| 最初にカプセルから出てきたのはジョウだった。 「ゲームにしちゃ良く出来てるぜ、コレ」 そう言いながらアルフィンとミミーの元へ戻ってきた。だが、リッキーがなかなか出てこなかい。 この手のゲームでリッキーがジョウに勝てるわけが無い。そうわかっていて始めたゲームだったが、こうも簡単にやられると悔しくて仕方が無い。それもミミーの前で。一撃必殺の奇襲戦法でジョウをやっつけピースサインでミミーのところに戻る自分の姿を想像していただけに、ショックが大きい。直ぐには立ち直れず、しばらくシートにぼけっと座っていた。 コンコンと頭上から音がした。 「おい、リッキーどうした?」 続いてジョウの声が降ってきた。 「あ、直ぐ出るよ」 リッキーは慌ててコンソールのスイッチを一つ押した。少しの間を置いてカプセルの側面がせりあがる。ハッチ風になった入り口から覗きこむジョウと目が合った。 「俺に勝つなんて十年はやいんだよ」 意地の悪い笑みを口の端に浮かべてジョウが言った。 「ちえっ」 リッキーはさらに面白く無い。頬を膨らませてむくれた。重い腰が更に重くなる。 リッキーの顔はそのおしゃべりな口と同じ位よくしゃべる。ジョウにはリッキーが直ぐに出てこなかった理由が直ぐにわかった。ジョウは笑いをかみ殺しながらリッキーの腕を掴み、ぐいと外に引っ張り出してやった。そしてミミーに聞こえるように少し大きな声を出した。 「けど、あの攻撃にはあせった。やられたと思ったぜ。お前腕をあげたな!」 リッキーの肩を叩きながらそう言った。 リッキーはおもわずジョウを仰ぎ見た。普段のジョウはこんな風に自分のことを持ち上げたりしない。どうしたんだい急に、そんな視線をジョウに投げかけた。リッキーの視線を感じたジョウは薄く笑っただけで何も言わなかった。けれど、その笑いはリッキーの考えは全部お見通し、という笑いだった。リッキーにはそんなジョウの配慮が嬉しくともこそばゆくともあった。 「やっぱ、兄貴にはかなわないや」 いろいろな意味を含めて、リッキーは笑って言った。
しかし、リッキーの悔しさが完全に消えたわけではなかった。何か飲みにいこうというジョウの誘いを断って、リッキーは先ほどのゲーム機に向かった。 ジョウ、アルフィン、ミミーの3人はゲームセンター内に設けられているバーコーナーへ向かった。3人はカウンターではなく、小さな丸テーブルを選んで腰をおろし、ジョウはビールをアルフィンとミミーはカクテル風のソフトドリンクをそれぞれ注文した。
しばらくは他愛もない話をしていた3人だったが、おもむろにミミーが話題を変えた。 「ねぇ、アルフィン」 「なあに?」 「アルフィンはピザンのお姫様だったって本当?」 「え?えぇ、本当よ」 突然の質問にアルフィンは少し驚いた。ソフトドリンクのグラスを弄んでいた手が止まる。 「密航してクラッシャーになったってのは?」 「それも本当よ」 何でそんなことを訊かれるのかよくわからなかったが、アルフィンは素直に答えた。 けれど、ミミーは 「ふぅーん」 と言っただけで、今度はジョウに質問の矛先を向けた。 「ねえ、ジョウ。ジョウのチームにはもう空きはないの?」 ビールの缶に口をつけていたジョウの動きが止まった。先ほどからミミーの質問の意図が良くわからない。ミミーは即答できずにいるジョウにはかまわずさらに言った。 「あたしがチームに入れてもらいたいって言ったらどうする?」 ぶっ。ジョウは思わず飲んでいたビールを噴き出した。小さな丸テーブルの上にビールの飛沫が散った。 「なによ、汚いわねェ」 そう言いながらもアルフィンはすかさずハンカチを差し出した。ジョウは無言でそのハンカチを受け取り口元を拭った。そして備え付けのペーパータオルで机に飛び散ったビールを拭いているアルフィンにハンカチを返した。 「いいなぁ。そーゆーの」 テーブルの上に両肘を付き頬杖をつき、そんな2人の様子を眺めながらミミーがため息混じりに呟いた。 「?」 「スキが無いっていうのかな、夫婦みたい」 ジョウとアルフィンは思わず顔を見合わせた。二人とも心なしか顔が赤くなっていた。 そんな二人にはお構いなくミミーは 「いつも一緒にいるからなのかなぁ」 独り言のように言った。
