| ワームウッドでの仕事が後始末を含めて解決したのち、ジョウ達は三日間程の休暇に入った。 本当のところはもう少し長い休みを取りたかったが、売れっ子クラッシャーの宿命で次の仕事が間近に迫っており、移動時間等を考慮するとその程度がギリギリの線であったのだ。
休暇先も適当な星に決めた為、ジョウはチームメイト達からの文句をある程度は覚悟していたし、反論も用意していた(「うるせえ!四の五の抜かすんなら休暇は取り止めだ!」)
が。 あにはからんや、普段ならそんな目に合えば真っ先に文句を言ってくるアルフィンから何の不満も出なかった為、リッキーやタロス達もその尻馬に乗れず、結果として淡々と休暇計画は実行の運びとなった。 (…?) 有名なビーチもない、大規模なショッピングモールも無い、美食の評判も無い星である。短期の為、今回はホテルも取らずじまいだ。 それだのにアルフィンは文句一つ言わず、普段通りの様子である。 それが返って恐ろしい。 昼食は宙港のデリバリーで、夜は皆で外食しようと、雑談に紛れて何となく機嫌を取るような形でジョウはアルフィンに提案してその様子を窺ったが、だからと言って別段上機嫌になる訳でもなく「そうね」で終わってしまうばかりだ。 どうやら、何か別のことに気を取られているらしい。 いつもの休暇前だったら細かい日程まで一緒の行動を決めたがるアルフィンに内心(少しは俺を放っておいてくれないかと)、ほんのちょっぴりは愚痴を吐きたくなるジョウであったが、不思議なもので彼女が全く自分を構わなくなると何やらそれはそれで違うんじゃないのかという不満が募って来る。 そんな自分を自覚して苦笑出来るようにでもなれば、大人として一つ階段を登ることになるのだが、生憎、普段に比べて素っ気ないとも言えるアルフィンの態度にジョウは小さく傷付くばかりであった。
なので休暇二日目の朝、「良かったら、今日一日付き合って欲しいの」というアルフィンからの要望に、呆れるほど素早く「いいよ」とジョウは答えてしまった。 声こそ平静だったが、もしジョウに尻尾があったとしたら、パタパタとそれは嬉しげに振られているに違いないという有り様である。 目の前で行われたそんなやり取りにタロスは気恥ずかしくなり、「あっしとリッキーはビーチにでも行ってきまさあ」と、さっさとリッキーを連れ出してしまった。 「え〜、タロスと二人だけのビーチなんてぞっとしないぜ」 口を尖らすリッキーに、タロスはしらっと言った。 「俺はゆっくり休んでっから、おめえは一人で泳いで来い。何ならナンパでもすりゃあいいさ。ま、出来るもんならな」 「ちょっ!言ってくれるじゃん!ちくしょう見てろ、おいら結構モテんの教えてやらあ!」 「そうかいそうかい。もしおめえが女の子引っ掻けることに成功したら、デート代全部、後で俺が払ってやらあ」 「言ったな!忘れンなよ!バカスカ金使って、目ン玉飛び出る程請求してやるぜ!」 かくして、四人は二グループに別れて行動することになった。
ちょっと準備するからリビングで待っててとジョウにお願いしたアルフィンは、追加でもう一つのお願いをしていた。 「今日はクラッシュジャケットを着てね」 彼女にしては珍しい注文だった。 仕事を離れた時は、自分だけでなくジョウのファッションにもあれこれ口を出す位服装には拘りがあるタイプなのに。 (買い物に付き合えとかじゃないのか) てっきりそうだと思い込んでいたジョウの予想は外れたようだった。 (なら、映画とか遊園地とかか…?いや、それでもわざわざクラッシュジャケットを着させる必要は無いよな) あれこれ考えては見たが、答えらしきものが見つからないうちにアルフィンは自分もクラッシュジャケットに着替えてリビングに戻って来た。 「お待たせ!さ、出掛けましょう!」 花が咲いたような、満面の笑みであった。
アルフィンがレンタルしてきたエアカーで二人は海岸線を飛ばしていた。 「どこに行けばいいんだ?」 運転をしながらジョウが尋ねると、アルフィンは携帯端末とにらめっこしながらナビを操作した。 「えっとね、ここ。あと20km程先、この山の麓まで行ってちょうだい」 「山?何しに行くんだ、山なんて」 「いいから、いいから」
いぶかしみながらも言われた通り車を走らせたジョウは、遥か前方に姿を表した目的地の山を見て、思わず声を上げた。 「あれか!」 ジョウの視界に飛び込んで来たのは、目にも鮮やかな桃色の山であった。 幾つか違う種類の木が植えられているのだろう、桃色と言っても濃淡があり、咲き具合に違いがあるのが一層見る者の胸を掴む、それはそれは美しい光景であった。 「綺麗だなあ!」 普段滅多に口にしない単語が自然とジョウから零れるほど、それは素晴らしい景色だった。 快晴を背にそびえる桃色の山だけでも美麗な眺めのに、更に美しいことに麓の手前に拡がる平原には色取りどりのは草花が群生しており、ピンクに燃える山を引き立ているのだ。 目にも綾な、まさにそれは絶景であった。
