| 青天の霹靂だった。 40年に及ぶ長いクラッシャー生活で、かつてこれほどまでに動揺したことは無かったかもしれない。 クラッシャータロス、53歳。 いきなり降って湧いたこの事態に、ベテランクラッシャーの胸中は果てしなく翻弄されていた。
ミネルバは、現在ドルロイのトルドー・ドックに停泊している。 クラッシャーの使用する宇宙船は、故障個所が無い場合でも、3年に一回の割合で必ず集中的にメンテナンスを行うことを、アラミスから義務付けられている。クラッシャーにとっておのれの宇宙船は、仕事道具であると同時に家でもある。手入れを怠ることは命取りと言っていい。 ジョウは、親父の時代から贔屓にしているトルドー・ドックにメンテナンスを依頼し、終了するまでの間を、こまごまとした部品の調達と短い休暇にすることに決めた。 しかし。 最近スケジュールが詰まっていたチームにとって、息抜きになる筈だった小さなホリディだったが、なにやら妖しい雲が立ち込めてきていたのである。
トルドー・ドックの事務所で、エンジニアと打ち合わせをしていたジョウの背後から、突然、よく通るハスキーボイスが響き渡った。 「あらぁ! ジョウ!! 」 エンジニアと話し込んでいたジョウが、緩慢な仕草で振り返る。 ―――― げ。・・・またかよ。 声の主はずけずけと室内に入ってきて、勝手にジョウの隣にするりと腰を下ろし、輝くばかりのハリウッドスマイルで微笑んだ。長身、ド派手なピンクのクラッシュジャケット、ばっちりとメイクされた顔。 「また会っちゃったわねぇ。ほんっとに縁があるわね、あたし達って」 「ったく、どっかの占い師にでも、縁切りの祈祷をしてもらいたいぜ」 ぶすっとしてジョウが言った。 「ちょっとぉ、そんな言い方は無いんじゃないの!」 笑みを浮かべて、ジョウの左脇にぐいぐいと肘鉄をくらわす。 「ねぇ、酷いと思わない?」 軽くしなを作りながら正面に座るエンジニアに同意を求めると、彼は少し動揺して答えた。 「お、お久しぶりです、フランキーさん」 「うふ。今回も頼むわね」 『よろしくね』とウインクを飛ばす彼女は、ジョウチームの腐れ縁、銀河系にその名も轟くオカマのクラッシャー・フランキー。クラッシャーご用達のドルロイでも、当然ながら有名人なのである。
早くもジョウは、今日から始まるせっかくの休日が、どんな展開になっていくのか予想がついて、うんざりとなってしまった。 ――――ここんとこ忙しかったから、2、3日でもゆっくりできると思ったんだが・・・。 「はぁ〜」 らしくないため息がもれる。 フランキーが突然現われた理由は簡単である。このドックをフランキーもよく利用しているからだ。ドルロイでも指折りのドックであるトルドーは、昔からの得意先を大切にしており、フランキーも長く修理やメンテナンスを依頼している。 「ミネルバは今日ドック入りしたの?」 「そうだ」 「じゃ、2〜3日はここにいるのね」 「・・・・」 「あたしも船を持ってきたのよ。後で遊びに行くわ」 嬉々とするフランキーに、ジョウはへきへきとして頭を抱えこんだ。 本来なら船がドック入りしている場合は、クルーは下船しなくてはならないが、クラッシャーにとって船が家であることを熟知しているトルドー・ドックでは、最小限の居住区域に関してのみ、滞在を許可している。 ミネルバに来るなと言っても、フランキーが無理やり押しかけてくるのは明らかだ。諦めて見を低くし、嵐が去るのを待つ方がいいのかも知れない。 今はとりあえず切り上げて、この場から去るのが得策だ。いつまでもフランキーに構っていられん。 「それじゃ、船へ」 ジョウは立ち上がりエンジニアを促した。 「そ、そうですね」 ジョウの提案にエンジニアも胸を撫で下ろし、携帯端末を手に立ち上がった。はやくこの状況から逃れたい。このオカマのお客さんは、注文が色々と五月蝿いのだ。 「フランキーさん、すぐに担当の者を呼びますので」 「またな、フランキー」 エンジニアはインターフォンでフランキーの担当を呼び出し、二人はとっとと事務所を後にした。 「遊びに行くから待っててね〜!」 二人の背中に、フランキーは蝶のようにひらひらと手を振って見送った。
ジョウがドックへ打ち合わせに行っている間に、アルフィンとリッキーは、市街でミネルバの備品の買い付けをしていた。クラッシュパックや武器の補充、食料品の調達などだ。タロスは船を引き渡すための最終チェックを、ミネルバに残って行っている。 一通りの買い付けをし、配達の手続きを終えて、アルフィンとリッキーは、ドックからほど近い宇宙港にエアカーで乗りつけた。大抵のドックは宇宙港に隣接している。 「足らないものは、もう無いよね」 忘れ物がないかリッキーは気にかかるらしい。前回買い付けをした折に、購入し忘れた物があって、こっぴどくタロスに怒られたのだ。 「うん。大丈夫だと思うわ」 アルフィンは歩きながら、プリントアウトした備品のリストアップを見て、確認した。 ミネルバに戻って船を業者に引き渡したら、久しぶりのオフだ。たった3日間だが、仕事から解放されて息抜きができる。二人の足取りも心なしか弾んでいた。 「あ、おいらちょっとトイレ行ってくる」 ロビーの隅にあるトイレの表示を見て、リッキーは小走りに駆け込んで行った。 「ここで待ってるわ」 アルフィンは、近くにあったソファに腰をおろした。
用を足したあと、リッキーは手を洗いながら、なんとなく備え付けのゴミ箱の中へ目をやった。 「あれ?」 リッキーにも見慣れたカードが捨てられている。 「これは・・・」 驚いて手にとってみると、やはりクラッシャーのIDカードであった。 カードには、アラミス本部が認めたクラッシャーであることの証明と、顔写真、名前や生年月日、クラッシャーランクなどの情報が記載されている。 「クラッシャーロッド。2139年生まれ。クラッシャーランクBか・・・」 IDカードは紛失すると、再発行までに多少時間がかかる。この男はきっと困っているだろう。このまま放置しておけば、誰かに悪用される恐れもある。 「届けてやろっと」 リッキーは、IDカードを空港のポリスボックスへ届けてやることにした。
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