| おいら達はドルロイへ入国して、すぐにその足でミネルバの修理を依頼したドックへ向かった。ミネルバはこのドックのお得意さんなんだ。職人の腕も確かだし、仕事が速い。おおよそ3日かかる予定で、ジョウは修理が終るまで休暇にすることに決めた。 翌日の朝、ミネルバを引き渡して、ジョウとアルフィンとおいらの3人は、シルヴァヘッドのライブを見に行く為にサイラスへ向かった。タロスはドルロイでお留守番。ついでに左腕の義手もメンテナンスするんだってさ。サイラスはドルロイのすぐ隣の星で、ひとっとびの距離だ。コンサートホールに劇場、スポーツ施設やテーマパークがいっぱいの所で、この星にライブでやってくるバンドも多い。 おいら達が今夜観る「シルヴァヘッド」は、今もっとも人気のあるバンドのひとつで、めちゃくちゃカッコいいロックバンドだ。おいらはすごいファンで、ずっと前から生で観たかったんだよね! 兄貴やアルフィンも好きで、ミネルバでもよく聞いてる。ジャズやブルースが好きなタロスは、イマイチだって言うんだけどさぁ。 ジョウとアルフィンといえば、昨日のフランキーの一件から、二人の間はなんだかビミョーな空気になってる。たぶん、別れ際にフランキーがアルフィンに小声で喋ったことが、原因だと思う。あの時、アルフィンは真っ赤になっちゃったし、兄貴はやたら焦ってて様子がヘンだった。昨夜から突っ込みたくてしょうがなかったんだけど、ガマンして様子をうかがうことにした。おいらにも自己防衛本能があるからさ。首をつっこもうもんなら、とばっちり喰うこと必死だもんな。 おいらがフランキーに、アルフィンのことを「兄貴の彼女」って紹介したことが引き金になってるとしたら、ちょっと悪い気もするけどね。でもさ、フランキーが居たからだろうけど、あの時、兄貴は珍しく照れずに認めたんだよね。おいらとしては、ちょっと気が利いたかなぁって思ったんだけどなぁ。
ライブが行われる「サイラス・スクエア・ガーデン」は、普段はサッカーやフットボールに使われていてる、6万人収容のでっかいスタジアムだ。今夜は快晴。スタジアムの天井は大きくひらかれいて、夕方の風が頬に心地いい。スタジアムの周りには、ポップコーンとか飲み物の出店や、バンドのツアーTシャツを売ってるブースがあって、おいらはさっそくTシャツをゲットした。ツアースケジュールが背中にプリントされたデザインで、めちゃカッコいい! すぐに今着てるTシャツの上に重ね着した。 「リッキー、それおっきいんじゃないの〜?」 「るせーなー! これでいいのっ」 SサイズのTシャツを買ったのに、それでもちょっとデカくって、アルフィンにすぐに指摘されちまった。 「チケット買ってきたぜ」 ソールドアウトで当日券がなかったから、ジョウがダフ屋と交渉してチケットを買ってきてくれた。兄貴は値切るのが上手い。開演ギリギリまで待って、かなり値切ってきたようだった。 「3つ連番の席は無いって言うから、アリーナの前列一枚と後列2枚だ。リッキーが前に行って観ろよ。花道のそばだって」 「えっ? いいの?」 「前の方じゃないと、お前、見えないだろ?」 うっ。確かに後ろの方じゃ椅子の上にでも立たないかぎり、ステージすら見えない可能性が高い。つーか、絶対見えない。 「ロンブー履いてくればよかったのに〜 よ〜く見えるわよ、きっと!」 「るさいっ」 またアルフィンがつっこんでくる。チクチクとうるさいったら! ジョウが笑いながら言った。 「終ったらここで待ち合わせしよう」 「オッケイ!」 開演間近のアナウンスが聞こえてきた。はやく席に着かないと、やばい! おいらは二人と別れて、ゲートへ走った。
リッキーと別れて、ジョウとあたしはアリーナ後列のゲートへ向かった。開演を告げるアナウンスを聞いて、みんな足早に席へ急ぐ。アリーナに入ると、ステージ両側に設置された巨大なスクリーンが、カウントダウンを始めていた。 「5、4、3、2、1―――」 いきなり照明が落ちて、真っ暗になった。暗闇の中、バスドラムの振動が足元から響き渡り、しばらくしてステージを照らすライトが回りはじめる。 「こっちだ」 薄暗い中、はぐれそうになって、ジョウが咄嗟にあたしの右腕をとった。席を探すジョウについて歩く。次第に大きくなるバスドラの音と、あたしの心臓の音がシンクロしてきた。 (あれ・・・あたし・・・なんでこんなにドキドキしてるんだろ?) ショーが始まる前の緊張感が、スタジアム中に広がっていく。大歓声があがり、ステージにメンバーが現れた。 「アルフィン、あった。ここだ」 ギターの音と歓声にかき消されてしまいそうなジョウの声。やっと探し当てた席は、かなりアリーナの後ろの方だったけど、PA(音響システム)のすぐそばだった。 客席は一曲目から物凄い盛り上がりだ。マイクスタンドをくるくると回しながら歌うボーカルのニッキーと、低くギターを構えてステージを歩き回るナスティ。バンドの看板の二人のアクションに歓声があがる。 スクリーンにはステージの様子だけじゃなく、客席も映し出される。リッキーの顔が一瞬だったけど写った。あたしとジョウは思わず顔を見合わせて笑った。花道まで移動して、カメラの近くまで行ったのかな? ちゃっかりしてるわ! あたしはピザンに居た頃、一度シルヴァヘッドを観た事があった。もう3年以上前のことだ。ピザンのお嬢様学校に通っていた私は、クラスメイトがプロモーターのオーナーだったから、ずるして一番前の席を取ってもらった。