| 部屋のドアが開く音がした。 ジョウはベッドに腰掛けたまま視線だけをドアに向ける。 この部屋に予告なく、しかし穏やかに現れるのは彼女だけだ。 彼女は一歩部屋に入るなり意外そうな声を上げた。 「あら、ここにも来てないの?」 「また消えたのか。しょうがない奴だな」 「ほんとよ。誰に似たのかしら?」 ジョウは傍らに立つアルフィンを見上げた。 すねたような表情で彼に向けた碧い目と見上げたジョウの目が合う。 ジョウはにやりと笑う。 「そりゃ、どこぞのお転婆元姫君だろ?」 「失礼ね。生まれたときから宇宙をふらふらしてる人になんて勝てるわけないでしょ」 アルフィンは頬を膨らませてぷいっとそっぽを向く。 ジョウの視界を伸びかけた金色の髪が流れていった。
「だいぶ伸びたな」 「…ん。長いほうがいいんですって」 「そうか」 アルフィンは少し恥ずかしげに微笑んだ。 ジョウには『彼』が自分の代弁をしているように思えるときがある。 あんなにも小さな『彼』が。 こんな小さな宇宙船で見当たらないとは、いったいどこにいるんだろうか。 アルフィンの表情も少し不安げになっている。 「探しに行くか」 「ええ」 立ち上がったジョウの先をアルフィンがドアに向かって歩きだそうとしたそのとき、 アルフィンの手首で短いアラームが鳴り機械的な声が飛び出した。ドンゴだ。 「あるふぃん、ドコニイマスカ?」 「ジョウの部屋よ。なあに?」 「えあろっくヘノ通路ノせんさーガ作動シマシタ。現在確認中デスガ…」 ドンゴの口調はあくまで事務的だったが、どことなく早口だ。 聞いていたアルフィンとジョウの顔色がさっと変わった。 「何ですって?」 アルフィンがそう言った時にはすでにジョウは部屋を飛び出していた。 「ハッチの手動ロックを作動不可にして!それとロッカーのキーもよ!」 「ソンナコトデキマセン!」 「するのよ!頼んだわよっ!!」 「あ、あるふぃん…!」 ドンゴの返答を無視してアルフィンもジョウの後を追った。行き先はミネルバの側面ハッチ。 まさか、との思いを頭を振って追い出してアルフィンは走った。 通路にジョウの姿はとうにない。 お願い、間に合って! 息を切らして駆け込んだ通路の先で壁の小さなボックスに何かが取り付いていた。 思ったとおり小さな破壊者はここにいた。 ボックスの中にはコントロールパネルが収まっている。そこにしがみついている小さな身体をジョウは引き剥がした。 「何してるんだ、おまえは!」 「あ…」 ジョウが床に下ろしたのは小さな子供だった。床に立たされたその子供はジョウの顔を見て慌てて逃げようとするが、ジョウに肩をつかまれてバタバタともがくだけだ。 「ひとりでこんなところにきちゃダメだって言っただろう!」 「…だって」 「だってもへちまもあるか!」 ジョウに睨まれ、顔をゆがめる。みるみる大きな瞳に涙が溢れてくるがジョウはその瞳を睨んだままだ。 「おまえは大人の言うことが聞けないのか?」 「聞けるときと聞けないときがあんだい!パパもママもそうじゃないかっ!」 「え?」 精一杯の大声で言うと大声で泣き出した。 ジョウはうろたえて助けを求めるようにあたりを見回し、救いの神を見つけた。 数分前のジョウと同じように息を切らせたアルフィンだった。
「間にあったのね…ありがと…」 「当たり前だろ?それより何とかしてくれ、こいつ」 ジョウは一向に泣き止む気配の無い子供をアルフィンに突き出した。アルフィンの目が大きく見開かれたが息が切れて何も言えないでいる。 「ダメ、ねぇ」 息を無理やり整えてアルフィンは言った。 「…自分の子でしょう」
