| 「ねえ、誕生日には何が欲しい?」 そう尋ねたら、 「特に欲しいもんは無い。何でもいいよ」 と、素っ気無い返事。 何となく面白くなくて、ジョウの髪の毛に指を巻き付け、引っ張ってやる。 「いてて。痛いよ、アルフィン」 抗議なんか聞かないで、あたしは更なる攻撃に出る。 かぷ。あぐあぐあぐ。 「こら、食うな。俺は夜食じゃないぞ」 ふんだ。 あたしのことは、ぺろりと食べちゃった癖に。 「痛っ、ホントに痛いって!」 身を捩って、ジョウはあたしから逃げた。仕返しもしてくれない。つまんないの。 「ホントに欲しい物、無いの?」 また訊いてみる。 噛んで痛くした肩先に、ごめんねのキスを贈りながら。 「個人的にはな。クラッシャーのリーダーとしては、装備品や新しいエアバイクとかが欲しいけど、それは経費で賄うから」 …ばかね。 ちょっと値が張るけど、エアバイクくらいならあたしだって買えるのに。 『君と新しいエアバイクでツーリングしたいな』とか言われたら、すぐに買ってあげるのに。
「…なんだよ。何がおかしいんだ?」 だって。 想像しちゃったんだもん。ジゴロみたく、口の上手いジョウを。 くくく。 やってみたら結構似合いそうだけど、でもきっとそんなの絶対ジョウじゃない。 人の心を操る為に、本音が別にある言葉を甘いオブラートに包んでサラリと差し出せるような人だったなら、あたしはきっと好きになんかなっていない。 大事な気持ちほど言葉に出来なくて、結局胸の奥にしまい込むような不器用な人だから、あたしは好きになったのかな。
それでも、時折零れ落ちる言葉の断片と沢山の行動を手掛かりに、あたし達はやっとここまで来れたのよね。
でも…。 「ジョウは嘘つきだから、欲しい物が無いって信用出来ないわ」 「え?」 ジョウは、心外そうな顔をした。白目の白さが薄闇に際立つ。すごく健康そうね。 「俺、君に嘘なんかついたことあるか? 無いだろ?」 真面目な声で問われた。 きっと、彼なりの誠実さを揺るがしかねない発言だったのね。判るけど。 でも、あたしはフォローしてやらないの。 だってそれは、本当のことだから。 「嘘ついたじゃない。あたし相手に、とても大事な時に」 にっこり笑うあたしを、ジョウはまじまじと見た。 少し視線を外してから、記憶の総点検をしはじめてるみたい。あ、眉間に皺が寄った。 くすくす笑いながら、あたしはジョウの眉間に手を伸して、すりすりと撫でてあげた。 「思い出さなくていいよ。いつか、教えてあげるから」 「今じゃダメか?」 「ダメ。先のお楽しみ〜」 むぅと、ジョウの口許が下がった。ふふ。拗ねてる子供みたい。 よしよしと、その頭を撫でる。 その手を、ジョウが把った。 ひどく真剣な瞳で、あたしに尋ねる。 「…これだけは教えてくれ。俺の吐いた嘘は、君を傷付けたか?」 密やかに、足許に忍び寄る波のような声。 あたしの回答次第では、二度と打ち寄せては来ないような、何かの決意が秘められた本気の声音。 …馬鹿ね。 ホントに、あなたって人は…。 「ううん。あたしは傷付いたりしなかった。むしろ、嬉しくて嬉しくて、胸が熱くなったわ。それが嘘だと判った時もね」 「…判んねえ。なぞなぞみたいだ」 ほうと、小さく息を吐いてジョウは力を抜いた。いつもの空気が戻って来る。
ごめんね、脅かしちゃった? いつか、言うから許してね。
あの時。 ゲル・ピザンでジョウがあたしに吐いた嘘のこと――。 「クラッシャーは、たとえ雇い主でも好きでないやつは助けない」
あの時のあたしは、クラッシャーというものがどんな職業なのかよく判ってなかったから、ただ単に『ジョウはあたしを好ましい人間』だと言ってくれたと、喜んでいただけだった。あなたの赤くなった顔にも目を奪われ、ぼうっとなってしまったのだっけ。
でも。 クラッシャーという仕事の厳しさを知り、ジョウという人間を知り、ワームウッドの仕事を経験したあたしは、あの言葉が嘘だったと確信したの。 クラッシャーは、クライアントを助けるわ。 例えどんなに気に食わない人間だろうと、クライアントが契約違反を犯さない限り、側にいたなら必ず命懸けでクライアントを守るものだわ。 それが、クラッシャー。 それが、ジョウ。
あの時のあなたに、嘘を吐いた自覚は無かったと思う。 あたしに対する好意を素直に口に出来なくて、きっとあんな風に仕事に託つけて伝えたのよね。 本当に、不器用な人。
それが偽りだと知った時、あたしは確信出来たのよ。あなたの気持ちを。 とてもとても嬉しかったの。 胸が熱くなったの。 真実でない事を言ってまで、あたしに自分の気持ちを伝えてくれたんだと感じたの。
嘘を吐かれて嬉しいって、変かしら? でも、あなたがどれだけ仕事に厳しいか良く知ってるから、そんなあなたのポリシーを言葉の上だけでも曲げさせる程の気持ちがあったのだと知って、あたしは嬉しくて堪らなかったのよ。
あれはあなたが吐いた、ただ一度の嘘。 不器用で照れ屋なあなたからの『君は特別』という、愛の告白。 自分自身ですら気が付かないうちに、あなたはあたしにその心を贈ってくれていたのよね。
「…誕生日プレゼントはとびきり素敵な物を贈るから、期待して待っててね」 「無理しなくていいぞ?」 「大丈夫。高価な物じゃないから安心して」 ん?と、ジョウがあたしを見た。 「何かもう、決めてるみたいだな?」 ふふ。こういうところは鋭いのよね。 「うん。今、急に決まった。あなたに贈りたい物が」 にこりと、ジョウも笑う。 「楽しみにしとくよ」 優しいくちづけを受けながら、あたしはうっとりと思い描く。
どんなタイプがいいかしら? ジョウとあたしの指を飾る約束のリングは…。
照れ屋なあなたが無理をしなくて済むように、言葉を探さなくても済むように、二人の気持ちを形にしたもの。 ホントはあなたから贈って貰いたかったけど、それは当分無理そうだから、あたしから渡しちゃうことにする。 ピザンの押し掛けプリンセスは、じっと大人しく待ってはいられないのよ。
だって、うかうかしてたら流れ星は去ってしまうから。 目一杯手を伸してやっとの思いで捕まえた、あたしの大事な流れ星。 思い出になんか出来なくて、あたしも流れ星になったのよ。
そうして、いつか伝えるわ。 あなたの嘘が、その裏に隠されていた想いが、死ぬほどあたしは嬉しかったのと。 笑ってそれを伝える為に、その時あなたが悔やまないように、あたしはこれからも精一杯努力するわ。
「…ジョウ、大好き」 「………、」
いいの、無理しないで。 その気持ちを込めて、あたしは何か言いかけたジョウのくちびるにたくさんのキスを贈った。
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