振り返ることが出来るようになった自分は、少しは成長したのだろうか。
    「だけど、何でか知らねえが、割合すぐに飽きた。気分が乗った時に側にいればヤるけど、いなけりゃ探しに行く程でもねえって、ある日突然気がついた」
     それは、タロスと一緒に行動するようになってから、ダンも承知している性質だ。
     本来なら----これだけの体でもあるし----やりたい盛りである筈のタロスは、しかし決して野放図に女を求めるような真似はしなかった。

     長い間宇宙船に閉じ込められた男達は、大地に降り立つと渇きを癒すように、しゃかりきになって女を求める。
     それを見越して、どこから移住してくるのか、大概どんな惑星にも売春婦が集う色町があるものだ。
     このゴルテュンにも、小さいながらもそんな一画が町の片隅に存在していた。
     ダンが利用したかはさておき、タロスはこの星に降りて以降女と寝てはいない。先日買った避妊具も、タロスの分は封がされたままの状態だ。
     遊び方を知ってはいても、仕事に身を入れていると不思議な程その気にならない。
     皆無ではないが、面倒だとの思いが先に立ち、手っ取り早く自分で処理をするのが宇宙に出てからタロスの常であったのだ。

     ダンが、タロスの背中に向かって言った。
    「好きな女でも出来たのか」
     平坦な、何の感情も混じっておらぬように聞こえる声だった。
     作業を止め、意味もなく油で汚れた指先を見つめながらタロスは頭を横に振った。
    「違う、と思う。女を好きになるって、どういう事か判んねえし。そもそも、女だと知らなかったんだ。ただ、ちっこい癖に頑張ってて、ああ俺も負けられねえって思ってた」
     くるりと体の向きを変え、壁に背中を預けながら今や殆ど同じ目線となったダンに、タロスは本題をぶつけた。
    「なあ。泣きそうな癖に無理して笑う女に、何を言ってやればいいんだ? すぐにいなくなっちまう通りすがりの流れ者は、それとも何も言わない方がいいのか?」
     強い瞳でタロスを見据え、ダンは逆に尋ねた。
    「船を、降りたいか」
    「そんなこと言ってねえだろッ!」
     ドンっと拳で壁を叩き、タロスは吠えた。
    「この船降りるなんて、夢にも思っちゃいねえよ! 俺の場所はここだ! ここを降りたら俺は死んじまう、そんくらい、あんたなら判んだろッ!」
    「いきり立つな。話が出来ねえ」
     そう言うダンの瞳も、タロスと同じように燃えていた。


     次にタロスが雑貨屋を訪れたのは、あの雨の夜から十日程後のことであった。
    「いらっしゃい」
     幾分弱めではあるが、それでも愛想良く店員----赤毛のシャーリーは、声を掛けて来た。また、例のドナルド声に戻っている。
     何も言わず軽く手を振り、タロスはビール売り場に足を向けた。6缶パックを六つほど抱え、どさりとレジに置く。
    「これ、買うの?」
     それは、先日シャーリーが薦めた新しい銘柄であった。
     タロスは、視線をシャーリーの顔から外しながらボソリと言った。
    「俺が呑む」
     ハッと、何かに思い至ったような顔になったシャーリーは、それでも笑顔を取り繕った。
    「そっか...。あんた、仕事終わったんだね。出てくんだろ、ここを」
     ここを。
     この星を。
     タロスはゆっくりと頷いた。
    「あ、そうだ。金返さないと。ちょっと待って...はい。七千二百クレジット。これ、レシート」
     無言で金を受け取る大きな手に、その半分もないような小さな手が一瞬だけ触れる。
     何でも無いような顔をしている二人の胸の内は、果たしてその表情通りだろうか。
    「ビールの代金は、九千クレジットだよ」
     金を払い、釣りを貰う間もタロスは無言だった。
     袋に品物がきれいに収まった。
     もう、用は済んだ...。
    「あ、あの...!」
     少女の呼び掛けに足を止めたタロスは、その続きを待った。
    「ホントに、色々有難う。...元気でね。買って貰っといて何だけど、お酒ばっか呑んでちゃダメだよ」
     少女の口から出た所帯臭い忠告に、タロスは苦笑した。
     しかしその笑みは、自分で思う以上に柔らかなものであった。
     頭で考えるより先に、口が動く。
    「お前は、もう少し食え。もちっとは筋肉つけねえと、小さなナイフだってそんなに飛ばせねえぞ。...それと」
     一拍置いて、一気にタロスは言った。
    「俺は多分、もうこの星には来ない。だから何も約束出来ねえ」
     それでも、いいなら。
    「今夜八時。あのホテルの部屋で待ってる」
     風を店に招き入れ、タロスは去って行った。


