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■374 / inTopicNo.1)  Lucky Number“3”
  
□投稿者/ まぁじ -(2002/12/16(Mon) 12:21:26)

    「え?」
     ジョウは瞬きを重ねて、向かいにいるアルフィンを見つめた。人というのは、想像すらしない出来事に直面すると、つい言動を繰り返してしまう。だからジョウのこうした反応は、すでに3度目をカウントしていた。
    「……だからあ」
     アルフィンは頬を上気させ、伏し目がちになる。拳を顎に当て、身体はもじもじとしなをつくってみせた。
    「……もうっ、ちゃんと理解してよ」
    「つ、次こそする」
    「その……できちゃったの。……赤ちゃんが」
     最後の方が、ごにょごにょとまた小さくなる。しかし3度目にして、ジョウはようやくことを理解した。だが今度は、瞬きを忘れた。
    「……あ、……赤ん坊?」
     アルフィンはやっと、こくりと頭を縦に振る。たったそれだけを伝えるのに、5分も費やしていた。
    「でね、ドクターがぜひ“お父さん”もご同席くださいって」
    「お……、おと……?」
     ジョウはすっかりパニックと、ひどい言語障害に陥ってしまった。
     やぎ座宙域の第三惑星レスタンザ。依頼を受けての上陸なのだが、いまジョウとアルフィンは、宇宙港のメディカルセンターにいた。一旦診察を受けたところ、パートナーも同席ならばとアルフィンは診察室から中座させられた。
     レスタンザに向かう4、5日前から、アルフィンの体調不良が顕著となった。微熱が続き、小ワープ1回でも嘔吐が止まらない。一人で歩けないほど衰弱した日もある。
     ドンゴにメディカルチェックをさせたが、明確な回答が出されなかった。しかもアルフィンは薬も嫌がる始末。そこでレスタンザに着陸早々、女性専門のクリニックに出向いた。
     実はアルフィンが薬を拒否したのは、何億分の1の“まさか”という予感があったため。それでも診断で充分に驚いた。となるとジョウにとっては青天の霹靂以外、何者でもない。
     そして、ドンゴが妊娠をサーチできなかった理由は簡単。かつて男所帯だったクラッシャーチームに、妊娠というデータバンクは不要だった。
     ひとまず、ようやくの告白を終えたアルフィンは、クロノメータに視線を落とす。ドクターをこれ以上待たせられないと判断し、ジョウの腕を取って診察室へと舞い戻った。

     2人が入った診察室は、淡いピンクで統一された内装。女性の聖域というムード、どこか乳臭い空気に、ジョウはむせかえりそうになる。見渡せばやたらとカーテンが多く、向かいのデスクに就いた白衣の男性ドクターも、柔和な面立ちをしていた。
     ところがそのドクターは。
     入室したジョウの顔を見た途端、表情をみるみるうちに変貌させた。医者の立場を忘れる、というところか。見慣れた女性の秘部よりも、興奮している様子だった。
    「これはこれは……。あなたでしたか」
     すかさずスツールから立ち上がり、ジョウに握手を求める。レディスクリニックの儀式なのだろうか。ジョウは一瞬訝しみながらも、ドクターの勢いに併せて握手を交わしてしまう。
    「どうぞ、お掛けください。いやあ、この仕事でクラッシャージョウにお会いできるとは」
     そしてドクターは自らフィリップと名乗り、自己紹介までしてきた。しかしジョウには、大歓迎される理由はない。
    「その……初対面のはずだが」
    「やぎ座宙域ですよ、ここは。第二惑星ローデスでの事件を注目していた人間なら、あなた方の活躍は覚えていますよ」
     ドクター・フィリップは、一瞬姿勢をデスクに向けると、カルテにうきうきとペンを走らせる。ジョウが遠目から覗き込むと、花まるマークが描かれた。VIP待遇のクランケという目印だが、そんなことをジョウが気づくはずもない。
     ラダ・シンの一件。確かにローデスにとっては一大事件だった。ジョウ達のチームが、ローデスの歴史に名を刻み込んだことは理解できる。しかしながらその後、犯罪都市ククルが改善された訳でなく、リッキーのような浮浪児も相変わらずいるとも聞く。つまりジョウ達が、そこまで丁重に扱われる筋合いはなかった。
     それに数年も前の出来事だ。ジョウはすでに24才。5年もあれば、風化されても充分な時が流れていた。
     だが再びこちらに顔を向けたフィリップは、5年前が昨日のことのように蘇ったらしい。ジョウにとっては女性の秘密拠点で、栄光めいたものを聞かされるのは、ギャップが激しい。さらに居心地が悪くなっていた。

    「まだ、ご結婚はされてないんですよね」
    「ま……、まあ……」
    「挙式をされるのでしたら、安定期に入ってからよろしいかと」
    「あ、安定期?」
     ジョウは、ただただ戸惑う。遙か先と思っていた事柄や、意味不明な単語を持ち出されて。顔色も、赤くなったり蒼くなったりと、信号機以上にせわしない。場所が場所なだけに、銀河系随一のクラッシャーも形無しである。
     そんなジョウを横目に。スツールに並んで腰掛けたアルフィンは、フィリップに目配せする。ジョウではなく、自分に質問を向けてくれと。この場の状況を、最も冷静に見ていたのはアルフィンだった。興奮したドクターと、しどろもどろのパートナーでは話が進まない。
     その視線を察したのか、フィリップはごほんと咳払いをする。口元に締まりを戻らせ、ようやく自分の立場を思い出したようだった。
    「……えー、では。あなたの最終生理から計算すると、現在妊娠2ヶ月の状態ですね」
    「2ヶ月……」
    「すでに悪阻があるんでしたら、男の子の可能性が高いかと」
    「男の子……」
    「ただこの先、悪阻はより本格的になります。お仕事はどうされます?」
    「……あ、あの」
     フィリップの診断報告は、実にハイペースだった。だからアルフィンは、一旦会話のキャッチボールを区切る。なにせ母子手帳を受け取る前に、確認しておきたいことがあるからだ。それはとても訊きづらいことなのだが。しかし隣のジョウはどう見ても、頼りにならないと諦めた。

    「……本当に、本当にあたし……妊娠してるんですよね?」
    「ええ。今日のところはまだ、エコーでご覧にはなれませんが」
    「おかしいわ……」
    「どうかしましたか?」
     アルフィンは一瞬口ごもる。しかも隣のジョウすらも、フィリップと同じような視線で探りを入れてくる。んもう、とアルフィンは胸の中でじれた。しかしこうなると、言葉にするしかない。
    「あの……できる訳がないと思ってたんです。そのお……あたし達ちゃんと……」
     また語尾がごにょごにょと濁った。しかしこれに関しては、フィリップの察しはよかった。
    「ああ、避妊されていたんですね」
    「……ええ」
     アルフィンは両手で頬を包み込んだ。耳まで赤らめる。その勇気ある発言は功を奏し、ジョウはようやく我を取り戻した。そうだった、と表情にも出る。
    「ちなみに、ピルですか?」
    「いえ……その」
    「ああ、彼にお任せの方」
    「……はい」
    「となると、防御率は97パーセントですからね。装着が巧くいかないと、3パーセントは妊娠する可能性があるんです」
    「さ、3パーセント?」
     ジョウは思わず声を上げた。
     するとフィリップは、当の使用者に顔を向けてきた。
    「何か不具合はありませんでしたか? 脱着したとか、違和感があったとか」
    「う……。身に覚えは……ちょっと」
     ジョウは口元に拳を当て、また狼狽えた。他人に、夜の営みをあけすけに話せる勇気はまだない。しかもジョウの場合は、本当に記憶になかった。なにせ常に無我夢中。同じ男ならば、訊くだけ野暮と勘づいて欲しいと。恨みがましい視線を返すだけだった。
    「私としては、こうとしかお答えできませんが。……となると、今回のおめでたはお望みではなかったのですか?」
     この質問に、今度はアルフィンがフィリップと同様の眼差しで、ジョウに探りを入れてきた。思わず身を引いてしまう。懸命に現況を整理するのが精一杯の男にとって、酷な視線だ。
    「……どうなの? ジョウ」
     一番大事な論点。アルフィンが最も知りたがっている答えでもあった。
     本当は真っ先に問いかけたかったのだが、アルフィンは怖かった。その勇気を持てない代わりに、フィリップのきっかけを最大のチャンスとして生かそうとする。
     そしてジョウは、膝の上に置いた拳を固く握りしめていた。2人の問題であるのに。決定権はいつの間にか、ジョウの手中にあるような空気。
     そろそろと首を巡らせると、視界に碧眼が入った。不安とも、すがりともいった輝きを放っている。アルフィンが巡らせている想いが何なのか、ジョウにはそれだけで充分伝わったが。うまく言葉にできないかもしれない、と思っていた。
     今のジョウにできることといえば、ただ。この碧眼と向き合う度に、胸いっぱいに満たされる感覚を、言葉に通訳するだけ。
     2人の歴史にひとつの終止符を打つ事態。本当はもっと、名言とでも着飾ってみたかったのだが。
     到底、無理だった。
    「……嬉しいさ」
     ジョウは小さく応えた。応えて、その顔を赤らめた。


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■375 / inTopicNo.2)  Re[1]: Lucky Number“3”
□投稿者/ まぁじ -(2002/12/16(Mon) 12:21:35)

     タロスとリッキーは、レスタンザに着陸してから<ミネルバ>に缶詰である。待ちぼうけの身を考慮すれば、すぐにでも入出国センターに出向き、入国許可を取りつけるべきだった。しかもレディスクリニックから、歩いて10分とかからない。
     しかしジョウとアルフィンは、まだそこに至らなかった。宇宙港の入り組んだ迷路のような通路に、非常口に繋がるルートがある。人目につきにくい小さな空間。そこでかれこれ30分も費やしていた。
     しかし30分でも2人にとっては物足りない。互いに、悦びを噛みしめ合う時間としては短すぎる。
     ジョウは、腕の中から覗かせたアルフィンの顔に、何度も何度も口づけを浴びせた。額に、瞼に、鼻の頭に、頬に。もちろん唇にはたっぷりと時間をかけて。それは今までの欲情的なものとは違う、温かいものだった。
    「……嬉しいけど、ちょっとびっくりだわ」
     アルフィンは、くすぐったそうな笑みを浮かべる。胸にすっぽり身を埋め、額にジョウの温かな唇の感触を受けながらやっと言を継いだ。
    「びっくりしたのは、こっちだ」
    「そうだけど。ここまで喜んでくれるとは思わなかったから」
    「分かってないな、アルフィンは」
    「欲しかったの?」
     ジョウは抱く力を緩め、少しアルフィンとの間に空間をつくる。えーと、という風にしばらく瞳を上に向けた。まだ言語障害は尾を引いているらしい。
     しかし、どうにか言葉が成り立った。
    「……できてもいいかな、って程度だったんだが」
    「なあに、それ」
     ぷっ、とアルフィンは吹き出す。だがその目の前に、再びアンバーの瞳が降りてきた。
    「いざそうなると、何だろうな……。自然と、顔がにやけちまう」
    「……ほんと。だらしない顔」
    「ほっとけ」
     だが顔を見合わせると、2人は微笑み合っていた。互いに大事な相手であると、長い年月をかけて確かめてきた。いつも、ひとつでありたいと願いながら。それが思いがけずに叶ってしまった。神秘の世界からの贈り物。2つの肉体から、ひとつの命がついに芽生えた。

    「ねえ、そろそろ行かないと、タロスとリッキーが可哀想よ」
    「あと5分遅れたって、変わりゃしないさ」
    「勝手だわ」
    「普段のアルフィン程じゃない」
    「言ってくれるわね」
     だがアルフィンも言葉とは裏腹に。ついと踵を上げて、ジョウに口づけをねだった。今日ばかりは、唇が腫れるくらい求め合ってもいいと2人は思っていた。そこだけ時間が、いつまでも止まり続けて欲しいと。神に祈りたい気持ちでいた。
     が、しかし。
    「───うぷ」
     甘ったるい口づけに、最も相応しくない声が漏れる。アルフィンからだった。がばとジョウが身を剥がすと、アルフィンは両手で口元を抑えた。
     さっきまでの上気した顔色とは一転して、紙のように白い。
    「……は、吐くのか?」
     アルフィンはこくりと頷くのがやっと。ジョウは慌てて、その身体をすぐさま抱き上げた。
     存在を軽視された、タロスとリッキーの恨みか。いや、それはあり得ずとも、悪阻のせいでようやく2人は次の行動に移す。
     アルフィンを抱いたまま、ジョウは通路に飛び出し、化粧室を探す。しかし初めての宇宙港で、ジョウ自身も不案内だった。通路の上部からぶら下がった、案内掲示板にインフォメーションの文字を見つける。
    「すぐだからな。あと少し耐えろ」
    「〜〜〜〜〜!」
     アルフィンは両脚をばたつかせる。もうだめえ、の意思表示だ。状況はいきなり切迫した。しかも走る振動で、アルフィンの胃は一層揺さぶられる。最悪なワープ酔いと等しい。
     アルフィンとしては、今ここでジョウにして欲しいこと。化粧室を見つけるより、クラッシュジャケットを汚す失態を許してくれること。
     しかし女心と、妊婦心理の違いを。ジョウはまだ見抜けなかった。