「桜なんですって。地球を懐かしんだ移住者が地道に植林をして、育てたんですって」 説明するアルフィンの顔は実に幸せそうである。その頬がうっすらと上気していて、あ、ここにも桜が咲いているとなどとジョウは柄にもなく感じ、その胸がじわっと温かくなった。 「何か面白い場所は無いかしらとネットで探してたの。そしたらローカル情報でここの話が出てきてね」 そうか、でもそれならタロスやリッキーも一緒に来れば良かったのにと言いかけて、ジョウははたと寸前で口をつぐんだ。 (…二人だけで、ゆっくり見たいってことだよな) いわゆる、女心というヤツなのだろう。 その気持ちがくすぐったく、ジョウは何だかそわそわしてしまう。体温が上がるのを感じる。クラッシュジャケットでなければ、脇の下に汗が染み出していたかも知れない。 そんな次第で、景色を楽しむだけなど、およそ普段の彼なら満足出来ないイベントだが、たまにはいいかという気持ちになった。 こんな絶景は滅多にお目に掛かれないし、何よりアルフィンの思いを無下にしたくない。
麓近くで車を止め、二人は降り立った。 髪をなぶる風も芳しく、まさに春爛漫である。 「その辺、歩くか」 草花を縫うように細い道がありそこへアルフィンを促すと、彼女は小さくかぶりを振った。 「歩かない。今日の目的は違うの」 そう言うとアルフィンは車の後部に回り、トランクを開けて荷物を取り出した。 その荷物、とは。 「ハンドジェット!?」 あまりにも意外な仕事道具の出現に、ジョウは思わず大きな声を出してしまった。 「うん、空からこの景色を見たいから」 どことなく恥ずかしげに目を伏せながらアルフィンは折り畳み式のそれを拡げ、調子を確かめてからジョウに向かって差し出した。 ハンドジェットで景色を楽しむなどという発想は、10歳の頃から仕事をしているジョウにしてみれば目から鱗のアイデアだったので、俄然乗り気となった。こんな遊び方も面白そうだ。さぞや爽快な気分になるだろう。 浮き浮きとハンドジェットを装着するジョウを、アルフィンは両手を後ろで組みじっと見つめていた。 「さ、俺は準備出来たぜ。アルフィンも早く着けろよ」 ご機嫌で促すジョウに、アルフィンはまたしても小さく頭を横に振った。 「あたしの分は無いの」 「え?」 何故と続けようとしたジョウの胸に、アルフィンはこつんと額を付け、顔を見せないように隠してから一気に話し出した。 「ジョウに抱いて貰って空を飛びたいのよ」 「ええっ!?」 カッと、ジョウは真っ赤になった。 てっきり二人して空の散策を楽しむばかりと油断していたので、その要求があまりにもインパクトがあったのだ。 「だめ?」 くっと顔をあげ、今日の空の色のような澄んだ碧い眼でアルフィンはひたとジョウを見つめた。 「だ、だめって、そりゃ…」 首まで赤くなりながら、ジョウはへどもどと言葉を濁すしかなかった。 嫌な訳じゃないけど、だけどそんなの、密着し過ぎて恥ずかしいじゃないか(誰も見てないけど)! 何とかこの場を逃れる術はないかと懸命に頭を使っているジョウを見ると、アルフィンは堪らなくなったように少し声を荒らげた。 「だって、やなんだもん!ワームウッドでジョウがルーを抱えて飛んでた光景を思い出す度に、胸がギュッと痛くなるんだもん!」 「えっ…?」 本音をぶちまけたアルフィンは気が楽になったように、奔流のようにその胸にわだかまっていたものを吐き出した。 「解ってるわ、あれは緊急避難で仕方なかったってことぐらい!でも、やなものはやなの!あたしだってそんな事して貰ったことないのに、ルーがぴったりジョウに抱きついて空飛ぶ姿見せられて!あの光景が頭から離れないの!胸をかきむしるのよ!」 「アルフィン…」 ほとんどベソをかくようにしてアルフィンは続けた。 「だから、忘れたいの。ジョウに掴まって空を飛んで、綺麗な景色見てうんと楽しい気分になって、ジョウにしがみついてたルーの姿も、落とさないようがっしりルーを抱き締めてたジョウの姿も、全部そんなのどうだっていいことと思えるようになりたいの」
「アルフィン…」 一陣の風が吹き抜け、二人の髪を乱した。 絹糸のように素直で細いアルフィンの髪が、その顔を半ば隠してしまう。 その髪を、ジョウはそっと掻き分け耳に掛けてやった。 「いいぜ。二人で、飛ぼう」
空は清々しかった。 地上から遥か上の空気は冷たいと言ってよい程だったが、背中に感じる太陽の暖かさと、クラッシュジャケットの恩恵と、そして何よりぴたりと抱き合う互いの温もりとそれ以上の何かのおかげで、二人は寒さなど毛ほども感じていなかった。 眼下には、夢のように美しい光景が拡がっている。 桃源郷とは、このような場所ではなかろうか?
遊び倒す休暇も最高だが、今日のランデブーはまた別格だった。 この日の事は一生忘れないだろうと、二人はそれぞれに確信していた。 命の洗濯というより、何かとても大切な思い出としてこの先の人生で折に触れて思い出すような…。
この日を思い出すその時に、二人が一緒にいられたら――。
「綺麗だな」 ハンドジェットの駆動音にかき消されそうな声でジョウは呟いたが、不思議にそれはアルフィンの耳に真っ直ぐに届いた。 「うん。とても」 幸福そうなアルフィンの呟きもまた、ジョウの耳と胸に、確かに。 「しっかり掴まってろよ」 言いつつ、ジョウはぎゅつとその腕に力を込めてアルフィンを強く抱き締めた。 「大丈夫。だからジョウも、離さないでね」 微笑むアルフィンがまた花のように見えて、ジョウの口許が綻んだ。 太陽のように眩しいその笑顔に暖められた胸に押されて、アルフィンは華奢な腕に精一杯力を込めた。
花が咲き乱れる桃源郷で、二人は鳥となり天空を翔けた。 何事も無い、ただ夢のような幸せに満たされた日の話。
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