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■1779 / inTopicNo.1)  さあ、どうしようか
  
□投稿者/ とむ -(2009/05/04(Mon) 21:14:18)
    「…だから、もういい加減にしろってことだよ」
    「うん?」
    「無理に仕事の話なんかしちゃって、メチャクチャ気にしてることは、とっくの昔にバレバレなのにさ」
    リッキーと向かい合わせのソファーに腰掛け、ミミーは目の前のコーラのプルトップを外す。そのままズズと音をたててコーラを口に入れた途端、炭酸が喉に食らいつき堪らずむせ返った。あーあーあー大丈夫かよ、とリッキーはジャケットからハンカチらしきものをミミーに差し出した後、そこに広げてあった裂きイカの袋に右手を突っ込んだ。
    「…なにこれ」
    「ハンカチ」
    「じゃなくて、なんかところどころに薄らと茶色いシミが、」
    「あー、それね。この前の仕事の後、みんなで騒いだ時についた焼肉のタレ」
    「へー…。あ、そう。…へえ」
    事も無げにそう話すリッキーを横目に、仮にも女の子相手にこう来るか、とミミーは遠くを見つめた。
    傍から見たらとてつもなく平坦な目になっていることだろう。
    しかし、もはやそんなことを気にする気力もない。
    だいたいにして、もう馬鹿らしいことこの上ないのだ。


    ………だって。


    どうせ貸してくれるんだったら汚れてないハンカチを貸してくれと思うのは、自分が人より恵まれて育った為ではないと思う。こういう場合、普通はきちんと洗濯したものを貸すとか、せめて汚れていない部分を差し出すとか、百歩譲って汚れててゴメンなどと前置きを置くとか。なんというか、ちったあ気の利いたセリフを吐いてみろよ、と思うのは恋する乙女の我侭だろうか。
    なにせ一年ぶりに再会し「もおー本当に会えて嬉しいぜ、ミミー!」とか何とか言っておきながら、話をしようと案内されたのが最寄の宇宙港の出発ロビー(食糧持ち込み可)だった。しかも飯をおごると言われてついてきてみれば、差し出された食糧が彼持参のジャンクフードとコーラだけだなんて、詐欺じゃん!と叫びたくなっても仕方がない。

    こっちは一年ぶりに会える。
    ちゃんとそれなりのおしゃれをして、初めて香水なんかもつけてみようかな、などと可愛いことを考えていたというのに、だ。

    肝心の相手は、身なりはいつもの如くグリーンのちょっと汚れたクラッシュジャケットのまま。とどめに、この数時間後には再び宇宙に飛び立ってしまう予定だなんて、もう笑うしかない。
    自分一人で浮かれていたのが馬鹿みたいだ。
    確かにデートをしようと言われた訳ではないし、美味しい食事をしに行こうと言われた訳でもない。
    勝手に、自分勝手なストーリーを頭の中で展開させて盛り上がってしまった感は否めないが、それでも無駄な体力を使わせやがってこのやろーと、的外れな怒りをミミーはどうにもこうにも止められなかった。




    が、そう言う一方で。
    ミミーだって分かってはいる。
    『彼が相手なら話は別』なのだと。
    幼い頃、生きる為だけにククルの暗黒街でギャング団として引ったくりを繰り返していた彼が、常日頃から小奇麗なハンカチを持ち歩くなんてゾッとしない。「さあ、これを使えよ」とキラキラ輝くほどの白いハンカチを差し出されるほうがよっぽど嘘くさい。この場合、ハンカチと呼ばれるものを彼が所持していただけでも奇跡的だと喜ぶべきだ。

    −−−うん。そうそう。

    さらに、目の前の彼がククルを飛び出した後、密航した船は「銀河髄一のクラッシャー」と称される男の船だった。
    宇宙の何でも屋といわれるプロフェッショナル集団。
    手がける仕事は政治家の護衛、危険物の運搬・輸送、さらには惑星開発まで、その責任と命を天秤にかけて遂行する危険なもの。実際、自分も散々世話になって助けてもらった。
    まさに宇宙生活のプロ。
    彼が常にそんなところに身を置いていることは重々承知している。
    何より、その仕事を心底愛し、誇りを持って毎日を送っていることも。
    だから。
    そんな男たちが「今日の服はなんにするか」など暢気に考える暇があろうはずはない。その誇り高い仕事のコスチュームであるクラッシュジャケットは、彼らの生き様の象徴だ。
    多少汚れていようが、ボロボロであろうが、ムードも減った暮れもなかろうが、敢えて言うなら、可愛くドレスアップした自分とどれだけアンバランスであろうが、この際それは大した問題ではないのだ。

    −−−多分。

    はあ。
    本日、何度目になるか分からない溜息をつきながら、ミミーは半ば諦めるように無理やり自分を納得させた。そして、
    (あたしって、こんなに健気だったんだ。おどろき)
    と、今度こそむせ返らないように、しみじみとコーラを喉に流し込んだ。気持ち上目遣いに、意味ありげな視線で、目の前に座る想い人を見つめながら。




    「−−−で?」
    「ん?」
    「どんな風なのよ?」
    「なにが」
    「なにがって、ジョウよ。何をそんなにイライラしてるって?」
    こうなると半ばミミーもやけっぱちだ。
    そもそも今日は「話聞いてくれよー!」と、リッキーに泣きつかれたような格好で実現した再会である。勝手に彼の心を妄想しては、嬉々として浮かれていた自分ではあるが、ここまできたらせめて本題を聞いて帰らなければ、それこそわざわざスクールをサボった甲斐がない。
    その代わり、話をなおざりに聞くかもしれないことには目を瞑れ、と恋する乙女心を銀河の向こうに捨て去った彼女は男前に心の中で呟いた。




    かくして二人の会話は続いていく。
    半ばなし崩し的に。


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■1780 / inTopicNo.2)  Re[1]: さあ、どうしようか
□投稿者/ とむ -(2009/05/08(Fri) 19:58:36)
    「手っ取り早く言えば、兄貴が原因なんだけどね。本人は隠してるつもりなんだろうけど」
    「はぁ…、」
    「もー、毎日毎日くっだらない話で険悪なムードを作っちゃってさ。どーして兄貴って、あそこまではっきりしないままでいられるのか不思議でならないよ」
    偉そうな台詞を吐きながら、早くも2袋目のポテトチップスを開封に掛かっているリッキーを見て、ミミーはやれやれと肩を落とした。


    −−−なんだか、いろいろ間違ってる


    リッキーと一年ぶりの再会を果たした後、連れ立って入ってきた宇宙港のロビーは、いつも以上に人でごった返していた。
    ここに来る途中に歩いた、この都市一番の繁華街の道の両側に植わっている街路樹にはキラキラと点滅する小さな豆電球がいくつも巻かれていて、否応なく今年最後の一大イベント気分を盛り上げている。いざ空港内に入れば店という店に赤と緑のデコレーションが施され、二人が座りこんだロビーの中央には、輝く星の装飾を頭にのせたツリーが陣取っていた。
    ミミーの記憶では、その当日までにまだ一週間以上の余裕があるはずだったが、空港内を行き来する人々の顔は、この一年の締めくくりイベントを迎えることへの期待で輝き、それ以上に楽しげに見えた。

    そりゃあそうだ。
    なんと言ってもクリスマスである。
    恋人たちのイベント。
    恋人に未だ至っていない人々にとっても、大手を振って目指す相手を喜ばすことができる一日だ。ククルでは、今は亡き両親が毎年プレゼントを贈ってくれた。それこそ、もういらないと悲鳴をあげたくなるほどに。

    なのに。

    それなのに、だ。




    『Merry Chistmas!』

    二人で座り込んだソファーの目の前にある化粧品売り場のポスターを見て、
    「あー、そうか。もうそんな時期なんだなあ。どうりでやけに皆がキラキラして楽しそうだと思ったぜ。いやー、俺らみたいにいつも宇宙空間にいる人間だと、こういうイベントはトンと疎くなっちまってさあ」
    参るよなあ、ミミー!
    カカカと威勢よく笑いながら肩を叩かれたミミーは、あまりの勢いにそのままくらり、と眩暈を覚えて座っていたソファーに沈没しそうになった。
    店頭のポスターの中で朗らかに微笑むサンタクロースまでが、自分を嘲笑っているように見えてくる。


    さらに眩暈のすることに、今回のメインイベントである相談の内容というのがこれまたくだらない話だった。彼が深刻に悩みぬいている原因とは何事かと思いきや、蓋を開ければ何のことはない、彼のチームリーダーであるクラッシャージョウと航宙士アルフィンの痴話喧嘩であるというから、呆れ返るのもここに極まれる。
    「痴話喧嘩?!」
    話を聞いてミミーは真実、叫ぶような大声を上げ、思わずその場に立ち上がった。
    散々、深刻そうな顔をして引っ張ってきた話の核心がそんなことだと?!
    突然立ち上がったミミーをリッキーは暫く口をぽかんと開けて見上げてたが、やがて長い溜息のような息を吐いてこっちに来いと手招きをした。
    「………」
    とてつもなく渋い顔を作りつつも、ミミーは言われた通りにリッキーと顔をつきあわせるようにして腰を下ろす。
    するとすかさず、リッキーは顔の前に人差し指を突き立ててこう言った。
    「…大きな声を出すなって。一応距離があるとはいえ、ここのドッグに<ミネルバ>が繋がれてるんだからさ」
    子ネズミがこそこそと外に陣取る外敵を伺うようなリッキーの様子に、だったらこんな所で待ち合わせなんぞするんじゃない、とミミーは言いかけるが、彼女は鋼鉄の意志でなんとかその言葉を呑み込んだ。そのまま仏頂面で黙り込み、リッキーの言葉の続きを待つ。
    つまりさ、と彼は唇を濡らしながら話し始めた。

    「要点をかいつまんで説明するとだね、俺らとしてはこれ以上の理不尽は勘弁してもらいたいってことなんだよ。だって兄貴ったら言ってることとやってることが奇天烈で、明らかに支離滅裂なんだもん。それでいて、この期に及んでアルフィンのことを何とも思ってないとか言い張るんだぜ。だから、もう何がなんだか、余計にぐちゃぐちゃになっちまってる訳なのさ」
    オーバーリアクションでことの詳細を説明し始めるリッキーに、そっちこそ何を言ってんのか分からないと突っ込みたい気持ちを、ミミーはなんとか押し込める。

    ああ、間違ってる。なんだかとっても。
    ここでリッキーと再会するまで、デートだなんだと浮かれていた自分が一番嫌だ。

    「…それはそれはご苦労様、」
    ひどい虚脱感を覚えながら、かろうじて相槌を打つ。
    だが、悲しいまでに彼女の努力に気づかないリッキーは、「真面目に聞いてンのかよ。こっちはマジで大変なんだぜ」と憮然とした表情で腰に手を当てた。
    「聞いてる聞いてる」
    「もうアイツの護衛をしてから半年は経つっていうのに、毎日連絡が入るんだよ。毎日だぜ!回線を開けた途端にべらべらべらべらどーでもいいことを喋りやがる。しかも、アルフィン以外の野郎が出るといきなり回線をオフにするなんて、人間としてどーかと疑うね。失礼極まりないってああいう奴のことを言うんだよ。まったく、アラミスも何であんな奴の仕事を請けたんだか、神経が分かんないよ」
    「………」
    「聞いてる?ミミー」
    「…聞いてるってば」
    一体何が悲しくて、人様の恋話を聞かねばならぬのか。
    どうやらアドバイスを求められているようだが、こういう状況では、よっぽど自分がこの場から抜け出す方法を教えて欲しいと痛切に思う。
    「兄貴なんて、もー、そいつからハイパーウェーブが入る度に、すんげえ怖い顔になっちまってさ。モノには当たる、ドンゴには当たる、そいでもって最後の絶好の標的が俺らって訳さ」
    「………」
    何を誇らしげにしているのかは分からないが、日々、ジョウからの謂れのない八つ当たりにリッキーが晒されているということは理解できた。本人が言うほど、どう見ても深刻そうではなかったが。