    「待って! 降ろしてあげて!」
     ジョウの背後から女の声が跳ねる。何事かとジョウは脚を止め振り向き、思わずたたらを踏んだ。宇宙港の制服を着た女性だった。
     実はさっきからこの女性は、ジョウを追いかけていた。しかし声はジョウの耳に届かず、とにかく距離を縮めようとダッシュをかけた。弾ませた息の隙間から、懸命に投げかけた声だった。
    「ここで吐かせちゃって!」
    「……しかし」
    「離れてあげてよ!」
     女性は、ジョウからアルフィンを引っ張り降ろす。170センチ近い、長身の女性だ。スレンダーに見えて、意外と腕力もある。
    「あっち向いて頂戴!」
     アルフィンが通路脇にうずくまると、女性はジョウの背をぱあんとはたく。くるりと回れ右をさせられた。何がなんだか分からず、ジョウはそこから数歩進んだ所で、アルフィンがついにこみ上げたことを耳朶で知った。
     アルフィンのそういった形振り構わず、という場面に初めて出くわす。うっとりとした時間が、突然、げんなりに変わる。急激な変化についていけない男は、ただ胸をおろおろとさせるだけだった。
    「ねえ!」
     突然、女性がジョウに声をかける。
    「この先、100メートル先を左に行くと、自販機があるの。水でも買ってきて」
     また指示が飛んだ。しかし思考が吹っ飛んでいるジョウにとっては、その方が有り難い。ああ、と返すと言われた方向に駆けだした。
    「気にしないで。思いっきりやっちゃった方がすっきりするわ」
     女性はアルフィンの背をさすりながら、身体を移動させる。通行人の好奇の目に、少しでも晒さないように配慮を欠かさなかった。
     ややあって。
     ジョウはミネラルウォーターのボトルを手にして戻る。アルフィンがうずくまっていた場所に、クリーナーロボットが到着していた。宇宙港の女性の事後処理は早かった。
    「大丈夫か」
     駆け寄ると、アルフィンは恥ずかしそうに顔を赤らめ、両手で顔を挟み込んでいた。
    「みっともなくてごめんね」
    「俺なら気にするな」
     ボトルを手渡すと、ジョウは労るように微笑みかけ、アルフィンの肩を抱いてやった。そして宇宙港の女性に視線を移す。
     礼を述べようとした。しかしそれよりも先に、女性が口を開く。制帽を目深に被った顔を軽く傾け、両手は腰に当てていた。
    「駄目ねえ、男の人は。これくらいで動じちゃって」
     髪はアップにしているのか、襟元から後れ毛が出ている。よく見ると、美人。くりっとした瞳から、明朗快活そうなエナジーに溢れている。一見して年齢は、アルフィンと変わらないようではあるが。
    「……何で悪阻と分かった」
    「ふふふ、ちょっとね。クリニックから後をつけてたの」
    「ク……クリニックから?」
     ジョウは開いた口が塞がらない。となると、2人のお熱いムードまで覗き見されたというのか。
    「安心して。距離は保っての尾行だから」
     そう敢えて付け足すことあたり、怪しい。全てではないにしろ、遠慮せざる得ない光景を見たということだからだ。
     ジョウは舌打ちする。普段なら自然に敏感なだけに。世話をかけたと思ったが、こうなると話は変わる。ジョウは自然と仏頂面になった。しかし女性は気にもとめず、言を繋げた。
    「あたし子供の頃から、クラッシャーに憧れてたの。ここに来るクラッシャーの船って、ついウォッチングしちゃうのよね」
    「宇宙港の品格が疑われるぜ」
    「あら、あたしの個人行動よ。文句ならこちらにどうぞ」
     全く反省の色も見せず、女性はあっけらかんと言い放った。
    「それにここはやぎ座宙域よ。クラッシャージョウのチームと知れば、追っかけしない訳ないじゃない」
     つまり女性は、最初からジョウ達の入国を知っての行動だった。ある意味、職権乱用ではあるが。
     時代は変わったもんだ、とジョウは脳裏にかすめる。なにせクラッシャーに、ミーハーめいたファンがつくようになったのだから。この女性もフィリップといい勝負。
     ならず者と言われ続けた時代は、ここらの宙域では終焉を迎えつつあるようだった。


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■376 / inTopicNo.3)  Re[2]: Lucky Number“3”
□投稿者/ まぁじ -(2002/12/16(Mon) 12:22:06)

    「あいやー! マジかよ兄貴」
     <ミネルバ>のリビングで、ソファに就いたリッキーは思わず万歳していた。どちらかというと、お手上げ、というニュアンスが強い。
     20才になり成長は止まったようだが、170センチ台を少し上回るほど背も伸びた。しかしながら大きくなったのは図体ばかりで、筋肉を纏ってもひょろりとした体躯。そばかす面とやや出っ歯気味のファニーフェイスは変わらない。
     そして小生意気な性格も、昔と遜色ない。
    「……ったく、ガキはやだねえ。こういう場合はよ、先におめでとうだろうが」
     黒髪に白い物が混じり始めたタロスは、57才。現役としての最高年齢記録はガンビーノだったが、それを超えてみせるという気合いからか。若者に混じっても、衰えを感じさせない。老いてなお盛ん、といった風情だ。
    「そりゃ俺らだって嬉しいけど、今回の依頼どうすんのさ」
    「……だからリッキーの言うことは正しい。すまない、2人とも」
    「よしましょうぜ、ジョウ。それとこれとは別だ」
     レスタンザでの依頼内容は護衛である。仕事としてはやり慣れたこと。しかし条件がひとつあった。依頼人である女性政治家が、大変な男性潔癖性。つまり女性クラッシャーがいるチームを前提ということで、ジョウ達に本部から通達されたのだ。
    「いざとなりゃあ、おめえが女装すりゃあいい」
    「あ、そうか! 俺ら一度やってみたかったんだよなあ、ブロンド美人ってやつ……っておい!」
     タロスとのやりとりにも年季が入ったせいか、リッキーのかわしかたも流暢だ。
    「……冗談はさて置き、ほんと、どうすんだい?」
     リッキーはコーヒーカップの縁をわし掴みし、一服含む。仕草も男らしくなり、今ではもうブラックを好む。
    「そうだな。第一条件が女性クラッシャーだから、他を当たるか……」
    「ですがねえ、数に乏しい。ここらの宙域にいて、気前よく訊いてくれる所も、ゴローワのチームでしょうかねえ」
     タロスは両の腕を組んでみせた。
     その隣で、急にリッキーの表情が強ばり始める。
    「そ、それはさあ……止めようよ」
     弱々しい声で、抵抗した。
    「ま、おめえはやりづらいだろうがよ。背に腹は代えられねえ」
    「ちぇっ……。結局、とばっちりは俺らに来んのかい」
     渋い顔をしてみせた。コーヒーが苦すぎた訳ではない。実は3ヶ月前に終わった恋を、蒸し返されたからだ。
     1年前リッキーはある任務を通して、ゴローワチームにいる女性クラッシャーと出会い、意気投合し、交際をすぐにスタートさせた。ひとつ年上の、ルチアという女性。小柄で、大きな瞳が印象的な女性だった。
     仕事柄、互いの連絡は主に通信である。実際に逢ったのも、出会いを覗けば2回だった。
     しかしながら逢えない時間など物ともせず、リッキーは真剣にのめり込んでいた。なにせ初めてのお手合わせを叶えてくれたのも、ルチアである。思い入れは相当強い。
     その真剣な恋が終わった理由というのは。2度目に接触した場所が悪かった。降りた惑星でルチアと合流するときに、こちらのチーム全員と顔合わせとなった。
     ルチアは、リッキーから見れば、精神的にも成熟した女性に見えたが。当時は彼女も弱冠20才。年上の男性に甘えたい年頃でもあった。つまりルチアの理想の男性像は、リッキーよりもジョウに近かったのである。
     2度目の再会で、浮き足立っていたリッキーに、女性の微妙な心変わりを察することはできなかった。ただその夜、身体の関係をやんわり拒否されたので、おかしいな、とは思ったものの。事実を知らされたのはその数日後、一方的なお別れ通信が送られてからだった。
     ルチアは小悪魔ではなかった。正直すぎて、まっすぐなリッキーとある意味相性は良かったのだが。小さな違和感を認められない頑なさがあった。
     ルチアとて、アルフィンの存在は予め知っていた訳で。ジョウを横恋慕する訳ではなかったのが、リッキーは自分の理想とは違う、と認識してしまった。ゆえに、たった9ヶ月で関係は終わった。
     誰が悪い訳でもないのだが。
     リッキーはしばらく落ち込んだ。持ち前の浮浪児魂で、タフさを装ってはきたものの。恋というのは、実に柔らかい部分を傷つけてくれる。タロスの口からゴローワと聞いただけで、また胸がしくしく痛むのだった。
    「背に腹がなんとやら、ならさ。……兄貴の女装より、俺らの方が体型的にマシだろ」
     リッキーは本気でそう決心しようとした。ルチアの顔を見るよりは、気色悪い自分のオカマづらと対面する方がずっと良い。そして両腕を頭の後ろで組むと、あーあ、と天井を仰いだ。

     現実味のある対策が、まったく練られてないところに。リビングのドアが、突然スライドした。赤いクラッシュジャケットが3人の目に飛び込む。アルフィンだった。
    「……話し、終わった?」
     はにかみながら、小さく訊く。じゃじゃ馬娘とは思えないほど、しおらしく、初々しい表情だった。アルフィンを<ミネルバ>に救出した時の、箱入り娘といった雰囲気を彷彿とさせる。
    「もういいんですかい?」
     タロスは穏やかな口調で訊く。この娘がついに母親ねえ、といった感慨深げな眼差しをも送った。補佐役としてジョウを支えては来たが、存在としては父に近い。息子が一人前になる悦びを、ダンと同じくらい、もしくはそれ以上にタロスは感じていた。
     アルフィンはタロスの言葉に、こくりと頷くと、ふいと背後を振り返った。そして、どうぞ、と声を掛ける。後からリビングに入ってきたのは、宇宙港で出会った女性だった。
     責任感が強い、いや、悪く言えば究極の世話焼き。しかも彼女は、クラッシャーの追っかけだ。四の五の理由をつけて、アルフィンを無事<ミネルバ>まで送り届けると申し出たのだった。
    「ああ、彼女には世話になったんだ」
     と、ジョウは一応女性の立場を気遣って告げた。そして改めて、女性にチーム全員を紹介する。すると彼女も自己紹介をした。
    「……えっと、メリンダ……よ」
     さっきまでの威勢の良さは何処へ行ったのか。やけにおずおずとした様子である。
    「どうかしたのかい?」
     ジョウが訊く。
    「ううん、何でもない。こうやってクラッシャーの船に入れたの、初めてだから。嬉しくって緊張してんのよ」
     メリンダは軽く舌を出してみた。
     しかしこの場でもう一人、落ち着きがなくなった人物がいる。リッキーだった。
     メリンダに視線が釘づけ。口がぱくぱくと、魚のように動いている。
     その理由は、似ているからだった。似すぎているとも言う。メリンダは長身ではあるが、顔かたちのつくりが、ルチアそっくりに見えた。
     ジョウ、アルフィン、リッキーは、実在のルチアに逢ったのはほんの一瞬。顔は覚えてはいるが、なんとなくである。だからリッキーの驚愕が謎だったのだが。
     しばらくしてから、ああ、と3人とも合点がいった。
     アルフィンとメリンダは並んでソファに腰掛ける。すでに意気投合している様子。年齢を訊いてみれば、メリンダは19才。22才のアルフィンと気が合う訳だ。
     男所帯の<ミネルバ>に、大輪の花がぱっと2つ咲いたようだった。


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■378 / inTopicNo.4)  Re[3]: Lucky Number“3”
□投稿者/ まぁじ -(2002/12/17(Tue) 10:45:26)

    「ほんとごめんね、こんなことになっちゃって」
     アルフィンは軽く頭を下げた。金髪が肩から流れ落ち、さらりと音を立てる。
    「言いっこなしですぜ。天からの授かりもんだ、大事にしてくだせえ」
    「そ、そうだよ。大体原因といえば、兄貴の方がまずいわけだし」
    「ああ、そうだろうさ」
     ジョウは大業に足を組み替えて、ふんぞり返る。本当は照れ臭さ200パーセントなのだが、もういい大人なのだ。下手にリッキーにつけ込まれないためにも、虚勢を張ってやった。
    「あんまりジョウのことぐだぐだ言うもんじゃねえ。おめえだってよ、数ヶ月後ぽろっと“認知して”なんて言われたりしてよ」
     タロスはリッキーに、にやついてみせた。
    「や、やめとくれよタロス。お客さんがいる前でさあ……」
     メリンダの存在が気になって、リッキーは身をすくめる。この時点では、何がどういうという訳でもないのだが。下手に色々と知られたくないと思った。
     しかしメリンダの耳にはしっかり届いている。向かいにいるリッキーに話しかけてきた。
    「あらやだ、遊び人なの」
    「……ち、ちがうよ」
    「イメージ狂っちゃうな。あたし、クラッシャーって硬派だと思ってたから」
    「そ、そこまでお固くないけど……さあ」
     何故弁解しているのか、リッキー自身も分からないが。ルチアに似た顔で迫られると、呂律が巧く回せない。
    「ちゃんとつき合ったけど、駄目だったの。ただ、それだけ」
     フォローのつもりなのか。アルフィンが横から口を挟んできた。
    「俺らにもプライバシーあるんだぜ。細かく話さなくったって……」
     リッキーはほとほと困ってしまう。おめでたではなく、終わった恋愛が肴になったせいで。だが面白味のある話というのは、キレイに収まったものより、とっ散らかった方が盛り上がるというのが世の常である。
     しかしアルフィンがしたコメントは、実は序章だった。メリンダにきちんと説明し、理解してもらう必要があったのである。信用してね、という意味で。
     そして皆の舌が滑らかになったところで、いよいよ本題を切り出した。
    「ねえジョウ、今回の依頼の件なんだけど……」
    「そうだな。話を中断させたままだ」
     ジョウは姿勢を正し、居直る。リビングの空気がぴんと張りつめた。しかし部外者がいるなかで、どこまでミーティングができるというのか。そういう意味で、ジョウはちらりとメリンダを見た。
     そのタイミングで、アルフィンは凄い提案を持ち出したのである。
    「あのね……。あたしの代わりに、メリンダはどうかしら」
    「なんだってえ?!」
     3人の男達の声が、ぴたりと共鳴した。

