| 「もう一つ付け加えるとだな」 咳払いを一つして、意を決したようにジョウが言った。心なしか顔が赤くなっている。 「その指輪、親父がお袋と結婚する時に渡したものらしいんだ」 ジョウの視線があらぬ方向を向く。 「つまり、そういう意味で、君にも受けとって欲しいんだ」 アルフィンが顔を上げた。 その蒼い瞳いっぱいに涙を溜めながら、目を見開いている。 今にも零れ落ちそうなほどに涙を溜めた瞳に見つめられ、ジョウはうろたえた。 「あ、あの、今すぐに結婚してくれとかそんなんじゃないんだ」 両手をばたつかせ、口からはなぜか、言い訳めいた言葉が出てしまう。 「突然こんなこと言ったら、驚くよな。 ただ、なんだ、俺はそういうつもりでいるからって言いたかっただけで…」 ―あぁ、俺は何を言っているんだ ジョウは天を仰いだ。 アルフィンの瞳からは今にも涙が溢れ出しそうだった。 お願いだ、頼むから泣かないでくれ、そう心の中でジョウはアルフィンに懇願していた。 一世一代の大告白だから、喜んで受け入れてもらいたいと思う。だが、アルフィンの涙には弱い。泣かれるとどうして良いのかわからなくなる。今までにも何度となく経験してきたアルフィンの涙。だが、上手く対応できた例はない。だから。願わくば笑顔で応えて欲しかった。 だが、ジョウの儚い期待は虚しくも崩れ去った。ついにアルフィンは大粒の涙をぽとぽとと落としてわっと泣き出した。 「なんで泣くんだよ」 困り果てた声でジョウはアルフィンに言った。 「だって、だって…」 アルフィンはすすり上げながら、懸命にそれだけを口にしたが、それ以上言葉を紡ぐ事が出来なかった。 ずっとずっと待ち望んでいた言葉を聴いた。夢にまで見たジョウのプロポーズ。夢の中の自分はその言葉をしっかりと受けとめ 「ありがとう、嬉しいわ」 と返事をしていたはずなのに。今のアルフィンは頭が真っ白になり、思考回路が停止していた。ただ涙が後から後から涌き出てくる。アルフィンはその涙を止める事も、拭うことも出来ずに流れるに任せた。
ジョウは泣きじゃくるアルフィンを目の前に、何と声をかければ良いのかわからずにおろおろするばかりだった。小康状態にはなったもののアルフィンは一向に泣き止む気配を見せない。肩を小刻みに振るわせ、時折しゃくりあげるように顎を引くだけで、俯いたまま涙を落としていた。 「お願いだから、泣き止んでくれよ」 ジョウはようやくそれだけを口にした。そして、そっと手を回しなだめるようにぽんぽんと背中を叩いた。絹糸のような金の髪がジョウの鼻先をくすぐる。ジョウはその髪を押さえるように髪を撫でた。そうしているとアルフィンに対する愛おしさがこみ上げてきた。
アルフィンにプロポーズをしようと思ったのは何も昨日今日の事ではなかった。恋人と呼べるようになり既に数年が経ち、周囲もそろそろ、という噂を立たせ始めていた。しかし、ジョウの性格がそれを先延ばしにしていた。 リッキーには1度ならずと、いつまで待たせるのかと問い詰められもした。―酒の席でそのテのことでアルフィンに絡まれることがあるらしいからなのだが―だが、なんだか気恥ずかしくどうしても1歩が踏み出せずにいた。 このままなし崩し的に、と考えもした。しかし、恋人としての始まりがそうであったのに結婚までがそうなると、男としてなにか釈然としないものがあった。 それに女性というのはプロポーズをとても大事なイベントと位置付けるものだとタロスから耳にタコができるほど聴かされていた。アルフィンの性格を考えると尚更だろう、とも。 しかし、チャンスは巡って来た。このチャンスを逃したら、いつ次ぎが巡ってくるのかわからない。平静を装い告白したが、その実、ジョウの心臓は爆発寸前だった。 だが、腕の中で喜びの涙を流すアルフィンを見ていると、なんでもっと早く勇気をださなかったのかと後悔の念が噴き出してきた。きっとアルフィンは自分の言葉を待ちつづけていたのだろう。そんなおくびにも出さずにジョウと接していたアルフィンを思うと胸を締めつけられた。 ―幸福にしよう。お袋のように人生の最後で幸福だった、と言えるように。 ―全身全霊をかけてこの腕の中の宝石を、アルフィンを幸福にしよう。 ジョウは心に誓った。そして 「愛してるよ、アルフィン」 そう言い、ジョウは腕に力をこめた。
―幸福せにね、ジョウ ―そして、ジョウの大切な女性 ―ジョウを宜しくたのむわね・・・
<おしまい>
|