    すると、ミミーの気合の入らない様子を感じたのかリッキーが再度こう言って来た。
    「ほんとに聞いてるのかよ、ミミー」
    「聞いてるってば。だけど、その変な代名詞ばっかで喋るのを止めてくれないと、もう真剣に何の話だかさっぱり分かんない。そもそもアイツって誰よ。仕事の関係者?元クライアント?それがどうして毎日<ミネルバ>に連絡を入れるようになって、どうしてそこまでジョウの機嫌が悪くなるのか順を追って説明してよ。じゃないといい加減にあたしだって怒るからね」
    ミミーは極めて真っ当な、正当な意見をリッキーに返し、その後押し黙ったリッキーを押しのけるようにして、自分も目の前に広げられていたフライドチキンの箱に手を伸ばした。
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■1783 / inTopicNo.3)  Re[2]: さあ、どうしようか
□投稿者/ とむ -(2009/05/18(Mon) 11:27:59)
    すっかり勢いを削がれてしまったリッキーを、ほらほらと宥め賺してせっついてみると、大体の話の中身はこんな感じだった。件の「アイツ」とはどうやら、半年ほど前にアラミスからの打診で依頼を受けたクライアントを指している。
    その名を、ヴァルター・アヴェンロートという。
    それを称して「銀河の至宝」と言わしめる程の美貌と才能を持ったピアニスト。まだ25歳の若さで荒削りではあるが、彼の奏でる旋律は銀河髄一と呼ばれるほどで、宇宙連合主席のパーティや大物政治家のパーティなどから招かれては、その美しい旋律を披露していることで有名だった。
    その名前をリッキーから聞くと、ミミーでさえ「ヴァル?!」とひときわ高い声をあげ、辺りに満ちる鈴の音楽を押しのけて周囲の人々の視線を浴びた。
    思わず声を潜めて縮こまる。
    「…あのヴァルの護衛をやったの?半年前に?」
    「うん。銀河連合のお偉いさんの依頼でね」
    「うっそ!ヴァルのコンサートってなかなかチケットを取れないってことで有名なのに。じゃ、リッキーはヴァルのコンサートを観れたってこと?!タダで?!」
    「………」
    再度興奮してしまった自分をリッキーが思いっきり冷めた顔で見ていることに気づき、ミミーは居ずまいを正した。
    「…はいはい。冗談です。羨ましいなんてこれっぽっちも考えちゃいないってば。ちゃんと話は聞いてます」
    「…冗談じゃないってんだよ、コッチも。日々、兄貴とアルフィンの馬鹿馬鹿しい冷戦に巻き込まれないように、ない知恵を振り絞ってるってのにさ。兄貴ったら無自覚であの調子だし、ほんとに始末が悪いんだから」
    まったく。
    ぶちぶち文句を言いながら、ソファーの上で胡坐をかき出したリッキーに、アンタもね、とミミーは小さく呟いたが、残念ながらそれはいつもの如く当の本人に気づかれることはなかった。
    世の男というものは須らく鈍感で、無神経、そして間抜けと断言してよい生き物なのだろう。
    リッキーはもちろん、うんざりするほど長い愚痴話に登場するクラッシャージョウもまた然りだ。

    「まぁ、今回はアイツのコンサートを利用しようとしてたテロリストの事件だったんだ。ヴァルターの身辺警護にアルフィンがついたことで、ヤツがアルフィンを気に入っちゃったらしくて、仕事の後、何かっつーとアルフィンに連絡してくるようになったんだよ。もー、それからというもの、兄貴の機嫌が目に見えて悪くなっちゃってさ。不機嫌を撒き散らすっていうか、オーラが近寄れないっていうか、まずアイツをガン見して、その次にアルフィンを無言のまま睨みつけて。でも、当のアルフィンには何も言わず、アルフィンが出て行くと残りの男共に八つ当たりさ」
    「…はあ」
    「そんなに気になるなら、アルフィンに通信に出るなって言えばいいじゃん、って言ったことがあるよ。でも、その時の兄貴ったら何て言ったと思う?」
    「さあ」
    「…俺たちはただのチームメイトだ。別に止める権利ないって」
    肩を落として息を吐くリッキーを見て、ミミーは明後日の方向を仰いだ。

    何だか知らんが、男というものはとにかく面倒くさくていけない。
    そんなしちめんどくさい態度を取るくらいならば、きっぱりと男らしく宣言すればいいのだ。
    一言、『君が好きだ』と。
    なのに、そこまで頑なになってまで一体何を守りたいと言うのだろう。
    呆れた顔を隠すこともせず、ミミーはその両手で顎を支えながら呟いた。

    「…ほんと、男ってバカね。女の気持ちは分かってて、それには何故だか答えないくせにヤキモチだけはしっかり妬くなんて」
    まったくだまったくだと頷いて、指についたチキンの油をティッシュで拭き取りつつリッキーはミミーに言った。
    「…なあ。ここらで一発、ミミーから兄貴に言ってやってくんない?」
    「はぁ?!何であたしがそんな余計なお世話なことしなくちゃいけないのよ。そんなことする暇があったら、むしろ自分の方をナントカしたいってば」
    途端にリッキーが心底魂消たという顔で眼を剥いた。
    「え・え・え?自分の方?−−−何、ミミーって気になってるヤツがいるの?!」
    「いや、あの。気になってるっていうか、」
    「なんだよ。どんなヤツ?教えろよ。同じスクールに通ってるヤツ?悩み相談なら聞いてやるぜ」
    「………。もういいから。ちょっと黙れっての」

    ああ、もう。
    隣でギャンギャンと騒ぎ始めたリッキーを尻目に、このあんぽんたんはこれ以上どうしようもないとミミーは肩を落とす。
    その気になってる相手がまさか自分であろうとは、これっぽっちも考えちゃいないのだ。あの事件の後、宇宙港の出発ロビーでキスを贈るのにどれだけ勇気がいったことか。
    自分以外のことは「いい加減放っておけ」と言うくらい気を回すくせに、肝心の自分のことときたらさっぱりだ。
    こちらは付入る隙が見えすぎて困るくらいだと言うのに。


    ふと。
    気になってミミーはリッキーに問うた。
    「…アルフィンは?」
    「ん?」
    「アルフィンの様子はどうなの。ジョウがそんなにピリピリしてるのを見て、なんて言ってる?」
    「なーんも」
    「何も?」
    「うん。たまにキレることはあっても基本、無視してるぜ。一人で何かぶつぶつ言ってる時もあるけど。今日俺らが出てくるときも、絶賛冷戦状態継続中でさー」
    まるでどこかの歳末セールのような例えをして、リッキーは力なく笑った。
    …一体何の大売出しだ。
    小さな溜息を唇の端から洩らし、ミミーは前方を歩く人並みに視線を滑らせた。
    そして、あれっきり見ていなかったアルフィンの姿をぼんやりと思い出してみる。
    聞けば、アルフィンはもともとピザンの国の王女様で、自国のテロをジョウに鎮圧してもらった縁で、彼のチームに押しかけクラッシャーになったという。ククルの事件の時には、ビースト相手に女だてらに男衆に負けない奮闘を繰り広げて、人間の手に街を取り戻すために一役買っていた。


    あの荒廃しきったククルの地下街で育った自分にも匹敵するほどの負けん気の強さ。
    卑屈に屈しないこころ。
    ものごとの一番奥にある大事なものをしっかり見据えるような、その碧い瞳。

    その揺るがない強さが彼女の生来の気質によるものか、王女という特殊な環境で培われたものかは定かではなかったが。
    その一世一代の決意によって、彼女は「ジョウの一番近くにいる女」という絶好のポジションをゲットしたわけだ。

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■1785 / inTopicNo.4)  Re[3]: さあ、どうしようか
□投稿者/ とむ -(2009/05/21(Thu) 18:49:49)
    空港内に響くシャトルの出発時刻のアナウンスを遠くに聞きながら、ミミーは通り過ぎていく人の波を見つめてみる。目の前を通り過ぎていく人々は、みんな得てして楽しげだった。大きなクリスマス仕様のパッケージを抱えている家族、寄り添いながら笑いあうカップル、おそらくアルバイトなのだろう、サンタクロースの姿になってビールを売り歩く若い女でさえ、その日を心待ちにしているように見える。
    すっかりクリスマス色に染められた空港内はキラキラときらびやかで楽しげではあったが、一度外の滑走路を見渡すと、そこには寒々しい冬の帳を纏った夕暮れが迫ってきていた。これから出発しようとしているシャトルの両翼の灯りがチカチカと点滅しながら滑走路を迂回し、しばらくすると静かに空の彼方に吸い込まれていく。いくつもいくつも。


    −−−まったく「友達」というものは難しい。
    自由なようで思いっきり不自由だ。
    時たま、そのポジションが「ここまでは立ち入ってもよい領分だが、そこから先は手順を踏んで進むように」と無言のプレッシャーをかけてきているように思えて、ミミーにはどうもやりきれない。
    ほら、まるで今のあたしみたいに。
    あと数時間もしたら、馬鹿みたいに軽口を飛ばしあっているこの友人は、再びこのサラチナの地から遥か彼方、宇宙の大海原に消えていくのだ。
    ここで別れたら、次に会えるのは一体いつなのだろう。
    ミミーはやりきれない思いをその表情に乗せて溜息をついた。

    次に会えたとしても、その時、彼にとって自分が今と同じ立ち位置でいられているかは怪しいもので。
    もし、これまでの場所よりも下がってしまったとしたら、一体自分はどうすればいいのだろう。

    きっとアルフィンも考えたはずだ。
    ジョウのチームが国を離れようとしたその時に。
    このまま離れてしまっていいのか。
    このまま離れてしまったら、きっとそれでお終い。
    仕事を請け負ったクラッシャーとそれを雇ったクライアント、ただそれだけで終わる。
    それくらいなら、と密航した。
    自分の気持ちをジョウに伝えて。
    真っ直ぐに一直線に。
    自分とはまるで違う、その潔さに眩暈がする。


    こんなはずではなかった。
    こんな意気地のない女ではなかったつもりなのに。
    なのに、どうしてこうもうまくいかない。
    「…ああ、もう!」
    ミミーはアップにしていた髪に構わず、頭をくしゃくしゃに掻き毟った。
    「…おいおい、なんだよ急に」
    リッキーが眼を真ん丸くして腰を浮かす。
    「…ばっかみたい」
    「はあ?」
    「もお、ほんとにほんとにばっかみたい!」
    「お、おい。ミミー」
    両手で顔を覆ったまま俯いて叫ぶミミーに、リッキーはただただうろたえる。
    なんだよ、どうしたんだよ、俺らミミーに何かした?
    そんなうろうろとした視線の先で、リッキーは相変わらずミミーを気遣わしげに見つめていた。



    分かっている。
    馬鹿みたいなのは自分だ。
    ずるいのは自分だ。
    リッキーと一緒にククルを走って。
    このままではダメだと、誰かに守ってもらってばかりではダメなのだと思い知ってここに来たのに。
    自分の力だけで何が出来るのか、何を掴めるかやってみたいと思ってきたのに、こんなちょっとしたことで、あっけなくブレてしまう肝心の部分。相手の弱いところを見つけて、そこをやさしく繕ってやれば、好いてもらえるのじゃないかと期待している自分はとても卑怯だ。
    いつも助けてもらうばかりで。
    いつも気遣ってもらうばかりで。
    本当に肝心のところはいつまでたっても昔のまま。
    ああ、今日のあたしは本当にリッキーに会えることが嬉しかったのに。
    あたしはちゃんと彼の話に耳を傾けていたっけか。
    そんなことすら、もう分からない。


    そんな時。
    その不自然なまでにぽっかりと空いた空間の存在にミミーはいきなり気づいた。
    今まで顔を覆っていた己の両手を下ろした腰の右側。
    さっきまでは確かにそこに存在していたはずの、シルバーのショルダーバッグ。
    キラキラ光るラメが入ったお気に入りのバッグで、いつもその手に持っていた。
    丁度あの事件の一年前、ククルで両親が揃ってプレゼントしてくれた、正真正銘最後のクリスマスプレゼント。

    それが−−−ない。

    「………!!」
    声にならない悲鳴をあげて、ミミーはその場に立ち上がった。
    慌ててソファーの周りを眼で確認し、「…いやだ!」と無意識に叫ぶ。
    殆ど反射的に自分の前方−−−中央ロビーから1階の出入り口に通じるエスカレーターに視線を滑らせたが、そこには相変わらず楽しげな人々が緩やかな波をつくって歩いているだけ。ついで自分の座っていた背後に視線を送るが、そこには無機質な白い壁がカーゴルームに向けて続くばかりで探しものの影すらない。

    …うそ、どうしよう!
    ああ、どうしよう!!
    …リッキー!!

