| …もう、何を喚き散らしていたのかも覚えていない。
だって、どうやってここにたどり着いたのかさえ分からないのだ。 ただどうすることも出来なくて、どうにも引っ込みがつかなくて、ふと気づいたら涙が出ていた。部屋に満ちていく自分の嗚咽が、まるで別世界のことのようだった。 今、あたしの中にある沈黙は、静かすぎて胸にとても痛かった。
その一方で、傍らから漂ってくる空気は優しく、暖かくあたしを包んでいた。 静かに優しくあたしを包む(くるむ)。 これ以上、その優しさに触れてしまったら、枷が外れたように一気に涙が吹き出してくる気がして、あたしはわざとそちらを見ないようにしていた。
どうか、ほっといて。 今はあたしに構わないで。 どっかにいっちゃって。
でも、そう言いたいのに声が言葉にならない。
「ルー」
不意に、ベッドに座っていてこちらを見ていた姉が、そっとこちらを覗きこんできた。そのまま様子を伺うようにして傍らに座り、頬に触れる。
ありえない。 ありえないほどの優しい仕草だ。 「あんたはよくやったよ」 そのまま、あたしの頭をいい子いい子する。 「まぁ、相手が悪かったというか、タイミングも悪かったというか。あのアホが後悔する日も、そう遠くないと思うけどね」 坦々と言葉を紡いで、そっとあたしの肩を叩く。 「…アホ?」 「アホだろう。ルーの良さが分からないなんて、その辺の蟻以下だね」 「…蟻」 「だから、あんたらしくもなく普通の女と同じようにメソメソ泣くのは、今日一日で終わりにしな」 「………」 「地獄の三姉妹の一人とあろうものが、あんなアホな童貞に泣かされるなんて世も末だよ」 相変わらず、優しい素振りでいい子いい子しながら男前の姉は呟く。
こういうのはいけない。 こういうのはとんでもない反則だ。 こんなありえない仕草をされたら、泣きたくても泣けないではないか。びっくりして。
「まあ、次の仕事で一緒になった時に容赦なく踏み潰してやるから、あんたも気合を入れるんだよ」 「……ホントに?」 「なに?」 「ほんとに後悔するかな?」 「は?」 「ジョウはあたしを振ったことを後悔するかしら」 「え。…、うん、まぁ。するかもしれない、ね」 「すると思う?おーねえちゃん」 「うー、ん。まぁ、うん、そーだね」 「ホントに?」 「うん、まー。なんだ。…多分、するんじゃない?かな?」
ついうっかり見つめ返してしまった姉の顔が、目の前にばっちりとアップになった。その目は泳ぎ、とてもらしくなく動揺の波を湛えている。
………ダメだこりゃ。
言葉にならなかった上に、もう表情を作る気力もなくなったので、あたしはまた俯いて枕に顔を埋めた。 そして、この失恋の痛みに完全にこの身を晒すべく、ティッシュボックスをサイドボードから引き寄せて、今度こそ思いっきりワンワンと泣いた。
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