| 聞くつもりなんて、なかった。
久々の休暇・・・久々のホテル。 いつもミネルバでしているのと同じように、リビングで寛ぐつもりだった。 だが、そこには先客が居て。 そして、ただならぬ気配を発していて。
そんな理由で。
ジョウは手前で入るのを躊躇した。 その代わり、耳をじっと傾ける。
半開きのドアから、漏れてくる声の主は、リッキーとアルフィンだった。
「アルフィン、それ、ちゃんと確かめた方がいいよ、やっぱり」 「うん・・・」
なにやらアルフィンの元気がない。 消え入りそうな返事をしている。 それを励ましているリッキーは、いつになく真剣そうだ。
聞いたら不味いのだろうか。
一瞬そう思ったものの、好奇心が勝った。 ジョウはそっと一歩ドアに近づき、聞き耳を立てる。
「だってさ、間に合いませんでした、ってなったらさぁ・・・」 「うん。それは・・・わかってる。」 「まぁ、別にオイラは全然恥ずかしいことじゃないと思うけどね。だって話を聞く限りじゃ、別にアルフィンにぬかりはなかったんだし。アルフィンは悪くないよ」 「ありがとう。そう言ってもらえると、少し気が楽になる」 「それに今だったら、まだ何とかなるんでしょ?」」 「うん・・・多分。でも、私は、そういうのってイヤなの。」 「意外に神経質だよなぁ」 「やだ。繊細って言ってよ。それにコトがコトなんだから。私にとっては大問題なの!」 「うわぁ、ごめんごめん!・・・で、話は戻るけれど、予定よりどのぐらい遅れているわけ?」 「・・・10日くらいかな。待っても待っても来る気配がないのよね」
え?
ジョウの思考が止まる。
この会話の内容が意味するところは。 予定とか遅れているとか。
・・・まさか。
ジョウがとある推測に凍りついた瞬間、ドアが大きく開いた。
「うわああ!」 「わっ!!!」 「きゃあっ!」
3人が三様に叫び声をあげた。
「じょ、ジョウ・・・どうしてこんなとこに居るのよ・・・」 「いや・・・その・・・」 「兄貴・・・もしかして俺とアルフィンの話していたこと、聞いてた?」 「え・・・あ・・・う」 「聞いてたの??」 「う・・・」
青ざめるアルフィン。 ひきつるリッキー。 なすすべのないジョウは三竦みの如く、その場に立ち尽くす。
その緊張を解いたのは、意外というか当然というか、リッキーだった。 アルフィンに”兄貴は絶対怒らないから、正直に言ったほうがいいよ”と小声で囁くと、体よくその場を去っていったのだ。
後に残されたのは、ジョウとアルフィン。 二人きりである。
気まずい沈黙が漂った。
「「・・・・・・あの」」
二人同時に、口を開いた。
「ど、どうぞ、ジョウ」 「いや、レディーファースト」
譲り合い、そしてまた沈黙が続く。
やがて、諦めたように、アルフィンが口を開いた。
「あの・・・私、ジョウに言わなければいけないことがあるの」 「!」
さきほどのリッキーとアルフィンとの会話が脳裏に蘇る。 もし、アルフィンの相談事がジョウの推測通りだとすれば・・・
「実は・・・」 「い、いいんだよ、無理に言わなくても」
ジョウは必死に空気を吸い込む。 心臓が異様なほどバクバクと音を立てている。
「アルフィンが言いたくないなら、別に俺は聞くつもりはないし・・・その」 「ううん。ジョウにはちゃんと知っておいてほしいから」
いつになく真剣な顔で、アルフィンは言う。
「実はね・・・私・・・ジョウの・・・」
血が、頭に上った。 ジョウの思考は弾け、自然に台詞が口をついて出てきた。
「・・・・・・結婚しようっ!!!」 「・・・・・・は?」
アルフィンがキョトン、と瞬きをする。 ジョウは一気に捲くし立てた。
「その・・・アルフィン、その・・・俺の・・・子供が・・・出来た、んだろう?だったら・・・その・・・きちんと・・・」 「・・・・・・・・・・・・・」