お嬢様といっても、みんなアイドルやスターに憧れる普通の女の子だったし、あたしも秘密の抜け穴からこっそり外出して、みんなと一緒にコンサートへ行ったりした。一番前に陣取って、みんなでカラフルにおしゃれして、ありったけの声で騒いで楽しかった。 あたしの大好きだったバラードが聞こえてきた。ピザンで観たときにも演奏された曲だ。マイクスタンドをかき抱くようにして歌うボーカル。せつなくて胸が張り裂けてしまいそうなメロディが、ぐるぐるとあたしの頭の中を駆け巡って、ずっと思い出してなかったあの頃のことが、急に押し寄せてきた。あれから3年くらいしか経ってないはずなのに、ピザンに居たのはずい分昔のことのように思えてしかたがなかった。 ピザンを飛び出したあたしは、もうお姫様じゃなくて、クラッシャーで、ミネルバに乗っていて、今サイラスにいて、ジョウの隣に立ってライブを見ている。ピザンに居た頃には想像もつかなかった生活だ。 なんだか急に胸がいっぱいになって、あたしは空を見上げた。ぽっかりと開いたスタジアムの天井から、輝く星が見えた。 まるで「ここだよ、アルフィン」って、教えてくれているようだった。
アンコールが終ったけど、拍手や声が鳴り止まなかった。次第に客席の声が大きくなっていく。ステージはまだ真っ暗なままだ。 「もう一回アンコールやると思う?」 「さぁ…。どうかな」 その時、あたし達のすぐ前のPAブースに光があたった。ライトの中に、アコースティクギターを抱えたメンバーが立っている! いつの間に移動したんだろう。予想しなかった3回目のアンコールに、客席は大喜びだ。あたしとジョウも、びっくりして顔を見合わせた。 「今夜はありがとう。皆にプレゼントするよ。古い古いラブソングだけど」 ニッキーの声に大きな拍手が送られた。ナスティが真っ黒な美しいギターを肩にかける。ブラック・ビューティと呼ばれるビンテージのギターだ。 きらきらと水晶のかけらが落ちてくるような、優しいギターで始まるその歌は、満員のスタジアムを一瞬にして小さなクラブに変えてしまった。なぜだか懐かしく感じるメロディは、温かくて安全で心を癒してくれるような…、特別などこかへ連れて行かれるような気がした。
ライブが終って、ジョウとあたしはリッキーと別れた場所へ戻って来た。アリーナから外へ出るときは退場制限が行われる。リッキーの席は前のほうだったから、退場に時間がかかりそうだ。 スタジアムから出てきた人は、みんな幸せそうな笑顔だった。声を張り上げて歌う男の子。可愛らしいステップで踊りだす小さな女の子。バラードの余韻の中にいるのか、肩をよせあって歩くカップル。ニコニコしたおじさんとおばさん。 喉がカラカラに渇いたから、出店で二人ともビールを買った。階段に座って飲む。ライブの熱気で火照った体に、ビールの喉ごしが気持いい。ジョウは一気にコップを空にした。 「最後のアンコールの曲、良かったね」 「あぁ」 ジョウの携帯が鳴った。どうやらリッキーから連絡がはいったようだった。 「・・・これから?・・・・あぁ・・・かまわないけど」 リッキーはこれからそのまま、近くにあるハードロックカフェに行くという。バンドのメンバーがお忍びでやってきて、シークレットライブをやるという噂を聞いたらしい。今夜はライブのあと、そのままオールで遊んで、朝一番の船でドルロイに戻る予定だった。 「・・・後で俺達も行くかも・・・・はぁ?・・・ほっとけっ!!」 リッキーに何事か突っ込まれたようだ。明日の朝、サイラスの宇宙港で待ち合わせすることにして、ジョウは電話を切った。
ジョウがビールの空のコップを見つめながら言った。 「なぁ。昨日さ、フランキー、なに言ってたんだ?」 かなり言いにくそうな口ぶりで、ジョウがあたしに聞いた。 「・・・・・そんなに気になるの?」 「・・・・・」 ジョウは黙ったままだった。 「・・・えっと」 あたしはちょっとだけジョウの耳元へ顔をよせた。顔から火が出そうなくらい、恥ずかしかったけど、昨日フランキーにささやかれた言葉を、ジョウに小声で話した。 「・・・・そんだけ?」 「えっ?」 こんなに言うのが恥ずかしかったのに、「そんだけ」って・・・。 「そ、そんな言い方って、な―――」 そのときジョウの唇があたしの声をふさいだ。まるで今までに何回もそうしてきたようなしぐさだった。あたしはびっくりして、まばたきができなかった。ジョウの肩越しに、周りの人たちの様子が見えた。ライブの後の浮かれたざわめきのままで、あたし達のことなんて、誰もまるで気にかけちゃいなかった。誰かがすぐそばをすり抜けて階段を降りていく靴音が聞こえた。目を閉じたら、遠くのほうでさっきのバラードを口ずさむ声がきこえた。
「俺達もカフェに行こう」 ジョウはちょっとだけ照れくさそうに言って、立ち上がった。 「腹へったし。どうせオールだしな」 ビールの紙コップをダストボックスへ放り投げた。コップは綺麗に孤を描いてストライクした。 「うん」 あたしも立ち上がって、コップをダストボックスへ投げた。ストライクだ。 カフェはここから歩いていける所にある。ジーンズのポケットに手を突っ込んで、ジョウは歩き出した。あたしは人ごみにはぐれないように、歩き出したジョウの左腕に右手をかけた。歩きながら、ジョウは最後のアンコールで聞いた曲を口笛で吹いた。一度聞いたら忘れられないメロディだった。
Oh… Sweet Child Of Mine Oh… Sweet Love Of Mine
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