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■1745 / inTopicNo.7)  Re[6]: Runners
□投稿者/ MIO -(2008/10/24(Fri) 18:17:08)
     八時を5分程過ぎたあと、扉が小さくノックされた。
     ノブを回すと、シャーリーが俯き加減で立っていた。
     格好は昼間会った時と同じで、Tシャツにベスト、下はカーゴパンツという素っ気無い姿であったが、そうと知ったせいか、こうして見下ろしていると何の違和感もなく少女に見える。

    「意味、判ってんのか」
     言うまでもないことなのに、ついそう尋ねてしまったのは何故だろう。
     答えを見つけられぬままに、タロスは頷く少女の細い腕を掴み、部屋の中へと引き込んだ。
     軽々とその体を抱き上げ、ベッドの端に腰掛けた。
     膝の上にシャーリーを横座りにさせ、抱きすくめる。
     ガチガチに固くなった少女を、沢山のキスで溶かす。
     怯えた舌から力が抜けた頃、互いの呼吸が、湿り気を帯びた。
     首筋に吸い付いた時、少女は殆ど泣きそうな声で懇願した。
    「待って...っ。お願い、シャワーを浴び、させて...」
     アルトが震えていたのは、もう緊張のせいでは無かった。

     微かに響くシャワーの音を聞きながら、くちびるに指を這わせ、タロスはぼんやりと回想に耽っていた。
     あの日。
     ダンに、疑問をぶつけた日のことを----。


     ここじゃなんだとリビングに移動を促すダンに、タロスは素直に従った。
     二人分のカップにウイスキーを注ぎ、ひとつタロスに渡すと、ダンは煙草を取り出した。
     カップの中身を一口啜ってから、煙草に火を着ける。
     ふーっと天井に向けて吐き出された煙は、空調に吸い込まれるより先に、ふわふわと儚く散った。
     やがて。
     落ち着きを取り戻したタロスが、先に口を開いた。
    「...好きだとか、そんなんじゃねえと思う。ただ、この船に乗って、あんたに色々教わって、まだ全然足りねえことは判ってっけど、それでも少しは成長したつもりでいたんだよ、俺は。...でも、そんでも何にも出てきやしねえ。女じゃなくても、男だったとしても、やばいくらい凹んでて、それでも笑う奴に何か言ってやれる言葉のひとつも俺ン中にゃあねえんだって、気がついちまったんだよ...」
     口数の少ないタロスにしては、珍しい饒舌ぶりである。
     そうして、やはり寡黙な質のダンが、口を開いた。
    「そんなもん、俺だって知らねえさ」
     意外な返答に、タロスは思わず顔を上げた。
     いつでも自分の遠い先を行くダンにも、迷いがあるというのか。
     その視線を引き受けるでもなく逃げるでもなく、ダンは煙草をくゆらせながら酒を啜った。
     鼻と喉を嫉くその強さに、胸の何かを乗せてゆっくりと息を吐く。
     燻ったような香気がダンの鼻腔に拡がり、これまで語られることの無かった想いを形にさせた。
    「流れ者は、何も言えないのが当たり前だ。少しばかり関わった人間の胸をどうこうしてやれるような便利な言葉があるんなら、俺の方こそ教えて貰いたいもんだぜ」
    (おやっさん...)
    「こんな生活だ。正直、いつくたばっても不思議じゃない。そんな人間が誰かに言ってやれる言葉なんて、たかが知れてる。まして、約束なんかしていいもんか、俺にだって判らない。だから、俺は何も言って来なかった」
     それでも、ダンを待つ女達がいることを、タロスは知っていた。
     タロスは初めて立ち寄った星でも、まるで土着の住民のように馴れた足取りで歩くダンに連れて行かれるその先に、ハッとするほど印象的な女がいた。
     美女であったり、そうでない場合もあった。
     しかし皆に共通しているのは、それは必ず個性のはっきりとした、他の誰にも似ていない女であるということだ。
     そんな女達が、それぞれの場所で、ダンを待っているのだ。
     ようと挨拶をするダンを、まるで今朝出かけて帰って来たかのように自然に迎えて、特別な感慨を見せはしない。
     だが、何気なさを装いつつも微かに震える指先や、ほんのりと紅潮した目許が、彼女達の胸の内を如実に表していた。