    そう口を開いて、さっきまで隣にいた友人に助けを求めようとしたミミーの視界に映るのは、もぬけの空の生成りのソファー。


    わっ、とどこからか喧騒が聞こえる。
    そして「…おい、待てよ!そこのくそったれ野郎!!!」という叫び声。


    それは4人組のチンピラ相手に猛突進し、今まさに彼らが入ろうとしていた出国ゲートの一歩手前で、そのうちの一人である金髪男に回し蹴りを食らわそうとしているリッキーの姿だった。
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■1799 / inTopicNo.5)  Re[4]: さあ、どうしようか
□投稿者/ とむ -(2009/06/03(Wed) 14:42:59)
    ゲート前で、キャアという悲鳴が上がる。
    「…リッキー!!」
    その声を聞いた瞬間、ミミーは手をついていたソファーをバネにしてリッキーの元へダッシュした。既に暢気なクリスマス一色だった空港ロビーはこの騒動に浮き足立ち、無責任な野次馬によってすっかり雰囲気が一変している。
    丁度、中肉中背でどちらかというとやせぎすの金髪男がリッキーの鮮やかな蹴りを背中に受け、その場にもんどりうって倒れ込んだところだった。鮮やかなまでにクリーンヒットした蹴りに余程のダメージをうけたのか、それとも不意打ちを食らわされた屈辱のためか、唸りながら首を押さえたままなかなか起き上がらない。が、それでもしっかりとシルバーのバッグを懐深くに抱え込んでいて、その物凄い形相からは、とてもじゃないが素直にバッグを返してくれるとは到底思えなかった。あとの3人の仲間は、どうやら金髪が蹴りを食らった時点で蜘蛛の子を散らすように逃げていったらしく、その姿を見つけることはできない。


    リッキーは男の右手首を掴まえようと、起き上がりかけた男の首筋にダメ押しの肘打ちを食らわせる。男がうめき声を上げてバランスを崩すと、今度は掴んだ右手を押さえたまま背後に回り、羽交い絞めにするべくその首に手を掛けて自らの胸に向かって思いっきり引き寄せた。男は気道を塞がれ苦しさに両手をバタつかせて足掻くが、その手にバッグを抱えている身ではどうにもこうにも身動きが取れない。真っ赤な顔でどうにかリッキーの腕から逃れようとするも、結局は息苦しさに耐えられずバッグを手放し、今度は両手でリッキーの腕を引き剥がそうと首元に手を掛けた。


    −−−その刹那。
    リッキーが見計らったように、その脚で放り出されたバッグを前方に軽く蹴り出した。バッグは緩やかに回転しながら、出国ゲートに近い壁際まで力なく滑っていく。やがて、行き止まりの壁にぼこん、と突き当たると「はい、お疲れ様」という感じでようやく止まった。
    リッキーは男にまたがり、その様子を見ていたが、バッグがその動きを止めたところで再び視線を男に戻し、とどめとばかりに背中の真ん中に重い肘打ちを一発落としこんだ。ぐえ、とカエルが内臓を口から出すような声が男の口から漏れる。

    「…ダメだぜ、おにーさん。こーいうことは人様にやっちゃいけないことだって学校で習わなかった?」
    −−−まぁ、昔は割と何やっても平気だったけどさ。

    唸りを上げ続ける金髪にこっそりこう呟いて、リッキーはヒラリとその体から身を離した。


    低い唸り声を上げて身体をダンゴムシのように丸める男をリッキーは無表情に見つめていたが、やがて肩を竦めるとくるりとその向きを変え、ほっぽり出されたショルダーバッグがちんまりと佇む壁の前までやってきた。その場でゆっくりと屈んで、そのショルダー部に人指し指を引っ掛ける。そして、そのままひょいと自分の肩にぶら下げるとミミーに向き直り、いつものニカという笑顔で声をかけた。

    「…ああ!急がなくてもいいって!」
    駆け寄ろうとするミミーを制して、リッキーが右手を挙げながら声を張り上げる。
    「こいつはちゃんとここにあるからさ。−−−あ、ごめんよオジサン。ちょっと悪いけど、これでケーサツ呼んでくれる?」
    てきぱきと周りの野次馬に指示出しをしながら歩み寄ってくるリッキーを見つめ、ようやくミミーは肩から力をふっと抜くことができた。


    −−−パパ、ママ。


    ほとんど惰性でリッキーの元に歩みを進めながらミミーは思う。じわりと胸のあたりが湿り気を帯びてきて鼻の奥が痛い。


    ごめん。あたしがしっかりしてなかったせいで。
    あたしがついうかれちゃってたせいで、せっかくのプレゼントがあんな馬鹿共達に奪われちゃうとこだった。パパ達があたしにくれた大事なバッグ。
    大切な、大切な、−−−パパ達との思い出。


    目尻をぐいと拳で拭いながらミミーは唇を噛みしめる。


    …前も助けてもらったんだよ。
    あたし、前も守ってもらったの。彼に。
    また守ってくれた。
    また守ってもらっちゃった。あたしの大事な宝物。


    リッキー。
    リッキー。
    −−−リッキー…。


    目の前で優しくこちらを見つめる友人に、どんなに堪えても目尻の淵に暖かいものがこみ上げてきてかなわない。ミミーはうわんと泣き出したいのを、唇を噛みしめて堪え、その大切な友人に溢れそうな感謝の言葉を贈るべく震えながら口を開こうとする。


    ありがとう。
    リッキー、ほんとにありがとう。
    リッキー、あたしホントに、



    −−−が。
    その時ミミーは目の前で展開する光景がひどくゆっくりで、まるで映画のスローモーションを観ているような錯覚を覚えた。人間予想もつかない場面に出くわすと、周りの景色が驚くほどゆっくり見えると聞いたことがあるが、こんなところでまさか自分が体験しようとは思いもしない。ミミーは網膜に焼きつく光景が大昔の無声映画みたいだと思いながら、ただどうすることも出来ず呆然と見つめるしかなかった。

    その男は。
    今の今まで首筋に手を当てて苦しそうな息を吐き、地面に突っ伏していたその男は。
    凄まじい形相でリッキーを睨みつけていた。
    彼が小脇に抱えているミミーのバッグに、ゆっくりとその視線を定める。
    ミミーに気を取られてすっかり背後ががら空きになったリッキーに気づかれないよう、そろそろと上体を起こしてその両脚に力を込める。
    そして次の瞬間。
    いきなり男はタックルをかますように全身を使ってリッキーを目掛け思いっきり体当たりした。そんなことは全く予想もしていなかったリッキーは、あまりにも大きな衝撃を背後から受けて、見事なまでに空(くう)に吹き飛ばされる。目の前に置いてあったパーテーションごと中央ロビーのソファーの上に飛ばされ、そこに乗っていたコーラやらチキンやらと一緒にガシャガシャと大きな音をたててクリスマスツリーの前に崩れ落ちた。
    その身体は崩れ落ちたまま、ぴくりとも動かない。
    「…リッキー!!」


    一方、金髪男はリッキーの脇から零れ落ちたショルダーバッグをひったくるように拾い上げ、そこから一直線に出国ゲートに向かって走り出した。そのまま体ごとぶつかるようにしてゲート横のパーテーションに辿りつき、すかさずゲート中で待っていた仲間3人にバッグを差し出した。仲間の3人はそれを受け取ったかと思うと、これ見よがしにミミーに見せびらかすようにしてから、こう叫んだ。

    「ばぁか!このチビ!!」
    「いいカッコするんじゃねえぞ。下衆なクラッシャー風情が!!」
    「俺たちを掴まえようなんて、お前みたいなチビにゃ100年早いんだよ」
    そして最後に心底ミミーを馬鹿にしたような言い草で、金髪男はこう言い放った。
    「こんな高そうなバッグをチャラチャラ持って来ている、お前が悪いんだ」




    そんな中。


    「…聞き捨てならないことを聞いたぜ」
    ふと、低く地を這うような声がミミーの背後から降ってくる。
    「下衆なクラッシャー風情だと?あんなチャラいチンピラ野郎に言われたかねえな」
    「同感ですな。確かにこのガキは、ドジでトンチキでどうにもこうにも使えねえが、他人にこうまで馬鹿にされちまっちゃあ、こっちも面子ってもんが立ちません」
    「下衆なクラッシャーに喧嘩を売ったらどうなるか、たっぷり教えてやろうぜ」
    「…ですなぁ」
    「異議なしね。いょーし!あんた達、心おきなく行って来い。あたしが許す!!」


    あっけにとられて、ミミーはリッキーを抱えながら背後の声の主を見上げてみる。
    そして、スカイブルーと黒、さらには眼が覚めるほどに鮮やかな赤のジャケットの3人が、迷う事無くゲートに向かって疾走していくのを、ミミーは夢のように見送った。

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■1806 / inTopicNo.6)  Re[5]: さあ、どうしようか
□投稿者/ とむ -(2009/06/10(Wed) 10:14:09)
    そこからは、さすが銀河髄一のクラッシャーチームと言うべきか。