     アルフィンはまるで、メリンダの売り込みマネージャーと化す。彼女の素性の粗方を、熱っぽく語り出したのだ。
     メリンダは単なる追っかけミーハーではなかった。やぎ座宙域5惑星がスポンサーとなる、インターナショナル射撃大会で過去3回女性部門のチャンピオン。さらに合気道もたしなむといった、どう考えても宇宙港職員では使いようのない経歴を持っていた。
     ここまでくると、クラッシャーに刺激されて、というのを越えている。いや、クラッシャーそのものを目指していると受け取っても、間違いないかもしれない。
    「それにあたし、そろそろロラック・ブライトの教室を卒業するのよ」
    「ロ……ロラックって、もしかして」
     リッキーだけがこの単語に反応し、ごくりと喉を鳴らした。やぎ座宙域の地元ネタらしい。
    「そう。五つ星レストランのお料理教室ってやつね。腕には自信あるわよ」
     まるで住み込み宣言ともとれる発言である。
     だがこの先アルフィンは悪阻も酷くなる訳で、食事管理まで気が回らないだろう。料理番はドンゴでも充分こなせるのだが。手料理は、同じメニューでも味付けの曖昧さがあって飽きない。ある意味ドンゴだと、正確すぎて既製品のごとく味気ないということだ。
    「……し、しかし、メリンダにだって仕事があるだろう」
     ジョウはアルフィンに向かって反論した。当然のことである。その上いくら腕に特技があっても、ずぶの素人をいきなり現場で使うわけにはいかない。
    「それはご心配なく。あたしね、有休休暇がたんまりあるから」
    「3人も生え抜きのクラッシャーがいるんですもの。メリンダ1人くらい、カバーできるでしょ?」
     そう言われてしまうと、ぐうの音も出なくなる。男達は、腕を組んだり、天井を見上げたり、肘をついたりして、各々に呻っていた。
     沈黙したリビングで、アルフィンは拝むようなポーズをつくって言を継ぐ。
    「ねえ、みんなお願い。あたしもやっぱり今回のことで、動揺してるの。メリンダって、ちょっと医学も囓ってるんですって。だからほっとするの、いてくれると……」
    「うーむ……」
     また男達の声がハーモニーを奏でる。恐らく考えていることも、似たり寄ったりなのだろう。仕事に関してはカバーできるが、さすがにアルフィンの面倒は手の焼きようがない。
     つまり、結論が出たということだった。
     ただリッキーだけは些か、複雑な心境ではあるが。
    「……2週間、頼めるかい」
    「本当に?! うわあ嬉しい!」
     ジョウの決断に、メリンダは腰掛けたままふわふわとジャンプした。まさに、飛び上がらんばかりの喜びようである。
     しかしその横で。
    「……うぷ」
     アルフィンが口元を抑えた。メリンダがソファを上下に揺らしたせいで、胃に来たようである。
    「あ! ごめん」
     メリンダはすかさず、屈み込んだアルフィンの背に手を回した。そして男達3人も一斉に立ち上がった。しかし何をしていいのかが分からず、ただつっ立っただけである。
    「ど、どうすりゃいい」
     ジョウがメリンダに問いかけた。悪阻ごときで、この始末。メリンダがしばらく<ミネルバ>に滞在することは、やはり好都合としか言いようがなくなった。
    「化粧室、すぐそこでしょ? 今度は大丈夫」
     メリンダは余裕の笑みを浮かべて、片目をつぶってみせた。


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■379 / inTopicNo.5)  Re[4]: Lucky Number“3”
□投稿者/ まぁじ -(2002/12/17(Tue) 10:46:50)

    「ふわあああ……」
     ルームウエア姿のまま、リッキーはうんと伸びをする。目覚めのコーヒーを取りにキッチンへ向かっていた。なにせ今朝は寝不足気味。昨日色々とありすぎて、神経が高ぶって眠りが浅かった。
     通路から壁一枚隔てた所にキッチンがあり、リッキーは眠い目をこすりつつ足を踏み入れる。
    「あら、おはよ」
    「うわあああっ!」
     リッキーは大きく一歩、飛び退いた。先客はメリンダ。しかも夜着に、ガウンをまとっただけの姿だ。すべてアルフィンの借り物で、見慣れている格好とはいえ。
     リッキーは、心臓が喉から飛び出るほど驚いた。
    「失礼しちゃうわね。あたしユーレイ?」
    「そ、そんなんじゃないけど……」
     幽霊の方がまだマシだった。起き抜けのゆるゆるな神経に、ルチアそっくりの顔は奇襲攻撃をくらったようなもの。リッキーは胸に手を当て、暴れる鼓動を抑え込むしかなかった。
     ぷいと、メリンダが背を向ける。茶髪が宙に舞った。昨日は制帽を被っていたため、気づかなかったが。メリンダは、背の半分を隠すほど豊かな髪の持ち主。サイドだけは、ぱつんと直角にカットされている。テラで言う、かぐや姫カット、というスタイルだった。
    「……ごめんよ、気を悪くさせたかい」
     リッキーは鼻先を擦り、メリンダに詫びた。赤の他人なのだ、ルチアとは違う。と、自分に言い聞かせながら。
     しかもしばらく色々と、お世話しながら、お世話にもなる女性。アルフィンの短気に散々仕込まれたリッキーは、メリンダの態度をついそう受け取ってしまう。若い女性のご機嫌は、損ねるものではない。それがリッキーの処世術でもあった。
    「……うっそ」
     メリンダはくるりと振り向き、ぺろりと舌を出す。リッキーは、ほお、と大きくひとつ吐いた。どうやらメリンダは、アルフィンより気が長そうだった。

    「もしかして、コーヒー?」
    「あ、うん……」
    「ちょっと待って。ねえ、カップはどれ?」
    「何でもいいよ。特に専用ってないからさ」
    「オッケイ」
     メリンダが、コーヒーを注いでくれる。ドンゴが予め煎れてくれているものだが、ひと味変わりそうだとリッキーは思った。夜明けのコーヒー、というくさい名文句さえ過ぎるほどに。この一杯はどこか甘い香りが混ざっている気さえする。
    「はい、どうぞ」
    「サ、サンキュ……」
     リッキーがカップを受け取ると、メリンダは自分の分をすする。長身な女性ゆえに、目線がそれほど変わらない所にある。こういう違いは、リッキーにとって歓迎すべきことだった。ルチアはいつも、見下ろしていた。別人だ、とまた思える要素が増えた。
    「あのさ、なんでそんなに慌てたの?」
    「……えっ」
    「朝、女の顔を見慣れてないって訳じゃないでしょ?」
     メリンダは随分とリッキーに突っ込んだ質問をする。しかも朝っぱらから。
    「真剣につき合った恋人、いたみたいだし」
    「うーん、そうだけど……」
    「なんで別れちゃったの?」
     メリンダの瞳が、ずいとリッキーに近寄った。きめ細かな肌をしたメリンダは、実にアップに耐えられる美貌をしている。終わった恋の話題と美しい面立ちの両方で、心臓は板挟みされる。
     しかしながらリッキーは、ジョウほど不器用ではない男に成長した。この手の話で赤面などしない。ジョウが19の頃と比べれば、ずっとずっとずっと、冷静な受け答えができる男になった。
    「……つき合ったら、違ったっていうやつ。ありきたりだけどさ」
    「それはどっちが?」
    「相手が」
    「あらやだ。じゃあ、リッキーは振られちゃったの」
    「ははははは……」
     歯に衣着せぬ物言い。ずきりとくるが、却ってさっぱりもする。リッキーは、メリンダのさばさばした性格に、メリンダとして好感を抱けた。ルチアは違う。生真面目に物事を受け止めすぎるきらいがあった。ジョウに心を動かされたことを、酷く思い詰めた所も垣間見せただけに。
     人の心は変わるもの。そう単純に物事を割り切る方が、傷の治りも早く感じる。メリンダはそういった即効性を感じさせるものがあった。

    「でも、いいんじゃない? 初恋は実らないっていうし」
    「そうかな。……兄貴の初恋は続いてるぜ」
    「へえ、凄いわ。それで子供もつくっちゃうなんてね。相当ラブラブなんだ」
    「分かるかい?」
    「だって、ねえ……」
     メリンダはリッキーに手招きする。顔を寄せてみると、すいっとメリンダは耳元に唇を近づけて囁いた。リッキーは、無性にむずむずしてしまう。
     メリンダの声もそうだが、聞かされた宇宙港での2人のお熱いやりとりについて。ほええ、とどんぐり眼を丸くしてリッキーは離れた。
    「隠れてってのは兄貴らしいけど。……うーん、ちょっと驚きだ」
    「あたしはてっきり、ここでもベタベタしてるのかと思った」
    「あり得ないよ。なにせ兄貴は、天然記念物並の照れ屋だからね。そっかあ……ちょいと羨ましいな」
    「リッキーも見つければいいじゃない? そういう相手」
    「この仕事してると、出会い事態が難しいよ。縁もないとさ」
     仕事は100パーセントを注げば、必ず手応えが返ってくる。しかし恋愛はそうもいかない。ルチアに一所懸命のめり込んで、リッキーが学んだことだった。諦め、とは違う。恋愛は、頑張ればどうにかなる、という類ではないと悟ったのだ。
    「けど、あたしはあると思うな」
    「何がだい?」
    「リッキーにも、運命の人がいるってことよ。だから縁も、ちゃんとある」
     よくある励ましの言葉だが、何故かリッキーは素直に聞けた。メリンダの瞳と声には、人をあっさり頷かせてしまう力が含まれている。押しつけではなく、自然と勇気が沸いてくる感じだ。
    「そうだよな。俺らが自分の縁を信じらんないでどうすんだよ」
    「そおよ、その意気」
     メリンダはぽんと、リッキーの肩を叩いてみせた。
     1つ年下とは思えないほど、精神的な成熟を感じさせる女性だとリッキーは思う。
    「……じゃ、あたしそろそろ、アルフィンの様子見てくるね」
    「なんか、悪いや」
    「好きでやってることよ」
     メリンダはするりとリッキーの横を抜け、キッチンを離れた。髪の香りだろうか、とてもいい匂いだった。そして僅かな会話だったが、ルチアとは別人として、メリンダを見られそうだなとリッキーは思う。
     と、同時に。
     メリンダに、運命の人、という言葉が貼りつきそうにもなっていた。
    「……俺らって、案外気が多いのかな」
     誰に言うともなくリッキーは呟くと、両頬をわずかに染めていた。


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■380 / inTopicNo.6)  Re[5]: Lucky Number“3”
□投稿者/ まぁじ -(2002/12/17(Tue) 10:48:17)

     その日は早速、依頼人である女性政治家、ニキ・サルバトーレの私邸へと出向いた。ジョウ、タロス、リッキー、そしてアルフィンのクラッシュジャケットを借りたメリンダである。
     レスタンザの政界は、8対2の割合で女性が多い。その上、大企業のトップも女性が多い。つまり、レスタンザ自体が女性上位の社会だった。となると男の働き口といえば、科学者、医者、マスコミといった専門職か、肉体労働に偏る。ボディガードもその意味で、男性が独占する業種だった。
     サルバトーレ女史は、男性恐怖症ではなく、潔癖性。できうる限り、男性は近づけたくないというスタンスらしい。女性ボディガードであれば、隣のローデスで調達するのが断然早いのだが。彼女はとことんプロにこだわった。やぎ座宙域での知名度を考えれば、クラッシャーである。
    「いつになったら、女性だけのチームができるのかしら」
     サルバトーレ女史は、真っ赤な唇から細い紫煙を洩らす。年齢は40代後半。ぶ厚いメイクでも覆いきれない、皺が所々刻まれている。キャリア一筋にありがちな、きつい面立ちだ。
     デスクに就いたまま、4人のクラッシャーを見据えていた。だがメリンダだけが、2歩ほど女史に近い。正確に言えば、男連中が下げられた。
    「需要が増えれば、本部も考えてくれると思います」
     メリンダが応える。実に、堂々たる受け答え。適当に言葉を濁せとジョウに言われてはいたが、なかなか肝の据わった役者ぶりを発揮する。
    「まあ、いいわ。あなた素敵だから」
    「ありがとうございます」
    「それじゃこれ、スケジュール」
     サルバトーレ女史が一枚の紙、ガードのスケジュールを差し出す。それをメリンダが受け取ると、背後にいるジョウに手渡した。ざっと目を通す。気になる箇所があった。
    「……この7日目だが」
     と、言いかけた声を女史はぴしゃりと遮る。
    「メリンダ、通訳してくれない?」
     できうる限り、男の声も聞きたくないらしい。単なるわがままな女王気取りだが、仕方なくジョウは従う。メリンダに話し、それをサルバトーレ女史に伝えた。
    「7日目のクエスチョンは、人材を見てから決めるつもりだったわ」
    「人材……って、あたし達ですか?」
    「ええ。そして今、7日目のスケジュールが埋まったの。メリンダ、あなたなら適任」
    「内容は何でしょう」
    「それは追って知らせるから」
     メリンダはジョウを振り返る。いいだろう、と頷いていた。
    「分かりました。ただ内容によって、こちらの準備も変更します。お早めにご連絡ください」
    「大丈夫よ、あなたの身ひとつあれば充分」
     サルバトーレ女史の口端が上がる。にちゃり、と音が聞こえそうな粘着質を帯びた笑みだった。

    「ありゃあ何か、ひと魂胆ありますぜ」
     タロスが渋ってみせた。
    「この程度の護衛に、わざわざクラッシャーを雇うとはな」
     ジョウが呆れて言った。
    「同性愛者かもしんないぜ、メリンダ」
     リッキーが心配そうな声色を吐いた。
     サルバトーレ女史との最初の接触に対し、クラッシャーの男達の感想は異口同音に近い。とはいえ引き受けてしまった以上、遂行しなければならない。
     割り切ってはみたものの、気乗りしない仕事というのは一日が異様に長く感じる。ただ救いだったのが、サルバトーレ女史は、レスタンザ時刻午後6時になるとガードを解除する。恐らくその後は、政界特有の裏取引に飛び回るのだろう。
     例えボディガードとはいえ、部外者を引きつれる訳にはいかないらしい。狙われているのならば刺客にとって、そこがチャンスなのだが。