アルフィンは呆然とジョウの言葉を聞いていたが、吹き出したかと思うと、すぐにそれは大笑いに変わった。
「お、おい、アルフィン」 「・・・やだ。何を勘違いしているのよ」
アルフィンは笑いすぎて、瞳の淵に涙すら浮かべている。
「え?だって、リッキーに深刻そうに相談していただろう?来ない、とか、何とか」
言いながらジョウは真っ赤になる。 この手の話は大の苦手なのである。 もっとも、この状況で、そんなことも言っていられないのだが。
「もう・・・それで誤解したの?」 「誤解って・・・違うのか?」
アルフィンは大きく溜息をついた。
「仕方が無いわ。白状するわね。来ないって言ってたのは、ジョウ、あなたへの誕生日プレゼントよ。最近流行りのギャラクシー・オンラインショッピング。試したのは良かったものの、注文した品物がなかなか来なくって。このままじゃ間に合わないって相談をしてたのよ」 「・・・・・・へ?」
ジョウはヘナヘナと座りこんだ。
「なんだ・・・俺は・・・てっきり」 「やだ。赤ちゃんでも出来たって思ったの?」 「う・・・だって余りにも・・・大事のようだったから」 「大事よ。私にとっては。恋人同士になって初めての誕生日だもの。ミスしたくはないわよ、絶対」
アルフィンは、くすくすと笑いながら、自分も屈みこむ。
「でもね・・・もし、本当に子供が出来たとして。確かに結婚してなかったら、びっくりしちゃうだろうけれど・・・でも、やっぱり、嬉しくてたまらない気がする。だって・・・愛する人との大事な結晶だもの・・・」 「アルフィン・・・」 「それに。第一、子供は出来ないと思うけど?」
だって・・・そうでしょ? ちゃんと思い出してよ? そう呟きながら、アルフィンも耳まで赤くなった。
「でも・・・責任感だけでの発言かもしれないけど・・・なんか嬉しかった、な。一瞬の間違えとはいえ、一緒になろうって言ってくれて」 「・・・・・・」 「ちょっとだけ夢を見せてもらっちゃった。ありがとう、ジョウ。そして、ごめんね。誕生日プレゼント。聞いてはみるけれど、間に合わないかもしれない。だから。先にゴメンナサイだわ。・・・・それじゃ、おやすみなさい」
アルフィンは、柔らかく微笑むと踵を返した。 長い金髪がふわりと広がり、細い腕が空を切る。
ジョウは、反射的にそれを押さえていた。
「アルフィン・・・」 「・・・なぁに?」 「責任感だけじゃ・・・なかったら?」 「え・・・?」
脳が空白になったあの一瞬、ジョウもまた、夢を見ていたのだ。 自分と、アルフィンと、そして・・・まだ見ぬ、我が子。 幸せな家庭。 愛する家族。
咄嗟に結婚、と叫んでしまったけれど、それはジョウの心の奥底にしまってあった、密かな願望の化身であり。
義務や責任といったものとは別次元にある、己の確かな意思であり。
ということは、つまり。
彼の言葉は・・・単なる・・・プロポーズであって・・・。
「・・・ジョウ?」 「・・・・・・誕生日プレゼント。俺は・・・アルフィンが、いい。アルフィンとの未来。・・・ダメかな?」
柄にもない自分の台詞に、ジョウは益々真っ赤になる。 一方のアルフィンはといえば・・・
「本当に?後悔しない・・・?」
上目遣いに、ジョウをじっと見ている。 穏やかな。静かな。でも、まっすぐな視線。
「当たり前だろ」
その言葉にアルフィンはワッと叫んでジョウにすがりつくと、大粒の涙を流し始めた。 震える肩を優しく抱きしめながら、ジョウは今一度問う。
「・・・で、俺のリクエストした誕生日プレゼント、もらえるのかな?」
アルフィンはこくりと頷いた。 何度も、何度も、頷いた。
11月8日。 最高の誕生日は、すぐそこまで来ている。
|