| 漆黒の闇に無数の星が瞬き、ぽつりぽつりとコロニーが浮かんだ宙域に。低い加速で、のったりと漂う<ミネルバ>がいた。そのブリッジでは。主操縦席に就くタロスと、副操縦席に就くリッキーが、何やらこそこそと会話を交わしていた。 「あと8時間しかないんだぜ。これじゃアルフィンにどやされちまう」 「とはいえ、テーマのハードルが高けえ」 実はさっきから、ある程度会話をすると振り出しに戻る。これをもう7回ばかり繰り返していた。それだけ、2人には大きな難題が課せられていた。 「“とびっきりの誕生日プレゼント”だもんな。兄貴の場合、普通を考えるんでも大変だってのに」 「まあ二十歳って区切りだからな。気持ちは分からんでもねえが」 「こっちの身にもなって欲しいや」 11月8日は、ジョウ二十歳の誕生日。祝い事が、国民的行事でもあったピザン育ちのアルフィンが仕切っている。彼女の場合、すでに銀河標準時間で、半月も前からこのビッグプロジェクトに取り組みはじめていた。 あれやこれやと、ジョウのために思案する。それが楽しくてしょうがない。そんなムードをずっと漂わせていた。アルフィンがご機嫌なのはいいことだ。<ミネルバ>での生活に、平和が約束されているようなものである。 しかしながら、ムードに巻き込まれてしまうと状況は一転する。 タロスやリッキーにも、アルフィンは、誕生日プレゼントを考えるようにとリクエストしてきた。しかも“とびっきり”という部分は絶対要素。祝うのはいいが、その部分に関しては2人にとってプレッシャーだった。 「そもそもさ、兄貴って何を悦ぶんだい」 「難儀だねえ……」 丸太のような太い腕を、タロスはぎゅうと組んで見せた。 自然と渋面もつくられる。 「タロスの方が、一緒にいる時間は長いんだぜ。なんかないのかよ、コレっていうもん」 「……仕事、かねえ」 「あちゃあ」 それはリッキー自身がご免被りたい。やっと長い任務から解放され、ささやかな休暇を満喫している最中だからだ。 「筋金入りのクラッシャーだからよ、仕方ねえ。やばい状況になるほど、生き生きしてやがる」 「けど、そう考えるとさ。兄貴って結構、つまんない青春送ってんなあ」 「世間一般の同世代と比べちまうのは、ちと、気の毒ってもんだ」 クラッシャーに人生を預けたタロスとしては。それはそれで、幸せなことであると知っている。ただ、いち青年として考えれば、確かにジョウの青春期は華がなさすぎだ。 「……となるとさあ、やっぱ」 リッキーは指で、鼻先を擦る。 そして、にんまりと笑みを浮かべた。 「男にとっての“とびっきり”と言ったら……」 「……アルフィンか」 タロスもにやりと笑いを返した。
「結構、長いよな。兄貴とアルフィンの宙ぶらりん関係」 「そろそろ2年になるんじゃねえか」 「アルフィンはあの通りだろ? で、話が進まないってことは、兄貴が原因だよなあ」 「そっち方面の度胸がねえか、きっかけがねえか」 「……案外さあ、俺ら達の知らない所で、まとまってたりして」 くくく、とリッキーは愉快そうに笑う。 しかしタロスの顔は、苦虫を噛んだように歪んだ。 「そいつはどうかねえ。この間、アルフィンがシャワールームで大騒ぎしただろ」 「ああ、あれかい。噴水みたく、派手に水漏れしたやつ」 「バスタオル一枚で飛び出してきた姿に、ジョウはかなりびびってたからなあ」 あの程度の露出で、あのうろたえようでは。 タロスは腕を組んだまま、やれやれ、といった様子でゆっくりかぶりを振った。 「……バスタオル一枚は、俺らも身に覚えがある」 エマージェンシー・シップでピザンを脱出したアルフィンを、<ミネルバ>で回収した時が思い出される。それが出会い。救出されたアルフィンの最初のお願いは、お風呂に入りたい、であった。その面倒をリッキーが一手に任された。 あの時のアルフィンの可憐さは、リッキーは今でも覚えている。それがここまで、がさつなクラッシャーに染まってしまうとは。天地がひっくり返るとは、まさにこのことだとも思う。 そして、ジョウやタロスは忘れてしまったかもしれないが。最初にアルフィンに食いついたのは、リッキーでもあった。 今はそれすら、懐かしい。 「まあ、俺が睨んだところだと……。ありゃまだ“ちゅう”もねえな」 「うっひゃあ! 鋭いとこ突っ込むね、タロス」 ぺらりと右手を、頬に当てた。 思春期真っ盛りの16才。こういうどきどきさせる話題は、大いに歓迎なリッキーだった。 「けどさあ、兄貴って色男じゃん? アルフィン以前に、何もないってことないだろ」 「うーむ」 タロスは口元を真一文字に結ぶ。そして、ちらりと上目遣いをしてみせた。 「……それらしい動きは、俺も見たことがねえ」 「ほんとかよ!」 リッキーのどんぐり眼が、信じられない、とでも言う風に見開いた。 「10才の頃からよ、女の依頼人からはやたらと気に入られたんだがな」 「年上に好かれんのは、今もおんなじじゃん」 「言われてみりゃ、そうさな」 いずれにせよ、羨ましい悩みに変わりはない。 するとリッキーが、ぱちんと指を鳴らした。 「そっか。年下の女の子は、アルフィンが初めてなんだ」 「男の方がイニシアチブを握らねえと、にっちもさっちも行かねえ訳だ」 「……すでにアルフィンの方が、振り回してる感じあるけどね」 「いや、そうでもねえな」 タロスは、軽く口端を上げた。 「アルフィンはあれでいて、肝心な所はジョウに託すとこがある。押し掛け女房の割にゃ、男を立てるって心構えがあんだろ」 「惚れた男限定だけどね」 「……だな」 2人の会話は、ジョウのプレゼント内容から徐々にずれはじめている。こっちの方が話が弾む。会話の寄り道をしているうちに、名案が浮かぶかもしれない。暗黙の上での脱線だ。
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