    「……きっとね、ポーズなのよ。クラッシャーを雇うのって、ここじゃステイタスの一種だから」
     テーブルの上に並べられたカードに、メリンダがぽいと一枚放る。すでに6日目の任務も終え、夕食も済ませ、リビングでタロスやリッキーとカードゲームに興じていた。
     ババ抜きだとタロスがすぐに、ババが回ってきたことがばれてしまう。だから今やっているのは、七並べだった。
    「じゃあ、クラッシュジャケットを着てりゃ、ダミーでもいいじゃん」
    「そういうことね」
    「けっ! くだらねえ」
     タロスは毒づいた。そして、出せるカードがなくてパスし、リッキーに順番が回ってさらに苦虫を噛む。手持ちのカードがまったくもって減らない。誰かが止めているからだ。
    「あたしも政治は疎いんだけど、“女狐”はまだ新人の部類みたい。あんまり聞かない名前だなって思ったし。特にレスタンザって国民支持が最優先されるから、人気に左右される商売なのよ」
    「真面目に仕事すんのが、馬鹿らしくなってくんな。……と、ほい、ジョーカー」
    「ああん! 止めてたのにぃ」
     メリンダはジョーカーの上に、隠していたカードを出した。
    「ま、楽に仕事できて金が貰えりゃ文句もねえさ。だがよ、そうなるとリッキーの女装で充分だった、ってこったな」
     タロスはやっと出せるカードが出てきて、機嫌も直る。
    「リッキー、女装するつもりだったの?」
    「……兄貴のごつい女装、見たいかい?」
    「どっちも興味あるけど」
     メリンダはふと想像して、ぷっと一人で吹いた。
     それにしても、普段のクラッシャー生活とは程遠いほど、リビングには平和な時間が淡々と流れている。
    「そういやアルフィン大丈夫かな。めっきり船室から出る回数減ったし」
    「うん。悪阻がどんどん強くなってるみたい。なるべく喉通りのいいもの作ってるけど、仕方ないわね。ずうっと、船酔いしてるようなものだから」
    「……大変だな、女の人って」
    「ジョウだってそうでしょ? ちょっと背中が元気ないし、ここんとこ」
     確かにこの<ミネルバ>で、アルフィンのきゃんきゃんとした甲高い声が聞こえないと、すきま風が抜けるような気がする。そしてこの場でもふっと、気分を冷やす風が抜けた。3人はしばらく、無言のまま時計回りでさくさくとカードを出すだけだった。
     だがその静寂もしばらくたって破られた。
    「……まあ、いつかは覚悟しねえとな」
    「何がだよ、タロス」
     リッキーは最後の1枚を手にして、首を斜め前に巡らせた。
    「ここじゃガキは産めねえ。近いうち……アラミスに降りることになる」
    「アラミスに?」
    「クラッシャーは、アラミスに還るんだ」
     タロスの言葉はもっともだった。もっとも過ぎて、否定も駄々をこねることもできず、リッキーはただ黙すだけだった。
     アルフィンが<ミネルバ>を降りる。
     仲間は家族同然だ。浮浪児だったリッキーにとって、初めてできた家族がこの仲間だ。それが減るというのは、正直、かなり動揺した。
    「……ほいよ! 俺ら上がり」
    「ちくしょう! やっぱりおめえか!」
     タロスが両手でカードをばらまいた。リッキーのたった1枚が邪魔をして、残りのカードはすべて出せなかった。
    「さてと、コーヒーでも煎れてくっかな」
    「あ、あたしも行く」
     リッキーに続き、メリンダも立ち上がった。タロスはびりっけつの努めとして、カードをシャッフルしておかないといけない。俺にも持って来い、とつっけんどんに言い放った。

     リッキーが先を歩きながら、キッチンへ向かう。が、その歩が止まった。
    「なに? どうし……」
     後ろにいたメリンダの口を、リッキーの手のひらが覆う。気配を感じた。クラッシャー歴8年ともなれば、察しの良さにも磨きがかかる。
     足音をたてないよう、2人はキッチンの死角に身を潜めた。やはり、声が聞こえる。誰かはもう明白だった。
    「……息が詰まっちゃうのよ、時には船室を出ないとね」
    「だが、そんな水物でいいのか。ちゃんと食わないと」
    「平気。お砂糖たっぷり入れてあるから」
     ジョウとアルフィンだ。
     普段のやりとりでは聞かない、囁き合うような、独特の響きのある口調だった。
     リッキーの胸がどきどきした。やっと口元から手を外されたメリンダも、息を潜めるように聞き耳をそば立てる。
    「……その、アルフィン」
    「なあに?」
    「……うーん」
    「なによお」
     くすり、とアルフィンの笑いが届く。それだけでも充分に表情が想像できた。きっと濡れた碧眼で、ジョウを見上げているに違いない。
    「順番が、その……逆なんだが」
     そしてジョウの口調からも、赤面が想像できる。だからこそ余計に、リッキーの心音は耳朶に響くほどうるさくなった。
     ジョウがとてつもないことを言い出そうとしている。長いつき合いだ。リッキーの肌にも、びんびんと感じるものがあった。
    「……一緒に、ならないか。……いや、一緒になって欲しい」
    「ジョウ……」
     アルフィンの唇が、花びらが開くようにほころんだに違いない。どんぐり眼にも、その光景が広がる。ジョウが正式にアルフィンへプロポーズした。
    「一生、大事にする。……月並みなことしか言えないが、俺の命を賭けてもさ」
    「それは嫌よ」
    「どうして」
    「や。ジョウに何かあって、あたしとこの子だけで生きていくの? そんなの嫌。……どんなことがあっても、一緒に生きてくって言ってくれなくっちゃ」
     その会話の後に、衣擦れの音がした。
     アルフィンは最近ずっと、ガウン姿か、ラフな私服で過ごしている。その音だった。クラッシュジャケットとは違う。
     ジョウの溜息が聞こえた。2人は今、しっかりと抱き合っているのだと。直接場面を目撃できないが、却って想像力が逞しくなり、それがリッキーの胸を締めつけてもいた。
    「……約束する」
    「きっとよ」
    「ああ」
    「……なら、いいわ。……あたし、ジョウのお嫁さんになれるのね」
     そしてアルフィンの、すすりが届いた。
     泣きたくなる気持ちも、リッキーにはじんわり伝わってくる。なにせアルフィンは、ジョウを追いかけるためにすべてを捨ててきた。
     その勇気、その覚悟が、こうして結実する。順番は確かに逆だが、2人の場合は、既成事実といった不確かなものを感じない。本当に心から、深く、より強く結ばれた結果だと。
     一緒に生活してきたリッキーとしても、歓迎すべき瞬間だった。しかし嬉しいのに、それに反する感情も生まれている。
    「アルフィン……」
    「……ジョウ」
     やがて溜息に交じりながら、互いの唇を吸い合う音が届く。リッキーはそこまで耳にすると、もうキッチンに向かう気は削げた。今は邪魔をしたくない。
     そして。
     この反する感情をどこかで、なだめ、落ち着かせたくもあった。だからリッキーは、特に慎重に脚を運びながら、音をたてずに踵を返す。
     つられてメリンダも、その後を追う格好となった。


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■385 / inTopicNo.7)  Re[6]: Lucky Number“3”
□投稿者/ まぁじ -(2002/12/18(Wed) 11:44:08)

    「あたし、感動しちゃった」
     ブリッジに上がった早々、メリンダがずっと唇をうずうずさせてた言葉を吐く。
    「……うん、そうだね」
     リッキーはどっかと動力コントロールのボックスシートに座った。ずずずと腰をずらし、少しだらりとした姿勢になる。
     <ミネルバ>の前方メインスクリーンには、宇宙港の夜景が広がっている。ここはハブ空港だ。一日中眠ることがない。離着陸する船のライトや点滅が、星のように美しかった。
    「なんか、嬉しくなさそうね」
     メリンダがボックスシートに寄りかかるようにして、リッキーを上から覗き込む。言われてリッキーは、首を横に振った。
    「俺らも喜んでるよ。ただ、なんかさ……」
    「そっか、寂しいんだ」
    「……うん」
     素直に頷く。そしてリッキーは、自分の膝小僧に視線を落とした。抱えてしまいたくなるほど、小さく見える。
     この6日間のうちに、メリンダはクルーの生い立ちを大雑把に聞いている。リッキーは浮浪児上がり。その寂しさは理解できる。ただメリンダの場合、理解はもっと深かった。彼女の過去を振り返ると、通じる事柄があるだけに。
    「けどさ、絆がなくなる訳じゃないよ。アルフィンがアラミスに降りても、気持ちはひとつでしょ」
    「分かってるんだけどね」
     リッキーは苦笑いしかできなかった。散々いじめられてはきたが、姉のような存在のアルフィン。そしてジョウもこの先、父親になる。兄貴として慕うことに変わりはないのだが。2人が揃って、どこか遠い世界へと踏み入れたような。
     リッキーの知らない所に行ってしまう、寂しさの方が強くなった。
    「普通の家族だって、こういう寂しさが来る時はあるわ。だからそれだけ、リッキー達は家族だっていう痛みよね」
     リメンダの手が、くしゃりとリッキーの髪を撫でる。
     リッキーの髪は、茶髪で細め。チタニウム線維の手袋でなければ、もっと細かな感触まで分かるのだろうが。軽くまさぐるようにして、メリンダはリッキーを慰めた。
    「……気をつけな」
     優しい手触りを受けながら、リッキーは顔を少し上げる。
    「へこんでる男に、迂闊に優しくすんのは危ないよ」
    「そうなの?」
    「俺らだって、何すっか分かんないぜ」
     何をするか分からないから、リッキーはとりあえず両の腕を組む。自分自身に、ロックをかけるために。
    「了解。じゃあリビングに戻るわ。タロスには、コーヒー豆が切れましたって、報告しないとね」
    「俺らは寝たって、言っといてくれよ」
    「そうね」
     メリンダの口調は、どこまでも優しかった。リッキーのぐらつきを察し、一人にさせてあげようという思いやりも伝わってくる。
     メリンダは静かに離れた。空圧が抜ける音がしなければ、いつブリッジを出たか分からないほどだった。空気のように心地よい女性である。
     そして誰もいなくなったブリッジで、リッキーは大きな溜息をついた。駐機した<ミネルバ>からは、照明を稼動させるごくごく小音量の、電力モーターの音が洩れるだけ。
     両の腕を一層強く引き寄せた。自分の身体を抱きしめるようにして。リッキーは背もたれに身体を預けたまま、左に傾ける。こつんと船室の内壁に頭がぶつかった。
     耳の奥で、ジョウとアルフィンの幸せな囁きが蘇ってくる。2人には、本当に幸せになって欲しい。例えアルフィンと距離が離れても、心が離れる訳ではない。リッキーは次々と、都合のいいことを思いめぐらした。
     それで頭の中をいっぱいにしてみる。
     しかし、心は嘘を見抜いていた。
    「ずっと一緒だと思ってたのにな……」
     どうしても、目頭が熱くなるのを止められなかった。
     その熱は、リッキーのアルフィンに対する気持ちの温度。だから滲む涙も、冷たくはなかった。

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■386 / inTopicNo.8)  Re[7]: Lucky Number“3”
□投稿者/ まぁじ -(2002/12/18(Wed) 11:47:48)

     リッキーが一人感傷に浸った夜を、晴れやかな朝日が拭い去る。
     そして一晩うじうじを垂れ流したせいか、自室で目覚めたリッキーはすっきりしていた。持ち前のタフさも目覚める。
     朝の身体には、昨夜のメリンダの励ましが栄養剤のように染み入ってきた。いつまでも絆は途切れないという事柄を、リッキーは確かに実感していた。
     そして今日は7日目。
     サルバトーレ女史が、クエスチョンと記した任務がある。
     告げられたのは、行き先だけ。都市部にあるフェスティバルホールだった。サルバトーレ女史の講演会でもあるのか、武器弾薬の持ち込みは一切禁止。まさに先に言われていた、身ひとつの状態で出向くことになる。
     気を引き締めていかないとな、とリッキーは気持ちを切り替えていた。
     だが4人が現場に到着してみると。
     何故かメリンダだけが別室に呼ばれた。ジョウ、タロス、リッキーが案内されたのは、観客に紛れてのホールの中。T字状の出っ張ったステージ脇に着席してから、引き締めた気持ちが空振りすることをリッキーは知った。
     客席は、開演前のざわつきで賑わっていた。
    「……リッキーの女装じゃ、ここで大目玉くらってたとこだな」
     端の席でタロスが、ぽろっと言をこぼす。
    「メリンダには悪いが……。これをアルフィンがやってかと思うと、俺は憂鬱だ」
     その隣にいるジョウは、ぶすりとした表情で同調する。
    「うーむ……」
     リッキーは組んだ膝に肘をつき、難しい顔をした。
     大の男が3人、頭を並べている席はここだけである。観客のほとんどが女性。所々に男性らしき姿もあるが、カメラやムービーカメラを抱えたマスコミ関係者だけ。
     サルバトーレ女史がクエスチョンにしていた内容とは。実妹が経営しているブランドの、コレクションショーである。しかも今回の看板テーマは、ピュア・マーメイド。つまり水着の新作コレクションだった。
     
