| 毎年この時期、仕事納めが済んだあとは必ず妻の元へやってくることにしている。 クリスマスに手向けられた花々が沢山の墓石を飾り、人々の想いをしめやかに伝えているこの冷たく澄んだ空気の中なら、いつも以上に亡き妻と深く語り合える気がするからだ。
おや。 墓石に、真新しい花束が捧げられている。 誰だろうか。 知人達は皆、命日に贈ってくれるのだが、この時期に寄越す人間に心当たりは無い。 ちらりと息子のことが過ったが、すぐに打ち消した。 あれは、こんな真似をする人間ではない。 帰って来ているならともかく、クリスマスに業者に委託して花を手向けるような気の回し方をする質ではない筈だ。
それとも、するようになったのだろうか? 誰かに影響を受けたり、内面が変化したりなどして。
「ふっ」
お前に叱られてしまうな、ユリア。 いくら旅立たせた息子とは言え、余りにも放っていすぎだと。
直に会ったのはつい先日、九年振りのこと。 あの時も親らしい言葉は掛けてやらず、俺は冷酷な物言いで厳しい通達を告げただけだった。
すまない、ユリア。 お前の夫は、たった一人の我が子にさえ温かな情愛をうまく伝えてやれぬ情けない男なんだ。
だが、ユリア。 決して、誰にも言えぬ思いをお前にだけは打ち明けるが、俺はあの日、言い様の無い喜びで胸が一杯になってしまったんだ。
バードから持ち掛けられた相談に一枚噛むことにしたのは、無論ジョウやタロスを信じていたからだ。 あれ達ならば、混迷するラゴールという若い星にでかい風穴を空けてくれると信じたからこそ、賭に打って出たのだ。
だが、なあユリア。 ジョウの顔を見た途端、そんな思惑が何処かに行ってしまいそうだったよ。
何故って、ユリア。 余りにも、ジョウの姿が眩しかったからだ。
何と言うか、自然の摂理のようなものをまざまざと思い知らされた気がした。 幼い頃は、それこそ日替わりで顔付きが変わり、俺に似ていると感じる時もあれば、お前にそっくりだと思うこともあった我が子が、青年となった今、笑ってしまうくらい俺達夫婦の絶妙なブレンドとなってこの世に存在していたのだから。 体つきはまだ頼りないが、間違いなく俺の血を受け継いでいる。やがてはもっとタフな、大人の体となるだろう。 顔立ちはお前に似ているが、醸し出す雰囲気は俺の若い頃にそっくりだった。一瞬、昔の夢を見ているのかと錯覚したよ。
そして次の瞬間には、震えるような喜びが体中を満たしたんだ。 ああ、これは間違いなく俺とユリアの子供なのだと。 お前と俺が愛し合った日々は決して幻なんかでは無かったのだと、ジョウはその全身で俺に訴えていたんだ…。
笑ってくれて構わないぞ、ユリア。 俺はとんだ親馬鹿なんだ。 ジョウなら、俺達の子供なら、クラッシャーの明日を託していけるという確信を、俺はあの日益々深めたんだよ。 口にすることはなく、恐らくジョウに伝わることも無いだろうが、そんなことは構わないさ。 あいつがどう受け止めるかは、あいつの自由なのだから。
だが、そうだなユリア。 たまには親らしいことをしてもいいのかも知れない。 お前の墓に誰かが花を手向けてくれたと、それを枕にあいつに連絡でもしてみようか…。
ああ、雪が降って来た。どうりで冷えると思った。 判ってる。体には気を付けているさ。 お前に逢いに行くのは人生を全うしてからでないと、合わす顔が無いからな。
そろそろ、帰るよ。 来月にはまた来る。 その時には、ジョウの土産話でも持ってこれたらいいが。 まあ、あまり期待せずに待っていてくれ――。
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