| 「…だから、もういい加減にしろってことだよ」 「うん?」 「無理に仕事の話なんかしちゃって、メチャクチャ気にしてることは、とっくの昔にバレバレなのにさ」 リッキーと向かい合わせのソファーに腰掛け、ミミーは目の前のコーラのプルトップを外す。そのままズズと音をたててコーラを口に入れた途端、炭酸が喉に食らいつき堪らずむせ返った。あーあーあー大丈夫かよ、とリッキーはジャケットからハンカチらしきものをミミーに差し出した後、そこに広げてあった裂きイカの袋に右手を突っ込んだ。 「…なにこれ」 「ハンカチ」 「じゃなくて、なんかところどころに薄らと茶色いシミが、」 「あー、それね。この前の仕事の後、みんなで騒いだ時についた焼肉のタレ」 「へー…。あ、そう。…へえ」 事も無げにそう話すリッキーを横目に、仮にも女の子相手にこう来るか、とミミーは遠くを見つめた。 傍から見たらとてつもなく平坦な目になっていることだろう。 しかし、もはやそんなことを気にする気力もない。 だいたいにして、もう馬鹿らしいことこの上ないのだ。
………だって。
どうせ貸してくれるんだったら汚れてないハンカチを貸してくれと思うのは、自分が人より恵まれて育った為ではないと思う。こういう場合、普通はきちんと洗濯したものを貸すとか、せめて汚れていない部分を差し出すとか、百歩譲って汚れててゴメンなどと前置きを置くとか。なんというか、ちったあ気の利いたセリフを吐いてみろよ、と思うのは恋する乙女の我侭だろうか。 なにせ一年ぶりに再会し「もおー本当に会えて嬉しいぜ、ミミー!」とか何とか言っておきながら、話をしようと案内されたのが最寄の宇宙港の出発ロビー(食糧持ち込み可)だった。しかも飯をおごると言われてついてきてみれば、差し出された食糧が彼持参のジャンクフードとコーラだけだなんて、詐欺じゃん!と叫びたくなっても仕方がない。
こっちは一年ぶりに会える。 ちゃんとそれなりのおしゃれをして、初めて香水なんかもつけてみようかな、などと可愛いことを考えていたというのに、だ。
肝心の相手は、身なりはいつもの如くグリーンのちょっと汚れたクラッシュジャケットのまま。とどめに、この数時間後には再び宇宙に飛び立ってしまう予定だなんて、もう笑うしかない。 自分一人で浮かれていたのが馬鹿みたいだ。 確かにデートをしようと言われた訳ではないし、美味しい食事をしに行こうと言われた訳でもない。 勝手に、自分勝手なストーリーを頭の中で展開させて盛り上がってしまった感は否めないが、それでも無駄な体力を使わせやがってこのやろーと、的外れな怒りをミミーはどうにもこうにも止められなかった。
が、そう言う一方で。 ミミーだって分かってはいる。 『彼が相手なら話は別』なのだと。 幼い頃、生きる為だけにククルの暗黒街でギャング団として引ったくりを繰り返していた彼が、常日頃から小奇麗なハンカチを持ち歩くなんてゾッとしない。「さあ、これを使えよ」とキラキラ輝くほどの白いハンカチを差し出されるほうがよっぽど嘘くさい。この場合、ハンカチと呼ばれるものを彼が所持していただけでも奇跡的だと喜ぶべきだ。
−−−うん。そうそう。
さらに、目の前の彼がククルを飛び出した後、密航した船は「銀河髄一のクラッシャー」と称される男の船だった。 宇宙の何でも屋といわれるプロフェッショナル集団。 手がける仕事は政治家の護衛、危険物の運搬・輸送、さらには惑星開発まで、その責任と命を天秤にかけて遂行する危険なもの。実際、自分も散々世話になって助けてもらった。 まさに宇宙生活のプロ。 彼が常にそんなところに身を置いていることは重々承知している。 何より、その仕事を心底愛し、誇りを持って毎日を送っていることも。 だから。 そんな男たちが「今日の服はなんにするか」など暢気に考える暇があろうはずはない。その誇り高い仕事のコスチュームであるクラッシュジャケットは、彼らの生き様の象徴だ。 多少汚れていようが、ボロボロであろうが、ムードも減った暮れもなかろうが、敢えて言うなら、可愛くドレスアップした自分とどれだけアンバランスであろうが、この際それは大した問題ではないのだ。
−−−多分。
はあ。 本日、何度目になるか分からない溜息をつきながら、ミミーは半ば諦めるように無理やり自分を納得させた。そして、 (あたしって、こんなに健気だったんだ。おどろき) と、今度こそむせ返らないように、しみじみとコーラを喉に流し込んだ。気持ち上目遣いに、意味ありげな視線で、目の前に座る想い人を見つめながら。
「−−−で?」 「ん?」 「どんな風なのよ?」 「なにが」 「なにがって、ジョウよ。何をそんなにイライラしてるって?」 こうなると半ばミミーもやけっぱちだ。 そもそも今日は「話聞いてくれよー!」と、リッキーに泣きつかれたような格好で実現した再会である。勝手に彼の心を妄想しては、嬉々として浮かれていた自分ではあるが、ここまできたらせめて本題を聞いて帰らなければ、それこそわざわざスクールをサボった甲斐がない。 その代わり、話をなおざりに聞くかもしれないことには目を瞑れ、と恋する乙女心を銀河の向こうに捨て去った彼女は男前に心の中で呟いた。
かくして二人の会話は続いていく。 半ばなし崩し的に。
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