「おーい?アルフィン?ジョウ?そこにいる?」 「リッキーか?」 不意に現れたもうひとりの救いの神にジョウは飛びついた。泣く子供に勝てるはずも無く、アルフィンの冷たい視線を感じながらパネルに向かう。通信用のスクリーンすらない小さな非常用の手動ハッチ開閉スイッチパネルだ。更に小さいスピーカーから飛び出したリッキーの声は少し聞き取りにくい。 「ブリッジでさあ、無理やり回路切ったから開いてないはずだけど。いるんだろ、そこに」 「ああ、いる。あちこちのテープを止め損ねたソフトスーツでな」 「へえ、ソフトスーツ着てんの?そこまで知恵付けたんだね。でも、ああ、よかった。」 「助かったわ、リッキー。ありがとう。タロスもそこにいるの?」 「いるよ。じぃじが怒ってるぞって言っといてよ、アルフィン」 タロスの意味不明の怒声が聞こえてくる。 おおかたリッキーの『じぃじ』という表現に対する抗議だろう。 あまり間違ってるとは思わないがなとジョウは思った。 この子との年齢差は四捨五入で60歳。曾孫といってもおかしくは無い。 「わかったわ」 リッキーに応えるアルフィンも同じように思ったのかくすくすと笑っている。 大の大人、しかもクラッシャーの4人にパニックを起こした張本人はいつのまにか泣き止み、チャイルドサイズの宇宙服を脱ごうと必死になっていた。着方そのものを間違えているためだろうが、なかなか脱げず癇癪を起こしかけていたが。
アルフィンは膝をついて宇宙服を脱がせた。そして、じっと目を見つめて出来る限り静かな声で聞いた。 「で、どうしてこんなことしたの?ママに教えて」 「だって」 「だって、なあに?」 イラつきがアルフィンの口調の端に現れて、彼は身を竦ませ慌てて喋り始めた。 「今日はパパにプレゼントあげる日なんでしょ?ママが用意してたの、僕知ってるもん」 「え?」 ジョウとアルフィンは思わず顔を見合わせた。アルフィンの頬が心なしか赤い。目が合うと慌てて目を反らした。 アルフィンにあらぬ方を向かれてジョウは小さいが真摯な目をもう一度覗き込む。 「タロスもリッキーも変なんだもん」 「そ、そうね…」 アルフィンは俯いて口篭もる。 そういえばリッキーが食事当番で、タロスを巻き込んでお祝いのご馳走を作るって言っていたわね。 もう終わったって言ってたけど…見てたのね、この子は。 リッキーじゃないけどいつの間にこんなに知恵をつけたのかしら。 「で、それが何でこんないたずらに関係あるんだ?」 ジョウが訊いた。様子を見る限り、いたずらでやったつもりは無いらしい。しかし、一歩間違えば命に関わる。運が悪ければ乗員全員の、だ。二度とやらないように言い含める必要がある。 「あのお星さまを取ってこようと思ったんだ。そこにすっごいきれいなお星さまがあったから」 「お星さまは取れないのよ。すっごく遠いところで光ってるの。それにね、お星さまはみんなのものなのよ」 思ってもいなかった返答にアルフィンがつい口をはさんだ。ただ外に出てみたかっただけだろう、そう思っていた。しかしそうではないらしい。 「でも!パパにあげたかったんだもん!」 大声で叫ぶその顔が真っ赤だ。どうあっても譲らない、たとえママでもと目と態度が言っている。 しかし、アルフィンも負けるわけにはいかない。つられて大きな声を出す。 「だからお星さまは取れないの!ジョウ、なんとか言ってよ!」 「ん…お星さま、欲しいか?」 「うん!」 「ちょっと、ジョウ!」 嬉しげな声と慌てた声が重なる。 ジョウは構わず続けた。 「今日のお星さまはまだちょっと遠いから今度にしよう。練習して来年とってもらうよ」 「何を…!」 「ほんと?」 言葉に詰まったアルフィンに目くばせをする。 輝いた小さな目がさらにきらきらと光った。 「ああ、約束だ」 父と子が笑いあう光景を見てアルフィンも肩を竦ませて笑った。 あたしがプレゼント渡すより嬉しそうな顔なんだわ、きっと。 アルフィンにとって気持のいいやきもちだった。
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