     幾色もの派手なライトアップが乱舞する。ライブハウスのような大音量。ハウスミュージックがかかったかと思えば、がらりと一転して、神秘的なヒーリングミュージック。音と光が、同じステージ上でいくつもの世界を一瞬にして変えていた。
     その中を、見事なプロポーションをした女性達が闊歩する。ステージの高さは、ジョウやリッキーの丁度胸のあたり。タロスなど座高が抜きんでた男にしてみれば、目の前に豊かな胸元がゆさゆさと揺れる位置になる。
     誰も彼もが、申し訳程度しか身体を覆っていない。スパンコールであったり、フリンジだったり。サルバトーレ女史の実妹のセンスは、露出狂に近い物があった。なにせ全部の水着は、お尻が出やすい。デザインによっては、丸出しに近い物もあった。
    「なあ、これもいわゆる人気集めってやつかな?」
     リッキーは身体を屈めながら、ジョウを通り越してタロスに問いかける。
    「だろうよ。女の趣味娯楽にも、頭が柔らけえとこを宣伝するにゃ、もってこいだな」
    「……どういう意味だ?」
     昨夜の会話を知らないジョウだ。タロスは両腕を組んだ姿勢で、こそっとかいつまんで耳打ちする。要点を聞き入れて、ジョウは不快な溜息をついた。
    「男性潔癖性にかこつけて、これも目的だったか」
    「なんか引っ掛かること、あったのかい?」
    「モデルばりの美人クラッシャーってのが、正確な注文だ。となると<ミネルバ>くらいだろ」
    「だから俺ら達、わざわざレスタンザまで引っ張られたのかい?」
    「ゴローワのチームの方が近けえのに。声が掛からなかったのは、そういうことですかい」
     本部ももう少し探りを入れてくれればいいものを、と3人は思った。随分と下らないお遊びに、つき合わされたものである。

    「続きまして、本日のメインエキシビション。エレ・サルバトーレブランドの、夢の世界をご覧いただきましょう。市販化を目的とせず、あくまでもエレ自身が、ひとりの女性として思い描く美しい世界。愛する人に、より愛してもらいたいというマインドを表現しました。……ではお待たせいたしました、フォウ・ダーリン。ごゆっくりとお楽しみください」
     観客から喝采が沸いた。歓声も聞こえる。エレ・サルバトーレファンにとっては、デザイナー自身の感性を最も生で感じられる場面。だがジョウ達にとっては、騒音にしか聞こえず、ただ尻の座りの悪さが増しただけだった。
     音楽が変わった。テラのヨーロッパで、愛を育む古都といえばフランス。すかすかと鼻を抜くような女性ボーカルが、軽やかに流れ出した。
     モデルが一人ずつ、ピンスポットで現れる。ここで見る水着は、もっと凄かった。いきなりトップレス。芸術の目で見ろと言われても、クラッシャーの男達には相当堪えた。
     そして3人とも、ずっと胸につかえていた不安がより濃くなる。なにせまだメリンダが登場していない。ステージの内容はエスカレートしている。一体どんな格好で躍り出てくるというのか。
     不安を通り越し、すでに後悔していた。メリンダに断らせる指示を仰げなかったことを、3人は口惜しいと思う。
     そんな想いを巡らせている中で。3人目のモデルが現れた。
     ステージのカーテン脇から、女性らしい無駄のない肉付きをした、ピンヒールをつっかけた片脚を覗かせる。磁器のように白い肌というより、健康的な血色をしていた。
     そこだけピンスポットが当たると、観客はどっと沸き上がった。脚を高く上げたり、くいと曲げてみせたりと、ラインダンスのように魅惑的な動作。そうやって興を盛り上げて登場したのが。
     ───メリンダだった。

    「ひええっ!」
     リッキーは思わず両手で目元を覆った。しかし、指の隙間は開いている。ジョウもタロスも、ごくりと固唾を飲んだ。身体が硬直し、ぴくりとも動けない。
     メリンダの歩き方は、充分にプロのモデルと互角だった。しゃなりしゃなりと、腰を揺らしながら、少しも見劣りしない。そして問題の水着は。
     真っ白な毛足の長いファ。ゆえにメリンダは、血統書付きのシャム猫、バリニーズ種のような優雅さがある。ティア型のカップがバストのトップを取りあえず覆い、ショーツはローライドタイプ。股上が恐ろしいくらい浅い。デルタゾーンぎりぎりである。
     ふわふわの耳当てがついたヘッドドレスに、リストバンド。何故、水着にこんなオプションが、というのは愚問。要は、エレ・サルバトーレのイメージの世界なのだから。実用性は無視である。
     くるりとメリンダが回転すると、やはりお尻は上半分出ていた。縦の谷間が見える。
     リッキーはクラッシュジャケットの中で、大汗をかいていた。ジョウは、この水着のモデルをアルフィンに見立て、愛くるしいチンチラを想像した。そしてタロスは、年寄りの心臓に悪すぎるとぼやいていた。
     ステージの花道に出ると、メリンダは脇の窪みに鎮座する、3人のクラッシャーに気づく。片手で髪を掻き上げると、ウインクを投げてやった。
     その様子から。メリンダはこの任務を心底楽しんでいるのが分かった。
     だがその浮き足だった任務が。
     この数秒後、一転することになる。

     メリンダが花道の先端に躍り出た。手足を軽やかに動かしながら、くるくると全身を観客にさらす。両の拳で手首をくっと折り、猫っぽい決めポーズをとるとつま先を翻す。
     来た花道を、戻ろうとしていた。
     その瞬間。
     ホールの天井にずんと鈍い音が走った。ばりばりと広がる亀裂。烈震が伝わる。観客の歓声が一気に悲鳴に変わった。
     身を縮み込ませていたクラッシャー達が、一斉に天井を仰ぐ。ドーム型の壁面が、卵の殻をスライスするように外れる。外れて、落ちてきた。
    「───メリンダ!」
     リッキーがすかさず飛び出す。立ち尽くした肢体に両手を伸ばした。キャッチする。勢いのまま向こう側へと突っ込んだ。間髪観客が避け、2人はベンチを跳ねとばして落ちる。
     同時に、花道がぐしゃりと潰された。天井からの落下物だ。直径2メートル、厚さ30センチもの、ひしゃげた鉄板。メリンダがさっきまで立っていた場所だった。
     リッキーが下敷きになることで、メリンダはひとまず無事。裸同然の状態だ。無茶な救出で怪我を負うこともある。2人は上体を起こした。
    「……リ、リッキー」
     メリンダの瞳は見開いたまま、がたがたと震えている。リッキーの背に、しがみつくように腕が回された。しかし恐怖からか、力が入らない。
    「大丈夫かい? どっか痛いとこは?」
     胸の中で、首を横に振るだけ。しかしそれで充分に、メリンダの心境は伝わる。
    「あとの仕事は、俺ら達に任せな」
     リッキーは周囲を見渡す。ぎっしりと押し込まれた観客がパニックを起こしていた。花道の鉄板が邪魔で見えないが、ジョウやタロスはすでに行動に移っている。天井を破壊した犯人の、追跡に出ている筈だ。
     リッキーはクラッシュジャケットのホックを外す。気密性が肝心の制服ゆえ、前をはだく時ばりばりと音を立てて剥ぐ。銀色のセパレートとベルトだけの姿になった。メリンダの肩にライトグリーンのジャケットを掛けてやる。
    「……そ、その格好じゃ」
     防弾力が些か落ちることをメリンダは心配した。
    「平気さ。なにせ当たるつもりないからね」
     リッキーは片目を閉じてみせると、ぐいと立ち上がった。しかしメリンダは腰が抜けたのか、へたり込んだままだ。
    「とにかく一旦非難しよう」
     リッキーはメリンダを横抱きにした。女性にしては大柄なメリンダだが、ひょろりとした体躯でも、リッキーには抱き上げるくらいの腕力が備わっている。
     メリンダは屈んだ格好になり、腕をリッキーの首に絡めてきた。ローライドタイプのショーツは脱げ落ちそうだったが、そんなことに構っている場合ではなかった。

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■387 / inTopicNo.9)  Re[8]: Lucky Number“3”
□投稿者/ まぁじ -(2002/12/18(Wed) 11:48:16)

     武器弾薬の持ち込みは禁止だったが。クラッシュパックをトランクに見立て、フェスティバルホール付近の植え込みに準備していた。
     ジョウは無反動ライフルを取り出し、先端の部分を手早く交換する。外したシリンダーとエネルギーチューブは腰のフックに引っかけた。
    「ジョウ、怪しい飛行物体はなかったみたいですぜ」
    「そうか」
     タロスがドンゴにコンタクトをとった結果だ。<ミネルバ>から、フェスティバルホール上空を、念のために通信モニタで監視させておいた。
    「となると誰かが爆破スイッチを操ってる」
     時限爆弾にしては、不意打ちという感じがなかった。狙い定めたような爆発のタイミング。ジョウの勘がそう訴えてもいる。
    「ってこたあ、この混乱に紛れて逃げたか、敢えて息を潜めてるか」
    「とりあえず俺は被爆状況を見てくる」
     そしてジョウは袖口の通信機で、リッキーにタロスとの合流を命じた。ジョウとタロスは、ホールの上部と地上の二手に分かれていく。
     ホールの戸口から、人が怒濤のごとく溢れてくる。まるで燻り出しをくらった虫だ。ジョウは人並みを掻き分け、逆行し、とにかく手近な所から外壁を昇ることにする。無反動ライフルを構え、頭頂部を狙った。
     トリガーボタンを押す。先端が飛んだ。次いで、鞭をしなるようにロープも伸びた。先端が粘着で着床する。ジョウはロープを引き、その手応えを確かめた。
     磨いたような壁面に、ジョウはつま先をねじ込みながらロープをたぐる。ライフルを背負い、するすると昇っていった。頭頂部はドーム型である。傾斜があり、足を滑らせれば地上にダイブだ。ジョウは姿勢を低くして、一気に駆け上っていく。
     あんぐりと天に口を開いた部分が見えた。外壁が脆くなっている筈。ジョウは慎重に進んでみたものの、余計な心配だったことを悟る。
     崩れ落ちる様子を足元に感じない。つまり、ホールの構造を知るものの犯行だと分かった。花道に鉄板部分だけを落とす計画。インパクトは大きいが、被害は最小限に食い止められる。
     穴が開いた部分に近づくと、ジョウは指でその崖っぷちを撫でた。カッターで切ったように、綺麗なものである。火薬の調合や配分など、きめ細かな計算が匂った。
    「計画的だが、子供だましだな……」
     そして通信機でリッキーを呼び出した。ジョウにある狙いが浮かんだからだ。
     それが当たっていれば、爆発の操作スイッチを紛失させる訳にはいかない。その指示をリッキーに仰いだ。

     7日目、クエスチョンの日程は、サルバトーレ姉妹を私邸に送ることで事足りた。
     ニキ・サルバトーレは、リムジンでずっと興奮していた。ジョウとリッキーは後部座席を許されず、運転手の隣に並ぶ。何者かに狙われた危機感を、そこまで興奮して露わにするのならば。男性潔癖性など、返上することが懸命。ガードを大人しく受ける方が身のためだ。
     しかし彼女はそうしなかった。そして後部座席でずっと、まくし立てるように携帯電話で誰かと話している。派閥名をいくつか挙げ、時には個人名すらも。怪しいというくくりで、真っ赤な唇からぺらぺらと洩らした。
     彼女の発言を整頓すれば。身の危険を感じた上でクラッシャーを依頼し、怪しい人物は身近にいるという理由が、同一線上に並んだ。
     ジョウは黙ってそれを聞き入れていた。
     一方、実妹のエレ・サルバトーレは憤慨していた。折角のコレクションが台無しになったのだ。ニュアンスから実姉を責めている様子。狙われているのなら、そう先に知らせよと。2人はぎすぎすした空気のまま私邸に到着した。

     そしてジョウとリッキーは。
     <ミネルバ>に戻り、リビングですぐさまテレビモニタでニューストピックスを見る。案の定だった。これはジョウの狙い通りでもある。
     トップニュースとして、フェスティバルホールの爆破事件が大々的に報道されている。番組は、何らかの事故やテロといった内容に終始しなかった。もっと根深い、政治的な出来事の一端とまですり替わる始末である。
     レスタンザの視聴者にとって、ただの事件ではないというインパクトを植え付けるには充分だった。そしてその被害者が、ニキ・サルバトーレ。マスコミは彼女の私邸にも、どっと押し寄せたようだ。ライブ中継で、ジョウ達は知った。
     ジョウとリッキーが送り届けた時は、まだ姿を見かける訳がない。コレクションを中止されたエレ・サルバトーレなら話は別だが。実妹の私邸は別にある。裏方としての実姉が、マスコミに追われる筈がなかった。
     つまり、マスコミを向けさせるには。
     ネタを流さなければ動かない。
     ジョウはこう読んでいた。車中でのお喋りは、盗聴を見込んでの告白。ざっと時間を見積もってみれば、マスコミの動きとぴたりと合った。