「ミミー?それって、もしかしてリッキーの事?」 先ほどとは違うミミーの様子を敏感に感じ取ったアルフィンが訊いた。 ミミーはこくり、と小さく頷いた。 「それで、クラッシャーになりたいなんて言ったのね」 「うん」 ミミーは力なく答え、遠くを見つめるた。 毎日でも一緒に遊びたい盛りの二人が、宇宙のあっちとこっちでの遠距離恋愛。寂しくないわけがない。けれど、ジョウ達にはジョウ達の、ミミーにはミミーのどうしようもない<事情>があり、そのどうしようもなさがミミーを苦しめていた。 ミミーは<王女を捨て密航した>アルフィンを羨ましく思っていた。けれど自分にはそれが出来ないということも良く分かっていた。自分にはアルフィンのようにすべてを捨てる勇気が無い。両親無き後、育ててくれてたおじさまを裏切るようなことは出来ない。そして、それ以上にアルフィンを受け止めるジョウが羨ましくもあった。 リッキーとジョウでは立場が違う。ミミーがアルフィンになれないようにリッキーもジョウとは違うのだ。 頭では今こうやってたまにだけれどリッキーに会うことが出来る、それだけでも凄いことなのだということを理解できるのだが、感情がどうしてもそれについて来ない。一度会うとずっと一緒にいたい、という普段自分の心の一番奥にしまってある感情が噴出してくる。別れの日が近づくにつれて、その感情は膨れ上がってどうしようもなくミミーを苦しめる。今回は特にそれがひどい。今日、休暇は始まったばかりなのにもう別れの日々を考えてしまう。だから、ジョウに答えられない質問を投げかけてしまった。 「あ、本気で言ったわけじゃないのよ。ただ、ちょっと訊いてみただけだから」 そう言ってミミーは両手を振った。無理に作った笑顔が痛々しかった。
ちょうどそのとき、リッキーが満足げな笑みを浮かべて3人のところへ帰って来た。その後のゲームの結果が相当良いものだったことが直ぐにわかった。 「何の話しをしてるの?」 どんぐり眼をくりくりとさせて皆の顔を見回す。3人の間で沈みかけていた空気が元に戻った。 リッキーのあの顔をみるとミミーの顔も自然にほころぶ。今あれこれ考えても栓の無いこと、それよりも一緒にいることの出来るこの貴重な時間を楽しまなきゃ。そういうポジティブな考えへと自然に切り替わる。不思議な魅力をもった人だとミミーは少しまぶしくリッキーを見た。 「ナイショの話」 ミミーが笑って答えた。先ほどの張り付いたような笑顔ではなく、本当の笑顔だった。 そんなミミーの笑顔を見て、ジョウとアルフィンもほっと胸をなでおろした。2人ともミミーの気持ちが痛いほど分かっていたが、どうしてやることも出来なかった。どんな言葉をかけても、所詮は2人の問題なのだ。今の関係を続けるには2人は若すぎる、ということも良く分かっていたし年長者の意見として何か言うことも出来たのだが、ジョウとアルフィンはあえてそれをしなかった。リッキーとミミーは必ず2人で乗り越えるだろうとそう感じていたのだった。
バーで飲みながら他愛の無い話を続けていた四人だったが、暫くしてジョウとアルフィンが2人でディスコに戻っていった。 「わっかんねぇよな」 腕を組んで仲つむまじくディスコに消えて行く二人の後姿を見ながら、リッキーは思わず呟いた。 「なにが?」 ミミーが訊いた。 「あの二人、さっきまで大喧嘩してたんだぜ。アルフィンがまた噴火してさ」 先ほどのアルフィンの大噴火を思い出し肩をすくめてリッキーは言った。 「兄貴ご機嫌取りばっかりしてて、全然カッコよくないんだよなぁ」 「あら、そうかしら?」 「ああそうさ」 訊きかえすミミーに、リッキーはきっぱりと言った。 「私にはそうは見えないけどなぁ」 けれどミミーはそれには賛同しなかった。ジョウとアルフィンの消えていったディスコのエントランスを眺めながら言った。 「アルフィンは、ああみえてしっかりジョウをたててるもの」 「そうかなぁ。完全に尻に引かれてるって感じだけど」 「そう見えるけど、実際の主導権は絶対ジョウが握ってるって感じよ!」 ミミーはリッキーに向き直り、リッキーの鼻先を指でピンと弾いた。 「わかってないのね」 そう言い、リッキーに背を向けて歩き始めた。 「ちぇっ」 リッキーはなんとなく納得がいかない風であったが、それ以上は何も言わずにミミーの後を追いかけた。 ミミーの横に並び、一瞬ためらった後ミミーの手をぎゅっと握った。 ミミーがリッキーを見た。今日一番の笑顔を浮かべて。 リッキーは少し照れたように 「次はなにをする?」そう言った。
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