    「待っていてくれと、頼むのは容易い。気分が盛り上がれば、するりと口から出て来るからな。そうして旅立ったあと、自分には帰る場所があるんだと、その約束は胸を温めてくれる。腐るようなことがあっても、その顔を思い出して慰めることが可能になる。...だが、待つ身に取っちゃ、それは地獄の始まりだ。いつ帰るか判らない人間を待ち侘びる日々はきっと、長く惨い。息抜き出来るような器用さがあればまだましだろうが、そういう人間は、女は、約束そのものを必要としない。そして、本当に約束が欲しい女は、決してそれを口にしない」
     タロスは、何も言えなくなった。
     強く賢い女達が、側にいて欲しいとの願いをぐっと堪えて、そうして涙を隠した笑顔で男を送り出す様をまざまざと想像して、一体どんな言葉が紡げるだろう。

     ぐびりとウイスキーを呑み干して、ダンは言った。
    「船を降りるかどうか悩んでる訳じゃないなら、俺に言えるのはひとつだけだ」
     ぎゅっと、タロスはカップを握り締めた。中味を一気に呷り、ダンの瞳を真正面から見つめる。
     その眼を真っ直ぐに受け止めて、ダンは言った。
    「傷付けるな、なんて、俺には死んでも言えねえ。そんなことほざいたら、舌ァ抜かれちまうからな。...ただ」
    「.........」
    「ただ、辱めるな。女であれ、男であれな。俺に言えるのは、それだけだ」

     それは果たしてどんなことを指すのか。
     タロスは、必死に考えたのだった----。


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■1746 / inTopicNo.8)  Re[7]: Runners
□投稿者/ MIO -(2008/10/24(Fri) 20:21:22)
     結局、答えは出なかった。
     今日にしたところで、本当は何も言うつもりも無かったのだ。ただ、自分なりの区切りとして、店に足を運んだだけだ。
     それなのに何故か別れ際、気がつけば一方的な待ち合わせを告げていた。
     ホテルに予約を入れたのも少女と別れてからである。半ば強引に、先日取った部屋の予約を入れた。
     七時過ぎにはチェックインをして、来るかどうかも判らない少女と自分自身のことを、タロスはずっと考えていた。
    (俺は、あいつに惚れてンのか----?)
     判らなかった。
     タロスには、本当に判らなかった。
     一人の異性のことが頭から離れないのが恋だというなら、やはりそうなのかとは思う。
     しかし、鳥ガラのように華奢な容姿は、ごく正直に言えば毛程もタロスをそそらなかった。地球で寝ていたローティーンの少女達でさえ、シャーリーに比べたら凹凸が豊かであったのだ。
     顔立ちだって、申し訳ないが特別どうとも思わない。ただ、あの時炯った瞳が印象的だっただけだ。
     では、おこがましくも自分は、彼女を慰めてでもやるつもりなのだろうか。
     女を慰める抱き方なんか知らない癖に、思い上がった自分の『男』が、少しでもダンに近付きたくて、その為にシャーリーを利用しようとしているのだろうか...?

    (判んねえよ)
     ガウン姿のシャーリーの、艶めくくちびるに目を奪われてからタロスはもう考えるのを止めた。
     というより、不可能になった...。

    (判んねえよ)
     熱に浮かされたような頭で、それでもタロスは呪文のようにそう繰り返していた。
     横になると殆ど平らになってしまう胸や、子供のように薄く小さい尻が、それでも熱く掌を焼くその訳が、タロスには皆目判らなかった。
     暫くぶりだから当然だろうと冷たく囁く遠い声など、まるでタロスの胸に響かない。
     雑踏で擦れ違う外国語のように、意識を束の間撫でただけである。

     熱と汗が、吹き零れるだけの時間が過ぎてゆく。
     嬉しいのか哀しいのか、二人にはもうそれすら判別付かないが、それでもがむしゃらに相手を欲していることだけは、互いの本能で知っていた。
     やがてタロスは身を起こし、きっちりと避妊具を着けた。
     そのどうしようも無く間抜けで必要な段取りの最中、タロスは自分の背をシャーリーがどんなまなざしで見つめているのか、痛い程感じていた。