    「ようはさ、大がかりな自作自演ってやつか。本当に“女狐”を狙ってんなら、ステージの裾で爆破させるもんな」
     リッキーはソファに腰掛けて、やれやれといった様子を露わにした。
    「被害者面をすれば、同情も引く。顔も売れる。再来週の党内選挙は、一般投票だろう? 応援票が入って、“女狐”は一躍上位入選さ」
    「容疑がかかってる議員さん達、どうすんだろね」
    「今のままじゃ落選確実だな。常連議員らしいが」
     つまり今回の任務は、ニキ・サルバトーレの罠だった。ジョウのチームは利用され、犯罪の加担に片足を突っ込んでしまっている。簡単な仕事とたかをくくれなくなった。もしかするとこれを察し、本部はジョウ達のチームに仕事を回したのかとさえ思えてくる。
     単に、モデルばりの女性クラッシャーがいる、という理由ではなさそうだ。
     このまま見過ごしていたら、犯罪に手を染めたとしてクラッシャーの仲間達から裁きを受ける。それはご免被りたい。ならば汚名返上を図るしかない。それが事件解決と、任務終了に繋がる。
     すると、リビングのドアがスライドした。タロスと、私服に着替えたメリンダが現れる。
    「……ビンゴでしたぜ」
     タロスはのっそりと現れると、手にした物をテーブルに広げる。1つはメリンダが着ていた、白いファの水着。もう1つは、円状の平べったい小さなケースに入った、トゲのような物だった。毛足の長い水着の胸の部分に、埋め込まれていた。
    「ドンゴに調べさせたら、こいつはテリトリータイプですな」
    「そうか」
     タロスが指さしたケースの中身。薔薇の刺を思わせる小さな突起は、センサーだ。テリトリータイプの爆弾とは、爆弾が配された所から特殊な光線が放たれる。光線の範囲は自由に設定でき、最大であれば直径5メール、最小は30センチと自在だ。
     その光線のテリトリーにセンサーが引っかかると、一旦、爆弾の起動スイッチが入る。車で言えば、アイドリング状態。そしてセンサーがテリトリーから離れると、爆弾が作動するという仕組みだ。
     例えば爆弾を仕掛けた部屋に、侵入者が誘導されたとする。侵入者はたいてい、最初の攻撃で何らかしかけてくると身構えている。その習性を逆手にとったものだ。部屋から出ようとする、油断が生まれた時にやられてしまう。
     いわゆる時差攻撃。この爆弾を作戦に組み立てる軍隊もいるくらいだ。
    「ひっでえ……。メリンダを犠牲にするつもりだったのかよ!」
     リッキーがソファから立ち上がって、拳を振った。
    「いや、そうでもない」
     ジョウはちらりとリッキーを見た。落ち着け、という目線を放っている。
    「クラッシャーなら自力で逃げられる。そう踏んだんだろ。何かあっちゃ誤算だからな」
     タロスもソファに腰掛け、言を継いだ。
    「テリトリータイプを使うってことですからねえ。メリンダが花道の中央を戻る頃にゃ、前後のモデル同士の間隔が丁度空いてやがる」
    「“女狐”も殺人者にだけは、なりたくないのさ」
    「だけどよ、許されることじゃないぜ」
     リッキーは歯ぎしりしながら、ソファに再び腰を下ろす。するとメリンダがソファの背後に近づいた。視線は、テレビモニタに向けられている。


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■388 / inTopicNo.10)  Re[9]: Lucky Number“3”
□投稿者/ まぁじ -(2002/12/19(Thu) 11:50:29)

    「……リッキーだわ」
     3人の男が一斉に首をそちらに向ける。テレビモニタには、ニュースデスクが次々と舞い込む情報に大わらわという雰囲気を映す。その女性キャスターの肩越しに、次に流される情報のワンシーンが矩形に表示されていた。
     その人物はリッキー。しかもメリンダを咄嗟に助けた、衝撃の映像扱いだった。
     どうやらコレクションに紛れていた、マスコミのムービーカメラが捕らえたらしい。貴重な映像です、とキャスターのコメントの後、わずか数秒のシーンが流された。
     くどいくらいに3度も同じ映像が流される。そしてキャスターは早口で付け足した。
    「……クラッシャーリッキーは、第二惑星ローデス生まれ。5年前のラダ・シン独裁の事件を解決した、クラッシャージョウチームの一員です。いわゆるやぎ座宙域出身の偉人が、再びこの惨事を食い止めました。なお、クラッシャージョウチームは、先のニキ・サルバトーレ議員のボディガードとして……」
     ますますサルバトーレ女史にとって、有利にことが流れていることが判明した。
     彼女が雇っているのは、クラッシャーの中でも、英雄クラスのチームなのかと。世論を沸き立てるには充分なネタとなる。
     あの真っ赤な唇が、にちゃりと口端を上げている姿が全員の目に浮かんだ。
    「厄介なことになりやしたねえ……」
    「兄貴、早速抗議しようぜ! こいつを突きつけてさあ」
     リッキーはテーブルの上のケースを指さした。
    「こんな茶番劇、さっさと終わらせちまおう」
    「……折角ここまで祭り上げられてるんだ。それだけでいいのか」
    「どういう意味さ?」
     ジョウは鼻で笑った。
    「ここで任務を降りちまったら、契約金はぱあだぜ。それに直談判じゃ、どこで揉み消されるか分かりゃしない。第一、俺達は利用されたまでさ。被害を訴えるなら、被害者自身と真っ向勝負させた方がいい。世論も納得する」
    「なるほどねえ……。つまり俺達が面倒な手を煩わすこともねえ、って言いたいんですな」
    「そうだ」
    「となりゃあ、どこまでもその鼻っ面を高くしてもらわねえと。へし折る楽しみが減る」
     ジョウとタロスは、顔を見合わせて口端を上げた。
     しかし、リッキーだけが未だ状況を理解できていない。どんぐり眼を開き、2人を交互に見やった。
    「なんだよ、ちゃんと説明しとくれよ」
     するとリッキーの背後にいたメリンダが、3人の会話に首を突っ込んだ。
    「分かった! そのセンサーを犯人にまがいにされた議員さん達に、リークするのね」
    「……リッキーより、読みがいいな」
     ジョウはにやりと笑ってみせた。メリンダは首をすくめると、得意げな顔で舌をぺろりと出した。
     銃の腕も立ち、武術も身につけ、料理も抜群、スタイルはもっと抜群のメリンダの株は、さらにぐんと上がった。
     リッキーといえば、お株を取られて少々立つ瀬がない。しかし相手がメリンダならば、悪い気はしなかった。

    「……じゃ、そういうことだ。素知らぬ顔で、任務はスケジュール通りに動く」
     そしてジョウはソファから腰を上げた。
    「どこ行くんだい、兄貴」
    「一日が終わったんでね。様子を見てくる」
     アルフィンの元へ出向くということ。ジョウは自ら、オフタイムに入った。つまりミーティングは終わった、ということである。
    「そいじゃあっしも、ひとっ風呂浴びて来るかねえ。今日はメリンダのおかげで、冷や汗かかされた」
    「……ひどいわ。あたしってそんなに似合ってなかった?」
    「その逆だ。ハマりすぎて、春を忘れかけた年寄りにゃ、なかなか酷だった」
    「あらやだ。そういうこと」
     メリンダは、つんと鼻先を天に向けた。熟年にそう言わせるのは、女冥利に尽きる。タロスから褒め言葉をもらい、また得意がった顔をみせた。
     そしてジョウとタロスは、リビングを後にする。面倒なことに巻き込まれはしたが、策は練れた。2人の背中には、疲労感も心配も負っていない。さっぱりとしたものだった。
     しかし見送ったリッキーは、そのさっぱりした態度が、やや不満でもあった。あんな格好までさせられて、危険な目に遭ったメリンダに、労いの言葉がひとつもないからだ。
     メリンダの立場が、アルフィンだったら。恐らくジョウは、もっと別の行動をとっているとリッキーは思うだけに。だから不満というより、苛立ちに近かった。2人に対して。
     この事態について、クラッシャーを代表して何か言わなければ。リッキーはそんなことを考えた。

    「……なんか、ごめんな」
    「え? なんで?」
     突然、リッキーから詫びを入れられ、メリンダは面食らう。
    「アルフィンの代わりで、色々と大変な思いさせちまってさ」
    「だって、好きでやってることよ。気にしないで」
     メリンダはリッキーの隣に腰を下ろした。私服は、アルフィンが着ているのを見たことがある。ただメリンダが装うと、少しばかりスカートが短いようだ。
     ソファに座ると、丸みを帯びた膝小僧が覗く。リッキーの視界の端に、それが射し込んだ。
    「けど、今日はスリリングだったわ。クラッシャーの仕事をしたって感じ。リッキーにも助けてもらっちゃったしね」
    「……ああいう場合、助けるよ。普通」
    「リッキーにとっては仕事なんだろうけど。ふふふ、おかげでね、ちょっと思い出しちゃった」
    「思い出す?」
    「そう。あたしね、昔もああいう風に助けられたことがあるんだ。まるで王子様、ううん、ナイトって感じかな? 女の子ってね、誰かに守れたり、助けられたりすると、ときめくもんよ」
    「ふーん……」
    「でもちゃんとわきまえてるわよ。リッキーの場合はお仕事ってね。ときめきはお預けにしとくわ」
     メリンダは、仕事の部分を強調して言った。そして眼差しをリビングの上の方に向けると、また、ふふふと笑った。
     リッキーにはそれが、メリンダの過去のナイトを思いだした微笑みに見えた。自分は仕事と言われて、距離を置かれ、突き放された気さえする。
     だから黙っていられなくなった。
    「けどさ、仕事なら何でもやれるって訳じゃないぜ」
    「クラッシャーってそういう仕事でしょ?」
    「ロボットじゃないんだ。感情だってある。……嫌いな奴だったら、助け損ねることだってあるさ」
    「ふーん。そういうもん?」
     ジョウがかつてアルフィンに言った言葉に、近い台詞を。偶然リッキーも口にする。仕事だからという部分を、メリンダから消したかったために。
     そして、今でもメリンダの記憶にあるナイトとやらの男に、何となく負けたくなかった。あの瞬間、身体が自然に動いたのは反射神経だけではない。
     そう。リッキーは気づきつつあった。
     惹かれ始めている、今隣にいるメリンダに。フェスティバルホールでの惨事で、仮にジョウも飛び出していたとしても。リッキーは、自分で、この手で、メリンダをどうしても助けたかった。
    「そういえば言ってなかったわね、お礼。……ありがと。リッキーのおかげよ」
     どんぐり眼を覗き込むように、メリンダは言った。
     予感が、実感へと姿を変えていくには充分過ぎた。1度目はミミー、2度目はルチアに感じたものだ。
     覗き込まれたメリンダの瞳が引き金となって。
     リッキーの3度目の恋心が、胸に芽生えた。


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■389 / inTopicNo.11)  Re[10]: Lucky Number“3”
□投稿者/ まぁじ -(2002/12/19(Thu) 11:53:05)

    「……そう、メリンダが無事で良かった。リッキーもやるわね」
     ベッドに横たわったまま、アルフィンは両の手を組むと、胸元に乗せる。安堵の表情を浮かべた。ジョウはベッド脇に腰を据え、その顔を見下ろす。
    「俺個人としても、随分メリンダに救われてる」
    「いい子よね」
    「それにあの格好をアルフィンがしてたかと思うと……。いたたまれない」
    「あら、あたしだって22よ。若い頃の記念とか言って、やってみても良かったかなあ」
    「駄目だ、俺が耐えられない」
     ジョウはそっと手を伸ばすと、指先でアルフィンの前髪を掻き分けてやった。一瞬瞼を閉じ、その仕草をアルフィンは心地よさそうに受け止める。
    「見せ物じゃないんだ。アルフィンの肌は誰にも知られたくない」
     ジョウが珍しく独占欲を露わにし、アルフィンは碧眼を瞬きさせた。口元もつい笑いで緩む。
    「……嬉しい言葉だけど、そうもいかないのよね」
     やんわりと拒否した。その反応の根拠が分からず、ジョウは自然と渋面になる。
     するとアルフィンは、ピローの下に手を差し入れるとカード状の物を抜き出した。
    「今日ね、ドクター・フィリップの所に行ってきたの」
    「一人でか?」
    「そうよ、みんな仕事じゃない。休み休みなら一人歩きくらいできるわ。宇宙港の中なんだし」
     言うと、ジョウにカードを渡す。手にして分かったのは、カードではなく写真だった。暗い写真。真ん中に空豆のようなものが映っている。
    「まだ袋しか見えないけど……赤ちゃんよ」
    「……これが」
    「そう。可愛いでしょ? けどマタニティの診察ってほんと、露骨なことばっかりね」
     ジョウはまじまじと写真を見入る。写真の脇に目盛りがあり、まだ数センチという大きさであることが分かった。
     そしてアルフィンの言葉が引っ掛かる。腹の写真にしろ診察にしろ、高度な医療機器であれば、体内など手に取るように分かる。ジョウはその類と思っていただけに。
    「露骨って、どういうことさ」
    「だって、ドクターにぜーんぶ見せちゃうのよ」
    「全部?」
    「……あたしとジョウしか知らないとこ、とかね」
     意味が分かり、ジョウの顔はかあっと赤面した。恥ずかしさというより、怒りめいたものが沸き上がる。
    「こうやって肌を晒すうちに、度胸もついてくるのね。母は強し、ってこういう意味もあるんだわ」
     アルフィンはけろりとした様子で笑ってみせた。
    「ふ……複雑だ、俺は」
    「けど診察よ」
    「なら相手を選べよ……。なるべく女医の所に行くとかさ」
    「じゃあアラミスで、そういうドクター探しておいてくれる?」
    「…………」
     分かってはいたことだが。あらたまって言葉にされて、ジョウは返答に詰まってしまった。
     胸が苦しくなる。
     <ミネルバ>では出産はおろか、危険と隣り合わせの船で乳飲み子を育てることもできない。いつか、そう遠くないうちに、アルフィンと別々の生活が始まる。それは避けられないことだった。
     妊娠は嬉しい。最初は単純に喜んでいたが。良いことばかりではないという現実が、ジョウをもやもやとさせた。

