| ★その2★
「ジョウ! あたしっ」 標準時間で日付がそろそろ変る頃、インターフォンから、なにやら切迫した声が聞こえてきた。 部屋の主であるジョウの返事を待たずにドアがスライドし、アルフィンがつんのめって入ってくる。 慌てふためいたアルフィンの様子に、ソファでくつろいでいたジョウが体を起こし振りかえった。 「なんだ、どうかしたのか?」 ジョウはかなり行儀の悪い格好でソファに寝そべって、録画してあったサッカーを見ていた。 『ギャラクシーカップ』と呼ばれる、銀河系ナンバー1のサッカークラブチームを決めるトーナメント戦だ。ジョウが自室でくつろいでいるときは、大抵、サッカーやフットボールやバスケットなど、スポーツ番組を見ていることが多い。 部屋に入るなりアルフィンは、きょろきょろと室内を見わたし、かなり焦った様子でジョウに聞いた。 「あたしのピアス見なかった?」 「ピアス?」 「あたしがいつもしてる赤いやつ。・・・これよ」 アルフィンはジョウの傍に近づいて、金髪をかき分け右耳を示した。耳朶には赤いピアスが輝いている。 あぁ…これか。そういやよくしてるやつだな…。 ジョウはなんとなく思い出した。 「片方どっかいっちゃって…。さっき気がついたの」 「リビングやブリッジは探したのか?」 「ドンゴに手伝ってもらって探したんだけど、出てこなかったの。廊下も。ドンゴが見つけられないなら絶対に無いわ」 ジョウの問いかけに答えながら、アルフィンはテーブルの上や床に視線をめぐらした。 「自分の部屋は?」 「そんなの一番最初に、ぜーんぶ見たわよっ」 イライラしてきたアルフィンは、のん気に座っているジョウの背中のクッションを無理やりひっぱりだした。 「ほらっ、ジョウも座ってないで探してよ!」 「…あ、はい」 「あと怪しい所は、ジョウの部屋だけなんだから」 アルフィンの真剣な表情に、ジョウも立ち上がって探す事にした。 アルフィンはすぐに、今までジョウが座っていたソファに飛び乗って、隙間をくまなく探し始めた。 「こうゆうソファの隙間とかに、あったりするのよ」 邪魔くさそうに、ソファの上にあったクッションを、ポンポンと放り投げる。 「うへっ」 放り投げられたクッションの一つが、床を探すジョウの頭に落下してきた。 アルフィンは全く気づかずに、今度はソファの下を這いつくばって覗いている。一心不乱だ。 「ないわ… どこへ行っちゃったんだろう」 アルフィンは唇をかんだ。余程大切なものらしい。 「そんなに大事なピアスなのか?」 「ピザンを出てくる時に、ママがプレゼントしてくれたピアスなの。自分のネックレスを解いて作ってくれて。お守りにしなさいって」 声がため息まじりになってしまう。 アルフィンがクラッシャーになって何年たったが、ジョウがピアスの話を聞いたのは初めてだった。 国を捨ててクラッシャーになったアルフィンにとって、母親の愛情がこめられたピアスは大切なお守りなんだろう。 曇るアルフィンの顔を見て、ジョウは優しく言った。 「ミネルバの中で無くなったんなら、何処かにあるはずだ。必ず出てくるって」 「…うん」 「よく探そう」 大体、ジョウの部屋にはあまりもモノがない。作り付けのベッドやクローゼットを使っているし、オーディオやテレビモニターも壁にはめ込まれている。家具といってもソファやテーブルくらいだ。 それでもテーブルの下を覗いたり、読みかけの雑誌のページの間をチェックしたが、ピアスは見つからなかった。 「ないなぁ。ここにはないんじゃないか?」 「でも、もうここしか探す所ないもの。―――あ!」 思いついたのか、アルフィンはすくっと立ち上がると、つかつかと部屋の奥にベッドあるに近づいた。 ブランケットを勢いよくめくってベッドに飛び上がる。ブランケットやシーツの間を、注意深く目を凝らして探した。 「なんで無いのよ〜!」 んもう、とばかりに今度は枕を放り投げる。飛んできた枕を、ジョウはあわててキャッチした。 「おっと。放るなって」 必死の形相で探すアルフィンを眺めながら、ジョウが小声で言った。 「んなところにあるか…」 心当たりはあったのだ。 「あっ!」 アルフィンが叫んだ。また放り投げようとした枕の下に、赤いピアスがころんと転がっていた。 「あった! あったわ! 発見! うれし〜!!」 アルフィンはベッドの上で、子供のようにぴょんぴょんと飛び上がって、喜んだ。 「よかったぁ!」 満面の笑みを浮かべてベッドから降りると、足元にちらかった枕やクッションを、ひょいひょいと軽やかにジャンプして、ジョウの元へ駆けよった。 ジョウはピアスが見つかってホッとしたのか、苦笑いなのか、バツが悪いのか、それとも照れくさいのか、あれこれと混ざり合った表情を口元に浮かべて言った。 「・・・・よかったな、見つかって」 「うん!」 アルフィンは、またピアスを何処かへ無くしてしまわないように、ポケットからキャッチを取り出して、すぐに左の耳につけた。 「良かった。これで安心して眠れるわ」 にっこりと微笑みながら、ジョウの首に腕をまわして、頬に顔をよせた。 「さんきゅ! じゃ、今日はおやすみなさい」 「・・・おやすみ」
自分の腕からするりと離れ、足取りも軽く部屋を出て行くアルフィンを見送ったあと、ジョウは自分の部屋を見渡し、苦笑した。 あちこちに放り投げられた枕やクッション。ページが開かれたままの雑誌。ソファの位置は、最初にあった場所からかなり移動している。 やれやれとソファを元に戻し、クッションを拾い集めていると、テレビモニターが試合終了を告げた。いつのまにかサッカーの試合には決着がついている。 「どこまで見たんだっけなぁ」 ジョウはリモコンを操作して、先程の展開まで試合を引き戻した。
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