    プロの助っ人−−−というか、プロの壊し屋が介入したお陰で、騒動はあっけないほど簡単に一件落着の運びとなった。出国ゲートからシャトルに乗船しようとしていたチンピラ4人は、出国許可証もくそもないとばかりに無理やりゲート内から乱入してきた2人のクラッシャーによって拘束され、有無を言わさずサラチナ警察に引き渡された。
    「…で?」
    まだ20代そこそこと思われる警察官が、ヤレヤレと言う顔でメモを取る。
    「一応、再度確認しますけど。一体どっちが先に手を出したんです?」
    「…手を出すって何さ」
    おでこに出来たタコヤキみたいなコブをさすりながらリッキーは憮然として答えた。
    「手を出すも何も、ヤツラがミミーのバッグをいきなりひったくって行ったんだよ。あれはミミーの親父さん達の形見なんだぜ。俺らはそれを取り返してミミーに返そうとしただけじゃん。でも、そしたらヤツがいきなり俺らに後ろっから、こうガッツーンと…、」
    「ドージ」
    すかさず合いの手を入れるようにタロスが突っ込む。
    「そんなトコで油断するからだ。せっかく取り返したバッグをまた取り返されて、おまけに脳震盪を起こして伸びちまうなんざジョウチームの面汚しだぜ」
    「…んだとぉ?!こんな大袈裟なことになっちまったのはタロス達が暴れたせいだろ?俺らは至極真っ当な理由でヤツラとやりあってたんだ。ちっとばかり不意をつかれたけど、俺ら一人で充分やり返せたさ。それがどーすんだよ、こんなめんどーなことになっちまってさぁ!」
    「はぁ?ミミーにいいカッコ見せようとして、あっけなくフクロにされたヤツに言われたかねえやな。ほんの今しがたまであそこのソファーで伸びてたくせによ」
    「うるせえな!だいたいこの機械をぶっ壊したのは俺らじゃねえだろ。おめぇと兄貴がハメ外しすぎてこーいうことになったんじゃないか!ねえねえ、ケーサツのおにーさん。コイツ捕まえてよ。このゴジラ」
    「ゴ…?!てんめぇ、調子こきやがって。そのツラ、もっとぼこぼこにしてやるか、ぁあ?!」
    「おもしれえ!やれるもんならやってみろい!!」
    「…いや、あのね君たち」
    終始こんな調子だから、警察の事情聴取も亀の歩みでちっとも前に進みやしない。
    この新人警官にとっては警察に入署して以来の初の試練と言える。
    どうにかして早く片付けて帰らなければ。
    大きな声では言えないが、これから先月から付き合い出した彼女との初デートが待っている。なんとしても、あと1時間弱で全てを済まさなくてはならぬ。
    仕方なくさっきから横で腕組みをして、じっと二人のやり取りを聞いているジョウに救いを求めるような視線を送ってみる。当のジョウは仏頂面のままそんな彼を見返したが、やがて諦めたように肩から深く息を吐き出しては、その両手を腰に置いてこう言った。
    「お前ら、もういい加減にしろ。そんな漫才は後だ。こっちもあと4時間かそこらで出発しなくちゃならない。さっさと言うべきことを言って<ミネルバ>に戻るぞ。…タロス、ドンゴに連絡は入れてあるのか?」
    ジョウの何気ない台詞に、その若い警官は持っていたペンを取り落としそうになった。
    「…ちょ、ちょっと。困ります。こちらの処理が終わらない内に勝手に外部と連絡を取られては、」
    ギョッとした顔でジョウに食って掛かる。
    が、ジョウにとってそんなことは、この全宇宙に一体何種類のクラゲが存在しているのかという疑問と同じくらいどうでもいいことだ。警官の都合など一欠けらも気に留めず、しれっとした様子で言葉を続ける。
    「そんなことを言われてもこっちだって困る。今日中にローデスの軌道上から抜けないと明後日からの仕事に穴を空けちまう。タロス、いいから至急今からドンゴに連絡、」
    「いや、ですから、それは困りますって」
    「あのな、俺達はこれから仕事なんだよ。万が一、穴でも空けたら目ン玉が転がり出るほどの違約金を払わなきゃならないんだ。アンタ、そうなったらその責任取れんのか?」
    「そーいう問題じゃないです。ちゃんと調書を取ってからじゃないと、こちらとしても釈放できません」
    「釈放?!なんだよそれ。俺達は引ったくり犯を捕まえてやったんだぜ。アイツら随分この辺を荒らしまわってたんだろ」
    「ですからその詳しい事情を、もう一度順を追って教えていただいて…、」
    「そんなことはあの馬鹿野郎共に聞け。俺達は充分すぎるくらい話もしたし貢献もしたぜ」
    「…ですからそれだけじゃなくてですね。お話したいのは、あなた方が壊してくださったこのゲート横の危険物探知機の賠償についてなんです。違約金がどうこうと仰る前に、そちらを何とかしていただかないと」
    困るみたいですよ、イロイロと。
    そんな台詞を唇に乗せ、ズイと書類をこちらに差し出した。
    一瞬呆けたものの、ひったくるようにして受け取ったその書類の字面を確認するや否や、ジョウは『冗談はよせ』と言いたげに目を剥いた。
    が、もちろんそれは冗談ではなく、彼はゲートの入り口付近にちんまりと佇んでこちらの様子を伺っていた男を指差して、「あちらがサラチナ空港の責任者です」と言った。そして、その彼にこちらに来るように手招きをして「つきましては、こちらの書類が出来ましたら、速やかにこの方と損害状況の確認をよろしくお願いしますね」と促して、ようやく肩の荷が下りたと言う表情でジョウの肩を叩いた。
    ジョウはしばらくその両者を唖然としたまま見比べた後、もう一度改めて手元の書類の中身を確認する。
    一桁一桁数え間違いはないものかとその数字を目で追うが、どうやってもそれが正当な金額提示であることを理解すると、つくづくウンザリだといった風でリッキーとタロスに手にしていた紙っぺらを渡した。
    タロスとリッキーはジョウが全身から発する胡散臭い空気を感じてはいたが、彼から書類を受け取ると恐る恐るという風にそこに視線を落とした。そして、そこに笑いながら並ぶゼロの行進を見て、揃って「うげえ」と声をあげ、軽い睨みを送ってきているジョウの前で大きく宙を仰いだのであった。





    「………なんだか、もめてるみたいだけど」
    「うーん。そうねえ」
    ほんの数十分前に実況見分が終わった中央ロビーを眺めながら、ミミーとアルフィンは出国ゲート横にあるレンガ風の植え込みの端に腰を引っ掛けている。その視線の先には、先程から喧々諤々と警官とやりあっているクラッシャージョウとタロス、リッキーの姿が見えた。
    「もー、どーすんのかなあ。これから<ミネルバ>に戻ってさっさと出国準備をしなきゃいけないってのに、なんでいつもこーなっちゃうのかしら。こんな余計なものまで壊しちゃってさ」
    困った困ったなどと言いながら肩を竦めるアルフィンの視線の先にあるのは、見事なまでに破壊された探知機の残骸である。
    まあ予想通りというか計算外というか、彼らが普通に「失礼します」とゲートを通るわけがないとは思っていたが、クラッシャーの2人はミミーの前を通過した後、とうにゲートを擦り抜けたチンピラ4人を追ってそこを無理やり強行突破した。

    強行突破とはまさしくその言葉通り。
    比較的冷静だったジョウは、まだまともだったと言える。
    が、ことタロスに至っては、日頃可愛がっている相棒をボコボコにされたこともあり完璧にキレていた。うらあ!とか、待ちやがれ!とか、どこかのやくざ映画のような叫び声を上げ、周りにある障害物をことごとく破壊しつつ突進して行ったのだ。言うまでもないが、この場合の障害物と言うのは、そこにただ存在していただけの危険物探知機のことである。

    …一体いくらするんだろ、コレ。

    ミミーはそんなことをぼんやりと考える。
    思い起こせば男2人がチンピラ4人を相手に奮闘している最中、アルフィンはと言えば、やっつけろ、ぶっとばしちゃえなどと極めて無責任なことを言いながらゲート横から派手なパフォーマンスを繰り広げていた。「余計なものを壊しちゃって」などと常識的なことを言ってはいるが、実はそれを一番煽っていたのは彼女である。


    ………やれやれ。

    ミミーは手元に戻ってきたシルバーのバッグを両手で握り締めては前方にいるリッキーに視線を定めた。
    リッキーはジョウとタロスにいじくられながら、何やらキャンキャンと吼えている。
    あっちへ行ったりこっちへ行ったりで実に忙しない。
    タロスに小突かれながらもジョウと笑って話をしているその様子は、彼がジョウのチームでどのような存在なのかを物語り、ミミーはこれからの別れを切なく思った。
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■1822 / inTopicNo.7)  Re[6]: さあ、どうしようか
□投稿者/ とむ -(2009/06/21(Sun) 18:27:28)
    正直なところ、今手元に抱えているこのショルダーバッグが無事に手元に戻ってきたことを、ミミーはもはや単純に喜んではいなかった。それどころか、チンピラ共をしょっ引いて出てきたジョウから急かすようにしてバッグを受け取り、少しでも早くあるべきところへ戻さなければと走り寄って来たアルフィンに、笑顔を返すことすら苦痛だった自分はとんでもない罰当たりだと思う。
    リッキーとその仲間のクラッシャー達が、自分のために身体を張ってくれたことが嬉しくなかったわけでは決してない。ただ、数時間後に再び宇宙に飛び立たねばならない彼らを、こんなめんどくさい騒動に巻き込むことになってしまった申し訳なさや、自分自身に対する呆れ、落胆、そういうものが身体一杯に広がってしまい、どうにも宥めることができなかった。
    なんとか「ありがとう」の一言を引き攣る口元に乗せることには成功したものの、それはまるで「ごめんなさい」といっているような声音であることは明白で、それはそれで自己嫌悪を充分に助長させた。

    ………ああまた、助けられるだけ助けられて終わっちゃう。

    せっかく忙しい中、時間をやりくりして会いに来てくれたリッキーに、今回も自分の気持ちをこれっぽっちも伝えられなかった。そればかりか、自分の不始末で起きた騒動から当然のように守ってくれた彼を、数時間後にはただ見送るしかないなんて、どうしてあたしって女はこんな風なんだろう。

    バッグのショルダー部分を弄ぶようにしながら、ひょっとしてあれから自分は全然前に進めていないのでないかとミミーは思う。
    ククルの暗黒街で、キング・マードックの娘として生まれ、ずっと長い間王女様のように振舞ってきた。
    もうずっと遠い昔のようにも思えるが、それはまだ僅か1年前のことで。
    たった1年でそれほど成長するわけはないと思いつつも、それでも少しはマシになれたはずだといい気になっていた自分が恥ずかしかった。
    あの頃は、周りの人間が当然のように自分の世話を焼いてくれ、自分にはできないことなど一つもないような気がしていた。自由気ままに生きても誰にもとがめられなかった毎日を、まるで己の力一つでやりすごせているかのような考え違いをしていた。スラムでの日々は気楽で刺激的だったが、でもどこか窮屈で億劫で、たまに息が詰まりそうになって、なにかとてつもない冒険が起こらないかと無邪気に願ってさえいた。

    ただ無責任に。

    自分勝手に。

    馬鹿みたいに。


    …だから、あんなことになっちゃったんだよ。
    どうしようもなく涙がこみ上げてきて、ミミーはバッグを握る両手に力を込める。
    今日もリッキーと2人っきりで過ごせる時間を、この1年頑張ってきた自分へのごほうびであるかのように思っていた。
    −−−でも実際は。
    ただぽっかりと空いた大きなエアポケットの中に入り込んだだけだ。


    ミミーは小さく溜息をついて、目の前を通り過ぎる人並みに視線を流した。
    …馴れない土地で、知らない人達の中に飛び込んで、自分の足で歩いてみて初めて、自分がどんなに子供であったのかが分かる。自分の立っていた場所がどれだけ脆く崩れやすいものであったのか、どれだけ自分は己を取り巻く人々に生かされていたのか−−−そんな当たり前のことを今更思い知った。

    たくさん足掻いてみたけれど。
    なんとかマシな人間になりたいと頑張ってはみたけれど。
    結局はまた自分の幼さを痛感しただけだった。
    こんな自分じゃ、この胸の奥にあるささやかな想いを口にすることなどできない。
    とてもじゃないけど、出来るはずがなかった。



    気づけば、さっきまで騒然としていた中央ロビーにはいつの間にやら明るいクリスマスソングが戻ってきている。
    2人のクラッシャーによって散々な有様だったゲート付近も、入り口だけはどうにか元気な姿を取り戻し、そ知らぬ顔で穏やかな人の波を通す役割を果たしていた。
    ゲートに通じる人の流れを、しばらくはじっと見ていたミミーだったが、ふと隣に腰掛けているアルフィンが気になった。さっきから今流行のファッションはなんだとか、今一押しの俳優は誰だとか、今はそんなこたぁどーでもいいよ、と言いたくなる話を息継ぐ暇もないくらい投げかけていたが、いつの頃からかぱったりとその声がしない。


    一体どうしたことかと隣を覗き込んで見てみれば。


    そこには膝に両肘をつきながら、無心に真っ直ぐに前を見つめている彼女がいる。
    思わずつられるようにして同じ方向に目をやると、その視線の先にどうやら騒動の事後処理が滞りなく終了し、ヤレヤレという風情で欠伸をしているクラッシャージョウの姿があった。どうやら、とてつもなく大量の書類にサインをさせられたようで、しきりに右肩を回している。が、横にいたタロスが彼に歩み寄り、何やら耳打ちをすると途端にその顔は引き締まり、傍らにいたリッキーを呼び寄せては厳しい表情で指示を出し始めた。
    恐らく仕事の話だろう。
    彼の顔がみるみるうちに一つの油断もミスも許さない、宇宙生活のプロとしての顔になっていく。1年前にミミーが見た、よく知ったクラッシャージョウの顔だった。


    アルフィンは膝に肘をついて顎を支えながら、そんなジョウの姿をゆっくりと追っていた。
    見ようによっては険しく厳しすぎるその姿を、丁寧になぞるように追いかけながら、たまに微かな笑みすら浮かべて静かにそこに佇んでいる。その視線はジョウの仕草ひとつひとつを優しく、そして穏やかに包み込んでいくようで、傍から見ているものに彼女が秘めているものの正体を静かに物語った。
    アルフィンはそれを隠そうとも、ましてや押し付けようともせず。
    まるで電車の車窓を流れていく、慣れ親しんだ風景を見るような、そんな穏やかな表情で彼を黙って眺めていたのだった。



