| やがて病室に賑やかな面子が戻ってきた。リッキーとアルフィンである。両手にスナック菓子やドリンクを抱えての登場だ。 「しけてんだぜえ。ジャンクフードは駄目ってさあ、こんなしょぼいもんしか置いてないでやんの」 「仕方ないわよ。病院なんですもの」 二人の他愛ない会話が、固い病室の空気を和ませた。 タロスとジョウはここで、深刻な話を切り上げた。 「……しけた所で、すまなかったね」 品のいいテノールが、ドアに立ち尽くしたリッキーの背後から響く。 「わわっ!」 リッキーは慌てて病室に飛び込んだ。 そしてジョウとは反対側の、タロスの脇に逃げ込む。 「気分はどうですか、ミスタ・タロス」 タロスの主治医である、ドクター・レイズニーだった。中肉中背でメガネをかけ、温和な顔つきをしている。 「へへっ、どうも。のんびりと余生を過ごさせてもらってやす」 「余生とは……。つい数日前まで、大活躍されたクラッシャーの言葉とは思えませんね」 ジョウは簡易チェアから立ち上がり、あくまでも引退を翻すことのないタロスに肩をそびやかした。アルフィンもそんなジョウの仕草に、頑固よね、と言いたげな表情で返す。 「さて、ミスタ・タロス。あなたの検査結果が出ました」 「へ、へい……」 引退への覚悟は決めた。 しかし改めてそれを受け入れる宣告を、これから聞くのである。タロスは無意識のうちに、下肢に掛けられたブランケットを握り締めていた。 ジョウ、アルフィン、リッキーもその場に立ち尽くしたまま、ドクター・レイズナーの言葉に神経を集中させる。 「先に質問なんですが」 「へい」 「あなたが最後に、サイボーグ部分のメンテを行ったのはいつですか?」 言われて、タロスの両手からブランケットが外れた。 いつだったか。首を捻らせた。 そして難しい顔つきのまま、両の腕をおもむろに組む。 「記憶にないくらい昔、という意味ですか?」 「……面目ねえ」 「いけませんね。きちんと定期点検をしなければ」 ジョウは、レイズナーの笑みから何かを察した。 だが確認せずとも、レイズナーの口が先に解答を明かした。 「比較的小さな部品なんですがね。胸の部分にある部品です。それが金属疲労を起こして、ショートしかけていました」 「ショート?」 タロスが繰り返す。 「ええ。それが胸の痛みの原因です。他の機器の電気系統に、狂いを生じさせてました。機銃が途中から機能しなくなったのも、どうやらそのせいです。最近このパスツールにもサイボーグ専門医が来ましてね、簡単な手術で良さそうですが」 「それじゃあ……」 ジョウの口から、驚きと喜びが混じった声色が発せられた。
「メンテを怠った結果です。それ以外の臓器に関しては、まったく問題ありません。健康体そのものですよ。体力検査を詳しくすれば、そうですね……」 レイズナーは勿体ぶるかのように一拍開けると、言葉を続けた。 「40代ほどの内臓年齢です。まだまだ、現役として充分な体力をお持ちだ」 そういわれて。 タロスは一瞬、惚けた表情を見せる。 「あんだよ! 心配させやがってさあ!」 リッキーが飛び上がらんばかりに喜んだ。そしてタロスの肩に、小さな拳でパンチをお見舞いした。もちろん、タロスにはダメージでも何でもない。 「ほ……本当ですかい、ドクター」 「ええ。私が保証します」 すると。 みるみるうちにタロスの顔が上気した。 両の拳を胸元に寄せると、ぶるぶると全身をわななかせる。 「畜生め……。脅かしやがって……」 そんなタロスの浮かれ具合を、アルフィンがぴしゃりと制する。 「何言ってるのよ! 結局タロスが自己管理を怠ったからでしょ。まったくもう、余計な心配をさせられたもんだわ! こっちの身にもなってよ!」 まさに的を得た忠告。 タロスは反射的にしょげかえり、そして頭を掻いた。 「へえ、面目ねえ……」 だがその表情は、嬉しげでもあった。 「それでだな、タロス」 ジョウの言葉に、タロスは敏感に反応した。 「左腕はドルロイに倍額の500万クレジットを弾んで特注したが、やはり一ヶ月はかかるそうだ」 「普通、数ヶ月かかるもんですぜ。一ヶ月たあ、随分無理を言わせましたなあ」 「てことでよ、これは命令だ。70時間以内に復活してもらい、一ヶ月間は片腕のままだ。でなけりゃ、次の任務に間に合わないんでね」 その命令に。 タロスは、にやりと笑みを返した。 「そりゃ殺生ですなあ……」 包帯でつったままの、使えない左腕をさすりながらタロスは笑みを返す。 「70時間は長すぎますぜ、ジョウ。……身体がなまっちまう」 そして生気をみなぎらせた双眸を、ジョウに返してやった。
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