     胸元に置かれた手を、ジョウは掬うように取り上げた。そして手の甲や細い指達に、唇を当てた。そしてつい、溜息もついてしまう。何故すべてを手元に置いておけないのか。ジョウは、切なさで身が焦がされる思いでいた。
     しかしそれがクラッシャーの宿命でもある。
    「そんな顔しないでジョウ。ダディになるのよ、しっかりして」
    「分かってるよ……」
     ジョウはアルフィンの手を、両手で強く握り締めた。離したくない気持ちが、余計にそうさせた。
    「この先、状況が変わるのよね。あたし、少しでも不安材料は残しておきたくないの」
    「……残す? <ミネルバ>に、ってことか」
    「そう。だからお願いがあるわ」
    「なんだ」
    「……ジョウからスカウトしてくれない? メリンダを」
     そう口にしたアルフィンの脳裏には、<ミネルバ>に搭乗した頃の光景が浮かんでいた。
     ガンビーノやドンゴがこまごまと世話をしていたものの、やはりここは男所帯。帰って寝るだけの家、という空気が濃かった。
     ファミリーらしい安らぎの空間を、アルフィンは<ミネルバ>に作りたかった。誰かの誕生日の時には、必ずお祝い。アラミス建国やダン生誕など様々な記念日などにかこつけて、ケーキをつくり、食卓を囲む。
     女性らしい気配りで、宇宙を飛び回っている男達を労ってやりたかった。特にジョウやリッキーは、そういう温かさを知らずに幼少期を過ごしている。それを途切れさせたくはない。
     ならばメリンダに引き継ぐのが、最善策と考えていた。
     単なる思いつきではない。メリンダには、安心して引き継げる理由がアルフィンにはあった。自分の口からは明かせないが。実はアルフィンとメリンダの間には、それができる共通項があった。
    「あと1週間しかないでしょ。メリンダにも考える時間を与えるとなると、ちょっと遅いくらい」
     だがジョウはアルフィンの言葉を聞いて、すぐに首を立てに振れなかった。感情がどうも追いつかない。そして今後の身の振り方に、さっさとカタを付けるようなアルフィンの発言を止めたい気持ちの方が勝っていた。
     だからベッドから腰を上げ、両手をアルフィンの顔の横に置いた。体重を掛けないようにして、唇に軽く触れた。

    「……このキスって、オッケイってこと?」
     アルフィンはジョウのその態度を、確かめるように問いかけた。
    「……もう言うな」
    「でも」
    「お願いは分かった。ただ、そうせっつかないでくれ」
    「……辛いから?」
    「辛いさ……当たり前だろ? 出会ってから一度も離れたことがないんだ。アルフィンのいない生活なんて、考えたくない」
     ジョウの本心を知り、アルフィンは困った表情を浮かべた。
    「ねえジョウ、わかって。あたし死んじゃう訳じゃないのよ。それに絆が増えたじゃない」
    「それも分かってる。めでたいことも重々承知してる。だからって急ぐことないだろ」
     アルフィンの顔の上で、アンバーの瞳が泳いだ。形のいい唇すらも、歪むようにつぐまれた。
    「赤ちゃんのためには、いつ降りてもいい筈よ。それにジョウの赤ちゃんでもあるの」
    「俺としてはもう少しの間、俺だけのアルフィンでいて欲しい」
    「ジョウ……」
     2人は、鼻先を擦り合わせる距離で見つめ合う。ジョウの言葉に動揺はするも、アルフィンの碧眼は、ひとつの命と強い決意を宿した輝きを放つ。母親の瞳になっていた。
     対するジョウは、その眼差しに気後れし、美しいと思いつつも気分が滅入っていく。
     アルフィンとメリンダをトレードする。それがいかに今後にとっていいかもジョウは分かっているのだが。どうしても今は、頷くことができないでいた。
     胸の中に、ぽっかりと穴が開くどころではない。ジョウの心そのものが、ぐずぐずに崩れてしまいそうになる。ますます一時も、アルフィンと離れたくない気持ちが募っていった。
     だからジョウは再び、アルフィンに唇を重ねた。アルフィンもジョウの心境を察しているせいか、自然に隙間を開き、ジョウからの愛撫を受け入れる。
     この慣れ親しんだひとつひとつの仕草が、愛おしい感触が、近い将来遠いものとなる。だから、いくら熱く貪ってもジョウには苦かった。今までは身体を震わせるほど、甘いものだったとは思えないほどに。
     余計、苦々しい想いが身体いっぱいに広がるだけだった。


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■390 / inTopicNo.12)  Re[11]: Lucky Number“3”
□投稿者/ まぁじ -(2002/12/19(Thu) 11:54:16)

     メリンダが<ミネルバ>に合流して、明日で約束の2週間となる。そんな折に、珍事が起こった。珍事と言っても、ありそうで、なかったという出来事。
     ジョウとリッキーのいさかいだった。
    「兄貴! なんで黙ってたんだよ!」
     リビングに、リッキーの怒鳴り声が響く。一方ジョウはソファに就いたまま、うっとおしそうな顔を向けた。
     サルバトーレ女史の護衛を今日も難なく終え、<ミネルバ>に帰還し、しばらく経って事は起こった。
     キッチンで、帰船したリッキーをアルフィンが出迎えてくれた。久しぶりに体調がいいらしい。他愛ない会話を重ねたあと、アルフィンから突然質問されたのだ。ジョウはメリンダをスカウトしたのか、話は進んでいるのかと。その確認だった。
     そんな願ってもない裏事情があるなどとは、リッキーは知らなかった。驚喜したが、数日を振り返ってみると、ジョウからはそんな素振りも気配も感じなかった。
     アルフィンがリッキーに質問したのも、実はそれを懸念してのこと。メリンダのスカウトに対して、結局ジョウは快諾してくれなかった。だからもしかすると、一人胸の内に隠し、うやむやにするのではないかと思っていた。
     アルフィン自身でせっつけばいいのだが、ジョウの心情も痛いほどに分かる。だからアルフィンは回りくどい方法でしか、確認ができなかった。

    「もう明日っきゃないんだぜ。メリンダの都合も考えろよ!」
    「……何だよその言い草。そもそも俺はまだ、スカウトするかどうか決めてない」
    「じゃあ、さっさと決めな。この場で決めとくれ」
    「うるさいな……。指図すんな」
    「兄貴がもたもたしてっからだろ!」
     2人の感情には、大きな隔たりがあった。どうにかしてメリンダを引き留めたいリッキーと、メリンダを受け入れることはイコール、アルフィン放出と繋がるジョウ。
     感情的に、対極にいる。
     しかしながら権限はチームリーダーのジョウにあった。だからリッキーもおのずと焦る。そしてメリンダを拘束できる時間は、明日しか残されていない。何もしなければ離ればなれになる境遇を、黙って指をくわえている訳にはいかなかった。
     正直、リッキー自身もメリンダのスカウトを考えはした。しかし個人的感情が、すでに強過ぎている。自分達として、ジョウのチームとして、損得を純粋に勘定できないのではと、リッキーは抑え込んでいた。
     しかしさっき、アルフィンが乗り気であることが判明した。これがリッキーにとって追い風にならない訳がない。
     リッキーはすぐに、メリンダ獲得にいかほどの可能性が生まれるかを計算した。
     まずタロスだ。アラミスにアルフィンを降ろす覚悟は抱いている様子。席が空くとなれば、乗務員補強はきっと納得してくれる。迷っているなら、説得すればいい。
     そしてメリンダ。彼女はクラッシャーに憧れ、あわよくばクラッシャーにさえなりたいと願望を覗かせている女性だ。
     となると、賛成派4人を確保したも同然と、答えは簡単にはじき出された。
     だからあとは、ジョウがスカウトを口にするだけで、話が進む段階とリッキーは読んだ。しかもアルフィンからは、この裏事情は1週間前に持ち出されていたとも聞いている。
     普段のジョウならば、即断即決。このまごついたやり方は、ジョウらしくない。リッキーを焦らせ、苛立たせているのも、それが一番の要因だった。
    「メリンダみたいに素質ある子、なかなかいないぜ」
    「……分かってる」
    「性格だっていいし、問題なんてどこにもないじゃんか」
    「それも分かってる」
    「だったら、アルフィンの後釜としちゃ最高だろ」
    「何だと……」
     ジョウの眉がぴくりと跳ねた。リッキーにとっては言葉のあやだったが、“後釜”という単語が、ジョウの感に障った。
     ソファからジョウは立ち上がる。リッキーのどんぐり眼を見据えた双眸は、ぎらついていた。
     しかしリッキーはそんな睨みに物怖じする素振りをみせない。ここで引き下がるわけにはいかなかった。メリンダを<ミネルバ>に吸収し、これから先も共にいられる時間を考えれば。
     もう臆するに値しない。
     2人の男の間では、見えない火花が激しくせめぎ合っていた。


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■391 / inTopicNo.13)  Re[12]: Lucky Number“3”
□投稿者/ まぁじ -(2002/12/20(Fri) 13:38:24)

     そんな、ひりひりとした場面に。
     和気藹々と会話を交わしながら、タロス、メリンダ、アルフィンが、リビングに入ってきた。
    「……どうしたのよ」
     真っ先に異変を感じたアルフィンが口を挟んだ。
     すかさずリッキーはその声に反応した。ほっとしたような、救いを求めるような表情をアルフィンに向ける。
    「ああ、アルフィン……。言ってやってくれよ兄貴に」
     これみよがしに、人差し指を差してリッキーは口調を尖らせた。
    「まだ決心してないんだってよ、メリンダのスカウト」
    「えっ! あたしのスカウト?」
     メリンダの大きな瞳が、さらに見開いた。寝耳に水という反応。アルフィンはそれを見越し、ジョウの元へと歩を進めた。目の前に立ち止まる。碧眼をすいと、静かに向けた。
     ジョウは。
     決まり悪そうな表情に一変した。アルフィンの思慮が、まっすぐ伝わってきたからだ。
    「お願いしたのに、まだ言ってなかったの? どうして」
    「……検討中だ」
    「あれから何日経ってると思ってるの?」
     アルフィンの面立ちが、責めるように迫る。ジョウは口をつぐむと、ふいとアルフィンから顔を背けた。その挙動が、碧眼にはひどく子供っぽく映った。
     アルフィンとて、<ミネルバ>を離れるのは身を切るほどに辛い。アラミスに一人残される不安もある。比べればジョウより、アルフィンの方が何かにすがりたいくらいだろう。
     しかし子を身ごもったことで、強くありたいと思う気持ちも育まれていた。だからこそアルフィンは、自ら勇気を出して、先々のことも考え、メリンダのスカウトを提案したのに。
     それを拒否された。
     うやむやにされる。それはアルフィンがいかほどの勇気を絞ったのかを、ジョウがきちんと受け止めていないことを露呈させた。
     現実を見て欲しい。アルフィンにその気持ちが一層強くなるのも、仕方のないことだった。
    「……いいわ、あたしが代わりにお膳立てしてあげる。みんなの意見を訊くから、それを巧くまとめてよ。これくらいならできるでしょ、チームリーダーとして」
     アルフィンはジョウに、冷ややかな啖呵を切った。そして、くるりと背を向ける。
     すうっと息を吸い込み、一旦呼吸を整える。ジョウが煮え切らない気持ちも、アルフィンは充分に分かっている。だからといって、折角のチャンスを棒に振ることはできない。メリンダには明日しか、もう時間が残されていないのだから。

    「もう分かってると思うけど、あたしはこの先<ミネルバ>を降りるわ。つまりクルーに欠員が出るのよね。そんな時に運良く、メリンダに出会えたわ。これをどう思う?」
     アルフィンの声は、凛と響いた。投げかけられた者達、つまりタロスとメリンダは、身を正す思いで耳を傾けた。
     だがジョウだけは、いたたまれずにいる。言わなければいけないこと、しかし、どうしても口にできなかったことを。アルフィンがとうとう吐き出した。自ら決着に出た。もうジョウには、それを止める術さえ断たれたことになる。
     そしてアルフィンの短い発言に対して、答えを待つ時間はそれほど長くはなかった。
     真っ先に、タロスが口を開いたからだ。
    「あっしは、異存ないですがね」
     さらりとした口調で応えた。単純に物事を考えていない時こそ、タロスはそうやって軽く口にする癖がある。
     ジョウの気持ちは、タロスも己が身の上に投じて、理解している。振り返ればダンとてそうだった。身重のユリアを一人アラミスに残し、時に迷い、時に悔やみながらも、クラッシャーの仕事をまっとうしてきた。その背を見てきた。
     同時にジョウは、ダンの血を受け継いだ男。超えられない訳がない、とタロスは思う。ジョウとアルフィンのどちからに味方するといった、陳腐な次元ではない。タロスは冷静にことを踏まえた上で、最善の応えを出した。
    「タロスはいいのね。……じゃあ、メリンダは?」
     アルフィンは少し口調を和らげて、投げかけた。
    「うん、……そうね」
     メリンダは視線を落とす。
     リッキーは息を飲むようにして、食い入るように返答を待った。
    「……びっくりだけど。こういうチャンス、嬉しいわ」
    「やったー!」
     堪えきれず、リッキーは飛び上がって喜びを露わにした。指までぱちんと鳴らす。これで4対1。多数決としては勝ちだった。
     アルフィンは顔だけ振り返って、ジョウに語りかける。
    「みんなの意見は一致よ。……そういうことだから、ジョウ」
     努めて冷静に口にした。本当は、ごめんね、と心で思っていたとしても。一時の感傷で、ジョウの判断を鈍らせてはいけないという使命感がそうさせた。
    「……勝手にしろ」
     ジョウは吐き捨てるように言った。
     口にして早々、苛立った足取りでリビングを後にした。

     ジョウが退室すると、すぐさまリッキーが近寄ってくる。どんぐり眼が、生き生きと輝いていた。
    「アルフィン、サンキュ! 恩に着るよ」
    「何言ってんの。あたしは<ミネルバ>のために、そう思っただけなんだから」
     笑顔をつくり、小首を傾げてみせた。
    「……じゃ、あたし船室に戻るわ。またちょっと体調が変わってきたみたい」
    「大丈夫かい? 俺ら船室までつき合おうか?」
    「平気、平気」
     片目を閉じ、軽く手を振ってドアに向かった。
     しかしドアをすり抜ける瞬間、ふっとアルフィンは顔を歪めていた。それを見逃さなかったのが。
     メリンダだった。
     ジョウもアルフィンも消えたリビングで。リッキーは思い通りに展開が運んで、上機嫌だった。タロスに、うるせえ、と咎められ、げんこつをくらっても、にたにた笑う始末。
     一方メリンダは、リッキーの浮かれ声を耳にしながらも、神妙な顔つきでいた。
     そしてその理由が何たるかを明かされたのは、翌日。
     無事、2週間の護衛任務を終えたあと、クラッシャーの男達がブリッジに集結している時である。メリンダは、宇宙港の制服を纏って現れた。