    「…ねえ、大人になれたなって感じる時って、今アルフィンにはある?」
    唐突に聞いてみたくなってミミーは口を開いた。
    「…は、?」
    不意に夢から起こされたみたいな表情になって、アルフィンはミミーを振り返った。
    そして一体全体何事か、と言いたげな顔でこちらを見返しじっとミミーを凝視する。
    ミミーはそんなアルフィンに一つ一つ言葉を区切るようにしながら、ゆっくりと胸の奥に抱えていた言葉をその口に乗せていく。
    「…あたし、1年前にパパ達を亡くして、このサラチナにロイおじ様を頼って来たわ。あれから1年間、あたしなりにいろいろ頑張ってやってきたつもり。前と違ってスクールはサボらずに毎日通ってるし、学費だって出来れば自分で賄いたいと思ってバイトなんかもしてみてる。…でも。でも、…なんだか全然ダメなの。思うような自分になれなくて。今日だってリッキーと久し振りに会って、彼に少しでも成長したところを見せたいと思ってたのにこんなことになっちゃうし、…自分でも呆れる。ねえ、アルフィンは元王女様だったけど、それを辞めてクラッシャーになったんでしょ?ジョウのチームでちゃんと航宙士として役に立ってるんでしょ?あたしだって、ちゃんと自分で立てるようになりたいってそう思ってるけど、こんな風じゃいつまでたってもそんなの夢の夢よ。リッキーの役に立つ友達になるなんて出来っこない。いつまでたっても、いつまでたったって…、」

    …こんなあたしじゃ、きっと好きになってなんてもらえない。
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■1866 / inTopicNo.8)  Re[7]: さあ、どうしようか
□投稿者/ とむ -(2009/09/02(Wed) 20:09:18)
    ずっと胸の中に抱えてきた本心を吐き出してしまうと、自己嫌悪が津波みたいに押し寄せてきた。
    焦るな焦るな、と周りの大人は言うけれど。焦らずにゆっくりと、亀の歩みのようではあっても、ゆっくりとそれなりに毎日を送っていけば、本当にその日に辿り着けるのだろうか。
    時を重ねていきさえすれば、黙っていてもいつか自分も大人というものになれるのか。
    でも。
    本当にそうなら、本当の大人って一体なんだろう?


    俯いたまま足元をじっと睨んでいたミミーだったが、
    「コーヒー飲む?」
    というアルフィンの声に面を上げた。
    「…え、?」
    そろそろと顔を上げたその先には、両手を腰に当てたまま立っているアルフィンの笑顔がある。
    「コーヒー。このしょぼい店ので悪いけど」
    目の前にいる金髪碧眼の美少女は、座っていた植え込み右横にあるコーヒーカウンターを堂々と指差し、軽く肩を竦めていた。傍目に見ていて、その発言に他意がないことは明白だったが(いや、それもどうかと思う)、人気もまばらになったロビーにその声は必要以上に響き渡り、凍った笑顔を顔に貼り付けたままこちらを見返しているカウンター内の女店員と目が合った瞬間、ミミーは引き攣った顔でアルフィンの腕をこちら側に引き寄せた。
    「ちょっ…。ここはこれでも結構美味しいって評判の店なんだけど」
    「へえ?そうなの?こんなにちっちゃくて、ちゃちいカウンターだけど。ピザンの宇宙港には、もっとこざっぱりとしてて、それでもお洒落な店がたくさんあったわよ」
    「あーあーあー!なんだか喉が渇いてきちゃったなあ!なんか飲もうか!」
    「そう?じゃあ、あたしが奢ってあげる。何飲む?」
    「いや!いいってば!そんなつもりじゃないの!これ以上お世話になるのは気が引けるって!!」
    「なに変な遠慮してんのよ。滅多に会えないんだし、あたしが奢るわ」
    「いやいや!そんなもったいない!」

    −−−一体、何を言ってんだか。
    そんな目でアルフィンに顔を覗き込まれたが、ミミーは背中を流れる冷たい汗に眩暈を起こしそうになっていた。
    …流石は元王女様だ。
    この天然さ、この無邪気さは時として凶器。
    とりあえず、必死で彼女の腕を引っ捕まえてチームメイトの元に連行しようと試みはするものの、健闘むなしくズルズルとコーヒーショップに引き摺られているのが、実は自分の方であることにミミーは更に愕然とした。自分がぶら下がっている一見華奢にも見えるアルフィンの腕は、いい具合にしなやかな筋肉に覆われていて、ミミーが騒ごうが抵抗しようがビクともしない。あれよあれよと言う間に、カウンターのどまん前に連れ出されてしまった。
    ついには「何にする?」と問われるがままに「…ア、アイスコーヒー…。ミルクも」と答える始末。オーケーと答えたアルフィンはテキパキと店員に注文を告げ、カウンターに置いてあった籠の中に入ったミルクと砂糖を取り出した。そして最後に、クールを通り越してもはや無表情とも言える顔で応対した女店員に向かい、「どうもありがと」と花綻ぶ笑顔を向けたと思うと、元いた植え込みに向けて踵を返した。
    スタスタという音が聞こえそうな颯爽とした歩き方で、植え込みの前まで戻ってくると、アルフィンはそこに買ってきたアイスコーヒーとミルクを置く。そして、自分のブレンドコーヒーにほんの少しだけ砂糖を入れると、再び植え込みの前に腰を下ろして琥珀色の液体を口に流し込んだ。「…うん、まあまあかもね」そんなことを言いながら笑いかけてくるアルフィンにつられるように、ミミーも一口アイスコーヒーを飲む。知らず肩が落ちてしまったような気がしたが、そんなことももうどうでもいい気がした。




    すると。
    「…あたしが最近、ジョウに言われる”言われて嫌な台詞ベスト3”を教えてあげようか」
    と、アルフィンはどこまでも低く平坦な声を寄越してきた。
    「…は?」
    うっかり聞き逃しそうになって、ミミーは傍らのアルフィンを仰ぎ見る。
    『言われて嫌な台詞ベスト3』って、なんだか使ってる言葉が間違ってるんじゃないの、などと思うものの、まずはそのまま黙って次の言葉を待ってみる。
    するとアルフィンは大きく息を吸い込み、喉に溜まっていた痞えをを吐き出すように、真っ直ぐ前を見据えながら語り始めた。
    「まず一つ目が『見通しが甘すぎる』。それから二つ目が『一体、どうすればこういう失敗ができるんだ?』。で、最後のトドメが『思いつきでものを言うな』よ」
    憎々しげにゲート内にいる男達を視界に捉え、今にも舌打ちでもしそうな勢いで足を組んでいる。そのターゲットは、もしかしなくても彼女の想い人その人のようだ。唖然としながら見つめるミミーに構わず、アルフィンはますますヒートアップして言葉を続ける。
    「これってどー思う?言うに事欠いて”思いつき”だってさ!思いつきって何よ?!その”思いつき”ってアナタが言い放ったプランは、あたしがあたしなりに何日も”熟考を重ねて”出したプランだっつーの!なのに、それをろくに見もせずにその辺にポイっと置いちゃうってどーいうことよ。あー、ちゃちいプランですみませんね。そのちゃちいプランのためにあたしが費やした数日間なんて、どーせジョウにとっては屁みたいてなもんなんでしょうよ。でも、でも…、”思いつき”って台詞はあんまりじゃない?!そりゃあ、あたしにはまだ一人前なんて程遠いわよ。ジョウに比べたらあたしの考えるプランなんて子供だましよ。分かってる!分かってるけど、そーいう言い方って同じ仕事をする先輩としてどーかと思うのよね!ねー、そー思わない?!」
    と、物凄い形相で捲くし立てたかと思ったら、持っていたコーヒーを酒でも飲むかのようにグビグビと飲み干した。終いにはすっかりやさぐれてしまい、酔っ払ったような赤く据わった目つきでミミーに同意を求めてきた。
    「………う、うん。そー思う、よ」
    もはや他に言葉が思いつかない。
    「…男って言うのは確かに、女の子の心の襞ってもんが分かんないよね」
    とりあえず同調しておいた方が良いだろうと、ミミーは当たり障りのない言葉を口に乗せる。
    「そーでしょ?!そーなのよ!まったく、”結果が全てだ”っていうあの単純さには、ほとほとウンザリするったらないわ」
    「……うん」
    すると、俄然味方を得たりと確信したアルフィンの演説は、さらにエスカレートしていった。
    「だいたい自分だって凄い失敗するくせにさ。分かる?いっつも失敗は許さんなんて言ってるけど、結局、あたしたちが始末書を書く羽目になるのはジョウのせいなのよ、ほとんど!」
    「−−−ソーデスカ…」
    「あたしが思うに、成長のため必要な失敗っていうのは確かにあるの。って言うか、失敗って言うのは全てが取り返しがつかない『間違い』じゃあないのよ。あるべくして、あるものもある。分かる?例えその時は失敗しようとも、その中から学び、そこから成功への手がかりを掴み、さらに日々の血の滲むような努力が加わってこそ、いつか花開く−−−それが成功ってものよ。日々の失敗を積み重ね、その度に挫けずに起き上がることこそが素晴らしい成功に繋がるわけ。”成功”の反対は”失敗”じゃあない。”成功”と”失敗”は同じラインの上にあるものなの」
    その様子を形容するなら、まるで舞台女優のようだ。自分の言葉に酔うアルフィンは、いつの間にか立ち上がり、昂揚感そのままに右手を空に挙げては、うっとりとその美しい碧眼を閉じている。出発ゲートの中からは、「また、何を始めたんだか」という男達の視線が嵐のように降り注いでいたが、当の本人は全くと言っていいほど気づいていない。


    ミミーは感嘆し、半ば傍観の境地に至りながらも、たった今アルフィンが紡ぎ出した言葉をゆっくりと身体の奥で反芻する。

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■1880 / inTopicNo.9)  Re[8]: さあ、どうしようか
□投稿者/ とむ -(2009/09/10(Thu) 14:45:41)
    成 功 の 反 対 は 失 敗 じ ゃ な い


    「…そうなのかな?」
    「なにが?」
    「成功の反対は失敗じゃないの?」
    「そりゃそうでしょ」
    「でも、スクールではそういう風に習ったけど」
    「言葉の上ではね。でも生きていく過程の上では、成功の反対は失敗じゃないわよ」
    おもむろに自己陶酔の世界から舞い戻ってきたアルフィンが、植え込みの端に腰を下ろしては飲み干したコーヒーの紙コップをクシャと潰す。そのままちょっと先にあるダストボックスに向かってポンと放った。そして両腕を天井に持ち上げたかと思うと、そのままぐんと背伸びをし軽く深呼吸をする。
    彼女はしばらく両手を天空に伸ばしたまま天井を睨むように眺めていたが、ふっと力をその両腕から逃すと、「あたし、ジツは昔、住んでた宮殿に大穴を開けたことがあるんだけどね」と、なんとも物騒な台詞を呟いた。
    「…は?!大穴?!きゅ、宮殿?!」
    ミミーは飲んでいたコーヒーを吐き出す勢いでアルフィンを振り返る。その驚愕ぶりに驚いて、ミミーの方に顔を向けたアルフィンは、これでもかと目を見開いたミミーと顔がかち合って思わず苦笑した。
    「うん。住んでた後宮で、どデカイ爆発を起こしちゃってさ。城中みんなが大騒ぎになったことがあるの。テロなんじゃないかとか、どっかの国が戦争を仕掛けてきたんじゃないかとか、すごく大変なことになっちゃったんだけど」
    足を組みなおしながら話すアルフィンに、ミミーは
    「な、なんでまた…」
    と問い返す。
    「うーーん。一言で言えば、あたしが横着者だったからだな、やっぱり」
    「えぇ?」
    「今だったら、間違いなくジョウに『ホラ見ろ。思いつきで行動するからだ』とか言われちゃうようなこと。14の時、当時の家庭教師に出された化学の実験を適当に終わらせようとして大失敗をしちゃったのよ。さっさと結果を出したくて、必要な手順を2、3個すっ飛ばして薬品を混ぜたら、いきなりどっかーん!って爆発してさ。その爆風で部屋の隅っこに吹っ飛ばされて、奇跡的にあたしは傷一つ負わなかったんだけど、そのかわりに宮殿にいくつかあった厨房の一つがオシャカになったの。今思い出しても怪我人が一人も出なかったのが嘘みたいよ」
    「…はぁ…、」
    なんつー王女だとは流石に口には出さなかったが、顔を見ればモロバレだったのだろう。なんとも残念な表情のミミーを見たアルフィンは、慌てて取ってつけたような言い訳を始めた。
    「いや。ほんとに悪気があった訳じゃないのよ。ただ、ちょっと早く結果が知りたかっただけで。あたしって昔からそうなんだけど、水栽培の観察とかも花が咲くまで待ってられないっていうか、早く結果が見たいっていうか。そーするとつい、やらなくていいことをしちゃって大失敗っていうか、そーいうパターンが多いっていうか、…ね?」
    何が「…ね?」だ。
    最後の方は何やら尻すぼみの口調になって、なんともバツが悪そうな様子に呆れながらも、ミミーはさすがのアルフィンもいろいろ間違ったり迷ったりしていたことを知り、心のどこかで安堵した。