     約束すら残せない、自分。
     縋らない、娘の優しさと矜持。
     薄皮一枚で隔てられた、余りにも遠い二人の距離。
     それなのに、こんなにも熱くなる体と体...。

    (あ...)
     泣き声を必死で噛み殺す少女に自分を強く打ちつけながら、タロスは何かを掴んだような気がした。

    (何も残せないなら、せめて)

     せめて、傷を刻ませてくれ。

     白く弾ける快楽の中に、想いの全ては溶けて消えた----。

    「...それ、美味しい?」
     缶のままビールを飲むタロスに、シャーリーは尋ねた。その銘柄は、例の新製品だ。薄暗い部屋に、赤と白のデザインがぼんやりと浮いている。
     その銘柄はタロスが部屋に持ち込んだことを、そこに隠された意味を、彼女はまだ知らない。
     気が付くのは、ずっと先。沢山の日々が過ぎ去ってから。
    「美味いぜ。呑むか?」
     掛布で胸元を隠しながら起き上がったシャーリーのうなじを引き寄せ、タロスは口移しでビールを呑ませてやった。
    「苦っ」
     うへぇとばかりに、シャーリーは盛大に顔をしかめた。その様子がひどく可愛く思え、タロスは声を出して笑った。
    「苦いから美味いんじゃねえか」
     笑われたことにムッとしたのか、シャーリーはタロスの手から缶を奪い取ると、ごくごくと呑んで見せた。ぷふぅと、割合満足げな息を吐く。どうやら、呑めない質ではないらしい。
     再び口に含むと、お返しとばかりにタロスのくちびるに流し込んだ。
    「...美味しい?」
     喉声で尋ねられ、タロスが微笑む。
    「...美味い。こんな美味い酒、呑んだことねえよ」
     その言葉を、長い間シャーリーは忘れなかった----。


    「よう、邪魔してるぜ」
     タロスが船に戻ると、リビングにはダンとエギルが居た。
     朝帰りを冷やかしもしないエギルに、無言で頭を下げる。
    「出発するって聞いてな。挨拶に寄らせて貰ったんだ」
     そう説明するエギルの前には、大きな段ボールが積まれていた。恐らく餞別の類いであろう。
    「悪くねえな、この船」
     辺りを見回し、エギルが言った。勿論リビングだけでなく、ブリッジなども見た後なのだろう。
    「色々勝手は悪いがな。まあ、よく働いてくれている」
    「設計に関わったのか?」
    「いや、出来合いだ」
     ダンの返答に、エギルは続けた。
    「俺んとこは、出来合いのうえ中古品だ。こないだ拿捕された海賊船の方がよっぽど新しくて、むかつくったらありゃしねえ」
     三人は苦笑した。

    「...金が貯まったら、ある技術者に造船を頼もうと思ってる。一から俺も設計に加わって、何から何まで納得の行く船を造るつもりだ」
     以前からタロスにも伝えている目標を、ダンはエギルに話して聞かせた。どうやらダンは、この厳つい男を随分と気に入ったらしい。
     エギルは長々と溜め息を吐いた。
    「欲しいよなァ、てめえで造った船。何もかんも思い通りに造った船に乗れるなんざぁ、夢みてぇにいい気分だろうなぁ」
     憧れを秘めたそのまなざしは、子供のように無邪気な光で輝いていた。
     ニヤリと、タロスの口許が弛む。

     ここにも、馬鹿野郎が一人。
     猛々しく己れの命を燃やさねば生きる価値が無いと信じてる、馬鹿で無謀で諦め知らずの、俺達の同類がここにも----。

    (もう、二度と俺みたいな流れ者にはひっかかんな)
     そう言いつつ、強く抱き締めてしまった自分は、きっと卑怯者なのだろう。
    (...卑怯で、馬鹿野郎か。へっ、救いがねえなあ)

     欲しいものを手に入れたくて、本来ひとには許されておらぬ筈の大空を、偽物の翼で翔けてゆく。
     神に逆らう不遜を働きながら、他の全てを捨て去る程には非情になれない。
     強くなれない、愚か者。

    (そんな馬鹿野郎の面倒を引き受ける義理なんか、どんな女にだってねえのさ)
     蜜の味を知った少年は、同時にその奥に隠された苦みをも味わった。
     しかしそれは、何と深く胸に染み入る苦みだろうか。