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■392 / inTopicNo.14)  Re[13]: Lucky Number“3”
□投稿者/ まぁじ -(2002/12/20(Fri) 13:40:53)

    「お世話になりました。とってもいい経験になったわ」
     クラッシャーの男達はおのおのの手を止め、メリンダに振り返る。ニキ・サルバトーレと対立する議員の検索や、明朝の出国に向けての船体チェックに取りかかっていた所だった。
    「ちょっと待っとくれよ……その格好って」
     動力コントロールのボックスシートから、リッキーは飛び出した。勢いはいいが、実は足元がおぼつかない。メリンダの格好から、下船という単語が頭を過ぎったからだ。
    「見ての通りよ。スカウトはやっぱり辞退するわ」
    「なんでさ、みんなの意見訊いただろ?」
    「うん、嬉しかった。けどね、クラッシャーのシステムくらいちゃあんと知ってるわ」
    「システム?」
    「そう。チームリーダーが絶対、ってことをね」
     制帽を軽く傾げて、メリンダの瞳はジョウをみつめ、にこりと微笑む。
     その一言に、副操縦席に就いていたジョウが立ち上がった。
    「ここで規則を破ったら、初っぱなからコケるでしょ? それにジョウの気持ちも分かるの」
    「俺の……?」
    「アルフィンを大事にするジョウ、あたし好きよ。気持ちの整理がつかない所で、周りがさっさか勝手なことしちゃ、駄目よね」
     メリンダは人差し指を立てると、それを左右に振ってみせた。
     そしてジョウは何も言えず、ただ拳で口元を被う。見透かされていた。そして言葉にされると、いかに自分が子供じみているかを思い知らされる。
    「だからね、今回の申し出はすごおく嬉しいんだけど、そういう時期じゃない。だから遠慮するの」
    「……それで、いいんですかねえ」
     主操縦席から立ち上がったタロスが、メリンダに向かって言を継いだ。
     タロスはメリンダに確認しておきたかった。後悔させないためにも。こうして再び逢える保証は、どこにもない。つまり今クラッシャーになれるチャンスを、見逃していいのかと問いかけていた。
    「きっとね、今回のラッキーはここまでなのよ。本当に縁がある時ってね、なんにもしなくてもやってくるの。あたし、それをよーく分かってるから」
     大きな瞳が、リッキーに向いた。どこにその根拠があるのか分からないが、メリンダの瞳は嬉々としてそう物語っている。
     するとリッキーの脳裏に浮かんだ、運命の人、という文字が霞み始めた。今にも消え入りそうな文字を、どうやって食い止めたらいいのか。両の腕でしっかりと、メリンダを抱きしめればいいのか。
     分からなくなった。
    「それでね……」
     メリンダは制服の脇にあるポケットに、手を入れる。何かを取り出し、リッキーの目の前にそれを見せた。小さな箱だった。
    「あたしとの縁があって、まだスカウトする気があって、タイミングが合ったなら。レスタンザ宇宙港に連絡を頂戴。そしたらあたし、<ミネルバ>がどこにいても飛んでいくから」
     実際にそんなことができるのか、リッキーは複雑な想いを巡らせる。だが、メリンダの決心は固そうだ。それだけは充分に伝わってきた。
     そしてメリンダは、力無くぶら下がったリッキーの片手を取ると、小箱を握らせる。
    「……こいつは?」
    「ふふふ。あたしの大事なお守り。クラッシャーって危険なお仕事でしょ? また逢える時まで、みんなには生きててもらわなくっちゃ」
     メリンダは舌を出してみせた。口では再会をほのめかすも、お守りなどという餞別を渡すこと自体、次に逢えるかどうかは神頼み。そんなあやふやな感触をリッキーは片手の中に感じた。
     いいのだろうか、このままで。
     メリンダのペースに乗せられたままで、帰していいのか。リッキーの気持ちは揺れに揺れていた。

    「じゃあ。あたしは失礼するから、作業の続きをどうぞ。それとアルフィンは休んでるみたいだから、元気な赤ちゃんを産んでねって、言付けておいて」
     そしてメリンダは、3人のクラッシャーに向かって敬礼した。宇宙港職員としての正式な挨拶だ。踵を鳴らしてきびきびと身体を反転させると、呆気なくブリッジのドアに向かった。
    「ま、待てよ、報酬は……」
     ジョウはそんな言い方でしか、一旦引き留める手だてが思いつかなかった。圧倒的多数でスカウトをクルーから支持され、ある意味ジョウも半ば諦めつつ、受け入れようと傾いてはいた。だからここで去られてしまうと、覚悟が、決心が、またふらつく。
     しかしメリンダは、もうこちらを振り返らず手だけ振った。
    「───結構よ」
     と、明るい声だけが返ってきた。
     ここで引き留めることが、却って失礼になるという空気だけを残して。メリンダは颯爽とした足取りで、ブリッジを出ていったのだ。
     3人の男達は、ただ呆然とそれを見送る。視界にはもう閉じられたドアしか映らなかった。
     そして短くも、長く感ずる沈黙の時間がブリッジに流れた。
     ややあって。
     会話を取り戻したのは、タロスの一言からだった。
    「ちゃんと見送ってやらねえのか?」
     両の腕を組み、リッキーに目配せする。
    「……う、うん。……でももういいよ」
     リッキーは手に収まった小箱に視線を落とす。ああも見事に振り切られては、追いかけるのも野暮なこと。ここはメリンダの気持ちを優先させることが、男としての決断に思えた。
     見送っても、余計名残惜しいだけだ。そしてチームリーダーが絶対というメリンダの言葉に、リッキーは一瞬でもその掟を見失ったことを思い出した。
     感情に振り回される、自分の甘さを痛感する。
    「ま、おめえがいいなら、いいけどよ。やけに熱心にスカウトしやがって……」
     タロスは何かを知ってる風な言葉を吐いた。
     しかしリッキーはもう、応えなかった。終わったことだからだ。そして恋愛は、頑張ればどうにかなる、という類ではないことも思い出す。
     手にした小箱すら、そのままダストボックスに捨てようかとも過ぎっていた。だがリッキーの手は意志に反して、その小箱の留め金に指をかける。
     縁が切れた女からのお守りを後生大事にする気もない。中身に興味があった訳でもない。本当にリッキー自身の行動ではなかった。例えるならば、縁結びの神様がリッキーの指に手を添えた。そういう感覚だった。
     留め金を外すと、箱の蓋が勝手に開いた。
     中身を見て、リッキーのどんぐり眼がこれ以上無理だというくらい大きく見開いた。
    「───兄貴!」
     いきなりリッキーの声が飛んだ。
    「俺ら、連れ戻してくる!」
    「……な、なんだ?」
     ジョウは面食らった。
     するとリッキーはタロスに小箱を放り、一刻も遅れをとれないとばかりにブリッジを駆けだした。さすが、すばしこさでいえば、クラッシャー随一とまで呼ばれるようになったリッキーである。
    「どうしたんだ、あいつ」
     ジョウは瞬きを繰り返しながら、タロスに向いた。タロスも、さあ、と首を傾げ、放り投げられた物を見入る。
     だがその双眸も。
     リッキーと同じように見開いた。
    「こいつは……」
     それだけ口にするのがやっとという様子だった。
     タロスの手のひらに、ちょこんと乗せられた小箱。その箱の中には、光沢のある布地をクッションにみたて、不格好な物が押し込まれていた。とてもお守りと呼べる形をしていない。
     しかしタロスは知っていた。これが相当のお守りであったことを。
     所々錆び付いてはいるが、先端に穴が開けられた小さなボルトだった。


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■393 / inTopicNo.15)  Re[14]: Lucky Number“3”
□投稿者/ まぁじ -(2002/12/20(Fri) 13:42:03)

     タロスはすぐさま、前方スクリーンに身を乗り出す。<ミネルバ>は、宇宙港の建物に向けて駐機していた。つまり、建物の通路一体が見渡せる。
     するとガラス張りの通路に、宇宙港の制服を着た1人の職員が小さく見えた。小走りで移動しているスピード。目を凝らせば、身体のラインが女性であることと、両手で顔を覆っていることが分かった。
     副操縦席にいたジョウも、意味が分からないままタロスと同じ行動をとる。その人物を肉眼でキャッチした。
    「……メリンダか?」
    「いえ……メリンダとは違いやす」
    「どう見てもメリンダだろ」
     タロスはジョウに顔を向ける。ほくそ笑む、という表情だった。
     スクリーンから目を離せないジョウの双眸に、さらに1人の人物が近づいているのが見えた。早い。相当の脚力の持ち主。ライトグリーンのクラッシュジャケットから、リッキーだとすぐ分かった。
     追いついたリッキーは、メリンダを捕まえた。
     しばし悶着らしき様子を見せる。だが、それはすぐに収まった。
     そしていきなり2人は、ひしと固く抱き合った。
    「……5年も経つと、女は分かりませんなあ」
     まだ眉をひそめているジョウに、タロスは小箱の中身を向け、言を継いだ。
    「ありゃメリンダじゃねえ……ミミーですぜ」
    「───ミミー?!」
     一番最後に、ジョウの両眼がこれ以上無理だというくらい見開かれた。
     メリンダとは。
     ミムメリアから咄嗟にもじった、偽名だった。

     船室のドアがスライドした。
     ベッドに横たわりながら雑誌を読んでいたアルフィンが顔を向ける。ジョウだった。
     アルフィンが半身を起こすと、ジョウはベッドの傍らにどっかと腰を据えた。困り果てたような、諦めたような、複雑なしかめっ面を向ける。
    「……最初から知ってたんだろ」
    「何を?」
    「ミミーだってことをさ」
    「……ああ」
     アルフィンの顔がほころんだ。碧眼をうっとりと緩ませ、両手を胸元に当てた。ほっとした、という様子を露わにする。
    「やっと言ったのね、あの子」
    「いや、先にリッキーが勘づいた。目利きのフェンスがあり合わせでつくった、ボルトのお守りってやつを見てね」
    「さすがね……忘れてなかったんだ」
    「……随分と、まどろっこしいことをしてくれたもんだ」
     ジョウは、はあと溜息をつくと、かぶりを振った。
     するとアルフィンの手がすっと伸び、ジョウの癖のある髪に触れた。
    「ミミーね、リッキーにただ逢いたかったみたい。お互い気があるのかどうか、掴めてない状態で別れたでしょ? 再会してすれ違うのも悲しいし、片思いなら知られたくないって」
    「……クラッシャーになるってのは、本当かよ」
    「それくらいの覚悟もあって、乗り込んでは来たんじゃない? あたしもそうだし」
    「けど辞めるって言ってたぞ」
    「そうなの?」
    「だから一旦<ミネルバ>を降りた。連れ戻して来たけどな、リッキーが」
     アルフィンの指は、髪を巻きつけるようにして弄ぶ。ジョウはそれを好きにさせていた。
    「……気を遣ったのよ、あたし達に」
    「ってことは、俺が原因か」
    「そういうことになるわね。……ねえ、いいでしょ? ミミーなら」
     ジョウは顔を洗うかのように、両手で覆いながら上下に擦る。まだどこか吹っ切れないでいるらしい。
     だがしばらくしてから。
     自分の頬をぱんと挟むように叩くと、表情に締まりを取り戻す。
    「……いいさ、断る理由もない。腹をくくるよ」
    「いいのね?」
    「ああ。……ただ」
     アルフィンに向いたジョウの顔が、くしゃりと歪んだ。
    「これで……いつでもアルフィンを降ろせる準備が整っちまうがな」
    「ありがとう、ジョウ……」
     アルフィンは髪から手を離すと、そのままジョウにすがりつく。顔を見られないようにして、頬を肩に寄せた。そしてジョウの手も、アルフィンの金髪を優しく撫でる。

     ジョウは床に視線を落とし、小さく笑った。力のない笑いだった。
     いつかアルフィンと離ればなれに生活するのなら、見ず知らずの他人に裂かれるより、ミミーにそうされる方がずっとマシだと観念する。
     その上リッキーも、そろそろ本気の相手と一緒に生活してもいい頃。ジョウ自身もアルフィンと出会い、得てきた物がたくさんあるだけに。
     かつて自分の気持ちに素直になれなかったジョウは、リッキーに散々尻を叩かれた。アルフィンと真正面から向き合うことを、せっつかされもした。
     ならばその恩返しとして、ミミーを受け入れてもいいとジョウは思った。
     長くクラッシャーをやっていれば、いつか世代交代は来る。アルフィンにとって、ミミーが現れたように。自分もいつしか、アルフィンの中に宿る子に、クラッシャー創始者ダンの三代目を引き渡す時が訪れる。男の子であれば。
     そうやって歴史は連綿と綴られていくのだと。ジョウは苦い思いを噛みしめながらも、変わりゆくことの必要性をようやく受け入れた。
    「……アルフィン」
     ジョウは静かに名を呼ぶ。
     一向に肩から顔を上げないアルフィンを、気遣う響きがこもっていた。
    「離れても、心配することないぜ」
    「…………」
    「どこにいても、ずっと……愛してるからな」
    「───ジョウ……」
     アルフィンは顔を上げると、すかさずジョウの頬に口づけする。初めて聞いた、アルフィンが欲しかった言葉だった。閉じられた瞼からは、抑えきれず涙が流れた。ジョウの頬に触れた唇は、小刻みに震える。
     するとジョウは姿勢をアルフィンに向け、両手でその顔を包み込んでやる。そして溢れても、溢れても、涸れることを知らないアルフィンへの想いを。唇を通して注いでやった。
     2人は互いを強く引き寄せながら、いつまでも、時が許すまで。
     熱い口づけを止めなかった。


    <END>
     


    ----------------あとがき

    先に書いた「A.D.2169」と、無理に結びつけなくても
    良かったんですが。なんとなく。
    ところが書いてから、年数が合わない……。
    なのでミミーは、このあと宇宙港職員としての残務整理やなんやらで、
    4、5ヶ月後にJチームと合流ってことで(^^;)。書き逃げです。
fin.
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