    自分だって、ついさっきまでは「大人の自分」への手がかりを見つけたくて四苦八苦していた。アルフィンが化学の実験結果を待ちきれなかったのと同じように、ミミーもいつかやってくる未来の自分を見てみたくてたまらない。いっそのことアルフィンでも誰でもいいから、「あなたはこうやって生きるべき」という姿を目の前に広げてもらって、それをなぞるように歩いていければとさえ思ってしまう。でも、それはアルフィンが大昔にやらかした大失敗と同じことで、そんなことができたとしても今ある問題の何の解決にもならないとは心の中では分かっている。


    すると、そんな心を読んだかのように、じっと掌を見つめていたミミーを見てアルフィンが笑う。
    「まぁ、あたしって人間は昔っからそういうとこがあるみたい。急ぎすぎちゃう、走りすぎちゃう、そういうとこ?あの時はそんな粗忽な自分を反省して、思い切ってお母様の立ち振る舞いをそのままコピーしてみようと試してはみたんだけど、」
    「………うん?」
    「あまりに退屈すぎて気が狂いそうになったのと。…あんまり似合わなすぎて気持ち悪いって周りが言うから止めた」
    憮然として話すアルフィンの台詞に思わずミミーは吹き出した。
    「ちょっと!随分ね」
    「ごめんごめん」
    あまりにも易々と想像できる光景に腹の皮が捩れてくる。
    この天然の天真爛漫な王女様はさぞかし王宮に働く者達の手を焼かせたことだろう。だが、ほぼ100%の確率で、その行動を咎める者もいなかったに違いない。それは彼女の持つ正直さ、真っ直ぐさ、ひたむきさがあるが故だ。どんな失敗をしても、どんな事件を起こしたとしても、それがけっして悪戯心や、ましてや悪意からきたものではないことを彼女の周りの人間は知っている。
    (あ・・・。そっか)
    多分、今もそうなんだろう。
    クラッシャーになった後も、彼女の周りの人々はそんな彼女を知っていて、何も言わず黙って彼女を見守っている。その筆頭は多分、彼女のチームリーダーその人だ。


    「…でも、あの失敗のおかげで分かったこともいっぱいあったのよ。割と得したな、と思うこともあったし」
    「へえ?」
    「例えば、ずっとあたしを嫌いだとばかり思ってた化学の先生が、爆発の後に取るものもとりあえず、自分の部屋からすっ飛んできては、ワンワン泣いて抱きしめてくれるくらいあたしのことを好きだったとか」
    「…へえ…」
    「お母様の真似をしている間、周りが一体全体どうしたんだって心配して、やたら美味しいものを食べさせようとしてくれたとか」
    「………」
    おどけて話すアルフィンに、ミミーは知らず無表情な目を向けてしまったので、アルフィンはぺろりと舌をだして肩を竦めたがすぐに真面目な顔になってこう言った。
    「一番の収穫は、正しい結果を導き出すには近道なんてないんだって分かったこと。どんなに面倒くさいことでも、どんなに頭にくる碌でもないことが起こったとしても、それは自分が成長するために必要なことだということ。一番大切なのは失敗をしないことではなく、物事を投げ出さず諦めないということだってことよ」


    ミミーはアルフィンが隣で語った言葉を聞き、1年前にジョウ達をここで見送った際にシュガーロイが自分に語り聞かせた台詞を思い出す。




    『…ミムメリア。今日から君はわたしの娘だ。このサラチナの家が君の家になり、私たちは君の家族になる。それはとても喜ばしいことだし、私を始め妻もファミリーもそれをとても歓迎している。しかし、こればかりは仕方のないことだが、今まで君が送ってきた生活とサラチナの生活は全然違うものになる。その中で、君には戸惑うことや困ることがどうしても出てきてしまう。だから我々はお互いに意見を言い合い、きちんと納得できるように話し合わなければならない。わたしは君を全力でサポートするし妻も同じだ。だからそうやって生活をしていくために、敢えて一つだけお互いに約束をしないか。これから我々が家族となるための約束だ。
    私たちは一日でも早く君がこの地に馴れるように全力で努力する。そして君は、私たちに変な遠慮や変な気を遣わない。これだけ。私は…。私の願いはただ一つ。君が私たちに遠慮して、何か別の違った者になろうとするのではなく、君が君のまま、君らしく生きていくことを、ただひたすらに望んでいるのだよ』
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■1882 / inTopicNo.10)  Re[9]: さあ、どうしようか
□投稿者/ とむ -(2009/09/11(Fri) 14:34:08)
    あたしがあたしらしく…。



    シュガーロイが話した言葉の意味を心の奥でゆっくりと思い起こしてから、ミミーはアルフィンを見た。
    「…あたしがあたしらしく?」
    「…はい?」
    「失敗よりも投げ出さないことが大事?」
    「…ああ」
    アルフィンはにっこりとした笑顔をミミーに向けて「そりゃそうよ」と事も無げに言う。
    「失敗をしない人なんていない」
    「………うん」
    「それを言ったら、あたしなんて失敗のし通しじゃない。王女だった頃からクラッシャーになってからだってさ」
    その光景が頭の中に浮かんでくるようで、またミミーは吹き出しそうになったが流石にまずいと思い返し、アルフィンには気づかれないようそ知らぬふりで前を向いた。一方アルフィンは、先程までとは微妙に違う空気で話に耳を傾けるミミーをちらりと見ると、少しだけ満足気に前を向いて話を続ける。
    「成功ばかり続けられる人なんていない」
    「………うん」
    「失敗しない人なんていない。失敗して初めて人は成功するの。失敗して成功して失敗して、そういうことを繰り返すから人は成功するの」
    「………うん」
    「ミミーが何をそんなに切羽詰っちゃてるのか、あたしは知らない」
    「………」
    「でも、あたしは周りに迷惑をかけることばかりを気にして、自分らしく生きられなくなるのは何か間違ってると思う」


    今アルフィンが自分に発している言葉は、普通ならば「子供扱いしないで」と言い返したくなる部類のものだった。しかし不思議なことに今のミミーは何の不快感も感じない。どちらかと言えば、昔から相手を自分の都合に合わせて動かすことに慣れているはずなのに、多分、所謂、説教というものをされているにも関わらず、その言葉は心に立ち込めていた霧を少しずつ晴らしてくれているようで心地よかった。
    ずっと大人になろうと虚勢を張っていたけれど。
    今は、不思議と満ち足りた気持ちになって、ありのままの自分を受け入れられる気がした。



    「…ねえ」
    「ん?」
    「聞いていい?アルフィンは成功の反対は失敗じゃないって言ったけど」
    「うん」
    「じゃあ、成功の反対って何?」
    顔を見上げるミミーを見返して、アルフィンはつくづく呆れたというように言う。
    「そーんなの簡単でしょ。成功の反対は『諦める』ことじゃない」
    「諦める?」
    「そ。諦めてなーんにもしなくなること。もういいや、って投げ出すこと。これは自分には無理って、さっさと努力することを止めて何もしなくなること」
    「………」
    「少なくとも、あなたはそういうタイプの人には見えないけどね」
    おどけながらアルフィンはミミーの頭を小さく小突く。
    「…痛いなあ」と、少しだけ照れた顔でミミーはアルフィンを睨み返した。
    フフ、と小さく笑うとアルフィンは言った。
    「まぁ…、言うまでもなく、あたしの辞書にも『諦める』って文字はないわよ」
    そう言って不敵な笑いを顔に浮かべたアルフィンは、座っていた植え込みから腰を上げて、出国ゲートに向かって唐突に手を振り出した。アルフィンに倣って、そちらの方に視線を流してみれば、その視線の先には、ほとほと疲れたという風でこちらに向かって歩いてくる男衆3人の姿があった。
    一番先頭で歩いているクラッシャージョウは、アルフィンに視線を合わせると苦笑いをしたまま右手を挙げて合図した。その傍らには、ジョウから押し付けられた大量の書類を両手に抱えるタロス、そして引き千切れんばかりに自分に手を振っているリッキーの姿。


    ミミーはリッキーに手を振り返しながら、さっきまで抱えていた訳の分からない不安がもう自分のどこにもなくなっていることに気が付いた。
    「大人になりたい」と焦っていた毎日だけど、そもそも「大人」と「子供」の境界など存在しないものなのかもしれない。大人になっても子供のままの人間はたくさんいる。
    肝心なのは、そんなことでは決してなくて。
    一番大切なのは、その時その時の心の有り様なのかもしれない。


    目の前にいる、想い人に向かって嬉しそうに手を振る元王女様。現特Aクラッシャーチームの航宙士。勝気で、おてんばで、子供の頃から周りにとんでもない騒動を巻き起こしてきた。
    失敗はきっと星の数。
    後悔はきっとそれ以上。
    クラッシャーとなった今でも、失敗の度に片想いの相手に怒られては、凹んでワンワン泣いているのかもしれない。でも、いつの間にか蹲っていた場所から一人で立ち上がり、その凛とした瞳で真っ直ぐ前を向きながら、周りと歩調を合わせて歩き出すのだ。
    きっと、その姿に救われているのは一人二人じゃないだろう。


    ジタバタして足掻きながら、それでも毎日を送っていくこと。
    それはきっと、みっともないことでも恥ずべきことでも何でもなく。
    むしろそれは、誇るべきことなのかも。



    「…ねえ」
    ふとミミーは面白くなってアルフィンに声をかけた。
    「ん?」
    「ジョウって、あなたによく『敵わねえなあ』って言うでしょ」
    ミミーの言葉に一瞬アルフィンは言葉を失ったが、「さぁ…、どうだろうなあ」と言って髪をかきあげた。ほんのりと陶器のようだった頬が赤くなり、碧い瞳は小さな魚のように泳ぐ。
    こんなことは容易に想像できることだ。
    リッキーの話によれば、ジョウがアルフィンに恋していることは<ミネルバ>では周知の事実らしい。それにも関わらず、何らかの理由があってアルフィンの気持ちに応えられない彼にとって、アルフィンの計算ではない素直なアプローチが嫌なものであろうはずがない。どんな理由で彼女に応えることを躊躇しているのかはミミーには分からないが、きっと彼なりの事情があるんだろうと思う。
    彼の中にも抱えようとして抱えきれない問題がきっとあるのだ。