    (とっとと、俺のことなんか忘れちまえ)

     俺が覚えてるから、それでいい。


     エギルが去り、いよいよ出発の準備に取りかかる時間となった。
     キッチンに入り、タロスは冷蔵庫からビールをひとつ取り出す。
     彼女の象徴となった、赤と白。
     一気に中身を飲み干すと、タロスはブリッジへと駆けて行った。


引用投稿 削除キー/
■1747 / inTopicNo.9)  Re[8]: Runners
□投稿者/ MIO -(2008/10/24(Fri) 21:02:10)


    タロスの恋バナが書きたいなーと始めた筈が、終わってみればかなり微妙な内容に(苦笑)。
    クラッシャーの名乗りを挙げる以前、がむしゃらに仕事を引き受けていたであろう、言わば黎明期の彼等の様子も書きたくなって、焦点がぼやけてしまった感の強い話となってしまいました。

    とは言え、自分に高いハードルを掲げない主義の私としては(笑)「まぁ楽しかったから、ヨシとしよう!」とゴーサインを出しちゃいました。
    変に長く、楽しんで頂ける要素も殆ど無いSSですが、お付き合い下さった方に心から感謝申し上げます。

    …それにしても、何なんでしょう、タロスのこの大人っぷりは(笑)。
    そりゃ12の頃から厳しい仕事してるんだから、実年齢より精神的にはだいぶ大人の筈ですが、それでも書いてる自分が「うそーん!」とたまげるほど、大人で憎いあんちくしょうでした(古ッ)。これでリッキーと同じ年って、アンタ(笑)。
    つーか君、ラストの気障っぷりはナニゴトデスカッ!!!!!!

    (ぜぇぜぇ)…まあ、目一杯背伸びをしてて、自分で錯覚している部分も多分にあるんだろうと思い、軌道修正は諦めました。もう勝手にしやがれと、突っ走る彼を素直に追いかけましたです、ハイ。
    にひるではーどぼいるど(ヒィィィーー)な少年タロスですが、きっとガンビーノが仲間入りをすれば肩の力も抜けて行くのでしょうと、望みを託します(笑)。

    BBSで最初に述べましたように、舞台設定のアイデアは『カウボーイ・ビ○ップ』から拝借致しました。
    スパ×クのように、ダンがドナルド声で喋ったら楽しいだろうなあーと思ったのが始まりです。
    薬で治すこともついでにパクり(ヲイ)、そんなこんなが少女のキャラ造りにも役立ってくれました。
    シャーリーの造詣にビ○ップ繋がりを感じる方もいらっしゃると思いますが(赤毛、細身、中性的と三拍子揃ってますからね)、言い訳に聞こえるかもですが、そっちはあまり念頭にありませんでした。性格が全然違いますので(というか、そもそもエ×の性格って???)。
    赤毛にしたのは、二人のケイとリッキーが赤毛だからです。タロスは、赤毛に縁があるんだろうと思い、設定した次第です。
    彼女の抱えている事情は敢えてカットしましたが、生命の危機に関わることではありませんとここで打ち明けて終わります(ひでぇ)。

    ガンビーノが言うところの『本当にやさしい男』、タロス。
    折角の美貌を手術でフランケンシュタイン化されても全然気にしないほど豪胆で(普通なら裁判モノだw)、女性に対しては甚だ不器用と思われる、愛すべき野蛮人。
    そんな彼の、青春の1ページが書けて満足です。
    お付き合い下さいまして、有難うございましたm(_ _)m


    蛇足:ダンやエギルの船名は全くの捏造ですが、それぞれの愛機アトラスとモルダウを念頭に連想しました(二人の趣味の傾向という意味で)。
    アトラス→ギリシャ神話の神の一人。あまり正当派の『英雄神』ではない→結構、斜に構えたネーミングセンス?→血気盛んな若い頃はもっとどぎつく、ギリシャ神話でも一番宇宙船乗りが忌避しそうな名前を付けたりするかも?→イカロス

    モルダウ→実在する川の名→チェコorスロバキアがエギルのルーツ?郷愁が込められてると推測→あの辺りは複雑な歴史的経緯があるので、取り敢えず現チェコで一番高い山の名、ガルラホフカに。

    長々とつまんないことをスミマセン^ ^;

fin.
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