    でも、それでも。
    日々の仕事や生活の中でアルフィンの行動や何気ない言葉に救われているに違いない。
    今の自分のように。


    すっかりとぼけたふりでミミーに顔を合わせないアルフィンに、多分照れているのだろうなと判断したミミーは、更に彼女にからかいの言葉をかけた。
    「ここんとこ、ずっとジョウと喧嘩してたんだって?」
    「は?!誰がそんなこと言ったの?!」
    それまですっかりとぼけていたアルフィンが、茹ダコのように真っ赤になってこちらを振り返ったのが楽しくてミミーはその名前を告げた。
    「リッキー」
    心の中ではリッキーに「ゴメン」と呟くものの、それでもしれっと話しをするミミーに、あんのクソチビ、とアルフィンはこちらに暢気に歩いてくる赤毛の少年をギロリと睨んだ。
    「あのヴァルから毎日のようにハイパーウェーブがくるらしいじゃない」
    「ああ…、まぁね…」
    「ジョウが気にしてるみたいだけど。何で言い訳しないの?」
    「………」
    「諦めちゃったわけ?」
    我ながら愚問だとは分かっていたが、ミミーはとぼけたふりで問いかける。
    アルフィンはそんなミミーを心底嫌そうに見返している。が、やがてその腰に両手をあてがって、もうやけくそだと言わんばかりに胸を張ってこう言った。
    「ご冗談!よく言うでしょ、押してダメなら引いてみなって。あたしにだって、たまにイライラしたジョウを見るくらいの権利はあるはずなのよ。なんたって、」
    いっつもヤキモチを焼くのはあたしだったんだから!
    赤い顔のまま仁王立ちになって当然のように言い切ったアルフィンに、ミミーはぱちくりと目を丸くして、今度こそ辛抱たまらなくなったというように吹き出した。
    その瞳からは笑いすぎて涙が出るほどだったが、このクリスマスを間近に控えた冬の夜、ミミーはやっと心の底から笑うことができたのだった。





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■1898 / inTopicNo.11)  Re[10]: さあ、どうしようか
□投稿者/ とむ -(2009/10/12(Mon) 13:55:38)
    〜エピローグ〜


    「だいたい、皆全員こっちに出てきちゃって何してたんだよ」
    おでこの傷に白いテープを貼ったリッキーが、アルフィンの横で両腕を頭の上に組みながら歩く。
    「ずっと『出国の準備で忙しい』って、アルフィンを除いては兄貴もタロスも他を構ってる暇なんかないって感じだったのにさ」
    理解出来ないという素振りで、リッキーは自分の少し前を歩いている男2人に声を投げた。
    「忙しかったぜ」
    「そうそう。本当にお前みたいな馬鹿チビに構ってる暇なんかなかったんだよ。俺達はこれっぽっちもな」
    しらっとした口調で振り向きもせずに声を返してくるジョウは、その手に大きなポップコーンを抱えて歩いていた。タロスは先程まで抱えていた膨大な書類の山をアタッシュケースに無理やり詰め込み、ジョウがこちらに向けているポップコーンの箱に右手を突っ込んでは、大量に口に放り込んでいる。
    「騒いでたのは、若干一名だけだ。いつものことだがな」
    ジョウは肩越しに後ろを振り返り、目を細めてはアルフィンをちらりと見遣る。
    その視線が自分を指していることに気づいたアルフィンは、一瞬歩調を止めかかったが、すかさずジョウの横につかつかと歩み寄っていくと、ジョウに肩をぶつけるように身体を寄せては憎々しげに言い返した。
    「なぁによ。あたしはリッキーに頼んだ食材がないとクリスマスケーキが作れないって言っただけじゃない。さっさと戻ってくる、って出てったから期待して待ってたのに、全然帰ってくる気配がないし、こっちだって出発前にやらなきゃいけない他の仕事も山のようにあるし、だからちょっと様子を見に行こうと思っただけよ。別にジョウやタロスが来るまでもなかったわ。勝手について来といて、こうなったのが全部あたしのせいみたいに言わないでくれる」
    そう言うや否やアルフィンは右足でジョウの脛の辺りを軽く蹴り飛ばす。
    「…ってえ!」
    ジョウは一瞬顔を顰め、そのままそっぽを向いて歩くアルフィンにヤレヤレというような視線を送った。
    「今日作るわけでもなかったくせによく言うぜ。ずっとミミーと二人っきりで何話してんだろう、とかどこに行ったんだと思う、とかこっちが真剣に仕事してる傍で喋り捲ってたのは誰だ。終いには、後をつけて様子を見ようとか言い出して、こっちは出国手続きに間に合わなくなりそうでホント焦ったんだぞ」
    「そうだそうだ」
    「リッキー達を見つけた時には、陰に隠れてキャアキャア喜んでたくせに、何が『頼んだ食材がないと困る』だ」
    「そうだそうだ」
    ジョウとアルフィンの掛け合いに無責任な合いの手を入れては、タロスは楽しそうにポップコーンを啄ばんでいる。今度はその態度にカチンと来たのか、アルフィンはタロスをぎろりと睨みつけると、いかにも当てつける様な口振りでジョウに耳打ちをした。
    「何言ってんのよ。そっちこそあんな余計なものまで壊しちゃったくせにさ。…ちょっとジョウ、あの弁償代ちゃんと来月のタロスの給料から差っ引くんでしょうね?」
    すかさず「何で俺だ」と耳聡くそれを聞いたタロスが反論する。
    「だって、アレ壊しちゃったのタロスじゃない」
    「そりゃそうだが、おめえさんも散々煽ってただろ。やっつけろとかぶっとばせとか、言いたい放題だったじゃねえか。だからなんだか楽しくなっちまって、その結果、ああいうことになっちまったんだよ。つまり、言ってみりゃあ、こいつぁ連帯責任ってやつだな。皆が皆、それぞれに何かしら非があるってこった。一応、もうすぐクリスマスって時期でもあるし、ここは一つ宇宙のような広い気持ちになって、皆で平等に割り勘ってことにしようぜ。な?」
    「はぁ?!何よソレ!壊したのはタロスとジョウよ。ふたりの給料から平等に差っ引きなさいよ!いつもいつも余計な経費をかけちゃって、周りのメンバーがどれだけ節約に苦労してると思ってんの。言っとくけど、この場合のメンバーってあたしのことだからね。あ・た・し!!」
    アルフィンは閉店間際のドラッグストアから貰ったクリスマス仕様の三角帽を金髪に乗っけつつ、元気にジョウに噛み付いている。ジョウはと言えば、んー、どうするかなぁ、などと言いながら明後日の方向を向いていたが、ジョウ聞いてんの?!とキレかかったアルフィンに詰め寄られていた。

    勢いで白いコーンの粒がフロアに落ちてはポロンと跳ねる。
    あ、バカ止めろ、とジョウはコーンの箱を庇うようにアルフィンの腕を遮ったが、むくれた顔で自分を見上げてくるアルフィンに、ふと苦笑いのような笑みを向けた。そしてそのまま彼女の額の辺りを優しく小突いては、何事もなかったように前を向き、再び歩みを進めていく。
    一方、アルフィンは一瞬呆けてその場に立ち止まってしまった。
    しかしそれがジョウならではの照れ隠しだと気づくと、みるみるうちに膨らませていた頬を萎ませる。そして、いつしかその頬に薄紅色の灯かりが点り、口元にきらきらと煌めく笑みが戻ってくると、次の瞬間には踊るような足取りでジョウの元に駆け寄りその腕に自分のを迷うことなく絡めていった。
    二人の傍をクリスマスも近いというのに春の風が吹きぬける。二人は揃って馬鹿な掛け合いをしながら笑い声を挙げ、目の前に出現した花の絨毯の上を(見える人間にはそう見えた)甘い雰囲気で歩いていった。
    そしてタロスはと言えば、そんな二人を楽しげに眺めながらゆっくりと追いかけていったのであったーーー。





    「…ゲロ甘じゃない」
    つくづく馬鹿馬鹿しい思いでミミーはチョコパフェのように甘ったるい雰囲気の二人を見ていた。
    「ゲロ甘だね…」
    リッキーも右に同じく、砂を吐きそうな顔で二人の姿を追っている。

    そして吼えた。
    「…ったく!なんだったんだよ今朝までのあの険悪な雰囲気は!朝っぱらから俺らが兄貴に被った、馬鹿馬鹿しいほどの八つ当たりは一体何だったって言うのさ!!」
    リッキーは肩を震わせて、納得できないというように、目の前を楽しそうに歩いている件の二人を指差した。
    「まぁ、お気の毒と言っておくよ…」
    所詮、痴話喧嘩なんてこんなもんだとは思いつつも、ミミーはリッキーに極めて同情的な発言を贈る。
    しかし、当のリッキーは腹の虫が収まるどころか余計にエキサイトしてきたようで、息もつかせぬ勢いで捲くし立てた。
    「まったく、ふざけんなの一言だよ。今日なんて朝起きて一発目に嫌味をかまされたんだぜ!どうでもいいことを朝からいちいちぐちぐちと30分以上も!俺らだって暇じゃないんだよ。なんだい、こんな風にコロッと仲直りするくらいだったら、最初から喧嘩なんかすんなってんだ!」
    最後の方は殆ど涙目であった。
    よっぽど頭に血が上ったのか、「いてて」とリッキーは傷テープの上に手をやって顔を顰める。ミミーは思わず彼の声に振り返り、「リッキー」と心配そうな顔で彼の掌に自分の手を重ねた。
    「…まだ痛い?」
    斜め45度くらいの角度でリッキーを見上げては、潤んだような瞳で彼を見つめる。
    ぎょ、とリッキーはもともと真ん丸いどんぐり目を更に真ん丸くして、茹蛸のように顔を赤らめたが、そのお蔭で先程までの興奮状態を脱したようで深々と溜息をつきながら答えた。
    「…いんや。もう全然大丈夫さ。腫れも退いちまったし、もともとこんなテープも取っ払っていいくらいだったんだよ。ミミーも、もうそんなに気にすんな」
    「………でも、せっかく会えたのにこんな怪我をさせちゃってさ…。ごめんね」
    「別にミミーが悪い訳じゃない。俺らが勝手にアイツらとやりあったんだしさ。そもそも悪いのはアイツらだろ」
    「うん…。でもごめん」
    「いいんだって。もう、ゴメンはたくさん聞いた」
    「うん。そうだよね。…ありがと、リッキー」
    「どう致しまして」
    「うん。それとさ、リッキー」
    「うん?」
    「ありがとうね。…ほんとにほんとにありがとう」
    「え、」
    「お礼、ちゃんと言えてなかったから。あれ、大事なものなんだ。あたしの大事な思い出のバッグなの。…すごく、ほんとに感謝してる」
    「…うん」
    「ほんとにほんとにありがとう」
    「うん。…良かったな」
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■1899 / inTopicNo.12)  Re[11]: さあ、どうしようか
□投稿者/ とむ -(2009/10/20(Tue) 17:45:22)
    「それとコレ」
    「なに?」
    「ちょっと早いけどクリスマスプレゼント。盗られたバッグに入れてあったから、プレゼントがなくなっちゃったらどうしようって焦ったんだけど、良かった渡せて。後で<ミネルバ>に戻ったら開けてみて」
    リッキーはブルー地にシルバーのリボンで飾られた小さな箱を、どんぐり眼を一層丸くした顔で受け取り、しばしその箱を見つめた後、照れくさそうだがどこか申し訳なさ気な顔をミミーに向けた。
    「…俺らに?」
    「うん、そう」
    「いいのかい?」
    「何が」
    「だって俺ら、すっかりクリスマスのこと忘れてたんだぜ。…ミミーに渡せるものなんて何にもないんだけど」
    「いいの。仕事で忙しいのは分かってたし。今夜だって忙しいとこを付き合ってくれたじゃない」
    「だってそれは、俺らが誘ったからじゃないか。俺らだけ貰いっぱなしじゃ悪いよ。…あ、じゃあ、じゃあさ。次の仕事が終わったらミミーの家に何か送るよ。ミミーの好きそうなやつ。ミミーに似合いそうな何かさ。リクエストがあったら言えよ?何でも探してやるからさ」
    「………え?」
    ミミーに戸惑いの表情が浮かぶ。
    「…おねだりしてもいいの…?ほんとに?」
    「ああ、もちろん。何がいいのさ?」
    ミミーはリッキーの顔を見返し、少し考えてから呟く。
    「………。…実は、ちょっと低いヒールのブーツが欲しいの。今日履いてるような細いヒールじゃなくて、長い時間履いてても疲れない、履き易いローヒールのブーツ…」
    「ブーツ?」
    「…うん。ホントは今日みたいなこんな靴、あたしあんまり履かないんだけど、今日はちょっと無理したんだ。久し振りにリッキーに会えると思って…って!いやあの、その。…あわわ」
    「………?」
    「いや!あの、…あのね。あたしホントは今日、リッキーにちょっとは成長したぞってとこを見せたかったの。少しは大人の女性になったでしょ、って言いたくて。だから、こんな履きなれない靴を履いたんだけど…。でも、これじゃあ、さっきみたいにリッキーがヤラレそうになった時、すぐに助けに行けなくてイライラしちゃうし。第一、歩きにくいし疲れるしさ。やっぱり、あたしにはこういう靴より、あたしらしく全力でそこら中を走り回れる靴の方が似合うって思うんだ」
    「…ククルで俺らと一緒に走った時みたいに?」
    「うん、そう。あの時みたいに」
    「………」
    「だから低いヒールのブーツが欲しい」
    「………」
    「…やっぱ、…ダメ?」
    ミミーが恐る恐る見上げるようにリッキーを見る。するとリッキーはニカと歯を見せながら笑い、「オッケー」と彼女に向けて親指を立てた。
    「うん。ミミーらしく、な!うん、そういうことなら全然オッケーさ。なんだか、ずっと様子が変だったから心配しちまってたけど、全然大丈夫だったんだな!おっけーおっけー!任せとけよ。すっげーハイセンスなヤツ買っちゃるからな!」
    (…ハイセンス…?)
    そんな死語を真顔で使ってること自体、頼りにならない。一瞬不安が胸を過る。
    −−−でも。

    ふふっ…。

    『君が君らしくあること』
    シュガーロイの台詞を反芻しながら、胸の痞えがすっかり抜け落ちたミミーは、軽い心でリッキーを見る。
    そうだ。あたしはあたしらしくリッキーを想っていけばいい。
    誰かを真似するのではなく。
    無理にいい子になろうとするのでもなく。
    むしろ、どこまでもあたしのままでいなくちゃいけないのだ。
    あたしはどこまでいってもあたしだし、他の誰にもなれないんだもの。
    もしリッキーに好きになってもらったとしても、それが正真正銘のあたしじゃなくちゃ、あたしが全然嬉しくない。あたしはあたしのまま、このまま毎日を頑張らなくてはならない。
    あたしがあたしであるために。
    本当にあたしが大人になるために。
    だから、あたしはあたしのやり方で。



    「ねえ、リッキー」
    ミミーはその小さな企みを、少しずつ打ち明けるような心持ちで話し始める。
    「うん?」
    「さっきの話だけどさ」
    「さっきって?」
    「…ジョウとアルフィンの痴話喧嘩のことだよ」
    「ああ!うん!なんかいいアイデアあるのかい?二人をどうにかする方法が?」
    「ある」
    「うんうん!はいはい!それで?一体全体、俺らはどうすりゃいい訳?」
    眼をキラキラさせてこちらを見ているリッキーに、ミミーはゆっくり息を吸い込むと、恭しく一言こう言った。
    「放っておきなさい」
    「………は?」
    素のまま問い返すリッキーに、ミミーはもう一度「放っておきなさい」と言った。
    「…察するところ、あの二人の喧嘩はなくならない」
    「…え、?」
    「あたしは断言するけど、あの二人の場合、周りが騒ごうがどうしようが喧嘩をする。うまくくっつこうがくっつかまいが、それはずっと変わらない。十中八九、間違いない」
    「……なんで?!」
    「だって、あの二人はああやっていちゃいちゃするのが楽しいんだもの。結局のところ」
    「楽しいぃーーー?!?!」
    「そう。あれはあの二人のコミュニケーションの一つに過ぎないの。本気の喧嘩なんかしちゃいないの。ああやってなんだかんだと言い合って駆け引きしてるに過ぎないのよ。ああすることによって、お互いの気持ちを確かめているわけ。つまりリッキーが周りでちゃちゃを入れようとすればするほど、二人にとっては余計なお世話。馬の耳に念仏。ねえ、人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られて死んじまえ、って諺があるのを知ってる?」
    「ちょっと待った!!俺ら邪魔なんてしてないぜ。むしろ、一日も早くくっついてくれって願ってる筆頭じゃん!」
    「ああ、そうとも言うけどね。でもこの際、願うだけにしときなさいってこと」
    「なんで!じゃあ、何!俺らはこれからずーっと兄貴の八つ当たりに晒されるってこと?」
    「まぁ、平たく言えばそうなるかしら」
    「…なんじゃソラ!」
    部屋のドアを開けたら、機織り(はたおり)をしていたパンダと目が合った、というような顔でリッキーはミミーを見た。
    分かってる。
    彼の求めている答えはそこじゃない。
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■1900 / inTopicNo.13)  Re[12]: さあ、どうしようか
□投稿者/ とむ -(2009/10/20(Tue) 20:12:38)
    「なんでだよ?ここまで二人の幸せを願ってる俺らが、なんでずっと我慢し続けなくちゃいけないのさ?!じゃ、何?!俺らはこれから二人がくっつくまで、いや、万が一くっついたとしても、ひたすら耐え忍ばなくちゃいけないってこと?!」
    「まあまあ落ち着きたまえ。いい?でもだからと言ってひたすら耐えろ、とあたしは言ってるんじゃないわ。人の話は最後まで聞くこと」
    「………はぁー??」
    顔の真ん中をクエスチョンマークだらけにしたリッキーは、ひたすら納得できないという視線をミミーに向ける。さあ、ここからが本番だ。
    「だって仕方ないでしょ?二人がうまくいってもいかなくても喧嘩がなくならないなら、余計な骨折りをする方が馬鹿らしいじゃない。あの密閉された<ミネルバ>で、しばし耐えて嵐をやり過ごす方が利口よ。でも、一人で悶々と耐えるのは辛いじゃない。だから、辛くなったらあたしに連絡を入れることを許すわ」
    「………、え?」
    リッキーが目を真ん丸くさせてミミーを見返す。
    「だ・か・ら。これから耐えられない、馬鹿馬鹿しいと思ったらあたしに連絡を入れなさいって言ってるの。あたしが話を聞いてあげる。その都度、ゆっくりじっくりとね」
    「…ミミーに?」
    リッキーは戸惑いと僅かな安堵と、でもどこかしら輝いた瞳をミミーに向ける。
    「…なによ。あたしじゃ何かご不満でも?」
    「そうじゃなくてさ。…だって、すっげえくだらないことじゃん。こんなコロっと仲直りしちまうくらいの、話すまでもないっていうようなことだぜ?」
    「そう。よく分かってんじゃない。コレはすごくくだらないことなの。ほっとくのが妥当。でも一人、あの狭い船の中、心の中に抱えるには我慢ならないことだってあるわけでしょ?」
    「まぁ…。そりゃあ、ね」
    「だからいつでもメールなりハイパーウェーブなり入れてきなさいっての。あたしのささやかな経験でもよければ、参考に聞かせてあげるから」
    実際、そんなものはありゃしない。
    しかし、モノは言い様だ。男女の仲というものは、時には本命の相手の「恋の相談」から花開く。自分が語る経験が、たとえ「フィクション」であっとしても、一番重要なのは相手を想う自分の心だ。
    それだけは、誰が何と言おうと自信がある。
    「…いいのかなあ」
    なんとも申し訳ないという素振りのリッキーに、ミミーは更にダメ押しを入れる。
    「いいってば。いつでもどこでもドンと来い!」
    「…そうかなあ。迷惑じゃない?」
    −−−全然!
    迷惑どころか、盛大に旗を振ってお迎えしたいくらいだ。『鴨がネギをしょってやってくる』そんな美味しい状況を自ら放棄などしてなるものか。
    「大丈夫!あたしは絶対約束を守る。口だってすごく固いんだからね!」
    さっき、アルフィンに何かを暴露してしまった気もチラリとしているが、この際は忘れておくのが勝ちだろう。
    「…マジで」
    「うん。大舟に乗った気でいなさい。リッキーにはあたしがついている」
    「…ほんと?」
    「おうとも!いつでもどこでも力になる!」
    「信じていい?」
    「いいともさ!張り切って頼りなさい!」
    「…おぅ!ぃよーし!なんだか元気出てきた!」
    「そうそう、その調子!」
    ミミーは小さな達成感を感じながら、心の中では大きくガッツポーズをとった。
    第一関門、突破。
    このまま、ゆっくりじっくりと外堀を埋めていく。
    アルフィン同様、相手の出方をじっと待つなんて、そもそも自分にはできっこないのだから。

    ミミーはリッキーと肩を並べるようにして歩き、宇宙港の窓から見える空を意気揚々と見上げた。
    夜空には銀色に輝く三日月が、辛うじてピンと張りつめた冬の空気に引っかかるようにして映っている。
    ミミーは思う。
    (あれは、あたし)
    あの月は、足元があやふやでしっかりしてなくて自信がなくて、それでも必死で日々をやり過ごそうとしている自分だ。
    今はまだ、いつ満月になれるだろうと焦ったり凹んだりしている。
    今のあたしはとっても不完全で、確かなものなんか一つも思いつかないけど。
    でも、三日月はいつか必ず満月になる。
    少しずつ一歩一歩歩みを進めて、必ず訪れる「その時」に辿りつく。

    満月になったら、きっとあたしは言うだろう。
    …大丈夫だから。
    そのままのあなたで、きっと大丈夫。
    きっと、あなたの願いは叶うから。
    だから、心配しないで前を向いて。
    焦らなくても、大丈夫だからと。



    清清しい顔で足を進めるミミーの横で、元気になったはずのリッキーが、どこか遠い目をしながら話し始めた。
    「…でも、そっかー。もうすぐクリスマスなんだよなあ」
    「なによ。早速憂鬱ごとなの?」
    「いや、アルフィンが<ミネルバ>に来てからというもの、そういうイベント事が多くなったんだけど、そこでのカラオケパーティがすげえ憂鬱なんだよねー…」
    「…カラオケ?!<ミネルバ>でカラオケなんてやるの?!」
    「そー。でもって、兄貴の歌がもうなんつーか、とにかく衝撃的でさ」
    「…衝撃的?」
    「なんつーの?破壊的っつーか、壊滅的っつーか、なんとも残念というか。…ほんと、こればっかりはアルフィンも真っ青でさ」
    「…へえ。聞いてみたい気もする」
    「是非、一度体験してみて欲しいよ。この衝撃を君に、って感じさ」
    溜息を吐き出すように話しているリッキーを見て、ミミーは小さくほくそ笑んだ。

    この衝撃を君に、か。


    …なるほど。


    「ん?何か言った?」
    「なんでもない、なんでもない」

    あたしもいつか。
    真ん丸の月の光を浴びながら、トナカイに乗ったサンタになってこの宇宙を翔けよう。鈴を鳴らして雲の合間をすり抜けて、遠い宇宙の彼方にいるあなたの傍へ飛んでいく。
    そして、腰が抜けてしまいそうなくらいの驚きをプレゼントするのだ。
    きっと、そう遠くない未来。
    いつか、きっと。


    「…さぁ。どうしよっかな」


    歌うように呟いてみると、横にいたリッキーが「何?」と聞き返す。
    「ううん。忙しくなりそうだなと思って」
    とミミーは笑って答えた。

    そうして、3人と2人は笑いながら搭乗ゲートに向かう道を行く。
    照明をうっすら落としたロビーに、5人の楽しげな影が長く伸びる。
    そしてそれを追いかけるようにして、ロビーにあるクリスマスツリーの色とりどりの電飾がいつまでもいつまでも輝いて光の道を作っていた。






    さあ、旅立ちの時は、もうすぐに。






    MERRY CHRISTMAS!


                                                                 
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■1901 / inTopicNo.14)  Re[13]: さあ、どうしようか
□投稿者/ とむ -(2009/10/20(Tue) 22:21:07)
                                                                                                                                                                                                                                   『さあ、どうしようか』
fin.
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